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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第六章 転生者騒動編
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百二十九話 王を体で慰める英雄達

 二人の意識は二百年間ずっと頭に霧がかかったような状態だった。酒に酔っている時よりずっと酷い。

 酔っている時は馬鹿みたいな事を考えたり、喜怒哀楽の落差が普段より激しくなったりしたけれど、それでも考える事は出来たからだ。

 あの二百年の間は昔の記憶を思い出す事も出来ず、身体を自由に動かす事も出来なかった。


 自分と記憶や身体の間を何か透明な物で隔てられているような、そんな感覚だったとザンディアとジーナは覚えていた。

 時間の感覚も曖昧だったので、約二百年が経っていたと分かったのも後からだったが。


 だが、その曖昧な感覚の終わりは唐突に訪れた。

 真紅と紫紺の瞳をした、ダンピールの少年に薄暗い場所で出会った時だ。その背後には、ひどく懐かしい人もいた。

 それまで疑問を覚え無かった老人の声で発せられる命令に対する、強い拒否感と嫌悪感を覚えた。だが、結局逆らう事が出来なかった。


 そんな彼女達も他のゾンビと一緒に鹵獲され、連れて行かれた先で【手術】を受けると、一気に楽に成った。

 それまで自分達がどれほど苦しかったか、苦しい事が普通に成っていた事に驚き、そしてある程度記憶や思考力を取り戻した。


 自分達が死に、アンデッド化している事を自覚した時の驚き。仲間のボークスもゾンビに、そしてハートナー公爵領に避難したはずのレビア王女がゴーストと化していた事を知った驚愕。

 そして滅びたはずのタロスヘイムが復興しており、二百年前を超える規模に広がりつつある事を知った。


『あの時の荒れっぷりは、酷かったぜ。今すぐ乗り込んでハートナー公爵家の男全員を去勢して断絶させてやるって、恐ろしい事を吠えやがって。しかも止めようとした坊主を掴み上げてそのまま連れて行こうとするしよ』

『そうだよ、ザンディア。君は第二王女なんだから、慎みを持たないと』

『いやいやジーナ姉ぇ、あたしは皆殺しにしてやるって叫んだだけだよ。去勢とか叫んだのも、陛下君にアイアンクローしたまま拉致しようとしたのも、ジーナ姉ぇだからね』


『あの時は凄かったですね……』

『二人の手術を覗こうとしていたルチリアーノさんが踏まれたのは、ファインプレーでしたね。誰も覗きの件で怒りませんでしたし』

「それは肋骨と引き換えじゃったし、手術着一枚で走り出したのはジーナじゃからな。ある意味見られても自業自得というものじゃ」


 タレを付けて肉を焼いているリビングメイドアーマーのサリアとリタ、そして「ザンディアと名前が似ているから」と言う理由で何故か同行する事に成ったザディリスが、数か月前の出来事を思い出してしみじみと頷く。


 あの時は踏んづけたルチリアーノでジーナが滑って転んで、その隙に取り押さえて落ち着かせる事が出来た。その功績と犠牲になった肋骨に免じてルチリアーノも覗きについては免罪されたのだった。


『私はもう無職だから良いのだよ。神殿はヌアザ君が上手くやっているし……それにあの時の事は髭の人以外には謝ったし、陛下君も許してくれたじゃないか。『俺も初めて真実を知った時は、反射的に無差別虐殺に走りそうになったので、その気持ちは分かります』って』

『後半はその通りだけど無職って……ヌアザ君会う度に縋りついて神殿に戻ってくださいって頼んでるのに』

『死んでもマイペースさは治らなかったって事か。まあ、あいつもすぐ諦めるだろ』


 その後、原種吸血鬼グーバモンが施していた仕掛けを取り出した事で更に弱体化したザンディアとジーナは、生前の力を取り戻す為早速レベリングを始めた。

 だが、思っていたより二人は苦戦した。生前はジーナがA級、ザンディアがB級冒険者で、アースドラゴンやストーンドラゴンを当たり前のように倒していた彼女達だが、自力でアンデッド化したボークスとは違い死体をグーバモンに弄られてアンデッド化したためか、自分の意思では上手く身体を動かす事が出来ず、魔術も上手く制御できなくなっていた。


