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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第六章 転生者騒動編
155/514

百二十五話 こちらを覗く天の眼。そして大鎌は振り上げられる。

 出したくない。

 彼女は本能的な衝動に対して、理性を武器に強固な抵抗を示した。

 出す事自体はとても自然な事であり、恥じるべき事ではない。寧ろ、成長するためには不可欠なプロセスの一つであり、それを迎えるのは寧ろ喜ぶべき事の筈だ。


 実際仲間達や後輩のピートやペインも、彼女の世話をする者達も、ヴァンダルーももうすぐ出そうだと伝えると喜んで祝ってくれた。

 だが、あまりにもタイミングが悪い。一度出すと暫く、最低でも数か月は動けなくなってしまう。今の状態でも「動ける」とは言い難いが、完全に動けなくなってしまうのだ。


 だから、せめて大問題らしい「転生者」の件や、ノーブルオーク帝国との件が落ち着くまではこの段階には進みたくなかったのだ。

「ピギィ~っ」

 クインはセメタリービーの巣の、通常の幼虫の数倍の巨体を持つ彼女用にあつらえた部屋の中で、悔しげに鳴いた。


「まあまあ、ノーブルオークの件は兎も角転生者の件は片が付くまで長くて十数……いや、転生者達によっては、数十年かかりますから、きっと間に合いますよ」

 ペロペロと伸ばした舌でクインを舐めて刺激し、成長を促しながらヴァンダルーが言う。

 そう、クインは遂に蛹に成ろうとしているのだ。


 蜂は繭を作らないが糸状の繊維を吐いて部屋に蓋をし、内部で蛹に成る生き物である。これは蜂の魔物であるセメタリービーも変わらない。

 そして、セメタリービーの女王蜂が死属性の魔力を浴びた卵に疑似転生したクインも同じだったようだ。


「ピギッ、ピギピギッピギ」

「蛹で居る期間が心配ですか。普通の蜂よりは長くかかりそうですからね」

 普通のセメタリービーなら、蛹が羽化するまでの期間は一か月くらいだ。女王蜂に成る幼虫が成った蛹でも、半年ほどで羽化するらしい。


 しかし、疑似転生したクインはセメタリービーとは既に別の種類の魔物だ。生態は似ているが、全て同じとは限らない。

 もしかしたら、一年以上蛹のままと言う事も考えられる。


「だからって、蛹のまま俺が【装蟲術】で装備する訳にもいきませんし」

「ピギィ……」

 蛹の内部は、神経細胞以外液体状に成っている。そのため、過度な振動に晒されるとそれだけで蛹は死んでしまう。


 【装蟲術】でヴァンダルーの体内に装備されている間外部から受ける振動は遮断されるが、何かの拍子に体外に出てしまう可能性があった。

 それが分っているため、クインも渋々だが引き下がる。


 そして、意を決したように糸を吐き始めた。

「ピギィ……」

 自分で作った糸の蓋に遮られてヴァンダルーが見えなくなるまで、クインの綺麗な複眼には彼が映っていた。


「来られる時は毎日来ますからね」

 ヴァンダルーもクインの複眼を見つめて、安心させるように言った。完全に蓋で覆われた後、ふと横を見る。


 ヴヴヴヴヴヴヴ。


 そこではセメタリービー達が巨大な青虫に似た芋虫を顎で咀嚼し、ミンチに成った肉を丸めて団子を作っている最中だった。どうやら、ヴァンダルーに出すお茶菓子の代わりを作っているようだ。

「ここで火を使う訳には行きませんよね……」

 『新生サウロン公爵軍』肉の団子を出すよりは、セメタリービー達も考慮しているのだろうか。単に、クインが既に食べきったので無くなっただけかもしれないが。




 翌日にサウロン領行きを控えたその日の夜、ヴァンダルーは工房にザディリス、タレア、ダタラ、ルチリアーノ、そしてヴィダ神殿の神殿長、リッチのヌアザに集まってもらっていた。

