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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第六章 転生者騒動編
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百二十六話 強制心肺停止チートに対抗する方法

投稿が遅くなってすみません

 死して肉体を失った生命体は、多くの場合時間の感覚が鈍る。

 鼓動を刻む心臓も、呼吸する肺も無い。食事や睡眠も肉体的な意味では必要無い。地上を彷徨う霊なら空を見れば大まかな時間の流れぐらいは意識するだろうが、屋内に留まっている場合など年単位の時間が過ぎている事にも気がつかない場合がある。


 そのためロドコルテは転生者達の為、自身の神域に『時計』を設置した。

 オリジンで死亡した『ブレイバーズ』とそれから離反した村上淳平達のグループに、ラムダへの転生後どうするのかの選択をする期限を、一ヶ月とした。その期限を守ってもらうためだ。


 最近は魂を砕かれた時に発生する輪廻転生システムの対処にも、若干の余裕がある。

『十万年以上前魔王グドゥラニスがラムダを蹂躙していた頃の勘を取り戻してしまったか』

 今なら一度に一人二人程度魂を砕かれた程度なら、平常よりもやや忙しくなる程度で対処できるだろう。


 レイモンド・パリスやリック・パリス、更に『新生サウロン公爵軍』の内スキュラ連続猟奇殺人を行った共犯のメンバー十数人の魂を一度に砕かれた時は、流石にかかりきりに成ったが。


『ヴィダの輪廻転生システム内の魂を私のシステムで運用する事を考慮するより、魂を砕かれた際の対応を効率的に行うためのシステムのバージョンアップに着手するべきか?』

 そう思うが、そもそも魂を砕く事が出来る唯一の存在であるヴァンダルーを抹殺すれば済む問題であるため着手には躊躇を覚える。


 魔王グドゥラニスのように魂を砕く事が可能な存在が再び何処かの世界に侵略を開始するような事は、そうそう起きないであろうし。


 それにもしヴァンダルーが短期間に数十万、数百万の魂を砕くような暴挙に出れば、幾らロドコルテがシステムをバージョンアップしようと追いつかない。ロドコルテが出来るのは、システム全体の崩壊を避けるために幾つかの世界ごとラムダの輪廻転生を司っている部分を切り離す事ぐらいだろう。


 魔王グドゥラニスすら結果的にはやらなかった(恐らくロドコルテのシステム破壊後、ラムダに何が起こるか不明だったため)暴挙だが、ヴァンダルーがやらない保証は無い。

『なら、せめてシステムの内ラムダの部分だけ切り離せるようにしたら良いんじゃないの?』

 ロドコルテの独り言を聞いていた亜乱がそう提案するが、彼は「それは難しい」と答えた。


『元々、私の輪廻転生システムは世界ごとで完全に区切られている訳ではない。普段は魂を一つの世界内で輪廻転生させているが、不測の事態に対応するために幾つかの世界は非常時のみ魂を融通できるように設計している』

 世界Aで人口爆発が起こって転生させる魂が不足した場合、BやCの世界の転生待ちの魂を融通するといった事態を想定しての仕組みだった。


 そして、その設計故にAからCまでの世界はシステムから個別に切り離せない状況に在るらしい。


 それを聞いて、なるほどと亜乱は息を吐いた。

『つまり、この場合その幾つかの世界が地球やオリジン、ラムダって事か』

 ロドコルテは『ラムダ』とシステム的には近い『地球』から亜乱達を、同じく『ラムダ』から近い『オリジン』へ転生させた。そして今また転生者を『オリジン』から近い『ラムダ』へ転生させようとしている。


 そして同時に、ロドコルテがいざという時は、システム全体を保護する為なら『ラムダ』を『地球』や『オリジン』ごと見捨てるしかないと考えている事も理解した。

 システムの管理者としては、正しい態度なのだろうが……。


『その通りだ。ただ、私も好き好んでラムダを含める世界を切り捨てたい訳ではない。そのために君達を地球から転生させたのだし、ヴァンダルーの抹殺を依頼していると言う事を理解して欲しい』

『……いや、後者は違うんじゃないか? 危険なのは分かったけど、別にあいつは魂を砕かないと生きていけない訳じゃないし、頼めば止めてくれるんじゃないかな?』


 頬を引き攣らせる亜乱。何も執拗に殺そうとしなくても良いじゃないかと彼は思うのだが、ロドコルテの意見は異なるらしい。

『もしオリジンで人類の制御を受け付けない、高度な知能と自由意思を持った危険な生物兵器が野放しに成っていたら、人類の為政者達はどんな判断を下すのかね?』


 ロドコルテの【演算】を使うまでも無く答えが出る問いに、亜乱は肩を落とした。

『人類を害しない可能性を信じるより、消して人類を害する可能性を零にしてしまった方が確実って事ね。へいへい、分かってますよ』

 そう言うと、彼はロドコルテから離れて行った。


 どうにも独りで在る時間が殆どだったので、意識せず独り言を口にする癖があるようだと、ロドコルテはやっと自覚した。

 仮にでも御使いを創った以上、今後は注意するべきだろう。


『あの~、神様、ちょっと良いかな?』

 次に話しかけて来たのは、【マリオネッター】の乾初だ。他の仲間は連れず――彼にとって転生者の中に『仲間』がまだいるのかは不明だが――に一人でやってきたようだ。


 青ざめた顔に泳いでいる視線、小刻みに震える手や膝と、よくも魂だけの状態でここまで感情を露わに出来るものだと、人の心理状態を軽視する傾向が強いロドコルテですら感心する程の動揺っぷりだ。思考もやや乱れがちである。