 ぼんやりと立っていたヴァンダルーを力任せにアイアンクローする事は出来ても、動き回る魔物相手に武器や魔術を当てる事は難しかった。

 お蔭で最初はゴブリン相手に魔術を乱射し、ハルバードを何度かフルスイングして、やっと倒せるほどだった。


 武器を手にしたばかりの新米でもここまで苦戦はしないと落ち込みながらも、魔物やミハエルを相手に地道に新しい身体の動かし方を学びつつ、生前の力を取り戻していった。

 状況が好転したのは、何と今朝の事だ。【並列思考】スキルを獲得したレギオンの人格の一つ、イシスが二人に生前の力を取り戻す【手術】を行ったのだ。


『アンデッドが既に手を加えた方々の、それも初めて見る異種族の身体に手を加えるのは畏れ多いのだけど』

「イシスの【手術】は、半ば死属性魔術ですから気にしないでください。それに俺、その辺りのプライドは持ち合わせていないので」

 手術はしても医師としての自覚は無いヴァンダルーは、そう言ってレギオンを見て驚いている二人を指して、「さあさあ」と手術を促す。


『じゃあ、遠慮無く』

『あたし達が遠慮したいよ!?』

『まあそう言わないで。今の身体だと手が沢山あるから、前世より凄い手術が出来る気がするのよね』


『あ、私はちょっと急用を思いついたから、じゃあねー』

『ジーナ姉ぇっ! 上半身だけ飛んで逃げるのはズルイよっ!』


『それに人間以外のアンデッドを弄るのは初めてなのよ。……本当は弄びたくてたまらないの』

『ひぃっ!? 今『いじる』とか『もてあそぶ』とか、凄い嫌な事言ったよねぇっ!?』

『うわぁっ、この飛行装置下半身からあまり離れられないのを忘れてた! 断面を弄っちゃだめぇっ!』


「じゃあ。俺は懲りない弟子と一緒に外で待ってますねー」

「ひぃっ!? 後生だから見せてくれ、師匠っ!」


 肉の触手プレイ染みた手術の結果、生前には数歩及ばないものの劇的に力を取り戻す事に成功した。

『オリジンではどんな死体も生前と同じ動きが出来るようになったのに……やはり世界が異なるせいで物理法則だけでは無く魔術の効果も異なるのかもしれないわね』

 どうやらイシスの人格が行う【手術】で力を完全に取り戻せるのは、レギオンのランク以下のアンデッドに限るようだ。


 ヴァンダルーは意識した事は無かったが、世界が異なるのだからそんな事もあるのかもしれない。もしくは、ロドコルテの呪いによって前世の経験を現世に持ちこせなかったので、一から独学で覚えなおしたためラムダに適応出来たのかもしれない。


 他にも異世界から転生して魔術を使用した人物には【グングニル】の海藤カナタが存在したが、ヴァンダルーと遭遇するまでも後も、特に魔術の不具合について口に出していなかった。

 単に彼の短い三度目の人生では不具合に気がつく時間が無かったのか、ヴァンダルー以外の転生者達にはラムダに転生する際ロドコルテが、不具合が起きないように調整を施していたのか。

 恐らく後者だろう。


 それは兎も角、内臓や筋肉組織を弄り回す触手プレイを受けた結果とこれまでの努力の結果、それまでランク6相当だった二人は、ランク8相当の力を取り戻した。


 そしてこうして『バリゲン減命山』でレベリングをしているのだった。

『やっぱりボークスがいないとあたし達二人でランク9は辛いねぇ。ところでこのダンジョンカード、凄く便利だね。ダンジョンも町の近くに移設されてるし、凄いよね、陛下君』

