閑話11 異世界で蠢く者達(地球 オリジン)
『故に我は――』
『この事態に際して――』
『ガルルルルッ!――』
『前例に倣って――』
四つの頭を持つ異形の獅子の姿を持つ神、『空間と創造の神』ズルワーンは今、異世界の神との交渉に勤しんでいた。
……交渉の筈なのだが、途中からズルワーン本人もこれが交渉なのか分からなくなってきたのだが。
説得と懇願と取引と挑発と言葉の暴力の応酬を繰り返す事が、果たして交渉と言えるのか否か。
(全体的に交渉を目的とする行動なら、過程で用いた話術に関わらず交渉と言える、か?)
そんな事を考えながらズルワーンが交渉する相手、それはラムダ世界のヴァンダルーやオリジン世界にいるブレイバーズ達が元々一度目の人生を生きていた世界、『地球』の神だ。
その姿はズルワーンから見ても異形であると同時に偉大なものだった。
一見すると、あらゆる宗教、あらゆる神話伝説、それに登場する全ての神々と英雄、神の眷属、妖精妖怪、神格化された歴史上の人物までもが一堂に会しているように見える。
しかし、実際には全てで一柱の神だ。
異世界が無数に存在する様に、世界と神の成り立ちにもいくつかの場合がある。
その中で一番多いのがまず神が存在し、神が世界を作るパターンだ。ズルワーンが本来存在する世界、『ラムダ』もこれに当て嵌まる。
二番目に多いのは、既に存在している世界に他の世界の神が自身の信者を導き、移住する場合。ラムダ世界に邪神悪神を率いて侵略戦争を仕掛けた魔王グドゥラニスの企みは、彼が勝利してればこれに当て嵌まっただろう。
そして最も少ないのがこの『地球』の場合。
最初に世界が既にあり、生物が自然発生して更に進化し、進化した生物の信仰によって神が最後に創られる。
ある意味、最も純粋な信仰の形だ。
『であるからして――』
『我々にも立場と言う物が――』
『喧しい! 黙れ!』
『そこを何とかお願いしたい、この通り、頼む』
だからこそ色々と面倒で複雑だ。
何せ、身も蓋も無く言えば『地球の神』は常に全ての人格が表に出ている多重人格者の様な存在だ。しかも神格は、地球の人々が新たな神に祈れば祈る程増えて行く。
そして数が多いからラムダのように神が直接地上に影響を与える事が少なくなる。何せ異なる神格の神や悪魔が常に真横に居るような状態だ。神格同士で妨害しあい、結局小さな奇跡が時折起こせる程度に落ち着く。
信者を失い伝説すら殆ど摩耗した神話の神々は、ゆっくりと溶ける様に消えるか他の神々と融合するが、有象無象の神が誕生するペースの方が消えるよりも最近は早いようだ。
都市伝説で恐れられる存在や、アニメやコミック、ゲームのキャラクターまで神の一部に加わっているのを見ると、その創造性をラムダの人々に少し分けて欲しくなるが、少しは抑えてくれないだろうか?
