百二十一話 真夜中の肉々しいお客さん
『それ』は意識が芽生えたと同時に、パニックに陥った。
自分の状態も、ここが何処かも、そもそも『自分』とは何なのかも分からなかった。
(私は、私、俺、あたし、ジャック……わたおあわジャはどれ!?)
混乱したまま動き出そうとすると、思った通りに身体を動かせない。
(何だ? なんだ? どうした? 何故?)
混乱から錯乱に悪化しかけた「それ」が、滅茶苦茶に身体を動かし始める。その一つが、何時の間にか銀色の何かに触れていた。
その何かに触れていると、不思議と「それ」は安らぎと充足、そして幸福感を覚えた。
(そうだ、私は、俺は、あたしは、グルゥ……どうでも良い)
その幸福感の中で、「それ」は自己に関する分析を放棄した。統合も、分離も、放棄する。
今の状態が「それ」にとって通常であると、認識する。
そんな事より、「それ」は速く動きたかった。
『『『オォォォ……』』』
何故なら、ここは「それ」が夢見た場所だから。どんな楽園よりも行きたいと、あの夢で欲した場所だからだ。
(早く、あの方の元に!)
狂おしい衝動に突き動かされるまま、肉塊ちゃんと呼ばれていた「それ」は空中に浮かびあがると、次の瞬間消えてしまった。
『ヴァンダルー、起きて。まだ夜だけど、お客さんよ』
小さな骨の欠片に宿る母、ダルシアの霊に起こされたヴァンダルーは目を覚ました。
「お客さん、ですか?」
普通の少年とは言い難いヴァンダルーだが、それでも肉体的には九歳の子供だ。そのため平時では睡眠時間を多めに確保している。
皆それを知っているので緊急事態でもなければ真夜中に訪ねてくる相手はいないはずだがと、首を傾げながら周囲を見回すと、ダルシアの言う「お客さん」に気がつき、思わず硬直した。
何故なら、「それ」はヴァンダルーの今までの人生の中で、最も奇妙な姿をしていたからだ。
「それ」は空中に浮かんでいて、全体的には球体の形状をしていた。
ただ無数の人の四肢や胴体、頭部、獣の頭が混じっていて、それが球体に近い形状を絡まり合って成しているという、尋常ではない姿だった。
色はピンクと言うよりも肉色で、皮膚も体毛も眼球すら無いように見える。
全体的には女性的な部位が多いが、幾つか男性的な部位もあり、数カ所だが動物的な部分もある。
形容するなら、「狂気の芸術家が、肉色の粘土で作った幾つもの人形を捏ね合わせて作った直径三メートル程の球体」といったところか。
この王城が元は大柄な男性なら三メートルに達する巨人種の国の物でなければ、天井につっかえていた事だろう。
「それ」の幾つもある眼球の無い輪郭だけの顔に、ヴァンダルーは尋ねた。
「初めまして。すみませんが、どちら様でしょうか?」
最初は驚いたが、彼はすぐ「それ」に慣れた。自分でも頭や手足を増やしたりするし、複数の死体を組み合わせて作ったゾンビジャイアントとも似ている。触手が束に成ってスキュラの形を模している『汚泥と触手の邪神』メレベベイルと比べれば、驚くほどではないと思ったからだ。
『『『お゛ぉぉぉ……!』』』
しかし、そう尋ねたら「それ」は空中に浮かんだまま暫し硬直した後、輪郭だけの顔に裂け目のような口を作って嘆きの表情を器用に作って見せる。
そして幾つもある腕で頭を抱えたり、脚をばたばたと振り回したり、胴体をよじったりして感情を表現する。
どうやら傷つけてしまったらしい。
『ヴァンダルー、あの子と言うかあの子達と言うか迷うけど、あの子達、貴方の事が大好きみたいなのよ。さっき、やっと逢えたって……』
「言っていたのですか?」
『ううん、オォォって言うだけだったけど、そんな雰囲気だったわ』
「なるほど」
根拠がフィーリングだけという、何とも頼りないダルシアの通訳をヴァンダルーは信じた。何故なら母さんの言う事だからである。
それに、「それ」が元は何であるかも気がついたためダルシアと気持ちが通じ合ってもおかしくないと思ったからだ。
「体は肉塊ちゃんの様ですが、中に宿った? 生じた? うーん、分からない。すっかり魂が定着しているようですけど」
元々はヴィダの遺産である蘇生装置でダルシアの肉体を作ろうとしてできた、失敗作である肉塊ちゃん。それに何かが宿ったのが、目の前にいる「それ」だろう。
そう考えると、ダルシアと「それ」は一卵性の双子のような存在と言えるかもしれない。
しかし、問題は宿ったのが何かという点だ。
『『『おぉぉぉ……あ゛ぁぁぁ……』』』
嘆き震えている「それ」に宿っている魂。肉塊ちゃんは魂の無い生命体だったため、自然発生したとは考えにくい。
そうなるとヴァンダルーの周囲に漂う霊が勝手に入った可能性が考えられるが、その様子は無い。霊の数は減っていないし、そんな事が可能ならもっと早く起きているはずだ。肉塊ちゃんは一年以上前からあったのだから。
では一体何者なのか?