 実年齢は十代後半だが、十代半ばかそれ以下に見える容姿のザンディアはヴァンダルーから戻された左手を火にかざしながら言った。


 褐色の肌もそうしていると見かけだけは血の気が戻ったように見え、普通の美少女に見える。……巨人種であるため、身長は二メートルだが。

『ですよねーっ! 坊ちゃんは凄いですよね!』

『うん、魔力も凄いし、タロスヘイムの恩人だし、あたし達も助けてくれたし、姉さんも助けてくれたし、ハートナー公爵家の奴等に奴隷にされた皆も助けてくれたし、どうやって恩を返せば良いのか分からないよ』


 ザンディアにとってヴァンダルーはそんな人である。もう自分は王女では無くゾンビで、彼はその主人だからそう接した方が良いのかなと思ったら、「ボークスなんて未だに『坊主』って俺の事を呼びますし、呼び捨てでも良いですよ」と言って、自ら呼び捨てが良いよとアピール。

 滅びたはずの国も自分が囚われている間に復興してくれたし、仮にも王族の端くれとして返せない程の恩義を受けている相手だ。


『じゃあ、やっぱり結婚ですか?』

「それは気が早いじゃろう、まず婚約からでは無いかの」

『わぁ、おめでとうございます!』


『……うん、それに一番驚いた。って、言うか驚いてる』

 半眼ではしゃいだ様子で話すリタ達を睨むザンディア。彼女が最も驚いたのは、何時の間にか自分がヴァンダルーの結婚相手候補の一人になっていた事だ。


『そりゃあ、あたしも一応王族だよ、第二王女だよ。ハートナー公爵領との交易が始まってからは、公爵家への嫁入りの話もあったよ。別に生前から好きな人とかも居ないし、結婚って親が決めるもんだって思ってたさ』

 そのヴァンダルーが自分だけではなく将来的にはレビアも娶る事に成っていて、それ以外にも正式には決まっていないが、複数の妻をめとる事になるだろうとされているのには不満は無い。


 タロスヘイムは元々男女間の関係については奔放な考え方の者が多かったし、今の新生タロスヘイムの状況を考えれば各種族から複数の妻を娶るのは、寧ろ必須だ。

 血と婚姻の繋がりは国を、特に部族単位で生活していた者達の絆を強める効果がある。


 民主主義の概念が無く、十万年周囲から孤立してきたタロスヘイムの王族だからこそ、ザンディアはそう思う。

 人々が一つに纏まるのに必要なのは、絆と信仰であると。


 それにヴァンダルーに不満がある訳では無い。小さいのは異種族だから仕方ないし、これからもう少し大きくなるだろう。預かってくれていた左手も、爪の手入れまでして大切に扱ってくれたのが分かる。

 死後の話である事を除けば、悪の吸血鬼から助け出してくれた相手だ。ロマンもばっちり。


 だから、別に何時の間にか結婚相手が決まっていた事に不満は無い。無いのだが――。

『問題なのは、あたしがゾンビだって事だよ! 何でっ!? 何でゾンビと結婚するの!?』

『ゾンビの何が問題なんですか!? 私達なんてリビングアーマーですよ!?』

『世継ぎが大問題だよ!?』

 ザンディアが問題視しているのは、自分がゾンビである事で結婚に意味を見いだせない事だった。


「まあ、言いたい事は分かる。血縁も何も無いって事じゃろう?」

『そうなんだよ。アンデッドが子供を作れるはずないじゃないか、実際ヴィダの新種族の吸血鬼やグールなら兎も角。

 そりゃあ政略結婚なら子供を作る以外に色々あるのは分かるけど……陛下君もうタロスヘイムの王様じゃん。町にバンバン石像建ってるじゃん。あたしと結婚して得る物何も無いじゃん……』


 ため息を吐こうとして肺に空気が残っていない事に気がついたザンディアは、改めて息を吸ってから吐いた。

『そりゃあ、姉さんなら分かるよ。家事出来るし、包容力あるし、なんだか生きてた頃より露出度増えてるし、燃えてるし、身体の凹凸、特に胸はタロスヘイムでジーナ姉ぇと二大巨頭なんて言われたぐらいあるし。

