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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第一章 ミルグ盾国編
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十五話 少子化問題解決に取り組む半吸血鬼と野望に燃える高貴な豚人

「修行の傍ら、グールの少子化問題解決に取り組もうと思います」

 そうヴァンダルーに報告を受けたザディリスは目を丸くしていた。

「それは……まあ、嬉しい事じゃが……他種族の女を襲って拉致し、儀式でグールにするという訳ではないのじゃろうな?」


「出来たんですか、そんな事」

 ダルシアから聞いた人間社会で出回っているグールの情報に出来るとあったが、迷信の類だとヴァンダルーは思っていた。

「うむ、出来る。この集落でやった事は無いがの。この魔境で拉致できる他種族の女と言えば冒険者ぐらいじゃからリスクが高い。その上、一度成功してもそれをきっかけに他の冒険者が大勢儂らを退治しにやって来たら女を増やすどころではないしの」


 対象が女だけである等吸血鬼より効率は悪いが、他種族を同族に変える方法はグールにもあるらしい。それで低い妊娠率と出生率を補うのが、本来の種族としてのスタイルなのだろう。

 この集落は冒険者以外他種族の女を手に入れる当てがない事と、そのリスクを冒してまでグールの女を増やす必要に駆られていなかったため、行われていなかったようだが。


「しかし、実際子供がここ十年ほど生まれていないのは事実じゃしな。まさか坊やに年を取った順に若返らせてもらって維持する訳にもいかんじゃろうし、解決できるのなら大歓迎じゃ。儂も皆も協力は厭わん。

 【若化】という生命属性魔術を極めた術者でも出来るか分からん事が出来る坊やなら、出来てしまいそうじゃし」


 普通なら不可能だと思う事でも、このちょっと前に二歳児に成ったばかりの坊やなら何とか出来てしまうかもしれない。自然とザディリスはそう思えるようになっていた。


「出来る限りやってみようと思います」

 一方、ヴァンダルーにとってはこの言葉通りの気持ちだった。出来るという確証がある訳ではないし、そもそも彼の医療知識は地球で見た医療番組や学校での授業、そしてオリジンで死んだ科学者や研究者から吸収したものだ。

 つまり対象が人間であり、しかも地球の場合は超音波検査器や顕微鏡等の検査器具、更にオリジンの知識はそれらに加えて生命属性等の魔術が使える事が前提となっている。


 そもそも産婦人科の分野に特別詳しい訳じゃない。だから正直に言えば自信がある訳では無い。

 しかしヴァンダルーの死属性魔術でオリジンの医学水準は、ロドコルテも認めるほど向上している。だとしたら不妊治療でも出来る事があるかもしれない。


「でも、母さんには秘密にしないと」

 流石に二歳の息子がこの分野に関わるのは、ダルシアも認め難いだろう。こうして子供は親に秘密を持つようになるのかと、ヴァンダルーは実感したのだった。




 真夏の暑さを青々と燃える【鬼火】の冷気で耐える頃、グールの少子化問題対策に乗り出して一か月。ヴァンダルーはあっさりとグール達の妊娠する確率が低い原因を突き止めた。

 方法は、健康なグールの男女十人ずつに「致して」もらう。そしてその前や後、最中にヴァンダルーが【霊体化】や【生命感知】を使って彼らの生殖器や精子、卵細胞、内臓器官が正常に働いているか調べるというものだ。


 結果分かった原因は、単純で根源的なものだった。

 まず、グールの男性の精子は女性の体内で半日ほどしか活動できない。これは人種と比べると圧倒的に短い時間だ。

 次に、グールの女性の卵細胞は排卵されてからなんと六時間しか持たない。これも人種に比べると、圧倒的に短い時間だ。しかも、排卵の周期だけは人種と同じで一か月に一回と来ている。


「ほとんどの場合受精する前に精子か卵子のどちらか、若しくは両方が死んじゃうのか。これじゃあ毎日でも致さないと子供が出来ない訳だ」

 特に、排卵周期を調べる方法が無いグール達ではタイミングを見計らう事も出来ないので、余計にそうだろう。

「なるほどー、そうだったんだ。でもヴァンダルー、さっきから何で子作りの事を『致す』って言うの?」

「……はっきり言うのに躊躇いを覚える年頃なので」


 しなりの強い木の枝で編んだ寝台の上で横になっている、「致した」ばかりのビルデを見ないようにして。

『地球だとこういう研究や治療は普通、被験者の方が精神的にきついはずなんだけどな』

 何故か微妙な気分になる。いや、成果が出て嬉しいし、やる気だってある。でも微妙な……何となくやるせない? 切ない? そんな気分になるのは何故?


