閑話20 姿を現した黒幕 しかし舞台はラムダへ(オリジンからラムダ)
プルートーの瞳から輝きが消えた後、雨宮寛人は拭いがたい虚脱感を覚えた。
『アンデッド』が、自分達の百一人目の仲間だった存在を気がつかずに滅ぼしてしまったせめてもの償いに、彼が助けた『第八の導き』のメンバーを助けようとしながら、最後は妻である成美を助けるためとはいえ自分自身の手で殺してしまった。
それも、プルートーが成美の中に宿った小さな命に気がつき、それを守るために自分の身を犠牲にしようとしたタイミングで。
(僕は、『アンデッド』の時と同じ過ちを繰り返しただけなのか……っ)
何かを決定的に間違えた。そうとしか思えないこの結果を理不尽に否定し、喚き散らしたい衝動を覚える。
「……せめて遺体を焼こう。彼女達もそれを望んでいるはずだ」
だが、何をしたところで時間は戻らない。
「そうね……ごめんなさい。貴女達の大切な人を助けられなかったのに、こんな事しか出来なくて……」
成美もプルートーの瞼を閉じてやりながら、寛人の意見に賛同した。
「忘れているかもしれないが、遺体を収容する様にと要請が国連から……分かったよ。思わぬ抵抗に遭い、遺体は収容できなかった事にすればいいのだろう?」
【アバロン】の六道聖は苦笑いを浮かべて肩を竦めてそう言った。
「ただ、そうとう煩く言われる事は覚悟するべきだ。今【エンジェル】を通して見ている皆も、共犯だぞ」
今回は『ブレイバーズ』が呼びかけた作戦だ。その結果『第八の導き』を壊滅させる事には成功したが、勝手に動いたとはいえ派遣された各国の部隊はほぼ全滅。
そして各国の首脳陣や高官が期待している死属性魔術の手がかり、『第八の導き』の遺体を収容できないと成れば、雨宮寛人への責任の追及は激しくなるだろう。
「それぐらいなら構わないさ」
だが寛人にとってそれは覚悟済みだった。彼の手に、魔術の輝きが宿る。だがそれが放たれる前に通路で警戒している岩尾達から、【エンジェル】を通じて状況が変化した事を知らされた。
『寛人、村上達だ! あいつ等、ふざけた事を言ってやがる!』
『自分達は潜入捜査官だとか、出鱈目を!』
「潜入捜査官っ? 村上が!?」
土屋加奈子を含めた三人の仲間を引き連れ、今更姿を現した村上が合衆国の身分証を手にしているのを、寛人は【エンジェル】を通して見た。
信じがたいが、見えた身分証は本物のように思える。
(拙いっ)
村上達がどうやって合衆国の潜入捜査官に成ったのか知らないが、奴らの要求は分っている。プルートー達の遺体を引き渡せと言うに決まっている。
それをみすみす許せば、プルートー達の尊厳は失われる。それだけでは無く、死属性の研究の為と言う理由で『アンデッド』や『第八の導き』のような悲劇的な存在が再び創り出されてしまう。
驚愕で中断してしまった魔術の行使を、急いで再開する。
「聖っ、君はそっちの少年の遺体を――」
『はい、ストップ! プルートーと閻魔の死体をそれ以上損壊したら、あたし達の捜査を妨害したって事で逮捕しちゃいますからね~』
その時、【エンジェル】と繋がっているはずがない【ヴィーナス】の土屋加奈子の声が響いた。
「なっ!? 何故君が【エンジェル】に繋がっている!?」
驚いて成瀬を見ると、彼女も驚いた顔をしている。ただその驚きは寛人のものとは意味が異なっていた。
「あ、あれ? なんで私、彼女を【エンジェル】に繋いだままにしたの? なんで彼女を味方だと……?」
呆然とした様子の彼女に、加奈子が何をしたのか寛人は直感的に理解する。
「くっ、能力を使ったのか!」
自分達が把握していなかった能力を加奈子が持っていた事、そしてそれを見抜けなかった自分の不甲斐無さに唸りながら、それでも寛人はプルートー達の遺体を焼こうとする。しかし、その手を聖が止めた。
「聖っ、何故止める!?」
「寛人、もう遅い。土屋に見られた以上、言い訳は効かない。それとも、捜査妨害で逮捕されるつもりか?」
「ここは合衆国じゃないっ!」
「そうだ、北欧連邦の国内だ。だが、北欧連邦が君を庇うと思うか? もし君が犯罪者に成れば、『ブレイバーズ』は最悪解体。良くても、国連から君の代わりに新しい責任者が派遣される事になるだろう。
私は、それを望まない」
「それは……くっ!」