『選択は決まったかね?』

 なのでゆっくりとした口調で聞き返した。しかし、あまり効果は無かったらしい。


『そっ! その選択の事なんだけど! き、記憶と人格を消して何処かの赤ん坊から転生するってのは有りかな!? 出来れば運命も、力も無しで!』

『……ふむ』

 乾初が言い出した意外な申し出に、彼の思考が読めるロドコルテも思わず黙り込んだ。


(人間とは、基本的に一度手に入れた力や特権、財産に固執し、それを守るためなら殺人も厭わない傾向が強い生物だと思っていたのだが……)

 人類をそう認識していたロドコルテにとって、乾初の提案は意外なものだった。

 特に『ラムダ』は『地球』や『オリジン』と違い、全体的に命の価値が安い世界だ。王侯貴族や裕福な者の元に生まれた者は例外として、人々の人権意識は低く、野外には危険な魔物が存在し、多くの戦乱で非戦闘員からの命を含めた略奪が行われ、それが常だと認識されている。


 現在の『地球』や『オリジン』でもそのような地域が無いとは言わないが、『ラムダ』は世界全体でそうなのだ。

 そんな世界に転生するのにチート能力や今まで培ってきた記憶や知識も無く、赤ん坊からやり直すとは……。

『危険性は分かっているのかね?』

『もっ、勿論です! なんなら、産まれてすぐ死んでも良い!』


 乾初は、ロドコルテや周りの誰もが予想していた以上に心が折れていた。

 もう転生してもヴァンダルーや村上達他の転生者、『ラムダ』の住人に殺されるだけなのではないかと、追い詰められていたのである。


 彼は以下のように思い込んでいた。


 ヴァンダルーを殺す刺客に成っても、『第八の導き』から自分の情報はヴァンダルーに伝わっている筈。だとすると海藤カナタ同様に返り討ちだ。【マリオネッター】で神経の無いゴーレムやゴーストは操れないし、ヴァンダルー本人は肉体から【幽体離脱】されたら、やはり操れない。そして負けた後は、命乞いをしても温情は期待できない。


 刺客に成らなかった場合は、口封じのため村上淳平達に殺される。既に情報は『第八の導き』達によってヴァンダルーに伝わっているとしても、転生したらしい『第八の導き』の状態次第では不完全かも知れない。それに、自分が他の『ラムダ』の現地人に自分達が転生者である事を漏らす可能性を考えれば、生かしておくはずがない。


 村上達以外の転生者の助けも期待できない。自分は直接殺してはいないが、『ブレイバーズ』の裏切り者である事に変わりは無いからだ。

 彼が村上に殺されても、「仲間割れ」としか見てくれないだろう。


 勿論、殺すと言っても文字通りの意味では無い。殺すだけではまたロドコルテの元に魂が戻るだけだと、今の村上達は知っている。

 だから脳の一部、生存に問題無い部分だけ破壊して意味のある言葉を話せないようにしたまま暫く生かしておくような、生殺しの方法を取るはずだ。

 そんな事をされたら、死んで魂が此処に戻って来た時正気を保っていられる自信が無い。


 そしてヴァンダルーに殺される場合は、あの馬鹿な海藤カナタのせいでほぼ確実に魂を砕かれる。その際の激痛と喪失感、絶望は霊に成った今だからこそ想像できる。


『だ、だからさっ、どうせなら僕、居なくなっちゃった方が楽なんじゃないかなって、思うんだよね! 記憶も人格も力も無いただの赤ちゃんならさっ、誰も態々探して殺そうとは思わないだろ!?』

 そしてこの結論に至ったのだった。力を無くし、記憶も人格も消してまっさらな状態からやり直す。通常の輪廻転生で在る以上それは乾初という人間の消滅と同じ意味だと分かっていた。しかし、それこそ彼が望む事だった。


 その乾初の思考を一通り読んだロドコルテは、自らが犯した失敗の一つに気がついた。

(記憶と人格を保ったまま、集団で転生を繰り返す状況とストレスを考慮するべきだったか)

 人は本来まっさらな状態で生まれて来るが、転生者の場合五年から六年で前世の記憶と人格を取り戻してしまう。

 つまり、人間性がその瞬間形作られてしまう。


 それでは来世では生まれ変わって頑張ろうと思っても、難しくなる。既に経験と共に形作られた人格を変える事が難しいのは、考えるまでも無い事だ。

 しかも、前世の自分を知っている者達が自分と同じように転生していたらどうなるか。

 やり直すのは、更に難しくなる。


 その上死の際の記憶も鮮明に残っているので、乾初の様に仲間だと思っていた者に裏切られたトラウマまでそのまま受け継がれる。

 海藤カナタの場合は「死んでもどうせまた生まれ変われる」と考え、何とも思っていなかったようだが。しかし、それはカナタが異常なのであって、乾初の反応の方が正常なのだ。


