百三十七話 今明らかになる、衝撃の真実
「体脂肪率を極限まで下げた鎧のような筋肉も、脂肪の奥に息づく筋肉も、どちらも筋肉である」
「……すまない。君が語る事は、余には難解すぎるようだ」
前線基地のノーブルオークジェネラルの腕と眼球の移植手術を受けたブダリオン皇子は、ヴァンダルーに困惑を隠さずに答えた。
痛みを死属性魔術で消され、更に【幽体離脱】で増えたヴァンダルーの分身に定期連絡でやって来たレギオンまで加わった手術陣が行った施術の効果は著しく、ブダリオン皇子の視界や腕の感覚は既に戻りつつある。
縫合する時に使った生金や、術後に飲んだブラッドポーションの効果もあり、体力的にも回復している。
他人の腕を縫合して大丈夫なのかと思うかもしれないが、ノーブルオークの様な魔物の肉体はこの場合良い意味で単純な作りをしている。
同種や、ある程度近い種族の場合移植手術を行っても拒絶反応の類がほとんど出ずに馴染むのだ。
尤も、この特徴を活かせるのはヴァンダルーやレギオンぐらいだろう。この『ラムダ』世界では高度な外科手術の概念が存在しないからだ。
普通の人間や魔物なら高価なポーションや高度な魔術の業で、失った部位を再生させようと考えるだろう。
だからこそブダリオンは同種とはいえ他の個体の部位を移植すると言う発想に驚いていた。
「だが、それ以上に驚いたのは君が余の身体を侵す不治の呪いを容易く解除した事だな。バコタ殿とは以前から交流があったが、彼があれほど驚きを露わにするのはそう無い」
「まあ、呪いなら大体解けますから。……神の呪い以外なら」
ブギータス皇子の固有スキルや彼の武器であるデスサイズの効果なのか、彼が奉じるラヴォヴィファードの力なのかは結局わからなかったが、ブダリオン皇子の傷の治癒を妨げていた呪いは、あっけなく解かれていた。
だがバコタ魔術師長すら不可能だった呪いを容易く解くヴァンダルーでも、解けない呪いに彼自身が侵されている事を知り、ブダリオン皇子は恐怖を覚えた。
彼に呪いをかけたのは、どれほど強大な神なのかと。しかしそれを表には出さず、周囲を指して言った。
「いいや、大したものだ。君達のお蔭で、余の家臣達も助かった」
ザナルパドナのある塔の地下にある通称『避難所』にはブダリオンと共に戦い、ブギータスに敗北し帝国から逃げる際も付いて来てくれた忠臣達が身体を休めていた。
ブギータスと直接争ったブダリオン皇子以外に呪いをかけられた者はいないが、多くのノーブルオークが癒えない傷に苦しんでいた。バコタ魔術師長以下魔術師達の治療によって傷が癒えている者も多いが、中には目や四肢を失った者や障害が残った者も少なくない。バコタ達も流石に全員に完璧な治療を施せるほどの余裕は無かった。
「うおぉぉぉっ! 私の腕がっ、腕が動くぞぉぉお! ブヒィィィ! 感謝致す、巫女の肉婦様!」
『嬉しいのハ分かったから少しは落ち着きナ! イシスの手が滑るだろうガ!』
「俺のっ、俺の鼻がモドッタブヒィィイ! 肉婦様万歳! 肉婦様万歳!」
『だから落ち着けってんだヨ! 後ニクフって何サ!?』
『ハッハッハ! 良いではないカ、バーバヤガー。歴戦の勇士達に称えられるのハ、悪い気分ではナイゾ! ……しかし、褒められているのカ!?』
レギオンが治療を受けて傷が完治したノーブルオーク達に纏わりつかれ、バーバヤガーとワルキューレの人格がそれの相手をしている。
『そうねぇ、閻魔やエレシュキガルは褒められていると思っていないようだけど』
その反対側では、イシスの人格が動かす腕が今もノーブルオークに施術している。前世では生きている者に対して【手術】を行った経験が少ない彼女だが、生命力旺盛な魔物は良い練習台に成っているようだ。
「肉婦というのはね、『堕肥の悪神』ムブブジェンゲが自らの肉片から創り出してオークやノーブルオークに遣わす魔物らしいわよ」
