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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第一章 ミルグ盾国編
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十三話 寿命を削りすぎたサプライズ

「ではまず、坊やの使う魔術や覚えているスキルに付いて教えてはくれんか? 勿論、坊やが話したくないのなら詮索はせんが」

「いえ、あなたを信頼していますから。……将来的に、知っている連中が百人くらい出て来る予定ですし」

 ザディリスに魔術の手解きを受ける上で、彼女にヴァンダルーが使う事が出来る魔術や覚えたスキルについて話すのは、重要な事だ。その上でザディリスの知識と経験に基づいた指導と助言を貰う事が出来る。


 ただ、その代わりヴァンダルーが使う死属性魔術に関する情報がザディリスに渡る事になる。そうでなくても、普通冒険者でも魔物でも自分のスキルについて軽々しく他人に話す事は無い。それは自分の弱点を晒すのと同じだからだ。


 だがある程度の信頼関係があれば、そう珍しい事では無い。冒険者だってパーティーを組む仲間にまでスキル構成を秘密にしては、連携も何も無いからだ。魔物の場合は分からないが。

 それにヴァンダルーの死属性魔術に関してはまだ数十年単位で先の事だが、オリジンからやって来る百人の転生者全員が知っている事だ。


 たとえロドコルテが奇跡的に死属性魔術に関して教えなくても、ヴァンダルーが囚われていた研究所にまだ資料が残っているだろうし、ヴァンダルーの死属性魔術を利用して作ったマジックアイテムは既にオリジンの複数の国に広く流通していた。当時は死属性魔術では無く、独自開発した生命属性魔術から創りだしたと偽装していたようだが、とっくに露見しているだろう。


 なのでヴァンダルーがオリジンで死んだ後、雨宮寛人達が死属性魔術について知るのは当然。寧ろ、知らずにいるのが難しいぐらいだ。

 だから、ザディリスのように信頼できる相手に秘密にする理由をヴァンダルーは思いつかなかった。


「百人? まあ、良いがそれで坊やの魔術についてじゃが――」

 この時、ザディリスはヴァンダルーの魔術は特殊な生命属性魔術だと思っていた。生命属性の魔術とアンデッドには一見関連性が無いようだがこのラムダでアンデッド使いとは生命属性魔術師だったからだ。


 死体に無理矢理生命力を注ぎ込み、人工的に動く模擬生物に創り変えるのだ。勿論無理な状態を強いるので、そうして作り出されたアンデッドは、魔境やダンジョンに発生するアンデッドよりも基本的に弱い。

 その問題点を克服した特殊な術を使えるのだと思っていたので、ヴァンダルーに死属性魔術に付いて聞かされると彼女は絶句した。


「し……死属性? 新しい……九番目の属性じゃと? そんな物が、本当にあるのか……いや、本当なのじゃろうな。実際、アンデッドを従え儂も知らない魔術を唱えておったし」

 オリジンでは死属性は八番目の属性だったが、ラムダにはオリジンに無かった時属性が存在するので九番目の属性という事になる。


「やっぱり驚きます?」

「当たり前じゃっ! 新しい属性魔術の価値を知る魔物なら、誰だって興味を示すわ!」

 魔物にとって魔術は生きていくための力であり、そして力が強い者が上に立つ実力主義社会で伸し上がって行くためのものだ。


 そして未知の魔術は、誰も知る者がいないだけに対抗手段を誰も知らない。だというのに、属性全体が未知と成れば初見殺しの手段が豊富だという事になる。

 ラムダではオリジン同様に属性魔術は素質が無ければ習得できない。それは魔物も同じなので全ての魔物が飛びつく訳ではないが、メイジの名の付く魔物ならどうにかして奪えないかと悪知恵を巡らせる事だろう。


「なるほど。あの冒険者共の魔術師が術を唱えられなかったのは、死属性魔術のせいという訳か」

 自分を襲った冒険者の、特に魔術師の男の死に様を思い出して思わずゾッとするザディリス。魔術師が魔術を奪われる事の恐ろしさは、グールメイジである彼女にとって想像に難くない。剣士から両腕を奪って蹴りで戦えというようなものだ。