 人間性、他の転生者との関係、そして死の恐怖。全てを軽く考えていたロドコルテのミスだった。

(知識と技術、経験を積ませるために『オリジン』への転生を間に挟んだのは、失敗だったか)

 そう思うが、今更時間を巻き戻す事は出来ない。

 今は乾初の希望に返答するのが先だ。この分ではヴァンダルーへの刺客としても、ラムダ世界に異世界の知識や技術を伝えて発展を促す事にも、彼は使えないだろう。


『残念だが、それは出来ない』

 だからといって、彼の希望を叶えたら折角力を使って与えたチート能力やこれまでの時間が無駄に成ってしまう。使えない捨て駒は捨て駒なりに、せめて捨て石として最後まで役立ってから消えて欲しい。

『な、何でっ!?』

『出来ないからだ』

 そう思うロドコルテだが、流石にそれを正直に口に出して教える事は無かった。


 『ラムダ』を発展させる計画が上手く進んでいるのなら乾初一人諦めても問題無かったのだが、今は非常時なのだ。使える者は、猫の手未満でも使い潰すべきだ。

『じゃ、じゃあ、僕は一体どうすれば……?』

 だがこのままだと輪廻転生した途端、自ら安楽死を選びかねないので多少力を貸す事にする。


『君が恐れている生殺し、植物人間や状態異常による石化等に陥り、その回復が望めないなら【マリオネッター】が自動的に発動し、君自身を殺す様予め仕掛けを施しておこう。それで良いかね?』

 転生する前の状態なら、チート能力を受け取っていないヴァンダルーには出来ない事だが、乾初達他の転生者にならこれぐらいの細工を行う事は可能だ。


『そ、それなら……まぁ……何とか……』

 あまりにも小さなロドコルテのフォローに、肩を落としながら『もう少し考えさせてほしい』と言って離れていく乾初。

 彼がもし再び戻って来たら、その時彼をどう使うか、それとももう役立たないと輪廻の環に還すかを決めるとしよう。


 そう思うロドコルテの元に、再び転生者がやって来た。

『提案がある。情報収集をさせて欲しい』

 それは、【千里眼】の天道達也だった。


『情報収集、とは?』

『この神域って場所からは、貴方が輪廻転生を司る世界を見る事が出来る。そうだな?』

『それはそうだが……眺めたところであまり意味は無いと思うが』

 ロドコルテの神域からは、各世界を眺める事が出来る。ただその精度は宇宙空間から、握りこぶし程度の大きさに見える地球を眺めるのと同じか、それ以下だ。


 大陸の形や位置は分かるし、大陸規模以上の異変なら気がつく事が出来る。だが島は見逃しかねない。人の営みを知る事なんて、まず不可能だ。

『ラムダの大まかな地理を知りたいなら構わないが……』

 そう言いながら、ロドコルテは『ラムダ』の映像を天道の前に表示する。


 赤ん坊の頭程の大きさの球形の形で、『ラムダ』世界が明らかに成った。人々がまだ誰も知らない世界の形を、神ならぬ身で見る事が出来るのは確かに特権かもしれない。

 因みに、これほど遠くからしか世界を見られないのはロドコルテがラムダに認知されていない神だからだ。法命神アルダの様に多くの人々に信仰されている神なら、見ようと思えば信者が多く存在する地域を、もっと詳細に視る事が出来る。


 だがラムダの誰にも存在すら知られていないロドコルテでは、この程度が限界である。

『ん?』

 そのはずだったのだが、何故か『ラムダ』世界の一部だけが他よりも若干見やすくなっている。


(気のせいか? これはバーンガイア大陸の南部……ヴァンダルーが治める国ではないか! なるほど、転生者であるヴァンダルーは私の存在を知っている。そのせいか? だが、これは魔力に関係無く私を認知している人数の問題だ。たった一人でここまで影響が出るものなのか?)


 見えると言っても、他の地域と比べると多少はマシ程度で、役に立つ程ではない。やはり気のせいかとロドコルテが考え直した頃に、『ラムダ』世界をじっと見つめていた天道がにっと笑った。


『よし、これなら行ける! 神様、【千里眼】を使えるようにしてくれ。それで境界山脈の内側、天宮が作った国を見てみたい』

 天道達也がロドコルテから受け取った能力、【千里眼】は複数の視覚に関する能力だ。その中には【望遠視覚】も含まれる。


 しかし、その力は本来大した事無い力だ。双眼鏡や望遠レンズがあれば足りるため、天道自身あまり高めようとはしてこなかった。拡大できるのは、精々数倍程度だ。

 それでもタロスヘイムの地理や街、そして城や城壁の形くらいは分かるだろう。そして、それだけでも浅黄達仲間の判断材料に成る筈だ。そう天道は思ったのだが、ロドコルテはなるほどと呟いた。


『確かに、今の魂と霊体だけの状態なら肉体的な限界が存在しない。問題は魔力だが、私が少々融通すれば事足りる。

 良いだろう、天道達也。君の力を媒体に、今のヴァンダルーを見る事を試みてみよう』

 しかし、それを聞いたロドコルテは天道を利用して情報を収集する方法を思いついた。


 天道の【千里眼】は元々ロドコルテが持つ神の力を加工したものだが、加工する前の神の力は持ち主のロドコルテ以外使えない、ただのエネルギー。しかも、ロドコルテ自身が神である事の制限を受ける為、出来ない事が多い。

