表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第七章 南部進出編
166/515

百三十四話 ザナルパドナ訪問

 クーネリア姫が落ち着くまで、十分程かかった。

「御客人の前で取り乱してしまい、失礼いたしました。妾がザナルパドナの女王ドナネリスの第九子、第一王女のクーネリアです。以後、良しなに……」

 貴族の令嬢の礼儀作法と細かい点は異なるが、優雅な仕草で八本の脚を曲げて一礼するクーネリア姫。その仕草には、確かに気品があった。


「姫様、取り繕うのは無理かと」

「……やっぱり~?」

 しかしミューゼにそう言われると、情けない声を出してヘナヘナと座り込んでしまった。


 確かに、自分達を逃がすためにノーブルオーク達の囮になった後は生死不明だった実の妹が帰って来たとはいえ、その妹に下半身込みで百キロ越えの体重でフライングボディーアタックをかまし、人が巻き込まれたら重傷を負うだろう激しい抱擁を目の前でされたのだ。

 今更取り繕おうとされても、無理がある。


 流石にヴァンダルー以下誰も口に出しては言わなかったが。


「姫様……戦時で延期になったとはいえ、本来ならもうすぐ輿入れなのですから、もっと落ち着いていただけなければ」

「だって、母様がリザードマンとの交渉が妨害された以上、交渉を続けるかザナルパドナ様の降臨を願うしかないって……それで今母様を失う訳にはいかないとダーリンと説得していたら、ギザニアちゃんが帰って来たって聞いて、つい……でも無事で良かったわっ! 腕も足も複眼も欠けてないものね!」


「姫様っ、止めてくださいっ!」

 ペタペタとギザニアにあちこち触れて、彼女が怪我をしていないか確かめるクーネリア姫。

 ギザニアは恥ずかしそうに、しかし結局はされるがままになっていた。


「どうやら、クーネリア姫とギザニアの仲は良いようだな」

「良すぎる気もするけど……ここの常識と私の知っている常識は違う事は分かったつもりでいたけどね」

 姉妹仲が良くて何よりだと頷くバスディアと、眉間を抑えて呻くように言うエレオノーラ。

 エレオノーラは人間社会の常識的な「姫」と「継承権の無いその妹」の関係を思い浮かべてしまい、違和感が拭えないようだ。


 人間社会のそれなら客人の前でこれ程本心を露わにしないし、そもそもそんな関係の姉妹の仲が良い筈が無いと誰もが考えるだろう。

 大事な同盟国の次期王となるはずだった第一皇子と結婚する姫と、産まれのせいで誰にも姫と呼ばれる事の無いその妹なのだから。


「多分、ここでは俺やエレオノーラの考える外交や戦争が無かったからでしょう。最近起きたノーブルオーク帝国のクーデター以外で」

 元々同じヴィダを奉じる種族で、賢帝ブーギ以後は仲間意識と連帯感が更に高まった状態が長く続いていたのだ。

 人間社会にあるような、陰惨で複雑怪奇な外交闘争や権力争いとは無縁だったのだろう。


 存在する都市国家群の支配者層が、ノーブルオークのような魔物や、ヴィダの新種族だった事も要因の一つだ。

 魔物は幾ら知能が高くても、強さが自己や他者に対する重要な評価基準になる。そして強さによる序列は常に既存の支配者の血統に受け継がれるとは限らない。


 そのため人間の王侯貴族のような血筋による権威主義は強くならなかったのだろう。勿論、親が強ければ素質を受け継いだ強い子が生まれる可能性が高くなるので、多少は尊敬されるが。


 しかし、それでも「高貴な青い血」のような発想は無い。


「それに、さっきミューゼが『政治と祭祀』と言っていましたから、ザナルパドナやノーブルオーク帝国の王族は政治的な役割以外にも信仰を司る役割もしているのかと」

「その通りでござるが、王とはそういう者でござろう? 巫女殿も巫女であると同時に王ではござらんか」


 ミューゼはヴァンダルーの言葉に、当たり前のように同意した。やはりザナルパドナを含めた都市国家群の王は、支配者であると同時に祭司長でもあるようだ。

 政教分離しなくて良いのかと思わなくもないヴァンダルーだが、神様が実在していて馬鹿な事をすると神託などで叱責され、あまりに酷いと判断されると加護を取り上げられ王座から追われる等の措置が取られるため、問題無いのだろう。


