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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第一章 ミルグ盾国編
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十二話 グールコミュニティでカーニバル

この話には若干のカニバリズム要素があります。苦手な方はご注意ください

「乾杯! 長老と恩人に乾杯!」

「うめぇっ、恩人がくれた肉うめぇっ!」

 最長老であるザディリスを助け、戦士長にして次期族長であるヴィガロに認められて迎え入れられたグールのコミュニティは、魔境の奥に在った。


 グール達の集落はヴァンダルーが思っていたよりはずっと広く、そして文明的であった。

 森というよりは密林といった様子の魔境の木々を切り開いて作った広場に、木の葉を編んで作った屋根の竪穴式住居が立ち並んでいる。


 建物の形状上湿気は大丈夫なのかと気になるところだが、ここは本物のアマゾンではないし亜熱帯気候でもないため問題無いのだろう。

 後は井戸などを掘って水を確保し、原始的で規模も家庭菜園程度だが畑もある。後周囲の密林で手に入れた植物を発酵させて酒を作ったり、狩りで手に入れた獲物を加工して保存したりしている蔵まであるそうだ。


 グール達の生活は、ヴァンダルーが地球のテレビ番組で見た森で暮らす少数民族といった様子だ。少なくとも完全な狩猟採集に頼るゴブリンやコボルト等の魔物より、余程文化的で生産的なコミュニティと言えるだろう。


『そして、俺の今までの生活よりもずっと人間らしい生活をしていると思う』

 山賊からの略奪を含むが狩猟採集に頼る生活を続けているヴァンダルーは、やっぱり安定した生活基盤って重要だなとグール達を見て再認識したのだった。衣食住揃って、人は初めて人らしい生活が出来るのだと。


 そしてグール達はヴァンダルーが提供した肉と、思った以上に使わなかったのでついでに提供した山賊のワインで宴会を開いていた。

 その数およそ百人。他に数日かけてゴブリンを狩りに行っている戦士達が十人程居るので、更に増えるらしい。魔物の生態にいまいち詳しくないヴァンダルーだが、魔境に存在する魔物の集落としては最大規模だろうと想像するのは難しくない。


 因みに、そのゴブリン狩りに出ている戦士達のリーダーがザディリスの末娘らしい。何でも、女だが魔術よりも戦士としての才に恵まれているのだとか。


 そして獅子に似た頭と足より長い腕を持つグールの男と、灰褐色の肌以外は人間の女と大差ないグールの女が、口々にザディリスを助け肉と酒を提供したヴァンダルーを称え、料理に舌鼓を打っている。その様子は、ヴァンダルーに「良い事したなぁ」と和ませるのに十分だった。


