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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第六章 転生者騒動編
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百十九話 王を吹き飛ばす男

 乾いた地面に、一人の青年が槍を携えて立ち尽くしていた。周囲には誰も居らず、五十メートル四方の壁で外界から隔離されている。

 まるで闘技場の様だ。


(私は数限りない罪を犯した、らしい)

 青年はやや靄のかかった記憶を呼び起こした。最初は、ただ腹いっぱい食べたかった。そんな理由で手製の槍を手に冒険者ギルドへ向かった。


 町の清掃や先輩冒険者の荷物持ちをやる内に、冒険者としてのノウハウを身に着けて行った。気の良い先輩冒険者から、槍の手解きも受けた。

 初めて討伐依頼を受けた時に手にしていたのは、その先輩冒険者が使い古した安物の槍だった。


 冒険者としては珍しくも無い話だが、初めて殺した人は山賊だった。D級冒険者へ昇格するための試験として受けた討伐依頼での出来事だった。

 槍でボロボロの皮鎧の隙間を突き刺して息の根を止めるまでは、冷静だった。だが、気がつくと地面に蹲って反吐を吐いていた。


 その時一緒に試験を受けた冒険者達と慰め合っている内に、パーティーを組む事に成った。それからは、一気に時間が早く流れたような気がする。

 オークやリザードマンの討伐依頼で苦労していたはずなのに、気がつくとワイバーンやグールバーバリアンを討伐し、コボルトキングを討ち取る様になっていた。


 槍は何時の間にか鍛造されたマジックアイテムの槍に代わり、更にミスリルの穂先を持つ一級品に成っていた。


 A級冒険者に成り、より上位のドラゴンや吸血鬼、レジスタンスを名乗って国を荒らし回るケンタウロス族の頭目や、魔境の深部で悪神を信仰していたラミアクイーンを討ち果たして来た。

 伝説級アーティファクト、アイスエイジを手にし、『氷神槍』の二つ名で呼ばれるようになったのはその頃だったろうか。


(その時には、私は冒険者では無くなっていたのではないだろうか。『法命神』アルダと『氷の神』ユペオンの使徒として、正義を成すのだと、それが目的に成っていた気がする)


 そして仲間達と共に母国であるミルグ盾国が苦戦する対タロスヘイム戦に参加し、そして立ち塞がる巨人種を次々に倒した。腕を斬り飛ばし、腕がもう無ければ首を突いた。立ちはだかる者は子供同然の少年も、皺だらけの老人も、女も、正義の為に区別無く倒した。


 そして仲間達と別れて王城に攻め入り、乱心したヴィダが作りだした邪悪な魔術装置が封印されている地下への入り口を探す内に……。


『よぉ、久しぶりだな』

 岩を擦り合わせたような低い声に、青年は……ミハエルの意識は現実に引き戻された。

 視界に、覚えの無い顔の巨人種の姿がある。顔の半分が骨だけの、巨人種でも特に大柄の男だ。


(久しぶり? 誰だ?)

 思い出せない。久しぶりと言うからには、会った事があるのだろう。恐らく、この男を殺したのは自分なのだろう。

 しかし、思い出せない。


 しかしミハエルの身体は命じられた役割を果たそうと、彼の意識を置いてきぼりにして動いていた。

『構えてください。訓練を開始します』

 頑丈な黒曜鉄製の槍に、やはり頑丈な黒曜鉄製の鎧。幾つかは、皮膚の代わりに直接鋲を肉に打ち張り付けられている。

 生前纏っていた装備と比べると動き辛く、頑丈さでも劣る。勝るのは重さだけだ。


 これがミハエルにヴァンダルーが与えた装備だ。稽古用の木人には、十分すぎる装備だと。


『お前がここに設置されてから、一月以上経ったか? その間俺はよ、結構坊主に意見したんだぜ。

 流石にこれは無ぇだろうとか、戦士としての誇りが云々とか、こんな形で仇を貶めても自分の度量が疑われるだけだとか、らしくも無く小難しい事をくどくどとよぉ』


 男はそう言いながら、黒い巨大な剣を鞘から解き放った。同じ黒でも、今自分が構えている槍とは格が完全に異なる事が、ミハエルには分かった。

(私の身体に埋め込まれている肉片と同じ、魔王の欠片で出来ているのか)