ヴァンダルー達の手伝いをしている間にノーブルオークから肉婦について聞いたエレオノーラが、レギオンにそう説明する。
オーク達は種族的な特性として強い、場合によっては他の三大欲求や生存本能まで蔑にするほど強い性欲を持つ。
ノーブルオーク帝国のオークは十万年の月日によって、他のオークよりは性欲が弱くなっている。しかし、それでも人間の女性が受け止めるには強すぎる事に変わりは無い。
気が優しい者も多いが、情事の際興奮に負けず自制心を保ち続けられる程ではないからだ。
そこで十万年前からムブブジェンゲによってオーク達に支給されたのが、肉婦と言う訳だ。
「オークの女、妻や恋人として与えられるそうよ。何でもランクでは精々1か2程度だけどオークを相手にしても耐えられるほど頑丈でタフ。そして夫であるオークに合わせて肉婦の性能は自然と上がり、オークワーカーの肉婦は子供も作れるそうよ」
そしてランク5以上のオークの肉婦は、人間の良妻並に家事をこなすそうだ。勿論、ランクアップ以外でも功績を上げた場合もムブブジェンゲの祝福により肉婦の性能は上がって行く。
こうしてオーク達の性欲は肉婦によって解消され、さらに向上心も刺激されるのだ。そして肉婦に入れ込む事で、民の女性への性犯罪を抑止する効果もある。
十万年経った今では、肉婦以外には欲情しなくなったオークも少なくないそうだ。前線基地でブダリオン皇子の側に戻ったオークワーカー達もその一部である。
「今はムブブジェンゲの神殿で隔離されているそうだけど。姿は……分離した時のあなた達と似てるみたいね」
『う、嬉しくなィ……!』
『でも、ヴァンダルーの肉婦と呼ばれるのは悪い気分じゃないのでしょう?』
『身に余る光栄だけれど、まだ私達には過ぎた尊称だわ』
『どおりで誰も僕達を見ても怖がらない訳だ。……彼等から見ると肉婦の集合体に見えるのか。だけどプルートー、尊称なのか?』
レギオンが姿を現しても、ノーブルオークは勿論アラクネやエンプーサ達は驚いてはいたが、怖がる様子は無かった。ノーブルオーク帝国と交流が在った彼女達には、レギオンは肉婦たちが集団でお互いの手足を絡めあっているように見えるらしい。
直径三メートルの巨大さと、何故そんな事をしているのかという異様さに驚いても、怖がることは無いらしい。
「エレオノーラ殿の説明を補足すると、余たちノーブルオークにも肉婦は授けられる。ただノーブルオーク三百家の家督を継げない者の中でも、力に劣る者が受け取る神の情けという扱いだが。肉婦達との間に出来る子は、ほぼ全てオークだからだ。
余たちノーブルオーク全員が民から妻を取っては民が子を残せず、他の国に大勢の嫁を要求するような真似が出来る訳がないので、仕方のない事だ」
ノーブルオーク帝国は、「帝国」と名乗っていても人間と同じ王侯貴族制度を採用してはいない。十万年前、まだ人間達にも貴族制度が無かった時代から別れたので、当然だが。
三百の『家』と呼ばれる家族で構成された中小の集団があり、その家長がそれぞれの能力によって『位』と呼ばれる役職を割り振られる。
そして『位』を得た家長は、自身が長である『家』の者達を指揮して役職を全うするのだ。
あの前線基地を例にすると、ブブーリンとノーブルオークジェネラルの二家が「前線基地建設係」の位を与えられたという事に成る。
実際にはまだ『位』は仮のものだったらしいが。
「そして『位』を得た家長と、家長の補佐をする家の幹部数名が本物の人の妻を娶る事が出来ると。
ところで、腕の調子はどうですか? 以前と同じように剣を振る事が出来そうですか?」
「そうだな……日常生活に支障は無いだろう。しかし、剣を以前と同じように振るう事は出来そうにない」
