百十五話 略奪者
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『如何にすべきか?』
『悦命の邪神』ヒヒリュシュカカは、グーバモンを通じてヴァンダルーを確認し思案していた。
何故なら、かの神がどう考えてもグーバモンがヴァンダルーに勝利する可能性が一割以下、良くて百分の一あるかどうかという程度しか無かったからだ。
強大な中心である魔王を欠いた、魔王軍残党の邪神悪神に情報交換や相互協力を行うコミュニティは存在しない。幾柱かの神が打算から同盟を組む事もあるが、その程度だ。
よってヒヒリュシュカカはヴァンダルーが大陸南部で、『暴邪龍神』ルヴェズフォルが加護を与えた魔物と自らの分霊を砕かれた事を、知らない。
だがルヴェズフォルが大陸南部から逃げ出した事には気が付いていた。
それにこのダンピールは無関係ではないだろう。弱ったテーネシアを殺す寸前まで追い詰め、魔王の欠片を奪った後、どれ程強くなったのか。
『この壊れかけた僕を使い捨てて計るとしよう』
アンデッド達の意識は混濁している。人造のアンデッドである彼らは、元からそのように造られているのだ。
己の意思を含めた何もかもが曖昧模糊な中、ただ製作者であるグーバモンの命令だけがはっきりと響く。だからアンデッド達はグーバモンの命令に反射的に従う。
だがそれを見た時から、アンデッド達にとってグーバモンの声は酷く掠れて響いた。
そしてヴァンパイアゾンビやゾンビジャイアント達は、極自然にヴァンダルーの周りに集まった。彼らにグーバモンを裏切った自覚は無い。
手足が脳の命令に従うのと同じように、アンデッド達にとってヴァンダルーの元に集うのは自然な事だったからだ。
『あ゛ぁぁ……』
『い゛ぃぃ、ざぁ……』
『わ、我こそは、ミば、え゛る゛う゛、推し、おしへ、まひ、まい、』
だがグーバモンが特別手を掛けて作り上げた英雄アンデッド達はグーバモンの元に残った。
「流石に、無意識に垂れ流しているだけの【魔道誘引】では、何万年も続けてきた狂人の拘りには勝てないか」
「ふはははっ! その様じゃな! 特殊なスキルを持っているようじゃが、儂が丹精込めて作り上げた英雄アンデッドを奪うには至らなかったようじゃのぅ!」
残念そうに肩を落とすヴァンダルーと、勝ち誇るグーバモン。しかしグーバモンの周囲に残った英雄アンデッドは四十体前後。対して、ヴァンダルーの側に集まったアンデッドの数は百を超える。
明らかに形勢はヴァンダルーの方が有利に見える。
しかも、グーバモンの腹には相変わらず黒い角が生えたまま血が滴っている。
「どういう事だ? 数で押せばどうにでもなるのでは……?」
「馬鹿ね、よく考えてみなさい」
大人しく事態を見ているイリスを抱えたまま、マイルズは部下を叱責した。
「英雄アンデッドを数頼みで抑え込んだところで、ヴァンダルー……ヴァンダルー様に付いたのは所詮量産品よ。グーバモンからすれば、鉤爪の一振り、呪文一つで消し飛ぶ雑魚に過ぎないわ。
それを幾ら味方に付けても意味は無いのよ」
「な、なるほど」
「つまり戦況は絶望的か……」
「いや、別にそこまでは言ってないわよ、ワタシ」
自分の腕の中で、何故か悲壮な瞳で状況を見つめるイリスにそうマイルズは言うのだが彼女にはそれを、下手な慰めと解釈したようで、瞳に変化は無い。
「あの子供が何者で、何を目的としているのか私は知らない」
イリスから見ればヴァンダルーやマイルズは自分を助けようとしているらしい者達だ。だが、そのためにレイモンドを殺害してその死体を利用する等、常軌を逸した行為を平然と行っている。
彼らがグーバモンの敵である事は疑いようがない。だが、彼女の味方とも言い難い。
だがイリスはこう願わずにはいられなかった。
「頼む。勝って、どうか父上を解放してくれ!」
(アルダよ。祖国のためとは言え、法を守る側からレジスタンスと言う法を破る側になった不信心な私の願いをどうかっ! あのヴァンダルーと言うダンピールに勝利を!)
