百二十二話 待ち受ける脅威と、迫り来る脅威
ロドコルテから天宮博人、オリジンでは『アンデッド』に転生し、現在のヴァンダルーの情報を渡された転生者達は、『ブレイバーズ』組と村上達離反組に関わらず、一様に顔を青ざめさせた。特に【オラクル】の円藤硬弥はその場で膝から崩れ落ちていた。
尤も、青ざめた理由は二組それぞれ異なっていたが。
『なんてこった! あのアンデッドがあいつ……天宮博人っ、俺達の仲間だったなんて!』
自分達が元クラスメイトをただのアンデッドとして退治していた事に、更にその仲間が最後に助けた『第八の導き』を無知から非人道的な研究所に渡してしまった事に思い至った三波浅黄が、頭を抱えて叫ぶ。
天道と赤城、マオも同じ気分だったが、浅黄は元同じクラスメイトだったために受けた衝撃はより大きかった。
『あんな良い奴に、成美を命がけで助けようとした奴に俺達は、何て事をっ!』
『えっ!? 三波、あなた天宮君の事を覚えているの!?』
頭を抱えたまま嘆く浅黄に、泉が驚いて聞き返す。クラスメイトで学級委員だった自分が当時の天宮博人を覚えていないのに、彼が覚えていたのが余程意外だったのだろう。
『当たり前だっ、あんな良い奴を忘れる訳ないだろ!』
『具体的には?』
『具体的にって、ほら、成瀬が落ちそうになった時、庇って代わりに海に落ちただろ。あんな事、そうそうできるもんじゃない。そんな良い奴を俺達は』
『いや、それは成美から聞いた話で、直接見た訳じゃないでしょう? それ以外に何か覚えては……いないのね』
そう重ねて言われると、浅黄は記憶を探ろうと忙しなく目線を彷徨わせたが、結局『いや、でも良い奴だろ?』と言った。
『たしかに、話した事は無い。ただ、悪い噂も聞かなかったから、良い奴だろうと思ってた……』
どうやら、浅黄も泉と同じで「覚えていない事を覚えている」程度だったらしい。
浅黄以外にもこの場には【デスサイズ】の近衛宮司や、【ヴィーナス】の土屋加奈子の二人のクラスメイトがいるが、二人が何も言わない事から推測するとやはり彼の事を覚えていないらしい。
『改めて私の【監察官】の弱点が分かったわ……』
本人が本当だと思い込んでいる事は、偽りだと認識されない事が改めて分かった瞬間だった。
『地球での奴との思い出なんかどうでも良いだろ、どうせ誰も覚えちゃいない』
【クロノス】の村上淳平、当時天宮博人のクラス担任教師だった彼はそう言うと、話題を強引に変えた。
『問題は奴が俺達を恨んでいる可能性が高いって事と、俺達が奴を殺せるのかって事だ』
村上達が青ざめた理由は罪悪感では無く、自分に殺意を持っている存在が来世で待ち受けているという事実だった。
しかもそれが『アンデッド』……『第八の導き』に力を与えた存在だと言うのだから、彼にとってかなり拙い事態だ。
『【ゲイザー】も『第八の導き』も、奴の所に居るんだよな? きっと今頃ただでさえ恨んでいる俺達への殺意を更に燃やしているはずだ。クソっ!』
『いや、本人は意外とドライだったらしいけど……村上さんよ、あんたにも海藤カナタが見聞きした記録は渡っているよな?』
毒づく村上に亜乱がそう尋ねる。ロドコルテが渡した情報には、転生者の中で二番目に死んだ【グングニル】の海藤カナタがヴァンダルーを殺そうとし、消滅するまでの情報も含まれている。
何人かは「生まれ変わってもゲスはゲスか」と呆れたが、実際ヴァンダルーは彼を消滅させる前に「関わらないでくれればそれで良い」と言っていた。
『オリジンで俺達……『ブレイバーズ』に退治されてここに来たばかりの頃は正気を失う程怒り狂っていたらしいけど、今では彼も周囲の環境が変わって時間も過ぎた。この馬鹿の馬鹿な誘いに乗って、馬鹿やらなけりゃ、大丈夫だと思うよ』
『亜乱、この馬鹿と言うのは私かね?』