 肉の正体を知っていても、その感想は変わらない。


 やっぱり、食事は皆で食べたほうが美味しいし。

「ヴァンダルー、お前も食え」

 ヴィガロがよく焼けた肉の刺さった串を差し出すが、ヴァンダルーは首を横に振った。

「ちょっと人肉を食べるのには抵抗があるので」


 そう、ヴィガロ達が串に刺して焼き、香草等と一緒に煮て食っているのはヴァンダルーがザディリスを助けた時に殺した、五人の冒険者の肉。つまり、人肉だった。

 アンデッドではないなど、ヴァンダルーの持っているイメージとは違ったグール達だが、人肉を喰うという特徴は当てはまっていた。


「そうか? ポイズントードの足より美味いぞ?」

 ヴィガロはヴァンダルーが食べているポイズントードの後ろ足の丸焼きを見て首を傾げるが、隣に座っているザディリスが彼を窘めた。


「あまりしつこく誘うな、ヴァンダルーはダンピールなのじゃから血は飲んでも肉は食わんのじゃろう」

「そうか? じゃあ、酒はどうだ?」

「ヴァンダルーはまだ一歳じゃぞ、酒は毒にしかならん。宴の席で耐性スキルでも付けさせる気か!」


「一歳!? そうなのか? 我はてっきり体が小さいだけでもっと歳を取っていると思ったぞ」

 ヴィガロが目を見開いて驚くが、ヴァンダルーの言動を見ていると見かけよりずっと年月を生きているように思っても不思議は無い。いや、思い込む方が自然だろう。


「まあ、魔術を使ってアンデッドを何体もテイムして冒険者を五人倒すような坊やじゃ。身体が小さいだけの大人と思っても不思議は無いが……」

「そうですか? まだまだ若輩者の一歳児なんですけど」

『見えん見えん』


 声を揃えて首を横に振るザディリスとヴィガロ。ヴァンダルー本人も「だろうな」と思ったので、気にしないが。

 実際、魔術やアンデッドの事を除いても今のヴァンダルーを見て「あどけない一歳児」と思う人間は居ないだろう。無表情で、生気の無い死んだ瞳、目の前にいるのに希薄な存在感。髪はダルシアが生後半年の頃に殺されたせいで伸び放題で、着ている物はボロ布以上服未満の代物。


 どう好意的に見ても幽霊の類だろう。


「長老、私達も恩人に挨拶しても?」

「是非お願いしますっ」

 しかしグールの女達が持った印象はそうでは無かったようだ。数人のグールの女達が黄色い瞳を輝かせてヴァンダルーを見つめている。


 その視線を受けて、ヴァンダルーは目を瞬かせた。これまでの人生で、霊以外の誰かからの人気を勝ち取った事が無かったので、驚いているのだ。

「うむ、坊や、この者達は集落の中でも若い女達でな、今儂が色々と教えているところなのじゃよ」

 ザディリスが紹介した女達は、確かに若く見えた。大体の者が十代半ばから二十歳前後に見える。ただ、彼女達に長老と呼ばれるザディリスの方が幼い容姿をしているのだが。


「可愛いぃ、髪の毛が鬣みたい」

「綺麗な瞳、左右で色が違うのね」

 だが精神的には確かにザディリスより彼女達の方が幼いようだ。紹介された途端ヴァンダルーを争うように代わる代わる抱き上げる。


「お、おい、あまり乱暴にしてはいかんぞ」

 足を掴んで持ち上げたり、逆さまに抱き上げたり、一歳児にするにはかなり乱暴な扱いだった。ヴァンダルーはダンピールだったお蔭で、既に成人男性以上に頑丈だったから平気だったが。


 しかし平気でも普通ならこんな扱いを受ければ不快に思うのが当然だ。しかし、ヴァンダルーは彼女達の荒っぽい歓迎に少しも怒らなかった。

『あれ? これってもしかして……モテてる?』

 今までの人生でこんなに異性にチヤホヤされた事は無い。人生三度目にして、初めて到来したモテ期か!? ヴァンダルーの思考は、そこで止まっていたので扱いの乱暴さに腹を立てるどころではなかったのだった。


 グールの女達は誰もが容姿の整った美女か美少女で、その上密林のような魔境に集落を構えている関係で皆露出度が高かった。人間の男でも彼女達に纏わりつかれたら鼻の下を伸ばすだろう。

 彼女達も人肉を喰っていたという事実が気に成らなければだが。


「俺はヴァンダルーと言います。よろしくお願いします」

 そしてヴァンダルーは欠片も気に成らなかった。


 考えてみれば、あの冒険者達は人間の女の子を襲って強姦した上に奴隷にして売り飛ばそうとしていた訳ではない。彼らが襲っていたのは、社会的に魔物と認定されたグールのザディリスだ。

 勿論奴隷として彼女を売り飛ばすのは違法行為だが、それは「テイムした訳でも無い魔物を町にいれた」と言う罪状なので、人間の少女を違法に売り飛ばすのを禁じる法とは趣旨が違う。


