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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第五章 怪物の遠征編
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百十七話 弟さんよ

 グーバモンが【御使い降臨】スキルを発動した際に遣わした御使いをヴァンダルーに砕かれた『悦命の邪神』ヒヒリュシュカカは、驚くと同時に安堵していた。

 嫌な予感がしたので咄嗟に替えの利く弱い御使いを派遣したお蔭で、被害を最小限に抑える事が出来たからだ。


 もしグーバモンを助けるために分霊でも派遣していたら、今頃自分が骨肉を砕かれ痛みにのたうち喘いでいただろう。


『……この後はテーネシア同様砕かれる運命か』

 その後予想通りグーバモンは敗れ、魂をその手の内に握られた。その代償に、予想以上の情報をもたらしてくれた。

 ここ十万年の働きの収支を総合的に考えれば、出来た従属神だったかもしれないとヒヒリュシュカカは思った。


 狂乱し信者である手下の吸血鬼達を殺し尽くしつつある時点で、ヒヒリュシュカカはグーバモンを半ば見限っていた。信者を供物として捧げるでもなく、ただ虐殺して数を大減少させるのはやりすぎだ。

 しかしテーネシアが消滅し、彼女の代わりが手に入る目途も無い今、グーバモンを完全に切る事は自ら手札を減らす事でもある。


 だから暫く様子を見ていたのだが、そのお蔭であのダンピールが「魂を砕く」以外にも厄介なスキルを得ている事が分かった。


『まず、アンデッドをテイム出来る能力。お蔭でグーバモンが作り上げた戦力がほぼ無意味と成った。

 次に【魔王の欠片】を使いこなす莫大な、しかも魔王に近しい性質の魔力』

 他人が作った既存のアンデッドすらテイムできる、ヒヒリュシュカカが与える加護の完全な上位互換。

 更に複数の欠片を同時使用するような、本来なら瞬く間に【魔王侵食度】スキルのレベルが上昇し、正気と魔力が尽きて暴走するような事を平気で可能にする魔力量とその性質。


 特に後半は厄介極まりない。【魔王の欠片】は強力だ。部位によって差はあるが、全身をミスリルやアダマンタイト製の上級や伝説級の武具を纏った英雄相手でも、欠片一つさえあればそれだけで戦う事が出来るのだから。

 しかし、所詮借り物の力だ。グーバモンやテーネシアは武技と組み合わせる等工夫していたが、それでも使いこなしているとは言い難い。


 だがヴァンダルーは当たり前のように使いこなしている。しかも何時の間にか持っていた【血】に、テーネシアから奪い取った【角】に加え、『汚泥と触手の邪神』メレベベイルが持っていたはずの【吸盤】と【墨袋】まで持っている。


 あのヴィダに入れ込んだ邪神はこの十万年、スキュラを通してしか活動してない。そうである以上、奪ったのではなく授けられたのだろう。

 ヴァンダルーが引き連れていたゴーストの中に、スキュラのゴーストも含まれていたのをヒヒリュシュカカはグーバモンを通して見ていた。


 そして今はグーバモンが持っていた【甲羅】を奪い、五つ。

 厄介な話だ。【魔王の欠片】は単独でも強力だが、複数の欠片を組み合わせればより強い力を発揮する。元々全ての欠片が組み合わさって、神代の時代ヒヒリュシュカカを含めた邪悪な神々を率い、勇者達を苦戦させその内四人までを討った魔王グドゥラニスを成すのだから当然だが。


『さらに厄介なのがジョブか。テーネシアが末期に案じていた様に【導士】系のジョブに就いていた様子。更に、あれは【対敵】スキルを持っているな』

 【対敵】は、【ゴブリン殺し】や【竜種殺し】のような特定の相手に所有者がダメージを与える場合それを増強する固有スキルの、上位スキルだ。


 その効果はシンプルで、所有者に敵対する全ての対象に与えるダメージを増強する。


 お蔭でグーバモンは【破壊の魔眼】を跳ね返された時、更に大きなダメージを受けてしまった。そして相性が悪い事に、彼は【魔王の甲羅】を発動させ攻撃を強化した防御力で耐える形態になった。

