表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第六章 転生者騒動編
153/514

百二十三話 奴らが来る! けど、とりあえず南進優先で

「オリジンで、俺の敵に成る可能性がある連中が……転生者が何人も死にました。大体十人ぐらい」


 ヴァンダルーの言葉を聞いた者達の瞳に緊張感と鋭さが宿る。

『あの、海藤カナタのような奴らが十人も……陛下っ、出来るだけ早く殺さないと!』

「落ち着いて、まだ居場所が解らないわ。気持ちは分かるけど、大陸中を探し回るのは不可能よ」

 この中でヴァンダルー以外に直接転生者を見た事があるのは、レビア王女とエレオノーラの二人だけだ。


 その転生者、海藤カナタはかなりのゲスで、ヴァンダルーの前に現れる前に無軌道に殺人や強姦を繰り返した。その上土下座してみせて油断を誘おうとするなど、手口も卑劣極まるものだった。

 結果的にはヴァンダルーに一矢報いる事も出来ずに一方的に嬲り殺され、最終的に魂を砕かれ消滅したのだが。


 しかし、カナタがロドコルテから与えられたチート能力【グングニル】自体は強力だった。透過する対象を選択できる透過能力で、どんな防具も壁も魔術も透過して、一方的に攻撃する事が理論上は可能だ。透過する対象によっては大量の魔力を必要とする事以外、能力自体に弱点は無い。


 ヴァンダルーが一方的にカナタに勝てたのは、カナタがヴァンダルーを舐めきっていた事と、道中で悪事を侵す際【グングニル】を乱用した事で、自分が殺したハンナ達被害者の霊から情報が漏れたからだ。


 つまり海藤カナタと同じ強力なチート能力を持つ転生者が、彼とは違い用心深く慎重で、忍耐力を持つ人物だったら強敵に成り得る。


「ふむ、輪廻転生の神の加護を得た特殊な生命体か……師匠、出来れば肉片や遺髪、ダメなら遺灰だけでも構わないから、殺したら貰えないかね?」

「ルチリアーノ、それは気が早いでしょう。まだ居場所も分からないのですし」

「えーと、とりあえずそのレギオンちゃん? から聞いた話をヴァン君から聞いてから考えようよ。ボク、いまいち『ちーとのうりょく』ってのが分からないんだけど」


「長い話に成りますよー」

 ヴァンダルーはレギオンから聞いた話を、皆に話して聞かせた。以前倒した海藤カナタから殆ど情報が得られなかったため、これが初めて手に入れた転生者達に関する有力情報に成る。


 そしてヴァンダルー本人にとっては、ほぼ初めて分かった自分が死んだ後のオリジンの情報だ。

 正直、アンデッド化して暴れるまでずっとモルモット扱いされた世界なんて、自分が死んだ後どうなっていようが知った事では無い。しかし、死属性の魔力を失った事で世界中が大混乱に陥っている事や、研究所があった軍事国家が事実上解体されていたのは、良いニュースだった。


 ただ、アンデッド化した後助けた同じモルモット扱いされていた少女達が、雨宮寛人達に一旦保護された後別の研究所でまたモルモット扱いされたのは、良いニュースでは無かったが。

 レギオンの話だと雨宮寛人達は以前ヴァンダルーが推測した通り、国際救助隊のような存在だったらしいのだが。ちょっと無能すぎやしないだろうか?