「それで、レギオンが肉塊ちゃんから変化した要因と、生金と消える銀の検証を始めます」

 議題はこれである。


 レギオン本人も何故自分達が肉塊ちゃんを肉体として、それも一つの生命体として異世界から転生したのか正確には覚えていなかった。

 だが、一体何故ダルシアの肉体の失敗作である生きる肉塊に転生したのかを解き明かせば、ヴァンダルーの悲願である彼女の復活に繋がるかもしれない。


「まあ、そこまでの成果は期待していませんけど」

「確かに……もし可能だったとしても、レギオンが増えるだけの可能性もあるしの」

『それより、肝心の「れぎおん」っちゅう新入りは何処なんじゃ? 謎の銀を食った時の話を聞きたかったんじゃが』

 広い地下工房にレギオンの姿は無かった。今は、彼女(?)が肉塊ちゃんだった時に入っていた空のプールがあるだけだ。


「レギオンは初めてのレベリングで疲れている様でね、同じくレベリング帰りのパウヴィナとプリベルと寝ているよ」

 ルチリアーノが遠い目をして答える。


『初めて? おりじんっちゅう異世界じゃ、派手に暴れまわって精鋭の兵士を百人以上血祭りにあげ、異世界の勇者を何人も殺した猛者達じゃと聞いとるが……儂の記憶違いじゃったか?』

 そう不可解そうに頭を掻くダタラに、今度はザディリスが答える。


「何でも、オリジンと言う世界にもレベルやジョブ、ランクやスキル、そして経験値が無いらしいのじゃよ。じゃから、幾ら敵を殺しても経験値も手に入らんし、当然レベルも上がらないそうじゃ」

『なんじゃとっ!? そんな面妖な場所が『地球』以外にもあるとは意外じゃのう』

 ラムダでは物心つく頃には、誰もがレベルやジョブ、スキル、そして経験値の概念を知っている。文字を読めない未就学の者や、愚かなゴブリンやオークですらだ。


 あらゆる存在が唱える事が出来る無属性魔術の【ステータス】によって視る事が出来る自身のステータスは、ヴァンダルーの様に漢字や数字が読める者にはそのまま表示される。平仮名と片仮名しか読めない者には、自動的に漢字では無く平仮名や片仮名だけで表示される。

 文字が読めない者には音声で説明されるし、言葉を知らない若しくは語彙が非常に少ない者も「何となく分かる」というとてもあやふやな感覚で何故か理解できるらしい。


 流石に知能が動物並やそれ以下の魔物まで行くと、本能的に他者を喰らう事で強く成れる事を理解しているだけに留まるが。

 逆に、獣や蟲の魔物ですら本能的にランク、レベルや経験値の概念を理解している。


 それ程までにラムダでは一般的な概念なのだ。

 それが無い世界と言うと、ダタラ達には想像がしにくいらしい。


「まあ、俺はレベルや経験値が存在する世界としない世界、どちらが多いのか分かりませんが、少なくとも地球とオリジンは無い方の世界でした。

 それで、レギオンは経験値を得る感覚やスキルを獲得した事を告げるアナウンスを初めて、そして立て続けに経験して疲れてしまったそうです」


『経験値酔いですね。私も、生きていた時はそれで恥ずかしい思いをした事があります』

「ああ、戦闘系ジョブに就く者なら、誰もが一度は経験する事じゃ」

 経験値は獲得すると、ある種の快感を覚える。ヴァンダルーの感覚では、充実感や達成感に近いと覚えていた。

 そしてその快感は、あまりに大量の経験値を得ると高揚感へと変化する。ランナーズハイや、徹夜明けの妙に高いテンション等の状態に成ってしまうのだ。


 それでヌアザやザディリスは若い頃に苦労したらしい。

『初めての実戦で経験値酔いになり、疲労感が飛んでそのまま弱い魔物相手に暴れまわったのですが……経験値酔いが覚めると今度は飛んで行った疲労感が戻ってきて、へばってしまいました。同年代の神官戦士の前で、随分恥をかきました』