そんなイリスの、アルダに届いていたらその尊顔を盛大に顰めさせただろう祈りが戦闘開始の合図に成ったのか、二人は同時に口を開いた。
「儂の英雄達よ、出来損ないのアンデッドを始末し、あの小僧の動きを止めよ!」
「俺に続いて英雄アンデッドを抑え込んでください」
その瞬間グーバモンは前哨戦の勝利を確信した。数こそ少ないが英雄アンデッドは最低でも量産品を一度に二体以上相手にして、確実に勝てる性能を持っているからだ。
(動きを止めたら、儂の【魔眼】で五体を引き裂いてくれるわ!)
【魔王の欠片】を持ち、テーネシアが死ぬ原因を作った相手だ。それだけで勝てるとは思わないが、先に欠片を発動させ、【魔王侵食度】スキルのレベルを上げさせて暴走させ、隙を突いて自分の【魔王の欠片】で倒す。
それがグーバモンの狙いであった。その過程で大分彼のコレクションは壊れるだろうが、仕方ない。命あっての物種だ。
だがいきなりその狙いが崩れかける。
「儂の英雄アンデッドと互角じゃと!?」
意外な事に、対して手間もかけていない量産アンデッド達が、英雄アンデッド達と互角の勝負を繰り広げていた。
勿論二対一、三対一の数で押す戦法なのは変わらないが、それでも圧倒できるはずの英雄アンデッドを抑え込んでいる。
「俺の方がアンデッド達を上手く使えるようですね」
驚愕するグーバモンにそう言ってやるヴァンダルーだが、実際には【導き:魔道】スキルの効果で量産アンデッド達の能力値が急上昇しただけだ。しかし、事実を丁寧に説明する義理は無いのでそれは黙っている。……イリス等の部外者もここには居るし。
グーバモンの見ている前で、ヴァンパイアゾンビに刺青が特徴的な蛮族の英雄が羽交い絞めにされ、ドワーフの老英雄がゾンビジャイアントに飲み込まれる様にして姿を消す。獣人の女格闘士は四方八方囲まれて自慢の俊敏さを活かせないままタコ殴りにされてしまった。
それぞれ『千人斬り』、『岩断ち』、『俊爪』と生前は立派な二つ名を持っていた英雄だったのだが、アンデッド化された事で仲間同士の連携を失い、判断能力が極端に下がった事で易々と捕獲されてしまった。
「いや、それだけではない。儂の英雄アンデッド達の動きが悪いっ、どういう事じゃ!?」
グーバモンが気付いた通り、彼の英雄アンデッド達の動きが普段よりも数段鈍く、大振りで、雑だった。
『トメテ、ク……』
『イギィィィ! ヤガガガ! だっ、あ゛あ゛あ゛ぁ!』
グーバモンの支配力に負けたヴァンダルーの【魔道誘引】だったが、その差は彼等が思っているよりも僅差だった。
少なくともグーバモンが命令に従いやすくするため、敢えて夢を見ている様な状態にしているアンデッド達の意識に形を与える程度には有効だったのだ。
彼らはアンデッド化してから初めてグーバモンの命令に全身全霊の力を振り絞って、逆らっているのだ。
「きっ、貴様ぁっ!」
「俺って思っていた以上に人気者ですね」
愛しい恋人を寝取られたように怒り狂うグーバモンに、ヴァンダルーはそう軽口を叩きながら間合いを詰めて――はいかない。
先頭には立っているが、そこで立ち止まった。
「皆、そういう訳なので確保をよろしく」
その背中から爆発的な勢いで無数の魔物や人が飛び出した。
「ぎしゃあああ!」
ヴヴヴヴヴヴヴ!
ピートやセメタリービーを含めた蟲の魔物達が次々に襲い掛かったように見えたが、実際には行動不能に成ったアンデッドを運び出していく。
「やれやれ、相変わらず酔狂な方だ。普通ならここまでしないと思うのですが」
そして動きが鈍っていて尚抵抗を続ける、手練れの英雄アンデッドの四肢をベルモンドの金属糸が切断する。
「しかし旦那様、移植していただいた【石化の魔眼】、活かしどころが難しいのですが?」
「生け捕りには逆に使いにくい魔眼ですからね。手足だけ石化させるとか出来ません?」
「集中すれば可能ですが……それなら糸で手足を切断して捕獲した方が容易です」
全体を石化してしまうと、乱戦状態の場合倒れて四肢や首など細い部分が砕けてしまう可能性がある。特に、無造作に手足や武器を振り回すだけで岩を砕くような連中が戦っていると、不自然な姿勢の石像などすぐ瓦礫にされかねない。
そのため捕獲後の状態を考えないなら、手足を切断する方が確実であった。
「切断した後の手足もちゃんと回収してくださいね。後でくっつけますから。それと、あまり手荒にならない様にしてあげてください」
「畏まりました」
手荒ではない四肢切断とは何なのか?