(十万年前のアースの神々や、オリジンの神との交渉はスムーズに進んだのだが……これ程複雑な交渉を経験できる機会はそうないのだから、楽しむべきであるかな)
どんな時にも楽しみを見出す事が出来るズルワーンは、『地球の神』との交渉を続けるのだった。
屋台に置かれたラジオから流れるニュースを聞きながら、村上淳平はベンチに座り、購入したサンドイッチを齧っていた。
「先生、何で未だにラジオなんですか?」
向かいに座っている土屋加奈子に問われた彼は、つまらなそうに答えた。
「前にも言っただろ。ネットだとハッキングされる可能性があるが、ラジオならハッキングされないからだ。後、先生は止めろ」
「えー、でも先生は先生じゃないですか?」
村上は地球では修学旅行を引率していた教師で、後のヴァンダルーである天宮博人や成瀬成美、三波浅黄、そして土屋加奈子の在籍していたクラスの担任教師だった。
だからオリジンに転生した後でも彼女を含めた当時の生徒が村上の事を先生と呼ぶのも間違いではないのだが、村上自身はそれが気に入らない。
「俺は今生でお前達に何か教えた事は無い。歳もほぼ同じだろうが。
今は時間があるから言っておくが、前世で教師だったからって今もそれを押し付けるんじゃない」
「あー、そう言えば前世の頃から本当は教師じゃなくて、プロスポーツ選手に成りたかったんでしたっけ」
「そうだ。プロのテニス選手に成って世界で活躍するのが夢だった。ただ親の反対を押し切れるほど才能は無かったけどな」
村上の言葉を屋台の店員や他の客が聞いたら、首を傾げたかもしれない。何故なら、オリジンには「テニス」と言う名称のスポーツが存在していないからだ。
ただ、ラケットでボールを打ち合う世界的なスポーツは存在する。数種類の魔術の使用が許可されている、肉体と魔術を駆使して闘う地球のテニスとはかなり異なるルールのスポーツだが。
村上はオリジンに転生した二度目の青春で、そのスポーツでプロを目指した。ロドコルテに与えられた魔術の適性や才能、地球に居た時より恵まれていた身体能力と反射神経、動体視力。そしてチート能力も隠れて使う事で、地球での学生時代凡百な選手でしかなかった彼は、オリジンでは学生ながらプロから声がかかる程の注目選手に成長した。
……今となっては過去の事だが。
「そう言うお前だって、元アイドルだろうが」
「うわ~、それを言いますかセンセー」
「先生じゃない。後口調を作るな、アラサーが」
土屋加奈子は地球では平凡な女子高生だったが、オリジンでは注目のアイドルだった。地球に居た時より容姿が優れているとか、歌やダンス、演技力がずば抜けているとか、プロダクションからの強力な売り込みがあった等の理由では無く、完全にチート能力のお蔭だったが。
そして、村上と同じく彼女にとってもそれは過去の話だ。
何故二人が夢を断たれたか、それは雨宮寛人の活動が原因だった。彼は転生者の非営利組織『ブレイバーズ』を立ち上げ、そこで自分達が特殊な能力を持っている事を世界に向けてオープンにした。そのため村上や土屋がチート能力を、オリジン世界では原理を解析不能な魔術とは全く別の力を持っている事が明らかに成ってしまったのだ。
試合やオーディション等で二人がその能力を使っていたかは検証できないが、広く知られた以上その業界で活動する事は出来なくなってしまった。
当時は雨宮寛人の「この世界で生きるためには能力を悪用するばかりでは、それが明らかに成った時敵を作りすぎる」と言う説得に、渋々だが納得した。実際、村上達の近辺には彼らが活躍できる秘密を探ろうとする動きがあったのは事実だ。特に村上は、他の選手が知らない特殊な魔術を使っているのではないかと推測されていた。
雨宮がブレイバーズを設立しなくても、彼のルール違反が判明するのは時間の問題だったかもしれない。
それから暫くは、二人はブレイバーズでの活動で己の虚栄心を誤魔化した。災害救助等で注目を浴び、チート能力を一部披露するショーは、ある意味プロスポーツ選手やアイドルが浴びる注目や喝采と同じだったからだ。
