閑話12 遠くから見ている神々等
驚きを表現する言葉に、「目玉が飛び出る様な」とあるが、アルダが覚えた驚きはそれに等しかった。
『キュラトスよ、間違いではないのだな?』
忠実な従属神、『記録の神』キュラトスに問うが、『間違いございません』との答えが返って来た。
『魔王の欠片の同時発動……ナインロードが封印した血に、原種吸血鬼の角、そして行方不明になっていた墨袋か』
『今はこのグーバモンが所有していた甲羅も手に入れている事でしょう。イリス・ベアハルトの目では確認できませんでしたが、既に他にも所有しているかもしれません』
魔王の欠片の封印は、魔王を倒した後健在だったアルダとヴィダ、そしてナインロードを含めた三人の勇者がそれぞれ行った。その内ヴィダが担当した封印の多くは現在不明だ。
『汚泥と触手の邪神』メレベベイルが欠片を封印している事も、アルダ達は疑っていても確証を得ていなかった。
だが問題は封印の位置ではない。一人の身体の中に封印が解けた状態の欠片が四つ以上存在する事だ。通常ならとっくに正気を失って、暴走しているはずだ。
魔王以外なら。
『この『怪物』は、まさか真に『魔王の再来』かもしれん』
アルダの言葉に、神域そのものが揺れる様に神々や御使いに動揺が走った。
『そんな馬鹿なっ、魔王の魂は分割されそれぞれ力ある神々が封印しているはず! 主よっ、貴方の御坐にもあるはずだ!』
生前は武名を轟かせた英霊の一柱が悲鳴のような叫び声を上げる。だが彼はまだマシな方で、中には声を上げる事も出来ない様子の御使いも少なくないのだ。
それだけ魔王グドゥラニスは畏れられている。肉体を持たない、定命の存在から昇華した上位の存在であるだけに、魂を砕かれる事が何を意味するのか想像できてしまうから、余計に。
『その通りだ。今も魔王グドゥラニスの魂の幾つかは我が手に在る』
頼もしくそう応えるアルダに、神域に集う者達に安堵の空気が広がっていく。だが、アルダは自分の手に存在しない魂の欠片が、あの『怪物』に宿っているのではないかという疑念を覚えていた。
『キュラトスよ、それでかの怪物は?』
『残念ながら主よ、イリス・ベアハルトからの信仰が完全に途絶えたため、現在の行方は掴めませぬ。囚われていたミハエルの魂も、どうなったのか……』
『そうか』
イリス・ベアハルトは若いながら敬虔な信者だったが、本人が改宗したために精神的な繋がりは細くなっていた。それで不意に強い祈りが届いたと思ったら、この事態だ。
『ハインツ達ならば、かの『怪物』に対抗できましょうか?』
小声で問うキュラトスに、アルダは『今はまだ不可能だろう』と答えた。
痛手は負わせるだろうし、配下のアンデッドや蟲や植物の魔物、吸血鬼を幾体も倒すだろう。しかし、最終的に勝つのは難しい。そうアルダは見ていた。
ハインツは、ようやく【導士】ジョブに就いたばかりだ。本当は原種吸血鬼テーネシアを倒したのは自分ではない事が、しこりと成って彼の成長を妨げていたのだ。
だが、【導士】に成った以上これからは大きく成長するはずだ。
『だが、何れは可能となる』
数多の魔王軍を退け、多くの犠牲を出しながらも魔王グドゥラニスを倒したベルウッドのように。
異世界オリジンに転生し、そして同じ転生者である村上に殺され二度目の人生を終えた島田泉と町田亜乱。
二人はラムダへ転生し三度目の人生を生きる事ではなく、輪廻転生の神ロドコルテの御使いに成る事を選び、今も彼の神域に存在している。
頭の上には輝く金色の輪が浮かび、背中には純白の翼。そんな神々しい姿に成った町田亜乱は、重々しく呟いた。
「マジでサポートスタッフだ、これ。天使ダセェ」
パソコンの画面を半眼に見つめる彼の姿は、天使のコスプレをしているサラリーマンにしか見えない。どれ程コスプレのクオリティが高くても。
そんな亜乱にスーツ姿の泉はため息交じりの声で声をかけた。