 ダメージ増強効果が常時発動している相手からの攻撃を、あえて受ける事を選んだのだ。


 今にして思えばグーバモンがもし【破壊の魔眼】や【魔王の欠片】に頼らず、得意の空間属性魔術と武術で堅実に戦えばもっと勝ち目もあったろうに。もっと言うなら、手下をアンデッドにせず近くに待機させていれば時間稼ぎや囮等に使え、作戦の幅が広がったはずだ。


 つまりグーバモンは手下を殺してアンデッドに変え始めた頃から、常に自爆していたのだ。

 手下をアンデッドにしたため態々敵に戦力を進呈してしまい、【深淵】の力を持つ者に過信していた【魔眼】を使って跳ね返され、ダメージを増強するスキルを持つ相手に対して、【魔王の甲羅】を発動させ攻撃を受けて耐えるスタイルを取った。


 ヴァンダルーが体内から出した魔物やマイルズ達元手下を攻撃したのも、双方の魔力量を比べると悪手だろう。

 時間は稼げるかもしれないが、そのためにグーバモンは莫大な魔力を支払っている。対してヴァンダルーがそれを防ぐのに使った魔力の数字自体はグーバモンの魔力消費量より大きいが、彼が持つ総魔力量に比べれば大した量ではなかったはずだ。


 敵と殺し合いながら自分の首を絞め続けていたら勝てる訳がない。


 だが問題は既に滅びる事が確定しているグーバモンではなく、ヒヒリュシュカカに唯一残った手駒、ビルカインがヴァンダルーを殺せるかどうかだ。

 攻撃力ではテーネシアに、防御力ではグーバモンに負けるビルカイン。彼にヴァンダルーへの勝ち目は在るだろうか?


 ビルカインも原種吸血鬼としての力はテーネシアやグーバモンと互角。魔術も武術も高い水準で使用でき、更に直接戦闘には向かないが魔王の欠片も一つ持っている。

 その性質は戦士や魔術師ではなく、策士気取りの陰謀家。ある意味、自らの信者らしい男だ。


『……難しい』

 可能性としては零ではないが、純粋な戦闘力で二人に劣るビルカインが二人を倒したヴァンダルーに勝てる見込みは薄いと、ヒヒリュシュカカは考えた。

 ヴァンダルーもテーネシアやグーバモンと正面から戦った訳ではない。しかし、テーネシアと戦った時と比べると格段に力を上昇させていた。


 奴の成長にビルカインが対応できるかと考えると、難しいとしか言えない。


『だが如何に勝ち目が薄くとも、勝たねば我にも先は無い』

 テーネシアが敗れた事は既にバーンガイア大陸の外にも知られつつある。今回グーバモンが倒された事も、遠からず知れ渡るだろう。

 結果、『悦命の邪神』ヒヒリュシュカカ恐れるに足らずと言われる様になれば、畏怖は失われ後は堕ちるばかりだ。


 人から見ればただのイメージダウンだが、ヒヒリュシュカカのような魔王軍残党の邪神悪神は畏れられなければ意味が無い。舐められたら終わりなのだ。

 そのための広告塔として三人の原種吸血鬼はとても有用だったのだが……今はそれが仇と成っている。


 完全に逃げるという手もあるが、ダークエルフを母に持つヴァンダルーの寿命は三千年から五千年。逃げ切れるとは思えない。

 ならば、少しでも勝ち目がある内に勝負をかけるのが上策。


『ビルカインの策が失敗する事を前提に、我の策に組み込むか』

 ヒヒリュシュカカはまだグーバモンが滅した事を知らないビルカインに目を向けた。




 吸血鬼に攫われた翌々日、イリス・ベアハルトは『サウロン解放戦線』の仲間の前に再び姿を現した。

「お前達の警戒心が高いのは嬉しいが、そろそろ信じてくれないか?」

 姿を現した瞬間、仲間達から聖水をかけられたため濡れた顔でイリスは尋ねた。


「見ての通り瞳の色も変わっていないし、牙も生えていない、鼓動もある。吸血鬼でもアンデッドでもないぞ」

 そう言ってやっと、デビス達は銀食器を使った銀製武器を降ろした。

「お嬢……よくぞご無事で!」

「もうダメかと思いましたよ。後一日帰って来るのが遅かったら、私が姫騎士にされるところだったんですからね!」


 渡された布で濡れた顔を拭ったイリスは、喜ぶ仲間達に微笑を返す。自分が何時死んでもいいようにと準備してきた彼女だが、死にたがりではない。仲間との再会は素直に嬉しかった。

