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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第六章 転生者騒動編
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閑話15 その頃のハインツ達

 【悦命の邪神】ヒヒリュシュカカを奉じる残り二人の原種吸血鬼の片方、グーバモンが何者かに討ち取られた。

 テーネシアと違い冒険者ギルドにその首と魔石が持ち込まれる事も、配下の吸血鬼達が烏合の衆と化し各地で事件を引き起こす事も無かった。


 しかし、グーバモン派の吸血鬼が裏で支配していた犯罪組織や、取引をしている商人や貴族からゆっくりと噂が広まって行った。

 グーバモンが堕ち、配下の吸血鬼達も何者かに倒されたのではないかと。


 取引相手である吸血鬼の連絡役が姿を現さず、また何の指示も出されない事に繋がりがあった者達は戸惑い、焦る。勿論、自分が吸血鬼と繋がっていた事が知られれば首が飛びかねないので、それを声高に叫ぶことは無い。

 しかし数か月の不自然な沈黙の後、パイプ役の筈の吸血鬼とは別のビルカイン派の吸血鬼が現れ、犯罪組織を掌握し、若しくは取引の継続を打診して来た時、疑いは確信に変わった。


 ただ一人残ったビルカインはグーバモンの死を隠そうとしたが、グーバモン本人が主だった配下を殆どアンデッドに変えてしまったために、残った数少ない末端の吸血鬼を纏めても手が足りない。

 そのため、ゆっくりとグーバモンの死に関する噂は広まって行った。


 一体何者が神代の時代から生きる化け物を倒したのか。

 名の知れぬ勇者が人知れず成敗したのか、それともビルカインがバーンガイア大陸の裏社会を独占するために同胞を蹴落としたのか。


 若しくは、原種吸血鬼を超える化け物が闇の中に蠢いているのか。


「きっと、ハインツお兄ちゃんたちみたいに強い人達が悪い人を退治してくれたのよ」

 『五色の刃』のリーダー、S級冒険者『蒼炎剣』のハインツ達に助けられ、保護されているダンピールの少女、セレンは無邪気にそう思っていた。


 セレンは吸血鬼の母と、人種の父の間に生まれたダンピールだ。しかし何故か彼女達家族が隠れ住んでいた山の中の家を、賊が襲撃した。

 セレンは詳細までは知らなかったが、その賊はダンピールの美しいオッドアイを求める悪趣味な貴族が雇った傭兵団だった。


 恐らく裏切り者の母親とダンピールのセレン、そしてついでに父親を始末するために吸血鬼がその貴族に情報を渡したのだろう。


 セレンの母親は貴種ではあったが吸血鬼に成ってからの年月が短く、魔術も武術も未熟だった。そして父親は、純朴な猟師であった。

 そして襲撃してきた傭兵団は貴族や大商人から汚れ仕事も請け負う、C級冒険者相当の腕利きを十人以上要する名の知れた腕利き。


 それが対吸血鬼用の準備をして襲撃してきたのだ。セレンの母は娘と夫を守ろうと奮戦したが、抵抗虚しく討ち取られてしまった。

 父親も重傷を負い、泣きじゃくるセレンに傭兵達がその眼球をくりぬくために迫った。


 そこに駆け付けたのが、ハインツ率いる『五色の刃』だ。

 オルバウム選王国でアルダ融和派に宗旨替えしたハインツは、流離のダンジョン『ザッカートの試練』でエルフの女精霊魔術師のマルティーナを喪い、新たなメンバーのダイアナとジェニファーを加えて再出発した頃だった。