 ミハエルの身体には、ヴァンダルーによって指先程の大きさの【魔王の甲羅】が幾つも埋め込まれている。


 生前アルダの敬虔な信者であり、ユペオンの分霊が宿ったアーティファクトを携えたミハエルをかの神達がどうにかしようとしたら、若しくは何かの拍子に正気に返った時に内部で弾け魂を砕くために。

 態々自分の肉を引き千切り、それをアンデッドにして甲羅を纏わせて作ったものだ。


(その欠片を武具に加工したものを持っていると言う事は、この男はあの方が信頼を置く存在か)

 ミハエルの意識に男に対する羨望と、その位置に立てなかった自分への失望が満ちる。


 だが男の意識は、別の物で満ちているようだ。


『町の連中も大体蘇って、酒飲んで肴にマヨネーズを付けて喰って、将棋やリバーシで楽しくやってる。ヌアザの坊主なんて、嬉しそうに石像を彫ってるぜ。

 あいつの忘れ形見のゴーファに、孫にまで会えた、レビア様も、この前ジーナとザンディアの嬢ちゃんも返ってきた』


 男はそう言いながら、巨大な剣を地面に突き刺した。そして代わりに手に取ったのは、黒曜鉄製の訓練用剣だ。

 大きさこそ同じだが、刃の無い剣の形をした頑丈な金属の塊でしかない。


 だが男から発せられる憎悪は本物だ。


『比べてテメェは哀れなもんよ。本当の意味で先が全く無ぇ。憎む気すら失せちまう……そう勘違いしていたぜぇ!』

 男から吹き上がる怒気を全身に浴びながら、ミハエルは記憶に引っ掛かりを覚えた。


(ジーナ。そしてザンディア……何度も聞いた名だ。ああ、そうだ……)

 自分と同じように、死後あの吸血鬼に囚われた者達だ。うっすらとだが覚えている。仲間を倒されて怒り、悲しみ、それでも覚悟を揺るがさなかった巨人種の女と少女。


(では、この男はあの時最初に倒した――)

『テメェに殺されなきゃあ坊主達には会えなかった! だがよっ、テメェ等が攻めて来たから誰も彼も二百年も苦しむ羽目に成った! 悪いのは負けた俺だ! 俺達だ! それは否定しネェ!

 だからよ……テメェをぶちのめすのは一度だけだ!』


 獣じみた咆哮を上げながら、男が……ボークスが突っ込んでくる。

(速い!?)

『訓練を開始します』

 動揺を表に出せないミハエルは、機械的にボークスに対してそう告げると駆け出した。


 その動きの速さと滑らかさは、ゾンビとしては驚愕に値する。

 だがボークスの動きの方が速く、勢いと力があった。

 初撃は槍で逸らし、反撃を繰り出そうとしたら逸らしたはずの剣がもう戻っていて、逆に弾かれてしまった。


(あの時より、ずっと強くなっているのか)


 武器は共に頑丈なだけが取り柄の訓練用。マジックアイテムも武技も無し。この状態のボークスとミハエルの力量は拮抗していた。

 生前より強くなったボークスと、生前より弱くなったミハエル。


 そして何より、精神状態が異なる。

 次第にミハエルの槍はボークスの攻撃を捌き切れなくなり、攻撃を繰り出す隙が無くなっていく。剣が掠る様になり、ミハエルから装甲板や耳を引き千切られる。


 百合も打ち合う頃には槍が圧し折られ、ミハエルは壊れた人形のように宙を舞い、成す術も無く地面に激突した。

(見事だ。もし武技を使っても良い実戦だったら、もっと早く決着はついていただろう)

 無事な骨が殆ど無いミハエルは、仕方なく遠い空を眺めながら思った。今の彼のランクは幾つだろうか? 自分は10だから、それ以上だろうか。


 もう一度姿を見たいとミハエルは思ったが、『チッ、あばよ』と声が聞こえた。どうやら、叶わないようだ。

 そのままミハエルの意識は、霧散した。


(ッ!)

