閑話13 ルチリアーノレポート上
元C級冒険者にしてアンデッドに関する研究を行っていた生命魔術師、『退廃』のルチリアーノ。
現在彼はその前歴よりも、数々の王の二つ名を持つタロスヘイムの国王、ヴァンダルーの直弟子として知られている。
この物語は、彼が残したレポートや研究書、論文、日記等を基に再編されたものである。
魔術師とはジョブである事は勿論だが、文献を読み研究と実験、実践と訓練で研鑽を積み、そして研究結果を記して纏める生き物の事を言う。修業した魔術師ギルドをほぼ破門同然に追い出された私、ルチリアーノもその例外ではない。
冒険者や傭兵の中には飲み水や火種を作るための簡単な魔術や、物理攻撃が効き難い魔物に対抗するために初心者用の攻撃魔術を学び、スキルレベルを1から2程度まで習得した者もいるが、それは魔術師とは基本的に呼ばれない。
それは魔術が使えるだけの者だ。魔術師ギルドでは、魔術使い等と呼ばれて揶揄される事もある存在である。
そんな魔術師である私にとって、重要なのは筆記用具だ。これには以前から苦労していた。何故なら紙は基本的に高価だからだ。とは言っても貴金属程ではない。日常的に、使いたいだけ自由に消費出来る程安価ではないという意味だ。
それに王侯貴族が手紙や書状を認めるための物や、長期にわたって保存する必要のある書類に使う高級紙以外にも、比較的安価な紙も存在する。
私も手触りや書きやすさ等には我慢してそれらの紙を使うのだが、安価な紙はやはり三流品である。使い心地は良くないし、保存性も劣る。更に、結局大量に消費できる程安価ではない。
他にも木の皮や葉を乾燥させて紙の代用品にする事も多い。冒険者ギルドの依頼ボード等に張られている依頼書の写しは大体それだ。昔は本物の紙を使用していたギルドの支部もあったそうだが、荒くれ者の冒険者がボードに張られた依頼書を破り取る事が多く、書き直しの為に多大な経費が掛かったため今では代用品を使うようになったそうだ。
そして代用品はメモ程度なら兎も角、保存の問題で研究の過程や結果を記すのには向いていないので私はあまり使わない。
冒険者時代の私にとって、紙代は頭の痛い問題だったのだ。
それに比べて師匠が治めるタロスヘイムは天国のような場所だ。
私が来る前はそうでもなかったそうだが、今では藁半紙が大量生産されている。大量生産、素晴らしいではないか。品質は高級紙には及ばないが、十分紙として使える物を安価に手に入れる事が出来るのだ。
特に私の研究は師匠によって国家事業として認められているので、経費で手に入れる事が出来る。
去年には高級紙を作るゴーレム工場が稼働し、印刷機ゴーレムまで出来た。国民の識字率も上昇中。将来タロスヘイムの紙の生産量と需要は他の大都市に勝るとも劣らない物に成るだろう。
とは言え、私は紙の研究者ではない。アンデッドの研究を行っている魔術師だ。
だから師匠が創りだしたゴーレムについてまず述べよう。
我が師ヴァンダルーが作りだしたゴーレムは、全てアンデッドだ。
通常のゴーレムは錬金術師が人型の素材に生命属性魔術等で生命を与えて使役する物だ。しかし、師匠が作るゴーレムは無機物に霊を憑りつかせて動かしている。
悪霊が武器や鎧に憑りついて動き出したとされるアンデッドのカースウェポンやリビングアーマーに近い存在である。
そのため師匠が作ったゴーレムは対アンデッド用の光属性魔術に弱いという弱点を持っているが……初見でこの弱点を見破る者はほぼ居ないだろう。
何にしても、興味は尽きない。
「そんなにゴーレムが興味深いですか?」
しかし師匠本人はあまり興味を持っていないようだった。師匠にとっては手足を動かすのと同じ感覚で出来る事で、研究するに足る事ではないからだろう。
「勿論だとも。出来れば、ゴーレムを動かしている霊にインタビューしたいのだが、協力してくれないかね?」