「まあ、彼女達がまた実験動物扱いされたのは、助ける際に死属性の魔力を分けてしまった俺の責任も無い訳じゃないけぶ――」

『『『オオォォ……』』』

『待ってっ、レギオンっ! そんな事無いって言いたいのは分かるからっ、ヴァンダルーが埋まっちゃうからっ!』


 雨宮寛人達が正義の味方としてどうなのかはさて置き、その後に続く転生者達の死もヴァンダルーにとっては良いニュースとは言い難い。


「海藤カナタの後に死んだ三人……【韋駄天】の田中、【ウルズ】のマッケンジー、【ペルセウス】の鮫島。この三人はどうしたのだ? 海藤カナタが死んでから数か月の間に死んだのなら、転生してもうすぐ二年程は経つ筈だが」

 バスディアがヴァンダルーの話したレギオンの情報に出てきた転生者達の名前を上げて、首を傾げる。

 それぞれ、自分の時間を加速する事で高速で活動できる能力、一定空間の過去に起きた出来事を見る事が出来る能力、理屈は不明だが視認した相手を停止させる事が出来る能力を持つ転生者だ。


 ……『ブレイバーズ』のコードネームの基準を知らないヴァンダルーは、鮫島は【ペルセウス】では無く【メデューサ】じゃないのかと疑問を覚えたが、男性らしいから嫌がったのだろうと納得した。


「海藤カナタと違って普通に赤ん坊から転生したとも考えられますが、もしかしたら大人の身体で転生したが、カナタが返り討ちに成った事を何らかの方法で知って、作戦を変えたのかも。

 今頃俺を殺すために力を蓄えているのかもしれません。……恐ろしい連中です」

『ええっと……陛下、陛下に恐れをなして隠れ潜んでいるとか、他の大陸に脱出したとか、そんな可能性は?』

 レギオンの腕や脚の中で真剣に脅威論を唱えるヴァンダルーに、レビア王女はそう質問した。


 実はレビア王女の意見の方が真実に近い。

 オリジンでカナタの悪行が知れ渡った事と彼を殺した【メタモル】の獅方院真理が野放しに成っている事で生じた混乱の結果、田中達三人はそれぞれ一人で任務に就いている時に絶対的に不利な状況に追い詰められてしまい、更に致命的なミスを犯した結果、ロドコルテが与えた幸運でも敗北を免れられず、死亡してしまったのだ。


 実は「転生者はどれくらいで死ぬのか」を調べようとした【アバロン】の六道聖が、一人で任務に就くように情報を操作して試していたという真実が隠されているのだが、流石にそれはロドコルテと田中達本人、彼等の後に死んだ転生者しか知らない。


 そして全てを知った田中達は、怒りや恨みではなく戦い続ける人生に疲れを覚えた。

 それに、【グングニル】の海藤カナタは転生者全体の中では戦闘能力が高い部類だった。そのカナタがヴァンダルーに対して一方的に負けた事実を知った彼等は、自分ではとてもヴァンダルーに勝てないと考えて彼に関わる事を拒否して通常通り赤子から転生したのだった。


『いやいや、最悪の状況を想定するのは、間違っちゃいませんぜ』

「それに、異世界の神や英雄の名を二つ名として名乗っている異世界の自称勇者なのだろう? カナタと言う奴は相応しくない外道だったようだが、他もそうとは限らないだろう」

 しかし元軍人のキンバリーや、最近魔術も使えるようになったが戦士的な思考が強いバスディアはそうは思わないようだ。


 二人の中の『ブレイバーズ』は、どんな困難に直面しても揺るがない不屈の闘志と鋼の信念を併せ持つ、恐ろしい戦闘集団であった。


『……』

 レギオンは二人の意見を特に訂正しようとはしない。

 レギオンの元に成った『第八の導き』も【ゲイザー】の見沼瞳も、誰も田中達がどんな性格だったのか知らないからだ。


 当時既に『第八の導き』は活動を開始しており情報収集を始めていたし、【ゲイザー】の見沼瞳も元仲間だったので名前と能力くらいは知っていた。しかし、それらは世間向けに公表された情報だ。そのため、本当の人柄までは分からない。


 それに村上達からも、死人の情報は必要無いとあまり詳しく聞かなかったのだ。


 ……それに、実は転生したばかりのレギオンはラムダで使われている日本語があまり得意では無かった。ブレイバーズの殆どが話せる言語だったので、ある程度分かるように学んでいたが、所詮はある程度。文字を読む事は出来るが、会話は口調が速いと断片的にしか理解できなかった。