あらゆる能力、魔術、知識、コネクションを使ってプルートー達の遺体を渡さずに、『ブレイバーズ』の仲間達を守る方法を寛人は考えた。
村上達を潜入捜査官にした合衆国と北欧連邦が牛耳っている現在の国連は信用できない。
既にプルートー達が死んでいる事を、加奈子に見られている。
そして死属性の魔力が残留しているプルートー達の死体を世界中の政府高官や大富豪が欲しがっている。
「……くそっ」
両方の望みを叶える方法を寛人は見つける事は出来ず、生きている仲間と『ブレイバーズ』の組織を守る事を選んだ。
そこに得意気……と評すには、苦い顔つきの村上淳平が加奈子を連れて入ってくる。
「どうした、僕達を出し抜いたのに顔色が悪いじゃないか」
「別にこっちも完全勝利って訳じゃない。想定外な事態が続いて、なんとか辛勝ってところだ」
村上も好き好んで潜入捜査官の身分を寛人達に明かした訳ではない。仕方が無く、最後の手段として出したに過ぎないのだ。
(最上なのはこいつ等に気がつかれずにプルートーを殺してその死体を奪取するか、こいつ等が殺した死体をかすめ取る事だったが……まさか同情して死体を焼こうとするとはな。
正気かよ、奴の死体にどれだけの価値があるのか分からないのか?)
そう苦々しく思いながら、寛人達に向かって顎で扉を指す。
「それじゃあ、こいつ等の回収は俺達がやる。お前等は他の後始末でもしていろ」
「邪魔されたら面倒ですしね~」
お互い顔を合わせたくない仲だ。何もできない以上、部屋から出る事に異論は無い。
「……その前に教えて欲しい。『ブレイバーズ』の本部を爆破して、泉と亜乱を殺したのは君か?」
だが、最後にそう尋ねた。以前、【オラクル】で硬弥が調べた時は「村上達十人の能力では犯行は不可能」と答えは出ていたのだが。
「ああ、あの事件か」
村上はそう頷くと、記憶を探るように瞼を閉じた。
真実は、村上淳平の犯行だ。
彼は透過能力を持つ【グングニル】の海藤カナタから、ある人物を通して預かっていた手榴弾を、【クロノス】で能力の発動を長期間遅延させたまま保存しておいた。
それを使用して、ブレイバーズ本部の壁等を透過させて二人を爆殺したのだ。
「予想を外して悪いが、俺達じゃない。『第八の導き』の奴らの仕業だ。
どんな方法を使ったのかまでは知らないけどな」
だが、それを正直に教える理由は無い。
「それは、本当か?」
当然寛人は村上の言葉を簡単には信じず、そう聞き返してくる。しかし、彼の代わりに加奈子は意地の悪い笑みを浮かべて聞き返す。
「何か証拠とか、疑う根拠でもあるんですかぁ?」
「……くっ」
こういった事件で力を発揮してきた、あらゆる偽りを看破する【監察官】の島田泉、高度な【演算】を持つ【ラプラスの魔】の町田亜乱、二人共が被害者だ。
「まあ、帰ったら【オラクル】にでも聞いてみれば良いんじゃないですかね?」
そして【オラクル】の円藤硬弥もまだ寛人達は知らないが、殺されている。
「僕達がいる限り、好きにはさせないぞ」
悔しげな顔で睨み、そんな捨て台詞を残して退室する寛人。村上と加奈子はその姿が見えなくなってから、盛大にため息をついた。
「あたし達が好きにやれていると思ってんですかね、あの人」
「こっちはこれから大変だってのにな。悪党には悪党の苦労があるんだよ、糞が」
そう愚痴を零すと、二人は早速プルートーの死体を確保する事から始めた。これを持ち帰らないと潜入捜査官の身分を失うので、彼等も必死なのである。
その日の内に村上や加奈子、そして生き残った【アイギス】のメリッサと【ヘカトンケイル】のダグの姿は合衆国の国防総省……六角形に似た形である事から、通称ヘクサゴンと呼ばれる建物にあった。
彼等が再就職した諜報組織の本部は別の建物にあるのだが、ヘクサゴンの地下には死属性を発見した秘密研究所の数少ない生き残りの研究者達が匿われた、極秘の研究施設がある。
そのため彼等が確保したプルートー達の死体はここに運び込まれ、彼等もここに呼びつけられたのだ。
「はぁ……堅苦しいな」
「堅苦しい所に再就職したんだよ、俺達は」
「ついでに、気が重いわ」
「失敗スレスレでしたからねー。報酬、減らされないと良いんですけど」
気が進まない様子のダグとメリッサを連れて、村上と加奈子は職員に案内されるまま待合室のような場所に向かった。