「でもお嬢、一体どうやって吸血鬼共から逃げて来たんで?」


「その事だが……デビス、皆、私達『サウロン解放戦線』は今まで清濁併せ飲む覚悟で活動してきた」

 レジスタンスは体制側から見れば立派な犯罪者集団だ。どんなに高い理想を持っていても、綺麗事ばかりではやっていられない。騎士道を蔑ろにするような行為にも手を染めてきた。

 デビスが奴隷商人を裏切ったのも、傭兵ギルド的には立派な濁だ。


「だが、更なる濁を飲む事を決めた私に着いてくる覚悟はあるか?」

 それでも一線は越えない様に活動してきた『サウロン解放戦線』だが、更なる濁というイリスの言葉に思わず息を飲んだ。


「お嬢、まさか吸血鬼共と裏取引を!?」

「イリスお嬢、それはいけない! 奴等、『悦命の邪神』を崇める吸血鬼はアミッド帝国側ともきっと繋がってるっ、どうせ俺達を利用して、最後は帝国に売るつもりだ!」


 濁を何度も飲んできた仲間達だが、『悦命の邪神』を崇める吸血鬼達との取引は今までの濁が清水に思えるほどの汚濁だ。

 奴等は裏社会にすら存在する最低限の筋を嘲笑い、踏み躙るような連中だ。とても取引が成立するような相手ではない。そう訴える仲間達に、イリスは「いや、取引相手は奴等じゃない」と答えた。


「取引を持ちかけて来たのは、その『悦命の邪神』を崇める吸血鬼の首魁の一人、グーバモンを倒して私を助け出してくれた者を頂点とする組織だ。

 彼等は私に条件を提示し、それを守るなら援助すると約束してくれた」


「グーバモンって、原種吸血鬼を倒した!? そんなまさか……!」

「いや、でも現にグーバモンの手下に攫われたイリスお嬢がこうして無事に帰って来たんだ。なら、本当かもしれない。イリスお嬢、その神代の時代の化け物を倒して、俺達に更に濁を飲めって言った化け物は、一体誰なんだ?」


 驚く仲間達にイリスは答えた。

「『ヴィダの御子』の二つ名を持ち、大陸南部でミルグ盾国の遠征軍六千を殺し尽くしたダンピール、ヴァンダルー殿だ。彼が提示した条件は――」




 マードック・ゼット率いる討伐隊が、『新生サウロン公爵軍』のレイモンドとリックのパリス兄弟を討ち取った。

 その報を受けたクルト・レッグストンは、とりあえず素直に喜ぶことにした。

 パリス兄弟はレジスタンスの中でも最も厄介な連中だった。『解放の姫騎士』率いる『サウロン解放戦線』も厄介だが、兄弟率いる『新生サウロン公爵軍』は組織力がありメンバーに元騎士団員の者が多い強敵だ。


 今までもたかがレジスタンスと侮った部隊が大きな被害を受けている。

 それが討伐されたのだから占領軍の端くれとしては喜ぶべき事だ。


「しかし、まさかこのような場所に大物が二人も居たとは驚いた。その首を上げた貴殿の手腕には、更に驚かされたが」

 クルトはにこやかに報告を上げに来たマードックの大手柄を祝福した。心から、本当に嬉しい。

 さっさとこんな小砦から出立して占領軍本部に凱旋し、そのまま帝国で出世してくれ。


 そう思いながら飲み物を勧めるクルトに、顔に包帯を巻いたままのマードックは杯を辞して答えた。

「イいえ、部下から随分犠牲ヲ出してしマいましタ。全ては彼等ノ手柄でス」

 負傷の為か口調がおかしいが、それ以上に彼が言った事にクルトは違和感を覚えた。こんな殊勝な事を言う男だったろうかと。


 実際マードックの部隊は半分近く死んでいる。部隊としては被害甚大で、犠牲者の中には彼と長い付き合いの者も居ただろう。だから彼が犠牲に成った部下達を想うのが不自然だとまでは、クルトは考えない。

 しかしそれを今まで散々嫌味をぶつけた相手であるクルトの前で見せるだろうか?


