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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第七章 南部進出編
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百三十五話 偉大なる試練に挑む御子一行、必要な物を獲りに行く

 『甲殻と複眼の邪悪神』ザナルパドナを奉じる、アラクネとエンプーサの都市国家を治めるドナネリス女王の口から発せられた、身に覚えのない呼び方にヴァンダルーは目を瞬かせた。


「偉大なる試練に挑む御子、ですか?」

「うむ、詳しくは客人が揃ってから――」

「ダーリンっ! まだ傷が治りきっていないのに起きちゃダメじゃない!」

 思わず聞き返すヴァンダルーの横を、クーネリア姫が風のような速さで駆け抜けて、ノーブルオークに駆け寄る。


「く、クーネリア、余は大丈夫だ。問題無い、もう起きられるよ」

 ノーブルオークは、やや声が低いが穏やかな好青年と言った印象の口調で話しだした。やはり彼がクーネリア姫の婚約者にして、弟に帝位を奪われたブダリオン皇子のようだ。


「嘘よっ! 声が苦しそうだわ……顔色も悪いし……」

 そうなのかと、ヴァンダルーはブダリオン皇子を見上げる。ノーブルオークらしく背が三メートル前後あるブダリオン皇子の顔色は……多分、悪いのだろう。

 包帯から若干だが血の匂いがするような気がするし。


「ぶふぅ。姫、君には嘘はつけないな……」

(あ、少しオークっぽい)

 多分、「ふぅ」とため息をついたのだろう。人間の言葉を話せるとは言え、流石に鼻の構造が違うため完全には上手く行かないようだ。


 ブダリオン皇子は隻眼で優しげな光を湛えて、クーネリア姫のピンクブロンドを撫でる。

「でも、これから行われる話し合いはこの地に生きる全ての種族の未来を分ける、重要なものだとお義母上から言われてね。

 なら、余が同席しない訳にはいかない。全ては、余の至らなさが招いた事なのだから」


「ダーリン、そんな事無い! 全てはブギータスと奴に力を貸す謎の神のせいだわ! それに、ダーリンは誰よりもブギータスを止めるために戦ったじゃない!」

「いや、全ては弟の愚かさを見抜けなかった余の甘さが招いた事。そのせいで我が家臣達や帝国の民ばかりでは無く、このザナルパドナを含めた幾つもの国を争いに巻き込んでしまった」

「ダーリン……」

「クーネリア……ブダリオン殿……そう言う事は二人きりの時にしてくれぬか?」


 ドナネリス女王が口を挟むと、二人ははっとした様子で我に返った。そして精神的に疲れた雰囲気を漂わせるアラクネやエンプーサ達、そしてヴァンダルーに「申し訳ない!」と謝罪した。


