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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第七章 南部進出編
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百三十三話 クーネリア姫の御成~りぃ~

 沼沢地から南は、からりとした空気に赤い土の大地をした、ヴァンダルーの知識にあるアフリカ大陸に似た地形のようだった。

 ただアフリカ大陸の、それもテレビで見た程度のヴァンダルーの知識と似ている点があるだけで、実際はかなり異なっていた。


 チェック模様の様に頻繁に森と草原、サバンナ地帯が入れ替わり、砂漠は無い。また、沼沢地から流れる小川や左右の境界山脈から流れ込む川が幾つかあり、乾いた大地では無い。

 それに今は夏だというのに、気温も湿度が高い沼沢地よりも低いように感じられる。……実際には地球のアフリカ大陸も暑い地域だけでは無く、標高が高い地域は日本よりずっと涼しいのだが、当然ヴァンダルーは知らない。


「拙者達はそれぞれ一つの都市を国としている。つまり、教えてもらった都市国家という形式だな」

 ギザニアによると小規模な村や集落、町も存在せず、極一部の例外を除きノーブルオーク帝国も含めて一つの大きな都市だけで国家を形成しているそうだ。


 これは周囲全て魔物が跋扈する魔境であるため、小規模なコミュニティでは維持する事が出来ないためだ。

 実際、この辺りで出現した魔物は殆どランク4。タロスヘイム周辺や沼沢地から一つ上がっただけだが、ランク3でヒグマ相当、ランク4でティラノサウルス相当だと考えればその危険度の違いは明らかだ。


 いくらアラクネやノーブルオークでも、そんな土地で非戦闘員を抱えて小さな集落を維持するのは様々な事情から採算が合わないのだろう。


『そう考えると、俺達はまだ恵まれていたわけか。一応滅ぼされる前は、開拓村も作ったしよ』

『ランク4だと若い戦士が命を落とす危険も増しますものね』

「儂らも魔境で暮らしていたが……ほぼ全てが戦闘要員みたいなものじゃったしな」

「それに周囲の魔物の大半は若い戦士より弱いか、二人以上でかかれば倒せる程度だった。こことは違う」


 ボークスやレビア王女、ザディリスやヴィガロが口々にそう言う。

「実を言うと、拙者も一人だけでは負傷していなくてもここまで戻って来る事は出来なかっただろう。群で襲い掛かって来る魔物もいるから。これも皆のお蔭だ、改めて礼を言わせてほしい。

 ……それと、彼は大丈夫なのか? 朝方現れたレギオン殿から分離して以降、気分が悪そうだが」


 頭を上げたギザニアが心配そうな視線を向ける先には、げっそりした様子のクルト・レッグストン……チェザーレの弟にしてタロスヘイムの副将軍(実質副宰相)の姿が在った。


「大丈夫でしょう。薬は飲ませましたし、多分すぐ良くなりますよ」

 何故クルトがこの場に居るのかと言うと、レギオンの転移でヴァンダルーがタロスヘイムに一度戻って事の次第を報告した際に、『では外交官にあたる者を派遣するべきでしょう』とチェザーレが言い出し、結果彼が派遣される事に成ったからだ。


 レギオンの肉に埋もれて転移する方法で。


 結果、クルトは青い顔で口元を抑えて蹲っていた。

「蟲やら種やらを寄生させられて、陛下に装備されて運ばれるよりはマシだと思ったが……かなり、来る」

 どうやらレギオンに埋もれるのは、全身を蟲に這い回られるよりも精神的な負荷を覚える経験らしい。ヴァンダルーは抱きしめられている間半ば埋もれているのと同じ状態だったが、特に気分が悪くなる事は無かったのだが。


「俺は文官じゃないはずだが……兄上の方が向いてるんじゃないか? 陛下と実質宰相の兄上が、同時に国を留守にするわけにはいかないって事情は分かるが。

 ああ、帰る時は蟲を寄生する方にしてくれ。出来れば、自分の脚で帰りたいがランク4以上がうようよいる中突っ切るのは無理だ」

 そう言い終わると、吐き気止めの薬が効いて来たのかクルトは何とか立ち上がった。


『大丈夫かよ? 何なら寝ていても良いんだぜ』

「大丈夫じゃないが、寝ている訳にはいかないだろ。何時の間にか大きな話になっているし、交渉相手の規模もでかそうだしな」


 ボークスにそう答えながら、クルトはまだ離れているのに見えるギザニアの国、彼女達が奉じる神と同じ名前の『ザナルパドナ』に視線を向けた。


 周囲から魔物を避けるために作られた高い、タロスヘイムの城壁と比べても倍以上高い城壁からザナルパドナ国の規模を想定すると、ハートナー公爵領に在った人口一万人のニアーキの町を軽く上回る。