『そう、あんただよ、馬鹿』
平然と上司の神を馬鹿呼ばわりする天使(御使い)の亜乱。尤も、馬鹿呼ばわりされたロドコルテも気にした様子は無い。元々亜乱や泉が自分に敬意を払っていないのは分っているし、二人の目的が仲間の安全でありヴァンダルーへの刺客に利用しようとする自分の目的と反目しているのも、分りきった事だからだ。
『それに、ヴァンダルーは魂を砕く事が出来るの。カナタが『何度死んでもまた生まれ変わって狙い続ける』なんて馬鹿な事を言ったせいで、あなた達がヴァンダルーを殺そうとして返り討ちに遭ったら死ぬだけじゃすまない。きっと何を言っても魂を砕かれて、消滅させられるわよ』
そして泉がヴァンダルーに敵対するリスクについて説明する。普通なら「魂を砕かれる」なんて言われても、その恐ろしさが実感できないだろうが、地球とオリジンで合計二度死に転生を経験している転生者達にはそれが出来た。
取り返しのつかない、完全な終り。こうしてロドコルテの元に還る事も無く、万が一の奇跡すらあり得ない。
『逆に言えば、魂を砕けるのは彼だけ。彼に敵対しない限り、魂を砕かれる事は無いわ』
魂を砕かれる恐ろしさを説き、そこからヴァンダルーに敵対しないように訴えようとした泉。
『いいや、無理だねっ』
しかし、【デスサイズ】の近衛宮司が彼女の声を遮った。
『おい宮司、どう言う事だ?』
『ダグ、お前等まさかヴァンダルーの言葉を信じるのか? あんな何を考えているか分からない、人を殺す時も表情一つ動かさない奴が口先で言った言葉をよぉ。それに、それはカナタが演技で土下座した後言った言葉だぜ。あいつの言葉も演技じゃないと何で言える?
それともっ、この中にあいつは口に出した事は絶対守る信用できる奴だって断言できる奴はいるのか!?』
『確かに。この神様から貰った記録には、あいつは何時も死んだ魚みたいな目をして、不気味な無表情で口調も台本でも読んでいるみたいに棒読みだ。あからさまに騙そうとしているようには見えないが、とても信用できないぜ』
喚き散らすような宮司の言葉に、【ヘカトンケイル】のダグも頷く。彼等以外の転生者も、それも【千里眼】の天道や【ノア】のマオも、ヴァンダルーの言葉には懐疑的な様子だった。
何せ、地球で生きて来た時から存在を覚えていない人物だ。転生者達にとって信用できる要素が一つも見当たらない。
『島田、【監察官】で分からないの?』
『私が御使いに成る前の話だから、記録でしか知らないのよ。だから分かるのは、彼がカナタに対して本当にそう言ったという事だけよ』
【イフリータ】の赤城に尋ねられた泉だが、彼女の【監察官】も過去の記録を見ただけでは、記録が本物かどうかしか分からなかった。
『それじゃあ、あたしもちょっと信じられないね。悪いけど……』
『流石に、やってる事が事だからな』
『スケルトンやゾンビを作って、化け物を指揮して生物兵器をばら撒き六千人皆殺し、死体を切り貼りしたり、手下の食料にしたり……そもそも、血を飲んで何人か殺してるじゃないか』
『人も洗脳してるし、その上カニバリズムか。六道もビックリの外道ぶりだぜ』
転生者が口々に言う通り、彼等から見るとヴァンダルーのこれまでの行いは最悪に近い。個々の出来事にそれぞれ事情があるが、実際ヴァンダルーが狂っているのも自分達の利益の為なら他者を犠牲にするのも事実ではある。
だが、転生者達がそう思ってしまうのは彼等がロドコルテによって渡されたヴァンダルーに関する情報が、偏っているからだ。
輪廻転生の神であるロドコルテは、自身のシステム内に在る魂が見聞きした記録を見る事が出来る。浅黄や村上が受け取った情報がそれだ。