 そして、不意に目覚めた。

(修復が終わったのか)


 一度完全に破壊されたミハエルは、元通りに成った死体の身体で、ゾンビとして何度目かの復活を果たした。


 ミハエルはヴァンダルーによって、訓練用アンデッドとして調整されていた。破壊されると、訓練場に仕込まれたマジックアイテムにより、霊が引き戻され自動的にゾンビとして復活してしまう。

 肉体の損傷も、装甲板の歪みも元通りに直される。

 そして、また壊れるまで訓練に使われる。


 これがヴァンダルーの考えた、ミハエルの有効活用法だった。

 タロスヘイムにとって怨敵であるミハエルを、仲間に加えるつもりは無いし、あっても出来ない。

 しかしミハエルはグーバモンの調整のせいで本領を発揮できないが、ランクは10あるので貴重な存在ではある。


 なので、訓練兼経験値源として利用する。数十回か数百回で使えなくなるだろうが、その時は魂を砕いてしまえば、何かの奇跡でアルダの所に逝く事も無い。


(私はただ、ヴィダの新種族を迫害する事を是とする国に生まれ、是とする神を信じ、その国の冒険者として生き、そして英雄として戦った。

 ただ、あの方にとっては罪でしかないと言うだけだ)


 あの方とミハエルが呼ぶヴァンダルーは『ヴィダの御子』なのだから当然だ。

 贖罪の機会すら、与えられない。


(ならせめて、最後まで私は訓練用の木人として役立とう。あの方の為に戦う事が叶わないなら、あの方の為に戦う者達の糧に成ろう。

 どの道既に、それ以外出来る事は無い)


 訓練場は既にボークスは去った後なのか、彼が突き刺した剣の痕が地面に残っているだけだ。

 しかし、すぐに次の者が訓練を受けにくる。それと打ち合って、勝てばそのまま終わり、負けて破壊されれば束の間の眠り。

 それを繰り返すのだ。魂を砕かれるその時まで。


『あ゛ぁ~……』

 丁度、次の相手が入って来た。ミハエルは槍を構えた。

『構えてください、訓練を開始します』


 見た事も無い異様な姿の女ゾンビの姿に、ミハエルはふと既視感を覚えた。

『かいし……する゛ぅ!』

 だが、巨大な拳を握った女ゾンビ……かつてのミハエルの仲間の死体を繋ぎ合わせて作られたパッチワークゾンビのラピエサージュは、彼がその正体に気がつくよりも早く彼に襲い掛かった。