 そう思うと、今更だが彼らに同情すら覚える。


「そうなると、光と風属性の適性しかない儂には死属性の術を直接教える事は出来んが、応用には活かせるはずじゃ。魔術とは、そういうものじゃからな」

 火属性と水属性は一見すると正反対の性質を持っているように思える。しかし火属性の神髄は熱を、水属性の神髄は液体と冷気を操る事に在る。


 なので火属性でも達人と呼ばれる魔術師は熱して燃やす事も、熱を下げて凍てつかせる事も自由自在。水属性の達人は溶けて液体に成った溶岩を手足のように操ってみせる。

 他にも土属性の術者が水銀や溶岩を操ったり、風属性の術者が空気から燃える要素を取り出し大爆発を起こしたり出来るそうだ。


「その辺りの事が、儂が子供の頃当時の長老から見せてもらった本に書いてあってのぉ」

 冒険者からの略奪品からザディリスはその知識を手に入れていた。魔物にとって本は人間か、他の魔物から奪うしかないので、手に入れるのが大変なのだそうだ。

「つまり、重要なのは適性がある属性の数では無く、どれほど技術を高めるかじゃ。勿論、複数の属性が使えた方が便利じゃ。じゃが複数の属性魔術が使える器用な、しかし小手先だけの冒険者の魔術師が火属性しか使えんゴブリンメイジにやられる事がある」


「そう言われると、やる気が出てきますね」

 オリジンでは散々「死属性と魔力以外見るべきものは無い」と研究者達に貶されてきたヴァンダルーにとって、ザディリスの教えは新鮮で、何より嬉しいものだった。感動すら覚えた。

 無表情なので見た目に変化は無いのだが。


「それで、その技術に重要なのが魔力じゃ。魔力の多さは魔術の修練に使える時間の長短に直結するからの。坊やの魔力はどれくらいなのじゃ? それによって修行の時間を変えねばならんからの」

「はい、一億くらいです」

「そうか、一億か。……なにぃっ!?」


 またギョッとして驚くザディリスの、外見年齢に似合う表情は可愛いなと思うヴァンダルーだった。


「い、一億……本当か? 儂でも一万に届かんのじゃぞ、それを坊やが……いや、未知の属性魔術も併せて考えれば……不自然ではない、のか?」

 ザディリスはヴァンダルーが自己申告した魔力総量の信じ難い数字に、困惑していた。普通なら笑うにも値しない下手な嘘だと思うが、目の前の子供にはそれが出来ない説得力がある。


 少なくともザディリスにはそう感じられた。

 それに実際下手な嘘をつく意味がヴァンダルーには無い。多少多めに言って見栄を張るなら兎も角、一億なんて大口どころでは無い。しかもこれから魔術の手解きをするのだから、真偽はすぐに分かってしまう。


「……まぁ、良い。坊やの魔力量に関してはすぐに分かるじゃろう」

 何とか驚きを飲み込んだザディリス。一方ヴァンダルーは、やっぱり魔力が一億あるのは異常なのかと彼女の反応でやっと確信を持ったのだった。人間社会に出たら、あまり言わないようにしよう。……ギルドに登録する時にはばれるのだが。


「では、魔術に関連するスキルはどうじゃ?」

「とりあえず【詠唱破棄】スキルがありますね。あと、【ゴーレム錬成】は魔術関連のスキルでいいんでしょうか?」

「……坊や、儂の寿命をどれだけ縮ませる気じゃ? 寧ろ、どうやって【詠唱破棄】を習得したのか、儂に手解きして欲しいぐらいなのじゃが。後【ゴーレム錬成】というのは聞いた事が無い」


 詠唱破棄スキルの希少さはダルシアからも聞いていたが、三百年近く生きているザディリスも驚くとは【詠唱破棄】スキルの希少さはヴァンダルーの想像以上の様だ。

 ただ、【ゴーレム錬成】についてはザディリスは【錬金術】を習得しているそうなので、知っていると思っていた。ゴーレムは錬金術で作る物だと、地球で得たサブカルチャー知識で思い込んでいたからだ。


「【詠唱破棄】の手解きと言っても、呪文の詠唱が出来ない状態で魔術を使いまくるだけですよ?」

「それが出来るのは坊やくらいじゃ、この魔力お化けめ」


 呪文の詠唱が出来ない状態で魔術を普段と同じ効果を発揮できるように使うには、通常の何十倍、何百倍の魔力を必要とする。なので、熟練の魔術師が一日に一回出来るかどうかなのだ。スキルが習得できる程乱発できるのはヴァンダルーの異常な魔力量があってこそなのだ。