最近では師匠のゴーレムも勝手に進化していて、損傷を受けたり体積が少なくなったりすると身体を構成する素材と同じ素材を自動的に吸収して補う【吸収】スキルを獲得している個体が出ている。
お蔭で紙製造工場の繊維ゴーレムが我が身を削って紙を作って小さくなっても、材料をゴーレムに流し込むだけで元通りに成るらしい。
便利この上ないが、宿っている霊が何を考えているのか、どんな状態なのか興味は尽きない。
それを確かめるためにインタビューに協力願ったのだが、師匠は「成果は期待しない方が良いと思いますよ」と言った。
そして残念ながら、師匠が言う通り成果は殆ど無かった。
ゴーレムに宿った霊は身体である無機物の影響を大きく受け、短い年月で生前の人格を喪失、若しくは変質させてしまうらしい。確かに、人の意識のまま紙製造器や印刷機に成ったら耐えられないだろうから当然かもしれない。
結果、師匠の通訳でインタビューは出来たが、意味のある回答は無かった事を記しておく。
最近師匠が【ゾンビメイカー】なるジョブに就いた。ゾンビを作る者……何と素晴らしい。
ゾンビなら私も生命属性魔術で作るのだが、恐らくこのジョブは死属性魔術でゾンビを作ると就けるジョブなのだろう。
実際、師匠が作ったゾンビの性能は、私が従来通りの方法で作ったゾンビとは比べ物に成らない。作ったばかりの頃はあまり変わらないのだが、その将来性に大きな差があるのだ。
それは兎も角、そんな素晴らしいジョブに就いた師匠が、部屋の隅で足を抱えて座り込んでいる。
「何か都合の悪いスキルでも生えたのかね?」
過去の記録でも未発見のジョブに就いた者が、望まないスキルを獲得してしまう事があったとある。ジョブは選べても、スキルの獲得の有無は選ぶことが出来ないからだ。
危険なジョブは名称からして変わっているので、それを避ければ致命的な事態にはそうそうならない。しかし、師匠が就けるジョブはほぼ全て危険なジョブなので、避けようがないのだが。
案の定、不都合があったようだ。普段よりも鈍い動きで顔を上げた師匠は、重々しく口を開いた。
「スキルは生えなかったのですが……油断すると無意識に周囲の死体をゾンビ化してしまうようになりました」
「ほうっ! それは素晴らしいが恐ろしい事じゃないか、師匠!」
周囲の死体を無意識にゾンビにする魔術師。そんな者が戦場に一人居れば……いや、師匠は前からこれに等しい存在だが。
「つまり、いちいち術を使わなくてもゾンビを作れる。その際消費する魔力の量も、少なくて済むようになったと」
変更点はそれぐらいらしく、師匠も頷いた。
術を使わなくても自動的にゾンビを増やせるなら、効果は大きいか。
しかし、それの何処が問題なのだろうか?
「何故落ち込んでいるのかね、師匠。確かに戦場跡を横断する予定があるのなら、増えたゾンビをどうするか頭が痛いだろうが、今居るのは我が国の王城ではないか。死体はそうそう無いだろう」
タロスヘイムにはアンデッドが多いが、アンデッドではない死体は無い。治安が良く、食糧事情が良い為不慮の死は他の都市と比べて圧倒的に少ない。
病人が出ても重病なら師匠がひょいと治してしまうし、重い怪我人にはポーションが支給される。
だから師匠が落ち込むような事は無いと思うのだが。
「そうなのですけど、食材や鞣した皮や毛皮がゾンビ化するので、コントロールできるようになるまで調理場やタレア達の工房に近付けなくなりまして」
「……それも死体に入るのかね」
確かに、食材も皮も死体の一部と言えば、一部だが。
ゾンビ化しても、その瞬間食材が腐敗する訳ではない。ないが、調理中に食材が蠢くのは良い気分ではないだろう。
それに武具を作っている最中に材料が暴れ出したら危険だ。