 そしてヴァンダルーが襲撃した時点では、彼らはただ魔物の雌を強姦しようとしていただけだ。それは別に犯罪でもなんでもない。何処の国が「魔物の雌を強姦、又は辱めてはならない」なんて法律を施行するのか。いや、妙な病気が流行らないようにという意味でならするかもしれないが。


 倫理的には女性冒険者やギルドの受付嬢は顔を顰めるだろうし、軽蔑するだろう。しかし、ルールには違反していないのだ。

 そもそも冒険者は魔物を退治して人々を守るための存在だ。そしてグールは女神ヴィダにルーツを持つが、アミッド帝国とその属国では魔物と定義されている。


 だから殺す前に強姦しても法的には何の問題も無い。


 よって、ヴァンダルーが冒険者を殺した行為はただの襲撃であり、死体から装備品を剥ぎ取った行為は山賊そのものだ。

 しかし、そこで更に考えると「だからどうした」と言い返せる。


 何故ならヴァンダルーはダンピール。アミッド帝国とその属国では、人間でもなんでもない「魔物」と定義されている存在だ。

 つまりグールと同じだ。人間を襲い、害をなす存在だ。


 だったら油断している冒険者の一団を襲撃して皆殺しにして装備品を略奪し、その挙句肉を振る舞って何が悪いというのか。

 なんたってあの冒険者にとってヴァンダルーはゴブリンやポイズントードと同じ存在だ。気にする必要が何処にある。


 もしヴァンダルーがアミッド帝国の勢力圏でダンピールの人権保護活動をするつもりなら、気にする必要があるかもしれないが……そんなつもりはさらさら無かった。頼まれても御免だ、そんな面倒な事。


 こうして歓迎してくれる分人間よりもグールの方に親しみを感じるぐらいなのだ。こんなに喜んでくれるなら、山賊の死体も保存しておけばよかったかな? 今度からはそうしよう。

 そんな事を浮かれながら考える。


「うちの子もヴァンダルーみたいに強くなってくれると良いんだけど。もう三十歳なのにまだ親離れ出来ないのよ」

「ねぇ、あたしのお腹撫でてくれない? 赤ちゃんがあんたみたいな強い子に生まれるようにって」

「私、ビルデって言うの。今度生まれる子供が男だったら、あんたの名前をもらっても良い?」

 一気にガクッと落ちたが。彼女達の全員が母親か、もうすぐ母親になる予定らしい。お腹がまだ平らだから気がつかなかった。


 別に彼女達とそういう関係に成れると思っていた訳ではないし、強く希望している訳でもない。何せ、まだ一歳児なのだから、成りようがない。しかし、どうしようもなく気分が盛り下がるのを感じるのだった。

 同時に、そんな事でガッカリする自分自身の性格はどうなんだ? っと、冒険者達を始末した時にも覚えなかった自己嫌悪に苛まれるのだった。


「ええいっ! 疲れてぐったりしているではないかっ、さっさと坊やを放すのじゃっ!」

 傍から見るとただぐったりしているだけにしか見えなかったのだが。




 グール、最低でもランク3のアンデッド系の魔物。他のゴブリンやオーク、コボルト等の亜人系魔物よりも高い知能と社会性を持ち、性別で外見が大きく異なる。

 共通して黄色い瞳に灰褐色の肌を持ち、力が強く、爪から麻痺毒を分泌し、肉食を好む。また毒と痛みに強く、生命力旺盛である。

 雄は獅子の頭を持ち、戦士としての能力に優れ、特に力と麻痺毒の強さが雌を上回る。

 対して雌は総じて美しい女の姿をしており、身体能力では雄より劣るがその多くが魔術的な素質を持ち、簡単な魔術を使う事が多い。


 ただ雌でも優秀な戦士はいるし、雄の魔術師が存在しない訳ではない。

 また、グールは人間の死体を同族に変化させる特殊な儀式を行う事がある。


 上位種としてグールウォーリアーやグールバーサーカー、グールメイジ等が存在し、過去にはさらに上位のグールタイラントやグールエルダーメイジ等が確認されている。


『これが私の知っているグールに関する情報だけど……そのグールの集落で春になるまで過ごすつもりなの?』

「はい。あと母さん、グールはアンデッドでは無く吸血鬼と同じでヴィダにルーツを持つ種族らしいです」

 心配顔のダルシアに、ヴァンダルーはいつも通りの無表情で応えた。


『だから余計に心配なのよ。アンデッドだったらヴァンダルーのスキルで友好的になるけど、違うのよ? あの人達のお腹が減って、ヴァンダルーを食べようとしたらどうするの?』