だがヴァンダルーの周りにいるのはロドコルテのシステム外の存在、ヴィダの新種族やアンデッドばかりだった時期が殆どだ。しかも【魔導士】ジョブに就いてからは、本来ならシステム内の筈の人種やドワーフもヴィダ式輪廻転生システムに導いてしまうので、ロドコルテが得られる情報は酷く限られる。
結果、ロドコルテが転生者達に渡せるのはヴァンダルーが導くまでの束の間の間人種等が見聞きした記録か、元々ヴァンダルーに導かれない彼の敵対者が見聞きした記録である。
そこには当然、彼に対して好意的な情報は限られる。
『やっぱり、ヴァンダルーを信頼する流れで関わらないように誘導する作戦って、無理があったんじゃない?』
『はぁ……リスクが高すぎて割に合わない事だけでも、分かってもらえれば良いんだけど』
信用からでも恐怖からでも構わないから、ヴァンダルーに近づきさえしなければ、魂を砕かれる事は無い。当然ラムダにはヴァンダルー以外の危険も山ほどあるが、魂さえ砕かれなければ来世という希望は残される。
『しかし硬弥、あんたの【オラクル】で事前に分からなかったのか? 生まれた直後は仕方ないにしても、あいつが『アンデッド』に成る前に、見つけ出して助けられていたらこんな事には成らなかったと思うんだけど』
マオの問いに、まだ膝から崩れ落ちていた硬弥は、はっと我に返って顔を上げるが、すぐ首を横に振る。
『可能か不可能かと言う事なら、可能ではあったと思う。だが、私の注意が足りないばかりに気が付けなかった。天宮博人が転生していた事に気がついたのは、『アンデッド』を倒してから暫く経った後だ』
『使えない神託だな、【オラクル】なんて呼ばれていた癖に』
【デスサイズ】の近衛宮司が毒づく。その目は「お前がしっかりしてりゃあ、『第八の導き』は結成されず、俺も殺されずに済んだんだ」と言っているようだった。完全な逆恨みである。
その宮司を亜乱が睨みつけて釘を刺す。
『宮司、ちょっと黙ってろ。御使いに成った今の俺なら、ただの霊のお前をボコボコにするくらい簡単なんだぜ』
『……チっ!』
舌打ちをして黙り込んだ宮司から視線を外し、村上や浅黄を見ながら注意した。
『お前らも議論するのは良いが、口論は後にしてくれよ。話が進まないからな。良いか?』
『へいへい、分かったよ』
『分かった。俺の方が大人になればいいんだろ』
村上が渋々、浅黄は珍しい事に大人しく頷く。
『ありがとう、亜乱。
まず前提として話しておくが、私の【オラクル】はその名の通り神託を授かる能力、では無い。【オーディン】が北欧の神ではない様に、【クロノス】や【ヴィーナス】が時の神や美の女神そのものではないのと同じだ。
ただ、それらしいからと言う理由で名付けられたコードネームでしかない』
『ブレイバーズ』達のコードネームは、組織が自然災害や事故の救助活動を行っていた国際NGOだった時期に仲間同士やオリジンで親しくなった関係者と相談して名づけられたものだ。
身も蓋も無く言えば、イメージ戦略の一環である。
そのため、悪魔等のマイナスイメージが付きやすい名称はあまり使われない。逆に、現在も信仰されている宗教の聖人や神の名前も滅多に使われない。信仰している人々の反発を避けるためだ。
そのため北欧や欧州の古代神話や伝説、親しまれている妖精や妖怪の名前が付けられる事が多かった。
それらに当て嵌まる者が無い場合等は、【監察官】や【ゲイザー】の様に能力の効果を端的に表したコードネームが付けられる。
【オラクル】の場合は、その力が強力だった故に神託の名を付けられた。
質問に対して百パーセントに近い的中率を誇る答えが返って来るのだ。オリジンの人々は勿論、同じ転生者や円藤硬弥本人でさえも、全知全能の神から下された神託だと思い込んでもおかしくは無い。
『実際には違った。そうですね?』
『当然だろう』
硬弥からの問いに、ロドコルテはやはりあっさりと答えた。