「カシムを連れて来なくて良かった」

「う~む、穏やかで紳士的なノーブルオーク、か……」

「実は中に人間が入っていると言われたら、信じてしまいそうだな」

「いや、我には分かるぞ。あの皇子、かなりの腕だ。五体満足なら、我と互角かそれ以上かもしれん」

『確かにな、ちょっとした佇まいや、あの優男……優男っぽい顔の割に放っている存在感の大きさは只者じゃねぇ。恐らく、ランク10以上だな』


 自力で飛んで来るか、アラクネ達に運んでもらったザディリス達が続々と女王の間に到着し、ブダリオン皇子とクーネリア姫の仲睦まじい様子を見てそれぞれ感想を口にする。

 やはりブゴガンの印象が強いのか、ザディリスやバスディアにはブダリオン皇子が同じノーブルオークだと信じ難いようだ。


「ブダリオン皇子は先帝のフゴフ様にはまだ及ばないが、ランク10のノーブルオークハイキングに至っている。拙者など足元にも及ばない【剣術】の達人だ」

 そしてヴィガロやボークスが感心したのが誇らしいのか、義兄になる男(雄?)について説明するギザニア。


「姫の連行を申し付けられておきながら、申し訳ござりませぬ!」

 そしてミューゼが慌てて膝を突く。因みに、魔術師長のバコタは何時の間にか女王の傍に控えていた。流石魔術師長、素早い。


「良い。それよりもミューゼ、お前もこのまま同席するのじゃ」

 しかし、ドナネリス女王にミューゼを叱責するつもりはないらしい。だが、続いて下された指示はミューゼにとって予想外の物だった。


「某が、でございますか?」

 ミューゼは百歳未満の若いエンプーサの中では高い実力を持つクノイチだが、高い地位に在る訳では無い。ザナルパドナを守る城壁の東西南北に在る門の内一つの警備責任者だが、それだけだ。

 職業柄ザナルパドナと他の国を行き来する各国の使節団や、交易を行う武装商隊には顔がきくが、重要人物と言う程では無い。


 それに、特別見識が深い訳でも無い。客人である巫女達の相手ならギザニアがいるし、この場に残っても何か役に立てるとは思えないのだが。

「良いから、この場に残るのじゃ。ギザニア、勿論お前もじゃ」

「はっ!」

 しかし、重ねて命じられて異を唱える訳にはいかない。ご下命に逆らう事は、ミューゼが憧れるニンジャ道に反するのだ。


 しかし女王の間に控えるミューゼにとってお歴々であるエンプーサ達の端に控えようとすると、「よいからその場で控えるのじゃ!」と言われてしまう。

「か、畏まりました!」

 慌ててヴァンダルーの傍に戻って控えるミューゼ。エレオノーラやザディリス、そして広間に居るアラクネやエンプーサ達まで何事かと彼女と女王へ交互に視線を向けるが、女王から説明は無かった。


 ヴァンダルーも、ミューゼが控えさせられた位置からして自分と何か関係があるらしい事は察したが、それが何かわからず困惑していた。表情が無い為、泰然としているように見えるが。


「では……バコタを含め一部の者達にしか伝えていなかったが、じつは邪悪神ザナルパドナ様から神託が在った」

 しかも、話がミューゼとは関係の無い話題に飛んだ。だがその話の重大さから皆の関心が彼女から神託へ移る。


「神託の内容は、『北に娘達を遣わせ。そこで試練を求める御子に娘は出会うだろう』という意味であろうと、妾は解釈した。

 そこで妾は神託の内容を打ち明けた者達と相談し、クーネリアとギザニアを含めた妾の娘達を含めた使節団を北の沼沢地に向けて派遣したのじゃ」


「そうだったのですか!? 確かに、それまで交渉が無かったリザードマンに援軍を求める事に、バコタ魔術師長が反対しなかったのは、おかしいとは思いましたけれど……」

「なるほど。拙者がダメで元々と、護衛の一人として同行したいと願い出た時すぐに許可されたのはそのような訳があったのですね」


 クーネリア姫やギザニアにも神託の事は打ち明けていなかったらしい。ブダリオン皇子を含めた女王の間に居る殆どの者が驚いていた。


「ドナネリス女王っ、何故神託について教えて頂けなかったのですか!?」

 使節団の一人だったらしい大柄なエンプーサが思わずと言った様子で質問する。


「教えると先入観が入るからじゃ。それに、妾の解釈が間違っている可能性もある。娘と言うのが『妾の娘』では無くガオル、お前を含めた『若い女子』の方の意味である事も十分考えられるのじゃ。御子についても、種族や姿形は何もわかっていなかったからの。リザードマンである可能性もあった……っと、言うか、妾もバコタも御子とはリザードマンの英雄か勇者じゃと想定していたのじゃ。

 お前達の忠節を疑った訳ではないが、許せ」


 そしてドナネリス女王はすっと目を閉じて頭を下げる。するとガオルと呼ばれたエンプーサ以外にも、神託を知らされなかった事について面白く無さそうな顔をしていた者が慌てて女王を止め始める。