「儂も似たようなものじゃな。初めて実戦を経験する頃は、何を倒しても大量の経験値が入るからの」

「私も覚えがありますね。はしゃぎ回る程ではありませんでしたけど」

「おや? 君は戦闘系ジョブには就いていないのに、経験値酔いの経験があるのかね?」


 ヌアザの思い出話に頷くザディリスに続いて口を開くタレア。彼女は生産系ジョブにしか就いていないはずだがと、聞き返すルチリアーノ。だが、疑問はすぐ解けた。

「ヴァン様がレベリングに連れて行ってくださいましたもの。その時に経験しましたわ」

 リタやサリア、元赤狼騎士団のリビングアーマーを着て行ったタロスヘイムの非戦闘員を対象にしたレベリングで、タレアはランク5のグールハイアーティザンにランクアップした。その際、経験値酔いも地味に経験していたらしい。


「ああ、あの時。じゃあ、タロスヘイムの国民は皆経験値酔いを経験している訳ですね」

『いや、儂は経験ないがの』

 各種職人や農夫などの生産系とされるジョブは、経験値を獲得するペースが緩やかに成る。生産系ジョブはそのジョブに関連する作業を行う事で経験値を稼ぐ。そのため、レベルやスキルが低い時期に大量の経験値が稼げる高度な作業を行う事は出来ないからだ。


 そのため本来は経験値酔いを体験しない。タロスヘイムの国民はヴァンダルーが通常なら行わない、高度なレベリングを行った為希少な例外なのである。

 しかしダタラのような職人の巨人種アンデッドは、既に鎚を振るえば並の兵士よりもずっと強いので、レベリングの対象外だったのだ。


『まあ、経験したい訳ではないが。それより本題は検証じゃろう? 話題を逸らして済まなんだの』

 ヴァンダルーが「じゃあ、ノーブルオーク帝国の件が落ち着いたらやります?」と言い出しそうな気配を察したのか、ダタラはそう言って自ら逸らした話題を修正しようとした。

 彼としてはレベルやランクを上げるよりも、女性だけで構成されたグールの職能班と工房で仕事をしていたいのである。


「あ、はい。まず肉塊ちゃんがレギオンに成った原因ですが、多分神の御業です。以上」

「師匠、ざっくりとし過ぎだろう。まあ、複数の神々が動いた結果らしいが」

 レギオンのステータスには、三柱の神の加護が表記されていた。

 ヴィダやアルダと同じく、ラムダの始まりの十一神。『空間と創造の神』ズルワーン、『時と術の魔神』リクレント、そして『オリジンの神』の加護だ。


 ズルワーンとリクレントは魔王グドゥラニス率いる魔王軍との戦い以降、力を取り戻す為眠りについていると言うのが一般的な認識だったが、意外な事に活発に活動しているらしい。

 ズルワーンは伝説によると異世界『アース』からザッカートやベルウッド達勇者を召喚する際、空間を操って世界を繋ぐ門を開いたとされている。その彼が動いたのなら、異世界『オリジン』に存在していたレギオンの前世である『第八の導き』と【ゲイザー】の魂をこのラムダに連れて来る事も可能だろう。


 リクレントも時間属性と並んで術を司る神で、全ての魔術師ギルドに神像やレリーフが祭られている。きっと何らかの術を用いてズルワーンを援護したのだろう。


 だが、「オリジンの神」が謎である。

「師匠、オリジンの神とはどんな存在なのかね? これまでの師匠の話では、全く聞かなかったのだが」

『それどころか、御子は『地球』と『オリジン』には神は存在しないかも知れないと、以前私に語っておられました』

 好奇心と困惑が混じった顔つきのルチリアーノとヌアザが尋ねるが、ヴァンダルーも首を傾げるばかりだ。


「俺も知りません。俺自身はヌアザに言った通り実在しない、少なくともこの世界の神々の様に人格や独自の意思を持つ神は居ないと思っていましたから」

 ヴァンダルーは地球に居た頃は、あまり信心深い方では無かった。だが、無神論者でも無かった。


 何となく、超自然的だったり超越的だったりする、人間の知恵や認識の及ばない神的な存在が何処かに居るのだろうと、漠然と考えていただけだ。


 その後地球で死に、ロドコルテの存在を知り「神は存在する」と分かった訳だが。だが、それで逆に地球やオリジンに独自の神が存在するのか疑わしくなった。

 ロドコルテの様に人格を持つ神が地球やオリジンに存在するなら、もっと奇跡やら悲劇やらが起こっているはずだと思ったからだ。


 特にオリジンには科学だけではなく魔術が実在する。霊魂の存在も、ヴァンダルーが死属性魔術に目覚める以前から、利用するという事は不可能でも実在する事だけは分っていた。

