十六話 スキルの都合でグールキング
「と、いう訳でこれから命がけの戦いに参加する事になると思います。いつも通りの事なので、安心してください」
『ヴァンダルー、そんな事を我が子から言われて安心できる親はいないわ』
「……やっぱり、止めます?」
『うーん、でも確かに命がけなのは何時もの事だし、ヴァンダルーなら死なないように頑張れるだろうけど……ちゃんと皆と協力するのよ?』
「分かってるよ、母さん」
魔剣で縦真二つにされたコボルトシャーマンの霊が、七日間かけてここまで来てノーブルオークが大集落を築き、他のグールの集落を襲ったり冒険者を捕えたりしながら戦力を蓄えているという貴重な情報を提供してくれました。
そんな話を信じてくれるかなと、やや心配だったヴァンダルーだったがザディリス達グールは疑うことなく信じてくれた。信用があるっていいなぁと、しみじみ思った。
「三百匹のオーク、しかもゴブリンとコボルトが百ずつだ。どうする? おで達で勝てるか?」
「なぁ、それって敵は三百って事なのか?」
「五百よ、馬鹿ね。数も数えられないの」
「ゴブリンもコボルトも、オークだって俺達グールの敵じゃねぇ! 一人五匹殺せばいいだけだ、それで俺達の勝ち!」
「ねぇ、それってもしかしてあたし達も数に入ってる? あたしお腹に赤ちゃんがいるんだけど?」
『ビルデさんは妊娠四か月目ですし、戦闘などの激しい運動は無理かと』
「それに、奴らの長はノーブルオークだ。ノーブルオークはどんなに弱くても母さんやヴィガロより強い」
「何だと!? バスディア、ヴィガロが負けるってのか!?」
「当たり前だ! 俺が負けるに決まってるだろう!」
「ヴぃ、ヴィガロ、そりゃねぇよ」
「現実を見ろ、馬鹿タレ!」
まあ、ヴァンダルーがしみじみと思っている間も、グール達はオークの大集落をどうするか深刻な顔で話し合っていた。当然だ、生き死にがかかっているのだから。
今グール達は集落の広場で焚火を中心にして車座に座り、集落の方針を決める緊急大会議を開催している。そしてヴァンダルーも会議に加わっていた。
「坊や、敵の数をもう一度言ってくれんか?」
会議の様子が一向に落ち着かないので、ザディリスがコボルトシャーマンの霊から聞いた話をもう一度話すように言う。ちなみに、情報提供者本人である霊はヴァンダルーに告げ口したらすぐ霊体を崩してしまった。
自分を殺したノーブルオークに復讐するため死後も霊媒師の経験を活かして他の霊と交信し、この集落に一週間かけて辿り着いた。自分を殺したノーブルオークに復讐したい一心だったのか、それとも遠く離れてもヴァンダルーの【死属性魅了】スキルの影響を受けたのか。
どちらかは不明だが、情報を提供し終わった今はヴァンダルーの周囲で微睡むように漂っている。
「敵はオークが三百、ゴブリンが百、コボルトが百、飼いならした魔獣系の魔物が数十。ですから、合計六百匹ぐらいですね。
長はノーブルオークで、その子が三匹。後オークジェネラル、オークナイト、オークメイジも結構な数がいます。
ゴブリンやコボルトもソルジャー、チーフ、ナイト、メイジがそこそこ。ただしジェネラルやキングはいない。
後、敵はここ以外のグールの集落を幾つか襲撃して女グールを攫って母体にし、最近は冒険者のパーティーも襲撃するようになったそうです」
敵の戦力とその過激な行動、更に集落は違えど同族が襲われている事にグール達が渋面を浮かべる。
通常種のオークも上位種であるノーブルオークも、雄しか存在しない種族だ。そのため繁殖には他種族の雌を使う。多くの場合ゴブリンやコボルトの雌や、場合によっては村から盗んだ家畜の雌まで使う。ただ、人間を害するために魔王とその眷属が生み出した魔物であるからか、嗜好的には人間の女を最も好む。
人間社会からは魔物扱いされているグールも、女性は肌や瞳の色等を除けば人間の女そっくりだ。それに女神ヴィダにルーツを持っているため、魔物から見れば人間とも言える。
ヴァンダルーが術をかけない限りグールの女性は妊娠し難く、しかも無事に産まれる子は五人に一人という低確率の筈なのだが、何故かオークが相手の場合は上手く行くらしい。……全然嬉しくないだろうが。