 流石に人口百万人のナインランドよりは小さいが、都市国家としてはかなりの規模だ。


「しかし、俺達が正面から近づいて大丈夫なのか?」

「俺達、外で待ってるか?」

 クルトとゴーバが不安そうに言う。人の国なら国交が無くても外交使節団なら、一応身の安全は保障される。しかしザナルパドナとタロスヘイムは、お互いに先日まで存在に気がついていなかった。


 しかもゴーバ達黒牙騎士団のオーカス達は黒い事を除けばオークと見分けがつきづらい。身体の大きさはオーカスの方が通常のオークよりも大きいが、それで区別してくれる保証も無い。


「大丈夫だ」

 しかし、ギザニアは不安など無いと言わんばかりに断言した。

「ヴァンダルー殿、とりあえずこれを持って拙者と来てくれ」

 そして懐から、ツルツルとした光沢のある半透明なメダルのような物に白い艶やかな糸を通した首飾りを取り出すと、ヴァンダルーに手渡す。


「これは?」

「拙者の複眼にあたる個所の抜け殻を削って作ったメダルに、拙者の糸から編んだ紐を通した首飾りだ。

 これは『親愛の首飾り』と呼ばれ、これを持つ者はアラクネ族、この場合拙者と親しい者だという証明だな。バスディアにも同じ物を渡してある」

 大型種は糸を戦闘や罠で迅速に、そして器用に扱う事が苦手らしいが、糸を出せない訳では無いらしい。


 そう言えば、バスディアも何時の間にか同じものを首から下げている。どうやらギザニアと彼女はただの友人以上に意気投合したらしい。


「では、ありがたく頂きます」

 そう言う事ならと、複眼の首飾りをするヴァンダルー。

 そしてギザニアの蜘蛛の下半身に乗ろうとして……胸の下に抱えられるようにして抱き上げられた。


「後ろだと拙者の上半身で隠れてしまうだろう。

 では行こう。皆、拙者に続いてくれ。ゴーバ殿達は、念のために武器は下げて乗騎の魔物も落ち着かせて、ゆっくり来てくれ。ボークス殿と骨人殿は……くれぐれも兜を外さないように」

 そう言って歩き出す後ろでは、若干の緊張感が漂っていた。


 やはり未知の種族の国を訪ねるのに、緊張せずにはいられないのだろうか。


「……もしかしてヴァンダルー様、また何かしたんじゃないかしら?」

「プリベルの例があるからのぅ、あり得んとは言えんな。うっかり求愛の儀式やらなんやらをしたのかもしれん」

『そのプリベルの嬢ちゃんが騒ぐな。同じ八本脚だしよ』

「騒ぐどころか、トレーニングのメニューを増やしていたぞ。陛下がレギオンで帰った時に、アラクネを助けた事は話していたから。

 せめて後々の外交やらなんやらの良い材料に成れば良いんだが」


 また増えたかな? そんな予感を覚えて囁き合うエレオノーラやザディリス、ボークスにクルト。


「そうか? 我にはそうは見えない。あれは、兄や姉が弟や妹にする仕草だ。色気は感じない」

 アークタイラントにランクアップして夜の生活もより充実する様になったヴィガロがそう断言する。クルトは疑わしげな視線を向けるが、この中で最も異性と付き合った経験が豊かなヴィガロの言葉に「そう言われればそうかな?」と顔を見合わせるザディリスやエレオノーラ。