 しかし、オリジンでも神の存在だけは実在する根拠を発見できなかったらしい。

 宗教的な存在の有無はさて置き、魔術的には存在しているとした方が様々な事象の説明が可能であるため、存在していると思われると、専門書に小さく記載されているだけだった。


「だからもしかしたら居ないのかと。霊魂の輪廻転生はロドコルテが司っている筈でしたし。しかし、今回実在する事がはっきりした訳ですね」

 世界的な大発見である。オリジンの人々にそれを知らせる手段が無いけれど。


「それも、どうやら坊やに関心を持っている様じゃな」

「ありがたい事です」

 レギオンはズルワーンとリクレントから何のメッセージも受け取っていないし、そもそも助けられた記憶も無い。各々死んだ直後、次に目覚めたらあの状態に成っていた。


 だが、ズルワーンとリクレントがレギオンをヴァンダルーの元に態々転生させた理由は他に思い浮かばない。

 何故味方してくれるのか正確な意図は不明だが……神話で語られているよりも二柱の神はヴィダに対して友好的だったのか、自分達はアルダでは無くヴィダ側を支持するとの意思表示なのか。


 そしてラムダの神々にオリジンの神が協力し、レギオンに加護まで与えた理由は更に不可解だ。

 何せどんな存在なのかもヴァンダルーの知識に無い神だ。もし何かの奇跡でヴァンダルーを気に入ったのなら、彼がオリジンで存命中に、若しくはアンデッド化した後でも何かあっても良い気がする。

 そこまで推測して、ヴァンダルーは首を横に振った。


「まあ、神様には神様の都合があるのでしょうし、オリジンの神に関しては検証する材料が足りないので一先ず置いて置きましょう」

「確かに、どんな神格の神か分からんのではしかたないの。レギオンが受けた加護の効果が分かれば、多少は手がかりに成るのじゃろうが」


 そう言って、オリジンの神については暫く放置する事にした。かの神が何故手を貸してくれたのかは謎だ。ズルワーンが交渉か何かしてくれたのかもしれないし、単にロドコルテが嫌いなだけかもしれない。


 ロドコルテは各世界の神話や伝説に登場しない、輪廻転生を司るだけの神だ。そのため、各世界の神々との関係性が分からないのだ。

 少なくとも、フィディルグやメレベベイルから話を聞く限り、ラムダの神々……ヴィダ側ではあまり歓迎されていないらしいが。


『詳しくは言えませんが、糞です』

『屑です』

『ゲロ以下ッス』


『詳しくは語れませんが、私の触手が届く所に存在するなら絞め殺したい。そんな神です』


 それぞれフィディルグとメレベベイルにロドコルテについてヴァンダルーが質問した時の答えである。どうやら、昔にも何かやらかしたらしい。

 魂や輪廻転生の事を神としての立場からヴァンダルーに過去の出来事を詳しく語れないフィディルグとメレベベイルだったが、その印象は十分伝わっていた。


「とりあえず、ヴィダ神殿にズルワーンとリクレントの神像はありますよね?」

『勿論です、御子よ』

 現在ヌアザが取り仕切っているヴィダ神殿では、ヴィダ以外の神も祭られている。ヴィダに重傷を負わせた法命神アルダやその従属神、アルダ側に着いたとされる他の神の従属神の神像は撤去されたが、それ以外の神の神像はそのまま祭られている。