 目覚めたばかりでザディリス達を直接見ていないダルシアにとって、その心配は至極真っ当なものだった。


「大丈夫だと思うよ。多分だけど。少なくとも、エブベジアに忍び込んだ時みたいな『死の気配』はここでは感じない」

 ヴァンダルーは彼らの友好的な態度に、完全ではないにしてもある程度気を許していた。

 尤も、ダルシアもヴァンダルー本人もまだ気が付いていないが、彼の死属性魅了のスキルはグール達にもしっかり効いていたのだが。


「それに、適当な場所で春まで過ごす必要があるのは変わらないので。ザディリス達からは何時まででも居て良いと言われているし」

 既に春まで居て良いかと打診して、コミュニティのトップ達に快諾されているヴァンダルーだった。魅了系スキルと肉は偉大である。


「後、春までの間に色々とザディリスから教えてもらいたいので」

『それはオルバウム選王国についてからで良いじゃない……とは言えないのね?』

「はい、ギルドカードの問題があると分かったので」


 ヴァンダルーは酒を降ろしたため幾分広くなった馬車の荷台に置いた、五枚のギルドカードに視線を走らせた。それは宴に供した冒険者達の持ち物で、彼らの名前と彼らがD級冒険者である事が書かれている。

 勿論後で処分するつもりだが、冒険者達の霊からとても重大な情報を聞いたので、その前に少し調べていたのだ。


 ギルドカードは、他人に自分のステータスを表示する機能がある。本来専用の魔術やマジックアイテムを使わなければ見られない、他人のステータス。

 ただ、ステータスを何処まで見せるのかはカードの持ち主が調整できるらしい。名前と現在のジョブだけか、今までのジョブ履歴まで見せるか、能力値やスキルまで見せるのか。それが持ち主の自由なのだそうだ。


 だが、初めてギルドカードを作る時は全ての情報がギルドの職員に対して表示されてしまう。

「っと、いう訳で冒険者に成った瞬間、俺のスキルやら呪いやらがバレます」

『うーん、厄介だよねぇ。普通なら、報奨金が貰えるねって喜ぶところだけど』


 冒険者ギルドでは、未知のジョブやスキルの発現や獲得を見せた冒険者に報奨金を支払っている。

 そしてヴァンダルーがすでに獲得している【死属性魔術】や、【死属性魅了】は未知のスキルだった。


 それをダルシアはヴァンダルーが前世や前々世について説明した時に、初めて聞かされている。正確には息子のスキル構成を聞いて、その中に初めて聞かされるスキルがある事に気が付いたのだが。

『ギルドに登録した瞬間、有名人に成っちゃうよね。魔術師ギルドは間違いなく注目するだろうし。

 後、呪いについてもきっと騒がれると思う』


「でも今更スキルを忘れたり、呪いを前もって解いたりする事は出来ないので、ギルドに登録する前にある程度の知識と技術、力を手に入れておこうと思います」

 この世界で両親の無いヴァンダルーが人間社会で生活するには、身分の保証が必要であり、そのためには何処かのギルドに登録する必要がある。そしてどのギルドでもギルドカードが存在するため、どうやってもヴァンダルーのスキルと呪いは明らかになる。