『確かに……オリジンがどんな所か分かりませんが、全員があのカナタのようなゲスばかりだったら、幾らなんでも勇者達なんて名乗っていられませんよね』

 そしてレビア王女も『ブレイバーズ』脅威論に流されつつあった。実際の人柄は表向きの顔と違うなんて話は、多い。彼女自身も二百年前のハートナー公爵に騙されて謀殺された経験から、それを知っている。


 しかし、カナタ程の者はそういないだろうと思ったようだ。実際には幾人か【マリオネッター】や【デスサイズ】等程度がカナタに近い者が居るのだが……彼等も海藤カナタの死に様をロドコルテに教えられれば、本性を隠して用心深く立ち回ろうとする可能性がある。


「それで、その三人以外の転生者はどんな人達なの?」

「それは能力と名前以外も、ある程度は性格まで分かるそうです。裏切る前提でしたが、何人かとは協力関係にあったそうなので。殺し合うまで」


「……こんな見た目の割に、腹芸も出来るのね」

 ともすれば、知能があるのかも疑わしく見える外見のレギオンにエレオノーラが感心したように言った。

「いっぱいあるもんね、お腹」

「パウヴィナ、そう言う意味じゃないわ」


 むぎゅっとレギオンを抱き締め始めたパウヴィナ。どうやら、レギオンの抱き心地は悪くなかったらしい。


「とりあえず口頭で説明しますね。あ、ヤマタ、書類を配ってください」

 ヴァンダルーが口で説明する間、彼の秘書のヤマタが同じ内容が書かれた書類を配る。彼女は変異種のヒュドラの死体の頭部を切断し、代わりに異なる種族の美女九人の上半身を縫い合わせたパッチワークヒュドラゾンビである。


『くばるるぅ♪』

『おおぃ、たくさん……』

『つよお゛ぃ?』

 彼女は自分と同じように上半身のパーツの数が多いレギオンに興味があるらしい。

『『『ぁぁううぅ?』』』

 興味を持たれているレギオンは、困惑するばかりだったが。


 その間もヴァンダルーの説明が続く。


 五感で捉えたあらゆる偽りを看破する【監察官】の島田泉

 スーパーコンピューター以上の【演算】能力を持つ、【ラプラスの魔】の町田亜乱

 特殊空間に大量の物資や人員を収納して運ぶことが出来る【ノア】のマオ・スミス

 神から神託を得る事が出来るとされる【オラクル】の円藤硬弥


 触れた相手の肉体の支配権を奪う【マリオネッター】の乾初

 顔を見た相手の心臓を止めて即死させる事が出来る【デスサイズ】の近衛宮司

 身体を気体に変化させる事が出来る【シルフィード】の美佐・アンダーソン

 任意に五感を強化できる【超感覚】の後藤田薫


 数秒先の未来が見える【オーディン】の狭間田彰

 透視能力等の複数の視覚に関する能力を併せ持つ【千里眼】の天道達也

 あらゆる魔術の働きを消す事が出来る【メイジマッシャー】の三波浅黄

 熱や炎を操る【イフリータ】の赤城晶子


 以上がレギオンの知る死亡した『ブレイバーズ』の面々だ。

 実際には【クロノス】の村上淳平や【ヴィーナス】の土屋加奈子に加え、【ヘカトンケイル】や【アイギス】の計四人も死亡しているのだが、その前に最後に残ったプルートーが死亡しているため、レギオンはそれを知らない。


 また、レギオンがヴァンダルーに教えたブレイバーズの能力の内幾つかには正確では無い情報が含まれている。これもレギオンの元である『第八の導き』達の知識に正しい情報が無い為だ。