「実際そうだって言われたじゃないの」
「そりゃあそうだけど、ここまでとは思わなかった。色々あんまりだと思わない?」
「そんなもんよ、人生なんて」
亜乱の愚痴を切って捨てる泉には、天使の輪も翼も無い。見た目はオリジンで生きていた時と何一つ変わっていない。
何故二人の姿に差があるのかと言うと、単純に二人のイメージの差だった。
精神生命体である御使いの姿は、御使い本人の意思と御使いを見る者のイメージによって変わる。
亜乱の姿は西洋的な天使のイメージが強く、泉の姿は生前の自分のイメージを維持しているからだ。
人々に認知されると更にその影響を受け、狛犬や狐など宗教や神話毎に姿が変わる事になる。
ロドコルテは転生者以外には各世界の神々にしか認知されていないので、二人が人々からの影響を受ける事は無いだろうが。
『お前達は御使いに成った事で、肉体から解き放たれ精神生命体に昇華された。肉体を持たないのはただの魂魄であった時と同じだが、実際には本質から異なっている。
暫くは不安定な状態が続くだろう。安定するまでお互い近い場所で過ごすように』
そう主になったロドコルテからの指示に従って、二人はそれぞれ輪廻転生システムのサポートを行いながら、ラムダやオリジンの人々の目からその世界の情報を交代で集めていた。
しかし、そのための道具が亜乱の前に在るパソコンである。勿論、本当にパソコンがある訳ではない。
実際には亜乱や泉の御使いとしての力が二人のイメージに適した形を取っているに過ぎない。
「そんなに気に入らないなら、水晶玉や魔導書にでもすれば良いじゃない」
だからどんな形にでも変えられる。しかし、変えられるがどんな形にしても同じ仕事が出来るとは限らない。
「島田さん、それ無理だって分かっているのに言ってるよね?」
「同じ愚痴を何度も呟くからよ」
イメージとは簡単に変えられる物じゃない。使いやすい道具を思い浮かべると、二人の場合どうしてもパソコンやタブレットPC、携帯電話になってしまう。
形だけなら神秘的な水晶でも石板でも、ソロバンにだって変えられる。しかし、それを使って仕事をする段階になると、どうしても操作し難いのだ。
これは二人の資質云々の問題ではなく、科学文明が発展した環境で生きていた人間が直接御使いに昇華するとほぼ必ず起こる事だ。
「別に天使に成ったからって神秘主義に傾倒する必要は無いと思うけど?」
しかし愚痴を繰り返す亜乱と違い、泉は天使らしくない自分に悩んではいないようだった。
「今まで通りで良いじゃない。逆に、私は水晶玉でパソコンと同じ事をしろって言われるより楽だと思うけど」
「それはそうだけどね~……」
亜乱にとって御使いに成った事で起きたのは、主観的にはこんな愚痴しか出てこない程度の変化だった。
喜怒哀楽の感情に欠損は無いし、人間だった頃の記憶が薄れる事もなかった。時間の感覚が変わったぐらいだ。
肉体が無くなった事で肉体的な疲労は当然覚えなくなったが、精神的な疲労は覚える。
そして驚くべき事に、御使いに成っても飲食が出来る。
「まあ、その内慣れるか」
そう言いながら亜乱が啜るのは、インスタントコーヒーだ。オリジンで彼が頻繁に飲んでいた銘柄である。
勿論、オリジンのインスタントコーヒーを神域に持ち込んでいる訳ではない。亜乱が自分の記憶から再現したのだ。
古今東西の神話で神々が宴を催す事があるが、その宴で饗される飲食物はこうして出された物である。
「うーん、島田さん、コーヒー出してくれない? ドリップ式の奴」
ただ出す事が出来る飲食物はその者の神としての性質や神格によって異なる。亜乱や泉のような成りたての御使いでは、人間だった頃特に慣れ親しんだ飲食物だけだ。
「後でね。あなたもインスタントと缶コーヒー以外にも飲んでおけば良かったわね」
「返す言葉も無いよ」
そんな下らないやり取りをしているが、二人とも手は動いている。輪廻転生システムに問題が無いかチェックし、小さなエラーを修正する。