そう思考していたヴァンダルーだが、ダルシアの声でそれを中断した。
『コラっ、ダメでしょ! 女の子を泣かしたまま放っておくなんて!』
嘆き続けている肉塊ちゃんを放置している事について、叱られてしまった。
肉塊ちゃんを女の子に分類していいのかどうか、疑問を覚え無い訳では無かった。しかし、自分に好意を持っている相手を傷つけ放置しているのは事実である。
(分析は後回しで良いか)
ヴァンダルーはベッドから降りて「それ」に話しかけた。
「冷たい事を言ってしまい、すみません。悲しませるつもりはありませんでした。
もし良ければ、俺と友達に成ってくれませんか?」
素直に謝って、手を差し出す。すると、「それ」は宙に浮いたまま動きを一旦止めて硬直した。そして次の瞬間、何本もの腕や脚が伸びて来て、手を素通りしてヴァンダルーは絡め取られる様に「それ」に抱き寄せられた。
見ようによっては、捕食されそうになっていると思うかもしれない。
『『『あああっ、うああああっ』』』
『仲直り出来て良かったわね』
しかし『それ』に敵意が無い事は分かりきっている。抱き寄せられたヴァンダルーも、苦しさは覚え無かった。
(全体的にプニムチっとして、後場所によってはムキっとした抱かれ心地で、体温はちょっと低め?)
ロドコルテは掠り傷を負った手を、信じられないと言う気持ちで見つめていた。
その手の中には転生者である【ゲイザー】見沼瞳と、ヴァンダルーに対する人質等にして役立てるつもりだった『第八の導き』のメンバーの魂があるはずだった。
それをオリジンの神と、ラムダの『空間と創造の神』ズルワーン、『時と術の魔神』リクレントによって邪魔されてしまった。
ロドコルテがズルワーンから受けた傷は、ただの掠り傷だ。こうしている間にも治ってしまう程小さな傷である。
しかし、ロドコルテは今まで他の神格から攻撃を受けた事が無かった。各世界から離れて輪廻転生のみを司る彼は、各世界の人間達だけでは無く神々やそれと敵対する存在とも関わらずに来た。
そのため、ロドコルテには痛みや暴力に対する免疫が無い。だから思わず怯んで【ゲイザー】達の魂を奪われてしまったのだが、今ロドコルテを動揺させているのはその衝撃では無かった。
『何故オリジンの神に、ズルワーンとリクレントが私の邪魔を……いや、ヴァンダルーの味方をするのだ?』
ズルワーン達が聞いたら「自覚が無いのか!?」と驚愕するだろうが、ロドコルテは本当に驚いていた。
彼自身は、昔も今もただ自分の領分で自分の仕事を第一に行動してきただけのつもりだったからだ。
例外は異世界からの転生者を送り込んだ事だが、それを言うならヴァンダルー本人も転生者の一人だ。ズルワーン達が味方する理由は無いと、ロドコルテは考えていた。
『だというのに、先程のズルワーン達の妨害は何だ? 恐らくオリジンの神を動かしたのも、奴だ。オリジンの神は地球の神と同じように無数の神格に枝分かれしている群神。自らたった一つの目的の為に動く事は、それこそ世界の存続がかかった時以外あり得ない』
かつて異世界『アース』から勇者を召喚する際も、まずズルワーンがアースの神と交渉を纏めていた。間違いない。
だが経験があっても、魔王との戦いで負ったダメージから回復しきっていない状態で交渉を纏めるのは、簡単では無かったはずだ。
すると相当以前からズルワーンは動いていたという事に成る。少なくとも、年単位で以前から交渉に当たっていたはずだ。
『ズルワーンは、ラムダの神々は一体何時ヴァンダルーの存在に気がついたのだ? いや、それよりも何故彼等は私の妨害を……敵対しようとするのだ?』