 偶然ダンピールの少女を狙う貴族が雇った傭兵団の情報を手に入れたハインツ達は、そのまま傭兵団を「ただの山賊」として有無を言わさず一掃する。

 セレンにとってその姿は、ヒーロー以外の何者でも無かった。


 残念ながら既に致命傷を負っていた父親は助からなかったが、ハインツ達は今もセレンを守り続けている。


「悪い吸血鬼を倒した人達、どんな人かなぁっ?」

 キラキラとした瞳で見上げられたジェニファーは、「どんな人だろうね」と首を傾げた。

「セレンの言う様にあたし達と同じか、それ以上に強い連中なのは間違いないな」


「えっ? ジェニファーお姉ちゃん達より強い人達っているの!?」

「当たり前だ。アミッド帝国の『迅雷』のシュナイダーや、まだ生きているか分からないがこの国のS級冒険者『真なる』ランドルフは、確実にあたし達より強い。

 他にも、強い奴は幾らでもいるさ」


 そう言うジェニファーはA級冒険者で、上位スキルも獲得している。アルダの加護も賜り、アーティファクトも手に入れている。しかし、謙遜で述べたつもりは無かった。


 彼女が産まれた頃既に大陸中に名を轟かせていたシュナイダーや、子供の頃には吟遊詩人が英雄譚で扱う題材に成っていたランドルフは、明らかに自分達より強いと確信しているからだ。

 同時に、ジェニファーはグーバモンを倒したのがその二人の内どちらかではないかと考えていた。


(龍や邪神を倒した『迅雷』のシュナイダーなら、あたし達が倒せなかったテーネシアと同格のグーバモンを倒せるはずだ。ランドルフでも)

 倒した後名乗り出ない理由については、シュナイダーの場合は分らない。ランドルフの場合は冒険者として既に一線を退いているので、騒がれるのが嫌なだけかもしれない。


 ただ、これは推測でしかない。暗殺等を請け負う闇ギルドの凄腕の暗殺者や、アミッド帝国やオルバウム選王国の特設部隊。それらの存在は半ば迷信に近いが、ジェニファー達が知らない実力者はまだまだ存在する。

 それに、グーバモンを倒したのが人間側の存在だとは限らない。

(あのテーネシアが態々あたし達の所に殺されに戻るくらい恐ろしい何か。そいつかもしれないからね)


 あの【魔王の角】をテーネシアから奪っただろう正体不明の化け物は、今頃何をしているのか。

 それを考えると、ジェニファーは嫌な胸騒ぎを覚える。

 だが、それを今セレンに告げて不安にさせる事は無い。


「でもいつかは、あたし達が一番強くなるけどね」

「本当っ!? すご~いっ!」

「あっはっはっはっ、まだS級はハインツだけだけど、今にあたしもダイアナも、皆S級に成ってやるよっ」

 胸を張ってそう宣言するジェニファーに、セレンが更に瞳を輝かせる。しかし、そこに彼女と同じ時期にパーティーに入った『眠りの女神』ミルの神官であるエルフのダイアナがやってきた。

 

「ジェニファー、夜遅くにセレンをあまり興奮させないで。寝つけるためのお話で、目を覚まさせてどうするの?

 セレンには夜しっかり眠る事が大切なのよ。そもそも眠りとは――」

「悪かったよ、悪かったから説法は止めてくれ。セレンだけじゃなくて、あたしまで眠くなる」

「ふぁ~」


 ダイアナが語る眠りの女神に纏わるありがたい説法に、早速セレンは欠伸をした。




 くぐもった悲鳴を漏らした覆面姿の男が、人気のない夜の路地に転がる。

「幾らなんでも、浅はかだと思うぜ」

 得意の短剣を抜かず、無手で男の鳩尾を付いたハインツの仲間、斥候職のエドガーは溜め息混じりにそう言った。


 その周りには、同じ様な覆面を被った者達が十人以上転がったまま呻いている。

 全員が動きやすい軽装の皮鎧を身につけており、一見すると暗殺者のように見える。しかし、地面に転がる彼等の武器は短剣よりも、小ぶりのメイスや斧が多く、中には腕に装着する盾を装備している者もいた。


「偽の依頼を出して俺達をセレンから引き離そうとするにしても、この襲撃にしても、かなり雑だ。バタバタ喧しく足跡を響かせて。お兄さんは真夜中に子供がかけっこでもしているのかと思ったぜ」