 それに対してあたしは魔術の腕に自信はあるけどそれだけで、身体の凹凸も貧相――』

『あ、それ以上はザディリスさんに悪いですよ』


『えっ? あ、ごめんっ、気にしないで!』

「そう言われる事自体が傷つくんじゃが……とりあえずリタ、没収じゃ」

『ああぁっ! 私の分のお肉が!』


『身体の凹凸は兎も角、別に良いんじゃない? 結婚してもしなくても』

 マイペースに肉を食べ終えたジーナは、悩むザンディアに対してあっさりとした口調で言い放った。

『ジーナ姉ぇ、そんな簡単に……』

『だって、嫁になるか愛人に成るかの違いでしょ?』

『違うっ! 違うよ、ジーナ姉ぇ!』


『そうなの? 私は身も心も捧げるつもりだけど。陛下君、私の身体を気に入っているみたいだし』

 生前『癒しの聖女』の二つ名で称えられたジーナは、豊かな胸の膨らみ――では無く逞しい上腕二頭筋や、割れた(途中で本当に上半身と下半身で割れている)腹筋を指差して言った。

 『聖女』と呼ばれている二百歳代の、巨人種としては妙齢の女性であるジーナだが、服や防具は巨大な盾以外は最低限である。


 それは彼女達巨人種にとって己の肉体は誇るべき美しいものであり、特に『生命と愛の女神』ヴィダの聖職者であるジーナにとっては、己の生命力を周囲に対して見せる事は一種の信仰だからだ。

 それは自身がアンデッドであるゾンビに成っても変わらない。


『子供云々は別に大丈夫でしょ、陛下君寿命長そうだからそうそう必要に成らないだろうし』

『そりゃあそうだろうけど……』

『寧ろ私は結婚して欲しい。美味しいご飯に、サリアちゃんとリタちゃんとザディリスちゃんがついて来るし』

『うわぁ、予想通り過ぎるね、ジーナ姉ぇ』


 そして二・七メートルの巨人種でも女性としては長身の部類に入る彼女の好みのタイプは、「自分より小さい事」であった。

『いやー、照れますね』

「孫のいる儂を、ちゃん付けにするでない。こう見えてももうじき三百じゃぞ、儂は」

『生きていた時と合計すれば、私はもう四百過ぎだよ』


 そう他愛も無い話をしながら、時折まるで置物のように沈黙を保ったまま動かないボークスに視線を向ける。

『……』

 ボークスはダンジョンに入ってから考え込む事が多くなった。戦闘中では普段通りになるが、休憩中はずっとこんな様子だ。


『どう思う? 絶対ザンディアに『坊主に貰われちまえ』って言うと思ったのに、置物みたいに大人しくて気持ち悪い』

『気持ち悪いって……確かに気持ち悪いけど』

『お二人の中で、ボークスがどんな人なのか分かる一言ですね』


 ジーナにとってボークスは頼りになる仲間であると同時に、ヤンチャな親父。ザンディアにとってはもう一人の父親的存在であると同時に、友達のような男である。

 そしてボークスにとってジーナは恍けた妹分、ザンディアはまだ危なっかしいもう一人の娘のような存在だった。


『気持ち悪いってのは、ねぇだろうが。俺も頭を使い過ぎて気分が悪いがよ』

 そんな訳で遠慮のない二人に、ボークスは唸るような口調で言った。しかしジーナとザンディア、そして女性陣は容赦が無かった。


『悩むのは頭を使うとは言わないよ』

『そうそう、あたし達アンデッドは時間の感覚が鈍りやすいんだから、長考すると何時までも終わらなくなっちゃう』

『食欲が無いなら、お肉ください』

「まあ、言ってみたらどうじゃ? 大体誰に何を相談したいのか想像はつくが」


 どうやらボークスの悩み事は、皆お見通しのようだ。半分が髑髏の顔でも、考えている事が顔に出てしまうのだろうかと、ボークスは頭蓋骨だけの方の額を押さえた。

 だが、これから打ち明け協力を頼む事は、ザンディアとジーナにとっても、旧タロスヘイムにとっても裏切りに等しい事だ。らしくなく悩みこんでも、無理はないだろう。


『じゃあ言うがよ……ミハエルの野郎を木人の役目から解放してやりたい。無罪放免で自由の身にってのは難しいだろうが、せめて口は聞けるようにして、訓練所の教官って程度に出来ねぇかと……それで、坊主に頼もうと、思うんだが……』