「頭をお上げください! 女王のお考えはよく分りましたから!」

 その様子を瞬きしながら眺めているヴァンダルーの意識に、クーネリア姫の声が不意に響いた。


『妾達アラクネやエンプーサ、中でも特に戦いを生業にする者達は忠誠心を疑われる事を不名誉に感じるのです。ギザニアちゃんもそうだから、気を付けてあげてね』

 気が付くと細い透明な糸がヴァンダルーの首筋にくっついていた。態々【糸念話】で教えてくれたらしい。


 尤も、そのギザニアは女王に隠し事をされた事に不満は感じていない様子だが。これはドナネリスがただの上位者では無く、実の母親である事が関係しているのだろう。


「ところで、神託があったのは分かりましたが……それで俺達は何を求められているのでしょうか?」

 エンプーサ達が落ち着いたのを見計らって、ヴァンダルーはそう尋ねた。


「俺達の当初の目的はノーブルオーク帝国への対処……和平交渉から戦争を含めての対処です。

 ギザニアから事情を聞いた後は、このザナルパドナを含めたヴィダ派の神々を奉じる各種族と友好的な関係を構築し、魔王軍残党っぽい神を奉じるブギータスとその配下を倒す事に代わりました」


 ブギータスを倒すのは何もアラクネ達に同情したとか、ギザニアの肉体美が素晴らしいからとか、それだけの理由では無い。

 簒奪者ブギータスと、彼が奉じる神ラヴォヴィファードは、ギザニアを襲っていたノーブルオークが口にした言葉から、ヴィダとヴィダを信仰する者達に対して良い感情を持っていない事が推測できる。

 そんな奴がこの沼沢地から南の地を支配して力を蓄えたら、将来何をされるか分からないからだ。


 ノーブルオークは産まれてから成人するまで十年程かかるため、短期間ではそれほど増えない。しかし、帝国で労働若しくは奴隷階級に置かれているオークやコボルト、ゴブリンは短期間で恐ろしく増殖する。

 そうして増えた数を頼みに沼沢地に迫られたら、タロスヘイムが勝てないとは思わないが犠牲者は出るだろう。


 攻めて来なくても、ヴィダが眠っている聖域に何かされたら『ヴィダの御子』として困る。


 だから対処できる内に対処するのだ。それに、今動けば将来友好国が幾つも出来る。将軍のチェザーレも、『陛下! ここは陛下自ら戦争に参戦するしかありません!』と力説していた。

 後、経験値とお肉的にも美味しいし。


「しかし、試練に関しては全く心当たりが無いのです」

 ノーブルオーク帝国との戦いは、試練では無い気がしていた。ランク10のブダリオン皇子を退けたブギータスは、推定ランク11以上。確かに強敵ではあるだろうが、去年ヴァンダルーが倒した推定ランク13以上、力量が神話に登場できる域に達していた原種吸血鬼グーバモンを上回る敵とも思えない。


 多分、ヴァンダルーが相手をすれば勝てるだろう。


 勿論ブギータス以外にも高ランクのノーブルオーク等の配下が複数存在するだろうが、それを含めてもボークスやヴィガロ、ザディリスやバスディア、エレオノーラ、骨人達がいればまず負けない。

 それに戦力が足りなければタロスヘイムから呼ぶ事も出来る。


 だから試練と呼ぶには弱い気がする。

「だから何か心当たりがあるのなら聞いておきたいのですが」

 もし、その試練が「ザナルパドナに正しい武士と忍者についての知識を伝える」事だったら、さっさと降参するので。


 しかし、ドナネリス女王にそう尋ねると嬉しそうな、困ったような顔をされた。

「いや……妾はてっきり御子は試練を受けるのが主目的だから、ブギータスと奴が奉じるラヴォヴィファードから帝国を取り戻すために、どうにか参戦して貰おうと頼み込むつもりだったのじゃが」