 普通【詠唱破棄】スキルを獲得できるのは、余程の天才か幾つもの魔術系ジョブを極めた練達の魔術師、若しくは伝説級の魔物ぐらいらしい。


「この分では儂が手解きする必要が無いのではないか? どうせ無属性魔術や【魔術制御】も完璧なのじゃろ?」

 ややいじけた様子で言ったザディリスの言葉に、今度はヴァンダルーが驚いた。


「無属性魔術って、なんですか?」

「なんで知らんのじゃ、魔術の基礎じゃぞっ!?」

 結局ザディリスも驚かせたが。


 無属性魔術とは、文字通りどの属性にも変化する前の魔力を使った魔術である。どの属性も帯びていないので魔力があれば誰でも使えるため、魔術師はまず無属性魔術を覚えて魔力の制御等の基本的な修業を行うのが一般的だ。

 後、無属性魔術の効果は他の属性魔術に比べて弱くて単純な物しかないが、単純故に使い勝手が良いという特徴もあった。


「魔境で暮らしている儂らでも知っておるに」

「独学で修行していましたから」

 それに何より、ヴァンダルーの前世であるオリジンには無属性魔術が存在しなかった。

 本当に存在しなかったのか、それとも研究所の人間がヴァンダルーに意図的に教えなかったのか……十中八九後者だろうが、確認する方法は今は無い。寛人達が転生して来て、話す機会があったら聞いてみよう。


 少なくとも、研究者達はヴァンダルーの前で無属性魔術の事を一言も漏らさなかった。霊達は知っていただろうが、彼らは基本的にヴァンダルーが質問した事以外は、勝手に戯言を垂れ流すだけだ。

 ダルシアにしているように、ヴァンダルーが魔力を供給していれば人格を崩壊させずに保つ事が出来ただろうが、その当時の彼は自分の魔力を自由に使えなかったのだ。


 勿論そのダルシアは無属性魔術について知っていた。後で聞いたら、自分が教えるまでも無く知っていると思い込んでいたらしい。

『だってヴァンダルーったら誰に教わるでもなく魔術が使えるようになっていたから、てっきり……』

 と、いう事だ。


「では、無属性魔術から教えるか。何、儂はスキルを獲得するまで三年かかったが、坊やなら一年とかからんじゃろう。坊やの魔力量なら一日中修行しても余裕じゃしな」




 グールの戦士長、ヴィガロはふと足元に生えていた雑草を見て、もうそろそろ春だなと思った。

 暦がある訳でも無く文明的な農業をしている訳ではないグール達にとって、季節とは何となく感じるものでしかない。空気がジメジメして雨が続けば雨季、そのまま熱くなって夏、やや涼しくなって他の季節より果物の数が多くなれば秋、空気が乾燥して寒さを覚えるようになったら冬。


 そして温かくなってこの名も知らぬ雑草が生え始めたら春だ。


「あいつ等が来てから、もう半年近くか」

 彼の今まで生きてきた年月を考えれば、大した時間では無い。しかし、その短期間でヴィガロが百年以上生きてきた集落の生活には変化が起きていた。


 ヴァンダルーが「お世話になっていますから」と死属性魔術で食料の保存をしてくれるようになった。【鮮度維持】という魔術で、これまで季節によってはグールの丈夫な胃腸でも数日しか持たなかった生肉を数か月持たせる事が出来るのだという。


 これまで保存食と言えばゴブゴブか晴れの日に干した肉片ぐらいだった暮らしに、圧倒的な余裕が生まれた。お蔭でグール達は毎日狩りに出なくてよくなり、日々の鍛錬や訓練に回す時間が増えたし、無理をしなくてよいから負傷する者も減った。


 まあ、グールは本来なら怠惰な性質の種族なので余裕が出来たから怠ける者も出て来ている。日々研鑽と努力を重ねる事の重要性を説いて来たザディリスと、実感で知っているヴィガロのお蔭でそれほどではないが。


「それに、あいつが仕上げる肉は格別に美味い」

 ヴァンダルーは、グール達が日々食べる生肉に、食べる直前【熟成】の魔術をかけていた。こうする事で地球なら温度や湿度を管理した部屋で数日から数週間以上かけて作る熟成肉を、この竪穴式住居と蔵しかない集落で食べられる。