 ボークスが悩んでいたのは、旧タロスヘイムが滅びる原因になったミルグ盾国の元英雄、『氷神槍』のミハエルの処遇の改善だった。


 今は体内に複数の【魔王の欠片】製の安全装置を兼ねた自爆装置を埋め込まれ、身体と口の自由を奪われ訓練場で木人として使われている。彼が自分の意思で動かせるのは、眼球ぐらいだ。


 英雄の末路としては悲惨過ぎるが、ミハエルは旧タロスヘイムの国民にとって国を滅ぼした憎い敵だ。

 そしてボークスにとっては自分自身を殺した相手でもある。

『だがまあ今は奴もアンデッドで、今じゃ故郷にも帰れねぇ。アルダへの信仰心ももう残ってねェし、生前にやった事は反省してる。

 別に同情した訳じゃねぇが……せめて犯罪奴隷くらいの扱いに成らねぇ……か……なぁ……なんて……』


 ただでさえ光の無いドロリとしたアンデッドの瞳に、じっとりとした視線を込めて見つめて来るザンディアとジーナに声が途切れ途切れになるボークス。

 ミハエルは、二人にとっても自分自身の仇だ。ボークスが彼に殺された後、ジーナは刺殺され、ザンディアは左手首を斬り飛ばされ、同じように倒されている。


 その後はミハエル自身も女神ヴィダの遺産を破壊するために番人のオリハルコンドラゴンゴーレムに仲間とともに挑み、仲間は全滅。愛槍『アイスエイジ』も失い、命からがら撤退したところをボークス達の死体を回収しに来た吸血鬼達と鉢合わせ。

 吸血鬼達を撃退したものの傷は深く、治療が間に合わず死亡。その後死体を奪われ、原種吸血鬼グーバモンの英雄アンデッドコレクションに加えられてしまった。


『んー……まあ、良いんじゃない?』

『あたしも、まあ良いかな。無罪放免なら抵抗有るけど、犯罪奴隷扱いぐらいなら別に』

 しかし、二人の返事はボークスに賛同する物だった。


『マジでか!? あのミハエルだぞ!?』

『驚きです。訓練の時はあんなに激しく嬲り者にしていたので、てっきり腸がまだ煮えくり返っているのかと思ってました』


『煮えてないよ、ひんやりしてるよ、私の腸。見てみる?』

『いやそれには及ばねぇ』

 浮かびかけたジーナの上半身を、ボークスが彼女の頭を掴んで押さえ込む。どうやら、意識して上半身だけで浮かぶことが出来るようになったジーナは、それを自慢したくて堪らないらしい。


「で、何故じゃ? アンデッドは一度恨んだ相手を中々許す事は出来ないと前に坊やが言っておったのじゃが」

『別に許した訳じゃないけど、一度倒したら気が済んだって感じかな。ジーナ姉ぇもそうだと思う』

 以前訓練場でミハエルと対峙した時、まだ力を少ししか取り戻していなかったザンディアとジーナは、離れた場所から攻撃魔術を彼が倒れるまで延々と唱えると言う、戦法を取った。


 一定の範囲内から出られない、ある程度近づき構えを取らないと訓練を開始する事も出来ないミハエルは、それを棒立ちになって受けるしかなかったのだ。ミハエルは木人扱いなので、もしもの時も自分の身を守る事を優先できないように細工されている事を知った上での戦法であった。


