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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第七章 南部進出編
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百三十六話 王と皇子と皇帝と

 死属性魔術によって作りだした、ほぼ透明な髑髏の形状を持つ使い魔レムルースを何匹も飛ばして見つけたノーブルオークの前線基地。

 それをヴァンダルーは、ブダリオン皇子達の治療に必要な物を獲るために襲撃した。


 前線基地と言っても見張り櫓や倉庫が在るだけの、大きさ以外は貧弱な造りであるため、事前の準備は必要無い。詰めている敵の数も少ないので圧倒的な戦力で、電撃的強襲作戦によって敵を殲滅すればそれで十分。


 地面を踏み砕くような勢いで走るボークスは、ある程度……五十メートル程の距離まで矢を放ったノーブルオークジェネラルに近づくと、剣を横薙ぎに振るった。

『まずはパーツを獲らせてもらうぜ、【飛龍斬】!』

 最近新たに編み出した【剣王術】の武技、斬撃を飛ばす【剣術】の武技【斬空】の強化版を発動させる。


「ブゴォォォ!」

 【魔王の欠片】と死鉄を組み合わせた大剣の斬撃は、咄嗟にノーブルオークジェネラルが放った【弓術】の武技【螺旋の矢】を両断。そのままノーブルオークジェネラルが構えた弓ごと彼の首を刎ね飛ばした。


「ブキャアアアア!?」

「ブモッフゴブブブ!」

 砦の指揮官の片割れが瞬殺されたノーブルオーク達に、動揺が広がる。魔物にとって指揮官はその集団で最強の存在である。そのため、それが倒された時の動揺は人間の軍隊の比では無い。


 しかしこの砦にはジェネラル以外にもう一人、ノーブルオークメイジのブブーリンという指揮官が存在する。

「ブキャキャブ! 奴隷共! 貴様等はその場で待機しろ!」

 そして彼は同僚を瞬殺したボークスの実力を冷静に評価し、撤退を選択した。


 自分達よりランクが一つ高い相手でも、ジェネラルが健在なら、ブブーリンはオークを幾らか使い潰して勝つ自信があった。

 しかし、ボークスはそんな程度の相手では無い。生命力旺盛なノーブルオークジェネラルの首を一撃で、しかも遠距離から跳ね飛ばしたのだ。


 作戦や連携で勝てるような、生ぬるい相手では無い。

 下位種族のオーク共と、足手まといの奴隷共で少しでも時間を稼ぎ、帝国まで撤退するのだ。アンデッドなら自分達を追う事よりも、奴隷達を殺す事を優先するだろう。


『良し! 皇子の分のパーツは確保したぜ!』

「じゃあ、第二段階に移行。皆を出しますね」

 しかしブブーリンに命令されたオーク達が棍棒代わりに資材を構え、陣形を整える前に指先で発動させた【魔王の吸盤】でボークスの背に張り付いているヴァンダルーが動き出す。


「とりあえず、ノーブルオークは皆殺しで良いのね?」

「ブゴガンの息子達と戦った時からどれぐらい強くなったか、試すとしよう!」

「アラクネやエンプーサも運べるとは……巫女殿はニンジャでござるか?」

「いや、武士じゃないだろうか?」


「ブフっ……何故皆さんは平気なのですか?」

「慣れだ」

 ヴァンダルーからエレオノーラ、バスディアやヴィガロ、ミューゼにギザニア、そしてブダリオン皇子が出てくる。


 ブブーリン達からは、突然敵が現れたようにしか見えず驚愕に目を剥くしかない。

「フゴ!? ブダリオン、フゴゴ!?」

 しかもその中にブダリオン皇子の姿を見つけてしまったため、動揺は際限なく大きくなって行く。


 ミューゼやギザニア、そして続いて現れたエンプーサやアラクネ、蟲の魔物達に護られたブダリオンは青い顔をしたままブブーリン側の陣形をざっと確認する。

「ブゴオオオオォクギャギャギャ!!」

 そして雄々しい咆哮を上げた。ヴァンダルー達には威嚇のための吠え声にしか聞こえなかったが、ブブーリン側に与えた効果は劇的であった。


「ブダリオン皇子!?」

「この雄々しいオーク語はブダリオン皇子に間違いない!」

 それまでアンデッドの襲撃だと怯え、もう終わりだと立ち尽くすしかなかった奴隷達……ブダリオン皇子の民達の顔に希望が戻る。


「フゴオオ!」

「ブギィッ!?」

 そしてなんと、オーク達はブダリオン派とブブーリン派に別れてしまった。ブダリオン派……ブブーリンに嬲られる民達に同情していたオーク達が陣形を放棄し、民達を守ろうとする。


