閑話18 勝ったぞ(オリジン)
「こんなもんかい?」
逃げようとした二人目の獲物を焼き殺した『バーバヤガー』は、炭化して黒くなった焼死体を踏み躙った。
【オーディン】と名乗って、数秒先の未来が視えるだのなんだの言っていた奴だが、目に見えない熱の攻撃には無防備だった。相方だった【シルフィード】の次に簡単に始末出来た。
勇ましい北欧の主神を名乗っていた奴が、魔女に焼き殺されるなんて滑稽だ。
魔女を名乗るには可憐な容姿を皮肉気な笑みで歪めたバーバヤガーは、通信機に向かって言った。
「【シルフィード】と【オーディン】、後その他の兵隊を……多分十人ぐらい始末した」
『確認した。『ゴースト』が【超感覚】を始末した。後、【マリオネッター】と【デスサイズ】も死んだ』
すぐに『閻魔』から応答があり、仲間の戦果が報告される。
『他の兵士はもう相手にしなくて良い。ワルキューレの勇士とイザナミの置き土産が追い詰めているから』
「村上達はどうした?」
『村上も含めて残り四人。ただ【ヴィーナス】の土屋加奈子以外は監視カメラでも場所が分からない。魔力センサーにも反応が無いから、多分誰かの能力で隠れているのだと思う。恐らく【アイギス】だ』
「チッ、逃げられたか」
残っているのは【クロノス】の村上淳平、【ヴィーナス】の土屋加奈子、【アイギス】のメリッサ・J・早乙女、【ヘカトンケイル】のダグ・アトラスの四人。
『ブレイバーズ』のメンバーはどんな能力を持っているのか情報をオープンにしている。その情報を基に考えれば、隠れられる能力は四人の内誰も持っていないはずだ。
しかしその『ブレイバーズ』から離反して、求められるままに元仲間を殺すような連中だ。隠し玉の一つや二つは持っているだろう。
連中が殺した元仲間には、あらゆる偽りを看破する【監察官】の能力を持っている女がいたが、それをやり過ごす方法があったのだろう。
実際、海藤カナタは【監察官】の目から悪事を隠し続けていた。
「それでどうする? 【ヴィーナス】をやるかい? それとも村上達がアジトの何処かに居るんだったら、今の内にアジトごと自爆するか?」
このアジトは地下鉄網を利用した出入り口以外全て地下施設。そして『第八の導き』の最終目標は死だ。
当然、このアジトには自爆装置が用意されている。
今まで使わなかったのは、その自爆装置でも村上達を含めた能力者を取り逃がす可能性があるからだ。
『いいえ。地上に『ブレイバーズ』が来ているようだから、自爆するとしたら奴らが中に入って来てから。もうそれ以外どうしようもなく成った後にしましょう』
聞こえてきた『プルートー』の言葉に、バーバヤガーは胸を高鳴らせた。
「へぇっ! 雨宮寛人とその女も来たのか! なら、歓迎しない訳にはいかないねぇっ!」
『そう言う事。じゃあ、これからジャミング装置を全部起動するから、これで言葉を交わすのは最後になるわ。何か言っておきたい事は在る?』
「特に無いね。じゃあ、死にそびれないよう気をつけな。愛してるよ」
『私達も愛しているわ、あなたも気を付けて』
プツリと通信が切れ、その後はノイズしか聞こえなくなった。今まで『第八の導き』が襲撃し潰してきた各国の研究所から奪取した、複数のジャミング装置を起動したのだろう。
これで魔術だろうが衛星回線だろうが、有線通信以外のほぼ全ての通信が遮断された。離れた所に音を運ぶ風属性魔術さえ、十メートルも届かなくなる。
「これであたしは孤立無援。前線に居るのはあたし以外にはゴーストと、仲間の成れの果てだけ。敵はまだまだいっぱい。
なあに、たった一人で戦った『アンデッド』よりはずっとマシさ」