(てっきり、『こんな近くに大物が隠れ潜んでいたのに全く気が付かないとは、余程机の上の書類との格闘がお好きなのでしょうな』ぐらいは言われるだろうと、覚悟していたのだがな)


 そう訝しむクルトに構わずマードックは全く別の話題を振った。


「そう言えば、数日前にハリケーンドラゴンの咆哮が聞こえた件はご存知でスカ?」

「ああ、ここまで響いて来たからな。しかし何か異変がある訳でもないので、ただの発情期か他のドラゴンとの縄張り争いではないかな」

 突然何だ? そう益々訝しく思うクルトに、マードックは更に続ける。


「……もし、ドラゴンの咆哮が境界山脈の向こうから何かが這い出て来た前兆だったと言ったらどうしまス?」

「マードック殿? 何を言っているのだ?」

 境界山脈の向こうから魔物が這い出てくる。それはクルトの祖国であるミルグ盾国では年に数回程起こる事態だ。大体は山脈に生存する魔物が生存競争に負けて弾かれて迷い出てくるからだ。


 しかし、ハリケーンドラゴンが咆哮を轟かせるような、こんな小さな砦どころかこのサウロン領が存亡の危機に陥るような化け物が出てきたことは無い。


「そんな事があるはずがない。もしそうならレジスタンスどころの話ではない、すぐに占領軍本部に伝令を出し、冒険者ギルドにA級冒険者の招集を依頼しなければ――」

 その時、クルトの背後にある木戸から聞き慣れない音がした。咄嗟に振り返った彼は、驚愕に目を見開いた。


闇夜をそのまま纏ったような黒ずくめの小さな人影が、グズグズに腐った執務室の木戸を崩しながら中に入って来ていたのだ

「この世界だと窓は基本木戸なので、『窓の外に!』ってネタは使えませんね」

『陛下、私にはその冗談は分かりかねます』

 場違いに平坦な声で言う小さな黒ずくめに続いて、大人の男らしい黒ずくめが入ってくる。


「く、曲者だっ! マードック殿っ、表の兵を――!?」

「静かにして頂こウ」

 クルトの首筋に、マードックが懐から出した短剣の刃が添えられる。


「表の兵士ハ、既に私の部下と入れ替わっていル」

「マードック、貴様何のつもりだ?」

 個人的には信用していない男だったが、軍人としては優秀だったはずのマードックの裏切りに、クルトは怒りよりも先に困惑を覚えた。


 この局面で小さな砦の指揮官でしかない自分を裏切って、何の意味があるのかと。


「実はぁ――」

『俺はマードック隊長じゃないんですよぉぉ』

 蛹から中身が羽化する様に、マードックの背中から見覚えのある男が出てきた。


「貴様は、討伐隊の……!」

 名前までは覚えていなかったが、部隊の偵察兵だった男だ。何度か顔を見たが、生真面目なのか根暗なのかその全てで硬い無表情を保っていた。


『元討伐隊所属のキンバリーですぅ、クルト・レッグストン司令官~』

 その男が随分薄くなって、しかし陽気に歯を剥き出しにして歪んだ笑顔を見せる。それと同時にマードックが朽木のように倒れたが、クルトは動く事が出来なかった。

 クルトが何かするには、キンバリーとの距離が近過ぎるのだ。


 代々軍務卿を務めてきたレッグストン伯爵家の三男であるクルトだが、彼本人は英雄のような武威は持ち合わせていない。普通の騎士と比べて特別強い訳でもない程度だ。

(ある程度の間合いがあって、後手元に武器と盾があれば何とかなったが……まあ、指揮官に接近された時点で完敗だな)