「……当てが、いい意味で外れましたな、女王」

「あー……どうすりゃいいんだ、この空気?」

 バコタとクルトも、微妙な顔つきである。


「では、試練と言うのはザナルパドナの勘違いではないのか?」

「バスディア、神が勘違いと言うのは、あり得ないのではないのか?」

「いや、多分あり得る話だと思うぞ。以前、別の神だが一度見た事があるのだが、勘違いぐらい普通にしそうだった」


「神を見た事があるのか!?」

「そんな神様がいるの!?」

「そんな馬鹿なっ! いや、しかし、神託で予言された人物の仲間なら、もしかしたら……?」


 バスディアの『神様の勘違い説』にギザニアが異を唱えるが、神と会った事があるという彼女の話にギザニアだけでは無くクーネリア姫や、バコタまでが驚きを露わにする。

 因みに、バスディアが見た事がある神とは『五悪龍神』のフィディルグである。出現して早々にヴァンダルーに土下座して命乞いをした彼なら、確かに勘違いぐらいしそうだ。


「いや、勘違いとは限らないじゃろう。ザナルパドナからみて、ノーブルオーク帝国との戦いは試練と評するに十分じゃったという事かもしれん」

「神は万能じゃ無いものね。それに、ヴァンダルー様は色々深いから」

 ザディリスとエレオノーラの言葉になるほどと、ヴァンダルーは納得しかけた。


「そうか……まあ、そうじゃろう。妾が神託の解釈を間違えたのかもしれん。心当たりと言えば、『ザッカートの試練』ぐらいじゃが、それを求めている訳では無さそうじゃし」

 しかしドナネリス女王が漏らした、伝説的なダンジョンの名にヴァンダルーは思わず聞き返した。


「『ザッカートの試練』、ですか? あのダンジョンは大体一月ごとに出現する場所が変わるのでは?」

「ん? 『ザッカートの試練』は確かに中に挑戦者がいなければ一月程でいずこかへ消えてしまうが、一年に一度必ず女神が眠る聖域に出現するはずじゃ」

 どうやら、彷徨うはずの謎のダンジョンは、大陸南部の聖域にだけは定期的に出現するらしい。


「『ザッカートの試練』……」

 それはヴァンダルーにとって、残った母ダルシアの仇で、オルバウム選王国で今頃英雄としての立場を確かなものにしているだろう、S級冒険者ハインツ率いる『五色の刃』達が挑戦するも、パーティーメンバーを一人喪い撤退した超高難易度のダンジョンだ。


 別にそのダンジョンを攻略する事自体に関心は無い。無いが……もしダンジョンの中にハインツ達の仲間の死体がまだ残っていたら? 頭蓋骨だけでも構わないからそれを手に入れ、修復後適当な魂を入れてアンデッドにしハインツの前で連れ歩いて見せれば、奴はどんな顔をするだろうか?


 それはダルシアを捕まえ、狂信者にはした金と引き換えに差し出した癖に、善人として社会的立場を構築して手出しがしにくいあの三人に対して、少しは意趣返しに成るのではないだろうか?

 奴らが激高して襲い掛かって来たら、最高だ。正当防衛で殺す事が出来る。


 勿論ヴァンダルーも冒険者登録をしてしっかりとした身分を手に入れ、そのアンデッドも従魔として登録して、何よりもハインツ達を返り討ちに出来る力を手に入れてからになるが。


「……『ザッカートの試練』が出現するのは、何時ですか?」

「何時とまでは分らん。年に一回必ず出現するのは確かじゃが、一月から十二月までの何時出現するかその度に変わるのじゃ。

 だが、今年はまだ出現していないはずじゃ。出現すれば、ダークエルフ国から使いが各国に遣わされる事に成っておる。……今の状況ではそれどころでは無いかもしれんが」


「なるほど。とりあえず、ブギータスを倒したら挑戦してみましょう」

 流石に何時実行できるか、必須である死体が残っているか分からない嫌がらせを、戦争より優先する訳にはいかない。やはり試練は後回しだ。


 しかし『ザッカートの試練』に挑戦すると宣言したヴァンダルーを、ドナネリス女王やクーネリア、ブダリオンまで勇者を見るような眼差しを向ける。

 まあ、当時でもA級冒険者だったハインツ達が敗退したダンジョンなのだから、挑戦するだけでも尊敬に値するのかもしれない。


「な、何と。巫女殿はザッカートに挑戦するのでござるか」

「拙者は、とんでもない大人物に助けられたのかもしれない。……女王っ! いや、母上! もしブギータス達との戦いが終わったら、某は巫女殿に刀とこの命を捧げたい! どうかお許しを!」