(これはオークの繁殖が、普通の生殖に見える特殊な単生殖だからか? オークの精子は卵子と受精するのではなく、オークの遺伝子が母体の遺伝子を吸収する形で乗っ取るのだとしたら、母体の種族寄りの子供が産まれない理由も説明が付く……のかな? そもそもこの世界に遺伝子があるか不明だけど。
まあ、どっち道グールの少子化問題を解決する役には、あまり立ちそうにないな)
そう考察するヴァンダルーだが、グール達は彼の言葉を聞いて再度冷静にどうするか話し合っていた。
会議での意見は、大きく分けて四つある。
「なぁ、オーク共が狙っているのは人間の村や町なんだろ? だったらおで達は関係無いんじゃないか。なら、おで達は大人しくしてればいいんじゃないか」
と、言うオーク達の行いを静観する静観論。
既に襲われて攫われた女グールやこれから襲われるグールの集落には悪いが、戦力で負けているのに戦うのは危険だという意見だ。
まあ、そもそもザディリス達に自分達の身を危うくしてまで他の集落のグールを助ける義務は無い。冷たいようだが、他人を助けて自分達が滅亡しては意味が無いのだ。
だが、これは悪手だ。オークを束ねるノーブルオークはザディリスが死ぬのを待っていた。何故待っていたのかというと、ザディリスが死んだら集落を攻めるつもりだったからと考えるのが自然だ。
魔物の群れとは、基本的に長が全てを決める独裁制だ。その長がこの集落に注目しているのだから、大人しくしていれば素通りしてくれるなんて事にはならないだろう。
人間同士の戦争なら不可侵条約でも結べばよいのだろうが、魔物にそんな概念は無い。
それにもしノーブルオークがこの集落を放置したとしても、その後がある。オーク達の襲撃が結果的に失敗したら、この魔境には冒険者達が大勢やって来るだろう。ノーブルオークの残党を狩り、もう二度とオークが大軍団を作らないように間引くために。
ミルグ盾国はオルバウム選王国との最前線にある国だ。その軍は精強だろうし、冒険者も大勢いるだろう。だからノーブルオークが失敗する可能性は、百%に限りなく近い。
「オーク共が暴れている間、逃げるっていうのはどうだ? ……無いか」
そう言い出すグールも居たが、本人が撤回してしまった。
勿論、百人ものグールが逃げるのが現実的では無いからだ。この密林の魔境はそれなりに広いが、身重の女グールも含めて百人のグールがオーク達に見つからずに逃げ回るのは難しい。
他の魔境や、魔境の外に逃げるという手もあるが先祖代々この魔境の中で生きてきたグール達は外の地理に明るくない。
ダルシアやサムはそれなりに知っているが、ミルグ盾国側にある他の魔境に逃げ込むには十日以上かかるとしか言えないし、魔境の外に逃げても人間に見つかる可能性が高い。
そして山脈側は何があるのか誰も知らない。念のために今日、ヴァンダルーが虫や小鳥等のアンデッドを作って山脈側に放ったが、何か見つけるまで早くとも一月以上かかるだろう。
「じゃあ、オークに降るの? 絶対嫌よ、そんな事するぐらいなら、死んだ方がマシだわ」
ビルデが言うように、オークに降りその支配下に加わるという選択肢は問題外だ。
男はゴブリンやコボルトのような奴隷兼戦力としてこき使われ、人間相手の戦いで使い潰される。女達はオークの母体にされる。
待っているのは最悪の結末だけだ。
「戦おう。他の集落のグールにも声をかけて」
結果、バスディアの意見が最も現実的だ。少しでも数の差を埋めて、攻められる前に攻めるのだ。
暫く忙しくなるなと、ヴァンダルーは思った。
「なら、その前に言わなければならない事がある」
次期長のヴィガロが、重々しい口調でヴァンダルーを見据えて言った。
「ヴァンダルー、お前は早くこの集落から出て行くべきだ」
「嫌です。ところで提案なんですが――」
「待て待て待てっ! 話を変えるな!」
出て行けと言われたのを即答で断ったら、何故かヴィガロが慌て始めた。
「このままだとお前は俺達と一緒にオーク共と戦う事になるんだぞ!? 良いのか!?」
「良いのだ。で、提案なんですけど――」
「良くないだろうっ!? 我儘を言わずに――」
「出て行きません」
「我の話を遮るな!」
さっきから人の話を遮ってばかりのヴィガロに、人の話を遮るなと注意された。解せぬ。それとも「良いのだ」と言ったのが悪かったのだろうか? でも「良いのです」って言うと偉そうだし……無難に「構いません」と言うべきだっただろうか?