このヘクサゴンの地下でプルートー達の死体は徹底的に調査され、死属性の研究に活かされる。
シェイド、イザナミやイシス。バーバヤガー、エレシュキガルの死体は回収できなかったが、他にも閻魔や苦労して回収したジャック・オー・ランタン、ゴーストの死体、ワルキューレの血液にベルセルクの断片等も運び込まれている。
それらを解析して、これから寛人達が目を背けたくなるような非人道的な研究や実験が行われるのだろう。
全人類の為と言う免罪符の元で。
村上達は生きている『第八の導き』のメンバーと長く接していた経験を、その研究に活かすための聞き取り調査の為に呼ばれたのだ。
「邪魔しに来ると思うか? だったら、喜んで戦ってやるけどな。この前は暴れたりなかったし」
「ダグ、ブレイバーズの事を言っているなら来る訳ないだろう。ここは国防総省だぞ。邪魔しに来たら戦争勃発だ。良い子でいたい雨宮が許す訳がない」
「それに、今頃シェイドのお蔭でそれどころじゃないですしね」
『ブレイバーズ』は今、世界中から非難を浴びていた。シェイドに肉体を乗っ取られた【オラクル】の円藤硬弥がネットに配信した偽情報のお蔭で、彼が悪魔崇拝者で彼を含めた『ブレイバーズ』の力は悪魔との契約によって手に入れたのだと騒がれている。
残念な事に悪魔の存在は確認されていないので、雨宮寛人達は違うと証明できない。
存在が確認されていない存在と契約して力を手に入れていないなんて、どうやっても証明できないからだ。
正に「悪魔の証明」である。
他にも「各国の特殊部隊を見殺しにした」とか「海藤カナタの悪事は全て雨宮寛人の指示だった」、「それに気がついた【メタモル】の獅方院真理を殺すよう指示を出したのも彼だ」と数々の疑惑に晒されている。
「まあ、全部証拠も無い出まかせだ。暫くすれば頭がイカレた【オラクル】の狂言か、若しくは『シェイド』が流した偽装情報だという事になるだろう。
『ブレイバーズ』の疑惑は晴れるが、信用しない人間も増える。程よい結果に落ち着くのではないかな」
「なるほど、そんなもんか……って、突然現れて先生を驚かさないでくれるか? 六道」
ダグやメリッサが何時の間にか部屋の中に居た第五の人物、【アバロン】の六道聖に驚いて視線を向ける。
しかし聖は注目されても動じず、村上に「やあ」と会釈して紳士的な微笑を浮かべたまま言った。
「最低限の要求には応えてくれたようだが、随分とお粗末な仕事だったじゃないか」
そう、『ブレイバーズ』に今も所属する【アバロン】の六道聖。彼が村上達の黒幕だった。
燻っている村上淳平や土屋加奈子に裏切るよう促し、海藤カナタの手榴弾を村上が手に入れられるよう画策し、秘密裏に洗脳した合衆国の諜報機関の幹部と会わせ、施設に収容され治療を受けていた【ゲイザー】見沼瞳の拉致にも裏で手を貸していた。
そして『ブレイバーズ』内で円藤硬弥を殺すよう、実行犯のシェイドにも気がつかれないまま手を貸していたのも、彼だ。
「何分、初仕事なもんでね」
「誰にでも初仕事は在るさ。でも、プロフェッショナルは初仕事でも結果が求められる。そうじゃないか?」
「……そりゃあ、そうだが」
元生徒の聖に対して、言葉を濁して黙り込む村上。既に彼等の間では、地球での関係は通用しない。
村上は聖から「プルートーの死体を確保し、合衆国に引き渡す事」、「任務が終わる前に【ゲイザー】、【マリオネッター】、【デスサイズ】は始末する事」「他にも『第八の導き』のメンバーの死体やその一部を手に入れたら、全て同様に引き渡す事」「回収でき無い物は、痕跡も残さず処分する事」の四つを聖から要求された。
最後の処分こそ『ブレイバーズ』が勝手にやってくれたが、要求は全てクリアした。
しかし仲間を三人失うわ、自分達が合衆国に再就職した事を寛人に知られるわ、点数をつけるならギリギリ赤点を免れた程度だろう。
「だが聖、お前だってあの場にいたんだ! 少しぐらい手を貸してくれてもいいんじゃないか? 大物ぶりやがって!」
「ダグっ、馬鹿な事言わないで!」
聖に食ってかかるダグを、慌ててメリッサと加奈子が止めようとするが、聖は微笑を崩さないまま「いいんだ」と言った。
「彼は勘違いしているだけだからね。私は……六道聖はあの場所には居なかった。居たのは彼女だよ」