「確かに俺も『ヴィダの御子』ですね」

 そしてヴァンダルー本人もそうだった。二つ名効果が美味しいので、「政教分離しなさい」と言われても断る選択肢しかない。


「ところで、そろそろヴァンダルー様を離してくれても良いのよ?」

「おお、これは失礼! つい妙に心地良かったので忘れていたでござる」

 はっとしてヴァンダルーをエレオノーラに渡すミューゼ。受け取ったエレオノーラは、流石に抱き上げる事はせずにすぐに降ろした。


(ヴァンダルー様って、誰かに持たれている時ほとんど動かないから、話してないと人形っぽく見えるのよね)

 表情が乏しく存在感も希薄なヴァンダルーは、自分で動いていないと余計に人形染みた印象が強くなる。

 そしてタロスヘイムの代表者が、まだ同盟も何も結んでいないザナルパドナの民や王族に気軽に持ち運びされるのは、とても体裁が悪い。


 友好的でもここはまだ国交のない他国であるのだから。


 そこに、門の内側から魔術師姿をした人種の老人が現れる。

「皆様、姫が大変見苦しい姿をお見せしました。それにギザニア様を助けて頂き感謝申し上げます。私はドナネリス女王にお仕えする魔術師長のバコタと申します。

 え~、ドナネリス女王からタロスヘイムからの御客人を城まで来ていただくようにと……後、ミューゼ殿はバカ娘を連行してくるようにと」


「連行って、そんな~っ!」

「姫、これもご下命。キリキリ歩くでござる」


 魔術師長……恐らく人間の国の宮廷魔術師に当たる人物の伝言に拠り、一国の姫が情けない声を上げミューゼに連行されていく。他国からの客人の前で。


「……そんなに気にする事無いのかしら」

「頼むから気にしてくれ。俺一人じゃどうにもならん」

 今回のメンバーの中では常識人枠のエレオノーラがそう漏らし、間違いなく常識人のクルトが頼み込んでいた。


「普通の人間の王侯貴族と交渉するよりは、肩がこらなくて良い気がしますけど」

 二人にそう言うヴァンダルーだった。



 因みに、今回はエレオノーラがヴァンダルーの母親だと誰も勘違いしなかったようだ。

 それは平気な顔で日光を浴びている彼女を吸血鬼だと気がついた者が居なかった事と、気がついた後も母子なら彼女がヴァンダルーを様付で呼ぶのはおかしいと察したからだった。




 ザナルパドナの総人口は約十万人。その内訳はアラクネが約一万人、エンプーサが約七千人、そして他の都市国家から婿入りしてきたノーブルオークやハイゴブリン、ハイコボルト、グール等が約千人。残りの約八万二千人が『民』と呼称される人々だ。


 そして城壁内部は、普通の都市と比べると奇怪な建造物が多かった。

 大きな塔が数えきれない程立ち並んでいて、それが民家なのだという。【サムライ】や【クノイチ】がいるのだから、日本家屋に似た建物が並んでいるのではないかと思っていたヴァンダルーは逆に驚いた。


 塔の中では人よりも体が大きいアラクネやエンプーサ、そして人種やドワーフ、獣人、巨人種、他の国から婿入りして来た異種族が共同生活を送っているそうだ。

 因みにエルフは殆ど居ない。代わりに、他の都市国家に多く住んでいるらしい。


『なるほど。アラクネやエンプーサは女しかいない種族だから、そうやって普段から他種族と共同生活をして種族を維持しているのですな』

 骨人が大通りを行きかう人種やドワーフの姿を見つけて、そう納得する。因みに、彼は当然兜を深くかぶったままだ。


 人々の中にはブダリオン皇子と共に逃げ延びてきたノーブルオークの姿が幾つかあり、ゴーバ以下黒牙騎士団のオーカス達も、ギザニアやミューゼ、クーネリア姫と一緒に居れば問題無い。彼等がテイムしたディアトリマ等の魔物も、珍しそうにやや遠くから見られているが、怯えられてはいない。