そんな風に言葉遣いが原因かなと首を傾げるヴァンダルーに、ヴィガロはガシガシと鬣を掻いて怒鳴った。
「これは俺達グールと奴等オークの戦いだっ! お前は関係無いだろうっ!」
ヴァンダルーはこの集落に滞在して長いが、グールでは無い。それにいつかこの集落から出て山脈を越えてオルバウム選王国に向かうと言っていた。
だから自分達と命運を共にして良いはずがない。そもそもまだ二歳の子供だ。とても勝てるかどうか分からない戦いに巻き込めるものではない。
「関係あります、俺は貴方達の友人で仲間で、家族です。ところでそろそろ俺の提案を聞いてもらえませんか?」
でもその二歳児はマイペースだった。
思わずうるっと来そうな事を恥ずかしげも無く平坦な口調で言ってから、話を変えようとする。
「そもそも、お前に何が出来るっ!」
家族と言ってくれた事に、思わず頬が緩みそうになるのを我慢してヴィガロがそう叫んだ。実際、ヴァンダルーはこの世界で強い側と弱い側に分けるとしたら、弱い側だろう。
確かに魔力は常識をはるかに超えて莫大、ダンピールに生まれついたために身体能力は二歳にして成人を軽く超える。更にこの世界では誰も知らない死属性の魔術を使える。
しかし、逆に言えばそれだけだ。武術の心得はないし、集団戦の戦術戦略の知識だって全て自己流。戦術眼なんてあるはずがない。
莫大な魔力も、所詮は魔力に過ぎない。魔力で直接魔物を殺す事は出来ないし、魔力がいくらあっても生命力が0になれば死ぬ。
その魔力を役立てる事が出来る魔術も、ヴァンダルーは死属性魔術と無属性魔術しか使えない。死属性魔術は直接的な攻撃力に乏しく、無属性魔術はまだ覚えたてで拙い。
もし敵が魔術師なら【吸魔の結界】の術で無力化する事が出来るが、今回の敵はオークだ。メイジの数は少なく、種族的に怪力と突進力を武器にする連中だ。
それをヴァンダルー自身ダルシアが殺されてからずっと自覚している。でも、出来る事は幾らでもある事も同時に自覚している。
「まず、俺が居るとロトンビースト三頭、ファントムバード一羽、スケルトンソルジャー一人、後サムとサリアとリタが洩れなくついてきます」
「むっ!?」
サム達は全員ヴァンダルーの僕だ。当然ヴァンダルーがオーク達との戦いに参加するのなら、彼らも参加する。全員がランク3以上であるため、決して小さな戦力では無い。
「後、他のグールの集落と話を纏める時、俺がいると便利だと思いますよ」
グールにも【死属性魅了】のスキルが有効なのは既に解っているため、それを役立てない手は無いと主張した。これもその通りなので、ヴィガロは呻く事しか出来ない。
「もうその辺りにしておけ、ヴィガロ。お主が坊やの事を思って言ったのは、皆わかっておるから」
「そうだぞ。それにヴァンは私達の家族、同族も同然じゃないか」
「そうだそうだっ! ヴィガロ、無理すんなよっ!」
「そうよっ、嘘でも関係無いとか言っちゃダメよっ!」
その上実は孤立無援だった。
「お、お前等……ああもう我は知らんっ! 関係無いなんて二度と言えないように、ガッチリ関係者にしてやるからな!」
「これで次期長も公認じゃな、坊や。
それで、提案とは何じゃ?」
ようやく話せると、ヴァンダルーは安堵の息を吐きながら提案を行った。
「大したことじゃないんですけど、使う予定の無い武具とマジックアイテムを皆に提供しようと思って」
皆の反応を見ると、大した事あったらしい。
この世界は、マジックアイテムにも等級がある。
下から下級(言い方が悪いので、最近は初級と呼ばれる事もある)、中級、上級、特級、伝説級、神話級。
下級は普通より錆びにくい剣や、着たまま寝ても体が普通より痛まない皮鎧、一時間後にアラームを鳴らすタイマー、地球のコンロに相当する魔導コンロや、魔術式街灯等で、生活に密着した物等地球でマジックアイテムと聞いて連想する物よりも地味な代物が多い。
マジックアイテムらしくなるのは中級からで、この辺りは冒険者でも持っている者が多い。上級以上は一気に販売価格や入手難易度が跳ね上がり、特級ともなれば国宝扱いされているアイテムも少なくない。
アーティファクトと呼ばれるのは、選ばれた勇者だけが装備できる聖剣等伝説級からで、神話に出て来るようなチートアイテムが神話級アイテムだ。