用済みの通信機を捨てて、バーバヤガーは歩き出した。
「やはり僕達を待たずに、勝手に動き出したのか」
【ノア】のマオ・スミスの命を捨てた献身によって雨宮寛人達『ブレイバーズ』チームは、全員が無傷で地上に降りる事が出来た。
原形を止めていないマオの遺体を一先ず氷の棺で包み獣に食い荒らされない様にした雨宮寛人は、彼女の死を悼む仲間と共に魔術や能力を駆使して『第八の導き』のアジトへとたどり着いた。
それまでにかかった時間は、たった三十分。驚異的な早さだ。
しかし、その三十分でアジトを包囲しているはずの特殊部隊は各々勝手に動き、地上から姿を消していた。
「クソっ! どうなってんだっ、何処の国の部隊も残ってないなんて! 国際協調って言葉は何処に行った!?」
「三波君、皆死属性魔術が欲しいのよ。それだけの力が死属性にはあるから……それが、どんな犠牲を伴うものであったとしても」
激高する三波浅黄を、成美が宥める。他の仲間達も勝手に動いた特殊部隊の軍人達と、彼等に密命を下した各国の上層部に失望を隠せないでいた。
(硬弥、これがお前の出した最も犠牲が少なくて済む方法なのか?)
寛人は口に出さず親友に問いかけるが、この時硬弥は肉体を乗っ取ったシェイドによって殺されていた。
だがまだ情報が錯綜しており、硬弥が自殺した事はまだ寛人達には伝えられていなかった。
「天道、【千里眼】で状況を確認してくれ」
寛人に指示された天道達也は【千里眼】……正確にはロドコルテから与えられた二つのチート能力、透視能力と霊視能力を同時に発動させて、地下アジトの全貌を見回した。
そして眉間に深い皺を刻み、「地獄絵図だ」と呟く。
「特殊部隊の連中は逃げたんじゃなきゃ、殆どやられたようだ。戦力として期待は出来ない。それどころか救助を求められそうだ。
敵は武装したゾンビが十二体に、それを指揮しているらしい女のゾンビが一体。後、皮膚の無い類人猿に似た怪物が暴れまわっている。それに……バーバヤガーを確認。
後、奥にプルートーが居る。周りに女が一人と、男……少年が一人。多分、『第八の導き』のメンバーだ」
惨憺たる状況に幾人かの顔が顰められる。浅黄は、天道に続けて質問した。
「村上達はどうした? 死んだのか?」
「……【ヴィーナス】の土屋加奈子の姿以外、確認できない」
「確認できない!? お前の【千里眼】なら最新の光学迷彩でも見つけられるはずだろっ!? じゃあ、逃げたのか!?」
「いや、確認できないだけだ。村上を含めた土屋以外の五人の姿が、アジトの中だけじゃなくて周辺にも見えない。
【デスサイズ】と【マリオネッター】、【シルフィード】に【超感覚】の死体は確認した。だから、逃げた訳じゃないと思う。恐らく、何らかの方法で俺の【千里眼】から隠れているんだ」
そう推測する天道。彼の推測通り、村上達はメリッサの【アイギス】のシールドによって天道の【千里眼】を遮断して隠れていた。
【アイギス】に攻撃だけでは無く探知系の能力も防ぐ力がある事は天道や寛人も知らないが、村上達が逃げたとは思えなかった。
村上達が何を目的に『第八の導き』と行動を共にしているのか、『ブレイバーズ』はまだ確信を持っていない。ただ村上達に宗教的、政治的な思想は無く、恐らく何らかのビジネスとして行動をしているはずだとは、分析していた。
だとすると、目的は恐らく現在確認されている中で唯一死属性の魔力を持つ『第八の導き』のメンバーを拉致、若しくは確保する事だろう。既に何処かの国か組織に雇われているのか、目的を遂げた後に売り込むつもりなのかまでは分らないが。