 だがアンデッドはそうはいかないだろうと、骨人は鎧兜を着た人間の振りを続けているのだ。彼と、同じくフルフェイスの兜を被っているボークスがアンデッドである事を知っているのは、まだギザニアだけだ。

 一度タロスヘイムに戻った時『五悪龍神』フィディルグや『汚泥と触手の邪神』メレベベイルと相談した結果、それはまず『甲殻と複眼の邪悪神』ザナルパドナの祭司長でもある女王に、直接告白した方が良いだろうと言う結論に至ったからだ。




『多分、ザナルパドナは俺と違いヴィダ様からの神託を受け取る事が出来たかと』

『話を聞く限り、十万年前の戦いの直後から活動出来る程度には力が残っていたようですし』

『もしあいつが神託を受け損ねていても、他の神が何柱もいるならどれか一柱は受け取っているはずっス』


 フィディルグの話に、メレベベイルが続けた。

『ただ、境界山脈の外での出来事は……少なくとも数万年単位で知らないでしょう。境界山脈外のアラクネはヴィダ様を信仰していても、ザナルパドナを信仰していないようですから。恐らく、山脈外のアラクネやエンプーサを思う様に庇護する事が出来なかったため、故意に廃れさせたのでしょう』


『力の無い邪悪神を信仰する種族なんて、アルダ側の連中にとってはいい獲物っスからね』

『ヴィダだけなら――』

『様をつけろ』

『ひぃっ!? すみませんメレベベイルの姉御! ヴィダ様だけならまだアルダ側の害を逃れやすくなると思ったのではないかと!』

『だ、だからザナルパドナから神託を受けているだろう女王からお墨付きを貰えば、それ以外も納得すると思います!』




 そんな寝返り組同士の力関係を知りながら相談した結果、今の方針となった。困った時の神頼みである。……地球のことわざとは意味が異なるが。


 それらの事情を知らないクーネリア姫が、骨人を含めた一行に説明する。

「コツジンさんのいうような事情もあるけど、他にも妾達アラクネやエンプーサが民を守るという意味もあるのよ」

 十万年前のヴィダとアルダの戦いでは、ヴィダの従属神や魔王軍から寝返った邪神悪神、邪神と融合した『戦神』ザンターク。そしてヴィダの新種族達がヴィダの下戦った。しかし彼等以外にも人種やドワーフ、エルフのヴィダ信者も加わっていたのだ。


 そして戦いを生き残った者達は、ヴィダの新種族と共にこの境界山脈の内側に逃げ込んだ。

「その後暫くは、このザナルパドナがある地域では人種達も独立した集落を構えていたそうよ。仲間同士ではあっても生態が違うから、交易はしても住まいは別にした方が良かったのね。

 最初はそれで回っていたのだけど……」

 そうクーネリア姫から引き継いで説明するバコタ。


「記録によると、急激に境界山脈の内部に魔境が広がり強力な魔物が跋扈する様になりました。恐らく、アルダから子等を守るためにヴィダが最後の力で境界山脈を隆起させた折に濃い魔力が充満し、それが複数のダンジョンを発生させてしまったのでしょう。

 繰り返されるダンジョンから溢れる魔物の暴走により、戦う力の無い者は生き残れない修羅の世界へとここは変貌してしまったのです」


 ザナルパドナを含めた神々も自らを奉じる子等の為にダンジョンを発生させるなどしていたが、集落から離れた場所に自然発生したダンジョンは管理できず魔物が増え、その魔物によって魔境が急激に広がったのだと昔の人は推測したそうだ。


「……言われてみると、避難所の筈なのに魔物が多すぎますね」

 ヴァンダルーもバコタの説明を聞くまで、外界から内側を遮断する壁である山脈やその上空は兎も角、内部まで魔物が跋扈する魔境だらけである事に、疑問を覚え無かった。「これが思考停止か」と呟く。