「えぇ? 何言ってるんですか、六道君はずっとブレイバーズと一緒に――!?」
小首を傾げる加奈子の視ている前で、聖の姿が女のものに変わった。その女を、加奈子や村上は良く知っている。
「【メタモル】の獅方院真理……!?」
「ああ、名前はあまり呼ばない様に」
収容された独房内で爆殺されたはずの獅方院真理は、まるで六道聖に乗り移られているかのように今までと同じ表情と口調で言った。
「魔術と薬物で念入りに洗脳してあるが、何分能力では無いので完璧とは言えない。ふとした拍子にノイズが走る事もあるから、念のためにね」
そして再び、【アバロン】の六道聖の姿に成った。
あの時、『ブレイバーズ』と一緒にいたのは六道聖本人ではなく、彼に【メタモル】で変身した獅方院真理だったのだ。
その事実に、村上は驚愕と戦慄を覚えつつも納得した。
(黒幕本人が出張って来て危険を冒すとはおかしいと思っていたが、最初から替え玉だったとはな)
獅方院真理が爆殺されたとする事件も、聖が裏で糸を引いていたのだろう。そして別の死体と真理をすり替え、その後洗脳して手駒に加えた。『第八の導き』の犯行という事にするのも、真犯人がブレイバーズの内部にいて、しかも島田泉達も殺された後だ。
雨宮寛人からも厚い信頼を寄せられている彼なら、簡単だっただろう。
その周到な黒幕は、村上の視線を受けて苦笑いを浮かべた。
「……ああ、勘違いしないでくれ。別に君達を責めている訳じゃないし、報酬を値切ろうと思っている訳でも無い。これはちょっとした雑談みたいなものだよ」
人型端末と化しているらしい真理を通じて、村上以上の悪党である聖はそう言って手を振った。
「な、何?」
「最低限求めた仕事を熟してくれれば、それで文句は無い。そう言う事さ。
報酬は約束した通り支払うし、約束した待遇で諜報組織には雇わせる。いきなり幹部待遇は難しいが、手柄を立てられる仕事を斡旋させるよ」
戸惑うダグに、聖は好条件を次から次に並べて行く。
「そんな事、約束して良いのか?」
「勿論。私はこう見えても、超大国の諜報組織を裏から君達以外の誰にも知られずに牛耳っているのだよ? 簡単さ」
「それなら、ありがたい話だが……」
その時、村上達を呼ぶアナウンスが部屋のスピーカーから流れた。
「時間の様だ。では、私はこれで失礼させてもらうよ」
そう言いながら、今度はヘクサゴンの職員の姿に変身して、聖は村上達の前から姿を消した。
地下にある実験室を強化ガラス越しに見下ろす事が出来るオペレータースペースで、村上達は白衣を着た職員から聞き取り調査を受けていた。
ダグやメリッサ、加奈子は六道聖から将来を保証されたため、憂いも何も無い様子で調査に協力している。
(何かがおかしい)
だが、村上は六道聖の態度に妙な引っ掛かりを覚えていた。
どうしようも無く不吉で、不愉快な予感がしてならないのだ。
彼の何処がそんなに引っかかるのか。態度か? 大物ぶった物言いか? ……いや違う!
(あいつの言った耳触りの良い言葉だ! 俺も【デスサイズ】や【マリオネッター】に同じような事を言った事がある! どうせ殺すつもりだったから、何を言っても空手形ですむからな!
じゃあまさかあいつはっ、あいつが拘っていた、プルートーの死体をここに引き渡すって事は!)
はっと思い立った村上は恐ろしい予感に突き動かされる様に席から立ち上がり、調査中のプルートーの死体を見るために強化ガラスの窓に駆け寄った。
「ど、どうしたんですか、村上先生っ?」
驚く他の人間に構わず村上がプルートーの死体を見ると、丁度職員が解剖の為にメスで死体に触れる瞬間だった。
「や、止めろぉぉぉっ!」
絶叫する村上。だがメスは止らずプルートーの肌を斬った。そしてそこから、猛烈な勢いで黒い気体のような物が噴き出した。
「なっ、何だ!?」
「死属性の魔力を検出! これは……既に危険領域を超えています!」
実験室では魔術的な防護も施された防護服を着ているはずの研究者が、バタバタと倒れて行く。警報が鳴り響き、オペレーターの悲鳴が飛び交う。
誰も何が起こったのか正確には知らなかったが、村上だけは直感的に気がついていた。
プルートーが十年近く集め続けていた『死』だ。本来なら成美に注ぎ込むはずだった大量の『死』が、プルートー本人の死によって制御と行き場を失って溢れだしたのだ!