「ギザニアはまだ子供を作った事が無いらしい。大型種は寿命が長いし、自分は未熟だからまだ武芸の腕を磨きたいと母や姉の勧めを断っていたそうだ」

 ギザニアと親しくなったバスディアがそう補足する。


「そう、それなら――」

 心配ないわねと言いかけたエレオノーラの声を遮って、バスディアが続ける。

「だから、今回命を落としかけて、もっと真剣に自分の人生と向かい合うつもりらしい。ヴァンへの恩返しが終わったら」

「……バスディア、あなた、どちら側の意見を言っているの?」


「どっちに転んでもおかしくないと思っているぞ。実際、子供を産み育てるのはどんなものなのかと相談されたからな」

 女戦士バスディア、彼女は娘を育てる一児の母でもある。タロスヘイムには、同じグールのママ友のビルデに預けたジャダルが帰りを待っているのだった。


「まあ、確かに危ないところを助けられたのじゃから、そうなってもおかしくないか。寿命も長いそうじゃから、多少の歳の差は問題に成らないじゃろうしな」

 そう「なるようにしかならんじゃろう」と言う、自分も初めて出会ったヴァンダルーに危ないところを助けられたザディリス。


 ギザニアから見るとヴァンダルーは白馬の王子様どころか、百足から生えた疑似餌様だった訳だが……衝撃的な出会いには違いない。


「まあ、そうね。考えてみれば、どっちに転んでも別にヴァンダルー様が良いなら良いのだし」

 結婚の概念自体が存在せず、今でも「子育てに協力する」程度の感覚のグールであるバスディアとザディリス、そしてヴァンダルーの僕である事を自認しているエレオノーラ。

 彼女達にとってこれは「どっちに転んでも別にいい」話であるらしい。


「……アルダ信者が居たら頭の血管が切れて死ぬんじゃないか?」

 伯爵家出身の貴族だからこそしっかりと節度ある結婚観を叩き込まれているクルトは、思わずぼやいた。

『いや、それよりカシムの奴が倒れるんじゃねぇかと心配だぜ。あいつ、かなり拗らせてるからよぉ』


「皆、度胸凄い」

「きっと、心臓に鬣生えてる」

『心臓に生えるのは毛では? しかしボークス殿の心臓には生えていてもおかしくないか、鬣』

 一同の中で一番緊張しているのは、ゴーバ達オーカスと骨人だったようだ。


 ゴーバ達オーカスは気をつけないと、アラクネ達が簒奪者ブギータス第二皇子率いるノーブルオーク帝国と敵対している今、敵だと誤解されかねない。


 そして骨人は、スケルトンだと気がつかれると攻撃される可能性が高い。

 アラクネ達はアンデッドに寛容なヴィダを頂点にした信仰をしているが、やはりヴァンダルーの様にテイム出来る訳では無い。国の外から高位のスケルトンが現れて近づいて来たら、万が一の可能性でしか成功しない話し合いを試みるよりも、国の防衛を優先するのが当然だ。


 ……ゾンビエピックヒーローのボークスも条件は同じはずなのだが、彼はフルフェイスの兜を被っているものの特に緊張した様子は無い。心肺機能と一緒に心配機能も止まったのだろうか?


 背後でそんな会話がされているとは気がつかず、ギザニアは真っ直ぐ城壁に向かって近づいて行く。

 見るからに重々しい石を組み合わせた壁が近づいて来るが、ヴァンダルーは日本の城塞の石垣を思わせる精緻な造りに見入っていた。


 地球で生きていた時は画面越しにしか見た事が無く、特に美しいとも思わなかった。しかし、三度目の人生で改めてみると大きさが異なる石が隙間なく組み上げられて出来る地味で無骨なこの模様には、美しさがあると気がついたからだ。


 タロスヘイムの城壁はヴァンダルーがゴーレムにして組み建てる為、一見すると一枚岩に見える。そのため模様が無いので特にそう感じた。


 しかし、別の事も気がついた。

「門どころか、出入り口も無いように見えますが?」

 近づいてくる城壁には、出入りできる門や戸が無いように見えた。もしかして、蜘蛛らしく壁をよじ登って出入りしているのだろうか?