「だ、黙れっ……背信者、めっ」

 覆面集団のリーダー格……では無く、最初に地面に転がされたので他の覆面よりも比較的回復している男が、苦しげな声で毒づいた。


 しかし、それにエドガーが返すのは失笑だ。

「黙れ、か。貴方達は、自分達が永遠に黙る事に成っても文句が言えないと、分っているのか?」

 そして男を見下ろすハインツからは、怒りの籠った視線と声だ。殺気は抑えられているが、S級冒険者の怒りに男が怯えるのが覆面越しにでも分かった。


「何故……法の神に祈りを捧げる貴方達が無法の徒のような真似をしてまで、何故セレンを手にかけようとする?」

 覆面集団は暗殺者や盗賊では無く、普段は神殿で祈りを捧げる神官や、神官や神殿を守る神官戦士達だった。


 彼等は、友好的な関係ならば魔物の血を引いているヴィダの新種族でも人権を認めるオルバウム選王国では、『アルダ過激派』と呼ばれる人々だ。


 スキュラやラミア、ケンタウロス等の魔物の血を引いたヴィダの新種族は人では無く、魔物であるとして有害無害にかかわらず討伐すべしと訴える人々である。

 アミッド帝国なら当たり前の主張だが、オルバウム選王国でその主張は危険思想とされており、普段は普通の信者の様に装って暮らしている。


 彼等はハインツ達が保護しているダンピールの少女、セレンを暗殺するために神殿の名で冒険者ギルドを通じて偽の依頼を出し、ハインツ達をセレンから引き離そうとした。

 それをエドガーが見破り、騙された演技をしてセレンを信頼のおける知人に預けた様に装った。女ドワーフのデライザ、そしてジェニファーとダイアナに護衛を任せ、ハインツとエドガーが誘き出された過激派を逆に襲撃したのだ。


「私達が手を下さなくても、このまま衛兵に突きだせばどうなるか分からない訳ではないだろう」

 その主張を実行に移せば、宗教関係者でも他の罪人以上に厳しく罰せられる。法を司るアルダに仕える身でありながら法を破ったのだから、より厳しい処罰を求められるのが当然だ。


 武装して計画的に人を殺そうとした場合、オルバウム選王国の法では未然に防がれたとしても犯罪奴隷に落されるのは免れられない。

 特に狙ったのがS級冒険者、原種殺しの大英雄、アルダ融和派の星、そして名誉貴族位を持つハインツ達が保護している少女と成れば、極刑もあり得る。


 しかし、それは過激派達にとって覚悟していた事だったらしい。男は怯えを抑えられない様子だったが、呻くように「どちらでも、好きにしろ」と言った。

「事が成功したとしても、我々は自ら衛兵に捕まるつもりだった。法と秩序を乱した以上、公の場で罰を受けるのは当然の事だ」


「……そこまでの覚悟を固めてまで、何故セレンの命を狙う? 彼女が一体何をした? 実の両親を失った、ただの幼い子供だぞ!」

 ハインツの詰問に、男は内心の心情を絞り出すように叫んだ。


「正しい事だからだ! アルダは言われたはずだっ、ヴィダの新種族はこの世界を乱す存在だと! 今は無害でも、友好的でも、何れ大きな禍に成ると!

 神の言葉に従う事の、何が悪い!?」


 オルバウム選王国のアルダ過激派は、ハインツ達が名声を得ている事に強い焦りを覚えていた。

 原種吸血鬼を倒したS級冒険者、しかも勇者の証明である【導士】ジョブに就いている。

 そして、何とダンピールの少女を保護している。


 今ではセレンを融和派の象徴にしようという有形無形の動きが既にあり、このままハインツ達が活躍を続ければ、ハインツ同様にセレンに名誉貴族位を与えようとする公爵も出て来るだろう。