ロドコルテにとってラムダの神々は、『法命神』アルダ以外眠りについているはずだった。それが二柱とはいえ、活発に動いていた事も意外だったが、敵対されるのは更に意外だった。
何故ならロドコルテと敵対しても、得る物は何も無い筈だからだ。
彼は魔王と違ってラムダを侵略しようとは考えないし、破滅も望んでいない。逆に発展を望んでいる。そう言う点では、広義の意味では味方と言えるはずだ。
実際、今もこうして転生者達を送り込み、発展を促そうとしているのだから。
それにロドコルテを打倒したところで、得られるのはラムダの人間達の魂の運行を司る輪廻転生システムの停止だけだ。
そうなれば何れラムダは魔物が跋扈するなか、ヴィダの新種族だけが生き残る世界に成るだろう。
まさか、それが狙いなのか?
『そうか、ズルワーン達は私の輪廻転生システムよりも、ヴィダが作り上げた彼女の輪廻転生システムを選んだのか。だから人種やエルフ、ドワーフであってもヴィダ式輪廻転生システムに導くヴァンダルーの味方をしているのか!』
まさかヴィダに味方をする大物の神が、邪神と融合して狂ったザンターク以外に存在するとは思わなかったロドコルテは、自らの推測に驚きつつも納得した。それならばあり得ると。
そして強い危機感を覚えた。もしラムダ全体でヴィダ式輪廻転生システムが選ばれ、彼のシステムが基盤を失えば、ロドコルテは力の供給源を一つ失う。
問題はそれだけに留まらない。ヴィダが復活してヴィダ式輪廻転生システムの完成度の向上に成功したとしたら、ズルワーンはシステムの模倣法をオリジンの神にも教えるかもしれない。
ズルワーンがどうやって交渉を纏めたかは知らないが、協力した以上オリジンの神がロドコルテに隔意を持っている事は確実だ。その隔意が大きければ、輪廻転生システムを替えるだろう。
その動きはラムダやオリジン以外にも広がってしまうかもしれない。
信者のいない、各世界の人間達に認知されてもいないロドコルテにとって輪廻転生を司る世界が減る事は死活問題だ。
ヴィダ式輪廻転生システムを選ぶ世界が増えれば、最悪ロドコルテは他の零落した神々のように妖怪や妖精、悪魔に堕ちる事も出来ず、霞の如く消え去ってしまう。
一つや二つなら問題無い。誕生したばかりの世界を探し、その世界の輪廻転生を司る権利を手に入れれば良いだけだ。だが世界とはそう頻繁に誕生する物ではないし、確実に輪廻転生を司る権利を手に入れられる訳ではない。
『そうなるまえに、やはり何としてもヴァンダルーを亡き者にしなければ!』
『……いや、だから何故その結論しかないんだよ。この上司、思考が硬直しすぎ』
『私なら謝罪して他の世界にヴィダ式輪廻転生システムを広めない様にしてくださいとお願いして、オリジンとラムダはきっぱり諦めるけどね』
『何事も損切り出来ないと、取り返しがつかない所まで行っちゃうしね。あたしも二人に賛成』
結論を出したロドコルテが視線を下げると、そこには自らの御使いに昇華した【演算】の町田亜乱と【監察官】の島田泉。そして二人の近くにいた【ノア】のマオ・スミス。
他につい先ほど死んだ十数人の転生者達がいた。彼等には既に、三度目の人生が待っている事を「情報を一瞬で伝達する」方法で教えてある。
『お前達……私の御使いである以上、私の零落は君達の零落なのだが』
少しは危機感を持ってほしいとロドコルテがそう言うと、泉と亜乱は半眼で見つめ返すだけだ。
仕方ないので、ロドコルテはマオも含めた転生者達を見回す。
『……随分と一度に死んだものだ』