 それは多分可愛い女の子達の不妊治療の研究をしているからだろう。地球、オリジンと異性に縁が無いまま終わって、ラムダではこの状況。何か理不尽だ。はいはい、全部ロドコルテのせいロドコルテのせい。

「じゃあ、その精子とか卵子とかが、死なないようにすればいいんじゃない? 出来る?」

 ヴァンダルーが無表情に思い悩んでいると、ビルデがそう言った。彼女は精子やら卵子やらがどんなものなのかよく分かっていない様子だが、その意見は大正解だ。


「出来る」

 そう、精子と卵子の寿命を延ばす事なんて簡単だ。ヴァンダルーが死属性魔術を使えば、明らかに致命傷を負っている人間だって数日死なせずに置く事が可能なのだ。小さな精子や卵子の寿命を延ばすのなんて訳は無い。


「本当っ!? じゃあ解決じゃないっ、やったー♪」

 寝台から跳ね起きてヴァンダルーを振り回して歓声を上げるビルデ。しかしヴァンダルーは彼女に同意できない。出来るが、解決とは言い難いからだ。


 でも解決のためには前に進まなければならない。

「じゃあ、次は流産を防ぐ方法を調べたいんですけど……」

「でも今妊娠している人は集落に居ないし……分かった、あたし達が妊娠すればいいのねっ」

 輝くビルデの笑顔に、やっぱり微妙な気分になるヴァンダルーだった。




 死属性魔術で精子と卵子の寿命を延ばしつつ子作りしてもらった結果、ビルデ達はすぐ妊娠した。受精卵に確かな生命力を感じて、やはり問題は精子と卵子があまりにも早く活動を停止するからだとヴァンダルーは確信した。

 そして、グールの女性が妊娠初期に流産を多発する原因も分かった。


 受精卵の生命力が弱いのだ。

 【霊体化】で調べたら、病気等の外的な要因は無く、ビルデ達母親に原因がある訳でも無い。単純に、受精卵の生命力が弱いのだ。


 更に母体の旺盛な生命力が、子宮内の受精卵や胎児を異物と認識して攻撃してしまうようだ。

 妊娠初期に流産が多発するのは、そのせいだ。


 そして原因が分かれば後は簡単だ。これも死属性魔術で受精卵や胎児が死ぬのを防ぐ。先延ばしにして、胎児が自力で生き残れるようになるまで待てばいいのだ。

 そして吐く息が白くなる十二月、成果が出た。


「もう大丈夫だとお墨付きをもらって、ビルデ達が喜んでいたぞ。勿論、ビルデ達だけではなく集落の誰もが喜んでいる」

「うむ。坊やのお蔭でこの集落も新しい仲間を迎えられるのじゃ。心から感謝する」

 バスディアとザディリス、そしてヴァンダルーが竪穴式住居に集まっていた。


「延命措置を約三か月続ければ、後は安定すると分かりましたから。勿論、無茶をしなければですけど」

 グールの胎児は妊娠三か月を超えると、それまでのか弱さは何だったのかと思う程旺盛な生命力を示した。一応ビルデ達が出産するまで経過は観察するが、毎日見なければならないような事は無い。