 そうなれば、オルバウム選王国でヴィダの新種族を認める動きはますます強くなる。そうなってからでは遅い。

 既に十分遅いが、少しでも早くセレンを抹殺しなければならない。

 しかし、何か手を打とうにも犯罪組織を利用する事は出来なかった。……心情的な問題では無く、グーバモンが何者かに倒された事で、この公爵領の過激派の大物が伝手を持つ犯罪組織が、動けなくなったからだ。


 そのため、この覆面の過激派達は極端な手段に出るしかなかったのだ。


「融和派などっ、軟弱な妥協っ、ただの異端の教えに過ぎないっ! それを正しいかのように喧伝する貴様等は、背信の徒だ!」

 自分の立場も忘れて喚き散らす男に、流石に額に青筋を浮かべたエドガーが黙らせようとする。


「確かに、その通りだ」

 しかし、それをハインツが止めた。


「アルダは過去、君の言う通りヴィダの新種族を根絶する事を望んでいたし、きっと今もそうだろう。そうでなければ共に魔王と戦った女神と争うはずがない。考え方を変えたのなら、アミッド帝国の教皇や聖職者たちに迫害を止めるよう、神託を下す筈だ。

 それが今までないと言う事は、過激派と呼ばれる君達の主張とアルダの意思は同じと言う事だろう」


 ハインツが続けた言葉に、エドガーや覆面の男は勿論、他の過激派も驚いて動きを止める。

「な、何がいいたい?」

 融和派の思想を根底から否定するハインツに、それを先に訴えた覆面の男も困惑する。その彼にハインツは更に問うた。


「だが融和派でダンピールの少女を保護している私に、アルダは加護を与え自身の御使いを遣わしてくださる。これは何故だ?」

「っ!?」


 アルダの意思がハインツの行いを認めないのなら、彼が異端で背信の徒なら、何故彼は【御使い降臨】のスキルで御使いをその身に降ろす事が出来るのか。

 それはアルダがハインツを認めているからではないのか?


 目を見開いて絶句している覆面の男にハインツは苦笑いを浮かべた。

「だからと言って、私の主張が正しい訳じゃない。きっと、アルダも迷っているのだと思う」

「神が、迷うだと? そんな事が……?」


「だから、私はそれを確かめたい。そしてもし、アルダが融和派を認めずヴィダの新種族の根絶こそが正しいと言うのなら……訳を聞いて、説得するさ」


 神に会って話を聞き、説得する。不遜にも思えるハインツの言葉に覆面の男は息を飲み……大きく息を吐いた。

 そして自ら覆面を取ると、何処か吹っ切れたような顔つきで言った。


「我々の、負けだ」




 セレンの暗殺を目論んだアルダ過激派の者達はこの後、自ら衛兵の詰め所に出頭し縛についた。

 当然極刑が検討されたが、ハインツ本人の嘆願に寄り命は助けられたものの、犯罪奴隷の身に落される。しかし、その彼らの身柄をハインツ達が買い取り、『ザッカートの試練』の場所の探索とアルダの真意を探るための冒険に導いたという。


 これが彼の【聖導士】として初めて他者を導いた記録である。

7月5日に閑話16 前哨戦 オリジン 8日に閑話17 連鎖 12日 閑話18 勝ったぞ を投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
肝心の神がガチムチ脳筋原理主義者というしょーもない状況だからね ハインツに関しては駒欲しさの焦りで、いざとなれば強制執行とかするつもりなのだろう
[一言] この時過激派に説いた言葉を軸に行動してれば例えヴァンダルーの敵だとしてもそれなりに認められてたでしょうね ほんと軸ブレブレすぎなんすよねハインツ、最終決戦のアルダ妄信者と同一人物か?ってくら…
[一言] 書籍9巻に含まれるだろうこの話、多くの読者が感じてるハインツのダメな点である「主義主張がブレ過ぎ」の原点ですね。 ここでの発言が本人の軸になっていれば、アルダの走狗になることもなかったでしょ…
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