「これでグーバモンの所から奪って来たザンディアやジーナの調整に役立たなかったら、ジョブに就いた意味が……」
「まあ、将来的には役立つのではないかね?」
急に大量のゾンビで軍勢を揃える必要がある時とか。多分、師匠ならあり得る事だと思うのだが。
師匠の元で得られる知識は貴重だ。その中で私にとって二番目に貴重なのが異世界の知識である。
「この世界でも正しいかは分かりませんけどね」
そう前置きされて語られる異世界の生物に関する知識は、私にとって黄金や宝石よりも貴重な物だった。師匠にとっても、生命属性魔術師であり死体の腑分けを幾度も経験している私に話す事で、異世界とこの世界の差異を確認する意味があったようだが。
勿論、師匠の言うところの高度な検査機器が無い為、確認が出来ない事も多いが。
「総合すると、基本的に人種、エルフ、ドワーフ、グール、巨人種、獣人の身体の構造そのものは『地球』や『オリジン』の人間とあまり変わらないようだ」
耳や眼球、神経、毒腺の有無などは違うが、骨格や内臓の数や位置、筋肉の配置等は大体同じだ。恐らく、ダークエルフもほぼ同じだろう。
竜人やスキュラ等の異種族の身体の構造は大きく異なるが、この世界に最初に存在した人種、ついで創られたエルフとドワーフが異世界の人間とほぼ同じ構造をしているのは、とても興味深い事だ。
「魔術の有無や異なる点も多い世界の人間が、ここまで近いのがただの偶然で在るはずがない。恐らく、人間を作る時の雛型の様な情報が世界の垣根を越えて神々の間で共有されている? それとも単に、人として創りやすい、若しくは生きる上で効率の良い形は世界共通なのか?」
「考えようによっては背教者扱いされそうな事を遠慮無く口走りますよね、ルチリアーノって。
でも実際殆ど同じですよね。スキュラも上半身は人間に近いですし。単にロドコルテがラムダの『人間』と形や生態が似ている『地球』で死んだ俺達を選んだ結果かもしれませんが」
「なるほど、その可能性もあるか。元々神の意思によって行われた転生なのだからな。それに、魔王達が元々存在していた世界の例もある。伝説では、悍ましく邪悪で冒涜的な生命体しか存在しなかったと文献にはある。
その辺り、神に直接聞いてみたかね?」
何と我が師匠、神と知り合いである。しかも二柱と。
彼等に直接質問すれば、この謎の手掛かりが得られるはずだが――。
「フィディルグはダンジョンの最深部に行けばすぐ出て来てくれますけど、あまり呼び出すのも悪い気がして。
メレベベイルは逆に中々招いてくれないのですよね。恥ずかしがり屋なのかもしれません」
「……中々思うようにはいかない物だね」
一足飛びに神秘のベールを剥がす事は出来なかったが、師匠からの知識によって骨格や筋肉、臓器の正しい働きに関する知識を得られたのは、魔術師としても研究者としても大きかった。
師匠の弟子に成った事で私が得られる最も貴重な知識、それはアンデッドに関する知識だ。これに比べれば異世界の知識も霞む。
私も冒険者をしながらアンデッドの研究をしていたので、魔術師ギルドの書庫に籠っている連中よりは生のアンデッドを知っているつもりだ。しかし、師匠の元でアンデッドを観察して得られる知識とは質が全く異なる。
魔境やダンジョン、そして戦場跡等で自然発生するアンデッドは、ほぼ例外無く生きとし生ける者の天敵だ。安全に観察する事などできない。寧ろ、戦いながら危険な観察をする事が殆どだ。
会話や交流など望むべくもない。
唯一の例外は自分や同業者が作り上げたアンデッドだが、それは死体に魔術で偽りの生命を宿らせたもので、本来のアンデッドとは似て非なる物だ。観察対象としては、ほとんど意味が無い。
それに対して師匠が治めるタロスヘイムでは、何とアンデッドが国民として社会生活を営んでいるのだ。
多少言動が異常な者もいるが、殆どが生前に近い知力と人格を維持している。