 グールの子作りは妊娠できるかどうか、出来たとして最初の三か月を乗り切る事が出来るかが問題だったようだ。


「そうか。古より儂らグールは魔境の外では子が作れぬと言われていたが、上手く行けば魔境の外でも生きていけそうじゃな」

 魔物は魔境の中では活性化し、外で生きていた時よりも旺盛に繁殖し、子も早く強く成長する。だから生存競争が激しく、冒険者が幾ら狩っても魔境の魔物は絶滅しないのだ。


 そして半ば魔物であるグール達も魔境に影響を受けている。受けていて尚、少子化問題に頭を悩ませる状態だったのだ。

 だから魔境の外では子孫を残す事は絶望的だ。そのためグール達は餌になる魔物は豊富でも、同時に自分達より強い魔物も多い魔境で暮らしてきたのだ。


「後は精子や卵子の活動停止を遅延する魔術と、胎児の死亡を遅延する魔術を込めたマジックアイテムを、俺が作れるようになるだけですね」

「ああ、ヴァンに何時までも頼る訳にはいかないからな」


 グールの少子化問題を解決する方法は分かったし、実行も出来る。しかし、そのためにはヴァンダルーが女グール達に毎日魔術をかける事が必須だ。

 ヴァンダルーはオルバウム選王国に行くつもりなので、それが出来る時間は限られる。それに……この状況が繰り返されるのは精神的に辛いものがある。


「しかし、坊やは魔術の習得はそれなりに速いが、錬金術のような技術の習得は苦手なようじゃな」

 ザディリスが言うように、現在錬金術の習得を目指しているヴァンダルーだったが、上手くいっていなかった。


 このラムダには、二種類の【術】がある。一つは属性魔術。もう一つは錬金術や精霊魔術等の技術。

 属性魔術は、単純に自分がどの属性と相性が良くどれだけ使いこなす事が出来るかという意味だ。例えばザディリスなら光と風の属性に適性を持ち、ヴァンダルーは死属性の適性を持っている。


 そして錬金術や精霊魔術等の技術は、自分が適性を持つ属性魔術の使い方を表すスキルだ。

 例えば、精霊魔術なら自分が適性を持つ属性の精霊とコミュニケーションを取り、魔力を渡して頼む事で魔術を発動する技術。

 そして錬金術は、魔力や魔術で様々な触媒を使用して薬を調合し、マジックアイテムを作り出す事が出来るスキルだ。


 精霊魔術は死属性の精霊が存在しないから不可能だが、錬金術を修めればヴァンダルーは死属性のマジックアイテムを作り出す事が出来る。

 実際、オリジンではヴァンダルーから魔力を搾り取って、数え切れない程のマジックアイテムが作り出されていた。勿論、身体の自由を乗っ取られていたヴァンダルーはその技術を知らない。オリジンで話を聞いた研究者の霊達から手に入れた知識は、オリジンの高度な科学技術やマジックアイテムによる製造機器の存在が前提になっているので役に立たない。


 そのためザディリスの錬金術を一から学んでいるのだが、【無属性魔術】や【魔術制御】よりも手こずっているのが現状だった。

「この分だと、本当に出発が再来年になるかも。

 そういえば、バスディアはいいんですか? 今は俺が居ますから、子供を作る事は出来ますよ」


 バスディアはビルデ達のようにヴァンダルーの研究に参加しておらず、未だ妊娠していなかった。あれだけ妊娠したがっていたのにいいのかと気になったので尋ねてみると、意外な事に「いや、まだいい」と答えた。


「今妊娠すると、ヴァンが錬金術を習得した後作るマジックアイテムが本当に効くか試す時に実験台になれないだろう」

「まあ、確かにそうですけど歳とかはいいんですか?」

 グールの女は初めて妊娠した歳で老化が止まる。だからまだ妊娠した事が無いバスディアの外見は実年齢と同じ二十五歳……いや、もう二十六歳になっていた。


 まあ、美人だし若く見えるからヴァンダルーはまだ数年は気にする必要は無いと思っていたが。


「よいのか? 確実さなら既に結果も出ておるし、坊やもこう言ってくれている。それに実験台にしてもお前だけが気にする必要は無いのじゃぞ」

「母さん、大丈夫だ。ヴァンは私の見た目が多少歳を食っても気にしないと言ってくれた」


「……その言い方だと坊やが相手のように聞こえるのじゃが」

「……それは短くても後十年以上かかるので、気にせずとっとと妊娠してください」

 一時期ヴァンダルーとザディリスがそういう関係なのではないかという誤解が集落で流行したが、それは既に解けている筈だった。なのに何を言っているんだという二人に、バスディアは首を横に振った。


「言い方が悪かったな。何もヴァンと子作りしようと思っている訳ではない。ただ実験台になる事で見返りを求めているだけだ」

「見返り、ですか?」

 バスディアの言葉にヴァンダルーは首を傾げた。この集落で暮らすようになってから貨幣経済と全く縁が無いので、そういう発想を忘れていたからだ。……まあ、生まれた時からずっと縁が無いといった方が正解だが。