発せられた感想に、転生者達は天道や硬弥のように顔を顰めるか、村上達のように気まずそうに目を逸らすかに分かれた。
死にたくて死んだわけではないが、自分達に命と力を与えたロドコルテにそう言われると強く出難いようだ。
『それに、思いの外根の深い対立をしたようだな。まだ本番前、チュートリアルのようなものだと言うのに……』
だが、流石にその言葉は転生者達も聞き捨てならなかったらしい。
『だったら最初から教えてくれ!』
『そうですよーっ! 次があるって知っていれば、あたし達だってあんな無茶しませんでした!』
【クロノス】村上淳平と【ヴィーナス】土屋加奈子が抗議する。何人かの転生者が「どうだかな」と胡乱気な視線で二人を見るが、彼等に動じた様子は無い。
二人共、精神的にはタフなようだ。
『俺も同意見だ』
そう言ったのは、先程まで村上淳平と口論をしていた【メイジマッシャー】三波浅黄だ。肉体が無いので幾ら殴り合っても、「痛い気がする」以上の効果は無いのだがよっぽど腹に据えかねていたらしい。
……村上達が死んでロドコルテの神域に来るまでは、仲間同士改めて団結しようと演説していたはずなのだが。
『生き死には人間にとって大事だ。それに、一度転生出来たから次もって考えられるほど能天気じゃない。
自分の命を、たった一度の人生だと必死に生きるのは正しい事だろ。……こいつ等は目指す方向が間違っていたけどな』
村上や加奈子の方を一瞥して、そう付け加える。
【オラクル】の円藤硬弥も、彼に続いた。
『来世の準備の為に今生で経験を積む。それを目的に生きる人が全くいないとは言わない。だが、私達はそうじゃない。二度目の人生で実現したい夢、目標、その為に必死に成る。そのためには意見も対立するし、時にはそのまま道が分かれる事もあるだろう。
二度目が終わってから、気がついた事だが』
つまり、チュートリアルだと言わなかったから、二度目のチャンスを活かすために必死に成ったといいたいようだ。
『ふむ……』
そう言われると、三度目の人生がある事を黙っていたのは失敗だったかもしれない。
実際、前世の記憶と人格を保ったままの輪廻転生などそうあるものではない。少なくともロドコルテが行ったのは今回だけだ。
輪廻転生システムにエラーが起こった結果、バグが発生して偶然前世の記憶と人格を保ったまま転生してしまう場合は在るだろうが、管理が行き届いたロドコルテのシステムではありえない事であるし。……ヴァンダルーが重大なシステム妨害を仕掛けて来ているが、今のところは起きていない。
そうなると、二度目の人生を必死に生きると言うのも無理は無いか。
それにしても共通の背景を持つ、多くは同じ学校で生活していた知り合い同士だろうにと思うが、それを口にする事は流石にロドコルテでも無かった。
彼は輪廻転生を司る神である。人間は驚くほど強固な絆で他者と結ばれる事がある一方で、驚くほど下らない理由で他者を裏切り殺し合う生き物である事を良く知っているからだ。
それに態々百一人も転生させた理由の一つに、一割から二割は同士討ちで命を落とすか、力に溺れて堕落した海藤カナタの様に同じ転生者や現地の人間に処分されても問題無いようにという理由があった。
しかし、既に三度目がある事を転生者に明かせる段階では無い。
『では、今からでも三度目があると教えた方が良いと思うかね?』
答えを分っていながらそう質問すると、答えたのは【クロノス】の村上淳平だった。
『いや、今更だろ。もし教えたらもっと酷くなると思うぜ』