「カモフラージュしてあるからな。だがそろそろ出て来るはずだ」

 そうギザニアが言い終わって数秒後、前触れも無く城壁の一部が内側から開いた。そしてそこから数人の武装したアラクネと、初めて見る種族の女が一人出てくる。


「あの城壁は岩をアラクネの糸で繋ぎ合わせて造られているのだ。見かけは同じだが、覗き窓や大小の門が隠されている」

 言われて見てみると、確かに開いた壁の部分は石材で出来ているのは外側の浅い部分だけのようだ。

 地面に穴を掘って巣を作る蜘蛛の中には、巣の蓋を地面そっくりに作って偽装する種類がいるが、それに似ているかもしれない。


「ギザニア殿! 生きていたのかっ!」

「良く戻ってくれたわっ、貴女を連れて戻れなかった姫様の落ち込みようったら――」

「待てっ! 確かにギザニアが生きて戻ったのは朗報でござるが、まず事情を聞かねば!」

 わらわらとギザニアよりも二回り以上小さなアラクネが駆け寄って来ようとするが、それを初めて見る種族の女が四本の腕で制する。


 そう、四本である。


 一見すると長身の人種の女に見えるが、人種等と同じように五本の指がある腕の他に、外骨格に覆われ節があり手首から先に当たる部分がデスサイズのような鎌状に成っている腕が生えている。

 更に、背中からは一見畳んだマントのようだが実際には長い羽が生えており、足も膝から下が虫の物に成っている。


 蟷螂と女を混ぜたような、若しくは擬人化した蟷螂のような姿。アミッド帝国は勿論、オルバウム選王国の記録にも、こんな種族や魔物の姿は残っていない。

 しかしヴァンダルー達はギザニアから説明を受けて知っていた。


 アラクネと今は同じ魔物……神をルーツに持つヴィダの新種族、エンプーサだ。


 その昔、『甲殻の邪神』ザナルと『複眼の悪神』パドナという二柱の神が、『五悪龍神』フィディルグや『汚泥と触手の邪神』メレベベイルと共に勇者ザッカートの誘いに乗って魔王軍から離反した。

 だがザナルとパドナはその後の戦いで魔王グドゥラニスの攻撃を受け、再生不可能な重傷を負ってしまう。


 元々お互いにお互いを強く執着していた二柱の神は、その重傷を合体融合して一柱の神と成る事で乗り越えた。


 以後は『甲殻と複眼の邪悪神』ザナルパドナと名乗った。しかし、元々別々の神が一つに成ったせいか、新種族を誕生させるためにヴィダに求められた時産まれたのは、アラクネの始祖とエンプーサの始祖の双子だった。

 一種族創るつもりが二種族産まれたと、ヴィダとザナルパドナはとても喜んだらしい。


 そして十万年前のヴィダとアルダの戦いを経て今に至る訳だが、エンプーサの存在が残っていないのは、恐らくバーンガイア大陸のエンプーサは境界山脈以外では何万年も前に絶滅したか、他種族の目の無い場所に逃げ延びたからだろう。


 グールと違い魔物扱いされている訳でも無く、二百年前の冒険者であるボークスや『氷神槍』のミハエルは勿論、一万年前に吸血鬼化したベルモンドも存在を知らなかったのだ。唯一、クノッヘン砦に詰めている三万年程生きていたアイラが、熟考の末にそれらしい魔物が出てくる昔話を聞いた事があると思い出したくらいだ。


 恐らくグール同様に魔物として扱われ、遥か昔に絶滅してしまったのだろう。


 それを聞いた時ギザニアは「やはり外は恐ろしい世界なのだな」と戦慄していた。


「ミューゼ殿、彼女等は怪しいものでは無い」

「別に怪しんでいる訳では無いでござる。ギザニア殿が抱いているのはダンピールで、しかも首から下げているのは親愛の首飾りでござろう。それに、後ろのグールの方も同じ物を持っているでござるな。