……【演算】の亜乱と【監察官】の泉がいないのが惜しまれる。
だがこの推測が間違っていなければ、今の状況で村上達が逃げたとも、逃げられたとも考え辛い。
目的を遂げずに逃げて村上に先があるか不明だし、そもそも三十分前までアジトは各国の特殊部隊に包囲されていたのだ。その特殊部隊の兵士と村上達の仲間の死体がアジトの中に転がっている以上、まだ中にいると見て良い。
「では、何故土屋だけ姿を見せている? 隠れ損ねたのか? 天道、彼女はどんな様子だ?」
【アバロン】の六道聖に尋ねられた天道は、土屋加奈子の様子を詳細に観察する。しかし、不自然さは見つけられなかった。
「村上達と合流出来なかったのかもしれない。光学迷彩でアンデッドや化け物からは隠れようとしているらしいが……」
「事情は、彼女に話す気があれば分かるだろう。だが、今は彼女も確保する敵の一人だ。村上達は彼女も入れて残り六人と【第八の導き】が四人」
実際には村上達の内、【ゲイザー】の見沼瞳はジャックと共に離れた場所で落下死、そして【オーディン】は焼死している。だが、流石の【千里眼】の天道でも視覚を使う能力である以上遥か後方の見沼瞳の死体を見つける事は出来ない。それに砕けた炭が【オーディン】の死体だと気がつくのも無理だった。
だがそれを数えても敵は十人と、アンデッドと化け物。状況は悪いが、自分達なら何とかできなくはない。
「寛人、悪いが捕まえるなんて甘い事は言うなよ」
しかし浅黄が厳しい顔つきでそう言った。
「『第八の導き』も村上達も、俺達を殺す気だ。特に『第八の導き』は、自爆も厭わないぞ。そんな相手を生きたまま捕まえるなんて、危険すぎる。
俺も奴らの身の上を知らない訳じゃないが、な」
「すまないが、私も同意見だ」
「私も。同情しない訳じゃないけど、ね」
「可哀そうだと思わなくもないけど、その前にあいつ等は仲間を殺した。そうだろう、リーダー」
浅黄の言葉に、口々に仲間達が賛同する。【ノア】の中では浅黄の演説に賛同的では無かった聖達も、マオが殺された事で考え方を変えたようだ。
「私も、あなたが彼女達に同情しているのは分っているけど……あなたにも危険な事はして欲しくないの。彼女達には、悪いけど」
成美も特殊部隊の軍人や村上の仲間達、特に【デスサイズ】や【シルフィード】を殺したらしい『第八の導き』を生きたまま捕まえる際の危険性を、大幅に修正したようだ。
「……分かった。確保は、出来たらで構わない。村上達も、『第八の導き』も」
寛人はこう言うしかなかった。この状況は硬弥の【オラクル】が出した予言に従ったからだが、この「最も犠牲の少ない作戦」の筈が、多くの犠牲が出ている。
それに作戦が始まった後の具体的な指示が無い以上、厳しい判断を下さなければならなかった。
「ベイカー、【ヘルメス】で天道が見たアジトの地図を。成美、【エンジェル】で念話を繋いでくれ。一度降伏を呼びかけて、答えが無ければ俺達と特殊部隊の奴等以外は遮断だ。その後、特殊部隊の生き残りを誘導してくれ。
天道はここに残って僕達をサポート。ベイカー達五人は天道を護衛してくれ。
後は二班に分かれる。浅黄達は特殊部隊の生き残りの救助を先にしてくれ。僕達は『第八の導き』に対処する」
成美の【エンジェル】は、確認した存在と意識を繋ぐ事が出来るテレパシーに近い能力だ。感覚で言えば、ビデオチャットに近い。距離が離れていても、どんな妨害装置が使われても、念じるだけでリアルタイムに通信する事が出来る。また【感覚共有】の能力も持っており、通信を繋いだ者同士なら視覚や聴覚を共有する事も可能だ。