 そう諦めつつも、口は勝手に別の事を尋ねていた。


「……まさかマードックがゴーストに憑依されていたとは。他の討伐隊の連中も?」

「いえ、マードックの様に【憑依】スキルでゴーストに憑りついてもらったのは彼だけです。他の人達は俺が操っているだけで」

「俺にとってはどちらでも変わらんのだが」


 砦の中に十数人の敵が入り込んでいるらしい。元々砦に詰めている兵達の士気が低かった事と、レジスタンスの大物二人の首を上げて凱旋してきたマードック達に対して警戒心が働かなかったのだろう。

 次に活かせる保証の無い反省点を纏めて、質問に答えた小さな人影に視線を向ける。

「それで、目的は何だ? まさか俺の首が目的と言う事もあるまい」

 自嘲的にそう言うと、小さな人影は首を横に振ってから答えた。


「いいえ、目的は貴方です。ただし、できれば首が繋がったままの状態で」

 音も無く小さな人影から薄い煙が立ち上り、見る見るうちに闇夜のような黒が消えていく。残ったのは、白いダンピールの子供だった。

 クルト自身は見覚えの無い子供だったが、「念のためだが」と下されていた、ある極秘命令を彼は覚えていた。


「貴様は、ヴァンダルー、だというのか!?」

 クルトの口から自分の名前が出た事に、ヴァンダルーは目を瞬かせて驚いた。

「何故俺の名前を知っているのですか?」


「……本国の上層部では知られた名だ。あれほどの事……遠征軍六千人を皆殺しにし、その半分以上をアンデッドにして送り帰した挙句、開拓地をアンデッドと猛毒で蝕んでおきながら、警戒されていないと思ったか?」

 そしてクルトにとっては、兄の仇で自分が左遷させられた原因でもある。


 どんなバケモノかと思っていたら、見かけは本当に子供だった。少女でもおかしくない整った顔立ちに、人形のような無表情、生気を一切感じさせない蠟のように白い肌。

 しかし、恐るべき化け物。


 それが境界山脈の向こう、大陸南部に巣食っている事をミルグ盾国の現軍務卿、トーマス・パルパペック伯爵から聞かされていた。境界山脈に近い砦や関所、駐屯地の指揮官にはその情報と「もしこのダンピールを発見したら速やかに本国に報告後、交戦は避け被害を最小限に抑える事を第一に行動せよ」との極秘命令を通達していた。


 ただ境界山脈北部の元サウロン公爵領方面に出て来るとは予想されていなかったため、クルトもあまり真剣に警戒していた訳ではなかったが。

 まさかヴァンダルーが米目当てで元サウロン公爵領にやって来るとは、夢にも思わなかったのだ。


「そうでしたか」

 ヴァンダルーも「まあ、帝国の支配下にある場所ならそれぐらいしていますよね」と納得した。

「それで、とっておきの【墨】を使って迷彩までして忍び込んで来た用件なのですが……あなたのヘッドハンティングです」


「俺のヘッドハンティング、だと?」

 言われた事をオウム返ししながら、自分の耳を疑うクルト。色々な意味であり得ない、まず自分にそれだけの価値があるかどうかから疑わしいのだが。

「そんな手間をかけずに、俺を殺してからアンデッドにすれば良いのではないのか?」

 だが何よりまず、この疑問だ。


 遠征軍のアンデッド化や、ゴースト化したキンバリーから、目の前の少年がアンデッドをテイムできるのは確実だ。なのに、何故態々生きている敵国軍人をスカウトなどするのか。何かの罠ではないのか? まずこの疑問に答えが得られなければ、とても信用できない。


 だがクルトの質問に答えたのはヴァンダルーではなかった。

『それは、私が推薦したからだ』

 最初に言葉を発したきり黙っていた大きい人影から、薄い煙が立ち上る。迷彩に使った【魔王の墨】が消えた後露わに成った土気色の、よく知っている顔にクルトは顎が落ちそうになった。