 ミューゼは戦き、ギザニアは頬を紅潮させてとんでもない事を言いだす。


「ギザニア、転職なら受け付けますが命は大事にしてください」

『うおっしゃ~! 行こうぜっ、坊主っ! 誰も攻略してねぇダンジョン、燃えて来るぜ!』

「ボークス、落ち着いて。行くのはブギータスを倒してからです」


「では、援軍を出す条件を決めておきたい!」

 騒ぎ出す一同を元砦の指揮官らしい大声で、クルトは制した。

 自分に注目が集まるのを確認して、事前にチェザーレ達と会議の結果決めて置いた参戦する条件をそのまま提示していく。


「まず『蝕王』ヴァンダルー旗下の者は何者でも味方として扱い、危害を加えない事。

 次に、戦いの結果我が軍が鹵獲した物は、それが死体であっても当方の所有権を認める事。

 以上を認めて貰いたい」


 二つの条件を身構えて聞いていたドナネリス女王とバコタは、目を瞬かせた後首を傾げた。

「……いや、それは普通なのではないかの?」

 援軍を味方として扱い、危害を加えないのは常識だ。次の条件、死体を含め鹵獲した物の所有権を認めるという条件はアミッド帝国やオルバウム選王国では一般的ではないが、大陸南部では一般的であるらしい。


「ブギータス配下のノーブルオークやオークを倒した場合、死体から素材や食料を剥ぎ取る事を言っているのなら、構わない。それは勝者の権利だ。勿論、ブギータス本人でも」

 ブダリオン皇子本人がそう保証した。


「我々帝国のノーブルオークやオークは同族の肉を食さないが、死者の素材を使用して物品を作り葬儀とし、罪人の死体を民の食料として罰とする。ブギータスは血を分けた弟だが、気にする必要はない。

 ただ、帝国にとって重大な品を鹵獲した場合は交渉に応じて貰えると助かるのだが」

 ブダリオン皇子を含め、女王の間に居る誰も嫌悪感や反感を持った様子の者は誰も居ないので、本当にそれが常識なのだろう。


 沼沢地のリザードマンも死んだ同族の死体から素材を取ってレザーアーマーに加工する等していたので、魔物にとって故人から武具等を作って使用する事は供養に当たるのだろう。


「勿論交渉には応じます。でも重要なのは最初の条件です。この条件を飲んでくれたら、ブダリオン皇子を含めた重傷者を元の五体揃った健康体に戻してみせましょう」

 ヴァンダルーがそう言うと、『ザッカートの試練』に挑戦すると宣言した時とは違うざわめきが女王の間に広まった。


「治るのか、余の眼と腕が! 隻眼隻腕でもブギータスに一矢報いんと覚悟を固めていたが、もし元通り治るならば、必ずや余が奴の暴挙を止めて見せよう!」

「皇子、お待ちください。巫女殿、ブダリオン皇子の傷はブギータスが所持しているデスサイズかそれとも魔術の力か、ラヴォヴィファードの加護かは分かりませんが、私を含めた何人もの魔術師が総出で施術しても傷口を塞ぐどころか血を止めるのが精一杯なのです。

 本当に治せるのですか?」


 バコタのような優秀な魔術師が居ながらブダリオン皇子の傷が塞がっていないのには、そんな理由があったらしい。

 ヴァンダルー達は皇子が重症を負って十全に戦えない状態にある事はギザニアから事前に聞いていた。しかし何日も経っているはずなのに、欠損した部位はまだしも微かだが血の匂いがするのは何故だろうと疑問には思っていたのだが。