 ブダリオン皇子の咆哮はただの吠え声では無く、オーク語で「オーク達よ、民を守れ!」と号令をかけていたのだ。


「ブッ、ブギイイイ!」

 咄嗟にブブーリンもオーク語で叫ぶが、ブダリオン皇子と比べると威厳は明らかに劣っている。

 それでもブブーリン派のオーク達はブダリオン派のオークが持ち場を離れるのを止めようとするが、ブブーリンの命令である敵の足止めをするためにその場を動く事が出来ず、その場で右往左往するしかない。


「民を守っているのが余の側に戻ったオーク達だ! 彼等も味方と考えて欲しい!」

「……オークに関する儂の認識が、どんどん崩れていくようじゃ」

「母さん、境界山脈の外のオークとは見た目は同じでも中身が違うのだと考えよう」

「いいから、さっさと行くわよ!」


 色々ショックを受けつつも、風の刃を飛ばす【風刃】や氷の槍を飛ばす【氷槍】の魔術を使うザディリスやバスディア、それに続いて鉄林檎や手斧が投擲される。

 それにより、殆ど防具も身につけていなかったオーク達は瞬く間に倒れていく。一匹だけ丸太を振り回して粘ったオークがいたが、それも飛行して間合いを詰めたエレオノーラの剣に丸太ごと斬られて沈黙する。


 その光景にブブーリンは、自分達が受けているのは「強力な、しかし一匹のアンデッドの襲撃」では無く「ブダリオンによる襲撃作戦」であると認識を改める。

「ノーブルオークとハイゴブリンは私と共に、ここを死地とせよ! ハイコボルトはバラバラに撤退! 一人でも生き延びて情報を持ち帰るのだ!」


 ブブーリンの号令に従って、撤退しようとしていたノーブルオーク達は反転し【盾術】や【鎧術】の武技を発動。ハイゴブリン達も槍や剣を構え、「ぎぎぃ!」と己を鼓舞する。

 逆にハイコボルト達は武器をその場に捨てると、四足走行で獣の如く走り出す。


「ブキャブブフー!」

 そして自身も炎の猪を創り出し暴れさせる【炎猪】の魔術を唱え、一秒でも時間を稼ごうとした。


『邪魔すんじゃねぇ! 首が刎ねられねぇだろうが!』

 しかしノーブルオーク達は構えた盾と腕ごとボークスに胴体を両断された。

「【大断頭】! フハハハ、ブゴガンと同格のノーブルオークが、まるで赤子の手を捻るように倒せるぞ!」

 四本腕のグール、ヴィガロの斧によって頼りに成る部下の首が飛ぶ。


「向かってくると言う事は、ノーブルオーク同様敵で良いのだな?」

 ハイゴブリンの五人も、バスディア一人に次々に倒されていく。

『これも魔物じゃなく魔術? 使い魔みたいなもん?』

 炎の身体で突撃しようとした【炎猪】も出現したブロードゴーストのオルビアが、繰り返し液体の触腕を振るう度に小さくなって行く。


「ギャイイイイン!」

「ギャワァァァン!?」

『ヒャァッハー!』

「ヒャッブー!」

「情報を伝えられると面倒なのよ!」


 必死の撤退を試みたハイコボルト達すら、ブリッツゴーストのキンバリーや、伏兵として待機していたゴーバ達黒牙騎士団、そしてエレオノーラに各個撃破されていく。


「ブキャァァァァ! ブブギャァァァァ!?」

 そして【炎槍】や【炎弾】を放っていたブブーリンも、【吸魔の結界】に包まれ魔術を封じられたところを、骨人に切り倒された。

『主、魔術を封じなくても倒せましたぞ?』

「念のためです。じゃあ、ブダリオン皇子は民の人達と戻ったオークに説明を」


「ああ、任せてくれ」

 敵が全滅し、ブダリオン皇子が救出した民と配下に戻ったオーク達を迎えるべく彼等に歩み寄って行く。彼に解放された民とオーク達は歓声を上げ、涙を流して彼が生きている事を喜んでいる。