 だが、神の力を加工して人間にも使えるようにして授ける事で、人間は神の制限を受けずに使う事が出来る。

 なるほど。やはり人間を使う事は有用だと、ロドコルテは実感した。


『では、全員が君の視たものを見られる様にしよう』

『そんな事が出来るのか!?』

『可能だ。君達は良くも悪くも、肉体の楔から解放された状態にある』

 実際には手足も目鼻も無いのだ。情報を共有する事ぐらい、ロドコルテが手を貸せば容易い事だ。


 そしてロドコルテは転生者達と亜乱達御使いを全て集めた。そして今から天道の【千里眼】を使い、ヴァンダルーの情報を収集する旨を伝える。

 異議は誰からも出なかった。ロドコルテが提示した選択肢のどれを選ぶにしても、『ラムダ』に転生してから何をするにしても、ヴァンダルーの情報は得て置いて損は無いからだ。


 亜乱達からしても情報が限られるヴァンダルーとタロスヘイムの情報は、喉から手が出るほど欲しい。


 それに、ここは神域。空間的に『ラムダ』からは隔絶されている。

 この神域から【千里眼】でヴァンダルーを見ても、ヴァンダルーに気がつかれる事は絶対にない。そして万一気がつかれたとしても、彼からは何もできない。


『本当に大丈夫なのか? 奴の力には正体不明な部分も多いって言ったのは、あんた達自身だぞ!』

 まだ不安げな乾初がそう保証を求める。確かに、ロドコルテ自身も信者では無いヴァンダルーのステータスは見られない。情報も、彼を見た人間達の目や耳から集めた物ばかりだ。

 だから、ヴァンダルーを見た人間達が知らない、分からない事は、ロドコルテも推測する事しか出来ない。


『大丈夫だ』

 しかし、ロドコルテは当然だという態度で乾初に応えた。


 泉や亜乱も保証した。

『疑う気持ちも分かるけど、こいつの言う通りよ。空間的には繋がってないから、幾ら死属性魔術でも何もできないわ』

『魔力が十億あっても、魔王の欠片を持っていても、ここまでは届かないよ。そもそも気がつかれないって』


 『だったら、良いけど――』と乾初が納得すると、早速天道は【千里眼】を発動した。


『これはっ、凄いな。魔力が無尽蔵に供給される感覚と言うのは……っ』

 天道が見ている映像が、ロドコルテを経由して転生者と御使い達全員に共有される。それは最初人工衛星から見る地球の天体画像のようだったが、すぐに拡大され地表の様子が明確に見えるようになった。


 それは転生者達や、既にある程度ヴァンダルーについて調べてある泉や亜乱にとっても驚くべき光景だった。

『これは……とんでもないな。前見た時より城壁の数が増えてる』

『ええ、幾つ城壁を建てれば気がすむのよ。それにあれは投石機? それに、壁の隙間にはクロスボウが……なにこれっ!?全部アンデッドじゃないっ!』

『待てっ、外側の城壁はただの壁じゃないっ! 全部ゴーレムだ! 他にも……建物や壁の模様や飾りに見えるのも全てゴーレムだっ! 監視用か!?』


『いや、ゴーレムだけじゃない! それに飛んでるのは何だっ!? ほぼ透明な髑髏に、その下にはプテラノドンのゾンビ!?』


 空から見たタロスヘイムの威容……いや、いっそ異様と言うべきかもしれない。その防衛体制は転生者達の目には恐ろしい程偏執的に見えた。

 城壁の形のゴーレムも含めると、八重の高く分厚い壁。数えるのがバカバカしくなるほど揃えられた、クロスボウのカースウェポン。設置された投石機の数。そして、張り巡らされた監視網に、防空網。