その合間にオリジンで生きていた頃は見つけられなかった村上や土屋、『第八の導き』、そしてラムダのヴァンダルー達の情報を集めた。
その行動を二人の主と成ったロドコルテが常に監視しているのかと思ったが、そうでもない。やってはならない事は決められているが、それ以外は仕事さえすれば口出しする気は無いようだ。
(まあ、監視する程の意味が無いからかもしれないけど)
そう泉が考える程、二人が出来る事は少ない。オリジンやラムダの人々に、転生者であってもメッセージを勝手に送る事は出来ない。
勿論直接物事に干渉する事も不可能だ。
輪廻転生システムに属している人々の目や耳を通して、大量の情報を見聞きできるが、それだけだ。
勿論システムを恣意的に操作して、転生先を勝手に決める様な真似も出来ない。
【演算】や【監察官】のチート能力も、あまり役に立っていないのが現状だった。
「村上や『第八の導き』の動き、どう思う?」
「プルートーの方は、大掛かりな自殺を企んでいる様ね。村上の方は思っていたより分かり易い動機で私達を殺したみたい」
「そうか~、まあそっちは成る様にしかならないだろうけど」
自分達を殺した村上達への怒りや、プルートー達への同情、最初に研究所から「保護」した時に自分達がやるべき事をしていれば良かったのではないかという後悔はあるが、今となっては届かない。
出来るのはこの神域に来た時説得できるよう情報を集めておくぐらいだ。
「それでラムダの方は?」
泉の問いに、亜乱は両手を頭の上に上げた。
「お手上げ。ヴァンダルー君、導き過ぎなんだよね。すぐヴィダ式輪廻転生システムに引っ張り込むから、映像が切れちゃう」
亜乱や泉が見る事が出来るのも、主であるロドコルテと同じくロドコルテ式輪廻転生システムに属している人の目を通した情報だけだ。だからヴィダの新種族であるスキュラ族からは情報を得られない。
しかしヴァンダルーは旧サウロン公爵領で幾人かの人間と言葉を交わしている。スキュラの夫たちも含めて。
だが、次々にヴァンダルーが無自覚にヴィダ式輪廻転生システムに導くので、継続して情報を収集する事が出来ないのだ。
それでもイリス・ベアハルトやリック・パリスのお蔭で、グーバモンとの戦いの様子は分かった。
それにアミッド帝国の皇帝マシュクザールやミルグ盾国のトーマス・パルパペック軍務卿等、離れた場所からヴァンダルーについて調べている者達の記録を見る事で、タイムラグは大きいが情報を得る事には成功している。
あまり良いニュースは無いが。
「とりあえず、もうチート能力が無いからって彼相手に油断するのは止めるべきだと思う」
「寧ろ、私達よりチートよね、彼」
【魔王の欠片】を五つに、十億を超える魔力。適性が無い筈だったのに、精霊の代わりに死霊を利用した【死霊魔術】スキルで、炎と水、そして風(雷限定)の属性を使えるようになった。
明らかに性能がおかしい。小さな山程度なら軽く消せるなんて、二人が居たオリジンでも神話上の化け物か大英雄でなければ不可能だ。
「彼に雨宮達をぶつけるつもりなのよね、あいつ……主は」
「……能力の使い方次第で可能性は在る。俺の【演算】での計算もそう言ってるけど……」
オリジンでなら、亜乱も自分の能力が出した計算結果を信じる事が出来ただろう。
オリジンで『ブレイバーズ』の組織力を活かし、各国から協力を得れば、勝率は在る。目を覆いたくなるような損害が出る事は避けられないが。
しかし、ラムダに転生した転生者達はオリジンで使用していた装備や武器を持ち込めないし、各国に協力を要請できる立場もコネも無い。
最初から難易度が高いミッションだと思うのだが、ロドコルテはまだ諦めるつもりは無いようだ。
「まあ、それよりも厄介なのは彼の言動と言うか、行動原理だよね。何処までもアンデッドを人と同じ扱いを……逆に言うと、生きている人間をアンデッドと同じ程度にしか見ていない。