「でも本当に意外でしたね」

 倒したブブーリン達の死体に【鮮度維持】の魔術をかけ、彼等の霊から情報を聞き出しながらヴァンダルーは思わず呟いた。


「確かに。オークの半分がブダリオン皇子の命令を聞いた事は、特に不思議でも無いのだが」

『いや、それも十分奇妙では? 何せ皇子は隻眼隻腕で、ブギータスに負けた事を誰もが知っているのですから』

 バスディアが同意し、骨人は部分的に疑問を呈する。


 オーク達がノーブルオークの命令に従う事自体には、何の不思議も無い。

 ノーブルオークは元々、当時の魔王軍の邪悪な神々がオークを指揮するための指揮官として創り出した種族だ。そのためオークはたとえキングの名を持つ個体でも、ノーブルオークの命令には服従してしまう。


 そしてノーブルオークが複数存在し、それぞれが別の命令を発した場合は、やはり魔物らしく強い方のノーブルオークの命令を優先する。

 しかし、ブダリオン皇子はブブーリン達が従うブギータスに負けている。この時点で、オーク達はブダリオン皇子の命令には従わない。


 だが、それは境界山脈外のオークだ。


「そうなのでござるか? 某たちから見ると、オークワーカー達が半分程でも皇子の元に戻ったのは不思議では無いのでござるが……やはり十万年も隔離されていると、外と中では元は同じ種族でも違いが生まれるものなのでござるな」


 ミューゼが言ったように、ノーブルオーク帝国のオーク達は十万年もの間ノーブルオークの支配下で、世代を重ねてきた。

 ランク4の魔物が跋扈するこの辺りでは、素のランクが3でしかないオークは単体や数匹程度では戦力としては心許ない。そのため多くの個体は下級兵や、労働者階級として働いて来た。


 民である人種達を守り、日々の労働に精を出し。親から子へ、子から孫へ、孫から玄孫へと約十万年。

 それがオーク達を変えたのだろう。

 ノーブルオーク帝国のオーク達は、通常のオークよりもずっと賢く温和で従順な個体が多くなった。


 だから本能に逆らえずブギータス皇子に従いつつも、疑問や不満を覚えているオークが一定数居るはずだとブダリオン皇子達は考えていたのだ。

 それがどれくらいの数かは賭けだったが、前線基地の建設に集めたオークの半分がそうだったのだから、ブダリオン派のオークの数は想定よりも多そうだ。


「勿論拙者達を襲撃したようなオークもいるので、楽観視は出来ないが」

「ブダリオン皇子達の治療が終わって傷が癒えれば、状況はより好転するでしょう」

 そう言いながら死体とパーツの確保が終わったヴァンダルーは、【ゴーレム創成】スキルで土や石でオーク型ゴーレムを製作し、表面を【魔王の墨】で塗装する。


「……巫女殿、実は大蛙に変身できたりしないでござるか?」

「しないでござるよ」

 伸ばした舌の先端から色を変えた【魔王の墨】を噴いてゴーレムを塗装しているヴァンダルーを見て、ミューゼはニンジャが変身すると言う大蛙を連想したようだ。ボークスの背中に張り付いていた時も、【魔王の吸盤】を使っていたので無理も無いかもしれない。


 振り返ってヴァンダルーを見たブダリオン皇子がギョッとしたが、彼は特に気にせず塗装作業を続行した。因みに、助けられた民とオーク達はヴァンダルーの様子から彼を「人の子供に似た謎の魔物」か「珍しい魔人族」と認識したようだ。


「偽装は上手く行きそうかの?」

 近くでよく見なければ、オークにしか見えないゴーレムを見上げてザディリスが尋ねる。

「遠目なら行けそうです。オークの霊を憑りつかせたので、動作は似ていると思います。近づかれたらすぐ臭いでばれると思いますが」

 オークは見た目通り鼻が利く。犬並ではないが、近づけば土や石、そして【魔王の墨】の臭いに気がつくだろう。


「臭いを消せばどうだ? 【消臭】で行けるだろう?」

「ヴィガロ、【消臭】の術で臭いを消しても、本来ならするはずのオークの体臭までは再現できないから無駄じゃ。寧ろ、警戒心を抱かせるだけじゃろう」


「まあ、補給部隊は来ないそうなので暫くは大丈夫でしょう」

 前線基地の建設に使う資材は既に運び込まれていて、食料等も近くの魔物を狩って手に入れる予定だったので、暫く補給や連絡のための部隊は来ないとブブーリンの霊から聞きだしている。