 レジスタンス組織『サウロン解放戦線』のリーダー、イリス・ベアハルトは集まった仲間達に告げた。

「デビスに任せた別働隊は今頃、我々から離れて第三アジトに向かっているはずだ。他の隊も、撤退を開始している。

 つまり、援軍は期待できない。我々はこの山地のキャンプ地で孤立無援だ」


 悪い筈の告白に、仲間達は動揺を見せずに彼女の次の言葉を待つ。


「そして、占領軍に潜入している協力者によれば派遣された討伐隊の数は我々の五倍。今頃、三方に分かれて我々の逃げ道を潰しながら迫っているだろう」


 悪いどころか絶望的な状況。それにイリスの仲間達……元偽レジスタンスのハッジ達は初めて動揺を見せた。

「そんな……つまり俺達の罠に奴らは嵌まったって事か!」

「そんな大量の獲物、ダンジョンでの訓練ぶりだぜぇ!」

「……対人戦って、初めてなのよねぇ。どんな手応えなのかしら。ウフフッ」


 悪の狂戦士集団にしか見えないハッジ達の様子にイリスは苦笑いを浮かべて、釘を刺した。

「戦意が高い事は嬉しいが、降伏した者は殺さないでくれよ。情報が欲しいからな」

「ですがリーダー、奴らが弱すぎたら――」

「命令違反者には支給品を制限すると、前から言ってあるはずだぞ」


 その一言で口答えをした男は、慌てて引き下がった。狂戦士達も、血の臭いよりも香ばしいスパイスの香りの方を気に入っているようだ。


『『サウロン解放戦線』の『解放の姫騎士』よっ! 貴様等は包囲されているっ、潔く降伏せよっ! 降伏するならば、命は保証しよう!』


 その時包囲を完成したらしい討伐隊からの降伏勧告が響いた。風属性魔術か、マジックアイテムで声を大きく響かせているのだろう。

 それにイリス達は一様に失笑を浮かべる。


「命は保証するか。どう思う?」

「そうっスね……俺達は纏めて絞首刑じゃないですかね?」

「リーダーは尋問と拷問の後、何日か兵士連中に犯られて、その後町中引き回されてやっぱり公開処刑じゃない?」

「え、そこは慰み者にされるけど命だけは助かるパターンじゃ?」


「馬鹿ねー。そんな甘い訳ないじゃん。一国の御姫様とか大物貴族の奥さまや令嬢ならありだけど、リーダーはそこまでじゃないし」


「だろうな。私も同感だ」

 口々に悲観的な予想を述べるハッジ達に、イリスも口の片端を釣り上げる。


「では、作戦通り戦闘開始だ」

 その途端バラバラに駆け出していくハッジ達。イリスも鞘から愛剣を抜き駆け出した。

「参ります、父上っ」

『……い゛ぃりすう゛ぅ……』


 一方討伐隊は、自分達の勝利を疑っていなかった。

 『サウロン解放戦線』は亡き『新生サウロン公爵軍』のリーダー、レイモンド・パリスが残したレジスタンスを吸収し、以前よりも活発に反政府運動を行っている。


 しかし、『新生サウロン公爵軍』の中心メンバーは全て前レジスタンス討伐隊隊長マードックの手により討伐されている。元騎士のメンバーは全滅し、合流できたのは戦力に劣る者ばかりだ。


 そして『解放の姫騎士』は再編成された討伐隊の手によって、僅かな手勢と共に孤立無援の状態。数はこちらの五分の一程で、正に窮鼠だ。

「しかし鼠は時に猫を噛む。油断するな」

 指揮官の騎士はそう部下を注意するが、それは買い被りだったと直ぐに思い直した。


 レジスタンス達がバラバラに包囲している部下達に向かって来たからだ。全身に金属甲冑を纏っているのに、妙に動きが速いが、自分達から孤立して襲い掛かって来る重装歩兵の何を恐れる必要があるだろう。


「隊長、奴等自棄になったようですね」

 内心では副官の言葉に同意しつつ、しかし部下達が緊張感を緩めないよう厳しい声で指示を飛ばす。

「油断するなっ! 自分達を囮に姫騎士を逃がす作戦かもしれん! 前衛盾職は敵の足を止めろ! 弓兵と魔術兵で止めを刺せ!」


 占領軍が再編成したこの討伐隊の錬度と装備の質は高い。盾職の前衛たちは迫りくるレジスタンス、ハッジ達に向かって盾を突きだして、命令を実行した。


「「「「「【岩壁】! 【岩体】! 【挑発】!」」」」」


 【盾術】と【鎧術】の武技三連続発動。防御力を二重に強化し、敵の戦意を強制的に自分達に向けて惹き付ける。

 その背後では弓兵が鎧の隙間を狙い、魔術兵が呪文の詠唱をしている。

 これで十秒後には、勇ましく雄叫びを上げるレジスタンス達は次々に倒れ伏す事だろう。


「行くぜ、相棒! 【断岩】!」

『「うおおおおおおおおお!」』

 その予想を打ち砕かれたのは、前衛の盾職がレジスタンスの放ったハルバードの一撃を受けた時だった。


「お、おもっ! ぐあああっ!?」

 構えた盾が割れ、耐えられずに甲冑を纏った盾職が腕から血を迸らせながら後ろに倒れる。

 すかさず控えていた隊員が前に出てその穴を塞ぐ。だが頭の中は驚愕に塗り潰されていた。


(馬鹿なっ! 同程度のスキルレベルの持ち主が同程度の武技を放ったら、防御側が有利なはずだぞ!?)