 ただ、どのような事情か分からぬままでは通せないのでござるよ」


 釣り目がちな目つきで、髪を上の方で纏めてポニーテールにしたミューゼと呼ばれたエンプーサは、どうやらこの門の警備隊の隊長らしい。


「勿論事情は説明する。ただ、信じがたい事が多いが最後まで聞いてほしい」

「はっはっは、某はこのお役目について数十年になる。驚く事はそう無いでござるよ」

 見た目はきつそうだが、ミューゼは気さくな性格の持ち主らしい。しかし、ギザニアが事情とこれまでの経緯を話しだすと、だんだん顔つきが変わって行った。


「な、何とっ……! そんな事がっ! しかし、そんな馬鹿な事がっ……でも事実某の前に身体から蟲や植物を出し入れしているダンピールがっ!」

 百面相状態のミューゼの前には、ヴァンダルーがギザニアの話した事が事実である証明に、【装蟲術】や【装植術】でペインとアイゼンの枝を出し入れしていた。


服の間からファーワームのペインの頭やアイゼンの枝が「キチキチ」「ぎしぎし」と出入りする様子は、ミューゼに疑う余地を与えなかったようだ。


「あの子はザナルパドナの加護を得ているのでもないのに、【スパイダーテイマー】なの!?」

「待てっ、【スパイダーテイマー】や【マンティステイマー】がテイムできるのは蜘蛛や蟷螂の魔物だけだ! ワーム系の魔物はテイム出来ないはず。そもそも、身体から出し入れできる訳がない!」


 ミューゼ以外にもアラクネ達が驚いている。彼女達の言葉から、境界山脈外ではアンデッドと同じくテイムできない魔物とされている蟲型の魔物も、アラクネやエンプーサはザナルパドナの加護を得た上に、専門のテイマー系ジョブに就けば、一部はテイム出来るようだ。


 これは恐らく、アラクネとエンプーサの片親であるザナルパドナが蟲系の魔物を創り出した神々の中に含まれているからだろう。

 境界山脈外では邪神や悪神の加護や、それによって就く事が出来るジョブの検証は行われていないらしい。もしかしたら、魔物の特殊能力として扱われているのかもしれない。


「これは……某の手には余る。女王陛下の判断を仰ぐので、今しばらく待っていて欲しいでござる」

「はい、分かりました」

 事情を信じてもらえても、結局待たされることに成るだろうと思っていたヴァンダルー達は、特に不満を覚えずに待つ事にした。


 いきなり常識の埒外が未知の国の王を名乗り、貴国の援軍にやって来ましたと言い出したのだ。ギザニアが居たとしても、話を信じてくれただけで大成功だろう。

「うむ、では誰か女王陛下に報告を。後、御客人に飲み物と軽食の準備を」

 ミューゼの言葉にアラクネが二人身を翻して門の中に消えていく。一人が報告に、もう一人が飲み物と軽食を準備しに行ったらしい。


「待っている間に少しお話を聞いても良いですか?」

「勿論でござるよ、巫女殿」

 また若干の違和感を覚えるヴァンダルーだが、それより気になる事があったので深く考えずそのまま流してしまう。


「ミューゼさんはもしかして【ニンジャ】というジョブに就いているのですか?」

 ミューゼの格好は特徴的な鎌腕や羽に目が行きがちだが、着ているのは丈が短いが着物を連想させる物だった。鎖帷子っぽい網目模様の肌着(?)も少し見えるし、腿には棒手裏剣っぽい飛び道具を保持するためのベルトをしている。

 なのでそう思って質問したのだが、ミューゼは首を横に振った。


「違うでござるよ。某のような未熟者は、真なる【忍者】、そして【忍】には程遠いでござる」

「ヴァンダルー殿、ミューゼ殿達は【クノイチ】だ」

 どうやら、この世界のジョブシステムでは【忍者】と【クノイチ】には明確な違いがあるらしい。


 二人の話によると【クノイチ】は【サムライ】と同じく『大地と匠の母神』ボティンが選んだ勇者、ヒルウィロウが残した資料に在った忍者に関する記述から再現されたジョブであるらしい。

 ただ、ヒルウィロウが残した資料に在った忍者の情報は、武士以上に現実の忍者とはかけ離れていたようだ。


「真なる忍者は様々な幻の魔術や、【妖術】と呼ばれる術の使い手で、水の上を走りフロシキと呼ばれる布のマジックアイテムで空を飛び、敵に囲まれれば人を一飲みにする大蛙に変身したと伝えられているでござる。

 拙者などとてもとても……」

「今まで【武士】と同じく【忍者】に至った者は存在しないのだ。ミューゼ殿は今までで最も【忍者】に近いとまで言われているのだが……やはり【妖術】と大蛙変身の謎が解けなければ難しいのか」


 もしかしたら勇者ヒルウィロウは最初から武士や忍者に関して、真実を伝えるつもりは無かったのかもしれない。彼は単に以前から時代劇や侍や忍者っぽいアクションヒーローが活躍するエンターテイメント作品が大好きなだけだったのかもしれない。