 これはグール達にとって恩恵という他ない。


 美味い肉を喰っているせいか身体の調子も良く、前よりも強くなった気さえする。

 春に成ったら出て行くつもりらしいが、何とか集落に留まってくれないだろうかと思っている者はヴィガロ以外にも数多い。


 大人だったら女を何人か専用という事にして宛がうのだが、二歳未満の幼児では流石にそれは難しい。


 だがザディリスによるとスキルの習得にもう少しかかるらしいので、夏頃まではいてくれるかもしれない。

 あいつは良い奴だから修業が上手くいって欲しいと思うが、同時に出来るだけ長く集落に留まっても欲しい。何とも複雑な気分だ。


 そんな複雑な気分のヴィガロの前で、彼の弟子達が強敵相手の狩りに挑んでいた。

「ワオォォォォォォン!」

「ガァァァァ!」

「弓を持っている奴を――いや、杖を持っている奴を先に殺せ!」


 集団戦を繰り広げる獲物とヴィガロの弟子達。

 とは言っても、獲物は冒険者では無い。ヴァンダルーが想像していた以上にヴィガロ達は冒険者を襲わないし、そもそもこの魔境に冒険者はあまり来ないのだ。


 最長老であるザディリスが若い頃冒険者の集団に集落の三分の二を狩られた事があるため、それ以後冒険者は出来るだけ襲わない事が集落の掟になった。冒険者を見つけても隠れてやり過ごし、闘うのは相手から襲い掛かって来た時のみとした。

 冒険者の肉の美味さと戦利品の貴重さをグール達は知っているが、それ以上に冒険者達の怖さを知っているのだ。


 他のグールの集落では、どうなっているか知らないが。


 そして魔境に来る冒険者の数が少ない理由をヴィガロ達は知らなかったが、この魔境の環境に原因があった。

 この魔境は広さも出現する魔物もD級からC級の冒険者に丁度良い水準の物だ。しかし、人間達の町まで三日の距離がある。

 更にその最寄りの町には数時間で行き来できる距離にヴィガロ達が居る魔境と同じ大きさの魔境が存在し、しかもダンジョンが複数発生している。


 なので町から近くてダンジョンのある魔境の方に冒険者達は自然と集中する。勿論魔境の魔物の数が増えるままに放置して魔物の大氾濫が起きてしまったら大事だが、その危険性は少ないと冒険者ギルドでは判断していた。

 何故ならヴィガロ達の魔境には亜人系の魔物が多いからだ。ゴブリン、コボルト、オーク、そしてグール等の種族の集落が乱立し、お互いに争うので冒険者が間引かなくても勝手に数を減らしてくれる。


 だから態々行かなくても別にいいという判断だった。ただ完全に放置するのも問題なので、一定の間隔で調査依頼をギルドで出す。それと、同業者が少ないから収穫が期待できるかもしれないと考える少数の冒険者に、ザディリスを狙った冒険者達のような特殊な目的がある者達が来るくらいだ。


 そのため集落のグールが冒険者と遭遇して戦いになるのは、年に一回あるかどうかだ。ではヴィガロの弟子達が何と戦っているのかというと、コボルトだった。


「ワオォォン!」

「ガルルルルッ!」

 人間と比べるとやや小柄な、犬が直立したような姿の魔物だ。力は人間と同じか、少々劣る程度。その代わり敏捷性に優れ、群れでの戦闘を得意とする等ゴブリンより数段頭が良い。


 平均的なランクは2で、上位種にはコボルトチーフ、コボルトジェロニモ、コボルトメイジ、コボルトキング等が存在する。

 今弟子達と戦っているのは短剣や弓で武装した通常のコボルトが三十匹、それより一回り以上大きく剣や槍で武装し鎧を着たランク3のコボルトチーフが五匹、そして杖を持ったランク4のコボルトメイジが一匹。


 対してヴィガロの弟子は十三人+三頭と一羽の編成だ。数では圧倒的に不利だが、グールはランク3の魔物だ。質では勝っている。

 それなのに苦戦しているのが、まだ半人前の由縁だろうか。


 グールの出生率は低いため、簡単に同族の数を減らす訳にはいかない。いざとなったら自分が加わるつもりだが、ヴィガロは最終的には勝てるだろうと思っていた。

 何故なら弟子達には突出した戦力が幾つかあるからだ。


『槍斧技、一閃!』

 強烈な勢いで振るわれたハルバードの刃が、正面のコボルトとその横にいたコボルトの首を纏めて刎ね飛ばす。

『お姉ちゃんっ、右は任せて! 薙刀技 二段突き!』

 右から回り込もうとしていたコボルトの喉と鳩尾に、グレイブの刃が突き刺さり背から切っ先が顔を出す。


『数が多いわね、それに素早い。皆っ、焦らずに行くわよっ!』

『前衛はあたし達に任せて、囲まれないように気を付けて!』

 リビングハイレグアーマーのサリアと、リビングビキニアーマーのリタだ。彼女達は半年余りの間ヴィガロ達グールから武術を学んだ。結果、スキルをまだ1レベルだが習得し、武技も使えるようになった。