 それで一度倒したため、二人の中の恨み辛みはかなり薄れたようだ。


『それにボークスはこうして私達より元気だし……そもそもミハエル一人にやられた訳じゃないしね、昔のタロスヘイム。

 多分、ミハエルが参加しなくても結果的には滅びていたと思うよ』

『な、何ぃっ!? 俺達があいつのいないミルグ盾国軍に負けるって言いてぇのか!?』

『うん。多少遅れたと思うけど』


 ミハエルが戦争に参加したのは、時期的にはタロスヘイムからレビア王女達が避難して、残ったボークス達が城壁を頼りに籠城した後だ。

 当時はハートナー公爵家からの援軍を期待していたが、最近知った真実では当時の当主はアルダ原理主義者で、タロスヘイムを見捨ててレビア王女達が持ちだした国宝を奪う事を選んだ。そのため、実際には援軍が存在しない篭城戦だったのだ。


 そうなるとミルグ盾国とその背後のアミッド帝国が諦めるまで耐えなければならないのだが、当時のタロスヘイムにそれが可能だっただろうか?

『無理。絶対無理』

 きっぱりと第二王女自ら敗北を言い切った。


『そんな事無ぇ! ミハエルがいなきゃ俺達は勝てたんだ!』

「お主はミハエルを恨んでいるのか、待遇を改善したいのか、どちらなのじゃ?」

 どうもボークスにとって、強敵に負けるのはまだ我慢できるが有象無象の軍に負けるという想定はプライドが許さないらしい。


『気持ちは分かるけど仕方ないって。当時は確かにあたし達の他にバリゲンやオグバーンも揃っていたけど、城壁一つで戦える人も今よりずっと少なかったんだよ。しかもダンジョンは全部町の外だから、籠城中は食料や物資を補給できないし。

 勿論敵兵の一万や二万は倒せたと思うけど、最後は負けたと思うよ』


 『地球』から見ると超人的な身体能力を持つ者達が多数存在する『ラムダ』では、度々個人が戦況をひっくり返す事がある。

 しかし、限度があった。


 ミルグ盾国とその背後のアミッド帝国が戦力を投入し続ければ……宗教的な熱狂に任せて普通なら割に合わない大量の犠牲に目を瞑って兵士や騎士を送り続ければ、ミハエルがいなくてもタロスヘイムは負けていただろう。

 いよいよと成ったら、帝国は自国の上位冒険者や、それに相当する切り札を切る事も出来たのだから。


『だから、そう言う訳でミハエル個人に対する恨みは……まあ、もう良いかなって気がする。彼も二百年間、あの気持ち悪い爺に撫でまわされて、大変だったろうし』

『うん、どちらかって言うとあのグーバモンや他にも関わっていた原種吸血鬼の方が憎いかな。後、他にもハートナー公爵家とか、ミルグ盾国とか、アミッド帝国とか。私達、奴等には断種こそ相応しいと思うの』

『ジーナ姉ぇ、こっそりあたしを巻き込むの止めてね』


 タロスヘイムにはほぼ宰相をしている将軍のチェザーレや副将軍のクルト等、ミルグ盾国出身者が複数いるが、彼等に恨みをぶつけるつもりも無いようだ。


 因みに、『生命と愛の女神』ヴィダを信仰する旧タロスヘイムでは、去勢による断種は死刑と同等かそれ以上の刑罰とされている。あまりに重い刑罰であるため、十万年間一度も実際にはされなかった、恐怖の象徴だ。

 ハートナー公爵家へのある程度の仕置きが既にヴァンダルーの手で済まされていた事は、公爵家の男子にとって幸いだったかもしれない。


『ぬぅ……まあ、そう言う理由なら……』

『何故か途中でボークスさんが説得される側になっています。でも、一番難しいのは、坊ちゃんを説得する事だと思いますよ』

「坊やは根に持つタイプじゃからなぁ」




 次の日、『バリゲン減命山』から戻ったボークスは、断崖絶壁から飛び降りるつもりでミハエルを木人から犯罪奴隷と同じ待遇にする事を嘆願した。そんな彼に、ヴァンダルーは何時にもまして生気の無い瞳を向けた。