『ぎぎぃぃぃ!』
その答えを求めている訳ではないだろうが、現在サムが持っているオリハルコンの槍に似たミスリルの槍を、やや動きに精彩を欠いているものの巧みに振るい、ヴァンパイアゾンビを薙ぎ払った英雄ゾンビがベルモンドに迫る。
「あ、でもそれは手荒で良いです」
「畏まりました」
『ぎぎっ、トメテ……ガガガ!?』
四肢をそれぞれ三カ所以上で切断された英雄アンデッド……生前は『氷神槍』の二つ名で称えられたミハエルは、胴体だけに成っても突っ込んできた勢いそのままにベルモンドに向かって飛んで行く。
『え゛べっ』
そして尻尾の一振りで奇声と鈍い音を立てて、アダマンタイトの鎧の破片を撒き散らしながら吹っ飛んで行った。
しかし吹っ飛んだ先でちゃんとセメタリービーに回収された。ゾンビと化したミハエルのランク次第だが、ヴァンダルーには彼を有効活用する考えがあるらしい。
だがミハエルのゾンビ以外にも、その優れた戦闘能力故に自らの意思でも抵抗を止められない英雄ゾンビは幾体も居た。
『お゛お゛お゛!』
三対の腕で武器を振り回すベアハルトゾンビ。グーバモンは出来に関して不満がある様子だったが、怪力と手数で量産アンデッドや蟲達を近付けさせない。
『あ゛あ゛あ゛あ゛!』
身体のあちこちから生やしたパイプから毒々しい色に輝く煙を出しながら、『癒しの聖女』ジーナがその二つ名に似合わない、不気味なデザインのメイスと盾でゾンビジャイアントを弾き飛ばし、ヴァンパイアゾンビを牽制する。
『い゛ぎぃぃぃっ! あ゛ぁい゛っ! い゛だい゛ぃぃぃぃ!』
そのジーナの背後を守るのが、ミハエルに切断された手首と妙な形状の杖を一体化された【小さき天才】ザンディアだ。
生前は全属性適性(死属性を除く)を持つ天才魔術師だった彼女だが、グーバモンにアンデッド化させられたため魔術の詠唱と発動に必要な意思を失ったはずだった。それなのにどんな理屈なのか魔術を放っている。
【炎弾】や【風刃】、【土槍】等どれも単純な初級の魔術ばかりだが、杖を振るう度に攻撃魔術が放たれヴァンダルーの魔物達を退けている。
他にも合計十体ほどのアンデッドが頑強に抵抗していた。
「さて――」
「それ以上儂のコレクションを奪わせはせんぞ!」
自分が犠牲にするのは良くても、敵に奪われるのは耐えられなかったらしいグーバモンが、動きを止めたヴァンダルーを【破壊の魔眼】で攻撃した。
反射的に【吸魔の結界】と【停撃の結界】を二重に張るヴァンダルーだったが、その行動がグーバモンに攻撃の成功を確信させる。
何故なら【破壊の魔眼】の効果は、視界内に存在する目標に直接作用するからだ。間に在るのがガラス板だろうが、魔術による結界だろうが関係は無い。見えさえすれば防がれる事無く発動するのだ。
ヴァンダルーはエレオノーラの【魅了の魔眼】が効かず、【石化の魔眼】の効果に晒された事が無かったせいで、魔眼に対する対策を疎かにし、結界を過信してしまったのだ。
【危険感知:死】に反応は無いが、ただならぬ気配に慌てて床をゴーレム化させて盾にしようとするがもう遅い。勿論、彼の後方で英雄アンデッドと戦っているベルモンド達も間に合わない。
「弾けるがいいっ!」
グーバモンの視界でヴァンダルーの姿が歪み、そして紅く弾け何もかも塗り潰した。