それはもう分かっていたけど……あそこでレジスタンスのレイモンドとリックを殺しちゃうんだよね。彼」
亜乱が問題視したのは、ヴァンダルーがレイモンドとリックを殺した事だった。
彼もレイモンド達が「人々の為に」とスキュラ族に行った事には怒りを覚える。気に入らないと思うし、止めるべきだと断言できる。
しかし、殺さず利用すべきだと考える。罰するよりも話し合い、交渉して協力体制を確立するべきだと。
地球やオリジンでは、常に正義が行われ悪が罰せられる訳ではない。特に政治では尚更だ。そしてそれが常識である。
そしてオリジンで亜乱達『ブレイバーズ』は、そうした常識を行う側だった。テロリストとは戦うし犯罪者は捕まえる。しかし軍事独裁国家の指導者を殺して無秩序な内乱状態を引き起こすような事は無いし、大国の情報部が抱える暗部を明らかにして国家運営に支障を来させる事もしない。
綺麗事だけで世の中、国家を、大勢の人々を守る事は出来ないのだ。それはオリジンに転生してから、身に染みて分かった。
だがヴァンダルーが元サウロン公爵領でした事は、スケールの大きさこそ異なるが亜乱達『ブレイバーズ』とは逆の事だ。
イリス・ベアハルトと彼女が率いる組織とは協力体制を築いたが、レイモンドとリックの兄弟を殺した事でレジスタンス運動は大きく後退した。
「前、彼は理性的か理性的であろうとしていると言ったけど、あれは間違いだ。彼はとても感情的だ。その事自体は悪い事だと思わないし、個人的には好感が持てるけど」
「ブレイバーズの皆と話し合いをしてくれるか、ますます不安に成って来るわね。
ところで、主は?」
「……レイモンドとリック、その部下の魂が砕かれた事で起きたシステム障害の修正にかかりきり。暫く話しかけても返事は無いと思うよ」
多少仕事は楽に成ったが、やはり魂を砕かれるとシステムにかかりきりになってしまうロドコルテだった。
「オリジンやラムダの神様から手紙が来ている事にも、気が付いていないみたいだしね」
テイマーによって特別な調教を施された鳥型の魔物によって届けられた手紙を読んだ、アミッド帝国のS級冒険者、『迅雷』のシュナイダーは舌打ちをして、手早く返事を書いた。
「チッ、苦労してやっと船を出したってのに、面倒な手紙を寄越しやがって」
パーティーメンバーの、実は魔王を裏切り勇者ザッカートとヴィダの側に着いた『堕酔の邪神』ヂュリザーナピペの転生体であるリサーナが数か月前、『時と術の魔神』リクレントの神託を受けた。
その神託の内容に従って、世間的には邪神と融合し堕ちた神とされている戦神ザンタークを訪ねるため、隠れヴィダ信者のシュナイダーは、仲間と共に大陸全体が魔境と化している魔大陸に向かって出航して数日目だった。
そう、まだ数日だ。リサーナがリクレントから神託を受けてから数か月が経っていると言うのに。
しかしそれも仕方ない。破天荒に振る舞って見せてもシュナイダーは大陸西部唯一のS級冒険者だ。彼に匹敵すると言われるA級冒険者は何人か居るが、超える冒険者は存在しない。
つまり意外と忙しいのである。
特にシュナイダーは数々の功績と武威で持って帝国から紐を付く事を拒否し続けている。そのため、公的な地位はその辺の一般人と変わらない。つまり、依頼するだけなら金さえあれば誰でも出来るのだ。
そのため、シュナイダーには数々の依頼が舞い込んでいる。
リサーナが神託を受けた後も、既に受けていた依頼を達成し、断れない類の依頼を仕方なくこなし、そして年が変わって数か月、やっと出航にこぎつけたのだった。
「その手紙、何て書いてあったんだ?」
船乗りの一人と言われても違和感を覚えないだろうモヒカンマッチョのダークエルフ、ドルトンに尋ねられるとシュナイダーは鼻を鳴らした。