『君達に力を与えた私自身が全知全能から程遠いというのに、何故君達の中から一人だけに『全知全能の存在に質問し、答えを受け取る事が出来る能力』を与えられるのかね』
【オラクル】は他の転生者が持つ能力同様、ロドコルテが与えた力の一つでしかない。百種類以上の能力の中の一つなのだ。
だから当然、ロドコルテを越える力では無い。
『それに、その力には意図的に制限も設けている。君は今まで何度か『地球は今頃どうなっているのか?』と言った類の質問をした事があるだろう。その時の答えはどうだったかね?』
ロドコルテの質問に、硬弥以外の殆どの転生者が顔を顰める。彼等もその手の質問をするよう、硬弥に頼んだ事があるからだ。
転生者達は突然テロリストが理不尽な理由でフェリーを沈めたため、突然人生の幕を降ろされたのだ。地球に居る家族の事が気に成って当然だろう。
しかし硬弥が【オラクル】で質問しても、答えは無かった。
それはロドコルテが【オラクル】の力に制限を設けたためだ。能力の所有者が存在する世界以外の異世界に関する質問には、答えが得られない様にしてあるのだ。
力の影響力を複数の世界にまで広げると、人間程度の精神と魔力では負荷に耐えきれず廃人に成ってしまうためだ。
それに知ったところで意味は無いとロドコルテが考えているから、という理由もある。
地球に残っている家族の様子を伝える事は転生者達の精神面のケアに繋がるかもしれないが、ロドコルテはその手の情を大切にするどころか、軽視する傾向が強い神である。でなければ転生者を……何人かは【ゲイザー】の見沼瞳の様に潰れても問題無いように、百一人も用意しない。
そして本来の目的であるラムダの発展の為に、オリジンで生きている時からラムダの情報が得られるようにする必要も感じていなかった。
そんな回りくどい事をするぐらいなら、そもそも転生者達が地球で死んだ後神域に集めた時に、全て説明している。そして細かいフォローをするつもりがあるなら、天宮博人の事を早期に他の転生者に伝えて助け出すよう依頼していただろう。
『寧ろ、私は君達が過剰に【オラクル】に頼る理由が分からないのだが。私は【オラクル】の使用は最低限に抑えるだろうと予想していた』
ロドコルテから見ると、硬弥達が「正体不明の存在が与える、質問者が質問の際選んだ言葉やニュアンスが少し違うだけで、同じ質問でも答えが変わる」能力を、何故そこまで信用するのか分からないらしい。
『……言われてみれば、確かにその通りです。私は、【オラクル】を過信しすぎていた。
なら、教えてください。【オラクル】とは、私の質問に答えていた存在は何なのですか?』
硬弥も【オラクル】の回答者が何者なのか、調べた事があった。【オラクル】で聞いても質問する度に答えが変わる為分からず、自力でオリジンの心理学や魔術理論、神話伝説の類まで調べ、以前亜乱が生きていた頃に【演算】で調べて貰った事もある。
それでも遂に、回答者が何者なのか分からなかった。
『説明しなければ使いこなせないか……それは、私の輪廻転生システム内に存在する『質問者が存在する世界』の魂が持つ、若しくは持っていた情報だ。君がオリジンで生きていた当時なら、君たち自身も含めたオリジンの全人類と動植物の記憶と知識と言い換えても良いだろう。
能力の名前としては、【オラクル】よりも【アーカイブ】と呼ばれるべきだな』
その答えに、硬弥は「なるほど」と呟いた。
『道理で、回答者が何者か分からないはずだ』
【オラクル】の回答者が何者なのかと言う質問の答えを誰も知らないのだから、真実を答えようがない。聞く度に「恐らく神だろう」とか「多分、天の意思」とか、人々の思い込みで答えが変わるのも当然だ。
『じゃあ、こいつが天宮博人を見つけられなかったのは何でだ? 当時はあいつもあんたのシステム内に存在する魂だったんだろ?』
村上の質問には、硬弥が答えた。