元はノーブルオークジェネラルの物だった腕を摩るようにして感触を確かめながら、ブダリオン皇子は答えた。
自分の腕を魔術で再生させたわけでは無く、他人の腕を移植したのだ。サイズはほぼ同じだが筋肉の量が異なるし、自分の剣の技を他人の腕でも同じように再現できるのか、自信は無かった。
「そうですか。じゃあ、これからの実戦で勘を取り戻してもらうしかないですね。
ブダリオン皇子、できれば貴方の手でブギータスを倒してもらいたいのです。俺達も全力で援護しますが、最低限以前と同じ強さを取り戻してもらわないといけません」
「余が、か? だが、余の力が無くても巫女殿ならブギータスを倒せるのではないだろうか? 例えば、ボークス殿は余より確実に強い。エレオノーラ殿やヴィガロ殿、バスディア殿に骨人殿も中々の強者である事が窺え、ザディリス殿の魔術も中々だ。レギオン殿にも得体の知れない何かがある。彼等ならブギータスとも互角以上に戦えるはず。
巫女殿も……正直に言えば【魔王の欠片】を手足の様に操っている事には仰天したが、それを使えばブギータスを倒す事は難しくないはずだ」
不思議そうに聞き返すブダリオン皇子。実際、ヴァンダルー達は今の時点でブギータスを殺すだけなら戦力過剰気味だ。
もちろん、ブギータス側に寝返り、ラヴォヴィファードを奉じる様になったノーブルオークやオークの数は多い。更に、最悪の場合ラヴォヴィファード本体をどうにかしなければならない。それを考えれば幾ら戦力があっても足らないが。
しかし、ザナルパドナの戦力に傷が完治したブダリオンの忠臣達、そしてこれから集める他の国家の兵力まで揃えれば、数的優位もひっくり返るはずだ。
だから本調子では無いブダリオン皇子にブギータスを倒させる事に拘る必要はない。そう皇子本人は考えていた。
「余の心情を慮っての事なら、気持ちだけ有りがたくいただこう。しかし、優先すべきは余の心情では無い。一刻も早くこの地の全ての国々に安寧を取り戻す事だ。
力及ばずこの地に初めて戦乱を起こしてしまった余等に構わず、遠慮無く武功を立てて欲しい」
「いえ、その安寧の為に貴方がブギータスを倒す必要があります」
自らの復讐心を抑えて頭を下げるブダリオン皇子に、しかしヴァンダルーは頷かずそう答えた。
「何と。それは一体何故?」
「ノーブルオーク帝国が人徳もそうですが、強者を皇帝と認める国だからです。もし俺達の誰かがブギータスを倒したら、俺達が帝国を治める、少なくとも運営に関わる事に成るでしょう?」
「それは、その通りだと思うが……」
何せ簒奪者を倒した英雄である。ノーブルオーク達は、当然の様に英雄が上に立つ事を望み、歓迎するだろう。
「でも俺は、俺達の誰も帝国を治められる自信がありません。オーク語は通訳して貰えば良いとしても、帝国の独特の政治形態や文化、価値観を上手く扱えるとは思えないのです」
地球にヴァンダルーが居た頃にニュースや新聞で知ったのだが、先進国が独裁者を倒しその途上国を支援する形で国家運営に関わった事が幾度かあった。だが、それらはあまり成功しているという印象が無かった。
失敗という程ではないが、先進国が当初思い描いていた成功には程遠い。そのように思えた。
もしかしたらヴァンダルーが地球で死んだ後成功した可能性もあるが、それでも何年、十何年かけての成功である。それまでの長い苦節を補って余りある成果とは思えない。
地球での出来事を同じだとはヴァンダルーも思っていないが、【魔道誘引】や【導き:魔道】が有効かどうかわからない人々の国を上手く運営できるかどうか賭けをする気はない。
まさかオークの胎児をオーカスに変えた様に、ノーブルオークの胎児を死属性の魔力で変異させ世代交代が完了するまで待つ気にもなれない。
因みに、ブダリオン皇子や彼の配下のノーブルオーク、オーク達には【魔道誘引】や【導き:魔道】が効いている様子がまだ無い。『ヴィダの御子』の二つ名効果は効いているようだが。