 ズルワーンとリクレントの神像も勿論祭られていた。

「じゃあ、これからは神殿に行く時は拝むようにしましょう。ラムダでは祈りは届くらしいですし」

 流石に神が全て把握しているとは思えないが。いつか神託っぽい物が送られてくるかもしれない。


「では、次はレギオンの元に成った肉塊ちゃんと、生金、そして消える銀だな。

 とりあえず、現時点でわかっている事だが――」

 ルチリアーノがそれぞれについて分っている事を発表する。


「まず肉塊ちゃんに関してだが、恐らく錬金術師が創り出そうとする三大奥義の内一つ。『生命の原形』で在ると思われる」

「……それは何でしょうか?」

「……創り出した本人が理解していないとは嘆かわしいぞ、師匠」


 女神謹製の蘇生装置を直せないかと魔改造して動かしたら、出来た。そんな感覚であるヴァンダルーに、ルチリアーノは残念なものを見る眼差しを向ける。

「三大奥義とは、神に至らなければ不可能とされる錬金術の至高の技だな。神々が生命を新たに創り出す時に使った物らしい。別名、『魂無き生命』だ」


「ヴァン様がダルシアお義母様の肉体にと、創り出そうとしているホムンクルスより凄いのですの?」

 勝手にダルシアを義母と呼ぶタレアの言葉に、ルチリアーノはうむと頷く。


「ホムンクルスは『人造の生命』。本来なら、『生命の原形』を創り出すための前の段階に位置付けられている。

 ホムンクルスも『魂無き生命』である事は同じだが、作成後の汎用性が異なる。ホムンクルスは精々人造人間にしかならないが、『生命の原形』は原理上ありとあらゆる生命体に変化させる事が可能とされているのだよ。

 鼠から、真なる龍や巨人まで、思いのままらしい」


『なんと龍までかっ! ボークスも倒せるのは精々竜止まりだというのに……御子よ、お前さんエライもんを作りだしたもんじゃ。って、何で寝ておる?』

「いや、ショックのあまり朽木の様にぶっ倒れかけただけじゃ」

 ダルシア復活の為にホムンクルスの作成も視野に入れていたヴァンダルーとしては、ホムンクルスの一段上の存在を自分が創り出していた事がショックだったらしい。ふらりと倒れかけたところを、ザディリスが抱きとめた。


 何故奥義が出来て奥義の一歩手前のホムンクルスが出来ないのか。ヴァンダルーにとっては不条理極まりない。

 ヴァンダルーはザディリスに抱き止められた姿勢のままルチリアーノに質問した。


「新しく肉塊ちゃんを作ったとして、それに母さんの霊を入れて復活させる事は可能でしょうか?」

 ルチリアーノはヴァンダルーでは無くザディリスに視線を向けた。

「ザディリス、師匠をしっかり抱き止めておいてくれたまえ。

 師匠、原理的には可能だ。可能だが、今の師匠では不可能だろう。あの肉塊ちゃん……『生命の原形』は完成した後も、周囲の魂を全く受け入れなかった。師匠も、何回か霊を入れてみようと試した事があるのだろう?

 だがそれが不可能だったと言う事は、恐らく創り出すのも利用するのにも、神に至るか至高の錬金術の技を身に付けなければ不可能だろう」


 因みに、既にヴァンダルーにとって「会いに行ける神様」であるフィディルグやメレベベイルに協力を仰ぐと言う手は、後日確認したら予想通り無理だった。それぞれリザードマン、触手の集合体、に成っても良いなら可能らしいが。


「ヴァン様、御労しいっ……」

「……のう、タレアよ。坊やを儂ごと抱きしめるのは止めい」


 たとえると、蒸気機関を作ろうとして何故か核融合炉を作ってしまったような状態らしい。

 成果としては凄いのだが、オーバーテクノロジー過ぎて作っても利用ができない。

「まあ、今回の様に位の高い神が動かない限り勝手に生物に成る事は無いだろうから、危険性は無いだろう」

 現状、毒にも薬にもならないようだ。


『……では、気を取り直して生金と消える銀について』

『【幽体離脱】しておる時点で、あまり気を取り直せてはおらんようじゃが……とりあえず、鍛冶師として儂が言えるのは、あれはどちらも金属であって金属では無い何かと言う事だけじゃ』