あまり大量の人間を繋いだ場合、一度に感覚を共有すると人間の脳の処理能力の限界を超えてしまうが。
繋ぐときに対象が何処にいるのか分からなければならないという制限はあるが、通信機器が発達したオリジンでも有効な能力だ。
実際、この能力が無ければアジトに入った途端ジャミング装置で通信は不可能に成っていただろう。
その【エンジェル】で成美はまず天道の【千里眼】の視界と繋ぎ、居場所の分かった相手を全て念話で繋ぐ。
この能力は人間にしか使えないため、ゾンビやイザナミの肉体から発生したヨモツシコメやヨモツイクサには届かない。
そして行われた降伏勧告に、生き残っていた軍人達は自分達が三十分前まで『ブレイバーズ』を出し抜こうとした事を忘れて、生還出来る希望を見つけたと安堵した。
『第八の導き』ではプルートーは只管心を無にして沈黙を、閻魔とエレシュキガルは冷笑を、バーバヤガーは嘲笑を返した。
「今更降伏なんてする訳ないじゃない」
そして土屋加奈子もそう返事をしながら、【ヴィーナス】を発動した。
この能力を『ブレイバーズ』に所属していた時はただの魅了の力だと彼女は寛人や成美達に語っていた。その能力でファンを魅了し、アイドルとして成功したのだと。
だが、実際は違う。
「コピー、そして貼り付けて……」
【ヴィーナス】の本来の力は、自分と双方向のコミュニケーションが可能な状態の対象に、記憶や経験、感情のコピーや張り付けが出来る洗脳能力だ。
加奈子はこの能力を使ってアイドルとして成功していたのだ。自分より歌やダンスの上手いライバルの経験を自分にコピーし、好意的な感情をオーディションの審査員やテレビ局のプロデューサーに張り付けてチャンスを手に入れて来た。
ファンも一人出来れば、その好意と熱狂を地道に貼り付け続けて増やした。
結果は単純な魅了と同じだが、双方向では無い状態の相手には使えない能力なので、画面越しに見ている人達にも売れるよう、コピーした経験を物にできる様に努力はしてきた。
ズルをしたとは加奈子は思わない。地球でもオリジンでも芸能業界ではコネや所属事務所の力が大きい魔界だ。その魔界で、自分は与えられた才能を最大限活かした。それだけなのだ。
「それを寛人に台無しにされたんだから、あんた達も台無しにされても文句は言えないよねぇ?」
能力を偽装するのは簡単だ。島田泉の【監察官】を潜り抜けるには、偽らなければ良いのだ。「貴女の能力は?」と言う質問に、「この能力を使ってファンを夢中にさせたの」と答えれば良い。
説明不足や言葉不足も少しだけなら、【監察官】は見抜かない。【デスサイズ】も同様の手段を使って、自分の能力を大きく見せていたようだ。
長く付き合えば露見していたかもしれないが、『ブレイバーズ』に一度詰問を行った後は、泉は仲間に他愛も無い質問以外は殆ど尋ねなかった。恐らく、家族や友人の嘘を見抜いて傷ついた経験でもあったのだろう。
(じゃあ、加奈子だけは念話を繋いだままにするから。でも何か言ったら皆にばれちゃうから、気を付けて)
(ありがとう、成美)
そう応えながら、成美の洗脳が上手くいった事に加奈子は口角を釣り上げた。
【エンジェル】は今まで何度も経験している。念話で伝える事と伝えない事をコントロールする訓練も受けているので、問題無い。
加奈子は【エンジェル】で交わされる寛人達の会話を聞きながら、前もって隠しておいた有線通信機の場所に向かった。
「同じ能力者相手の洗脳はあまり効かないけど、全く効かない『第八の導き』の奴等とは違って、三十分から一時間は保つ。これで向こうの状況は丸わかり♪
あいつ等がプルートー達を確保するか殺すかしたら、それを横から横取りってね」