「……では、信用の出来るノーブルオークを代理として置いてはどうか?」
「俺が最も信用できるノーブルオークは貴方です、ブダリオン皇子」
妥当な案を提案したら、即座にそう言い返されたブダリオン皇子は息を飲んだ。
「それは……その気持ちは嬉しいが……余は既にブギータスに一度負けている。その余が再び帝国を司る事を認めない者も多いだろう」
「なので、今度は勝ってもらいたいのです」
そして結局話が戻る。
「ぶむぅ、巫女殿は難しい事を要求なさるのだな」
ヴァンダルーが意見を変えるつもりが無い事にブダリオン皇子はプレッシャーと、同時に敗北の屈辱を拭う機会がある事に高揚感を覚えた。
そして自分の半分程の背しかないヴァンダルーに、何とも言えない頼もしさを感じ始めていた。
「とりあえず、治療が終わったら下の階層で弱い魔物相手にリハビリしましょう。武器は、ボークスに渡すつもりだった予備の魔剣があるので、快気祝いを兼ねて差し上げます」
「重ね重ね感謝する、巫女殿。どうやって返せば良いのか、悩ましい程恩が積み上がっているな。タロスヘイムは君のような素晴らしい女王を迎えられて幸運だ」
「……俺は男ですから、女王ではありません」
「ブ、ブヒ!?」
今まで自分の性別を勘違いされた事にやっと気がついたヴァンダルーと、衝撃の真実に思わずオーク語で聞き返したブダリオン皇子。
穏やかな風が流れる草原で顔を見合わせたのだった。
《【手術】、【魔道誘引】、【導き:魔道】、【実体化】スキルのレベルが上がりました!》
ザナルパドナの城の地下に存在する通称『避難所』、その正式名称は『殻要らずの原っぱ』。
何とダンジョンである。
等級こそE級と低いが、ダンジョンを非常時の避難所として運用するとは正気を疑うかもしれない。しかし、冷静に考えれば至極合理的な理由がある。
単純に、低等級のダンジョン内部の方が町の外より安全なのだ。
町の外はランク4以上の魔物が跋扈している。普通ならC級冒険者かD級冒険者が集団で居なければ討伐できないランク5の魔物とも遭遇するし、極偶にだがランク7から8の魔物が出現する事もある。
対して、ダンジョンでは暴走が起きる直前でも無ければ基本的にその等級で出現する魔物しか存在しない。E級ダンジョンなら浅い階層でランク1……戦闘系スキルを持たない一般人でも追い払える程度の魔物ばかりだ。
ダンジョンボスは大体ランク3の魔物だが、ボスは最深部の通称ボス部屋から動く事は無い。
更に、実は外から魔物がダンジョンに入ってくる可能性も低い。ダンジョン外で生まれた魔物は、目の前で獲物がダンジョンに逃げ込んだ等の理由が無い限り、自主的にダンジョンに入る事はほぼ無いからだ。
どうやら、一度ダンジョンを出た魔物は本能的にダンジョンに入る事を避けるようだ。亜人型の魔物の場合は当てはまらないし、テイムされている魔物は命じられればダンジョンに入るが。
それにダンジョンに仕掛けられる罠等も、E級なら殆ど無い。
非常事態……自然災害や強力な魔物の襲撃によって国を守る城壁が機能しなくなった等の状況では、町の中よりも低等級のダンジョンの方が安全なのだ。
これはザナルパドナだけでは無く、他の都市国家でも低等級のダンジョンは避難所や農場、生活用水の水源として活用されている。
ブダリオン皇子と共に落ち延びたノーブルオークや、ハイゴブリンやハイコボルトの国から逃げてきた者が『殻要らずの原っぱ』に運び込まれたのも、そこなら十分なスペースが用意出来るからだ。
「御子殿達は今暫く皇子達の治療にかかりきりであろう。その間に、決めなくてはならぬ」
女王の間の上座に座すドナネリスは、困ったような顔つきでそう言った。
「二人とも分かっているじゃろうな?」