 それが常識だ。勿論装備の質に差があれば違うが、その差が余程大きく無ければこんな事は起きない。

 そして隊員の目から見て、レジスタンスの腕は悪くはないが自分達を明確に上回る程では無く、得物のハルバードもそれ程の品ではない様に見えた。


「合わせろっ、相棒! 【三連突き】!」

 だが現実では、隊員が咄嗟に構えた盾がハルバードの穂先に腕ごと貫かれ、自分の血を浴びている。そしてダメだと分っていても手から盾が離れ、がら空きに成った所に再び穂先が突きだされた。


(相棒って、誰だ?)

 喉を穂先で貫かれた隊員は、一人で孤立しているはずのレジスタンスを見つめたまま事切れた。


 これとほぼ同じ事が同時に、戦場の至る所で起きていた。

「せ、攻めに転じろ! 弓兵、魔術兵は順次攻撃せよ!」

 こちらの防御力をレジスタンスの攻撃力が数段上回っている事を見てとった指揮官は、慌てて守りから攻めに作戦を変えた。


 それに同僚達を倒された動揺や驚きを脇にのけ、素早く従った討伐隊の隊員達は精鋭の名に恥じない優秀な者達だったのだろう。

 しかしレジスタンス達はそれをものともしない。


 切りかかる騎士を数合打ち合うだけで態勢を崩させて、大技を叩き込む。隙を見つけて矢や魔術を撃ち込んでも、まるでダメージを受けている様子を見せない。


「はっ! 大した事ねェな!」

『後ろだ』

 兜の内側から響いた声に反射的に従ったハッジがハルバードの柄を後ろに突きだすと、彼の背後を狙った軽装兵が慌てて飛び退いていた。


「助かったぜ、相棒っ」

『礼は、殺し終わってからにしろ』

 ハッジ達レジスタンスの相棒、それは彼等が身につけている鎧……リビングアーマーだった。


 ダタラ達鍛冶師班が鍛えた冥銅製の鎧の上に、ヴァンダルーが【ゴーレム錬成】で鉄のメッキを施し偽装した鎧に霊を憑けて、リビングアーマーにしたものをハッジ達は身につけているのだ。


 これによりハッジ達は防御力だけでは無く、【怪力】スキルを持つリビングアーマー本体と連動して動く事で自分の筋力以上の力を発揮する事が出来る。

 更にリビングアーマーは戦っている間も、ハッジ達の周囲を警戒している。そのためハッジ達には死角が存在しない。


 タロスヘイムの一般人を対象とした訓練と同じと言えば同じだが、ハッジ達とリビングアーマーはそれぞれが【連携】スキルを獲得している。その効果により、お互いの力を百二十%発揮する事が出来るのだ。


「隊長っ、このままではっ!」

「狼狽えるな! 一旦態勢を立て直す! 敵に魔術師は居ない、隊を合流させ……あれは姫騎士か!?」

 副官に檄を飛ばして指揮を執る指揮官の目に、こちらに向かって切り込んでくるイリスの姿が映った。


 姫騎士本人まで前線に身を晒している事も驚愕だが、指揮官が注目したのは彼女の動きだ。まるで舞でも踊るような軽やかな体捌きで討伐隊の剣や矢を回避し、だが彼女の後ろには鎧の隙間を貫かれ切り裂かれた隊員たちが転がっている。