『今なら分かるが、多分彼自身が私達を仲間だと思っていなかったからだろう。ついさっき君たち自身が言っていたじゃないか、彼を覚えていないと。彼も自分が私達の記憶に残っていない事を自覚していたのだろう』
『なるほどな。それに、オリジンに転生する前に奴は神様から何も受け取ってない。検索条件から外れた訳か』
当時は硬弥も含めて輪廻転生システムに付いて全く知らなかった。そのため硬弥は条件を狭めて『私達神から能力を受け取った転生者』と質問したのだが、それが仇と成った形だ。
『そして文字通りの意味でアンデッドと化した後は、そもそもシステムから外れているから、引っ掛かりようもない』
『待て、じゃあ何でその後天宮博人が死んだ事に気がつけた? あいつがラムダに転生したら、オリジンには誰もあいつについて知っている者は居ないはずだぞ。『第八の導き』も含めて』
天道の言う通り、天宮博人が化した『アンデッド』を崇拝していた『第八の導き』すら、彼が地球からの転生者である事は知らない。
だが、転生者達が見落としていた存在が全ての真実を知っていた。
『天宮博人が死属性に目覚めた後、周囲に集まった霊達なら全て知っていただろう。霊の状態で彷徨っていたので私のシステムから外れ、天宮博人が君達によって退治された後システムに戻ったのだ』
当時の天宮博人は肉体や魔力の主導権を奪われていたため、周囲の霊の話を聞いて過ごしていた。
ただ霊達は天宮博人にとって生前は自分を研究する憎い敵だった相手だ。一方的に話させる事は在っても、会話する事は稀だった。
しかし、彼が自分にだけ力を与えなかったロドコルテや一向に助けに来ない他の転生者に対する愚痴や怨嗟の声を零した時も、霊は彼の近くに漂っていたのだ。
『なるほど……理由は分かった。分かったが……今更どうしようもないな』
こういう理由でお前の事に気がつかないまま倒してしまったと説明したところで、今の天宮博人……ヴァンダルーにとってはどうでもいい事だろう。
「関わって来なければそれで良い」と言う言葉が本気だったとしても、事情を話すためにコンタクトを取った時点で、「関わって」しまっている。
嘘だったとしたら、考えるまでも無い。
『では説明も済んだ事であるし、君達には選んでもらおう。
一つは、私の依頼を受けてヴァンダルーを抹殺する。この場合は海藤カナタに約束したように、私が支払える報酬なら望むままに与えよう。
二つは、依頼を受けずにラムダに転生する。これを選んでも罰則やペナルティの類はない。ただ、ラムダの発展に協力してくれれば構わない。
そこの島田泉や町田亜乱の様に私の御使いに昇華する事も認めるが、一度昇華すると人間には簡単に戻れない事を覚悟して欲しい』
どれを選んでも、海藤カナタの時の様に、若しくはそれ以上の調整やフォローは行う。
そう約束するロドコルテに、転生者達は胡乱気な視線を向けたまま沈黙を維持する。
『皆、一応【監察官】には引っかからないから本当よ』
『当然だろう。先ほど言ったように、ラムダで君達に簡単に死なれては困るのだ。君達が地球で死にオリジンに転生する時とは、私の事情も変わりつつある事を分かって欲しい』
つまり、オリジンでなら兎も角ラムダでは転生者を「百人の内のたった何人かだ」と簡単に犠牲に出来ない立場にロドコルテはあるのだ。
『この発言にも、嘘は無いわ』
泉の保証を聞いた後、転生者達は一斉に議論を始めた。どれを選ぶにしても、ヴァンダルーと言う脅威が存在するため一人で勝手に選択する事に危機感を覚えているのだ。
『数日単位なら幾らでも議論して構わないが、一月以内には答えを出すように。答えが出たら私に直接か、島田泉か町田亜乱に言う様に』
そして転生者の選択を待つ間、やや放置気味に成っていたアルダからの要請に応える事は出来ないか、思考を巡らせる事にした。