因みに、この等級分けは純粋な機能や込められた魔術の強さで決まるものでは無く、作成にかかる手間や材料費、希少性で分けられているそうだ。だから量産が難しかったころは魔導コンロが中級アイテムだった事もあるらしい。
「はーい、並んで並んで」
そして今ヴァンダルーがグール達に配っているダンジョン産のマジックアイテムは、下級から中級に分類される物だ。
手に入れた当初はマジックアイテムである事と込められた魔力の大きさしか分からず、無属性魔術の【鑑定】を習得した後も、【鑑定】の基になるヴァンダルー自身の知識が無かったためどんなアイテムか分からないまま死蔵していた。
しかし、オークの大集落攻略という困難な目的達成の為、グール達の戦力増強を図る必要があると考えたための大盤振る舞いだ。
言うまでも無く、無償で。
ヴァンダルーにとって大出費だが、元々死蔵していた品だし換金手段も無いし、ダンジョンでアンデッドから貰ったり、楽に宝箱を開けたりして手に入れた物なのであまり苦労して手に入れたという思い入れもない。だから気前良く配っているのだった。
「これは低級の敏捷力強化、こっちは低級のスタミナ回復のアクセサリーじゃな。どちらも気休め程度じゃが、確かにマジックアイテムじゃ」
「じゃあ、グダンさんとギブリさんに」
ザディリスにアイテムを【鑑定】してもらい、次々に配って行く。人間社会の大きな町なら普通に売っており、それも千アミッドという安くは無いが買えなくも無い値段の品だ。しかし、それでも魔境にあるこの集落では貴重品なので皆喜んで受け取って行く。
(誰かにプレゼントを渡して喜ばれるのって、新鮮だなぁ)
地球では友達もまともな家族も居らず、オリジンでは実験動物。ラムダで初めてプレゼントを誰かに贈る機会に恵まれたので、ヴァンダルーの気分はとても良かった。
「これでオークをぶちのめしてやる!」
「この腕輪の礼に、腹いっぱいオーク肉をくわせてやるからなっ」
因みにオーク肉はゴブリンやコボルトと違って、特別な調理法をしなくても美味しく食べられるらしい。味は猪に似ているそうなので、とても楽しみだ。
「スケルトンジェネラルから貰った、とっておきのバトルアックスはヴィガロに。カイトシールドはバスディアに」
ダンジョンで手に入れたマジックアイテムの内、サリアとリタの本体である鎧や彼女達の武器を除けば最も価値がある物を渡す。
バトルアックスを受け取ったヴィガロは、「ありがとう」と礼を口にした後真剣な顔つきで言った。
「ヴァンダルー、お前、キングに成れ」
「……はい?」
「俺達グールは、共通の敵が出来た時は他の集落の者と力を合わせて戦う。その時、一番上に立って指示を出すのがキングだ。
それをお前がやれ」
「……はい?」
キングがどんな役割なのかヴィガロの説明で分かったが、そんな重要な役割を何故自分にやれと言うのかが分からない。そういう意味で聞き返すヴァンダルーに、バスディアが嬉しそうに言った。
「同意してくれて嬉しいぞ、ヴァン」
「いやいやいや、『はい』って同意した訳では無く、『はい?』って聞き返しただけなので」
「だがヴァン、皆もヴァンが最も適任だと言っているぞ」
「皆って誰っ!?」
「ヴァン以外の全員」
「何時の間に!?」
どうやら、マジックアイテムを配っている間に相談していたらしい。
『おめでとうございます、坊ちゃん』
『大出世ですよ♪』
『あたし達も頑張るねっ』
その相談にサム親子も加わっていたようだ。そして反対意見は一切無かったらしい。
サムの白い朧げな霊体が親指を立ててサムズアップしている。サムだけに。リタとサリアもガチャガチャと拍手してくれている。
『ううっ、ヴァンダルー、立派になって』
そしてこっそり起きていたダルシアが感動の涙を流していた。気分は、子供が学級委員長や学芸会の主役に成った事を喜ぶ母親だろうか。
「いやいやいや、ちょっと待ちましょう。皆は良いけど、他の集落の人達が納得しますか? 俺はダンピールですよ。異種族ですよ。そんなキングで大丈夫ですか」
「大丈夫じゃ、問題無い」
「ああ、人種だったら反発もあっただろうが、ダンピールなら平気だろう」