「後は一旦ザナルパドナに戻って皆の治療をして、逆にこの前線基地を使って帝国に攻め込みましょう」

「つまり問題は無いのね? でも、その割には浮かない様子だけど何かあるの?」

 そう尋ねるエレオノーラに、ヴァンダルーは息を吐いて答えた。


「いえ、ただ……ブギータスを俺達が殺して、ラヴォヴィファードを何とかするだけじゃ、問題は解決しないなと気がついただけです」




 王冠を頂き、玉座に腰かけたブギータスは兄より奪った帝国に君臨し、最高級のアクアビット(芋から作った酒)で満たしたグラスを片手に、肌が透けるような薄い衣だけを身につけた美女達を侍らせていた。


 美女達は自分に付かなかったノーブルオークの妻や、強制的に集めた民、ハイコボルト国やハイゴブリン国等からの貢物などだ。

 人種やドワーフ、エルフに獣人、巨人種……中にはハイコボルトやハイゴブリンもいる。


 少なくとも、ノーブルオークなら誰もが羨む質と量を兼ね揃えたハーレムだ。


「ブフゥ……!」

 そのハーレムを前に、しかしブギータスが覚えるのは獣欲では無く苛立ちだった。

「い、如何なさいました、ブギータス様?」

 怯えを滲ませながらも、美女の一人が媚びた笑みでブギータスの機嫌を取ろうとする。以前の帝国なら「子は国の宝、子を産み育てる女性は戦士と同等に敬うべし」との教えが誰の意識にもしっかりあったが、クーデター後は違う。


 特にブギータスはノーブルオーク帝国では重罪であるはずの女殺し……口説くのではなく、文字通りの意味で女を何人も殺害している。

 それも寝所で少し乱暴に犯したとか、目つきが気に入らなかったので殴ったとか、下らない理由で。


 機嫌が悪いままだと、特に理由も無く自分や自分以外の誰かが殺される。そんな危機感に駆られて美女はブギータスの機嫌を取ろうとしたのだが……。

 その美女の頭に、優しくブギータスの手が置かれる。


「あ……っ!」

 機嫌が直ったのかとほっと安堵した美女だが、見上げたブギータスの目が血走ったままである事に気がついて息を飲んだ。


「媚びるな! 見苦しい!」

 ブギータスは美女の頭を掴んで持ち上げると、ごみでも捨てるように放り投げた。

 人種の女性としては長身の美女の身体が人形の様に宙を舞い、重い音を立てて壁に激突する。


 そして首を奇妙な角度に曲げたまま床にずり落ち、動かなくなった。

「い、いやぁぁぁっ!」

「そんなっ! アンヌ! アンヌぅ!」

 その代わりのつもりか、美女たちは悲鳴を上げてブギータスから少しでも遠ざかろうと距離をとるか、死んだ女に駆け寄ろうとする。


「ブゴシャァア! ブゴッホオォ!」

 部屋の外で見張りをしていたオークの衛兵が何事かと部屋に入って来るが、ブギータスにオーク語で「女達を連れて出ていけ!」と怒鳴られると、慌ててその通りにした。

 その際、オーク達が瞳に浮かべた女達への憐れみ、そして女の死体を丁重に運ぶ仕草がブギータスを更に苛立たせた。


「ブググ……!」

 何故思った通りに成らないのかと、一人王座の間に残ったブギータスは唸り、アクアビットを喉に流し込む。




 為政者としての才を持たず、兄と並ぶどころか仰ぎ見る事しか出来なかった少年時代。ブギータスはただ武威を高める事に集中していた。皇帝に成れずとも、武を高めて認められれば良いと考えていたからだ。