「ああ、二度目の子作りの相手をヴァンに頼みたい」

「……二歳児には厳しい要求では無いでしょうか?」

「大丈夫だ、ヴァンが出来るようになるまで待つから」

「ふむ、それなら良いのではないか、坊や?」


「いや、良くないです」

 確かに、一度妊娠してしまえばバスディアの老化は止まる。その後、三百歳近くなるまでずっと若いままだ。だからヴァンダルーが第二次性徴を迎えるまで十年以上その時の外見のまま待つ事が出来る。


 しかし、十代前半で子供を作る気になるはずがない。

「十代前半で親の責任とか、自覚に目覚めるはずないじゃないですか。そもそも、俺は人種じゃなくてヴァンパイアとダークエルフの間に生まれたダンピールです。グールとの間に子供が出来るかどうか分かりませんよ」

「安心せい、儂ら女神ヴィダの新種族は基本的に全ての種族と混血可能じゃから」

「そうだったのか。安心だな、ヴァン」

「ああ、再考を促す口実が消えた」


 あっさりと問題解決。年寄りの知恵恐るべし。


「それにヴァン、お前は男なのだから親の責任や自覚は考えなくていいと思うぞ」

「うむ、男の役割は外で命を懸けて食い扶持を狩ってくる事じゃからな。子を育てるのは女の仕事じゃ」

「いや、それグールの常識ですし」


 命を懸けてというところが、男にとって都合が良いと言い切れないグール社会の厳しさか。


「いや、儂らグールじゃし」

「知ってます。でも、生まれてくる子がグールかどうか分からないじゃないですか。人種相手なら確実にグールらしいですけど、俺はダンピールですよ」

「むっ、一本取られたか」


 そう言いながらも、バスディアには諦めた様子は無い。

「では出来るようになったらすぐにとは言わない。ヴァンがその気になった時でいいぞ、ヴァンも人種よりずっと長生きだろうからな。

 それにその時になったら私も気が変わっているかもしれん」


 明らかに後半はヴァンダルーにこの場で拒否させないための方便だったが、まさか「気が変わるはずがない」と否定する訳にもいかないので、歯切れ悪く「はぁ」と頷く。

「その時は私の娘の相手もしてやってくれ」

「少しは息をつかせてくれませんか? 夜に二歳児を追い詰めるのは感心できないですよ」

「ふむ、そうなると曾孫は坊やとの子になる訳か。まあそれも良いな。

 そうじゃ坊や。ついでに、もし儂がこの先娘を産む事があったらその娘の初めての相手を頼めるかの?」


「何を言っているんだ母さん! 歳を考えてくれっ、もう母さんは二百九十を超えているんだぞっ、私の時だって難産だったと言っていたじゃないかっ!」

「ん? まあそうじゃが、最近若返ったような気分でな。後何回かなら大丈夫じゃろう」

「その確信は何処から来たんだ!? 二年前に歳のせいで魔術が使えず冒険者達に捕まる寸前だったのを忘れたのか!?」


 飄々と爆弾発言をかまして撤回する様子も無いザディリスに、慌てた様子で本来なら寿命が近い母を止めるバスディア。自分の母親がヴァンダルーに見た目と同じ年齢まで【若化】されている事を知らない彼女の狼狽は、一向に鎮まる様子が無い。


 それを見ながらドングリ粉で作ったクッキーを齧るヴァンダルーは、さっきまで自分を振り回していたバスディアがザディリスに振り回されているのを見て、やっぱり母子だなぁと思っていた。後、ちょっとスッとした。

 そんな場合じゃないと気が付くのは、口の中のドングリクッキーを飲み込んだ時だった。




《ヴァンダルーは、【霊体】スキルを獲得しました!》




 ヒュッ。自分の耳を掠って、矢が飛んでいく。

「カチア、ゴブリンアーチャーが狙ってる!」

「何とかしてよ、リッケン!」

「無茶言うんじゃねぇ……よ!」


 五人の冒険者がゴブリンと……ゴブリンを含めた魔物の群れと激しく戦っていた。

 ゴブリンアーチャーの矢をギリギリで避けた女冒険者、カチアに怒鳴られたリッケンは、引き絞った弓で矢を放つが、それはコボルトメイジの護衛をしていたホブゴブリンに防がれてしまった。