「哀れだな」
特殊部隊の生き残りの救助を行っていた浅黄は、まるで生きているかのように素早く滑らかに動き、銃火器は勿論、魔術媒体を起動する事で数種類だけだが魔術も使いこなすゾンビの向こうを見ながら言った。
そこにいるのは、旗を引きずりながらよろよろと無様に歩くプラチナブロンドの女のゾンビ。
ワルキューレの成れの果てだ。死んだ勇者を導く戦乙女のコードネームを名乗る女が、アンデッドに成って動き回っている姿は、滑稽と言うには無残過ぎる様に浅黄には見えた。
「どうすんの? あたしの【イフリータ】で他のゾンビごと火葬する?」
「止めてくれ、燃やす範囲が広すぎだ。ここは地下だぞ、俺達も酸欠で倒れる。だったら俺の【タイタン】で――」
『その通路が崩落すると、寛人達と合流するのに時間がかかるよ』
一流の火属性魔術師以上に炎を自在に操る【イフリータ】の赤城と、重力を操る【タイタン】の岩尾がそれぞれ舌打ちして引き下がる。しかし、正攻法で突破するにはゾンビ勇士は手強い相手だ。
そこで浅黄は憐れみを浮かべたままの表情で、盾にしている壁から姿を晒した。
「ここは俺の【メイジマッシャー】に任せろ」
「お、おい浅黄っ!」
反射的に止めようとする仲間を無視して、浅黄はゾンビ勇士の向こうにいるワルキューレに向かって走り出す。
当然ゾンビ勇士達は浅黄に銃口を向け、魔術を放とうとする。
「【メイジマッシャー】っ!」
その刹那、浅黄が能力を発動した。彼の能力は、彼を中心とした一定範囲内で魔術の効果を消し、魔術の発動を不可能にする。
そのためゾンビ勇士達は魔術媒体を使用しても、魔術が使えなくなる。だがしかし、マジックアイテムでは無い通常の銃火器を停める事は出来ない。
しかしゾンビ勇士達は向かってくる浅黄を蜂の巣に出来なかった。まるで時間が止ったかのように動きを止めていた。
浅黄はそのゾンビ勇士達の間を走り抜け、緩慢な歩みを続けるワルキューレに肉薄すると、愛用のハンドガンの銃口をその額に押し付けた。
「悪いな」
引き金を引き、ワルキューレの頭に二つ目の風穴を空ける。頭部を破壊すれば活動を停止するのは地球のゾンビ作品のセオリーだが、オリジンのアンデッドも頭部を破壊すればほぼ退治する事が可能だ。
ワルキューレが倒れて動かなくなったのを確認すると浅黄は振り返り、既に彼の仲間に倒されただの死体に戻ったゾンビ勇士達の姿と――
「悪いな、じゃないわ」
「浅黄さん、今のあんたが突っ込む理由ありました? 無いですよね?」
こちらを睨みつけて来る仲間達に、頬を引き攣らせた。
「いや、俺の【メイジマッシャー】を使うのが、作戦上一番効率的だろ?」
浅黄のチート能力【メイジマッシャー】は、自分を中心とした一定範囲内の全ての属性の働きを無効にする能力だ。
山火事や洪水などの自然現象、機械式の銃などに対しては無力だが、魔術を相手にする時は圧倒的に有利な能力だ。特にオリジンでは余程旧式でなければ軍事兵器、戦車や戦闘ヘリ、高性能爆薬には必ずマジックアイテムが組み込まれている。そのため【メイジマッシャー】と呼ばれているが、同時に兵器殺しでもある。
「奴らが死属性魔術を使っている事は分っていただろ? 死属性でも属性魔術には変わりない。俺の【メイジマッシャー】なら無効化できる。
だが、同時に【イフリータ】の火属性と【タイタン】の土属性も消してしまう。メイジマッシャーなんて呼んでいるが、実際には属性に関係しているなら能力でもかなり阻害するからな。だから俺一人で突貫するのが一番って事さ」
そう説明する浅黄だったが、【エンジェル】で発せられた成美の声にすぐ論破された。