「うーむ、あまり違和感を覚えなかったのぅ」

「我らは魔境の外で暮らした事が無いからな。ボークスはどうだ?」

『寧ろ、魔物とダンジョンのお蔭で集落から国にまで繁栄したからな、俺ら旧タロスヘイムの巨人種は。まあ、最初の頃は大変だったらしいがよ』


「ははは、確かに魔境やダンジョンは魔物を狩る事が出来る者達にとっては恵みでもありますからな」

 通常の獣よりも短期間で成長する魔物は、食料や衣類、武具の材料、更に魔石が獲れればマジックアイテムの材料や燃料になる。植物の生育も早く、一年中果実や山菜が手に入る。

 更にダンジョンでは、精製しなくてもそのまま金属製品に加工できる金属資源が採掘可能だったり、宝箱の中にはマジックアイテムやポーションが入っている事もある。


 魔境とダンジョンに囲まれた環境とは、強者にとってはこれ以上ない恵みだろう。


 実際アラクネやエンプーサ、ノーブルオーク等は旧タロスヘイムの巨人種達同様に魔物を狩り、ダンジョンを攻略し様々な物資を手に入れた。

 しかし、人種やドワーフ達はそうもいかなかった。


「人種やドワーフ、エルフや巨人種や獣人が弱いとは誰も思っていない。実際、バコタ殿の魔術の前には拙者では相手にならないからな。しかし、人種やドワーフは拙者達よりも非戦闘員の割合が多く、この辺りの魔物を倒せるようになるまで時間がかかるため、どうしようもなかったらしい」


「そうね、いきなりランク4だものね」

 ランク4と言えばD級冒険者でもベテランなら一人でも倒せる程度の魔物だ。そしてD級冒険者は並の才能と努力が有れば、大抵の者が至る事が出来る等級だ。

 しかし、実戦を経験していない若者が短期間でそこまで至れる訳は無い。


 ヴィダの新種族であり身体能力に優れる巨人種や獣人種も、ランク4の魔物と戦えるようになるには成人後数年の経験を……死傷者を何人も出しながら積まなくてはならない。


「そこで妾達やダーリンの先祖の、魔物と戦う事が出来る力を持った種族が彼等をそれぞれ受け入れ、守る事にしたの」

「それ以降我々は民と呼ばれ、庇護者である種族の方々を支える事で共存共栄してきたのです」


 つまりアラクネやノーブルオーク達は貴き者の義務を守り、守られる者達は彼女達を生産活動などで支える。そんな身分制度が自然と形作られたようだ。


 このザナルパドナでは母系社会で、各塔にアラクネとエンプーサの家族が一組ずつおり、その下に数家族の民が生活している。

 

 そしてアラクネとエンプーサは、民の妻と夫である男達を共有するらしい。


「……ブフ? ハーレム?」

『やべぇ、カシムが移住すると言い出しかねねぇぞ』

「いや、言う程良いものでは無いと思うぞ、我は」


「何となく言いたい事は分かるのでござるが、ヴィガロ殿の言う通りで、外の方が羨むようなものでは無いと思うでござるよ。婿入りした殿方の仕事は、まず女達との子作り。後は民の女達と同じでござる。多少、力仕事の割合が多いくらいで」


 ザナルパドナでは、主導的な職に就くのは基本的にアラクネとエンプーサの仕事だ。人種やドワーフが魔物を狩る戦士や、国を守る兵士になろうとしても、最低でも中堅冒険者相当にならないと使い物にならないためだ。

 それに信仰でも神であるザナルパドナの加護を得やすいアラクネやエンプーサ達が優先される。


 そのため男達は家事や生産系の仕事に従事する事が求められる。

「婿入り先の女の数が多い場合は、外で働けない事もある。産まれた子供達の養育で大変だからな」

 いわゆる、専業主夫だ。


「それはまた……普通だったら喜ばれそうだが、あのカシムやゼノだったら嫌がりそうな環境だな」

 働かずに女達に囲われて子育てをしていればよい。ある意味理想的な生き方だ。しかし、冒険者としてまだまだ高みに登るつもりのカシムやゼノにとって歓迎できる環境では無いだろう。


「私のような魔術師なら男でも重宝され、有事の際には戦列に加わる事が出来ます。エンプーサや、アラクネでも大型種や小型種の方々は魔術があまり得意ではありませんから。中型種の方も、適性は人種と同じ程度ですので」