「せ、先生っ! 何が起きたんだ!?」
「構うな、逃げるぞっ! 邪魔だ退けぇ!」
村上は血相を変えてダグに叫び返すと、出口に殺到しようとするヘクサゴンの職員を、何と魔術を放って扉ごと吹き飛ばしてしまった。
響く絶叫と飛び散る血と骨肉の欠片。
「な、何て事をするんですかっ! 国防総省の職員を虐殺なんて、国家反逆罪に問われますよ!?」
「知るかっ! さっさと走れ!」
錯乱したとしか思えない村上の行動に、メリッサが叫びダグや加奈子も唖然とするが、村上はさっさと走りだしてしまう。
だが、彼女達が振り返ると黒い霧は何と強化ガラスを透過して迫りつつあった。
「あがががががぁ……」
その煙に触れたまだ若い女性オペレーターが、奇声を上げながら数秒でミイラと化して倒れる様子を見た三人は、血相を変えて村上を追って走り出した。
だが、すぐに追いついてしまった。
「だ、ダメだっ、囲まれている!」
村上の前に伸びる通路……地上へつながるエレベーターに繋がる通路は、黒い霧で満ちていた。
彼等が考えるよりも黒い霧のスピードは速かったのだ。
「め、メリッサっ、【アイギス】だっ、【アイギス】で俺達を守れ!」
「は、はいっ!」
「ダグ、お前は【ヘカトンケイル】で天井を壊せっ! そこから脱出する!」
「おうっ!」
すぐに【アイギス】の盾の内側に逃げ込む四人。そしてダグが念動力で天井に穴を空ける。瓦礫が降って来るが、それも念動力で跳ね飛ばして掘り進もうとする。
このまま地上まで脱出口を掘り進めば助かる。そう思った村上達だが、しかしダグが不意に痙攣を始めた。
「だ、ダグっ!?」
「な、何だこの霧、瓦礫に混じってやが……能力越しでも、触れるとやば……!」
「ひぃっ!?」
加奈子たちが見ている前で、ダグから水分が奪われ骨と皮だけに成って行く。カサリと、人が倒れる音とは思えない音を立てて、ダグは倒れた。
「能力越しでも触れたら拙いのかっ!? メリッサ、お前は……!」
村上が振り返った先では、既にメリッサが立ったままミイラ化して事切れていた。
「あ、【アイギス】でもダメなのか!?」
「【水壁】も【氷壁】もすぐきえちゃうっ! この霧が魔力を吸収している!? ああっ!」
加奈子が魔術で壁を作ろうとするが、黒い霧は生命力だけでは無く魔力を吸う性質を持つのか、彼女の唱えた魔術はすぐに霞のように消えてしまう。
そしてメリッサが死んだ事で、【アイギス】の盾が解除された。二人に黒い霧が猛然と迫る。
「くっ、【クロノス】!」
村上は自分と加奈子に【クロノス】を使い、黒い霧の効果が現れるのを遅らせようとするが、それは数秒が数十秒に伸びただけだった。
村上が持つ二つ目の能力である【魔力超回復】でも追いつかない勢いで、魔力が吸収される。
「うああああああああっ! いやぁぁぁっ! こんなっ、こんな死に方っ、こんなっ、何でっ!? なんでよぉ!?」
「クソオオオ! こうなるとっ、こうなると知っていて俺達を嵌めたな六道ォ! 畜生っ! 呪ってやるぅぅぅ!」
二人はお互いがミイラに成る様子を見て絶望と呪いの叫び声を上げながら果てて逝った。
合衆国のヘクサゴンが研究中だった死属性を暴走させ、当時建物内に居たヘクサゴンの全職員、及び村上淳平ら元『ブレイバーズ』の四名が死亡した。
ヘクサゴンから噴き出た黒い霧は防衛総省の敷地を飲み込み、更に外部へと延びようとしていた。
緊急招集された軍が対応するが、霧が広がる勢いを緩める事すらできなかった。
取り乱した閣僚が大統領にヘクサゴンを核攻撃するべきだと訴え始めた時、到着したのが世界中から疑惑の目を向けられている『ブレイバーズ』だった。
『ブレイバーズ』は【アバロン】の六道聖が提案した光属性と生命属性の魔術を主に使った作戦と、雨宮寛人の力によって、ヘクサゴンを覆う死属性の黒い霧を僅か一時間で晴らしたのだった。
協力者の中でも主要なメンバーを集めた会合で、六道聖は落ち着かない様子で両手の指を何度も組み直していた。
「どうしました、六道。珍しく落ち着かない様子ですね?」
協力者の一人に声をかけられた彼は、苦笑いを浮かべて答えた。