私にとっては、正にユートピアだ。
『待った!』
「待ったは無しだと決めたではないか。男に二言は?」
『ぬぅぅぅ、二言は無ぇ! 持って行きやがれ!』
「では遠慮無く」
それは賭け将棋で『剣王』ボークスに勝ったからではない。これも観察である。
因みに、タロスヘイムではギャンブルは公営の場所で行われる物のみ認められている。
何でも師匠が一度目の人生を過ごした地球では、賭け事は裏社会に片足を突っ込んだ連中が牛耳る、真っ当な者は近付くべきではない後ろ暗い場所だったらしい。
多分、かなり偏見が混じっているのだろう。話を聞くと、師匠が居た地球の日本と言う国は、この世界より治安が良さそうだから。
そのため師匠は賭場や賭け将棋や賭けリバーシに消極的だったのだが、人間社会を知るエレオノーラが「なら、公営の賭場やカジノを置いて管理する方が良いんじゃないかしら?」と言った事で、考え方を変えたようだ。
それに、師匠もギャンブルは嫌いではないらしい。……ギャンブル自体が好きなのではなく、金持ちらしい雰囲気を演出するのが好きなようだが。
そのため賭け金の上限やレートが決められた公営の賭場やカジノが設営されたのだ。
「もう一勝負如何かな?」
チップで山を作りながら誘うと、ボークスは悔しげに唸ったが乗っては来なかった。
『止めとくぜ。幾ら小銭だってこれ以上は無駄遣いすんなって、ゴーファにどやされるからよ』
再会した一人娘の名前を出すボークスに、私は感心すると共に研究者として彼の言動を記憶した。
アンデッドに関する魔術師ギルドの常識では、彼等の頭の中は獣同然に空っぽか、生者に対する憎しみで満ちているとされている。もしくは、生前の知識は残っていても狂っていて正気を失っているか。
ゴーストのような生前の記憶を残していて会話が可能なアンデッドの場合も、それはまだ『残っている』だけで、時が経てば消失して他のアンデッドと同じ生者の天敵と成り果てる。
そう説かれている。
しかし、タロスヘイムのアンデッドは異なる。
生前に近い知力や記憶、人格を維持している。魔術師ギルドのお偉方の誰一人想像した事も無いだろう。盤上遊戯に興じ、賭けを行い、更に自制心を働かせて家族の忠告を聞くアンデッドなんて!
私だって師匠に弟子入りする前だったら、我が目で見ても信じなかっただろう。
勿論、本質的にアンデッドが他の魔物より特別頭が悪い訳ではない事は、誰もが分かっている。
生前と同様に武器を使いこなす騎士のアンデッドや、生前行っていた高度な連携を維持しているアンデッド化した冒険者パーティー等の記録は幾らでも残っている。魔術を唱えるリッチやスカルメイジ等のアンデッドは、程度の低いチンピラよりも頭が良いと言えるはずだ。
少なくとも、木の棒きれを振り回すだけのゴブリンやオーク等よりは、高い知能を持っているはずだ。
だが、世間的にそれも生前の「名残」であると解釈されている。
しかし、ボークスを含めるタロスヘイムのアンデッドを観察していれば彼等が高い思考力を持っている事がすぐ解る。
この認識と経験は研究者として、魔術師として異世界の知識よりも得難い物だと私は断言する。
『ところでよぉ、あれについて坊主から何か聞いてねぇか?』
ボークスの質問に、私は淡い感動と喜びの中に居た私を引き戻された。彼が指差す先に在る物に付いては、アンデッドとは関係無いが私も疑問に思っていた。
「バニーガールか」
飲み物や軽食を運び、将棋盤やビリヤード、ダーツの片付けや準備を行っている扇情的で奇妙な格好をしている女性従業員。彼女達を師匠は「バニーガール」と呼称している。
肩や背中が剥き出しで、(あれば)胸の谷間や腰の形が露わな格好。これも師匠が編んだ網タイツを穿いているので肌は晒していないが、脚や尻に張り付いて逆に卑猥なのではないだろうか?