 周囲には金銀や鉄や銅、黒曜石にミスリルやアダマンタイト、宝石、ボークス達には見慣れない鉱物や貴金属の大小の塊が散乱している。


 その真ん中でヴァンダルーは金の小山に腰かけていた。

「具体的には、ミハエルにある程度の行動の自由を与えて、自爆装置を取って欲しい、と?」

『お、おう、頼めねぇか?』

 妙な迫力を漂わせるヴァンダルーに、若干及び腰になるボークス。その背後で、ザンディアは心配そうにしているダルシアの霊に話しかけた。


『なんだか荒んだ様子だけど、何かあったの?』

『それがね、【ゴーレム創成師】ってジョブに就いて、そのスキル効果で色々な物を無から作れるようになったんだけど――』

『ちょっと待ってっ!? 無から作るってもしかして周りに散らばっている宝石とか貴金属の事!?』


『そ、そうだけど? 後、ミスリルとアダマンタイト、死鉄と冥銅もヴァンダルーが出したのよ』

 何故ザンディアがそこに食いつくのか分からない様子で、しかし少し自慢げに答えるダルシア。ザンディアはもう一度周囲に散乱している鉱物類を見回し、『うわぁ……』と息を吐いた。


『なんて言ったらいいか分からないけど、凄い』

『でしょうっ♪ でもね、オリハルコンが創れなかったのよ』

「いや、創れたら凄すぎじゃ。確か錬金術の三大奥義の一つで、坊やが唯一実現していないのがそれじゃろうに」


 【ゴーレム創成師】になったヴァンダルーは、様々な物質を試しに創り出した。黒曜石や大理石、通常の鉄や銅、金銀、宝石類、鉛、この世界では軽銀と呼ばれるアルミ。そして自分で発明した死鉄や冥銅、生金、霊銀。全て作る事が出来た。


 必要な魔力は創り出す物質の種類とその量によって変わるが、自然に存在する量が多い物質ほど少ない魔力で大量に創る事が可能だ。そのため、銅よりも鉄の方が簡単に作れる。

 そして自然界に存在しない死鉄や冥銅や、生金や霊銀は、大量の魔力を必要とする。鉄や銅を創ってから、それに死属性の魔力を浴びせながら【経年】の術を使う従来の方法を使った方が、余程効率的な程だ。


 そして物質を直接道具の形にして創り出すには、更に魔力が必要になる。先を細く尖らせるぐらいなら簡単だが、鉄のナイフや、ブリリアントカットされたダイヤモンドを直接創ろうとすると、数倍から数十倍の魔力が必要になる。

 鍛え上げられた死鉄の剣や冥銅の鎧を創り出そうとすると、十億を超える魔力を持つヴァンダルーでも魔力切れを起こしかねない。


 総評は、「無から物質を創れる。しかし効率が悪い」といったところだ。ヴァンダルーの魔力量が無ければ、とても有用とは言えない。

 普通の金属や、貴金属でもダンジョンで採掘したり購入できるのならその方が良いだろう。


 だが、ヴァンダルーが創りたかったのはオリハルコンだ。もしくは、オリハルコンの形を精密にコントロールし、変化加工できる力。

 しかし、どちらも【ゴーレム創成師】のジョブに就いただけでは手に入らなかったのだ。


『前よりはずっとオリハルコンの形を自由に変える事が出来るようになったのよ。でも、蘇生装置を完全に修理する事は出来なかったって』

 そう言ってダルシアが視線を向けた方を見てみると、そこには、不完全な状態で蘇生装置を動かした結果できた、レギオンの素に成った蠢く肉塊で再び一杯になったプールがあった。