 武技とは前衛職が技と武器に魔力を纏わせて放つ、通常の攻撃よりも優れた技の事だ。

 達人なら一瞬で数十の突きを放ち、ただの鋳物の剣で巨大な鋼鉄の塊をバラバラに切り裂いてしまう程の武技を使うが、1レベルの初心者の段階では通常の横薙ぎよりも威力の高い『一閃』や、二回突く『二段突き』が精々だ。


 だが、見ての通り初心者レベルの武技でも十分戦いには有効だ。


 後、レベルが上がったせいか喋れるようになっていた。これにはサムとヴァンダルーだけでは無く、ヴィガロ達も大いに喜んだ。それまで顔も無い珍妙な鎧だけの二人に、どうコミュニケーションを取れば良いのか困惑し続けていたからだ。


『ゴアアアアア!』

『ウォォォォォォォン!』

 そして骨猿、骨狼、骨熊はランク3のボーンビーストから、ランク4のロトンビーストにランクアップしていた。

 通常種のコボルト等既に相手に成らないレベルになっている三頭だが、今回は弟子達の訓練なので後衛で様子を見ている。


 時折毒のブレスを吐いてコボルトを牽制し、吠え声を上げて威嚇している。


『グェェェェ』

『我が子の成長を死後も見守れるとは、私は果報者です』

 そして骨鳥とサムはヴィガロと共に戦況を見守っている。骨鳥は偵察で活躍し、サムは戦闘終了後に活躍する予定だ。


「ワォォォォン!」

 自軍が劣勢に傾き始めたのに気が付いたコボルトメイジが、コボルト語で呪文を詠唱する。すると、コボルトメイジの前に炎の槍が出現する。ファイヤーボールのような範囲の攻撃では味方が巻き込まれるので、対象は単体でも攻撃力の高い魔術を選ぶ知能がある辺り、流石メイジと呼ばれるだけはある。


 ごぅっと空気を焼きながら炎の槍が放たれた。標的になったのは、敵の中で目立つ長物の武器を振るう妙なリビングアーマーの内一体。

 炎の槍は味方のコボルト達の間を縫うように飛び、リビングアーマーの片割れに迫る。


 その炎の槍に、リタはグレイブを上段から振るった。

『チェストォ!』

 炎の槍が砕け、炎が破片のように散らばり燃え上がる。


 普通なら幾ら重量があろうがただの鉄に魔術が斬られるはずは無い。しかし、リタが振るうグレイブは未発見だったダンジョンの宝物庫で手に入れた、マジックアイテムだ。炎の槍程度の魔術なら切って、拡散させる事くらいは可能だ。


 勿論直撃するよりましとはいえ、拡散した炎を避ける事は出来ない。だが、リタが宿ったビキニアーマーには炎に対する耐性がある。しかも身体が鎧だけなので、鎧本体が耐えれば火傷の一つも負わない。

「ギャウゥ!」

「ギャイン!」

 結果、拡散した炎で被害を受けるのはリタと切り結んでいたコボルト数匹という、コボルトメイジの狙いとは正反対の結果に成った。


『やぁぁぁぁぁ!』

 更にリタはグレイブを大降りに振り回して、火傷を負って怯んだコボルトを蹴散らして敵陣に大きく踏み込む。それに続けとばかりにサリアを含めるグール達が続く。


「ガルルル!」

 させるかぁ! っと叫んでいるのか、コボルトチーフの内二匹がリタの前に立ちふさがる。虫系の魔物の甲殻を使った鎧と盾を装備している。

 リタはその内一匹に、上段からグレイブを振り下ろした。


 すかさず掲げた盾でガギンとグレイブを受け止めるコボルトチーフ。ニヤリと、犬の顔が歪む。攻撃を防御し、その隙にもう一匹のコボルトチーフがリタを攻撃する予定だったのだろう。

『一閃!』

 しかし、リタの背後にいたサリアが放った横薙ぎのハルバードの一撃がコボルトチーフの上半身と下半身を断ち切った。


 そんな事をすれば、もしリタが普通の生物なら彼女もただでは済まない。だが、リタはリビングビキニアーマーだ。本来内臓が収まっているはずの腹がある空間には、何も無い。

 内臓と血をばら撒きながら倒れた自分と同格の仲間の死に、もう一匹のコボルトチーフの動きも止まる。


『せいっ!』

『やぁっ!』

 そこをリタのグレイブとサリアのハルバードが襲う。グレイブの刃を盾で受け止め、突き出されたハルバードの穂先を強引に武器で回避したまでは、流石チーフと呼ばれるだけはあった。