そして何より奇妙なのは兎の耳そっくりな飾りの付いたヘアバンドに、尻の上に付いた兎の尻尾そっくりな飾りである。
「詳しくは知らないが、師匠が居た地球のカジノでは女性従業員はああいう格好をしていたらしい」
『マジか? 地球って人種しか居ないんだろ? 兎系獣人種狂いって訳でもネェだろうに』
「師匠も何故兎なのかは知らないらしいが……地球では兎は幸運の象徴とする地方があるらしいから、それが関係あるのではないかな? 後、男性客をのぼせさせるためだろう」
『へぇ、そうかい。まあ、色っぽいから俺は嫌いじゃねぇが……兎系以外の獣人種が働く時はどうすんだ?』
自前のケモミミと尻尾が生えている他の獣人種の女性がバニーガールの格好をしても、不格好だろう。そう心配するボークスに、私は苦笑いを浮かべた。
「さてね。フォックスガールやウルフガール、パンサーガールに成るだけではないかな」
それほど深い興味がある訳でもないので適当に答えただけだったが、それで彼は納得してくれたらしい。残っている方の顔に納得の表情を浮かべた。
『なるほどな。確かに、地球と同じようにバニー限定にしなくても良いよな』
地球もバニー限定である訳ではないと思うが。
因みに、このすぐ後『VIP席』と書かれたプレートが置かれたテーブルに座った師匠を見つけてバニーガールについて改めて聞いてみたが、予想通りの答えが返ってきた。
「詳しい理由や由来は知りませんけど、カジノにはバニーガールらしいので」
どうも我が師匠は世俗的な贅沢……贅沢っぽい事をしたがる傾向が強く、一周回って浮世離れている。
一度金塊の風呂に入ろうとして失敗したと聞いた時は正気を疑ったものだ。
今もバニーガールの格好をしたザディリスやバスディア、エレオノーラを周りに侍らせ、テーブルには金色のチップで山を作っている。
「ところで師匠、賭けには勝ったのかね?」
「……惨敗しました」
しかも、師匠は盤上遊戯とギャンブルが苦手だ。がくりとテーブルに突っ伏してしまう。
「意地の悪い質問をするな、このチップの山が黄銅鉱で作った玩具なのは見ればわかるじゃろうが」
因みに、黄銅鉱とは偽の金と呼ばれる金属で撃ち合わせると火花が出る事から、火打石に使われる事もある。その程度の価値の鉱物だ。つまり、ただの演出である。
因みに、VIP席と書かれたプレートも師匠が自作した物で、勝手に置いているだけだ。
「ヴァンダルー様、前々から思っていたのだけどこの不遜な弟子を教育すべきよ」
「ルチリアーノは弟子であると同時にご意見番でもあるので、不遜なぐらいで丁度良いのです」
エレオノーラが恐ろしい提案をするが、幸いにもテーブルに突っ伏したままの師匠はそれを採用するつもりは無いようだ。
「勘弁してくれ。元偽レジスタンスの彼等のように成るのは御免だ」
偽レジスタンスのハッジ達は、私が見かけた時は猟奇的な目で武器を舐める狂戦士と化していた。ジョブも【狂戦士】らしいので、既に攻撃力だけはD級冒険者並らしい。
「あれは私もどうかと思うぞ。あのままだと長生きは出来ないだろう」
バニーガール姿で見事な胸元や逞しい広背筋や脚線美を露わにしているバスディアも、問題だとは思っていたようだ。
師匠は暫く黙考していたようだが、ふと顔を上げて言った。
「じゃあ、長生きできるよう頼りになる相棒を支給しましょう」
「相棒?」
ツーマンセルでも組ませるのか。しかし、支給とは?