「ぎいやあああああああ!?」
「……痛い」
眼球が破裂し目を抑えて仰け反るグーバモンと、一つ一つは深手ではないが全身に裂傷を負って血を流すヴァンダルー。
『陛下っ!?』
『ちょっと大丈夫なの!?』
待機を命じられていたが、ヴァンダルーが初めて傷を負った事に動揺して姿を現すレビア王女とオルビア。彼女達にヴァンダルーは肩を落として、首を横に振った。
「精神的に大丈夫じゃありません。油断しました、危険に備えるために自己研鑽、鍛錬を積んできたつもりだったのに」
『あのー、血塗れですけど肉体的には?』
「骨や内臓には達してません。数カ所筋肉や筋が断裂してますけど、それだけです。……あぁ、恥ずかしくて穴があったら入りたい。猛省しなければ」
実際、油断から死にかけた事がヴァンダルーにとって傷以上のダメージに成っていた。しかし、何故【破壊の魔眼】の効果をこの程度に抑え、しかもグーバモンに跳ね返す事が出来たのか。
「感覚からするとスキルが発動したような……【深淵】スキルの効果かな?」
ヴァンダルーが直感的に気が付いた通り、それは【深淵】スキルの効果だった。覗き込む者を見つめ返すこのスキルは、【魔眼】等の視る事で発揮される効果全てのカウンタースキルでもあったのだ。
「ぐぎゃああああ!? 目がっ、目がああああ!」
何処かの大佐のような事を叫びながらのた打ち回るグーバモン。ただ眼球が潰れただけだったら、原種吸血鬼の不死性をもってすれば十秒もかからず復活するはずだ。
しかし眼球が眼窩にはまった状態で破裂したため、その衝撃は眼底の骨を砕き、破片と一緒に脳にダメージを与えていた。
視神経はミンチ肉のような状態で、その奥の脳も全体の半分程が潰れた豆腐状態。元気にのた打ち回れるだけでも驚愕に値する。値するが、流石に眼球が再生するまで暫くかかるだろう。
ただヴァンダルーも筋や筋肉の断裂は回復に時間がかかるため、運動能力が暫く低下した状態だ。
そんな二人が取った行動は、互いにとって不本意な事にとても似ていた。
「丁度良いので、【魔王の欠片】発動」
「あああああ! 【魔王の甲羅】発動じゃああ!」
ほぼ同時に【魔王の欠片】を発動させた。
グーバモンの身体がボコボコと不気味に形を変え、内側から弾けるように黒い甲羅を発達させていく。胴体に大きな甲羅を、そして二の腕、前腕部、拳、腿、脛、足のそれぞれがサイズの合った甲羅に包まれる。
その姿は亀ではなく、甲羅を繋いで作った鎧を纏っているかのようだ。
「ぐぼあああっ! ぼう゛ぎょ、形態じゃ!」
胴体に刺さったままだった吸盤付【魔王の角】を内臓や脊髄ごと引き抜いて、頭を含めた全身を甲羅の鎧で包むグーバモン。
外見は不格好だが、これで【鎧術】スキルの武技も発動させればオリハルコンの武器でも容易に突破できない最強の鎧の完成だ。
ヴァンダルーが【魔王の角】を使っても、耐えきる自信がグーバモンには在った。
【悦命の邪神】を奉じる三人の原種吸血鬼の中で最も戦闘力が、攻撃力が高いのがテーネシアだとすれば、グーバモンは最も防御力が高く、堅実な戦い方が出来る原種吸血鬼だ。
「【神鉄鎧】!」
(儂の【鎧術】最高の武技じゃ! これを発動させた今、テーネシアでも儂の防御は突破できん! 来るなら来い!)