だが、世界を震撼させた二つの事件で事情が変わった。
最初の事件、世界に様々な製品を輸出していた、今は名前が変わっている軍事国家の秘密研究所で発生したアンデッドを退治した、死属性消滅事件。この事件を機に、ブレイバーズの活動と組織の性質が変化した。
単純に人々を災害から救うヒーローから、関わりたくも無い軍事活動やしたくも無い人間同士の殺し合いをするようになった。人道上の問題、テロとの戦争、そんなお題目を掲げても、血生臭い殺し合いには変わりない。
そして二度目の事件は、『堕ちた勇者事件』と呼ばれ世界中のメディア、タブロイド紙やワイドショーでも取り上げられた海藤カナタが獅方院真理に殺害された事件だ。
カナタが今まで犯してきた犯罪は、ダークヒーロー等と見方によっては擁護できるような甘い物では無く、酷く生臭い下衆の所業ばかりだった。
幸い、明らかに成った原因は同じブレイバーズの獅方院真理が彼を殺害したからだった。なので彼女を悲劇のヒロインとして印象操作する事で、世間一般からのイメージ悪化はある程度抑えられた。だがリーダーである雨宮寛人の管理能力に大きな疑問符が付けられ、社会にとって彼らは以前の様な完璧なヒーローでは無くなってしまった。
そして、程なく村上は十人程のメンバーを連れてブレイバーズから離反した。
既に組織が清廉でも潔白でも無いのに、ヒーローの真似事をして自分達がリッチに成るのを我慢する理由があるのかと、地球での生徒たちを誘って。
その時、ラジオではブレイバーズ本部での爆弾テロ事件についてのニュースが流れた。
「ところで、アランと泉さんは殺せたんですか? まだ『負傷者多数』としか発表がありませんけど」
この事件はアラン達が死後推測した通り、テロリスト組織『第八の導き』に合流した村上達の犯行だった。
「そのはずだ。【ゲイザー】も言ってただろ、二人はあの日俺に殺されるって。それに『閻魔』の奴が保証しただろ」
【ゲイザー】とは村上と共に離反した……正確には、拉致されたブレイバーズの元メンバーだ。【オラクル】や【演算】とは違い、制御は出来ないがほぼ完全な【未来予知】能力を持つ彼女は、突発的に自分が関わる重大事件を予知する。
ただ本人がそのプレッシャーと予知の際見えるグロテスクな映像に耐えきれず薬物に手を出し、実はカナタの悪事が明らかに成るずっと前に薬物依存症で廃人同然に成ってしまったが。
収容されていた医療施設から村上達によって拉致され、現在は『プルートー』の操り人形……洗脳でもされたのか、敬虔な狂信者と化している。
そして『閻魔』は『第八の導き』のメンバーだ。何故か過去に死んだ人間の顔と名前が分かるらしい。転生者でも無い以上、恐らく何らかの魔術の効果なのだろうが、詳しい事は村上達も知らない。
「ゲイザーと閻魔が嘘を言う意味も無い。それに、苦労して保存していたカナタの形見まで使ったんだ。殺し損ねていたら大赤字だ」
「ですよねー。
それにしても、プルートーさん達って何がしたいんですかね? 最初は復讐かと思ってたけど、それにしては淡々としてるし、かと言って変な正義感にかぶれている様子はないし。目的不明の殺しをしたかと思えば、慈善事業もするし」
「さあな。狂信者が考える事は分らん。まあ、仕事が終わるまでは利用させてもらえればそれで良いさ」
サンドイッチを食べ終えた村上は、包み紙を丸めると適当に投げ捨てた。
「【オラクル】避けのマナー違反ですか? この辺りでポイ捨てって犯罪でしたっけ?」
「ああ、罰金だな。取り締まる奴が居ればだが」
【オラクル】は所有者の円藤硬弥が行う質問に答えるが、その答え方がとても杓子定規である事を村上は知っていた。
だからこそ島田達を殺した時も、軽犯罪を犯した直後に島田と亜乱を爆殺し、そしてすぐ軽犯罪を犯してから姿を消している。
そして二人の姿はこの時も雑踏に消えて行った。