「兄上、チェザーレ兄上!?」

『手紙なら遠征軍の出立前に受け取ったが、こうして直接話すのは三年、いや四年ぶりか? それともいっそ初めてと言うべきか。最後に会った時よりも随分老けたようだ』

 チェザーレは何か迷う様に視線を彷徨わせると、最終的に諦めた様に肩を竦めた。


『ああ、ダメだ。お前と話す時、どんな顔をしていたか思い出せない。もう少し丁寧な口調だったかな? それは兎も角、結婚はしたのか?』

「……そんな顔ですよ、兄上。成人した後は、もう少し丁寧な口調でしたが。手紙で報告した俺の縁談は、遠征軍が負けた後左遷された影響で無くなりましたよ」


『そうか、それはこちらにとっては都合が良いな。

 それで何故態々スカウトをするのかだったな』

「形だけでも詫びて欲しいな、兄上」


 そう自然に言ってしまう程、クルトから見て目の前のアンデッドの言動は兄そのものだった。

 アルダ信者であり、アンデッドは邪悪な存在だと当たり前のように信じていたクルトだったが、その確信を否定する事は出来なかった。


『それはアンデッド化する際、生前の人格や記憶が損なわれる可能性があるからだ。死んだ後なのだから、当たり前だな。

 私も随分変わっただろう?』

「そんな事は……いや、確かに随分変わりましたね」


 だが生きていた頃の兄とは決定的に違う部分がある事をクルトは感じ取っていた。

 生前の兄は、どんな理由があっても自ら敵軍の砦に潜入するような事はしなかったはずだ。


『アンデッド化した事で生前よりも使える様になる者もいる、私やキンバリーがそうだ。だが、お前もそうとは限らない。よって、陛下はお前のスカウトに来たのだ』

「断れば、殺してアンデッドですか?」


 苦笑いをしてそう聞き返すクルトに、ヴァンダルーは答えた。

「はい。この砦を落とすのは決定事項なので、そうなります」

 否定しても仕方ないので、正直に答える。クルトの同じ国の人間を六千人虐殺し、アンデッドにして返すという行いはヴァンダルー達からすればただの防衛戦と反撃だが、彼から見れば外道の行いだろうし。


「それで、こちらがスカウトに応じて頂いた場合の貴方の待遇に成ります。俺の国では貴族制がまだ無いので、爵位は保証できませんが」

 差し出した書類をクルトは受け取ったが、それを見る前に困惑して答えた。


「俺が激高して断るとは、思わないのか? 一応、兄の仇だぞ、お前」

「思っています。だから戦力は十分用意してきました」

 瞬間的にレビア王女やオルビア、何体ものゴーストがヴァンダルーの周囲に現れて、消えた。気味の悪い笑みを浮かべているキンバリーだけではないと知り、クルトが顔を強張らせる。


「でも、貴方は冷静で忍耐強い方だとチェザーレから聞いていますから。それでも俺が憎いなら仕方ありませんが。

 こうして面と向かって話をしたのも縁ですし、一対一の決闘ぐらいなら応じますけど、やります?」

 顔を強張らせたままクルトは考え……顔と肩から力を抜いて答えた。


「止めておこう。気持ちだけ頂戴しておきます」

 決闘をしたとしても、クルトは眼の前の子供に勝てる気がしなかった。チェザーレとキンバリーが「止めておけ!」とクルトに向かって無言で訴えていたのもあるが、実際軍務卿からの極秘命令書にも「絶対に戦闘は避けろ」とあった。


 それに、クルトは以前から遠征軍を返り討ちにした『怪物』をあまり憎んでいなかった。

 遠征軍の全滅を聞いた時は腸が煮えくり返る思いだったが、冷静に成ってから考えてみると自分達はただ戦争に負けただけだと分かったからだ。

 侵略を仕掛けて完全に敗北し、そして相手に逆侵攻をかけられた。アンデッドを抜きに考えればそれだけの、今までの歴史上幾らでもある出来事だと。


 それでも遺恨が無い訳ではなかったが、目の前でアンデッド化した兄が話しているのを見るとそれも随分薄くなった。もし兄が腐り爛れた姿で呻き声を上げていたら別だったろうが、土気色に成っただけで生きている時とほぼ同じだ。