『……システムの管理者であるヴィダを消滅、最低でも神から堕とす事が出来れば、あるいは可能か?』
それを目にした時、男は驚愕し、そして涙を流しながら震えた。あまりの感情の高ぶりのあまり、失禁寸前の状態で動く事も出来ずただその場に在った。
男が目にしたのは、彼が師と仰ぐ人物の変わり果てた姿だった。
肉色の粘土で捏ね上げた無数の人形を絡み合わせて作った球体の中に、半ば埋もれるような状態で取り込まれた、死蠟のように白い肌に死んだ魚のような瞳をした少年。
それに対して男は堪えきれず、ついに叫んだ。
「師匠っ! やはりあなたは最高だっ! 遂に生命の原形をっ、既に存在する生物を変化させたのではなく、神の遺産を使用したとはいえ、完全な無から生命を創り出すとはっ! まさに、神の所業!」
生命属性魔術師として極限の感動を味わっているルチリアーノの叫びに応えて、ヴァンダルーを取り込んでいる肉塊も震える。
「ルチリアーノ、静かに。レギオンが怯えて俺に強く抱きつくので、このままだと俺が窒息する危険があります」
肉塊ちゃんが新たな生命と成った翌朝、ヴァンダルーは集まる事が出来る主要メンバーを招集した。
肉塊ちゃん、改め命名『レギオン』から手に入れた情報を共有するためだ。
『あ゛ぁぁぁ』
『ぎぃっ……ぎぃっ……』
『こひゅ~……こひゅ~……』
幾つもある顔に口のような裂け目を作り、呻き声や金切り声をあげ、中には呼吸を繰り返すだけの口もある。そんなレギオンと意思疎通が可能なのか、ルチリアーノでも疑問視したが、ヴァンダルーが霊体を伸ばして一部を同化すると、コミュニケーションを取る事が可能だった。
長くても一分短いと数秒で話している相手が変わったり、一度に複数の声が聞こえたりして、中々難儀だったが。
【並列思考】スキルを持ち、普段から霊体の頭部を分裂させているヴァンダルーだからこそコミュニケーションが可能だったのだろう。
「窒息の危険もあるなら、そろそろヴァンダルー様を離すべきじゃないかしら?」
「ヴァンっ、あたしも肉塊ちゃんを抱きしめたいっ! プニプニして気持ち良さそう!」
「何と言うか……焼いたら美味そうだな。悪気は無いのだが」
集まった主要メンバーの内、エレオノーラはやや嫉妬気味、丸太も抱き潰すパウヴィナは危険発言、まだ朝食を食べていないバスディアは食欲を覚えた事を素直に告白して、レギオンを大いに怯えさせたが。
因みに、スキュラ族のプリベルはこの世の終わりのような顔でへたり込んでいる。
「そんな……もう脚の数でも勝てない……張り合う事も出来ないなんて……ボクはもうダメだっ!」
「プリベル、貴女は錯乱しているようなので心が落ち着くお茶は如何ですか? ところで旦那様、そのレギオン……殿の朝食は如何しますか?」
わっと泣き出すプリベルに、お茶を入れるベルモンド。そして、女性のパーツの方が多いが、幾つかは男性らしいパーツも混じっているレギオンをどう呼ぶか迷いながら、食事はどうするのかと質問する。
レギオンは一応アンデッドでは無い、生命体らしい。なら食事は娯楽では無く生命維持に必須であるはずだが……何を食べるのか見かけからは想像が難しい。
普通に物を食べる事も出来そうだし、逆に生の肉しか食べられそうにないようにも見える。
「食べ物は、何でもいいみたいですね。肉でも魚でも、野菜でも。有機物なら何でも体表から食べられるみたいです。でも、出来れば肉が良いそうです。」
「スライムのような方ですね」
『プルルル』
ベルモンドの言葉でブラッドスライムのキュールの対抗心に火がついたらしい。震えながら液状の身体の形をレギオンっぽく変えようとしては、失敗して崩れる事を繰り返し始める。
『ところでこいつ、坊主の子なのか? それとも叔母になるのか?』