視覚を潰された以上、防御を固めて守りに徹して再生までの時間を稼ぐしかない。危険な【魔王の欠片】を発動させても。
「どんどん捕まえますよー」
そう判断したグーバモンだったが、ヴァンダルーは甲羅を数珠繋ぎにした妙な怪人のような外見に成ったグーバモンを警戒はしたが、攻撃は仕掛けなかった。
【幽体離脱】した霊体で後方を確認しながら、発動した【魔王の血】で抵抗を続ける英雄アンデッド達を捕まえにかかったのだ。
「オルビアも手伝ってください。液体の制御はお手の物でしょう?」
『魔物に成ってから三日と経ってないのにお手の物もないと思うけど……なにこれぇっ!? ちょっと触れるだけでしびれりゅぅ~っ!?』
『陛下っ、オルビアさんは初めてなのにいきなり原液なんて刺激が強すぎます!』
「……あー、ポーションに加工する前でも刺激物でしたか」
【死霊魔術】スキルでウォーターゴーストと化したオルビアに【魔王の血】の制御の手伝いを頼んだら、その途端ふにゃふにゃと、あられもない声を上げ始めた。
レビア王女が誤解を招きそうな事を口走るが、これでは否定できない。
そんな呑気なやり取りをしつつも、ヴァンダルーの体中の傷口から噴き出し続ける赤黒い【魔王の血】は、触手の束のようになって英雄アンデッド達に襲い掛かる。
『あ゛あ゛ぁっ!? あっ、ああぁ……』
足元から絡みつき、縛り上げて包み込みそのまま凝固する。
動きの鈍いベアハルトは成す術も無く、魔術を乱射するザンディアも抵抗虚しく閉じ込められていく。
『があ゛あ゛っ!?』
逃れる事に成功したのはハーピーや竜人等飛行能力を持つ英雄ゾンビと、なんとジーナだった。
彼女は両脚を血の触手に囚われた瞬間、丁度腰のあたりから分離して上半身のみで空中を浮遊したのだ。どうやら体中のパイプから煙のように生じる輝く気体を使って浮力を得ているらしい。
「運がありませんでしたね」
しかし、空中に逃げた英雄ゾンビ達は次々に墜落していった。
高くても天井があり太い柱が幾本も並ぶ地下神殿戦場は、空中戦には向かない。
飛び上がった英雄アンデッド達はセメタリービーや、柱や壁を這って登ったピートやキュールに絡みつかれ、そのまま落下して【魔王の血】に拘束されていく。
飛び上がったジーナも、流石に下半身が無いまま普段通りの性能は発揮できなかったか、あっさりとベルモンドの糸でパイプを絡め取られ、【魔王の血】に落とされてしまった。
「あの仕掛け、何か意味があったのでしょうか?」
上半身と下半身に分かれて行動できるというのは、状況によっては強みなのだろう。しかし、今は悪足掻きでしかなかった。
グーバモンに言わせると、多分技術者の遊び心や浪漫なのだろうが。
英雄アンデッドの動きは生前より数段落ちるが、ボークスのように自らの意思を保った状態であれば、ここまで一方的にやられ、しかも捕獲されるような事は無かっただろう。
だが元英雄とは言え、彼女達は死肉の人形にされてしまった。そして人形は操り手以上に上手く動く事は出来ない。
そして下手糞な人形遣いは、僅かに回復した視覚で甲羅の隙間から確認した状況に目を剥いた。
「【魔王の欠片】を使ってまで、儂からコレクションを全て奪うつもりか!?」
何時までも攻撃が来ない事を訝しく思って見てみれば、待っていたのは【魔王の甲羅】まで発動した自分を無視して英雄アンデッドを回収しているという、驚きの光景。
まるでメインは英雄アンデッドで、お前は添え物だと言わんばかりの態度にグーバモンの危機に瀕した事で復活した理性が振りきれる。
「奪われるくらいならば、貴様諸共磨り潰してくれるわ!」
【魔王侵食度】スキルが上昇した脳内アナウンスを聞きながら、グーバモンは甲羅に魔力を更に注ぎ込む。
すると、それまで丸みを帯びていた甲羅の表面が、ゴツゴツとした突起に変化した。まるでワニガメ等、肉食の亀の甲羅の様だ。
「っで、投げて来ると」
「【連続螺旋乱れ打ち】ぃっ!」
鈍重そうな外見に関わらず、軽やかなステップを踏みながら回転するグーバモンから、【魔王の甲羅】が投擲される。
大きさはそれぞれ握り拳より少々大きい程度だが、高速回転しているアダマンタイト以上の硬度を持つ突起だらけの甲羅だ。掠っただけで肉をごっそり抉られる事だろう。