 ただ、ギルドは基本的に会員を守るための組織なので、幾ら未知のスキルや呪いの解明の為だと言ってもヴァンダルー自身の身柄を不当に拘束、拉致する事は無い。他の会員にしても、会員以外の者達にしても、未知のスキルや呪いを受けているからと言って、ヴァンダルーをどうにかする事は出来ないはずだ。


 表向きには。


 世の中の誰もが規則や倫理観を守る善良な人々ばかりではないのは、よく分かっている。


『仕方ないか。ザディリスって人は魔術も使えるみたいだし、色々教えてもらうのよ。魔術その物は習得できなくても、きっと死属性の魔術に応用できるはずだから』

「はい、母さん」


 こうしてヴァンダルーは暫くの間、グールコミュニティで生活する事に成ったのだった。




《【死属性魅了】スキルのレベルが3に上がりました!》

《【眷属強化】スキルを獲得しました!》




 一見すると、それは青紫色をしたヒレ型の何かとしか言いようの無い物だった。触れてみるとぬるっとした手触りで、中途半端に柔らかい。

 少なくとも、食べ物だとはとても思えない物体だった。

 本当に食べられるのか? 何かの冗談じゃないのか? そう訝しみながら、ヴァンダルーはそれを一口食べてみた。


 やはり微妙な歯応えと、若干苦く若干辛い微妙な味と、その癖臭い訳ではないが香ばしい訳でもないという微妙な匂いが鼻孔に漂う。

 原料が何なのか聞いていなければ、肉なのか魚なのか、それとも野菜かと首を傾げる所だ。


「どうだ、ヴァン。ゴブゴブの味は?」

「……美味しいです」

 自分の名を縮めた愛称で呼ぶ長身の女グールに感想を聞かれたヴァンダルーは、つい反射的に心にもないお世辞を口にしていた。この辺りに治る事の無いコミュ障の影響が表れている。


「ヴァン、今まで何を食べていたんだ? これを美味いと思うグールはいないぞ」

 そのお世辞にしてもヴァンダルーが無表情なので全く効果が無いのだが。黄色い瞳に憐れみが浮かんでいる女グールに何か言い返そうとして、自分の食生活があまり言い返せる物でない事に気が付いた。

「……巨大カエルの後ろ足」

 母乳と血以外ではそれが一番美味しかった。


「まあ、魔境には美味い魔物や果物が幾らでもある。お前はまだ一歳なんだから、気にするな」

 そう言いながらヴァンダルーの頭を撫でる女グールの名はバスディア。朝方戻ってきた、ゴブリン狩りに赴いていた戦士達のリーダーで、ザディリスの末娘だ。


 百九十cmを超える長身に、鍛えられた筋肉と女性らしい豊かな曲線を併せ持つ二十代半ば程の美女だ。地球なら美しすぎる女性アスリートとか格闘家とか呼ばれるかもしれない。

 そしてザディリスによく似ていた。彼女達を見れば、誰もが歳の離れた姉妹だと思うだろう。ザディリスが妹で、バスディアが姉だと思い込んで。


「しかし、人間はゴブゴブを作らないのか。人間達の集落ではそれほど美味い物が沢山食えるのか? だとすれば、冒険者共の美味さにも納得だが」

「いや、単純にゴブゴブの作り方を知らないだけだと思います」

「知らない? 何故だ、材料なら何処にでもあるし、冒険者共がよく狩っているじゃないか」


 何処にでもあるし、冒険者達がよく狩っているとバスディアが言うゴブゴブの材料。それはゴブリンとゴブブ草の汁だった。


 まず、ゴブブ草というのは一般的に草のゴブリンと呼ばれる紫色の雑草で、繁殖力が強く潰すと紫色の汁を出す。一応は魔草の一種だが、直接的な害は無い。ただ人が世話している畑に何時の間にか生え、畑の養分を旺盛に吸って生え茂るという、農家の天敵のような草だ。