「昔からの悪い癖でね。物事が上手く行きすぎると不安に成るのだよ。七割達成できれば上出来だと思っていた作戦が、まさか九割九分思い通りに成るなんて、私じゃなくても信じられないだろう?」
六道聖が糸を引いていた一連の事件。それで彼にとって邪魔な者、危険な者は一人を除いて居なくなった。
彼が策を巡らせるうえで邪魔だった、【オラクル】の円藤硬弥や【演算】、【監察官】、【ゲイザー】、そしてあと一人。
彼にとって危険な能力を持っていた【デスサイズ】、【マリオネッター】、【メイジマッシャー】。
上記の邪魔者を消すのに利用した、彼が黒幕だと知っていた、下らない欲望で仲間を裏切るため信用できない俗物。【クロノス】の村上淳平以下七名。
そして彼等が死属性を独占するのに邪魔な、死属性の魔力を宿す『第八の導き』とヘクサゴンに匿われていた死属性魔術の研究を行っていた軍事国家の秘密研究所の生き残り。
一人を除いて全て直接自分の手を使わずに死なせる事に成功した。
「残りの一人が雨宮寛人、か」
「やはり【ブレイバー】……勇者はしぶとい」
「いや、逆だ。彼は生きていてもらわないと困る。リーダーである彼がいなくなったら、『ブレイバーズ』から能力者が離散してしまう可能性がある。
一つに纏まっていてもらった方が便利だからね。利用するにも、始末するにも」
勘違いしている協力者達に、聖はそう説明した。実際、彼は雨宮寛人がプルートーに殺されない様に配慮していた。邪魔だったのは、彼ではない。
「成瀬成美……いや、雨宮成美。まさかプルートーが彼女を殺すのを止めるとはね」
【エンジェル】の成瀬成美の死。それが一連の事件で実現しなかった唯一の目的だった。
「彼女が妊娠初期の段階に在ったのも予想外だが……最大の予想外はプルートーが私の想定を超えたロマンチストだった事か」
「あの状況で完全に望んだ結果を引き寄せる事が出来るのは、それこそ運命の女神を侍らせなければ不可能でしょう。それとも、そんな能力をお持ちで?」
「いいや。私が持っている能力は君達にも説明した通り、【学習速度上昇】と【成長制限無効】だけだよ」
【アバロン】の六道聖。彼は『ブレイバーズ』の中で最も地味なチート能力をロドコルテから与えられた転生者だった。何せ、他人より早く知識や技術が身につく力と、限界を超えて成長する事が出来るだけで、「これが自分の力だ!」と見せる事が出来ないのだから。
【オラクル】の円藤硬弥の様に作戦立案の中心に成る事も、【ノア】のマオの様に利便性で注目される事も無ければ、【デスサイズ】や【ヘカトンケイル】、【グングニル】の様に能力だけを使って活躍する事も出来ない。
だが彼はその能力を活かして研鑽を積み、『ブレイバーズ』一の技巧派……魔術のスペシャリストに成りあがった。他の転生者が能力の扱いに苦心する中、魔術の技量を上げる事のみに集中できた結果である。
そんな聖だからこそ、ある野望を描いていた。それを実現させるために集った者達が集まったのが、この会合である。
聖と同じ『ブレイバーズ』、宗教関係者、政財界に身を置く者、軍関係者。様々な経歴を持つ協力者が映るモニターに向かって組んでいた指を開いた聖は宣言した。
「さて、反省はこの辺りにしよう。今日は記念すべき決起集会だ。
この時より我々は人類を苗床に、肉体的にも、そして霊的にも進化した新人類への道を歩む。まずは、『アンデッド』……百一人目の『ブレイバーズ』に成る筈だった人物の力を手に入れる!」
六道聖は、独力でかなり早い段階から『アンデッド』が自分達と同じ転生者……恐らく成瀬成美が雨宮寛人と間違えた、天宮博人であるとの真実に辿り着いていた。
その根拠は、『アンデッド』が研究所で飼育されていた時に米の食事を希望した事だ。
『アンデッド』は肉や魚でも甘い菓子でも無く、米の食事を希望した。アジア系の人種だったが、欧州の文化圏で生まれ、研究所内で出されていた食事しか知らないはずの『アンデッド』が米を希望する。
普通なら職員の誰かが米について話しているのを聞いたのだろうと考えるだろうが、聖は違った。
(生まれた頃も我々とほぼ同じ。彼も、地球の日本から転生した転生者ではないのか?)