問われた二人、彼女の末娘であるギザニアと、その知己であるミューゼはそれぞれ肩や甲殻に覆われた腕や脚の節を振るわせた。
彼女達は「とんでもない事をしてしまった」と冷や汗を流しながら、顔を青くしていた。
「ギザニア、ミューゼ、確認するが両名が親愛の首飾りを御子殿に渡した。しかも、求められたのではなくお前達から差し出した、それは確かであるな?」
「は、はい、母上」
「そっ、某も同様でござる」
「ギザニアは親しき友の証しであると、ミューゼは約束の証しと説明して渡した。そうであるな?」
「「はい」」
ドナネリス女王に確認されるたびに、二人の顔色が悪くなる。しかし、ドナネリス女王の憂鬱と彼女の横に控えるバコタの頭痛も悪くなっていく。
「つまり、御子殿はそれがアラクネとエンプーサからの求愛を受け入れた証しである事を知らずに首から下げている、と。これは当初思ったよりも拙い事態じゃな」
アラクネやエンプーサが脱皮した時に出る抜け殻を研磨して作る親愛の首飾り。それを同性に贈る事は、親友の証しとされる。
しかし、異性に贈る場合は意味が変わる。異性に親愛の首飾りを贈る行為はプロポーズと同じであり、受けとる事はプロポーズを受け入れるという事。そして首から下げる事は、結婚指輪を嵌めるのと同じ意味があるのだ。
「御子殿がお前達の親愛の首飾りを下げているのを見た時は妾も驚いたが、同時に嬉しくもあったのじゃぞ」
ドナネリス女王からしてみれば、ギザニアとミューゼがヴァンダルーにプロポーズした事も、それが受け入れられている事も、喜びこそすれ困る事等何も無い。
人間の国なら女王の、姫と呼ばれない娘であっても勝手に婚姻を決めれば大問題だろう。しかしザナルパドナの女王は血筋だけで決まるものでは無い。実際、ドナネリス女王の先代はあるエンプーサが女王を務めていた。
だからギザニアに関して言えば、成人した娘が勝手に結婚を決めただけで、「喜ばしいが、親としては事前に一度紹介して欲しかった」程度の問題だ。
ミューゼに関しては、本来なら本当に問題が無い。
そして二人の相手がヴァンダルーである事は、ドナネリス女王にとっては本当に喜ばしく、同時に都合が良いものだった。
現れた神託の御子と、ザナルパドナの絆が強まるのだから。ギザニアは自分の娘で、ミューゼも実は先代の女王の姪の一人だ。縁を感じるには十分すぎる。
しかし、二人が親愛の首飾りの正しい意味を説明しないままヴァンダルーに渡している事は大問題だ。
地球で例えるなら、騙して書かせた婚姻届を勝手に役所に提出してしまうようなものなのだから。
「何と言うか……少女では無く少年だと気がつかなかったのか?」
「申し訳ない、母上。全く気がつかなかった」
「面目次第も無いでござる」
ヴァンダルーが聞いたらショックを受けるだろうが、ギザニアとミューゼは彼の正しい性別に全く気がついていなかった。
まだ九歳のヴァンダルーは声変わりもしておらず、服の上から性別を判別する事が難しい。それに髪型も服装も、男は全員豊かな鬣を生やすグール以外では、長髪に簡素な服装と性別を感じさせる特徴の無い物だ。
そして肌は屍蠟の様に白く、容姿も整っている。表情が無く瞳が虚ろなのでどうしても人形染みて見えるが、その分整った作りがよく解る。
一人称は「俺」だが、ヴァンダルーはギザニア達にとって未知の国から来た外国人だ。そう言う事もあるだろうとあまり気にしなかったのだ。
それにギザニアの一人称は「拙者」、ミューゼは「某」である。他人の事は言えない。
しかしギザニアはヴァンダルーに助けられてからザナルパドナに帰還するまでの数日一緒に行動していたし、ボークスが坊主、ザディリスが坊やと彼を呼ぶところを何度も見ている筈なのだが……。
これはうっかりしていたとしか言えない、やはり彼女は思い込みが激しいようだ。