国際的なテロリスト組織、『第八の導き』は他のテロリストとは異質な存在だ。
その行動原理は、徹底的な死属性魔術を研究する機関の破壊と研究者の殺害。そして『ブレイバーズ』の殺害。これらの犯行を、差別的に行っている。
そう、差別的に。
テロリストがどんな政治的、宗教的な目的を掲げても、ある一定以上支持されない理由は、犯行が無差別である事が理由だ。爆弾、生物兵器、毒物、更にオリジンでは魔術。それらによって巻き起こされる惨劇の被害者は老人や子供、妊婦、そして偶然立ち寄ったテロリスト支持者の友人や知人、関係者、が含まれる可能性がある。
場合によっては、支持者本人も被害にあう。だからだ。
しかし、『第八の導き』は対象を過激なまでに差別している。これまで直接殺害したのは研究機関の職員やそれを守る警備員やボディーガード、軍人。ブレイバーズの島田泉と亜乱、ブレイバーズで働く職員だけで無関係な者には傷一つつけていない。
そして活動資金を得るためにスポンサーとの取引以外にも、一銭にも成らない慈善事業を行う事もある。
何より、彼らは新しいメンバーを求めない。
故に『第八の導き』を専門で追う捜査機関の人間やブレイバーズは、彼らをテロリストでは無く極めて特殊なカルト集団として認識している。
「奴らによると私達はカルトで、私はその女教祖らしいわ。面白い話ね」
白いワンピースを着た黒い髪を長く伸ばした少女、プルートーはプールサイドに置かれたビーチベッドに腰を降ろしたまま、隣のベッドで横に成っている白人の伊達男に語りかける。
眼鏡が知的な雰囲気を、それでいて髭と胸毛がワイルドさを演出している。一見すると、エリートビジネスマンが若いアジア系の恋人を侍らせているようだ。
しかし男のだらりと垂れた右手の指は、銃の引き金に引っかかったままだ。
「ぁ……」
僅かに漏れる男の声を無視して、プルートーは続ける。
「何が面白いのかって? だって私は誰かに何かを説いた事も、戒めた事も、導いた事も無いのよ。誰も啓蒙しない宗教家なんて、あり得ないでしょう?
そもそも私はリーダーでも指導者でもなんでもないの。身体が弱いから大事にされていて、比較的見た目が良いから、メディアに送りつけたりネットで公開したりする映像に顔を出す機会が多いだけ」
「それで暇だから頭を働かせて色々口を出す。ならもうリーダーだよ」
そう言いながら現れたのは、額から後頭部にかけて頭部が肥大した男だ。彼は、両手で意識が無い様子の赤ん坊を抱いていた。途中で切れたチューブがプラプラと揺れている。
「ジャック、次はその子?」
「ああ、脳性麻痺かな? 詳しくは知らないけれど、ジャックと同じ死んでも生きてもいない友達だよ」
「じゃあ、そのお友達にお別れを言いなさい」
プルートーが白い手を赤ん坊に向けると、赤ん坊から黒い煙の様な物が浮かび上がり、彼女の手に吸い込まれていく。
「うん、お別れを言うよ。じゃあね」
そしてジャックは赤ん坊を抱いたまま音も無く消える。
プルートーはそれに構わず、隣の男の顔に触れる。すると、男は見る見るうちに生気を失った。肌から張りが無くなり、目が落ち窪み、頬がこけていく。
「や、やめてくれ……あんたからは、第八の導きからはもう手を引く。足も、洗う、もう二度と誰も殺さない、誓うよ、だからもう吸わないで……く……れ」
男はプルートーを殺し、その遺体を回収するために在る金持ちに雇われた殺し屋だった。
腕利きとして知られた男だったが、今はプルートーに命乞いをする弱者の立場に堕ちていた。
男の命乞いに対して、プルートーは面白い冗談を聞いたとばかりに笑い出す。
「フフフ、貴方、私が人殺しに罪悪感は覚えないのって聞いた時、自分は道具だって答えたじゃない。道具だから、罪悪感なんて覚えない。金を払って俺を使う奴が悪いって。
道具で在る事を肯定するあなたが、自分の意思で仕事を止める事なんて出来る訳ないじゃない」