『どれもこれも滅茶苦茶だ。攻城戦や軍略の素人が、建造費も維持コストも考えず作った模型か何かよ』

『村上先生、でもさ、あの、出鱈目なの、全部模型じゃないのよね?』

『話じゃ聞いてたが……実際に全体図を見ると……言葉を失うぜ』


 村上淳平が言う様に、ヴァンダルーは攻城戦や軍略に関してほぼ無知だ。もし多少なりとも知識があれば、日本の城を参考に、もっと城壁の形を工夫しただろう。

 しかし無知な彼はひたすら城壁を高く厚く、重ねていく。クロスボウの数を増やし、投石機を次々に設置して、監視用ゴーレムやレムルース、翼竜ゾンビを創り出していく。


 普通ならこんな非効率的な防衛計画はとても実現できるものでは無い。設計段階で机上の空論と嗤われるだけだ。

 だがヴァンダルーには億単位の魔力と、【ゴーレム錬成】スキル、そして【死属性魔術】がある。

 石材すらダンジョンで採掘して建造費を魔力だけで補い、魔力以外の維持コストがほぼかからない防衛網を作り上げたのだ。


『……町の中を見るぞ』

 驚きから立ち直った天道は、そう告げてタロスヘイムのもっと中を見る。時間帯は深夜の様だったが、町には人々が活発に行きかっていた。

 その光景を実際に見た転生者達は、城壁などの防衛設備と同じ衝撃を覚えた。


『人型の魔物、あれがブラックゴブリンやアヌビスか。他にも水路には下半身が魚の山羊が泳いでやがる』

『アンデッドが、まるで人みたいに会話しているのか。あれ、特殊メイクした人間じゃないんだよな?』

 『オリジン』では、魔物とは魔力によって変容したモンスター、危険な害獣であり討伐した後剥製にする等死体を利用する事は在っても、飼いならす事が出来る存在では無い。

 同じくアンデッドも、ただ死体が動き出しただけの魔物として処理される。


 その害獣が言葉を話し道具を使い、文化的な生活を営んでいる。やはり情報として知っているのと実際に見るのとでは違うようだ。

『向こうに転生したら、迂闊に魔物退治は出来ないな』

 浅黄がそう言うのも無理は無い。しかし、亜乱は苦笑いを浮かべてその意見を否定した。


『全ての魔物がこんな風に文明的な訳じゃない。タロスヘイムが特別なんだよ。後、グールやスキュラは向こうじゃエルフやドワーフと同じ人だから』

 全ての魔物やアンデッドがタロスヘイムの住人と同じだと勘違いすると、『ラムダ』では確実に早死にする。そして、逆にタロスヘイム以外のグールやスキュラ等のヴィダの新種族を人間だと認識しないと危険だ。


『あれが人? エキゾチックにも限度があるぜ、ほぼモンスターじゃねぇか』

『まあ、そう考える人達も多いけど……それ、ほぼヴァンダルーの敵に成る人達の価値観よ。自分でも気がつかない内に彼の敵側で出世して目立っても知らないからね』

『っ! チッ』

 ダグが泉の言葉に舌打ちをして黙り込む。


 ヴァンダルーが厄介な点は、個人として関わらないようにしていても、何時の間にか自分が属している社会が彼に敵対してしまう場合が考えられる事だ。

 『ラムダ』での両親がアルダ過激派や人種中心主義に傾倒したり、産まれた町でヴィダの新種族の排斥運動が始まったり、国がヴィダを邪悪な神の一柱に指定したりした場合、ヴァンダルーとの衝突が考えられる。


 ヴァンダルーがただの個人ならそこまで恐れる必要はないだろう。だが彼は国家の為政者であり、しかもタロスヘイムの外にも平気で足を延ばすフットワークの軽さがある。

 しかも裏路地で一般人に絡むゴロツキを退治する感覚で、他国の貴族や重要人物を屠る事が出来る力と狂った人格の持ち主だ。少なくとも、泉達からはそう見える。


 将来彼が通りがかった国で可哀そうなヴィダの新種族やヴィダ信者を見かけたら、彼はそれを助けるためにそれ以外の大勢の人々を災禍の炎で焼きかねない。命は獲られないにしても、無関係でいられる保証は無い。


『だから、関わらない事を選ぶにしても出来るだけ敵側じゃない方に居て欲しいのよ。巻き添えで被害を受けるのは嫌でしょう?』

『……覚えとくよ』


 それから天道はタロスヘイムの幾つかの施設を【千里眼】で映した。ボークスがミハエルに愚痴を言っていた訓練場、様々な神の像が祭られるヴィダ神殿、ゴーレム工場、カジノ、整備中の劇場。公衆浴場は、建物の入り口までしか見なかったが。


『音は無いの? 何を話してるか知りたいんだけど』

『赤城、俺の能力は【千里眼】だ。目に耳は付いて無い。話しているのは日本語に近い言葉だから、読唇術でどうにかしてくれ』

『……顎の形が違い過ぎる奴らが多いんだけど』


 当たり前だが、映像はあくまでも『千里眼』の力だ。そのため、音声は一切無い。

 転生者達の中にはある程度読唇術の心得がある者もいたが……流石にグールの男の獅子頭やオーカス、アヌビス、そして顔に肉の無いスケルトンの話している言葉を読める者は居なかった。


『そろそろ肝心のヴァンダルーを映してくれよ。後、転生しているはずの『第八の導き』や【ゲイザー】の姿も確認しておきたい』

『村上、俺の【千里眼】は個人を指定して視る事が出来る能力じゃないんだ。城の何処かに居なかったら、今日は諦めてくれ』


 最後に残した王城に視線を向け、内部を映していく。この巨大な王城の内部も、異常な警備体勢だった。

 立ち並ぶ恐竜ゾンビや恐竜スケルトン、警備についているらしい巨人種のゴースト。情報に在った巨大な少女と異様なゾンビ達が寝ている部屋。

 その部屋の中にレギオンの姿があったのだが……ロドコルテにすら「情報に無いが、ヴァンダルーが新しく作ったアンデッドか」と思われ、見逃された。


『何だあの肉の塊? それにしても赤ん坊や妊婦が居ないな。ワルキューレ共は何処にいるんだ?』

『待て、地下に部屋があるみたいだ』

 映像は一階の床を抜け、そのまま地下にあるヴァンダルーの工房を映した。

 そこにはヴァンダルーが、十代前半と後半に見える二人のグールの美女と、カイゼル髭を生やした痩せ形の男、二体の巨人種アンデッドと一緒に居た。


 情報に合った通りの、白い髪に血の気のない屍蠟のような肌、死んだ魚のような瞳が映像に映し出される。

『おい、こいつこっちを見てるぞ!?』

『いや、偶然視線が合っているだけだ。そのはず、だ』

『あれ? いや、こいつ、もしかして今俺達を見てない?』

 他の転生者や亜乱達が困惑している状況で、一人だけ違う事を考えている者が居た。


(おい、神様さんよ。そのまま黙って聞いてくれ)