 それでもアルダ信者としては怒りに燃えるべきかもしれないが、クルトはアルダ信者である前に軍人で、そして将だ。


 その自分に敵国の王自ら会いに来て、殺す前にこちらに着かないかと話を持ちかけて来た。これは名誉な事だし、既に自分は敗北したも同然の状態。

 それなら激高している暇など無い。怒りは仕事の邪魔だ。


「しかし、俺が部下を売り祖国を裏切り害すると?」

「その辺りは書類に書いてあります」

 言われて視線を落とすと、確かに書いてあった。


 クルトがスカウトに応じるなら、彼の部下全員の命を保障する。

 さらにヴァンダルーが治めるタロスヘイムとミルグ盾国が戦争に成った場合、レッグストン家には寝返るよう説得する事等が約束されている。

 ここに書かれている事が守られるのなら、破格の待遇だ。


 しかし、気になる点もある。

「この『トーマス・パルパペックは絶対に殺すので、説得不可』と態々書いてあるのは、一体?」

「邪神派の吸血鬼と通じていて、俺の母さんを殺した黒幕の一人なので」

「……その辺りの話を詳しく聞かせて頂いても構いませんか、『陛下』?」


 クルトがアルダから改宗を決意し、生きたままヴァンダルーと彼の国に忠誠を誓うまで、もうそれほどかからなかった。




・名前:アイゼン

・ランク:7

・種族:ヒュージスクーグクロー

・レベル:1


・パッシブスキル

怪力:7Lv

高速再生:6Lv

状態異常耐性:6Lv

魔術耐性:6Lv

物理耐性:6Lv

生命力増強:7Lv

身体強化:樹皮枝:7Lv

果実精製:10Lv

樹液精製:10Lv

枝精製:10Lv

色香:5Lv


・アクティブスキル

格闘術:3Lv

投擲術:4Lv

鎧術:1Lv

精気吸収:1Lv




魔物解説:スクーグクロー


ラムダに現在アイゼン以外存在しない植物型の魔物。イモータルエントからランクアップした結果出現し、ヴァンダルーがオリジンの伝説に登場する妖精に外見が似ていた事から命名。地球にも類似する伝説有。

 基本的なランクは6。


 緑色の肌をした美しい女だが、背中の肌は樹皮になっており、そこから幾本も枝を生やしている。また、何故か牛に似た尻尾を生やしている。


 他の個体が五章現在存在しないため種族全体の検証は難しいが、アイゼンは元々イモータルエントだったため高い再生能力と状態異常耐性を持つ。また、イモータルエント時代枝や根を振り回して戦う事があったため、【格闘術】や、果実を投げて覚えた【投擲術】を習得している。


 また背中の枝を伸ばして武器にし、枝から果実を精製する事が出来る。また、樹液は高級シロップの材料に成る。身につけている木製の衣服も実際は彼女自身が精製した物で、幾らでも替えが効く。

 単純な戦闘力以外でもパッシブスキル【色香】によって高級娼婦が漂わせるような魅力を纏っており、惑わした生物に触れて【精気吸収】で攻撃する事も可能。


 また、恐らく土属性か生命属性、若しくは両属性の魔術が使えるようになると思われる。


 外見は人に似ているが、本質的には植物なので水と日光があればそれだけで長期間生存する事が出来る。ただ食事も可能。

 因みに、何故「おたべぇ」としか喋れないのかは、謎。恐らくこれから語彙が増えていくものと思われる。


 対グーバモン戦にこっそり参加しており、その際得た経験値でランク7のヒュージスクーグクローに成長している。


 冒険者ギルドも未確認の魔物であり、討伐報酬や危険度、また買い取り可能な素材などは未知数。

6月14日に118話、15日に閑話12 18日に閑話13ルチリアーノレポート上 19日に閑話14ルチリアーノレポート下+α を投稿する予定です。


応援期間もまだ前半ですが、そろそろ息切れが(汗 五章が終わり六章がもう直ぐ始まる時期とも重なるので、誠に申し訳ありませんが19日以降は何時も通りの投稿ペースに戻らせてください。

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