 そう、ゴブリンだけではなくコボルトやホブゴブリンまでこの群れには混じっている。

 ダンジョンなら兎も角、普通の魔境で魔物が他の種族と協力する事はない。ゴブリンと共生関係にあるホブゴブリンはいても不自然ではないが、コボルトが居るのは酷く場違いだ。


 魔物に魔物同士助け合おうなんて発想は無い。たとえ冒険者という共通の敵がその場にいても共同戦線を張ろうなんて考えもしない。

 お互いが天敵でお互いが獲物なのだ。


 例外があるとすれば三つ。一つは、人間に操られている場合。伝説的なテイマーは群れを超える規模の魔物を従えていた。だが、そんな伝説的なテイマーに魔物を嗾けられなければならない理由が無い。

 なら二つ目。

「まさかキングでも現れたって言うの!?」


 カチアは目にも止まらぬ速さでバスタードソードを閃かせ【回転斬り】を放ち、ゴブリンソルジャー二体を纏めて切り捨てた。

「キングだと!? 悪い冗談だぜ!」


 盾職の仲間がそう言いながら自慢の盾でコボルトローグを殴り殺したが、彼も嫌な予感を否定しきれずにいる。

 種族が違う魔物が協力し合うのは、より強い魔物に支配されている場合だ。強く、自分以外の魔物を支配する知恵と人間にも通じる欲望を持つ個体。


 亜人系の魔物に極稀に出現する君臨者、キングの名を冠する個体の出現。

 その脅威は冒険者ギルドによる災害指定の形で表されている。


 それが現れたとすれば、ゴブリンとコボルトが協力して自分達と戦っている事から推測すると――。

「ブゴオォォォォォ!」

 その最悪の推測を裏付けるように、豚の鳴き声に似ているが段違いの迫力が込められた咆哮を上げながら、巨漢の集団が密林の奥から現れた。


 オーク。それも鎧と盾で身を固めた、オークナイト。そしてその後ろで悠然とこちらを見下ろすのは――。

「クソっ! 三番目かよ!」

 盾職の誇りにかけて、せめて仲間が逃げる時間を稼ごうと【石壁】と【石盾】の武技を連続使用して立ち向かう男だったが、それは雪崩を一人で受け止めるに等しい行為だった。




 二メートル前後の巨体であるオークすら見上げる、三メートル強の肉体を植物系モンスターであるトレントを使って作らせた玉座に預けて、ブゴガンは側近や息子達の報告を聞いていた。


「ブギィ、ブモォヂギィ、フゴゴ、ブーモ」

 武器と鎧の生産は順調であるようだ。全てのオークと奴隷共にそれに応じた武具が行き渡り、予備も十分だと言う。ただ、作り手のコボルトが一匹ダメになったようだ。


「ブモォォォ! ブモモン! ブッギィー!」

 兵士達の訓練は順調であり、ブゴガンの命令があれば死を恐れず敵を粉砕するとの事だ。下等種族なのだからそれは当然だが、使えない駒より使える駒の方が良いので、精々忠義に励んでもらいたいものだ。


「ブゴゴゴン、ブギギ、ブゲブボホホ! ブッホホホ!」

 奴隷共の数はやや足りないようだ。ゴブリンやコボルトは虫のようによく増えるが、この前グールの集落を襲わせた時に随分減ったそうだから、まだ追いついていないようだ。

 適当に、しかしあの集落のテリトリーの外から補充するようにと指示を出して置いた。


「ブゴゴゴ、ブモォォォ、フボオブギギャーギャー」

 そして相変わらず女が足りないようだ。使えない低能共はゴブリンやコボルトの雌で満足していればいいものを。実際、野良オークの殆どはそうして増えている。

 しかし、ここにはもっと上等な女が居るのでそれを見ると我慢できなくなるのだろう。


「ブゴ……」

 思わず溜め息が出る。ゴブリンの雌でも貴重な人種の雌でも低能共が孕ませる仔等、低能に決まっているだろうに。何故身の程を知らないのか。

 しかし、低能共を支配してこその支配者であるし、駒として動く奴らの数を増やさなければならないのも事実。


「ブゴ、グールフゴゴブモモモ」

 これ以上グールの集落を襲撃すると、あの集落に気がつかれる可能性が出て来るがいいだろう。近々またグールの集落を襲い、グールの雌を生け捕りにする事を告げると、女が足りないと言い出したオーク以外もグブブと下卑た笑みを漏らす。