 恐らく、治癒魔術やポーションの効果を阻害する呪いか特殊な毒、若しくはユニークスキルだろう。


「そんな事が出来るのか、巫女殿? 拙者の時は斬られた脚が在ったが、ブダリオン皇子の腕と目は無いぞ」


 反射的に「何でも飲みます!」と叫びかけたクーネリア姫をミューゼと協力して抑え込んだギザニアが尋ねる。


「出来ると思います。ただ、そのためにはまず条件を飲んで貰わないといけません。皆さんが俺のアンデッドの仲間の存在を認めるのなら、今すぐにでも治療に必要な物を獲りに行きましょう」

 ヴァンダルーの言葉に合わせて、骨人とボークスが兜を脱ぎ、レビア王女やオルビア達ゴーストが姿を現した。




 ノーブルオークメイジのブブーリンは、仮設砦の建設を指揮しながら兵が怠けてはいないか目を光らせていた。

「ブクククッ」

 だがその勤務態度は油断なくとは評せない。彼は、この戦争は既にブギータス皇子……ブギータス新皇帝の勝利だと確信していたからだ。


 既にハイゴブリンとハイコボルトの国ではブギータス新皇帝に忠誠を誓った者達が起こしたクーデターが上手く行き、彼等が牛耳っている。

 魔人国と鬼人国は強敵だが、ラヴォヴィファードの御業により今しばらく動きが取れないだろう。


 この隙に他の国を蹂躙し、負け犬のブダリオンを匿うザナルパドナを攻略する。

「そしてこの地を平定すれば、我々の天下だ……ブクク」

「ブブーリン殿、独り言にしては声が大きいですぞ」

 ノーブルと名につく種族としては下卑ている含み笑いを漏らすブブーリンに、同格の指揮官であるノーブルオークジェネラルが話しかけてきた。


 この仮設砦は帝国とザナルパドナの間に位置しており、ザナルパドナ攻略のための拠点である。そのため、周辺の野良魔物の襲撃を撃退できるよう、またザナルパドナから攻撃されてもある程度持ち堪えられるように、十分な戦力が配置されていた。


 ブブーリンとノーブルオークジェネラルはランク8。他にノーブルオークはランク7が数人と、ランク6が十人。ハイゴブリン、ハイコボルトがそれぞれ五人。兵隊兼労働者のオークが三十匹。

 そして戦力では無いが、非常食にもなる奴隷が五十匹。


「しかも人の言葉で独り言とは。奴隷共に聞こえますぞ」

「勿論聞かせているのだ。つまらぬ希望など抱かぬようにな。奴隷共、貴様等の妻や娘の命が惜しければ手を休めるなよ!」

 ブブーリンは奴隷達、帝国の民であった人種や獣人の男達に向かってそう怒鳴りつけ、手に持った杖で適当に選んだ一人の背を殴りつけた。


 勿論本気では無い。寧ろ、注意して手加減した一撃だ。

「うぐぁっ!」

 しかし、メイジであっても常人とは比べ物に成らないノーブルオークの力で振るった杖だ。殴られた男は受けた衝撃に悲鳴を上げて倒れ込んでしまった。


「う゛ぅっ……」

 そして呻きながらブブーリンを怒りが滲んだ目で見上げる。奴隷には似つかわしくない目つきだが、それも無理も無い。彼は半年前まで奴隷ではなく民だった。


 ノーブルオーク帝国ではザナルパドナ同様に民を保護する共生関係が維持されていた。しかしブギータスはそれを踏み躙り、真の弱肉強食の社会へと変えようとしたのだ。

 その一環が、民の奴隷化である。ただ境界山脈外の世間で出回っている奴隷の首輪のような、便利なマジックアイテムは無いので奴隷達を従わせるために、家族を人質に取っている。