 以上の説明を聞いた一同は、共通した感想を抱いた。


「ヴァン様、【演算】と言う能力がどんなものなのか、よく解らないのですけれど」

 一同を代表してタレアが質問する。当然、ラムダにはコンピューターと言う概念が無い。物理学も未発達で、一般人が知る数学は、実際には算数のレベルで止まっている。


「やっぱりそう思いますか。ええっと、凄く計算が速い能力です」

「それは凄いかもしれないが……何の役に立つんだ?」

『残りの魔力で後何回魔術や武技が発動できるか程度の計算なら、誰でもできるぜ』

 バスディアとボークスは首を傾げる。他のメンバーも同じような顔つきだ。


 別に計算能力が下らないと思っている訳ではない。ただ、仮にも神が与える能力、固有スキルとして適当なのか不思議で仕方ないのだ。

 もしプロの建築家がいれば、その価値の一端を理解できたかもしれないが、タロスヘイムにはヴァンダルーぐらいしか居ない。


 そして、そのヴァンダルーも地球ではただの高校生だったため、物理学や高度な数学の知識は無いので詳しい説明は出来ないようだ。

「多分、高度な建築や土木工事に有用なんですよ」

『そう、なのか?』

 具体的な役立て方を知らないまま、うろ覚えの知識でそう説明すると、ボークス達も多少は納得したようだ。


 まあ、何故そんな力の持ち主が『勇者達』の一員なのかという疑問も覚えたようだが。ただ、戦闘以外で活躍するタイプなのだろうと直ぐ考え直したらしい。


「他の連中の力はそれぞれ一人だけならなんとかなりそうね。不意打ちを受けなければ」

「うん、中には明らかにヴァンダルー君の下位互換の人とか居るもんね」

「いや、俺のは魔術ですからね」

『魔術でユニークスキルの効果を楽々再現できるのですから、凄いですよ』


 以前始末した海藤カナタの【グングニル】の様に、どれか一つだけなら転生者のチート能力はどうにかなりそうだと言う印象がある。

 特にヴァンダルーなら。


 【デスサイズ】の即死チートで心臓が止められても、【幽体離脱】して戦えば良い。その後、脳に致命的なダメージを受ける前に自分で心肺蘇生を施せば蘇生できる。

 【マリオネッター】にしても、神経細胞を支配して他人を操る力のようなので、やはり【幽体離脱】で問題無い。

 それに上記の二人の能力は、骨や鎧しかない骨人やリタ、サリア、ゴーストのレビア王女達には役に立たない。


 魔術を消す【メイジマッシャー】は厄介だが、その場合は【魔王の欠片】を発動させ、物理で殺せば良い。何なら、ボークスやベルモンドでタコ殴りにしても構わない。


 そう言う意味では【オラクル】や【千里眼】は逃げに徹されると厄介だが、逃げに徹するならこちらも放置するだけだ。


「ただ、海藤カナタを旦那様が消した事を彼等も知る事に成るでしょうから、旦那様を狙う場合他の仲間と協力して挑んで来るのではないでしょうか?」

『そうなると、途端に厄介さが増しそうよね』


 『ブレイバーズ』がチームを組み、各々の能力を組み合わせて使ってくると途端に厄介に成る。それに、彼等はただチート能力頼みの集団では無い。

 ロドコルテによって身体的な素質が、何より魔術的な才能が与えられているからだ。


『『『お゛あ゛おぉうぅ』』』

 皆の反応を見たレギオンの頭部の内幾つかが詫びるように項垂れる。多分、一度に複数の転生者達を殺してしまった事を悔いているのだろう。

 パウヴィナに抱きしめられる圧迫感で苦しんでいる訳では無い。


『ハンナ達から聞いた話では、海藤カナタは途中で止めてしまいましたが、冒険者ギルドに登録してジョブに就こうとしたそうです。だから、この世界に転生しても自然にジョブに就ける訳ではないと思います。ですが、かなりの魔術の使い手で、他にも幾つかスキルを獲得していたそうです』