 【デスサイズ】の近衛宮司だ。

 彼は自分達の思考をロドコルテが読める事に気がつき、それを利用して他の転生者達に気がつかれないように呼びかけた。


(俺の【デスサイズ】を使える様にしてくれ! 後、天道みたいに魔力も貸してくれ! そうすれば、ここから一方的にヴァンダルーを攻撃できるだろ!?)

 その思念を読み取ったロドコルテは、宮司のアイディアを検討し、すぐさま答えた。


(良いだろう)

 宮司が霊体のまま【デスサイズ】の力を使えるようにして、更に天道同様に魔力のバックアップを行う。


『はぁっ! 奴を殺したら褒美をたんまりくれよな!』

 そして宮司は躊躇わずにヴァンダルーの心臓と肺の運動を【デスサイズ】で止めた。




 呼吸が出来ず、心臓に痛みを伴う苦しさを感じたヴァンダルーは、自分が攻撃を受けた事を直感した。

 そして細かい事を考える前に、【死弾】を天井に見えるロドコルテや転生者達が映る穴に向かって撃つ。

「ヴァン様っ!?」

『御子よっ、如何なされました!?』

 驚くタレア達の声が聞こえるが、ヴァンダルーに答える余裕はない。いつも通り【詠唱破棄】で発動させた【死弾】は、映像を素通りして天井に当たって消えた。


 映像の中の転生者達は驚いているようだが、何の影響もなさそうだ。


 次に、【魔王の欠片】を発動させて角を一本だけ生やして、それを【念動】で撃ち出す。

「何者かの攻撃じゃっ!」

 ザディリスがそう叫ぶのとほぼ同時に、撃ちだした【魔王の角】も【死弾】と同じように映像を素通りして天井に突き刺さった。


「一体何処から、どんな攻撃を受けているのだ!?」

『おのれっ! 姿も見せないとは卑劣な!』


 次にヴァンダルーは【吸魔の結界】を映像と自分の間に張り、更に床をゴーレム化して遮蔽物を作った。

 しかし、効果は無い。転生者の一人、レギオンの情報によると【千里眼】の天道達也らしい霊が見るからに狼狽えた後、不自然に仰け反ったまま硬直したのが変化と言えば変化だが、事態が好転する類の物には思えない。