楽しげに笑うプルートーを見上げる男の瞳に絶望が広がり、そして虚ろになった。
「そう、死んだの。おやすみなさい」
「おや、死んじゃったの? でも丁度良かったね、さっきの子で最後だったみたい」
再び現れたジャックが、白い歯を見せて笑う。
ジャック、『ジャック・オー・ランタン』と呼ばれる彼は、悪魔相手に詐欺を働き死後天国にも地獄にも迎え入れて貰えず現世を彷徨うジャックと同じように、世界中を彷徨う……空間属性魔術の【転移】と同じように移動する事が出来た。
ただし、移動先は『第八の導き』のメンバーの近くか、意識不明や余命幾ばくもない重体の者の近くだけだ。
ただ患者と一緒に移動して、元居た場所に戻す事は可能だ。
今もそうして重体だった赤ん坊を連れて来て、そして戻した。
「最後だったの。もう少し『死』を集めたかったのに」
プルートー。彼女は他者の『死』や生気を奪う事で、死に瀕した存在を治療し、そのコストを他人の生気で補う事が出来る。
実は『第八の導き』が行う慈善事業やスポンサーから活動資金を得る方法である治療は、プルートーのこの力を使ったものが殆どだ。
「しかし酷い。後でこれは使うから、あまり吸わないでくれと言ったのを忘れたの?」
文句を言いながら死んだはずの男が起き上がった。そして具合を確かめるように首や肩を回し、コキコキと音を立てる。
「ああ、身体が硬いなー。この前まで入っていた黒人の元海兵隊員の殺し屋の方が具合良かったのに」
「ごめんなさい、『シェイド』。そいつ白人で目が悪いから、どうせ気に入らないだろうと思ったの」
「目? そんな悪いようには思えないけど……この眼鏡、伊達眼鏡だね。変装のための小道具だよ」
眼鏡を外してサイドテーブルに置く殺し屋……では無く、殺し屋の死体に憑りついたシェイド。
一度ブレイバーズに「保護」された後収容された研究所で、肉体を持たない霊に近い精神生命体にされたシェイドは、死後間もない死体に憑りつき、自分の肉体として動かす事が出来る。
「ふーん」
「興味無さそうだね。やっぱりさっきのはただの言い訳か」
「それより、ここの他の人達はどうしたの? ちゃんと殺した? ジャック気に成る」
「うん、『ベルセルク』と『バーバヤガー』が頑張ったからね。『ワルキューレ』も喜んでたよ。また暫く『イシス』と一緒に引き籠るんじゃないかな?」
このプール付の豪邸は、実は『第八の導き』の物では無く在る犯罪組織のボスの所有物件だ。プルートー達は、武闘派で知られるその組織のボスが彼女の力を手に入れようとしたため報復したのだ。
「お金でプルートーに病気を治してもらったんだから、それで満足していれば良かったとジャックは思うよ」
「欲深いから犯罪組織なんてしているのよ」
「それは偏見だよ、プルートー。私達だって犯罪組織なんだからね」
「それなら偏見じゃなくて真理よ。私達は欲深いもの」
プルートー達『第八の導き』の目的。それは死ぬ事だ。
全てはあの時、研究所で地獄の様な人生を生きていた彼女達を助けたコードネーム『アンデッド』……後のヴァンダルーである天宮博人の意思に沿うため。
だが、プルートー達が『アンデッド』に直に会ったのは数分程の短い時間で、言葉も交わしていない。ただ助けられ、その時負っていた傷や、失っていた四肢、実験の副作用をある程度治され、逃がされた。その際、『アンデッド』が纏っていた魔力が流れ込み、彼女達と融合してその一部と成った。それだけだ。
だからプルートー達は『アンデッド』の意思をその短い行動から推測し、願望や妄想まで混ぜた物を行動の指針としていた。
死属性魔術の研究所を襲撃するのは、自分達の様な犠牲者をこれ以上出さないため。
徹底して差別的に目標を殺すのは、『アンデッド』が殺した対象を復讐すべき人物に限っていたから。
ブレイバーズを狙うのは、『アンデッド』を一方的に、ただの怪物として処理したから。
そして最終的には死ぬ。
死んで『アンデッド』と同じ所に行く事。それが彼女達の望みだ。