「がぁぁぁ!」

 だが、そこにグール達の鉤爪が襲い掛かると、コボルトチーフは対応できずに仲間の後を追う事となった。


「ギャウゥゥゥン!」

 四匹いたコボルトチーフの数が半分になり、前線が崩壊。コボルトメイジは敗北を免れられないと撤退の指示を出すが、その判断は遅かった。


「肉が逃げるぞ!」

 もう弟子達の訓練は十分だと判断したヴィガロが参戦したのだ。それを合図にそれまで様子を見ていた骨鳥が上空からコボルトメイジに襲い掛かり、更に骨熊達ロトンビースト三匹まで全力で参戦すれば、全てのコボルトが倒れるまでそう時間はかからなかった。


 そして周囲を警戒するグール以外は、コボルトの解体を行う。まず武器や防具等を剥ぎ取る。コボルトの主な武器は短剣等で、腕力勝負のグールには合わないが木の棒の先端に括り付けて槍の穂先にする事が出来る。鎧も解体して作り直せば役立てる事が可能だ。


 コボルトチーフは普通の長剣や斧を持っていたし、鎧は毛皮よりも丈夫で軽い甲殻製と利用価値が高い。ボスのコボルトメイジの杖も、魔術が使えるグールには十分お宝だ。


 更にコボルトの毛皮は人間社会では買い取り価格が付かないが、この物資が限られる魔境では敷物や、着るのは一年後になるが冬の防寒着の材料になる。後はコボルトチーフの牙がナイフや槍の穂先に、コボルトメイジの魔力が宿った眼球や内臓が薬の材料になる。

 そして勿論肉だ。

 因みに、冒険者が必ず剥ぎ取るコボルトの討伐部位の右耳は、見向きもされない。当然だが。


「後、コボルの実と、葉も収穫していくぞ」

 コボルの実とは魔境の中でもコボルトが生息している周囲にだけ生えるコボルの木から採れる、特殊な果実だ。

 外見は赤ん坊の頭ほどの大きさの、青い皮の丸い果実。シャリシャリと心地良い食感の、甘酸っぱい果実であるため人間社会でも流通している。


 グール達はそのまま食べるか、若しくは絞ってジュースに加工する等以外にも重要な用途があるため、コボルトを獲物にした時は必ず収穫していく。


 勿論、合計三十五匹のコボルトとコボルの実、葉を持ち帰るのは大仕事だがここでサムが活躍する。

『お父さん、よろしくお願いします』

『ああ、任せておきなさい。でもちゃんと血抜きはしておいてくれたかい?』

『勿論よ。それにちゃんと後でお姉ちゃんと一緒に洗ってあげるから、安心して』


 ゴーストキャリッジのサムがいるお蔭で、グール達の運搬能力は大幅に上がった。サムは普通の馬車や荷車と違って悪路に強く、また自力で動くので魔境での運搬に持って来いなのだ。

 普通のコボルトの一匹や二匹程度ならあっさり轢き殺す、戦闘能力まである。グールでなくても魔境で大規模な狩りをする冒険者なら、誰でもサムを欲しがるだろう。


 アンデッドである以上、アミッド帝国の冒険者は敬遠するだろうが。


「今日はコボルト肉の蒸し焼きだ。美味いぞぅ。

 お前達の主人も気に入ってくれると良いな」

 気に入って集落に残ってくれるといいな。そんなヴィガロの分かりやすい本音に、サリアとリタは同意した。


『坊ちゃんの修業が捗っていないそうなので、まだ暫く滞在する予定です。もうしばらくお世話になります』

『魔術の修行って、難しいらしいのよね』

「まだ始めてから一年も経ってないんだろう? それぐらい普通だ」


 自身には魔術の素質が無い――厳密に言えばあると言えばあるのだが、使えるようになるには十年程毎日必死の努力が必要な――ヴィガロだが、これでも次期長だ。集落の女達が魔術の習得に苦労しているのを知っていた。確か、五年より短い時間で一人前に成った女は、居なかった気がする。