 呼吸できず、鼓動も止まったままだ。【限界突破】スキルを発動した事でまだ意識を保っていられるが……。

 仕方ないので、ヴァンダルーは【幽体離脱】で抜け出した。

『ああ苦しかった。いや、まだ苦しいのですけど』

 これで、脳の酸素不足で意識を失う事は無い。思考を脳では無く霊が行うため、脳で消費する酸素も抑えられる。


「坊やっ、何が起こっておる!?」

『神域からの攻撃です。多分【デスサイズ】の能力で、俺の心臓と肺が止められました』

『何じゃと!? 例の輪廻神か!』

「反撃はできぬのか!?」

 憎々しげにロドコルテを罵るダタラと、杖を構えたまま焦燥を滲ませるザディリス。


 どうやら、あの映像が見えているのは自分一人であるらしいと、ヴァンダルーは理解する。

 次に、あれは空間に穴が空いている訳では無く本当に『見える』だけで、物理的に繋がっている訳ではないと直感的に分かった。

 多分、【千里眼】の能力を【深淵】スキルで跳ね返して、見つめ返しているだけなのだろう。


 だから【死弾】を含めた魔術も、【魔王の欠片】も届かない。【千里眼】が透視してしまうため、遮蔽物は意味が無い。

 普通なら、かなり詰んでいる。鼓動と呼吸を止められて、逃げる事も出来ない。


 ザディリス達に至っては、敵の姿すら見えない。彼女達に逃げるよう言いかけたヴァンダルーだが、すぐに意味が無い事に気がつく。

 【千里眼】が敵に在る以上、何処へ逃げても敵がその気ならすぐ見つけられてしまう。


『一応反撃はしている筈なのですけど……あまり効いていないみたいですね』

 転生者達の一人、【デスサイズ】の近衛宮司が若干苦しそうにしているが、それだけだ。

『やはり、肉体の無い状態の人に【深淵】で心肺停止のダメージを返しても、効果が薄いのか』

「師匠っ! 落ち着いているところ悪いのだが、そろそろ身体の方が拙そうに見えるのだが!?」

「いつもより若干唇の色が青ざめているように見えますわ!」


 どうやら肉体の方もそろそろ何とかした方が良いようだ。

『では、まず【魔王の血】を発動』




 ロドコルテの神域では、転生者達は狼狽えていた。

『テメェっ! 抜け駆けするつもりか!』

『へっ! 俺の【デスサイズ】は相手の顔が見えれば発動できるんでな! 神様の許可と協力があれば楽勝だぜ!』

 悔しげに唸る村上に、宮司は勝ち誇って顔を醜く歪める。


『お、おい止めろっ! 何を考えてんだ!』

 宮司がヴァンダルーを殺そうとしている事に気がついた浅黄や赤城が彼に掴みかかって止めようとするが、触れる事も出来ない。


『霊同士なら触れられるってお約束は無しか!?』

『それはお互いに敵意が無い場合だけだ。少なくとも、私の神域では。君達が勝手に揉めて数を減らす事の無いように調整してある』

『っ! おい神様! 今すぐ止めさせろ!』

『……何故ヴァンダルーを殺す事を依頼しようとする私が、止めると思うのだ?』


 自分では宮司を止められないと悟った浅黄がロドコルテに叫ぶが、彼は浅黄に視線を向けようともしなかった。

 当然だ、ロドコルテはヴァンダルーの死を願っている。そのための手段に拘るつもりは無い。


『くっ、糞っ!』

『亜乱っ、泉っ、君達で止めてくれ! 御使いの君達なら、近衛を止められるはずだ!』

 円藤がはっとして亜乱達を振り返るが、視線の先に在ったのは苦々しく顔を歪めた二人だった。


『止めたいけど出来ないのよ。今、近衛はロドコルテの魔力で力を行使している。つまり、ロドコルテの道具も同然なの』

『そして、俺達御使いは上司の行動に苦情を言う事は出来ても、妨害する事は出来ない! 畜生っ、ここまで汚い手段を使うとは思わなかった!』


『ひっ、ひいっ!?』

 二人が嘆く間に、映像に移るヴァンダルーが攻撃を仕掛けてきた。思わず引き攣った悲鳴を上げる宮司だったが、ヴァンダルーの魔術も【魔王の角】も映像から飛び出る事無く消えていく。


『お、脅かしやがって!』

『ちょっとっ、彼完全にこっちに気がついてんじゃないの!? あ、あたしは関係無いからね~っ!』

『ケッ、関係無いねっ! こっちに気がついていようが無かろうが、このまま殺す! おい天道っ、【千里眼】を止めるんじゃねぇぞっ! お前にも報酬は分けてやるからよ!』

『天道っ! 今すぐ止めろ!』


 宮司と硬弥から正反対の事を言われた天道だったが、彼は返事をする事が出来なかった。ロドコルテから無理矢理魔力を注入され、【千里眼】を閉じる事が出来なくなっていたからだ。


『そんなっ、私達には何もできないのかっ!?』

『おいおい、落ち着けよ』

 若干まだ悔しそうだが、すっかり落ち着いた様子の村上が硬弥や浅黄、泉や亜乱に声をかける。


『別にそんなに悪い事じゃないだろ。誰も死なずにあいつを殺すだけだぜ。お前等だって、あいつが善良な聖人君子だと思ってるわけじゃないだろ? それに泉、亜乱、お前らは浅黄達があいつと敵対して、返り討ちにされるのが嫌だから俺達を止めたいだけで、あいつ自身を助けたい訳じゃないだろうが。

 だったら、このまま殺せるなら殺せるで、良いだろうが』


『そ、それは……!』

 村上の言葉は、泉達の図星を突いていた。二人は天宮博人だったヴァンダルーに、同情している。しかし二人が優先するのは、仲間と故郷である地球、そして第二の故郷であるオリジンだ。

 もしヴァンダルー一人の犠牲でそれら全ての危険性が減るなら、それは止めるべきか?


『思ったより粘る……くっ、さっさと死ねよ! 鼓動と呼吸が止まってんだっ、どうしたって死ぬしかないんだよ、お前は!』

 思わず動きを止めた浅黄や赤城、泉と亜乱に構わず、宮司は【デスサイズ】を全力で行使していた。どう言う訳か胸が苦しい気がするが、ヴァンダルーが予想外にしぶといので力を緩める余裕が無いのだ。

 【幽体離脱】して肉体が死ぬのを先延ばしにし、更に他の仲間に状況を説明しているらしいヴァンダルーに焦りを覚える。


 今まで【デスサイズ】を使った時は長くても一分で意識不明に出来たため、今はこれ以外の攻撃手段を持たない宮司の焦りは大きかった。

 その自分とヴァンダルーの様子を静かに観察するロドコルテの視線にも気がつかない程。


 だが、このまま後数分もすれば流石に殺せるはずだ。そのはずだったが、突然ヴァンダルーから黒い血が噴き出した。

『なんだ!?』

『苦しさに耐えきれず自殺……違うっ! あいつっ、血液その物を動かして、心臓の代わりを!?』




 【魔王の血】を発動させたヴァンダルーは、噴きだした血液を別の場所に開けた傷口から体内に戻して、体内に血液を循環させる事にした。

『【デスサイズ】の事を聞いてから考えていた対抗策ですけど、まさかこんなに早く使う事に成るとは』

 【デスサイズ】は、心臓と肺の運動を止めているだけだ。物理的に潰された訳ではないし、血管を詰まらされてもいない。だから、血液その物を動かせれば問題無い。


 流石に完全なコントロールは不可能なので血管に圧力がかかり毛細血管が悲鳴を上げ、目や鼻の粘膜から血が流れるが、死ぬよりはずっとマシだ。……この姿を見せるザディリス達には悪いが。