 『ブレイバーズ』は全員がオリジンでは一流の魔術の使い手であり、更に軍事訓練を受けている。だがラムダには火薬や銃は存在せず、オリジンの最新装備、手袋に内蔵出来るサイズの魔術媒体等は存在しないので、その実力をすぐ発揮する事は難しいだろう。

 海藤カナタを参考に考えると、多分冒険者ならC級からB級相当程度だろうか。


「それが百人と言うのは凄いけど、勇者って言う程?」

 エレオノーラが言う様に、ラムダでは勇者を名乗るには、ハードルは高い。山を断ち、海を割るA級冒険者に成っても、中々勇者とは呼ばれない。S級冒険者に成ってやっと、名乗る事が許される程だ。


「でも、素の状態でC級からB級なら、ラムダでジョブに就いたりして時間をかけて鍛えれば数年でA級、十年もすればS級に成ると思うのですよ」

 逆にラムダにはオリジンに存在しないジョブやスキルによる補正、魔物の素材や金属がある。転生者達がそれらを活用して力を蓄え装備を充実させれば、確かにA級相当の実力はつくかもしれない。


 そこに転生者同士の連携が揃えば、危険極まりない戦闘集団の出来上がりだ。

「まあ、転生者同士みんな仲良くとは行かないようですが。異世界で裏切りや殺し合いがあったようですし。まあ、それを言うなら俺を殺そうとするかもまだ不確定ではありますが」

 ロドコルテに報酬を約束されても、仲違いを警戒して全員でパーティーを組んで来る事は無いだろう。


『それに関しちゃあ、連中の人となりを知っている陛下なら予想出来るんじゃ?』

『その辺りどうなの?』

 キンバリーとオルビアに質問されるが、ヴァンダルーは「それは分かりません」と首を横に振った。


「元々、どんな人達か分かるほど親しい関係じゃなかったので。それに三十年近く経っていますし、地球にいた頃とは人が変わっていても……変わっている方が普通でしょう」

 当時友達一人いないボッチだったヴァンダルーだが、クラスメイトや教師、目立っていた生徒の顔と名前ぐらいは憶えている。


 逆に言うとそれぐらいしか覚えていない。しかも一度転生しているせいで名前や、人種が変わっている者までいるらしい事が、レギオンから聞いた情報ではっきりしている。

 誰だ、マッケンジー、美佐・アンダーソンにマオ・スミスって。そんな名前の生徒が学校にいたら、いくらボッチでも忘れない。フェリーに乗り合わせた乗客や、乗員としても考え難い。随分薄れているが、記憶では日本人しか居なかったような気がする。