 そう男でありながら魔術師長にまで上り詰めたバコタは、自分のような者は例外だという。


「ただ、ノーブルオーク帝国よりも男の立場が弱いのは確かですが、本当に大切にされているのですよ。そうでなければ他の国から婿入りしようとする者が居なくなり、国が維持できませんからね」


 因みに、このザナルパドナではアラクネやエンプーサと夫である他種族が交わって生まれる子供達は、ほぼ全て母親の種族で生まれてくる。

 本来はヴィダの新種族が片親でも半々の確率で母親と父親の種族の子供が生まれて来るし、ノーブルオークの場合はほぼ確実に子供はノーブルオークとして生まれてくる。


 しかし沼沢地より南のザナルパドナを含めた都市国家群では、子供は百パーセントそれぞれの国で奉じられている神にルーツを持つ種族で生まれてくる。

 同じアラクネとノーブルオークの夫婦でも、このザナルパドナで子供を作ればアラクネの、ノーブルオーク帝国ならノーブルオークの子供しか生まれないのだ。


「そのカシム殿という方がお相手を探しているのなら、婿入りするのではなく嫁入りする女性を探した方がいいかと思いますよ」

「そうですね。帰ったら当人に聞いてみます。ところで、話は変わりますが――」


 本人不在のまま婚活話が進んでいるためヴァンダルーは強引に話題を変える事にした。カシム本人の意思が不明であるし(お見合いのようなものが決まった後に、カシムが八本脚や四本腕の女性が苦手だと判明したら事だ)、頼まれた訳でもないのにそこまで世話を焼いていいのかと言う迷いもあるからだ。


「話は変わりますが、町の人達の様子があまり暗くないし、寧ろ活気がありますね。戦時で、確か旗色は悪いはずなのに」

 ヴァンダルーが言う様に、人々の顔は種族を問わずあまり暗くない。多少は緊張感や焦燥、疲れを滲ませているが、中には何かに期待するような顔つきでヴァンダルー達を見つめ、歓声や拍手で歓迎の意思を表す者も少なからずいる。


 援軍を求めるために、それまで没交渉だったリザードマンに使者を送る程追い詰められている筈なのに。


 しかし質問されたバコタだけでは無く、ミューゼも「それは巫女殿達のお蔭です(ござる)」と答えた。

「俺達の?」

「そうでござるよ。絶望視されていたギザニア殿の生還、そして頼みの綱の援軍が得られたらしい事は、巫女殿達を見れば明らかでござる」


 ヴァンダルー達の中にリザードマンはいない。しかし、ザナルパドナや他の都市国家出身者とは思えない、奇妙な者達ばかりだ。

そしてザナルパドナでは特定の都市国家間でしか行き来が無いので、「奇妙な者達」はそのまま「未知の援軍」と解釈されたのだろう。


「それに活気があるのは……恐らく、姫が拙者の名前を叫びながら城から門まで全力疾走したからか注目が集まっているのかと」

「あー……それは何事かと集まりますね」

「ご、ごめんなさい? でも、誰も轢いてないのよ! 糸を使って塔から塔へ駆け抜けたから!」

「姫、それは当たり前でござる」




 ザナルパドナの城は、複数の塔を寄せ集めたような外観をしていた。ただ壁を幾人ものアラクネやエンプーサが上り下りしているのを見ると、塔よりもアリ塚に近いようにも見える。

「もしかして、この城は壁を歩くか空が飛べないと移動できないのか?」

『表で待つしかねぇか?』

 ヴィガロやボークスは、独特のザナルパドナの建築様式に嫌な予感を覚えたらしい。


「そう言えば……もしかして、どちらも出来ませんか?」

 そしてそれは的中していたりする。通常の民家である塔は人種やドワーフ等の民も生活しているので、階段やスロープもある。


 しかし城にはその配慮は無かった。働いている者は殆どアラクネとエンプーサ、若しくはバコタの様に魔術が使える者だからだ。

「黒牙騎士団の方々はお待ちいただいても構いませんか? ボークス殿達は城の者が運びますので」

「フゴ、分かった」


 ゴーバ達はテイムしている魔物と一緒に城の近くで待つ事になった。ザナルパドナでは見ない魔物ばかりなので、テイマー本人が近くに居ないとどう扱っていいのか分からないからだ。