「ハッジ達に教官ではない、相棒のリビングアーマーを支給します」
「なるほど、それなら高性能な防具も渡せて一石二鳥だな。鹵獲しようにも、倒されなければ自力で逃げるだろうし」
「素晴らしい、流石師匠だ」
リビングアーマーとはいえ、アンデッドを師匠から長期間離れた状態でハッジ達がテイムし続ける事が出来るのか。
師匠から長期間離れたアンデッドはどうなるのか。
その実験結果に興味があった私は、バスディアと同様に師匠の案に賛成するのだった。
魔術師ギルドではアンデッドには無い、若しくは乏しいとされる能力がある。それが発想力や芸術的な感性、想像力だ。
これは長年アンデッドと戦ってきた冒険者からの証言、時にはアンデッド化した魔術師の残した遺物等を調べた結果分かった、ある程度信用できる通説だ。
研究を続けるために生きたままアンデッド化した魔術師が残した研究記録を読み解くと、発想力や想像力が時と共に摩耗していくのがよく解る。
アンデッド化した芸術家が作りだしたとされる作品は、生前に自身が創りだした作品の延長か、ただの落書きでしかない。
それが常識だと思っていた私にとって興味深い事に、タロスヘイムではそうした創造的な事を行っているアンデッドが存在する。
それが巨人種アンデッドのダタラとヌアザだ。鍛冶場で鎚を振るうダタラは言うまでもないが、ヌアザはヴィダ神殿で神殿長をする傍ら、師匠の石像や神々の神像を彫っている。
どちらも分野は違うが、創造的な作業を行っているアンデッドだ。
彼等に上記の通説について聞いてみたのだが、意外な答えが返ってきた。
『間違っちゃいないじゃろう』
『私も正しいと思いますよ』
てっきり否定されると思ったが、二人は驚くべき事に通説を肯定した。
「それは一体何故そう感じるのかね? 私の目から見ると、二人とも生きている者となんら変わらない仕事をしているように見えるのだが」
『それはな、傍で見ているからそう見えるだけじゃ。儂はタレアの嬢ちゃん達や、新入り連中の助言を聞いて何とかしとるだけじゃわい』
師匠たちによって持ち込まれる数々の新素材を使って武具を作り続ける鍛冶師のダタラが言うには、彼自身は今まで培った技を振るっているだけで、頭はそれ程使っていないそうだ。
『儂はお前さんと違って学は無ぇから確かな事は言えんが、発想力っちゅうのはあれじゃ、新しいアイディアを思いつく事じゃろう? 儂はそれが苦手でな。今までのやり方じゃ上手く行かんで困った時は、大体相談に乗ってもらっておるんじゃよ』
血色の悪い頑固爺そのものの顔で、意外と柔軟に他人の意見を聞き入れている事を告白するダタラ。
ヌアザも大きく頷いた。
『私も石像を彫る時は、大して頭を使っている訳ではありません。見たままを彫っているだけですので』
「確かに師匠の石像はどれも美化されていない、当人が混じっても気が付かない程そっくりだ」
時々、本当に混じっている事がある。特に【魔王の墨袋】を手に入れてからは、石色に変えた墨で全身を塗って偽装するので、近付かなければ見分ける事は難しい。
……そんな悪戯に伝説の【魔王の欠片】を使っていいのだろうかとか、自身の一部をそんな事に使われていると知ったら魔王は何を思うだろうとか、それらの雑念は棚の上にでも置いておこう。
「しかし、直に見る事が出来ない神々の像はどうやって彫っているのかね?」
ヌアザは『五悪龍神』フィディルグや『汚泥と触手の邪神』にしてスキュラの英雄神のメレベベイルの神像も彫っている。師匠じゃあるまいし、直接目で見て神々の像を彫る事は出来ないだろう。
実際に見た事が無い存在の姿を彫って石像にする。間違いなく創造的な行為だ。
『いえ、大体御子がこんな感じだったと【ゴーレム錬成】スキルで大まかな形を見せてくれますので』
「……そうかね」
『私はそれを基に彫れば良い訳です』
神と直接会える師匠が見本を提供したらしい。
『まあ、儂は死ぬ前にはもう頭の固い爺じゃったからな。その頃には若い連中より発想力が無くなっていたかもしれん。
じゃが、今は若返った気分じゃわい』
『仕事場にタレアさん達グールの女性職能班が多いからですね。
ああ、ルチリアーノ殿、私が石像を彫る様になったのはアンデッド化した後なので、あまり参考に成らないと思いますよ』
どうやら、この二人の意見を聞くだけでは通説を肯定する事も否定する事も出来ないようだ。
これからも地道に証言を集めるとしよう。
6月19日に閑話十四 ルチリアーノレポート下+α 22日に五章キャラクター紹介 26日に閑章 スキュラ種族紹介&インタビュー・ウィズ・悪神 を投稿する予定です。