 そして当然、フェリーの従業員の名前と人柄何て覚えている訳がない。


「あっ! そうだっ、その転生者って人達がここで生まれてくる赤ちゃんに生まれ変わったらどうしよう!?」

 プリベルの言葉に、全員がはっとした。輪廻転生システムの秘密を知る神々ならそれは無いと保証できるが、それは神々の秘密だ。

 このタロスヘイムで暮らす人々や魔物がヴィダ式輪廻転生システムに【導き:魔道】で導かれており、ロドコルテが干渉できない事を、誰も知らない。


「大丈夫だよ、皆ヴァンの事好きだもん」

 しかし、パウヴィナがそう断言すると、高まりかけた緊張と同様の空気が一気に弛緩した。

「確かに」

『問題無いな』

「それもそうね」

『やったわね、ヴァンダルー! あなたの日ごろの行いが良いからよ』


 実際には、【魔道誘引】や【導き:魔道】スキルのお蔭だからだが。現在、基本的にタロスヘイムの国民はヴァンダルーの【魔道誘引】スキルの影響下にある。

 そこに上記のスキルの影響を受けない異物が混じれば、ヴァンダルーならすぐに解ると言う事だ。


「日頃の行いって、大切ですね」

 尤も、輪廻転生システムが異なるので、最初からしなくても良い心配なのだが。


「話を戻すと、転生者達の人柄はレギオンの方が詳しいと思います」

 復讐の標的として狙い、馴れ合いはほぼ無かったが【クロノス】の村上淳平をリーダーにした十人の転生者達と、一年以上協力関係にあったのだ。

 多少なら性格も分かる。


「それに寄ると、【マリオネッター】はかなり、【デスサイズ】はちょっと、程度の差は有りますがカナタっぽいです」

『なるほど……深刻な女の敵ですね』

『ヴァン君、そんなリックみたいな屑野郎、積極的に殺さないと』

「旦那様、危険な能力を持っているようですし、お二人の言う通りその者達は早急に始末するべきかと」

 レビア王女はハンナ達海藤カナタの被害に遭ったゴースト達と親しく、オルビアとベルモンドは本人がそれぞれ結婚詐欺と連続猟奇殺人犯の、そして集団暴行の被害者である。


 自身のトラウマが刺激され、怒りが沸き立つのだろう。


「確かに、殺せるなら殺すべきですよね」

 【マリオネッター】の乾初は、『第八の導き』の女性メンバー相手に『ブレイバーズ』時代にチート能力を使って性犯罪に手を染めた事があるらしい事を、武勇伝風に語って匂わせていたらしい。重度のハラスメントである。

 【デスサイズ】の近衛宮司も似たようなものだ。彼の能力を他人の心臓を止めて即死させるものだとしか知らない『第八の導き』やヴァンダルーは、恐らく相手を殺すと脅したのか、それとも殺してから汚したのだろうと推測していた。


 ……真実は、【デスサイズ】は心臓だけでは無く手足やエンジンなど、運動している物体を停止させる能力なので、近衛宮司の手口はそれで異性の動きを止めて犯行に及ぶというものだったのだが。

 自分の言動のせいで犯行の凶悪さが実際よりも高まってしまった。これも自業自得である。


「後、【オラクル】の円藤硬弥は……人格は兎も角、諸事情により話を聞いてくれるかは不明です」

『ア゛オォォ……』

 レギオンの中でも輪郭が絶えず変化している顔が声を上げる。


 【オラクル】の円藤硬弥はオリジンでのヴァンダルーの死に様を演出し、それを理由に『第八の導き』のメンバー『シェイド』に肉体を乗っ取られ、殺された男だ。

 人柄は理性的なようだが、自分も殺された今彼が何を考えているか分からない。自分も殺されたのだから、ヴァンダルーに対してやった事は相殺され、帳消しに成ったと感じている可能性もある。


「島田泉さんは、地球ではしっかり者で正義感が強そうな人でした。学級委員――頭の固い官僚って感じで」

 嘆いているらしいレギオンの頭を撫でながら、記憶を辿ってそう言うヴァンダルー。途中で例えを変えると、ピンとこなかった様子のボークス達も彼女がどんな人柄なのか察したようだ。

「私はよく解らないが……拙いのか?」


『バスディアの姉さん、うまくは無さそうですぜ』

「ヴァンダルー様の恐ろしさに反発を覚えそうな性格をしているって事よ」

 頭の固い官僚に関する嫌な思い出があるらしいキンバリーと、エレオノーラが顔を顰める。


 ヴァンダルーがこれまでしてきたことは、地球の常識から見れば悪党以外の何物でもない。オリジンで島田泉がどう変わったのか分からないが、彼の今までの行いを知ったら眉を顰めるのではないだろうか。


 実際には、円藤硬弥と島田泉はヴァンダルーにとっては比較的『話し合いが成立する』相手なのだが……ロドコルテがそうであるように、ヴァンダルーも彼等側の情報を得る手段が酷く限られている。そのため、実際とは逆の推測をしてしまった。