『浅黄君、最初から【メイジマッシャー】の効果範囲内にゾンビが全て入っていたのだから、突貫しないでその場に留まって、皆で銃を撃てば良かったんじゃない? あなたのチームは、皆機械式の銃を装備しているはずよね』
「……返す言葉もございません」
謝る浅黄に仲間達は苛立ちを呆れに替え、大きなため息を吐いた。
「浅黄、あんたはもうフィールドを走る選手じゃないんだ。スタンドプレーは抑えてくれ」
「全くだ。ワルキューレが体内に機械式の爆弾を埋め込んでいたらどうするつもりだ」
「すまん。だが、どうにも慣れなくてな」
浅黄はどうにも組織的な動きと言うのが苦手なタイプだった。自分が前で動いていない事が、仲間の後ろで待機している事が、まるで悪い事をしているかのように感じてしまう。
普段は抑えているがふとしたきっかけで頭を出して、先ほどのような行動に繋がってしまう。
「それに、こいつが哀れでな。俺が撃つ前から、頭に弾痕があった。多分、村上達の内誰かの仕業だ。仲間の裏切りで殺された後もゾンビに成って戦うなんて、マオの仇の仲間でもちょっと、な。
赤城、焼いてやってくれ」
【イフリータ】の赤城は、「いいの?」と浅黄に聞き返した。
「『第八の導き』の死体は回収する様にって、国連から要請されているだろ」
表向きとは言え、非人道的な死属性の研究は禁じられている。しかし、テロリストの死体に残留している魔力を解析する事を、非人道的とは誰も言わない。
それで死病に犯された患者の命が助かるなら、政財界の大物達の寿命が少し伸びるなら、安い代償だ。
「二度も死んだ後、死体も弄られるなんてあんまりだ。死ねば皆仏、だろ?」
「あたしはこの世界の仏教に入信した覚えは無いよ」
そう言いながらも、赤城は【イフリータ】で出した炎でワルキューレの遺体を火葬した。灰になるまで燃やせば、残留していた魔力も霧散する。
「止めなくて良いのか、寛人?」
【タイタン】の岩尾がそう呼びかけると、苦笑いが混じった口調の返事が来た。
『岩尾、どうせ聞くなら赤城が灰にする前に聞いてくれ。……ワルキューレの遺体は、戦闘の結果焼失した。そう報告する』
死属性の研究を良く思っておらず、『第八の導き』を助けようとしていた寛人は、浅黄達の行動を止めるつもりは無かった。
死属性の研究が進むと言う事は、再び『アンデッド』や『第八の導き』のような存在が創りだされると言う事だ。確かに最大多数の最大幸福は望ましいが、あれはあまりにも惨すぎる。
(それに、死属性は存在しない方が……存在してはならない力だ。そう感じる)
生物をアンデッドにする力もそうだが、寛人は死属性に地球で生きていた頃に聞いた、人間のクローニングや遺伝子操作、タイムマシーン等、生きている人間が足を踏み入れてはいけない領域のように感じられているのだ。
人類の手に余る力だと。
それらの考えは個人的なものなので【エンジェル】には現さずに、寛人は思考を切り替えた。
『天道、バーバヤガーとモンスター、【ヴィーナス】の現在位置を教えてくれ。それらに対処し、同時にプルートーを確保する』
『分っ――かっ!?』
だが、天道の思考が不意に乱れる。
『どうした!?』
「天道っ!?」
『敵襲だっ!』
『天道君が、ああっ、もう間に合わない!』
【エンジェル】のネットワーク中に、悲鳴と怒号が満ちた。
漆黒の肌をしたスキンヘッドの、引き締まった体つきの長身の男。それが『第八の導き』のメンバーの一人、『ゴースト』だった。