 蜘蛛や蟷螂の魔物だったら、厩舎に専属のテイマーが居るらしいのだが。


「では、巫女様は――」

 魔術が使え、使わなくても壁や天井を這い回れるヴァンダルーはそれを告げようとした。

「では、某が」

 しかし、何故かミューゼに運ばれる事になった。


「いや、ヴァンは自力で移動できると思うし、何なら私達が運んでも……」

「バスディア、ここはミューゼ殿に任せてくれ。頼みたい事があるらしい」

「そうなのか? そう言う事なら分かった」

「何故分かっちゃうのよ……私が抱えて飛んでも良いのに」


 そんな声を後ろに聞きながらミューゼに運ばれていくヴァンダルー。

「巫女殿、実は折り入って相談が……」

「ニンジャについてですか?」

「な、何故それが分かったのでござるか!?」

 鎌腕と足を器用に使って壁を登りながら、小さな声で器用に驚くミューゼ。


「だが、分っているなら話は早い! どうか某にタロスヘイムに居ると言うニンジャの方々について教えて欲しいのでござるよ! できれば、修行法なども教えて頂けると……」

 ミューゼだけでは無く、【クノイチ】のジョブについている者にとって、いつかニンジャに至るのは目標であり、夢だ。その手がかりに飛び付かずにはいられなかったらしい。


「ジョブじゃなくて種族名ですし、大蛙には変身できませんけど、それで良いなら修行法もお話します。ただ、あまり大した事は無いかもしれませんよ?」

「それで十分でござる! では、これを。約束の印でござる」

 満面の笑みを浮かべて、ミューゼは懐から見覚えのある首飾りを出し、ヴァンダルーに持たせた。


「『親愛の首飾り』?」

「それのエンプーサバージョンでござる。複眼では無く鎌の部分を研磨して、糸は某と同じ塔で暮らすアラクネから貰った物でござるが」

 やはりエンプーサも脱皮するらしい。


「ではありがたくいただきます」

 コネ、二つ目ゲット。実は姫の妹だったギザニアと違い、門の警備兵の隊長でしかないミューゼのコネがどれくらい役立つのかは不明だが。

 そうした打算を抜きにしても親愛の情を示されるのは嬉しいので、実はコネ的に役に立たなくても気にならないけれど。


「では、ここが女王の間でござる。某はクーネリア姫をドナネリス女王に引き渡したら門に戻る事になると思うので、どうか約束を忘れないよう、頼むでござるよ」

「分りました」


 そうしてミューゼに運ばれて入った女王の間は、妙な所が和風だった。床が畳っぽかったのである。

 一瞬本物の畳かと思って懐かしさを覚えたヴァンダルーだが、すぐ違う事に気がついた。アラクネの糸を畳っぽく編んで、植物から作った染料で染めてあるものだ。


 内心で「糸畳」と命名したヴァンダルーは、女王の間に並ぶアラクネやエンプーサ達の中でも目立つ二人、玉座……は体形的に無いが、一番偉そうな中型種のアラクネと、包帯だらけで片目片腕を失っているが威厳を保ち何処か優しげなノーブルオークに視線を向けた。


 他にも初めて見る種族の者が何人かいるが、この場で最も重要な人物はこの二人だろう。

 二人もヴァンダルーに視線を、特にアラクネの女王だろう人物が彼が首から下げている二つの親愛の首飾りに驚き、凝視している。コネクション効果は抜群の様だ。


 そして、挨拶をするために膝を糸畳に突く。

「沼沢地を含めた北の地を治めるタロスヘイムの王、『蝕王』にして『ヴィダの御子』のヴァンダルーと申します。この度は御目通りが叶い――」

「ま、待たれよ!」

 突然挨拶を、それもドナネリス女王らしい人に遮られて驚いたヴァンダルーは、反射的に顔を上げた。


「……あ、正座ですよね。畳ですし」

「いやそうでは無くてっ! 御身に、娘の命の恩人にしかも一国の王である御身にそこまで礼を尽くされたら妾の立場が! 御身より頭を高くする訳にもいかぬとは言え、流石に皆の前で額を畳に擦りつけるのは勘弁願いたいのじゃ!」