「まあ、彼女の力は偽りを見抜く【監察官】らしいですし、戦いは苦手らしいので、俺の前に現れるにしても一人ではないでしょう。

 他に知っているのは三波浅黄ですが……一言で言うと、ウザイ奴です」


「ウザいって、面倒な人達って事?」

『そうとう面倒臭い奴等なんだね。ヴァン君、今凄く疲れた雰囲気だよ』

 パウヴィナとオルビアが言う様に、ヴァンダルーにとって浅黄の印象は「面倒」、もしくは「ウザイ」の一言に尽きる。


 運動部で体育会系、何事にも熱意があって友情に厚い、熱血的な性格。そして、自分の価値観を他人に押し付ける……いや、自分が正しいと思う事を他人にもやらせる事を善行であり義務だと思い込んでいる様な男だった。


 浅黄と同じ、若しくは近い価値観を持っている人物や、他人と連帯感を覚える事に安心や幸福を覚える人物なら、彼は善人なのだろう。

 しかし、当時のヴァンダルーにとっては迷惑でしかなかった。


 たいして打ち解けなかった教育実習生が高校から大学に戻る時に、寄せ書きを作って贈るぐらいなら別にいい。

 しかし帰宅部の生徒を強引に部活に体験入部させ、それで結局入部しない生徒に言い分も聞かず高校生活の意義を熱弁するのはどうなのだろうか。


(当時のあいつ、担任教師以外からのウケが良くて、クラスでも一目置かれていて誰も止めなかったから大変だったなー)

 地球に居た頃のヴァンダルーは、浅黄が起こす騒動に何時も巻き込まれていた。浅黄も別にヴァンダルーを標的にしていた訳ではないのだが、当時のヴァンダルーが彼と真逆の学校生活をしていたため、常に彼が指導する側にヴァンダルーが居たのだ。


「流石にあれから時間も経ったし環境も変わったはずだから、当時の性格のままと言う事は無いだろうけれど……地球から合計すると四十七か八年ぐらい生きているはずだし。

 でもあのままだったら精神的な疲労感だけで過労死するかもしれない」

 今思い出しても、嫌な思い出。三波浅黄を例えるなら、そんな奴だ。


 しかし、レギオンの記憶に残る浅黄の言動から推測すると……微妙に悪化している様な気がする。


『ヴァンダルーが、過労死っ!?』

「一日で三日分は働いてケロリとしているヴァンが、たとえでも過労死を口に出すとは……」

『そ、そうとう面倒な人なんですね……』

「旦那様、それは最早一種のユニークスキルの域ではないでしょうか?」


「いや、そこまでじゃないですけど」

 ヴァンダルーの予想を超えて大きな衝撃を覚え、戦慄している様子のダルシア達。彼女達はヴァンダルーから地球がどんな世界なのか聞いているが、やはりそれだけではラムダや現在のヴァンダルーを中心に考えるのは避けられないらしい。


「まあ、村上先生が死ななかったのは幸いでした」

 ヴァンダルーが地球に居た時の高校の担任教師、村上淳平。彼の記憶に残る村上は、教師としての義務は平均的に行うがそこからはみ出るのを極端に面倒がる人物だった。

 生徒の指導を浅黄に丸投げし、間違っても生徒の家庭環境や進路について相談に乗るタイプでは無い。


 伯父夫婦が修学旅行に行くための金を出してくれないので、アルバイトをして自力で稼ぐため当時のヴァンダルーが学校で定められていた書類、通称バイト届けを提出しようとした時に発した村上の言葉は、今も覚えている。

『お前なんて居ても居なくても変わらないのに、そんなに行きたいのか、修学旅行?』

 そして受理の判子を本当に面倒臭そうに押したのだった。

 結果的に、その修学旅行に参加したせいで地球での人生が終わったので、この事を恨んでいる訳でも無いのだが。


(気に成るのは、村上先生がオリジンに転生後最も人が変わった事なのですよね)