 それについて書き残したのも、ラムダが平和に成ったらそれを模した劇を大衆の娯楽に取り入れようとしたのかもしれない。


 それが異世界の資料として後世に伝わってしまうとは……これが歴史というものか。


「……うちの国にブラックゴブリンと言う種族が居まして、彼等と彼等の師匠の巨人種ゾンビは『ニンジャ』の名前の種族にランクアップしましたけど」

「本当でござるか、巫女殿! やはり大蛙に変身するのでござるか!?」

「【武士】っ、【武士】はどうなんだ!?」


 教えてくれたお礼にブラガ達ブラックゴブリンニンジャの事を教えると、二人とも興奮し出してしまった。

 その時二人の声以外にも削岩機で岩を削るような音と、誰かの叫び声が門の向こうから近づいて来るのにヴァンダルーは気がついた。


「ギザニアちゃぁぁぁん!」

「姫っ! お鎮まり下さいっ!」

「姫が乱心されたわっ! 止めてっ! 止めるのよ!」


 ヴァンダルーに一瞬遅れて気がついたギザニアとミューゼがはっとして門の向こうを見る。丁度その時、飛び出すようにお姫様が現れた。


「ギザニアちゃんっ! 良かった!」

 白い精緻な刺繍が施されたドレスに、桃色の長いピンクブロンドをドリルを連想させる縦ロールにした、二十歳前後の可憐な容姿のお姫様だ。瞳を涙で濡らした彼女は、ドレスと同じ色の白い蜘蛛の八本脚で力強く門を蹴ると、ギザニアに飛びかかった。


「クーネリア姫っ!?」

「ミューゼ、ヴァンを持って逃げろ!」

「承知!」

 バスディアから咄嗟の指示が飛び、ミューゼがギザニアから捥ぎ取るようにしてヴァンダルーを奪って退避する。

 そしてクーネリア姫らしい女性がギザニアに飛び付いた。


「うぐっ!」

 咄嗟に彼女を抱き止めるが、思わず呻き声を漏らすギザニア。当然だろう、飛び込んできたのは蜘蛛の下半身を持つアラクネの姫だ。大きさはギザニアより大分小さいが、それでも体重は百キロを優に超える。それが加速を付けて飛び込んできたのだから、その衝撃は相撲取りのぶちかましと同じか、それ以上だ。


「良かったぁぁっ! もう会えないかと思ったんだからね! お姉ちゃんより先に逝く妹がいますか!」

「い、いや、ですが、あの時はまだ傷が浅かった拙者が囮に成るのが……」

「生きててくれて良かったよぉぉっ! お姉ちゃんっ、こんな事なら強引にでも連れて行かなければよかったって何度も後悔したんだからねぇ!」


 感動の再会である。ただ、常人サイズで巻き込まれると骨が数本折られかねないが。


「……お姉ちゃん?」

「おや、聞いていなかったのでござるか? ギザニア殿はクーネリア姫の妹でござるよ」

「聞いていなかったな。話していて、ギザニアは姫をまるで姉のように慕っているのだなと思っていたが」

 ミューゼが飛びのいた先に居たバスディアが答える。すると「確かに、ギザニア殿なら言い忘れてもおかしくないでござるな」と頷いた。


「大型種は中型種よりも寿命が長く力も強いのでござるが、それ故に国と民を守るのが役割とされるので、政治や祭祀には関わらないのでござるよ」

 どうやら、ギザニアがクーネリア姫の妹である事を黙っていたのは、ザナルパドナではそれが常識だったので、態々話そうと思わなかったからのようだ。


 ギザニアは姫騎士ならぬ姫サムライだったらしい。




・名前:ギザニア

・年齢:35歳

・二つ名:無し

・ランク:5

・種族:アラクネサムライ(大型種)