 この分なら暫くヴァンダルーは集落に留まるだろう。その事に今日の収穫以上にヴィガロは満足すると、集落にサム達を率いて戻るのだった。




 コボルトの肉は不味い。

 ゴブリン程ではないが他の家畜の肉よりも臭みが強くて、香草や香辛料を大量に使いでもしなければ消えない。消えたとしても肉が筋張っていて、とても硬く食えたものではない。


 なので人間社会では余程飢えない限りコボルトを食べようと考える者はいない。しかし、魔境に集落を構え日々狩猟と採集で生活の糧を得るグール達は違った。ゴブリン肉の加工法を発見した彼らは、同様にコボルト肉の調理法も発見したのだ。


 コボルト肉を適当な大きさに切り分け、そこにコボルの実を薄く切った物を乗せる。そして更にコボルの葉で包んで、蒸し焼きにするのだ。

 するとコボルト肉は驚くほど柔らかくなり、また臭みが丁度良く抜け、やや癖が強いがそれも個性だと思える程度の味になる。


 驚くほどの美味という程ではないが、多分人間でも普通に食べられるだろう味だ。プロの料理人が手を加えれば、更に美味くなるだろう。

 この大発見が人間社会に知られれば、一大センセーションが巻き起こ――らないだろう。コボルの実が一個十アミッド、円換算すると千円で売られている状態を考えると。


 だが普通なら市場価値の無いコボルの木の葉だけでも蒸し焼きにすれば、臭みと硬さが大分マシになるそうなので、その日食べる物にも困る貧民なら喜んで食べるかもしれない。

「まあ、それだと商売じゃなくてただの福祉政策だけど」

 そもそもそんな貧民が存在するかどうか知らないヴァンダルーは、そう思いながらコボルト肉を食べていた。


 出来上がった物に胡桃のソースをかけると更に美味しくなるので、ザディリスやヴィガロ達に勧めてみると大変喜ばれた。意外な事に、グール達は調理法を工夫する事はあっても、ソースまでには頭が回らなかったらしい。これも食文化の違いだろうか。


 お蔭で現在のヴァンダルーの集落での主だった仕事は、胡桃のソース作りだ。幸いな事にこの魔境では一年中胡桃が採れるので、幾らでも材料は手に入る。それに数人の女グールも手伝ってくれるので、仕事量はそう多くない。寧ろ楽しい。

 問題は塩の備蓄が少なくなってきている事か。また山賊でも探して襲おうか。塩があれば胡桃味噌にも挑戦できるし。


 その前に胡桃と同じように一年中落ちているドングリで、今度クッキーでも作ってみようか。丁度良い事に、集落の近くに小川があるのでドングリの灰汁を取るのに利用できる。そろそろタンパク質だけでは無く炭水化物も欲しいので、挑戦してみよう。


「これが社会貢献というか、社会の一員になるという事だろうか。日々が充実しているのを感じます」

「まだ二歳になっていないのを忘れそうな発言じゃな。大いに助かっておるが」


 苦笑いを浮かべるザディリスだが、ヴァンダルーの集落に対する貢献の大きさを否定するつもりは無かった。胡桃ソース以外にも、戦力としてサリアとリタ、サム達をヴィガロに預けているのが特に大きい。ヴィガロ達から訓練を受けているという点を差し引いてもだ。


 サリアとリタに関しては、彼女達自身はただのメイドの霊だが宿っているマジックアイテムの鎧の性能が優れているため、今の状態で並のグール以上の戦力になっている。

 それに元が人間であるためグール達より勤勉なので、若い衆にも良い刺激を与えているようだ。


 彼女達はヴァンダルーに従っているので、彼女達の貢献はヴァンダルーの貢献というのがザディリス達の認識だ。

 個人的に気に入っているという理由もあるが、できれば集落に留まって欲しいと思うし、それが無理でも少しでも長く滞在して欲しいが、それでも修業には手を抜かないのが彼女の方針だ。


「しかし、無属性魔術の修行はまだまだじゃな。まあ、特別遅いという事はないが」

「思ったよりも難しいですよ、属性を帯びる前の魔力をそのまま練って形にするのは」

 死属性魔術が使えるのだから、それよりずっと基本的な無属性魔術くらいすぐ習得できる。そんな考えが全く無かったと言えば嘘になるが、大きな間違いだった。


 素のままの魔力の状態を維持して形にし、術を発動するのは思っていた以上に困難だった。なまじ死属性魔術が使える分、魔力に属性を帯びさせる事を常に行っていたため中々上手くいかない。