 海藤カナタのような当時十代の少年だった人物が、不意に手に入った力と二度目の人生に溺れて無軌道な悪行に走るのは、想像できなくもない。


 しかし当時すでに成人していて、良い教師では無かったものの犯罪者でも外道でも無かった村上淳平。

 彼が同じ転生者仲間で元担任していたクラスの生徒を裏切り、騙して殺す。そこまで堕ちるものなのか。それがヴァンダルーには不思議だった。

 それ故に、このラムダに彼が転生して来た後何を考えどう行動するか予想がつかない。


 彼がオリジンで死なず、他の転生者から情報を収集できる間が出来た事は、自分にとっても幸運だったかもしれない。

 そう既に村上が死んでいる事を知らないヴァンダルーは思った。


「さて、とりあえず現時点での報告は以上です。新しい情報をレギオンが思い出したら、また聞いてください。

 後、この情報は『蝕王通信』の一面にも載せますので」

 蝕王通信。タロスヘイムで最近発行されるようになった新聞である。基本的に月刊で、タロスヘイム各地での出来事や開催される催し物、イリス率いる『サウロン解放戦線』から入ってくる外の情報等が掲載されている。


 因みに、現在編集長も記者もヴァンダルー一人である。行政府と報道機関の一体化を憂う有志の就職が待たれている。


「うーん、あれ漢字が多いからボク苦手なんだよね。もうちょっと平仮名を増やしてくれない?」

『それと陛下、気がつくと燃えている事があるので、蝕王通信の耐火加工を希望します!』

『あ、アタシは耐水加工希望!』

「ヴァンっ、クロスワードパズルもっと増やして!」


「プリベル、もっと漢字を覚えましょう。でも、確かに一般向けではないかも知れませんから考慮します。

 レビア王女とオルビアは炎と水のコントロールをもうちょっと頑張ってみてください。ダメなら考えます。

 パウヴィナが好きなクロスワードパズルは、集めた本を出版する予定です。もうちょっと待ってください。

 あ、ちなみに二面はレギオンの紹介です」


「確かに、教えてもらわないと不意に遭遇したら新種の魔物と勘違いされそうだしな」

『『『『ア゛ァァァ』』』』

 こうして為政者とその周りの人々の都合で内容が決定されるのだった。タロスヘイムの報道に、権力を監視する役割は皆無である。


 そして一転して和やかな空気のまま、朝の報告会が終わろうとした時だった。


『陛下、沼沢地の哨戒を行っていた骨人より報せが。沼沢地南端にて、異変が起きているようです』

 チェザーレがその知らせを持って来たのは。


『恐らく、ノーブルオークの帝国で何か異変が起きているのかと。早急に対処すべきだと思われます』

「確かに、何時来るか分からない転生者よりそっちに対処した方が良さそうですね。

 沼沢地の南端に見張りを配置。偵察用のアンデッドを放ちます。その後、部隊を編成して様子を見に行きましょう」


 転生者達は海藤カナタの様に成人した身体でラムダに転生してくる場合があるが、その場合の実力は冒険者に換算するとB級ぐらいだ。その程度の実力なら、全員でパーティーを組んでも境界山脈を越えるのは難しい。

 なら警戒は『サウロン解放戦線』に任せて、自分達は地続きのノーブルオーク帝国に対処するべきだろうとヴァンダルーは考えた。


「じゃあ、部隊の選考基準を発表します」

7月28日に124話を、29日に125話を、8月1日に126話を投稿する予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
つーか、デスサイズでヴァンダルー狙ったら深淵で跳ね返るんじゃw
[一言] 村上は単純にクズなんですね カナタはなんか欲望に忠実なクズだけど
[良い点] いつもとおりほのぼのの所。 [気になる点] レギオンの進化先。いろいろ夢が膨らむ。 [一言] 展開が変わって楽しみです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