 兄へのコンプレックスはあったが、ただ妬むだけでは意味は無いと押し込めて来た。


 だがブギータスが訓練に励んでいるある時、神の声が彼に届いた。

『力が欲しいか? ならば解放せよ。汝は魔に属する存在なり。正しき姿に回帰せよ』

 その声はとても甘くブギータスの意識に響いた。


 それこそが『解放の悪神』ラヴォヴィファードだった。

 本来帝国が奉じる『堕肥の悪神』ムブブジェンゲとは違う、ブギータスが聞いた事も無い、帝国の記録や資料にも残っていない神だ。

 つまり、ザッカートの誘いに乗って魔王を裏切っていない、魔王軍残党の邪悪な神の一柱である確率が高い存在だ。


 そんな神の誘いに応える事は出来ないと最初は無視していたブギータスだが、兄や当時健在だった父にそれを打ち明けなかったのは、やはりラヴォヴィファードの言葉に魅力を感じていたからだろう。

 そして自分の限界を悟った時、遂にブギータスはラヴォヴィファードの誘いに乗り、悪神の加護を受け入れた。


 【ラヴォヴィファードの加護】の効果は絶大だった。あらゆる能力値が上昇し、それまでほぼ停滞していたレベルも簡単に上昇する様になった。

 更に加護によって習得したスキル、【疑似導き:獣道】を習得した事により、彼に従う部下達も次々に強くなって行った。


 だがその代償にブギータスやその配下のノーブルオーク達の精神は変容していった。

 高貴なる者の義務に意味を感じなくなり、本能を理性から解き放ち、弱肉強食こそがノーブルオークにとって正しい姿だと考える様になった。


 そして兄ブダリオンを超えたブギータスは、遂に帝位を奪い取った。そしてそのまま瞬く間に他の国を支配し、自分を頂点とした弱肉強食の世界支配が始まるはずだった。




「フゴガ!」

 ブギータスは回想を止めると、苛立ちも露わに杯を床に叩きつけた。


 帝位を簒奪したブギータスだが、それ以降は思っていたより上手く行かなかった。


 『堕肥の悪神』ムブブジェンゲも、神本体はラヴォヴィファードが、神官共はブギータスが押さえこんでいる。

 他の神々も、動きは見せていない。

 ハイゴブリンとハイコボルトの国は、ブギータスが自分同様に燻っていた有力者の子弟を取り込み起こさせたクーデターによって、今は彼の配下と成っている。


 それらを合わせた総合的な軍事力は、原種吸血鬼が守るヴィダの寝所を除けば魔人国や鬼人国も超えるとブギータスは確信している。そして、それらの強国はラヴォヴィファードが誘発させたダンジョンの暴走によって溢れ出た魔物に対処するために、碌に動けない。

 この隙にザナルパドナを含めた他の国を征服し、今度こそ軟弱なブダリオンの首を獲る。そのはずだった。


 しかし、実際にはザナルパドナを含む他の国々との戦いでノーブルオーク帝国は苦戦していた。


(何故だ!? 我々ノーブルオークは武力に最も優れた、あらゆる生物の頂点に君臨すべき種族では無かったのか!?)

 そう考えるブギータスだが……そんな訳は無い。


 勇者という例外的存在を除けば、確かにノーブルオークは優れた種族だ。人間並みに知能が高く、全ての個体がランク6という強者に生まれつく、魔物の中でも完成度の高い種族だ。

 だが、もしノーブルオークが最も優れた種族なら何故ヴィダは新種族を産みだそうとしたのか。


 ブギータスは気がついていないが、ノーブルオークはその完成度の高さから人間や下位の魔物と比べて多様性で大きく劣る。ノーブルオークは多少の差はあっても、どうしてもランクアップ先の種類が限られており、スキル構成がどうしても似てしまう。


 そのため、多様なジョブに就くアラクネやエンプーサ達ヴィダの新種族に対応策を取られてしまう。

 結果、戦いではブギータスが想定していたほどの優位には立てなかった。


 更にこれはブギータスの落ち度では無いのだが……彼も彼の配下も数人から十数人程度の小集団での戦いの経験はあっても、国同士で争う様な大規模な戦争の経験も知識も無かったのだ。

 十万年以上戦争は無く、小競り合いがあったのも賢帝ブーギが現れる前までだ。それ以後、何万年も国家間の争いは話し合い、若しくは代表者の腕比べ知恵比べで解決してきた。


 ノーブルオーク帝国を含めた大陸南部では野良の魔物の群れ相手以外での大規模な戦闘、戦争を経験した者は(原種吸血鬼を除けば)誰一人存在せず、そのため軍略の知識そのものが存在しなかった。


 そのためどうしても高度な軍事作戦を展開する事が出来ず、勢いに任せた突撃戦に成りやすい。

 それはザナルパドナ等の他の国々も同じなので、悪い意味で互角の戦いが展開している。


(互いに北の沼沢地の蜥蜴共を巻き込もうとした試みは失敗に終わったが……役立たず共め!)