 ゆらりと身体から出てきたヴァンダルーの霊体に、ダタラが報告する。


『生金の方は形を変えるだけなら簡単じゃ。粘土のように柔らかいからの。じゃが、熱しようが冷やそうが柔らかいままで、しかも動き回って形も常に変わりおる。鎚で打とうとすると逃げる始末じゃ』

 以前ヴァンダルーが鉄と銅から作りだした、熱する程硬くなる液体金属死鉄と冥銅と違い、生金の加工方法にダタラは苦戦していた。


 温度の影響を全く受けない、粘菌のような生金は型に嵌めても意味が無く、鎚で打っても鍛造出来ない。

 タレアも生金を加工しようと奮闘していた。

「他の魔物の素材と混ぜて塗料や接着剤にしようとしたのですけど、全く駄目でしたわ。何と混ぜても動き回るのを止めようとしないのですもの。

 ただ、ダタラが生金を食べた時に面白い事が分りましたわ」

『これを加工法と言っていいかは、分からんがのう』


 タレアに指されたダタラが、微妙な顔つきで口を大きく開いて歯を剥き出しにする。そこには、太く白い歯に混じって数本の金歯が混じっていた。

「もしかしてその金歯は、生金ですか?」

『おお、元気に成ったな。うむ、口に入れたら勝手に儂の歯に成っての。その後は勝手に動かず、固まったままじゃ』


 気力を取り戻したヴァンダルーが見てみると、ダタラの金歯は本人が言ったように動かず歯の形に固まったままだった。

『この金歯が出来てから身体の調子が良くての。生命力が伸びて、まるで若返った様な気分じゃよ』


「この事から生金は通常の金属と同じ用途では使えず、アンデッドに直接使う事が食べる以外の用途だと思われますわ」

 生きている金属『生金』は、アンデッドなど生きていない存在の欠けている部分を補う事が出来る金属であるようだ。しかも、生命力を伸ばしアンデッドの健康状態も向上するらしい。


「アンデッドに使えるなら、リビングアーマーやカースウェポンになら使えるのではないかの。リタやサリアに試してやったらどうじゃ? アクセサリーにもなって一石二鳥じゃろう」

「確かに。今度試してみましょう。ところでルチリアーノ、この生金も錬金術の奥義か何かでしょうか?」


 まだザディリスの腕の中のヴァンダルーに問われたルチリアーノは、「さぁ、分からんよ」と首を横に振った。

「魂を宿していない生命体であるため、『生命の原形』に近い存在ではあるのだろうが、私も錬金術が専門では無いからね。……仮に専門家に聞いても、師匠が創り出す謎物質について知っているとも思えないが。

 尤も、消える銀の方は奥義の一つ『霊の原形』だろう」


 レギオンだけがその存在に気がつき、吸収する事が出来た消える銀。その結果から、ルチリアーノは『霊の原形』であると推測していた。

 神代の時代、神々は『霊の原形』を使い自らの分霊や御使いを創造し、人種やエルフ、ドワーフを産みだす時にも『生命の原形』で肉体を、『霊の原形』で精神を創りだしたと神話には記されている。


「ただ、錬金術の三大奥義で最も謎に包まれているのが『霊の原形』だ。殆どの魔術師は、概念上の存在で実在はしないと考えている程で、神話にも伝説にも具体的な記述は一切無い。

 だから正確な推測は出来ないが、レギオンは『生命の原形』である肉塊ちゃんと『霊の原形』である消える銀が合わさった物に、ズルワーンとリクレントが異世界オリジンから連れて来た魂達をブチ込んだ結果誕生した生命体なのだろう」