 あの動きを、指揮官はかつて見た事があった。

「あれは、ベアハルト卿の……まさか姫騎士とは奴の娘か!」

 かつてアミッド帝国軍とサウロン公爵軍の戦いで、幾人もの兵士や騎士を倒し、恐れられた騎士、ジョージ・ベアハルト。イリスの動きはそれに酷似していた。


「【飛突】!」

 直衛の騎士が構える巨大な盾の守りの僅かな隙間を、刺突を飛ばす【剣術】の武技で攻撃し兜の奥の目を貫くイリス。

 そして出来た大きな隙間に切り込み、驚愕に目を剥いた指揮官が構えた剣を弾き、脇の下の動脈を切り裂く。


「ぐあああっ!」


「我々相手に包囲戦で兵を薄く配置したのは、失敗だったな。

 指揮官は倒れた! これより殲滅戦を行う! 命が惜しければ武器を捨て投降せよ!」

 衝撃で倒れた指揮官の腕を踏みつけ降伏を迫るイリスに、副官は反射的に剣を振るうが一撃で斬り倒される。

 隊長と副隊長を失った討伐隊は、戦意を失って次々に武器を捨てるのだった。


『よくやった……イリスぅ……』

 禍々しい輝きを宿した細身の剣を鞘に収め、それに宿る父にイリスは呟いた。

「はい、父上のお蔭です」


 ラムダ初の【アーマーテイマー】ジョブを獲得したハッジ達を率いる、カースウェポンと化した剣を振るう【呪霊剣士】ジョブに就いたイリス・ベアハルト。

 彼女達はその活躍によって、アミッド帝国占領軍を震え上がらせる事に成る。




 その頃ヴァンダルーは、【盾術】と【鎧術】の訓練をしていた。

 タレアが作った【魔王の甲羅】と【魔王の角】を組み合わせて作った、ヴァンダルーの身体の大半が隠せる大盾。そして初めてベルモンドと戦った時に使っていた、冥銅製の液体金属の鎧を装備して、訓練に励む。


「……凄い、地味ですね」

 しかしその訓練は、他の訓練は殆ど文句を言わずに取り組んできたヴァンダルーが、思わずそう呟くくらい地味だった。

 まずはフル装備で、歩く、走る、飛ぶ、這う(匍匐前進)を繰り返すだけ。


「仕方ないだろ、盾と鎧の術なんだから」

 教官役で来ている元ハートナー公爵領の開拓村の冒険者、カシムが苦笑いを浮かべる。

「そうね。【剣術】や【槍術】とかの、武器のスキルなら攻撃する練習を積めば身につくけど、盾と鎧はそれじゃあ獲得できないから、仕方ないのよ」


 ヴァンダルーの僕を自称する赤毛の女吸血鬼、エレオノーラがカシムの言葉を補足する。

 攻撃と防御。どちらが重要なのかは考えるまでも無いだろう。しかし、スキルの獲得となるとどうしても攻撃の方に人気が偏る。

 防御は防具を身につければ、それだけである程度補えるが、攻撃は武器を身につけているだけでは補えないと言う問題もあるが……どうしても動きが派手に成る武器の修練の方を新人冒険者は注目する。


「私も【剣術】スキルの訓練の方が好きだったから、気持ちは分かるけど」

 元冒険者で、今はグールハイマジックウォーリアーのカチアが人種だった頃を思い出してそう言う。それに頷きながら、グールアマゾネスリーダーのバスディアが続ける。


「盾術と鎧術は、まず防具を身につけて身体を動かす練習から始めないと危険だ。ヴァンはもう筋力も体力も十分すぎる程在るが、防具を身につけると重心が変わる。慣れてないと訓練中に体勢を崩して転ぶからな。