・レベル:87

・ジョブ:サムライ

・ジョブレベル:90

・ジョブ履歴:戦士見習い、戦士、剣士


・パッシブスキル

暗視

怪力:3Lv

敏捷強化:5Lv

刀装備時攻撃力強化:小

身体強化:甲殻複眼体毛:3Lv

能力値強化:忠誠:3Lv


・アクティブスキル

刀術:5Lv

鎧術:5Lv

格闘術:3Lv

高速走行:3Lv

限界突破:5Lv




・魔物解説:アラクネ


 以下の情報は境界山脈外の冒険者ギルドや魔術師ギルドでの定説である。



 蜘蛛の下半身と人種の女性に似た上半身を持つヴィダの新種族の一種。


 蜘蛛に似た性質で、猛毒を持ち吐いた糸で罠を張り、同族でも共食いをする冷酷で凶暴な種族。

 人間を捕えると女ならそのまま食らい、男ならば子孫を作るために利用した後自分で喰うか、卵から孵った子供達に食べさせるために暫く生かしておく。


 昔は上記のような誤った情報が主流だったが、現在では正しい情報が冒険者ギルドや魔術師ギルドで共有されている。ただ、閉鎖的な村や集落などでは今でも間違った認識を信じられている場合がある。


 実際にはアラクネは中型種、小型種、大型種、水棲種の四種に分かれ、蜘蛛の下半身を持つ女性しか存在しない単性種族である事は共通しているが、それぞれに生態が異なる。


 中型種はアラクネの中で最も多く、力と俊敏さに優れ、下半身から糸を出して住処や罠を作る。毒腺を持ち牙で噛みついた相手に毒を注入する事が出来るが、その毒は人間サイズの生き物には殆ど効果を表さない程弱い。

 魔術師の割合は人種以上エルフ以下。

 寿命は三百年程。素のランクは3。


 小型種は二番目に多い種。大人に成っても上半身の容姿は幼く、下半身も小さいままなので中型種や大型種の子供と見間違う事も多い。中型種以上に糸を多彩な方法で使いこなし、身も軽い。またアラクネの中では最も毒が強く、注入されれば人間でも【毒耐性】スキルを持っていなければ動けなくなる。

 また魔術を習得している者は多いが、簡単な術しか使え無いようだ。

 陽気な性格の者が多く、寿命は二百年程で、素のランクは2。


 大型種は数が少なく、小さな集落の場合は居ない事もある。馬力や耐久力、力に優れる。しかし糸は出せるが扱うのは苦手で、毒腺から分泌する毒も退化していて殆ど効果は無い。また、大型種は殆どの個体が魔術を苦手としている。


 外見はアラクネの中で最も迫力があるが、殆どの個体が大人しいのんびりとした性格の持ち主である。ただ、極少数例外が存在する。

 寿命は五百年程で、素のランクは4。


 水棲種は最も数が少なく、一部では絶滅説も囁かれている。アラクネの中で唯一水中と水上に巣(家)を作って生活している。人魚のような鰓は無く肺呼吸だが、糸で空気が詰まった袋を作って水中に設置して呼吸を確保している。

 目撃情報が少ないため正確な情報では無いが、寿命やランクは中型種と同じだと思われる。また、一説には単に水上生活をしている中型種を誤解しただけで、水棲種は実際には存在しないとも言われている。


 どの種も共通して下半身の甲殻は鎧のように強固で、【鎧術】を発動する事が出来る。更に足の先端には鉤爪が生えており、岩や木を走るのと同じ速さで駆け登る事が可能。更に武器として使えば【格闘術】スキルの効果が受けられる。

 また足の先端程度なら、一度脱皮すれば切断されても元通りに成るようだ。


 唯一の弱点は甲殻が柔らかい下半身の蜘蛛の腹部だが、大型種の場合は見かけよりも硬い体毛に護られている。また、傷つける事が出来ても出血多量以外では致命傷に成らない。


 年に一度脱皮し、小型種は十回、中型種は十五、大型種は二十回脱皮すると大人と見なされる。

 脱皮している間とした直後は無防備な状態となるため、アラクネは余程信頼している者しか立ち合わせない。


 基本的に人や同族を食料にする事は無く、仲間意識が強く社会性も高い。配偶者と認めた男性も仲間と見なし、大切に扱われる。

 卵生であり、配偶者がいて、更に子供を育てていない場合は約十年に一度の頻度で数個の卵を産み育てる。


 ランクアップするとアラクネソルジャーやアラクネスカウト、アラクネナイト等に成る。ただ伝説では条件を満たした一部の個体は、通常のアラクネがランクアップしてなる種族とは別の種族に至るとされている。

8月29日に百三十四話を、30日に百三十五話を、9月3日に百三十六話を投稿する予定です。

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