ボークスは、ヴァンダルーがヴィダの遺産である蘇生装置から作った、ダルシアの肉体の失敗作から生まれたレギオンが、どんな位置づけに成るのか気に成るらしい。
『皆、落ち着いて! ヴァンダルーから大事な話があるから聞いて頂戴。あと、レギオンちゃんを怯えさせないでね。まだ生まれたばかりなんだから』
『だとしても、あっしやレビアの御姫さんが近づくだけで怯えるのは、どうにかして欲しいもんですがねぇ』
『ううっ、陛下ぁっ。今日は陛下の半径十五センチメートル内にずっと憑いている日なのにっ。一緒にザンディアのお見舞いに行く約束なのにっ』
『仕方ないって、キンバリーは雷でレビアは炎じゃん。この子、見るからに熱に弱そうだし。アタシも付き合うからさー』
ダルシアが皆に話を聞くように促し、キンバリーやレビア、オルビア達ゴースト組が少し離れた場所で愚痴を零している。
早く説明しないと話が進まないなと、ヴァンダルーは口を開いた。
「オリジンで、俺の敵に成る可能性がある連中が……転生者が何人も死にました。大体十人ぐらい」
レギオンにはオリジンで『第八の導き』や【ゲイザー】の見沼瞳だった時の記憶が残っていた。
・名前:レギオン
・年齢:0
・二つ名:無し
・ランク:1
・種族:生ける肉塊
・レベル:0
・ジョブ:無し
・ジョブレベル:0
・ジョブ履歴:無し
・パッシブスキル
精神汚染:7Lv
複合魂
魔術耐性:1Lv
特殊五感
物理攻撃耐性:1Lv
形状変化:1Lv
超速再生:1Lv
・アクティブスキル
限定的死属性魔術:10Lv
サイズ変更:1Lv
指揮:3Lv
手術:5Lv
格闘術:3Lv
短剣術:2Lv
融合:1Lv
・ユニークスキル
ロドコルテの加護→輪廻転生システムを移った事で消滅!
輪廻神の幸運→輪廻転生システムを移った事で消滅!
オリジンの神の加護
ズルワーンの加護
リクレントの加護
ゲイザー:5Lv
・種族解説:生ける肉塊
生命の原形だったらしい『肉塊ちゃん』と、ヴァンダルーが創り出した消える銀、そしてズルワーンが色々な過程をすっ飛ばして『第八の導き』の面々と【ゲイザー】の見沼瞳の魂を叩き込んだ結果生まれた、謎の融合生命体。
本来なら魂一つ毎に肉塊から分裂し、生前と同じ姿か、異なるが適する肉体に変化するはずだった。
基本的に肉色の粘土で作った人形を捏ね、絡み合わせて直径3メートル程の球体状にした形態をとる。頭部等の輪郭は、『第八の導き』の面々や見沼瞳をよく知る者が見れば、幾つかは輪郭が共通していると思うかもしれない。
見た目通り肉だけで、脳や眼球を含めた内臓が一切無く、骨も無い。ある意味、肉で出来たスライムであると言えるかもしれない。
空中を浮遊する力を持つが、ゴロゴロと地面を転がって移動する事も出来る。
また、ダークエルフのダルシアの肉体を作りだそうとした結果出来た失敗作でもあるので、ダークエルフ同様に【魔術耐性】スキルを所有する。
精神状態は複数の魂が半ば融合している状態で混在しており、また転生したため精神年齢が退行気味である。ただ生前の記憶や知識を多少欠けている部分もあるが、維持している。
限定的な死属性魔術(第八の導きの力)や、未来予知のチート能力【ゲイザー】等、属性魔術以外の生前持っていた技術をスキルとして獲得している。
ただ生前と肉体が異なりすぎているため、使いこなすのは難しいだろう。
ステータスを見る限りヴィダの新種族に酷似しているが、前例が無い為この後どのような成長を遂げるのかは不明。ただ、複数の神の加護を受けているため強力な存在になる可能性が高い。
本来ならロドコルテの加護も受けていたが、転生者の見沼瞳がヴィダ式輪廻転生システムに導かれてしまったため、消えている。
7月24日に123話を、7月28日に124話を、29日に125話を投稿する予定です。