この寡黙な青年が得た力は、誰の目にも止まらない事だった。イザナミとイシスのようにモンスターやアンデッドを作りだしたり、ワルキューレのようにゾンビを操ったり、ジャックのような瞬間転移やシェイドのような憑依も出来ない。
ただ、路傍の石のように他者に察知されない。それだけだ。
瞼を閉じて暗がりに佇めば、仲間すら彼の姿を見失う。監視カメラやセンサーにも、反応しない。軍事基地を警備する歩哨の目の前で一分間ずっと反復横跳びをした事があるが、それでも気がつかれなかった。
その驚異的な隠形能力を活かして、ゴーストは特殊部隊の軍人達を暗殺し、【超感覚】を始末し、そして地上に出て『ブレイバーズ』を待ち伏せていた。
アジトに入らず地上に残って仲間のフォローをするバックアップ要員を暗殺するために。
驚くべき事に彼は寛人達が地上で話している間、ずっとすぐ近くに佇んでいたのだ。
(殺せるのは、出来て誰か一人)
幾らゴーストでも声をかけるか、攻撃をするなど相手に触れたら気がつかれてしまう。
それにゴーストの武器は、ただのナイフ。彼の隠形能力は他の属性のマジックアイテムや機械式の兵器と相性が悪く、持ち歩くと力が発揮できないからだ。
逆に、ナイフには自信がある。牛の首も切断できそうな分厚く長い、ナイフよりも剣と評した方が良さそうなこの得物を使って、ゴーストは一日で最大十人の首を刎ねた事がある。
だが、得意なのは不意を突いて一撃で首を叩き落す事だけで、格闘戦の技術自体はアマチュアだ。
(誰が殺せる?)
雨宮寛人は駄目だ。周りに人が多すぎる。
雨宮成美も、同様。
そこで選んだのが、【千里眼】の天道だった。寛人達の会話から彼が重要な役割を果たしている事を察したゴーストは、タイミングを見計らって護衛のブレイバーズの横を素通りして近づいた。
「っ!?」
そして後ろから一撃で天道の首を落した。いつもの脛骨を断つ手応えと鈍い音を立てて彼の首が地面に落ち、立ったままの胴体から鮮血のシャワーが吹き上がる。
「えっ?」
「こいつ……敵襲だ!」
ポカンとした間抜け面を晒し、慌てて身構える残りの『ブレイバーズ』にゴーストはそこだけは白い歯を見せて晴れやかに笑った。
「勝ったぞ」
そしてナイフを振り上げて残りの『ブレイバーズ』達に切りかかった。その動きは遅くは無く、『ブレイバーズ』達は彼等にとって前触れも無く突然現れた様に見えたゴーストに対して、動揺していた。
しかし、次の瞬間にはゴーストの身体を炎の弾丸や風や光の刃、電撃が彼の肉体を引き裂いた。
元からこの結果は分りきっていた。隠形が破れたゴーストは、魔術も使えないただの青年でしかない。
(勝ったぞ、イザナミ、皆)
だがゴーストは死ぬその瞬間も、悔しいとは思わなかった。天道の首を落した時点で、彼は勝っていたのだから。
だが、首を切断された天道もただでは死ななかった。
成美の【エンジェル】は言葉では無く、思考を直接他者に伝える事が出来る。天道は「助けてくれ」でも「死にたくない」でも無く、『千里眼』を使って視た情報を驚異的な集中力で【エンジェル】のネットワークに全て流した。
(俺も……負けちゃ……いない)
そして天道の意識は途切れた。
『第八の導き』 ゴースト、死亡。 ワルキューレ及びゾンビ勇士、全滅。
村上達 【超感覚】、【オーディン】 死亡。残り四名。
『ブレイバーズ』 【千里眼】の天道 死亡
残り転生者 百一人中八十五人
『俺も、負けちゃいないっ!』
『うん、負けちゃいないな』
『自分が不甲斐無く思えるほど、見事だったわよ』
聞き覚えのある声に驚いて顔を上げた天道が見たのは、背中に純白の翼を背負い頭の上に天使の環を乗せた亜乱だった。
『はぁっ!? 何だって天使が亜乱と同じ顔をしているんだ!?』