 止めに、ブギータスの足元である帝国の体制にも不安があった。

 クーデターの際に兄と共に逃げた連中を除き、ノーブルオークの殆どが彼に従っている。しかし、本当の意味でブギータスに忠誠を誓っているのは三分の一程で、残りは民や家族を守るために表面上従っているだけであるのが見え透いている。


 当然奴らに【疑似導き:獣道】の効果は発揮されない。


 何より目障りなのがオーク共だ。下位種族であるオークはブギータスに本能的に従うが、本物の雌を与えると言えばすぐにムブブジェンゲが渡す紛い物を捨て、ラヴォヴィファードに鞍替えし【疑似導き:獣道】の効果で優れた戦力に成るはずだった。

 しかし、実際にはオークの内半分程が……特に優秀な部類のオーク程本心ではブギータスに反感を覚えている。


(これ以上ラヴォヴィファードの助力は期待できない。一刻も早く兄上……ブダリオンの首を獲り、帝国の支配を盤石としなければ。そのためには、一旦他の国への侵攻を取りやめ、ザナルパドナに集中するべきか?

 糞が! 全てはあの見苦しく逃げ出した臆病者のせいだ!)




・以下、ルチリアーノの研究メモより抜粋。



・ジョブ解説:サムライ


 『大地と匠の母神』ボティンの勇者、ヒルウィロウが残したサムライの知識を持つ、バーンガイア大陸南部の人々にのみ確認されているジョブ。ただし魔大陸等、他の地域に存在する可能性は否定できない。


 前衛職の剣士系と類似するジョブで、反りのある片刃の剣(刀と呼称される)を使用する【刀術】や、【弓術】、【槍術】、【騎乗】、【能力値強化:忠誠】等、様々なスキル補正を受ける事が出来る。


 このジョブに就くには【刀術】スキルを4レベル以上で習得しており、更に主君に仕えていなければならない。

 主君に仕えていない者でも、【ローニン】と呼ばれるジョブに就く事が出来るようだ。


 上位ジョブに【剣豪】が存在するが、大陸南部のサムライ達の憧れである【武士】に至った者は未だ存在しないそうだ。




・スキル解説 刀術


 反りのある片刃の剣を大陸南部ではそう呼称される。基本は【剣術】と似ているが、より武器を巧みに操る事が求められるスキルの様だ。


 因みに大陸南部ではヒルウィロウが残した「武士は刀の一振りで、騎乗している敵を乗騎ごと一刀両断出来る」という伝承を基に、乗騎(テイムした魔物)ごと騎手を両断できる強度を持つ巨大な剣が最もスタンダードな刀と定義されている。


 何でも鍛冶技術の関係で、それ以上細くすると刀身が耐えられないそうだ。


 師匠が居た地球では斬馬刀と呼称されていた刀に近い。アラクネが振るう武器としては、そう大型では無いのだろうが……。


 因みに、小型種のアラクネやダークエルフ、ゴブリン等が振るうための小型の刀も作られている。師匠によると、こちらの方が本来はスタンダードらしい。



・魔物解説:オークワーカー


 【農業】や【伐採】、【石工】等生産系スキルを3レベル以上で習得しており、戦闘系スキルのレベルが全て3未満のオークが、100レベルに到達するとランクアップできる種族。

 戦闘系スキルに関して全く補正は無いが、生産系スキルの獲得と成長に補正がかかる。また、【怪力】スキルのレベルが上がり易くなる。


 ノーブルオーク帝国出身のオーク以外では確認されず、通常の野良オークはまずこの種族にはランクアップしないだろう。


 ランク自体は4だが、戦闘系スキルのレベルが低い為戦闘能力はあまり高くない。

投稿が遅れてすみませんでした


9月6日に137話、7日に138話を投稿する予定です。

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