 働きが悪いと帝国に戻った時に、家族は死ぬまで犯されるか食われるか、どちらとしても凄惨な末路を遂げる。

「くっ……」

 殴られた男も、結局は何も言い返せないまま立ち上がって作業に戻る事しか出来ない。


 首輪どころか手枷も嵌められていないが。全員で暴動を起こしても、ブブーリンどころか彼の配下のノーブルオークの内一人にさえ勝てない事が分かっているからだ。

 そして自分達が反抗すれば、幼子と年寄りは食料に、子が産める女はノーブルオークの妻ではなく、母体にされてしまう。


 男達も、従順に従ってもこの先自分と家族が残酷な仕打ちを受けない保証はない事は分かっていた。分かっていたが、従う以外の選択肢が今は無かったのだ。


「見たか、あの目を! 言い返す事も出来ないとは、何と哀れな生き物なのだ。やはり弱さとは罪だな! あのような下等生物がほんの少し前まで『民』だったとは信じられん! オークにも劣る連中だ!」

 ゲラゲラと耳障りな笑い声を、それすら奴隷達を嬲るために故意に人の言葉で上げるブブーリン。だが侮蔑を受けても奴隷達は言い返す事も出来ない。


 そんな悔しげな様子の奴隷達を、オーク達の内半数ほどが同情的な視線を向けていた。


「貴殿も奴らをからかってやったらどうだ?」

 そう話しを振られたノーブルオークジェネラルは穏やかな微笑を浮かべて首を横に振った。

「ブフフ、遠慮しておきましょう。私は嬲るなら女を、それも寝台でするほうが好みでして」

「おお、それも尤も。共にこの戦いで武功を上げ、ブギータス新皇帝陛下から位を頂き、力無き神が寄越す紛い物では無い本当の女を枯れるまで抱きましょうぞ!

 ……ん? どうした?」


 その時見張りのオークが、魔物が近づいてくるとブブーリンに向かって叫んで知らせた。

 ノーブルオークはアラクネのようなヴィダの新種族と違って、純粋な魔物である。そのため、ブブーリンを含めた高位のノーブルオークが詰めているこの仮設砦が魔物に襲撃される事はあまりない。

 しかし極度に腹を空かせているか、相手の力量を測れない知能の低い魔物、そして奴隷達の臭いを嗅ぎつけた貪欲な魔物は襲い掛かって来る事がある。


 今回もその類だろう思ったブブーリンだが、「フゴッフギビー!」と言う見張りの報告に首を傾げる。

(巨人種のゾンビだと?)

 近づいてくる魔物について報告を受けたブブーリンは、胸中で首を傾げた。魔境で死体からアンデッドが発生するのは珍しい事では無い。しかし都市国家から単独では出ないだろう巨人種が、何故外で死体に成っているのか。

 巨人種の冒険者も兵士も居ないはずなのに。


「ブグブフフ」

 ノーブルオークジェネラルが、ブブーリンの疑問を無視して、弓と矢を配下のノーブルオークに持ってこさせる。

 もう少しでレベルが100に到達しランクアップが叶うかもしれないらしく、得られる経験値は雀の涙でも欲しいらしい。


 弓と矢を配下から受け取ったノーブルオークジェネラルは、顔の半分が白骨化していて剣を腕にぶら下げ「あ゛~、あ゛~」と呻き声を上げながら近づいてくるゾンビに狙いをつけ、矢を放った。

「あ゛~」

 だが、偶然よろめいたためかゾンビから矢は外れた。


「ッ!? ……ブーゴ!」

 まさか外れるとは思わなかったノーブルオークジェネラルが、明らかに苛立った様子で二本目の矢を弓に番える。

 今度こそ命中するだろう、そうブブーリンを含めたノーブルオーク達は確信した。


 しかし放たれた二本目の矢を、何と巨人種ゾンビは引きずっていた剣を目にも止まらぬ速さで振るい、打ち払った。


『あ゛~……やっぱり普通のゾンビの真似は苦手だぜ』

「まあ、ここまで近づけたのだから良いかと」

『そんじゃ、後は走るか!』

 そして巨人種ゾンビのボークスは、驚愕するブブーリンやジェネラルに向かって猛然と走り出した。

9月2日に136話、6日に137話、7日に138話を投稿する予定です。

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[一言] ゾンビがゾンビの真似って、、、 ( ,,>з<)ブッ
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