 そもそもヴァンダルーにあるのは膨大な魔力と地球で読んだサブカルチャー等で育んだ想像力や発想であって、魔術の才能そのものは乏しい。


 オリジンでは短期間で死属性魔術を極めたが、それは人格が歪むほどの決死の集中力と倫理観以外は世界最高峰の研究者達による非人道的な強制バックアップによるものだ。それが無ければヴァンダルーは凡人に過ぎない。

 ただ、魔力量が多いので常人よりも長い時間を魔術の修業に費やす事が出来る分有利ではあるのだが。


「まあ、儂も最初に【無属性魔術】のスキルを獲得するには三年かかったからの。焦らずやる事じゃ。

 ほれ、儂の分の肉をやろう」

 そう言いながらニコニコと微笑みながら葉っぱに乗ったコボルト肉を勧める。本人としては祖母と孫に近い感覚なのかもしれないが、見た目は歳の離れた姉弟だ。


 勧められたヴァンダルーはザディリスと葉っぱの上の肉を見比べて、「良いんですか?」と聞いた。肉には、殆ど食べた跡が無かった。

「うむ。少々食欲が無くてな。年寄りはあまり動かんから、食べる量も少なくていいのじゃよ」

 皺一つ無い顔でそう言うが、実際ザディリスはヴァンダルーや集落の若い女達に修業を付ける以外では、すぐ「疲れた」と言って休むようになっていた。


 見た目は十三、四の少女だがザディリスの実年齢は二百九十を超えている。だからそうなっても無理も無い年齢なのだが……。


『死相が見える』


 ヴァンダルーの目には、ザディリスの優しい笑顔に死相が浮き出ているのが見えていた。

 今すぐどうこうという類の物ではないが、早ければ数日。遅くとも自分の二歳の誕生日までには彼女の命は消えるだろうという程度には、濃い死相だ。


 グールの寿命は三百歳だから、それよりいささか早いがおかしくない歳だ。寧ろ、生存競争が激しい魔境での暮らしでここまで生きたのだから、大したものだろう。確実に血の繋がった孫こそいないものの、大往生と言える。

 このまま穏やかに、何事も無いように見送るのが正しい自然の営みというものだろう。


「ザディリスさん、ちょっと二人きりになれませんか?」

 でも、何事も自然のままが正しいとは限らない。生命の法則に逆らうのならもう少しスキルのレベルを上げてからにしたいところだが、やってみよう。


 暫く前に、驚かせ過ぎて寿命を削ってしまったらしいから責任を取る意味でも。




・名前:(骨猿 骨狼 骨熊)

・ランク:4

・種族:ロトンビースト

・レベル:7~10


・パッシブスキル

闇視

怪力:2Lv(UP!)

霊体:2Lv(NEW!)


・アクティブスキル

忍び足:2Lv(UP!)

ブレス【毒】:1Lv(NEW!)




・魔物解説


ロトンビースト


 ランクは4。ボーンビーストが宿った魂の怨念や、殺してきた生物の無念により瘴気を骨に宿した魔物。身体を構成する骨は所々黒ずんでおり、柔軟さはそのままに鋼鉄並の強度を誇る。更に、どんな動物の骨が元に成っていても共通して毒のブレスを吐く。

 D級冒険者にとって、毒のブレス対策があれば一匹ならそう恐れる必要は無いが、元に成った動物によっては群れる性質がそのまま受け継がれているため、討伐にはパーティーを組む事を冒険者ギルドでは推奨している。



・スキル解説


【連携】


 このスキルを持つ者同士が、協力し合う場合作業効率や結果に補正がかかる。土木工事の場合ミスが少なくなり作業ペースが上がり、戦闘なら攻撃力や防御力が上昇する。

 補正の大小はこのスキルのレベルと、スキルを持つ者の人数によって変わる。

 このスキルの習得に適性があるのは数人規模で行動する事が多い冒険者よりも、大人数で行動する事が多い兵士や土木作業員が多い。

 魔物の場合、群れる習性があっても仲間意識や連帯感が薄いと習得できないため、ゴブリンやオークは習得していない。主にコボルトやグール、狼系等の魔物が習得している。

皆様のお陰で総PV一万を超えました! ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] 亜人系の魔物の多い魔境を放置すると相互に殺し合ってレベルアップして危ない気もします。
[気になる点] 塩があれば胡桃味噌…? 錬金術…?
[一言] コミックから読んでこの作品を知り ひとまずここまで一気読みしました。 面白いです。
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