「どっかの公爵が、何年か前に侵略したサウロン公爵領のレジスタンス狩りと、砦を落としたアンデッドの発生原因の調査と解決を依頼したいってよ。やってられるか! 年寄りを過労死させるつもりかよ!」
「あ゛ー、確かにやってられねぇな、面倒な上にレジスタンスを支持する堅気の連中の恨みを一身に買う羽目になるし。テメェが年寄りだってのは兎も角」
荒々しい筆使いで「寝言は寝て言え!」と返事を書きなぐるシュナイダーの実年齢は、『ラムダ』では老人、『地球』でも初老を過ぎている頃になる。
しかし二十代にしか見えない若々しさを維持している。当人は白髪と言い張るプラチナブロンドや肌には張りがあり、全身を鎧のような筋肉が覆っている。
人と同じ程度の大きさのドラゴンに香油を塗らせつつ、甲板で日光浴をしているリサーナとパーティーメンバーの中では最も常識人である女ドワーフのメルディンもドルトンに同意見だった。
「健康の為にって、海の上を散歩する奴は年寄りとは言わないわよ」
「うん、馬鹿みたいに海面を走ってたものね。どうせならそのまま魔大陸まで走って行けばいいのに」
散歩は健康に良いからと、シュナイダー達は毎朝海原を散歩していた。正確には、水面を魔術も使わず走り回っていた。
『本当に、何故そんな事が出来るのだか……』
悪夢の様だったと、ドラゴンが思わず呟く。シュナイダーとドルトン、そして実は原種吸血鬼であるゾルコドリオ、通称ゾッドの三人が海面を走り回る光景。
魔術を使っているならただの器用な芸だ。風属性魔術で足元に空気の塊を作ったり、水属性魔術で足元の水面を固めたり、そうした事が出来る術者はそう珍しくはない。
だが純粋に身体能力だけでやるなら彼から見ても化け物だ。絶対にあの脚力で蹴られたくはない。
「何だよ、メルディンとリサーナもそれぐらい出来るだろ」
「あたし達は魔術やマジックアイテムを使ってんの!」
「一緒にしないでよね、私達は頭脳労働担当なんだから」
『頭脳労働……?』
思わず聞き返してしまったドラゴンに、リサーナが人を殺せそうな視線を向ける。
「何か文句でもあるの、ルヴェズ」
邪神としての本性であるピンク色の鱗や長い舌を露わにするリサーナに、ルヴェズ……『暴邪龍神』ルヴェズフォルは『何でもありません!』と悲鳴を上げた。
タロスヘイムの南に在る沼沢地で、『五悪龍神』フィディルグを封印し、『鱗王』を司祭に立て、リザードマンからの信仰を横取りしていたルヴェズフォル。彼は分霊をヴァンダルーに砕かれた為負傷し、このまま留まっていたら神殺しされかねないと、魔大陸に逃げ出していた。
しかし、途中に未だ眠っているがヴィダ等他の神の領域が存在し、しかも負傷しているので思う様に動けなかったため逃げるのに時間がかかり、やっとバーンガイア大陸を脱出したと思ったら、運悪くシュナイダー達の出航と偶然その日が一致してしまったのだ。
普通なら、何の問題も無い。神ならぬ身で神域に存在するルヴェズフォルに影響を及ぼす事はほぼ不可能。そもそもルヴェズフォルの存在に気が付く事も出来ないだろう。
「このクソ駄龍!」
「ここであったが百年目!」
「何か知らねぇけど邪魔だ!」
船に邪神の転生体と、地上の知的種族でありながら神に匹敵する原種吸血鬼、そして龍殺しの冒険者が居なければ。
大陸南部に百年程いたルヴェズフォルは三人の存在に気が付くのが遅れ、神域をブチ破られて一方的に攻撃を受け、その後ドルトンとメルディンも加わって五人にタコ殴りされてしまったのだった。
元魔王軍の邪神だったリサーナと、女神ヴィダに従い勇者と共に魔王軍と戦ったゾッドは、当然『龍皇神』マルドゥーク亡き後魔王軍に寝返ったルヴェズフォルの事を知っていたのだ。
その後にやらかした事も全て。
今、ルヴェズフォルは小さなドラゴンとして具現化している。だがそれは神としての力が殆ど使えなくなる代わりに、とても弱い肉体を得るという、通常なら危険しか無いためまずしない状態を強制されているからだ。