そう直感した彼はアンデッドが米を希望したと書き残されていた資料を隠滅した。
そして、『アンデッド』=転生者と言う仮説に則って独自に死属性の研究を始めた。
「推論に推論を重ねたが、断言しよう。我々の手は死属性に届くと!
そして、死属性によって我々は新たなる人類へと進化する!」
協力者たちの間にどよめきと歓声、そして拍手が巻き起こる。
六道聖の野望とは、真に限界を超えて成長する事だった。
【成長制限無効】の効果によって、彼は人間の限界を超えて体力や魔力、技術を成長させ超人になる事が出来る。
だが、それでも『超人』の枠の内でしかない。
このまま何十年と研鑽を積み続ければ、六道聖は神に等しい魔術の使い手として歴史に名を残すだろう。
だが、神では無い。
極限まで魔術を高めても、いつかは老化で死ぬ。凡人から見れば万能に見えるかもしれないが、実際には細かい制限だらけで、全能には程遠い。
何より、肉体が脆弱すぎる。
(どんなに成長しても、脳の命令を神経に伝える時間は短くならない。感覚器官、内臓、筋肉、骨格、それ等も弱すぎる。私の能力は所詮成長の制限を無効にするだけだからだ。人間から逸脱して進化する事ではない)
だが、死属性の魔術を極めれば――。
(その時こそ、私はホモサピエンスを越えた新たなる人類……いや、神に成れる!)
超常の存在に成りあがる野望に燃える天才は、あらゆる存在を自らの苗床にしてでもそれを実現させるという決意を、喝采を浴びながら新たにした。
村上淳平、土屋加奈子、ダグ・アトラス、メリッサ・J・早乙女 死亡。
残り転生者、七十九名。
そんな事は関係無く、オリジンの神は動いていた。
オリジンの神は地球の神と同じく、人類が誕生した後人類の信仰心や恐怖心、想像力が創り出した存在だ。
地球よりはずっと少ないが、数多くの神話や伝説の存在を模した神格に分裂し、それらが並行して同時に存在している。
天使と悪魔が常に真横に並んでいるような状態なので、誕生以来互いを妨害し続けてきた。結果的に大したことが出来なかった存在だ。
そのオリジンの神が、異世界であるラムダの神の一柱、『空間と創造の神』ズルワーンとの交渉の結果、一つの目的の為に動いていた。
その目的とは、「『第八の導き』のメンバーの魂を、異世界であるラムダにいるズルワーンの元に届ける」事だ。
本来なら、魂の輪廻は全てロドコルテの領分だ。それに手を出す事は、重大なルール違反である。
しかし、オリジンの神にはそれを侵す十分な理由があった。
何故なら、ロドコルテが事前の連絡も無く異世界からの転生者を百一人、それも一人を除いて特殊な能力まで付けて送り込んできたからだ。
しかも、ラムダに転生者を送り込む前のチュートリアル……練習場にするためという戯けた理由で。
これには神も悪魔も等しく激怒した。
だからこそオリジンの神はズルワーンに協力したのだ。
ルールに従ってロドコルテの元に逝こうとする『第八の導き』の魂達を、死後の世界や輪廻転生に関係する神格が受け止め、そのままズルワーンの元に送る。邪魔しようとするロドコルテには、それ以外の神格総出で返り討ちにしてやった。
神としての力と歴史ではロドコルテの方が勝っている。しかし、ここはオリジン。ロドコルテの存在を知っているのは、残り約八十人の転生者だけだ。
対して、オリジンの人類全ての神が負けるはずがない。
一つ違う魂が混じっていた気もするが、愛に関する神格を中心に一緒に送るべきだとの意見が多かったし、態々一つだけ分けるのも面倒だと、複数の悪魔や魔王、精霊妖怪の類が嫌がったので、オリジンの神はそのまま魂達をズルワーンの元に送った。
『第八の導き』の魂達を、四つの頭を持つ有翼の獅子の姿を持つ神、ズルワーンは待っていた。
魂を受け取った後、転生させる器は既にヴァンダルーが創っている。
『当初は勝手にヴィダの遺産を使って造るつもりだったが……偶然とは言え、魂無き生命の原形と生命無き霊の原形を創造し、二つを合わせるとは。流石あの四人だったヴァンダルーだ』
ザッカート、アーク、ソルダ、ヒルウィロウ。四人の魂の欠片から誕生した魂を持つだけはあるという事か。
『後は受け取った魂を順番に器に入れて、新たな生命が誕生するのを待つだけだ。楽しみだの~』