 っと、言う事らしい。ルチリアーノにとってもオーバーテクノロジー過ぎて、そんな推測しか出来なかったらしい。


「神様のやる事にしては、雑な気がしますわね。どうせなら、一人一人別れた状態で人種か何かとして転生させれば良かったでしょうに」

『まあまあ、そう言わずに。何か事情か、出来ない訳があったのでしょう。それにもしかしたら、あの異形の姿でなければ成しえない、何かがあるのかもしれません』


 もしズルワーンやリクレントが聞いていたらタレアの言葉にいじけ、ヌアザのフォローにサムズアップで返した事だろう。


「そうなると、銀の使い方が分りませんね。とりあえず、生金と同じようにアンデッドに使ってみましょう。レギオンに持ってもらわないと見失うので、試すのは後に成りますけど」

『それで御子よ、名称はどうするのですか?』

「では、『霊銀』と命名しましょう」


 消える銀や謎の銀改め、『霊銀』。錬金術の三大奥義の一つらしいが、銀から変化させるとヴァンダルーやアンデッドも見失うので、利用法を見つけるにもレギオンの協力が必要な、やや面倒な金属である。


「ところで、錬金術の奥義の残り一つは何ですか?」

「神の金属、オリハルコンの創造だよ。タロスヘイムでは師匠達のお蔭で、ややありがたみが薄いがね」

「ドラゴン型のオリハルコンゴーレム一体分あるからのぉ。儂の杖に使われておるし」

『それに、御子が魔王の欠片で、オリハルコンに匹敵する癖に加工しやすい素材を幾らでも生やせるんじゃ。ありがたみが薄くて当然じゃろう』

「改めて考えると、私達本当に恵まれていますわね」


 検証も、これ以上は詳しくは出来ないという意味で終わり、話題が雑談へと移り始める。

 このまま暫く雑談に興じたら、「また明日」と解散するのだろう。

 そんな時に、ヴァンダルーはふと頭上から視線を感じて天井を仰ぎ見た。


 この地下工房の天井は、建造物としては格別に高い。だが、その天井より低い位置に、不自然に歪んだ『穴』が開いているようにヴァンダルーには見えた。

「あれは……」

 『穴』から見えたのは、見覚えがある光る巨大な人型と、その前に並んでいる見覚えがあるような、無いような人影が十数人。


 レギオンから聞いた『ブレイバーズ』の死んだメンバーと特徴が一致する。……死んで無い筈の連中も何故か混じっているが。

 それは兎も角、緊急事態である。

「坊や、誰かの霊でもそこに居るのかの?」

 ロドコルテと転生前の転生者達が何をするつもりなのか、何が出来るのか分からないし【危険感知:死】にも反応は無いが、とりあえず皆を下げるべきだろうか。


「皆、下がって――」

 心臓を鷲掴みにされるような苦しさと急激な【危険感知:死】の反応を覚えたと同時に、ヴァンダルーは彼等が何をするつもりなのか理解した。


 宣戦布告や話し合いの呼びかけ、偵察の為では無い。

 攻撃だ。




・素材解説:生金


 死属性の魔力を浴びて黄金から変化した、生きている金属。錬金術の三大奥義の一つ、『生命の原形』に近い存在。

 生金単体では黄金と同じ重さの粘菌のような存在でしか無く、生きてはいるが戦闘能力も増殖もしない。黄金が蒸発するような高温や、絶対零度に晒されなければ活動を続けるが、活動しているだけで何が出来る訳でも無い。

 また、意思も自我も何も無い。霊を宿らせる事も不可能である。


 まず、用途は食べる事。食べる事で僅かながら経験値が得られる。また、能力値の内生命力を若干成長させる。

 更に生命力を補う力を持っており、健康な子供や若者には効果は表れないが、不健康な生物や不完全なアンデッドの状態を改善してくれる。


 欠けて、若しくは根元から無い歯、損傷が激しい臓器、骨等を十分な量を摂取すれば補う事が出来る。又、精力剤としての効果もある。

 魔物がこの金属を摂取するとランクアップ時に特殊な進化を遂げる場合がある。


 口の無い魔物(カースウェポン、リビングアーマー)の場合、身体に直接触れるだけでも効果が表れる場合がある。

8月1日に126話を、5日に127話を、6日に128話を投稿する予定です。

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