ミューゼの場合はヴァンダルーの外見と、ギザニアが親愛の首飾りを贈っていた事が勘違いの理由だ。ヴァンダルーが少年なら、ギザニアから何か一言くらいそれらしい話や、仕草があるだろう。それが無いのだから、バスディア同様に同性の友人だと、考えるまでも無く思ったようだ。
「まあ、私達もヴァンが男だと言わなかったからな」
「勘違いをして、『御子』ではなく『巫女』と呼んでいたとは思わなかったのじゃよ。すまぬ」
ギザニアの親友とその母親で、ヴァンダルーを良く知る者代表としてバスディアとザディリスがこの場に同席していた。
相談を受ける立場で。
「ええっと、無かった事にしてもらうと言うのは、無理なのかしら? ギザニアちゃんとミューゼと皆で謝れば分かってもらえるのではなくて?」
「難しいでしょう。親愛の首飾りを下げて町を歩かせてしまいましたからな。今はまだ皆も御子殿の性別を勘違いしているようですが」
クーネリア姫の発言に、バコタが渋面で首を横に振る。
親愛の首飾りは、抜け殻の主をよく知るアラクネやエンプーサなら誰が贈った物なのか見分ける事が出来る。だからこそ親愛の首飾りと呼ばれ、親友や結婚の証しに使われるのだ。
ギザニアは姫とは呼ばれないが、女王の娘である事を否定される立場では無い。そのため、知己の同族やエンプーサは多い。ミューゼも役職上顔が広い。
そしてヴァンダルー達は既に町では有名人だ。既に彼がしていた首飾りの贈り主が誰なのか、ザナルパドナでは知れ渡っているだろう。
「……坊やが知ったら、衝撃のあまり奇行に走りかねんな。大きく『男』と書いたマントを羽織るとか。
だが、あまり深刻に考えなくても大丈夫じゃ。それぐらいでは坊やは気を悪くもしないじゃろう」
ザディリスが確信を込めて言う。この一件で恥をかかされたと怒るヴァンダルーを、彼女は想像する事も出来ない。……性別を間違えられた事には落ち込むだろうが、それは自分達で慰めれば良いだけだ。
「種族的な文化の違いで間違いが起こる事は、前にも経験しているから大丈夫だろう。その事に関しては、詳しくは言えないが」
バスディアも、約一年前サウロン領のスキュラ自治区でヴァンダルーが間違えて、スキュラのプリベルにプロポーズを受け入れる事に相当する行為をしてしまった事を思い出してそう言う。流石に詳細は言わなかったが。
「そうか、そう言って貰えると実にありがたい」
ドナネリス女王はそう息を吐くと、二人が謝罪する際にもフォローしてくれるようザディリスとバスディアに頼もうとした。
これで末娘の結婚話が無くなるのは残念だが、問題も解決だ。御子殿には機会を見て、他の娘を合わせてみよう。
「母上、待ってほしい。拙者は、やはり御子殿について行きたい」
しかし、何とギザニアが異を唱えた。
・名前:エレオノーラ
・ランク:10
・種族:ヴァンパイアカウント (深淵種吸血鬼伯爵)
・レベル:1
・ジョブ:魔剣士
・ジョブレベル:58
・ジョブ履歴:奴隷、使用人、見習い魔術師、見習い戦士、魔術師、魔眼使い、隷属戦士、隷属戦姫、時属性魔術師
・年齢:12歳(吸血鬼化当時の年齢 20歳 合計32歳)
・パッシブスキル
闇視
自己強化:隷属:8Lv(UP!)
怪力:7Lv(UP!)
高速再生:5Lv(UP!)
状態異常耐性:7Lv(UP!)
直感:5Lv(UP!)
精神汚染:3Lv
魔力自動回復:7Lv(UP!)
気配感知:5Lv(UP!)
日光耐性:4Lv
色香:2Lv(UP!)
魔力増大:1Lv(UP!)
・アクティブスキル
業血:1Lv(吸血から覚醒!)
採掘:1Lv
時間属性魔術:7Lv(UP!)
生命属性魔術:5Lv
無属性魔術:3Lv(UP!)
魔術制御:4Lv(UP!)
剣術:8Lv(UP!)
格闘術:4Lv(UP!)