「……まあ、多分平気だろうと自分でも思いますけど」
グールの始祖は吸血鬼の始祖の弟か妹とされている。そのため吸血鬼の血が半分流れているダンピールは、彼らにとって親戚のようなものだ。その上アミッド帝国とその属国では魔物として定義されている。
その上、【死属性魅了】のスキルがある。他の集落のグールもそう強い反発は持たないだろうと、ヴァンダルー自身も予想できる。
「それにじゃ、能力的にも実績的にも坊やはキングになる資格があるのじゃよ」
以前ヴァンダルーから「気が付いたらこんなスキルを覚えていたんですが」と相談を受けていたザディリスは、彼が【眷属強化】のスキルを習得している事を知っていた。
「坊や、前にも言ったが【眷属強化】のスキルは文字通り自身の眷属の能力値を強化するスキルじゃ。坊やの眷属はアンデッド、そして儂らグールになる。つまり、坊やがキングに成って頂点に立てばそれに従うグールは皆強化されるという訳じゃ。
そもそもそのスキルは、キング専用みたいなものじゃからな」
【眷属強化】は、キングと名のつく魔物は必ず持っているスキルだ。そのスキルがあるが故に、キングが君臨する魔物の群れは通常の魔物より強力で、数も多い。
ザディリスは知らなかったが、かつて【眷属強化】を10レベルで習得していたゴブリンキングの群れのゴブリンは、完全武装の騎士と木の棍棒と毛皮の腰巻という装備で互角に渡り合ったと言われている。
冒険者ギルドでキングの出現が災害扱いされる由縁である。
「それに、坊やは儂らが増え難いという弱点を解決しようとしてくれているじゃろう? 儂らグールの未来を拓き、繁栄を齎そうとしている訳じゃ。しかも、既に一定の成果が上がっておる。
これを指導者に相応しい実績と言わずに何という」
ザディリスの言葉はヴァンダルーにはやや大袈裟に感じられたが、実際子供が出来にくい事はグールの種族全体の問題であり、数を増やせない事は勢力拡大の重い足枷になっていた。
それを解決できる方法があると知れば、他の集落のグールも喜んでヴァンダルーの下に集うだろう。
まさか少子化問題に取り組む事でこんな事になるとはと額に手を当てるヴァンダルーに、ヴィガロがしてやったりという顔をした。宣言通り、これでヴァンダルーはがっつりと関係者に成った訳だが、やや大人気ない。
「分かりました。キングに成ります」
こうしてヴァンダルーは冒険者になる前に、グールキングに成ったのだった。
《ヴァンダルーは、【グールキング】の二つ名を獲得しました!》
《【眷属強化】のレベルが上がりました!》
そんなキングの初仕事は、鎧のフィッティングだった。
「グダン、きつかったり動かしにくい個所はある?」
「肘と首回りが動かし難い、後兜がキツイ」
グールの男は獅子の頭と直立していても拳が地面に着くほど長い腕を持つ。人間と大きく姿が違うので、ヴァンダルーが配った人間用の鎧がそのまま使えないのだ。
その鎧をグール用に調整するには、腕の良い職人と時間が普通なら必要だ。
「じゃあ、起きろ」
しかしヴァンダルーはその二つを必要としない方法を考えた。
まずグールに鎧を着てもらい、その鎧をそのままリビングアーマー……正確には鎧の形をしたゴーレムにする。
「形を変えていくから、腕や首を動かしてみて」
ギシギシと【ゴーレム錬成】スキルで鎧の形をゆっくり変えていく。すると、十分とかからず人間用の金属鎧はグール用の金属鎧になる。
装飾が無いので見かけは無骨だが、機能は十分。腕が人間よりも長い分足りないパーツもあるが、そこは魔物の皮を鞣して作ったパーツを使って穴埋めしてもらう。
「おお、着心地が良くなった! ありがとうキング!」
「どう致しまして。次の人~」
全くキングらしくない仕事だが、グールの集落にいる鎧作りの職人は普段から魔物の皮や骨、角等しか扱った事が無いため、金属鎧の調整が出来ない。そのためヴァンダルーがするしかないのだ。
キングらしい仕事……他の集落のグールを訪ねて協力を要請するのは明日以降になる。元々他の集落と狩場が重ならないように工夫しているので距離があり、更に共通の敵がいない場合はライバルでもあるのでザディリスでも正確な場所や数を知らないのだ。