『どう言う意味だ、クソ教師? 皆、三度目がある事を知らないからこんな事に成っているんだぞ』
『クソは別にいいが教師は止めろ、脳筋浅黄。確かにお前の言う通りだ、俺だって三度目もあるって知っていたら、裏切って次の人生で敵を増やすような事はしなかったさ。
ただ、それは最初から知っていればの話だ』
『ああぁ? はっきり言えよ』
『……手遅れだって言いたいんだよ、先生は』
まだ三角座りの姿勢のままの【マリオネッター】、乾初が答えた。
『確かに『ブレイバーズ』の方は三度目があると知れば、これからはもっと品行方正に生きようとするんじゃないか? 僕やカナタみたいな真似をする奴も出なくなるだろう。もう一度転生出来て、【監察官】様が天使をやっていて死んだ後査問されるなんて知ったら、余程自棄に成らない限り悪い事なんて出来ないさ』
生前悪い事をしたら神様に地獄に落されるどころか、最悪生まれ変わった瞬間待ち受けていた他の転生者に殺されかねないのだ。いや、もしかしたら罰として記憶と人格を保ったまま食肉用の家畜や馬車馬に転生させられるかもしれない。
人間の感覚のまま家畜に転生なんて、地獄に落ちるよりも恐ろしい罰だ。
実際、在る転生者の地球での母親は陸ガメに転生したらしいので、罰としては十分考えられる。
『でもさ、六道聖やそれに協力している連中に教えても、今更止まると思う? 裏で糸を引いて【メタモル】を洗脳して、僕や先生たち、合衆国の防衛総省ごと死属性の研究者を始末して、現在進行形で雨宮達を裏切っている奴がさ』
『そりゃあ……改心は無理そうだな』
自分が今までやった事が、全て始末したはずの連中が知っている。それを聞いたら、六道聖達が諦めて行いを改める……なんて事は無いだろう。
それに聖の協力者にはオリジンの政財界の大物も含まれている。彼等に転生がどうのと説明する事は出来ないだろう。
三度目がある事を教えたら、寧ろ彼の行動が今までより先鋭化してしまう可能性が高かった。
『そう言う訳だ。故に、今からオリジンの残りの転生者にラムダへの転生に付いて教える事は出来ない。
尤も、六道聖が目標にする不老不死等は私にとっても都合が悪い。幾つか手を講じるのでお前達はラムダへの転生に意識を切り替えて欲しい』
『分かったよ、神様。それで、俺達はどんな罰が待ってるんだ?』
もう覚悟は出来ている様子の村上が訪ねるが、ロドコルテはそれに質問で返した。
『……罰? 何の事だ?』
何故そんな事を尋ねられるのか分からない。そんな様子のロドコルテの反応に、泉や亜乱は「やっぱりか」と呟き、村上や彼と激しい口論をしていた浅黄も困惑を浮かべた。
『いや、見てたよな? 俺達がやった事は。それにあんたの御使いに成った二人を直接殺したのも、俺なんだが?』
雨宮寛人相手には恍けていた村上だが、全てを知っている相手には隠す必要はないと自分から真実を口にする。殺した被害者本人もいるのだが、無視だ。
『それがどうかしたのか?』
『いや、どうかって……』
自分が犯した悪事を咎めるどころか全く頓着していない様子のロドコルテに、村上の困惑が濃くなる。
彼が何を考えているかこの神域の主故に分かるロドコルテは、やや言葉を選びながら説明を始めた。
『私はオリジンの司法関係者では無い。故に、君達がオリジンで犯した犯罪を咎めるつもりは無い。そもそも法とは人間が人間を律するために定める物だ。神である私には、関係が無い。
人を殺したくらいでいちいち罰を下していたら、地球やオリジンで戦争が起こる度に出る大量の殺人者をどうすればいいのだね?』