一種の封印である。
「ルヴェズ、手が止まっておりますぞ。オイルはきちんと、ムラ無く塗らなければならないと教えたはずですが?」
『わ、分かっている!』
「ちゃんとマッサージもしてね。あ、私、ヴィダとアルダの戦いの時漁夫の利を狙って来たあんたに、ブレス吐かれた事忘れてないからね」
『うぅっ、しっかり覚えていやがる!?』
「私も、対魔王軍戦で貴殿が裏切ったお蔭で戦線が崩壊し、地獄の撤退戦をする事に成った思い出は忘れておりませんので、あしからず」
『うああああああ!?』
悲鳴を上げるルヴェズフォルだが、リサーナやゾッドからすれば殺しても当然の存在だ。そして殺さない理由は一つ……ラムダの龍神から魔王軍に寝返った彼は、死ぬと魂が魔王式輪廻転生システムに還ってしまい、何れ生まれ変わってしまうからだ。
魔王のシステムは元から不安定な上今は管理者不在であるため、神でもリサーナのように前から準備をしていなければ、記憶や人格を保ったまま転生できるとは限らない。記憶も人格もまっさらな、ただのゴブリンやジャイアントフロッグに生まれ変わる可能性も高い。
しかし、奇跡的に記憶と人格、更に力を保ったまま何かに生まれ変わってしまう可能性も、ゼロではない。
だから普通なら、シュナイダーがこれまで討伐してきた龍のように肉体を完全に破壊した後魂を封印するのだが……船旅の途中で魂を封印する儀式の準備が出来なかったので、今の小型ドラゴン状態である。
「可哀想だなと思わなくもないけど、その度に別の悪事が出て来るから同情できないのよね」
「だな。寧ろもう一発殴っとくか?」
「ドルトン、今のそいつワイバーン以下だからお前に殴られたら死んじまうぞ」
リサーナとゾッドに苛められているルヴェズフォルだが、そんな理由でメルディンもドルトンも同情してくれないのだった。
扱いとしては犯罪奴隷である。
しかしこれでもルヴェズフォルが魔大陸について、そしてザンタークの居場所について心当たりがあるそうなので、まだ普通の犯罪奴隷よりもマシな扱いなのだ。
もしかしたらあの場所に居るかもしれない、程度の手掛かりだが、無いよりは遥かに良い。
それに、彼のお蔭でヴァンダルーについて多少知る事が出来た。
「魔王の欠片ねぇ。あんなもん使って大丈夫なのか、あいつ?」
「うーん、実は私もゾッドも詳しくは知らないのよね、私は十万年前からこのエルフの身体に転生するまでの間記憶が無いし――」
「私も、十万年前に封印された後最近まで眠っていましたからな」
魔王が倒されたばかりの頃は、流石に誰も【魔王の欠片】を使おう等と言う者は居なかった。なのでゾッドとリサーナは逆に魔王の欠片に詳しくない。シュナイダー達と同じ程度の知識しか持っていないのだ。
「何度か【魔王の欠片】を暴走させた魔物や、切り札に持ってた龍と戦ってるが、意外と何とかなるぜ。
属性魔術が使えなくなるし、動きが雑に成るからな。……普通ならだが」
シュナイダー達が実際に相手をした【魔王の欠片】の所有者との戦いでは、そうだった。欠片本体も所有者を倒した後厳重に封印すれば、問題無い。
『あ、あのダンピールは【魔王の血】で銃身を作り、【魔王の角】で作った弾を、【念動】の魔術で撃ち出した。本当だ』
しかし、ヴァンダルーは【魔王の欠片】を二つ同時に発動した状態で、無属性だが冷静に魔術を行使している。
今までと同じように考えるべきではないだろう。
「まあ、そっちは心配しても仕方ねぇ。本当に不味ければリクレントがまたリサーナに何か言うだろ。
それより俺達はザンタークだ」
そう言ってシュナイダーは、海の向こうの、まだ見ぬ魔大陸に思いを馳せる。
「伝説じゃあ、若返りの泉があるらしいからな、魔大陸」
「あんたには必要無いけどね、その泉」
6月18日に閑話十三ルチリアーノレポート上 19日にルチリアーノレポート下+α 22日に5章キャラクター紹介を投稿する予定です。