 レベリング中のレギオンが帰って来たら、彼女達と融合する事になるだろう。


「やはりそれで落ち込んでおったのか」

『蘇生装置か……やっぱり女神様でも出来なかった事を可能にするには、大変だね』

『ですねー』

 完成すれば死者の蘇生を可能とする女神の魔術装置。それを前にしてもザンディアやリタ、サリアは自分も生き返りたいとは思わなかった。


 彼女達に限らず、タロスヘイムのアンデッドには「生き返りたい」と言う欲求や未練はほぼ無いのだ。通常のアンデッドなら違うのかもしれないが。


『でも丁度良くボークスさんが来てくれたから、これできっと元気になるわ』

 そうダルシアが言う先では、ヴァンダルーはそのボークスに頼みごとをしていた。

「では、俺と同じように動いてください。筋肉に力を込めて、サイドチェストー」

 そして奇妙な動きを見せる。


『お、おう、サイドチェスト~?』

『サイドチェスト~』

 言われた通り同じ動きをして見せるボークスと、何故かそれに付き合うジーナ。ヴァンダルーの痩身と違い、二人の逞しい筋肉がミシミシと音を立てて膨張する。


 そのままモスト・マスキュラー等、ボディビルディングのポーズを次々に取らされるボークスとジーナ。途中でヴァンダルーの意図を理解したのか動きが滑らかに、そしてより魅せるポーズに成って行く。


『……どうしよう。ナイスバディを求められるより高いハードルを感じるんだけど』

『豊胸手術より筋肉を綺麗に移植する手術は難しいらしいですからね』

『私達にはそもそも移植する身体もありませんし。ザディリスさんはどうです?』

「いや、まあ、坊やもその内筋肉以外にも関心を持つはずじゃ。……持つじゃろうか?」

『た、多分大丈夫よ、皆! もうすぐヴァンダルーも思春期だから!』


 そうして暫くボークスとジーナの肉体美を堪能したヴァンダルーは、落ち着いた様子で応えた。


「分かりました。じゃあ、ミハエルは犯罪奴隷待遇にしましょう」

『おお、良いのかっ!?』

「意外とあっさりじゃなぁ。別に反対意見がある訳ではないが、恨みは忘れない主義では無かったのかの?」

 あっさりミハエルの待遇向上(それでも奴隷扱いだが)を叶えると頷くヴァンダルーに驚く一同。


 しかし、ヴァンダルー的には別に構わない案件だった。

「確かに俺は恨みを忘れない性分です。でも、ミハエルには直接の恨みはありません。ボークス達を酷い目にあわせたという恨みはありますが、そのボークス達が良いと言うなら良いのではないかと」

 恨みとは、所詮情動である。逆恨みという言葉があるように、理屈や理性で恨みや憎しみを持てたり、捨てられたりするものでは無い。


 そんな事が可能なら、世界はもっと平和に成っていなければおかしい。


 そんな理由で、ヴァンダルーはミハエルをそれ程激しくは恨んでいない。実際、犯した悪事で言うのなら闇夜騎士団団長に就任したアイラの方が、余程多く、重い筈だ。

 だから、ミハエルをボークス達が赦すというのなら別に構わないとヴァンダルーは思っていた。


「でも、無罪放免には出来ませんよ。まだ彼を恨んでいる人がいますし。まあ、訓練場での木人は他に候補者が複数いるので、暫くはそれに任せる事にしますが」

 グーバモンから奪った英雄アンデッド。その中には、ザンディアやジーナのようなヴィダの新種族側の英雄もいたが、やはりアルダ側の英雄の方が多かった。中にはミハエル以上にヴィダの新種族を狩って、名を上げた者も存在する。


 流石に知りもしない者相手に過去犯した罪を罰するつもりはヴァンダルーもタロスヘイムの国民も無かった。しかし幾人かは自我を取り戻した後罪悪感に苛まれ、自我を取り戻す前以上に錯乱し、狂っている者もいる。

 ヴァンダルーはそんな彼らに一定期間木人代わりをしてもらい、刑罰の形を取って罪悪感を軽くしてもらう事を考えていたようだ。


 【精神侵食】で直接罪悪感を和らげようにも、狂乱しすぎて殆ど効かないのだ。


「そんな訳です。ところで、明日で一週間ですけどレベリングは進みましたか?」


 ノーブルオーク帝国へ向けての出発は、すぐそこに迫っていた。

大変申し訳ありませんが、当初の予定よりオリジンでの閑話が伸びる等したため、六章を「転生者騒動編」として、一度章を区切ろうと思います。


8月13日に六章キャラクター紹介を投稿後、14日に七章を改めて開始したいと思います。

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