ロドコルテは輪廻転生を……輪廻転生だけを司る神だ。通常どんな善人にも褒賞は与えないし、どんな悪人も罰しない。ただ淡々と死者の魂を迎え、即座にシステムに乗せ、生まれ変わらせるだけだ。
『それに人殺しと言う点では、君達以外の転生者も似たような物だ。特に三波浅黄は多い』
いきなり名前を出された浅黄は驚いて反論する。
『ちょっ、ちょっと待て! 俺はテロリストや危険な犯罪者以外、殺した覚えは無いぞ! それに狙って殺した訳じゃない!』
『テロリストや危険な犯罪者も、私にとってはただの人だ』
そう応えられ、浅黄は顔を引き攣らせたまま押し黙った。彼を含めた仲間達に、亜乱が更に説明する。
『皆、ロドコルテ……この神様にとっては善人も悪人もただの人間なんだよ。どんな動機と背景があっても、殺しは殺しでしかない。俺達が大勢を守るためにテロリストを殺すのも、連続猟奇殺人鬼の犯行も、国を守るためにと兵士が敵国の兵士を殺すのも、同じ殺人でしかない訳』
亜乱は、殺人は場合によって善行に成りうると考えている。その彼の考えに対して、「命に貴賎は無いので命を奪う行為は動機に関わらず、ただの人殺しである」とのロドコルテの価値観は一見命を大切にしているように聞こえるが、実際には人間にとって最悪の価値観だ。
何故なら、ロドコルテの場合等しく人間の善性も悪性も無関心で、命そのものに価値を感じてもいない。ただ沢山産まれて、生きて、死ねばそれで良い。そう考えているからだ。
『流石にあらゆる生命を絶滅させる事を企んだりしたら、問題視すると思うけどね。その程度よ。
私達転生者を殺した事も、咎めるつもりは無いみたい。……勿論、個人的には許さないけど』
そして亜乱の説明を補足した泉の言葉で、ロドコルテが本当に自分達を罰するつもりが無いと分かった村上は、「そうかい、そりゃあ良かった」と息を吐いた。
泉に睨まれ亜乱から冷たい目を向けられているのに気にした素振りが無いのは、罪悪感を元から覚えていないのかもしれない。
『それじゃあ、問題は生まれ変わった後か。浅黄、近衛、俺が気に入らないなら、生まれ変わった後に殺し合うか?』
『あんたがまた碌でもない事をやるならな』
『当たり前だ! 来世で見かけたら即俺の【デスサイズ】でぶっ殺してやる!』
『いや、それは困る』
早速来世に意識を向けた村上や浅黄達だったが、オリジンでは無関心だったロドコルテが止めに入った。
『オリジンとは違い、君達をラムダに転生させラムダを発展させる事こそが私の目的なのだ。同士討ちで数を減らされるのは困る。
それに、君達には頼みたい事がある』
『さっき言っていた、ヴァンダルーって奴を殺す事か? 俺達は殺し屋じゃないんだぞ』
『生きとし生ける存在全てを絶滅しようとしない限り気にも留めそうにないあんたが、『始末しなければ』何て言う奴を殺せとか、ゾッとしない話だね』
『どんな奴かいってくれれば、俺の【デスサイズ】で即死させてやる。だから、このクソ教師を殺すのを邪魔すんじゃねぇっ!』
あまり乗り気ではない雰囲気の転生者達に、泉と亜乱が簡単に説明する。
『私達と同じ転生者で、最初に死んだ人よ。村上先生のクラスで、私や三波のクラスメイト。
フェリーが沈む時、成美を助けて代わりに海に落ちた天宮博人』
『オリジンでの名前は、『アンデッド』。寛人達が対峙して、お前等がついさっきまで殺し合いをしていた『第八の導き』を助けて力を与えた奴だよ』
二人の説明に転生者達は一様に硬直し、その意味を理解して顔を引き攣らせた。
7月21日に122話を、24日に123話を、28日に124話を投稿する予定です。