 通常のオークよりもずっと賢いとされるオークメイジですら、欲望を抑える事が出来ないのだ。ブゴガンはこれだからオークはと内心で呆れた。


 全く、下位種族は何故こうも弱く愚かで、そして低劣なのだろうか。

 いや、そうだからこそ私のような高貴な存在に支配されるしかないのか。

 そう、我々オークの上位種、ノーブルオークに。


 金色の、マッシュルームを思わせる形に生えた頭髪を撫でてブゴガンはそう考え方を変えると、手下共の愚かさも何もかも許容した。


 ゴブリンやコボルト、そしてオークにはキングの名を冠した統率者が極稀に出現する。だがそれ等はあくまでもその種族内での王でしかない。

 それに対して上位種は、種族全体が下位種族よりも優れた種族だ。ハイゴブリン、ハイコボルト、ノーブルオーク。彼らは下位種族と比べて段違いの強さと寿命を誇っている。


 かつてその姿が肥え太った悪徳貴族に似ていた事から、皮肉を込めてノーブルの名を付けられたノーブルオークのランクは最低でも6。通常のオークのランクが3である事を考えれば、その戦闘力は全くの別物だ。

 知能も高く、寿命も人種並。魔術まで使える。そして下位種族を無条件に従える力を持つ。たとえ選ばれたオークキングでも、凡庸なノーブルオークの前に膝を突くのだ。


 ブゴガンはそんなノーブルオークが君臨する魔境……この密林のような小さな魔境ではなく、バーンガイア大陸南部を覆う大魔境にあるノーブルオークの帝国からやってきた。

 ただし権力闘争に敗れた敗北者として。


 だが山脈を生きて越えたブゴガンが密林に辿り着いた時、敗北者は野望に燃える征服者へと姿を変えた。

 下位種族共を従え己の帝国を築き、いずれは人間共の国を征服する。それを目標にブゴガンは努力と苦労を重ねた。


 魔境に幾つか存在したオークの集落全てを自分に従属させ、しかし知能が低い者は猿にも劣る愚かなオークを排除し、少しでも頭の良い個体を選別して上の地位に付けた。数を増やすためにゴブリンやコボルトの雌を攫い、優れた手駒を増やすために、ブゴガン自ら醜く汚らわしいゴブリンの雌の腹を使って息子を作った。


 それでありながらグールや冒険者に自分達の存在を隠し、力を蓄えてきた。そうして十年、ブゴガンの帝国は遂に大きな勢力となった。

 出来損ないを間引いた結果残った息子は三人、訓練を生き残った僕であるオークは三百匹、そして奴隷であるゴブリン、コボルトがそれぞれ百匹程。飼いならした魔獣系の魔物やその他が数十匹。


 冒険者ギルドがこの数を知れば、速やかに緊急災害指定依頼を出すだろう。国の内外からB級以上の冒険者を掻き集めるに違いない。だから、ブゴガンは冒険者にバレないようにしてきた。襲う時も全て捕えるか殺すかしろと、手下達には徹底させている。


 そして冒険者以外にブゴガンが相手をするのは面倒だと倦厭しているのが、グールだ。グールは個体としての強さはオークと同程度だが、頭が良い。ゴブリンやコボルトは同じ種族内でも群れが別なら平気で同士討ちを始めるが、グールは共通の敵を前にすると過去の諍いを捨ててあっさり共闘する。


 それで負けるとまでは思ってはいないが、ブゴガンの手下の数が大きく減るのは避けられない。だからグールを襲う時も規模の小さな集落を、一匹も残さないように徹底してきた。

 そのグールの集落の中で最も厄介なのが、老グールメイジが率いる百人規模の集落だ。数が多く、その癖一匹一匹の質が高い。ブゴガンが君臨するまで、その集落のグールにとってオークはやや強いが挑発にすぐ乗る美味い肉でしかなかった。


 そんなグールメイジの集落とは事を構えたくはなかった。しかし、ブゴガンにとって良いニュースが奴隷にしたコボルトから齎された。

 近々、問題のグールメイジが寿命で死ぬらしい。

「ブモモモモ、フゴーフゴーホ」

 ブゴガンが命ずると、この玉座の間で唯一オークではない魔物、毛が白くなった老コボルトが一歩前に出た。


 この老コボルトはブゴガンがいた山脈の向こうにある南の大魔境でも滅多にいない霊媒師、コボルトシャーマンだった。

 その能力で霊と交信し、数々の預言を齎してブゴガンに貢献する事で帝国内でのコボルトの地位を守ってきた。グールメイジが近々老衰で死ぬというのも、このコボルトシャーマンが齎した預言の一つだ。