元々トリックスター的な性格を持つズルワーンにとっては、法命神アルダが聞いたら激怒するだろう試みも、楽しみの一つである。
本来の目的はヴァンダルーに味方を届け、自分が敵ではないと証明するためだったのだが。
『地球の神は反応が鈍い、新しい兄弟は未だに彷徨っている。リクレントは力の使い過ぎでグロッキー……こんな状態で働いている我、凄くないか?』
普段の砕けた口調で独り言を言いながら待っていると、『第八の導き』の魂達が送られてきた。
『よしっ! ……んん? なんだか一つ余計な者が混じっている様な? ……ふむふむ、そういう事情か』
なら良いかと、【ゲイザー】見沼瞳の魂が混じったまま、ヴァンダルーが創り出した器の中にそれを入れようとする。
『その魂を渡せ!』
だが、その時ロドコルテの巨大な手が伸びて来た。
『ズルワーンっ! 一旦その魂達を持って引け!』
その巨大な手を『時と術の魔神』リクレントが懸命に止めようとしているが、時間稼ぎにも成っていない。
『ラムダまで追って来るとは、なんと執拗な!』
リクレントを跳ね飛ばしたロドコルテの手は、ズルワーンが抱える魂達を奪おうと彼に掴みかかった。
ここは既にズルワーンやリクレントが信仰される世界、ラムダ。本来ならオリジンの神と同じ様にロドコルテを弾く事が出来るはずだ。
しかし、オリジンの神と違ってズルワーンとリクレントは魔王との戦いで負った傷が完全に回復していないまま、力を使い続けている状態だ。
ロドコルテの前には、容易く捻れる赤子の手でしかない。
しかし、そう易々と捻られてたまるかと、ズルワーンはロドコルテの腕に牙を立てた。それはほとんど意味の無い、細やかな抵抗だった。ロドコルテからしてみれば、腕に蚯蚓腫れが出来た程度のダメージだっただろう。
『っ!!??』
しかし、そのダメージにロドコルテの腕が止った。
『今だ! 行けっ、魂達よ!』
一瞬の隙を突いて、ズルワーンは抱えた魂を全て、器に向かって叩き込んだ。
『最早転生は成った! 去れっ!』
リクレントがそう怒鳴りつけると悔しげな唸り声を残し、ロドコルテの腕は消えた。既に、自分が出来る事は無いと認めたからだろう。
どんなに強大な力を持っていても、領分の外にはみ出る事が出来ない。単一の権能しか持たないロドコルテの弱点だ。
四つの頭全てで安堵の息を吐いて、ズルワーンはリクレントに『無事か?』と尋ねた。
『大した事は無い。しかし……』
『分っている。厄介な事態に成った』
渋面を浮かべてこちらを見つめるリクレントに、ズルワーンは頷く。
『ロドコルテに我々がヴァンダルーの味方をしていると知られてしまった』
今までロドコルテはラムダの神々はヴァンダルーの味方をしてない、少なくとも活動している神格に味方は存在しないと考えていたはずだ。
しかしズルワーンとリクレントが味方をしている……直接自分の妨害を始めたと知ったら、どう出て来るか。
『否、そうではない』
しかし、リクレントは渋面を浮かべたまま首を横に振ると、半眼で兄弟であるズルワーンを見つめた。
『兄弟よ、術の神である我が定めた手順を全て無視したな?』
本来なら、『第八の導き』の魂は一つ一つ、数分ずつ順番に器に入れて転生を促す筈だった。しかも、リクレントが術を幾つもかけながら。
だというのに、ズルワーンは全ての魂を一度に器に、それも叩き込むように突っ込んでしまった。
『……あっ』
『あっ、では無い』
『しかし、緊急事態であったし……ほら、器に魂も宿ったようだから転生は成功しただろう?』
『確かに、転生は成ったが』
二柱が見つめる先では、器……ヴァンダルーがヴィダの遺産で創りだした生命の原形が、ボコボコと猛烈な勢いで蠢いていた。
『……どんな状態で転生するのか、我にも予想がつかない』
『まあ、何とかなるだろう。それに、悪いのはロドコルテだ』
久しぶりにやっちまったか? そう思うズルワーンだったが、全てをロドコルテの責任にすると『では、我は地球の神との交渉に戻るので、後は頼む』と行ってしまった。
『逃げたか……』
リクレントは深く息を吐くと、とりあえず『第八の導き』のメンバー全員と【ゲイザー】の見沼瞳の魂を持つ存在を、暫く見守る事にした。
7月20日に121話を、21日に122話を、24日に123話を更新する予定です。