忍び足:4Lv
盗む:1Lv
家事:3Lv
盾術:4Lv(UP!)
鎧術:5Lv(UP!)
限界突破:5Lv(UP!)
詠唱破棄:3Lv(UP!)
魔闘術:3Lv(NEW!)
・ユニークスキル
魅了の魔眼:7Lv
・スキル解説:魔闘術
魔術を武器や自身の肉体に宿らせて発動させたり、魔力で直接身体能力を上昇させるスキル。炎や雷を武器に纏わせ攻撃力を上昇させる付与魔術や無属性魔術の【身体能力強化】とは異なり、より応用力のある効果を発揮する。
ただ武器に宿らせる場合はマジックアイテムでない限り消耗が激しく、更に武器の材質や込められた魔術によってはスキルが使えない場合がある。 親魔性が低いアダマンタイト製の武器ではあまり効果を発揮できず、逆にミスリルならより効果的に成る等、肉体に宿らせたり直接身体能力を上げる場合も、対策を講じない限り大きな負荷がかかる。その負荷の大きさは【限界突破】スキルよりも大きく、対策を講じずに使えば火属性魔術の影響で重度の火傷を負ったり、水属性魔術のせいで凍傷になったりする。
それらの問題があるため、稼げない冒険者には人気の無いスキルである。
・魔物解説:ハイゴブリン
伝説によると、魔王が健在だった頃、すぐに増え多彩なランクアップを遂げるが、愚かで臆病で何より弱い個体が多すぎるゴブリンに邪悪な神々は手を焼いていたらしい。
ゴブリンキングが誕生すれば弱卒ゴブリンも勇猛な戦士に成るが、大半がキングに成る前に死んでしまう。
そこでゴブリンを統率するためにゴブリンを強化して作りだされたのが、上位種であるハイゴブリンである。
尖った耳と鼻に暗緑色の肌とゴブリンと同じ特徴を持つが、素のゴブリンが大人の胸より低い小柄な個体が多い事に対して、ハイゴブリンはランクアップを経ていなくても中背の大人と同じ程度の体格をしている。
また、容姿そのものも肌の色を無視すれば人間にやや近い。
素のランクは4で、細身の外見通り力よりも素早さや器用さに優れている。だが最も恐ろしい特徴はその頭脳だ。
下位種族のゴブリンがメイジであっても成人より数年前の子供の域を出ない知能しか持たないのに対して、ハイゴブリンは人間と同じ程度に賢く、狡猾である。
そして下位種族同様に多彩なランクアップを遂げる可能性を持つ魔物である。
唯一の救いは上位種族であるためか生殖能力が低く、数がゴブリンに比べて圧倒的に少ない事だ。寿命は約五十年。一度に産まれる子供は、一人から二人。産まれた子供は三年程で大人に成るようだ。
ゴブリンとも交配が可能だが、その場合子供はほぼゴブリンとして生まれてくる。
人間やヴィダの新種族との交配の場合は、子供がハイゴブリンかゴブリンかは半々の確率である。
一度に三匹から五匹ほどの仔を産み、僅か数か月で大人に成るゴブリンよりも繁殖力で劣るが……上位種であるハイゴブリンはゴブリンを無条件で服従させる為、油断してはならない。冒険者ギルドでは災害指定種に認定されている。
ただ、ハイゴブリンをゴブリンと誤認して返り討ちに遭う冒険者や騎士が後を絶たない。
因みに、ゴブリン同様肉は臭みが強く食べられたものでは無い。
投稿が遅くなってすみません。
9月7日に138話、10日に139話を投稿する予定です。
10日以降の投稿なのですが、申し訳ありませんが少しペースを落させてください。
最近執筆ペースが不安定で、夏の前は5話程書き溜めて、余裕を持って見直しをしながら投稿していたのですが、夏の間に書き溜め分が消滅し、今ではかなりギリギリに成ってしまいました。
以後は暫く、短くても数ヶ月ほど4日ごとに一話投稿するペースにしようと思います。
ネット小説大賞に受賞した後も、ペースを維持していきたいと言ったのに、重ね重ね申し訳ありません。