それが数え切れない程乱射されたのだが、グーバモンの意図に反して英雄アンデッドに命中しても彼女達を包む凝固した【魔王の血】に罅が入るだけで、ほぼ無傷だった。
それはヴァンダルー本人も同じだった。
「テーネシアの角程ではございませんね」
ベルモンドはやはり金属糸でかつての主人が放った攻撃と比べ、楽々と甲羅の軌道を逸らしていた。周囲のアンデッドや魔物を守る余裕すらある。
「クッ! ここまでかっ」
「イヤアアアア! 死にたくないぃ~!」
そして魔王の欠片に対して無力なイリスは覚悟を決め、マイルズは涙を迸らせながら野太い悲鳴を上げる。悪足掻きで魔術や武技で迎撃しようとするが、ベルモンドなら兎も角、彼ら程度が咄嗟に放てる攻撃が神の命にも届く【魔王の欠片】に通じるはずもない。
「もうダメだ~っ!」
他の吸血鬼達も自分達に向かって迫る【魔王の甲羅】に絶望の悲鳴を上げる。だが、回転する甲羅は彼等に届く前に生じた血の波や、飛来した黒い角に絡め取られ、弾かれた。
『キャハハハハハハ!』
【魔王の血】がおかしな具合にキマってしまったらしいオルビア。
『あ、それから前に出ないでくださいね』
そして中身の無いレイモンドの死体を指差して言うヴァンダルーが、狂乱から呆然自失へと状態が移行したリックも含めて、全員を守ったのだ。
「私達を、守ったのか? いや、私達だけじゃないっ!」
イリスがハッとして戦場を見回すと、グーバモンが放った【魔王の甲羅】は全て【魔王の血】や【角】で防がれ、ベルモンドから離れた場所に居た、ヴァンダルーが出した蟲タイプの魔物達は勿論、寝返ったゾンビジャイアントやヴァンパイアゾンビすらも無傷のままだった。
「まさか、原種吸血鬼相手に犠牲を出さずに勝つつもりなのか?」
「ああっ! あのお方こそ真の英雄! 私のヒーローっ!」
姫騎士ではなくマイルズのハートをガッチリ掴んだらしいヴァンダルーによって、自分の攻撃が全て防がれたグーバモンは小刻みに震え、大声で笑った。
「ふはははははっ、英雄アンデッドはまだしもゴミ屑共も全て守るとはご苦労な事よのぅ! 良いじゃろうっ、好きなだけ守るが良い!」
グーバモンのまだ不鮮明な視界には、大量の液体を噴き出し続けるヴァンダルーの姿があった。
どうしても守りたいと、犠牲は嫌だと甘っちょろい事を言うのなら、好きなだけ言えばいい。動きの鈍いザコを攻撃するだけで勝手に消耗してくれるのだから、好都合だ。
二度、三度、甲羅弾の乱れ射ちを放ったグーバモンは、同じように防ぐヴァンダルーに止めを刺すべく奥義を繰り出した。
「そろそろ仕舞じゃ! 【連続螺旋乱れ打ち】! そして喰らえっ! 奥義【魔甲大粉砕撃】ぃ!」
自分では身も守れないマイルズやイリス達をこれまで同様に狙い撃ちにした後、何とグーバモンは自ら走り出すと、そのまま自らを弾丸に見立ててヴァンダルーに向かって飛び込んで行く。
彼の奥の手、【魔王の甲羅】発動時に使用する、【投擲術】と【格闘術】を同時に使用したオリジナル武技だ。
既に複数の魔王の欠片を同時使用したヴァンダルーは、碌に防ぐ事は出来ない。グーバモンの頭の中ではそうだった。
「えーと、【氷血死水】」
だがその前にオルビアが変じた新たな【死霊魔術】が発動して、グーバモンを極寒の冷気が包む。甲羅を通しても防ぎきれない冷気に体の表面が凍らされ、思わず悲鳴を上げる。
だが流石は【魔王の甲羅】、ヴァンダルーが大量の魔力を込めた【死霊魔術】による冷気にも耐え切った。このままでは結局グーバモンに一矢報いただけで、ヴァンダルーの命は絶たれてしまう。
「【骸炎獄滅弾】」
しかし、ヴァンダルーが再度唱えた【死霊魔術】によって、グーバモンはレビア王女が変じた巨大な黒い髑髏型の炎に飲み込まれた。
「ぐああああ! だが、これに耐えれば……なにぃっ!?」
攻撃力では一歩譲るが絶対の防御を誇る【魔王の甲羅】に、音を立てて罅が走り、割れ砕けていく。
急速な冷却と加熱による、収縮と膨張によって【魔王の甲羅】が破損したのだ。
「亀甲占いって、知っていますか?」
露わになった枯れ木の様な身体に、ヴァンダルーは巨大な氷の塊、【死氷弾】を叩きつけた。
「出た卦は……割れ過ぎて分かりませんね」
6月10日に116話、11日に117話、14日に118話、15日に閑話を投稿する予定です。