 後は呼吸だが、これも解決策がある。


 工房に置かれていた死鉄にする前のインゴットから【ゴーレム錬成】で細い筒を二本造る。

 その筒を【念動】で動かし、自分の胸に適度な深さの穴を空ける。

「坊やっ!?」

「ヴァン様ぁぁっ!?」

『大丈夫です、肺に穴を空けて呼吸するための空気の出入り口を作るだけですから』


 鈍い音と血が流れる。肋骨の間を貫くのは、中々の激痛である。

 後は、残りの鉄や他の金属でポンプ代わりのゴーレムを作り空気を肺の中に循環させれば、【デスサイズ】で心臓と肺を止められていても、生命を維持できる。……問題は、維持できるだけで結局反撃の方法が思いつかない事だが。

 それはどうしよう? 近衛宮司が自力では無くロドコルテの魔力で力を行使していたら、持久戦に持ち込んでも意味は無い気がするのだが。


 そう思案していると、何とザディリスが鉄の筒を咥えた。

「空気を送り込めばよいのじゃなっ、任せよっ」

 そして彼女は息を慎重に吹き込む。

『ちょっと待ってください、ゴーレムを作るので――』

「そのゴーレムで力加減を間違えて肺が破裂したらどうするつもりですの!?」

『……その危険性は否定できませんが、何もせず死ぬよりマシかなと』


 タレアの指摘に目線を逸らすヴァンダルー。実際、ゴーレム人工呼吸装置なんて試した事が無い為、圧力を誤って肺が破裂する可能性があった。

 しかし、それをヴァンダルーは頼みたくない理由があった。


 ヴァンダルーが見ている神域の映像の中で、【デスサイズ】の近衛宮司が何か喚いている。その目は、ザディリスを睨みつけていた。

 【危険感知:死】にゾッとする反応。


「うぐっ!?」

「あぁっ!」

「っ!」


 ザディリスに、タレア、そしてルチリアーノまでが胸を抑えてよろめく。

『これはっ? 我々の肺も止められているとは!』

『いかんっ、敵は全員の肺を止めて御子の息を断つつもりじゃっ! 儂らはアンデッドじゃから死なんが、嬢ちゃん達は危ない!』


 どうやら、近衛宮司は諦める事では無くあくまでもヴァンダルーを殺す事を選んだようだ。

 そのためには、ヴァンダルー以外の者も殺すつもりらしい。


『手段は選ばずですか』

 脂汗を浮かべて苦しむザディリス達に、ヴァンダルーは霊体を伸ばして彼女達と同化する。

『では、こちらも選ばない』


 そう言い終わる前に、殺意に歪んだ近衛宮司の形相が砕け散った。まるで粉微塵にされたように破片が飛び散り、光の粒子に成って消えていく。

 他の転生者達が動きを止め、そして映像は消えた。


『ザディリス達に同化して、皆の分も【深淵】スキルでダメージを返したら相手の限界値を超える事が出来たみたいですね』


「かはぁーっ!」

「はひゅ、し、死ぬかと思いましたわっ」

「し、師匠っ、一段落ついたのかね? だ、だったら神域の、神域の様子を教えて……」

『お前さんは少しは休め!』

『後、御子が回復するまで待ちなさい!』


 割と容赦無いダタラとヌアザの拳骨を喰らって、ルチリアーノがダウンする。

 その様子を肺に穴が二つ空き、顔中の粘膜から血を垂らした肉体の回復を促しながら見ていたヴァンダルーは満足げに頷いた。


 これで一人敵を滅ぼした。

 他の転生者の様子も分かった。まだ転生しておらず、殆どは敵。

 【千里眼】の天道達也は微妙。自由意思を奪われていたっぽく見えたので、危険だが保留。次何かあったら最優先で殺す。


 【オラクル】の円藤硬弥は何か言っていたが、何を言っていたのか分からないから保留。

 三波浅黄ともう一人、多分【イフリータ】の赤城は【デスサイズ】を止めようとしていた様に見えたが、途中でやめたようなので、やはり保留。


『最初から動かなかった人と、ずっと首を横に振ったり両腕で×を作っていた人がいたけど、あれは俺の味方をするつもりなのかな? まあ、ならやや好意的な保留で』

 そこまで考えて、ふと気がついた事実があった。


「そう言えば、げほっ! ……クラスメイトを殺すのは初めてでしたね」

 【デスサイズ】の近衛宮司。彼は【グングニル】の海藤カナタと違い、同じ学校の顔を知っているクラスメイトだった。

 肺に溜まった血を吐き、ヴァンダルーは大して苦くも無い味と一緒にその事実を舌の上で転がした。


「あ、【精神侵食】スキルで攻撃する手段もありましたね」




《【深淵】、【神殺し】、【高速治癒】、【限界突破】、【魂砕き】、【異形精神】スキルのレベルが上がりました!》

8月5に127話、6日に128話、9日に129話を投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
みそボン死す
不愉快だ。 ヘイトが凄い勢いでで溜まる貯まる。 死んでくれ〜^ ^
[一言] 思い付きで行動してますます追い詰められていくのはとてもよいものですね
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