それもヴァンダルーが放った虫アンデッドや、霊相手の情報収集で場所に見当を付けようとしているところだ。
意外と悠長に見えるかもしれないが、ノーブルオークの大集落が本格的に動き出すのは早くても春が来てから、遅ければ夏になるそうなので時間はある。
勿論囚われている女グール達を早く助けてやりたいとは思っているが、それで事を焦って負けたら意味が無い。
因みに、捕まっている女冒険者を助けなければとはグールはあまり考えていない。何故なら基本的に敵対関係にある相手なのだから。バスディアやビルデは女としては同情しているようだが、そのために危険を冒す程では無いようだ。
そしてヴァンダルーにその気は全く無かった。彼にとってもミルグ盾国の冒険者は敵だ。助けに行って、「ありがとう、お礼に討伐してあげるね♪」なんて事もあり得るのではないかと考えているのである。
(まぁ、嬲られている様子を直接見るか、捕まっているのが知っている人なら助けようとは思っただろうけど)
どうにも自分は女の人が痛めつけられている光景を見ると、ダルシアを連想して頭に血が上りやすくなるらしいと、ヴァンダルーは自分のトラウマを若干自覚していた。
(とりあえず、出来る事はサクサクやって、勝った時に生きていたら助けよう)
捕まっている冒険者を見捨てると将来的に転生してくるチート共に何か言われそうなので、最終的には助けるつもりではあるのだが。
(ああ、そういえばザディリス達にも話した方が良いかな? 俺の境遇。うん、今回の件が解決したら話そう。ザディリス、ヴィガロ、バスディア……この三人かな。がっつり関係者に仕返してやる)
意趣返しになるか微妙な事を考えるヴァンダルーの前に、次のフィッティング希望者がやって来た。
バスディアだった。
「バスディア? 何処かきつい所でもあるの?」
キングになったのだから呼び捨てで呼ぶようにと言われたため、さんを取って訊くとバスディアは「ああ」と答えた。
グールの女は男と違って人間と体型が変わらないため、鎧の調整は必要無いと思ったのだが。
「ちょっと……いや、かなり胸がキツイ」
「……そういえば、殆どの鎧が男物だったっけ」
結局、配った鎧の数だけフィッティングが必要な事が分かった。
《【ゴーレム錬成】、【限界突破】、【状態異常耐性】のレベルが上がりました!》
・名前:ヴァンダルー
・種族:ダンピール(ダークエルフ)
・年齢:二歳六か月
・二つ名:【グールキング】(NEW!)
・ジョブ:無し
・レベル:100
・ジョブ履歴:無し
・能力値
生命力:47
魔力 :113,551,200
力 :40
敏捷 :16
体力 :42
知力 :75
・パッシブスキル
怪力:1Lv
高速治癒:2Lv
死属性魔術:3Lv
状態異常耐性:4Lv(UP!)
魔術耐性:1Lv
闇視
精神汚染:10Lv
死属性魅了:3Lv
詠唱破棄:1Lv
眷属強化:2Lv(UP!)
・アクティブスキル
吸血:3Lv
限界突破:3Lv(UP!)
ゴーレム錬成:3Lv(UP!)
無属性魔術:1Lv
魔術制御:1Lv
霊体:1Lv(NEW!)
・呪い
前世経験値持越し不能
既存ジョブ不能
経験値自力取得不能
・二つ名について
二つ名とは影響力のある人物や大多数の人々からそう呼ばれ、認識される事で獲得できる。他にも字名、異名、称号等とも呼ばれる。
具体的な効果は、二つ名を付けられた由来や意味に関係のあるスキルの習得やレベル上昇に対する補正が付き、スキルの効果が強化される。
・【グールキング】
グールに対する【眷属強化】及び【死属性魅了】の効果が強化される。また、【眷属強化】のレベル上昇時、影響下にあるグールの数を倍にして計算する。
スキル解説:眷属強化
スキル保有者の影響下にある、スキル保有者と同じ種族や関係ある種族に属する個体の能力値を強化する。また、繁殖力や生まれた子供の成長ペースを速める等の効果がある。
このスキルのレベルは眷属の数で上下する。百体以下なら1Lv、二百体以上で2Lv、五百体以上で3Lvと上がって行く。
アミッド帝国が人間と定義する人種、エルフ、ドワーフはこのスキルを獲得する事は出来ないが、ヴィダの新種族は稀に獲得する事がある。だがこのスキルの所有者の大部分はゴブリンキング等の魔物である。