 しかしそのコボルトシャーマンの耳はペタリと伏せ、肩を小刻みに震わせていた。モゴモゴと、長々と小さな声で呟くが、別に霊と交信している訳ではないようだ。

 その呟きを聞いたオークメイジが、ブゴガンにコボルトシャーマンの報告を通訳する。


『老衰で死ぬはずのグールメイジは、何故か生きている。これからも殺さない限り死なないだろう。何故かは分からない、最近何故か霊達が自分の言う事を聞かないので、集落内で何が起きているのかも分からない』


 それを聞いたブゴガンは自分の髪を指で撫でながらしばし黙考し……玉座に立てかけていた愛用の魔剣を掴むと、コボルトシャーマンに向かって振り下ろした。

「ギャビッ!」

 一撃で脳天から腰まで真っ二つに斬り裂かれたコボルトシャーマンの死体を食料の足しにするように命じると、魔剣に付いた血を布で拭う。


 下等なコボルトだが役に立つと一目置いてやったのに、あの報告は何だ。耄碌したのはグールメイジではなく奴ではないか。まったく、これだから二本足の駄犬は。


「ブゴゴー! ブボービオ、ブゴブオン、ブホッホ、ブヒヒブモ!」

 この日は悪い事だけで終わるかと思ったブゴガンだったが、良い報せもあった。

 冒険者共を捕虜にして攫うために奴隷と僕を率いて出ていたブゴガンの長子、ブボービオが冒険者を無事捕まえた。


 五匹の内雄一匹は死んだが、残りの雄一匹と雌三匹は多少傷ついているが生け捕りにしたとの事だ。

 冒険者を捕まえたとの報せに、特にその中に雌が三匹も含まれている事に僕達が沸き立つ。

「ブゴブ、ブッヒヒブ、ブホホヒブヒブヒ」

 しかしまずはこれから征服する人間社会の情報を吐かせなければ。母体にすると一晩種を付けただけで壊れてしまう人間の雌も少なくないのだから。


「ブホホ」

 だが、その後は雌三匹を母体に、雄は食料に。特に手柄を上げたブボービオには三匹の雌の内一匹を専用の雌にしてよいと褒美を出す事にした。


 信賞必罰は支配に必要な事だから。




 一週間後。


 湿度の高い密林でも、比較的澄んだ冬の空気を吸いながらゴリゴリと薬草やら鉱石やら魔石を砕いて粉にし、錬金術の触媒を作っていたヴァンダルーは、ふと動きを止めた。

「坊や、もっと集中しなければスキルの獲得が何時になるか……坊や?」


 そのヴァンダルーの手際を見守っていたザディリスは、手を止めたのを注意しようとして彼の異様な様子に戸惑いを浮かべた。

 何も無い虚空を見つめ、頷いたり首を横に振ったり、「はぁ」「へぇ」と相槌にも取れる声を出したり。


「坊や、根を詰め過ぎたかの? 今日の修行はこの辺にしておくか?」

 修行をさせ過ぎかと心配になったザディリスがやや躊躇いがちに声をかけるが、どうやら疲労が溜まって幻覚を見ていた訳ではないらしく、ヴァンダルーはぐるりと首を回して彼女を見た。


「今、コボルトシャーマンの霊から教えてもらったんですが、この魔境の奥にノーブルオークが君臨するオークの大集落が出来ていて、この集落を邪魔だと思っているようです」


 ブゴガンの情報隠蔽、霊による情報漏洩によって失敗。

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― 新着の感想 ―
[一言] 殺したからこそ情報漏洩とか一般常識が通用しなさ過ぎてヤバい
[良い点] 死人に口なし。を覆す厄介な情報網だなぁ 霊となったら、ヴァンダルーのスキルで好感度上がるから敵だった霊ですら情報提供してきますし……笑 [気になる点] 死を遠ざけることで若返らせられるなら…
[一言] ロドなんとかさんへの熱い風評被害
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