 私は【盾術】だけだが、最初の頃は何度も自分の盾のせいで転んだり、酷い時は盾に頭をぶつけたものだ」

 バスディアが、愛用の巨大な仮面を模した細長い盾を掲げて見せながらそう言う。確かに、この独特の形状をした盾の扱いは難しそうだ。


 カチアが言うように新人冒険者に【盾術】と【鎧術】の人気が無い理由の一つが、この訓練序盤の地味さと、そして辛さだ。


 重い鎧と盾を身につけての全身運動は、地球やオリジンより身体能力が上がりやすいラムダの人間でも最初は辛い。

 武器スキルの習得でも筋力や体力は必須だが、やっている事がただの全身運動と素振りや型の練習では、やはり精神的な充実感が異なるらしい。


「それにヴァンダルー様は、時々盾を持っている事を忘れて四足走行に移ろうとしたり、バランスを崩すと舌を地面に伸ばしたりするし。

 スキルを獲得した後は良いけど、その前にそんな事をしているとスキルが身につかないわ」

「【飛行】で飛ぶのも今は駄目だぞ、ヴァン」

「【幽体離脱】もねっ!」



 これまでヴァンダルーは防御を基本的に、優れた身体能力による回避か、死属性魔術による結界や、ピート達防御力が優れた魔物に頼っていた。

 それが【盾術】や【鎧術】の習得では、障害に成っているようだ。


「まあ、どうせ手っ取り早く魔物式の訓練でやるから、勘が掴めたらそれで良いんだけどな。

 じゃあ、そろそろ組手行くぞー」


 そう言いながらカシムがメイスを肩に担いで前に出る。

 冒険者式の訓練は防御の型の練習と、木製の武器を振るう教官の攻撃を只管防ぐ模擬戦を繰り返す、根気が必要な方法。

 しかし、魔物式とは鎧と盾を持っていきなり実戦を経験すると言う、時間は短くて済むが訓練者の生存率が五割を切る方法である。


「お願いします」

 しかし、ヴァンダルーのように既に高い能力値を持つ者が、伝説級の防具を身につけて実行するには魔物式の方が良い。


「ヴァンダルー様っ、怖くても魔術を使っちゃダメよ!」

「頑張れ、ヴァン!」

「当たっても痛くないだろうから、大丈夫よ!」

 【盾術】と【鎧術】の訓練に成らないので、魔術の使用は厳禁だ。なので、使い慣れない盾と鎧でカシムの攻撃を防がなければならない。


「そんなに心配しなくても大丈夫だって。うっかり当たっても、カチアさんの言う通り俺の攻撃じゃあ、武技を使っても掠り傷にも成らないだろ」

「……武技、使いませんよね?」

「……ヴァンダルー。実は俺、まだ彼女が出来ないんだ」


「何故それを今告げるのか、説明を――」

「行くぞぉぉぉっ!」

 有無を言わさず、メイスを振り上げてカシムはヴァンダルーに殴り掛かった。


 勿論、それぞれナイスバディな灰褐色に赤い文様が栄えるグールの美女や、同じくグールの女剣士、赤毛の美女吸血鬼にモテているヴァンダルーに八つ当たりするつもりは、カシムには無い。ちょっとでも危機感を覚えて貰った方が、訓練の効率が上がると考えた結果、行った演技だ。


 実際、カシムの動きはヴァンダルーの目から見てそれ程速くない。全身鎧を身につけたカシムの突撃は迫力があるが、【危険感知:死】が反応する程では無い。


 なのでヴァンダルーは、若干の余裕を持って盾を構え、カシムの攻撃を受け止めた。


「おぉっ?」

 そして薙ぎ払われて吹っ飛んだ。




・ジョブ解説:アーマーテイマー


 リビングアーマーを専門にしたテイマージョブ。テイムしたリビングアーマーを自ら装着し、共に行動する事を前提にしている。

 アンデッドテイマーの下位ジョブの一つである。


 【鎧術】や【連携】、【従属強化】、【●●鎧装備時防御力強化】(●●に入る文字は、テイムしたリビングアーマーが金属か非金属かによって変わる)スキルの獲得に補正を得る事が出来る。




・ジョブ解説:呪霊剣士


 カースウェポン化した剣を使う剣士が就く事が出来るジョブ。前提条件として、カースウェポンをテイムしなければならない。

 アンデッドテイマーの下位ジョブの一つでもある。


 【剣術】、【連携】、【限界突破】、【呪霊剣限界突破】、【従属強化】、【呪霊剣装備時攻撃力強化】等のスキルの獲得に補正を得る事が出来る。

閑話みたいな六章開始ですみません。


6月30日に120話、7月4日に閑話15ハインツ 5日に閑話16前哨戦(オリジン)を投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 『氷の神』ユペオンは、自らが選んだ英雄ミハエルの いまの在り方、 主人公の支配下におかれていることがどうしても許せない、 水の大神が主人公を認めていることに納得できない、 そんな感じなのかも…
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