『アンデッド』がどう言うつもりで自分達を助けたのか、プルートー達は何も知らない。自分自身を重ね合わせて同情したからか、正義感か、手駒として後で使うためだったのか、何もわからない。
それなのにプルートー達が既に滅びた『アンデッド』に全てを捧げようとするのは、彼女達にとって『アンデッド』以上の存在が何も無いからだ。
『第八の導き』のメンバーの全員が、血の繋がった家族を持たない。死属性魔術の研究の為に何処からか集められてきた孤児や売られた子供だ。
モルモットとして過酷な実験を課され、番号とケージの様な部屋で隔離され、変質していく自身の身体を嘆き、恐れても乞うても同じペースで聞こえてくる破滅の足音に耳を傾ける事しか出来なかった。
『アンデッド』の消滅後、何もできなかった彼女達はブレイバーズによって国際機関に保護された。そう、保護だ。
番号で管理され、自分以外にも居ると分かった仲間と再び離れ離れにされ、ケージの様な部屋に閉じ込められ、「これも君達を治すためだ」と呪文のように唱える研究者に身体を弄り回される。
その新しい地獄から逃げ出せたのも、あの『アンデッド』が与えてくれた魔力のお蔭だ。
どんな正義もプルートー達とは関係の無い所で振るわれ、関係の無い者が罰せられ、関係の無い者が救われる。
どんな愛情も余所で注がれ、どんな希望も彼女達の先では輝かない。だと言うのに、絶望だけは等しく蟠る。
これも人類の為だと搾取されるのに、その人類に自分達が含まれていない。
まるで自分達はこの世界にとって異物の様ではないか。
その唯一の例外が『アンデッド』だった。彼がプルートー達を助けたのが、文字通り他愛も無い行為だったとしても、プルートー達にとってそれは今まで受けた中で最高の愛情だったのだ。
そんな存在の近くに行けるのなら、死すら幸い…いや、死こそが幸いだ。
「でもただ死ぬ事は出来ない。あの人がくれた命を自分で捨てる事になるから。
だから精一杯戦って、あの人を殺したブレイバーズを殺しましょう」
「そのために村上達を迎え入れたんだもんね。ジャック、ゲイザー以外は嫌いだな」
ジャックが言う様に、元ブレイバーズである村上達を『第八の導き』に迎え入れたのは、雨宮寛人達ブレイバーズとの対立を煽るためにだ。
何か裏があるとか、複雑で大掛かりな陰謀だとか、そんな物は何も無い。
ただ一人でも多く道連れを増やす為の作戦だった。
「ジャックはゲイザーと仲良しだもんな。どうする? あいつは見逃す?」
『アンデッド』に直接手を下していない、プルートーが死んだ脳細胞を再生させるまで半死人だった女一人見逃したところで構わないのではないかと、シェイドは思っていた。
どうせ放っておいたところで、あの自殺願望ぶりを考えると勝手に首を括るなり手首を切るなりするだろうし。
しかしジャックは首を横に振った。
「ジャックはヤダよ。ゲイザーも連れて逝きたい、きっとあの人も気に入るよ。許してくれる」
だがジャックはゲイザーと仲良しなので、彼女も連れて逝きたいらしい。
「そう、なら連れて逝きましょう。でも、それまで自殺しない様にちゃんと言い聞かせるのよ」
「うんっ、分った! もう手首を切らない様にちゃんと言うよ!」
前もジャックはそう言ったのだが……因みにゲイザーが自殺を試みたのは昨日で十回目だ。よく本当に死なない物だと、逆にプルートー達は感心している。
「死んだのは替え玉じゃなくてボス本人だって、『閻魔』に確認した?」
「した。本人だって。替え玉は三か月前に抗争で死んでるからね」
「そう、じゃあ帰りましょうか。留守番をしている『エレシュキガル』にお土産を見繕ってね」
「冷蔵庫にあった生ハムで良いんじゃないかな?」
『第八の導き』が願う最後の日は、近づきつつあった。
「その時に成れば、あの夢がただの夢なのか、正夢なのかきっと分かる。ああ、楽しみね」
6月4日に113話、6日に114話 7日に115話、10日に116話を投稿する予定です。