『驚くのそこかよ!?』
『ぷっ! あはははは! 天道っ、良く言った!』
『うわ!? マオっ、君は死んだはずじゃ……な、何で俺の首が胴体と繋がっているんだ!?』
驚く天道が周りを見回すと、亜乱そっくりな天使以外にもマオや島田泉、他にも見覚えがある者が何人も居た。
『そうか、ここは天国……ではなさそうだな』
胡乱気な顔で天道が見つめたのは、かなり不気味な集団だった。
『……女怖い女怖い女怖い――』
座り込んで、ぶつぶつと同じ事を呟き続ける【マリオネッター】乾初。
『てめぇらっ、よくも裏切ったなっ!』
『はいはい、ごめんなさいねー。悪かったわ~、コウカイシテマス~』
『近衛、今現世が良いところだから黙ってろ』
『クソッ! 能力が使えればお前等を殺してやれるのに!』
『いや、使えても無理だからね。心臓も無い死人をどうやって殺すのよ』
そして激怒している様子の【デスサイズ】近衛宮司と、彼を適当にあしらっている【シルフィード】と【オーディン】、そして【超感覚】。
人間の善悪を断じるのは傲慢かもしれないが、天道には彼等がいるこの場所が天国だとは考えにくかった。
『ここはあの世の待合室か、何かか?』
『天道、君にも本当にすまない事をした。私が不甲斐無いばっかりに、君達を死地に導いてしまった。詫びようも無いが、せめて謝らせてくれ!』
『っ!? 円藤……! なんであんたまでここに居るんだ!? 謝るのは構わないが、まず事情を説明してくれ!』
『ああ、何言っても無駄だよ。あたしも暫く謝られ通しだったから。いやー、驚いたよ。あたしのすぐ後に死んでこっちに来たんだから』
天道より先にこの場に来ていたマオは、ある程度事情を理解しているのか、すっかり落ち着いた様子だ。パイロット姿のまま、何で出来ているか不明な床に寝そべり、スナック菓子を頬張りながらコーラを飲んでいる。
『……死人でも飲み食いできるとは驚いた。どうなっているんだ、死後の世界は』
『あなたが比較的冷静で助かるわ、天道。事情を説明したいけど今私と亜乱の上司の神様が忙しいから、口で説明する事に成るけど』
『神様が、上司なのか?』
『ええ、色々あってね。一応私も亜乱も天使の端くれよ』
『……似合わない』
『だろーなぁっ!』
いじけた様子の亜乱の声を無視して天道が周りを見回すと、この場にいない仲間が一人いる事に気がついた。
『特殊部隊の兵士達や『第八の導き』の連中がいない事から推測すると、ここに来るのは俺達一度転生した連中だけか?』
『基本的にはその通りよ。私達地球からの転生者は、死んだら自動的にここに来るように地球で死んでオリジンに転生した時から決められているの』
『そうか。あいつ等だけでもどんな顔をすればいいのか分からないのに、兵士達はまだしも『第八の導き』までいたら落ち着くどころじゃないから助かるな。
ところで、神様が忙しいというのは、【メタモル】の獅方院真理に関する事か? 姿が見えないが……それとも三カ月以上前に死んでいるから、もう天国か地獄に行ったのか?』
そう質問すると、泉達は一応は押し黙り肩を落とした。
『いや、あいつが忙しいのは【ゲイザー】の見沼瞳の魂と『第八の導き』の魂をこっちに呼ぼうとしたら邪魔されたからさ』
『【ゲイザー】も死んでいたのか。じゃあ、【メタモル】は?』
肩を落として沈痛な表情のまま、硬弥は天道に答えた。
『【メタモル】の獅方院真理は、ここに来てないそうだ。まだ、彼女は生きている』
7月13日に閑話19 7月16日に閑話20 7月20日にやっと本編の121話を投稿する予定です。