 初めての外交なので礼を尽くそうと思ったら、尽くし過ぎたらしい。見ると、他のアラクネ達やノーブルオークも慌てている。


「陛下、国王同士で簡単に頭下げちゃダメだろ」

「そう言う事は初めに言ってください。俺、王になる前は王じゃなかったんですよ」

「……言いたい事は分かるが、何処の王様でも戴冠式の前はそうだぞ」

 アラクネに乗って登って来たクルトにダメだしされたヴァンダルーが佇まいを直すと、見るからにほっとした様子でドナネリス女王は息を吐き、改めて口を開いた。


「娘を助けて頂き、感謝する。妾はドナネリス、ザナルパドナを奉じこの国を治める者じゃ。御身の事は神から頂いた神託によって知っておる、偉大なる試練に挑む御子として」




・名前:ミューゼ

・年齢:70

・二つ名:無し

・ランク:6

・種族:エンプーサクノイチ

・レベル:59

・ジョブ:クノイチ

・ジョブレベル:35

・ジョブ履歴:盗賊見習い、盗賊、暗殺者、暗闘士



・パッシブスキル

怪力:3Lv

暗視

敏捷強化:6Lv

能力値強化:任務:4Lv

身体強化:甲殻鎌:6Lv


・アクティブスキル

擬態:3Lv

格闘術:7Lv

投擲術:5Lv

鎧術:3Lv

忍び足:8Lv

開錠:2Lv

罠:3Lv

限界突破:5Lv

暗殺術:3Lv

無属性魔術:1Lv

魔術制御:1Lv

風属性魔術:1Lv




魔物解説:エンプーサ


 以下、アミッド帝国帝都の魔術師ギルドに保管されている、『太古の文献の写本』の写本を補修した魔術師が纏めた、古の文献の記述。


 蟷螂の特徴を持つ雌のみの魔物で、基本的なランクは4。知能は高いが凶暴であり、昆虫の蟷螂とは違い群れで行動するため、危険度が高い。


 通常の腕の他に手首から先が鋭い鎌に変化している一対の鎌腕が生えており、それを【格闘術】スキルで巧みに操る。

 背中に羽が生えているが、蟷螂同様その飛行能力は低い。殆ど滑空するために使われる。

 また、一部の蟷螂同様に周囲の風景に溶け込む【擬態】を行う事が出来る。


 生態としては単性種族であるため交配の為に他種族の雄を必要とするが、エンプーサは人間やヴィダの新種族の男性しか狙わない。そのため、オークよりも危険度が高いとされている。

 浚われた男は交配後卵を産むための栄養源として食い殺されてしまう。その後エンプーサは一つから複数個の卵を産み、卵は約一年後に孵化し、産まれた子供は脱皮を繰り返しながら十年程で大人と同じ姿に成長する。


 また魔物にしては長命で、二百年以上生きた個体も存在する。


 卵からは時折男性側の種族の子供が生まれるが、女児なら即座に食い殺し、男児なら交配が出来る歳まで飼うと思われる。


 エンプーサバーサーカーやエンプーサスレイヤー、エンプーサアサシン等のランクアップした上位種の存在が確認されており、危険極まりない魔物である。

 ただ魔術を苦手とする魔物の様で、エンプーサメイジは滅多に存在しないのは幸いである。


 鎌はそのままでも武器として使用可能で、強固な甲殻や骨は防具の材料に、羽は粉末にすると錬金術の素材の一つになる。

 また、心臓から採れる魔石は風属性のマジックアイテムと相性が良い。


 ただこのバーンガイア大陸ではここ数百年の間エンプーサは一匹も確認されていない。そのためこの大陸ではエンプーサの根絶に成功したと思われる。

 このような邪悪な魔物の根絶に成功した事は、真に幸いである。何故かエンプーサはダンジョンで生成されない魔物であるため、今後他の大陸から愚かなテイマーが持ち込まなければ、バーンガイア大陸でその姿を見る事は無いだろう。


 しかし魔物が跋扈する境界山脈の向こう、大陸南部に生き残っている可能性は否定できない。

8月30日に135話、9月2日に136話 9月6日に137話を投稿する予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