 そして魔草の一種だが、不味くて食用に適さず更に薬の材料等にも成らないという厄介な存在だ。

 繁殖力が高いだけの、百害あって一利無しである所からゴブリンのような草、ゴブブ草と名付けられた厄介者だ。


 そしてゴブリンだが、誰もが知っている通り肉は臭くてとても食えたものでは無い。血も、内臓も同様だ。ヴァンダルーもゴブリンの血と虫の搾り汁。どちらかを飲まなきゃいけないなら後者を選ぶ程の不味さを誇る。


 そのゴブリンの肉を適当な大きさに切った物を、ゴブブ草を潰して作った汁に丸一日漬ける。するとゴブリンの肉から臭みが抜けて、美味くは無いものの不味くも無い程度の味になる。しかも、一年程は腐らないため保存食としても使えるゴブゴブになるのだ。


「獲物が取れない時に、私達はこのゴブゴブで凌ぐのだぞ」

「手間も技術も干し肉を作るよりもかからない、便利な非常食兼保存食だとは思いますけど……人間はそこまでしてゴブリンを食べようとは考えないでしょうから」

 ヴァンダルーの言う通り、人間ならゴブリンをどうにかして食用にしようと工夫を凝らすより、ゴブリン以外のもっと美味しい物が無いか探し、栽培や狩る事にその労力を使うだろう。


「そう言うものか」

 納得したのか、それとも理解を諦めたのか、バスディアは肉切り包丁で血抜きしたゴブリン肉を切る作業に戻る。これから十数匹分のゴブリン肉でゴブゴブを作る仕事が残っているのだ。


 バスディアは若いグールの中では男も含めて一番腕が立つのだが、集落での地位はあまり高くない。グールの社会では男は強さ、女は魔術の腕と産んだ子の数で地位が決まるそうで、彼女は魔術が苦手で更にまだ子供を産んだ事が無いので、武術が幾ら達者でも上の立場には成れないらしい。


 地球にいるその手の問題解決に熱心な人達が「差別だ」と怒り出しそうだなと、ヴァンダルーは残りのゴブゴブを食べながら思った。いや、魔物扱いのグールの社会形態に文句を言う程暇じゃないか。


「早く子供を産んで偉くなりたいものだ。偉くなれればゴブリン狩りやゴブゴブ作りではなく、もっと美味い狩りがいのある獲物を狩りに出る事や、雑事をしている時間を強くなる事に集中できるのだが」

 家事や日用品作り、家や集落を囲む柵の手入れ等は地位の低いグールの仕事なのだそうで、それにゴブゴブの材料のゴブリン狩りやゴブブ草の採集といった仕事も含まれる。


 例外なのは武器や鎧作りで、それが出来るグールは弱かったり子供を産んだ事が無かったりしても、集落から尊敬されるそうだ。

「やっぱり偉くなって強くなりたいですか?」

「ああ。私は強い奴が好きだし、強くなりたいからな」

 パッと見て女戦士といった姿のバスディアは、やはり女戦士らしい性格をしているようだ。


「それに、歳の事もあるからな」

 バスディアは今年で二十五歳になったらしい。グールの女性は子供を妊娠するまで外見の歳が止まらないそうなので、このままでは外見年齢がザディリスの倍になってしまうと悩んでいるそうだ。

 見る限り……見上げる限り、気にする必要は無いとヴァンダルーは思ったが。


「ヴァンがもう少し大人だったら、種を貰うのだがな」

「ぶっ!?」

「どうした、ゴブゴブが喉に詰まったか? 大丈夫か?」


 驚いて牛の首も落とせそうな肉切り包丁を落として、ヴァンダルーを持ち上げるバスディア。その貌には特に恥じらいとかそういった物は浮かんでいない。

「いえ、しみじみとした口調でとんでもない事を言うから、驚いただけで」

 種を貰うなんていきなり言われて、驚かない訳がない。しかし、バスディアは「そうか?」と首を傾げた。


「母上が言うには、集落に中々妊娠出来ないグールの女が居る時に人間の男を生け捕りにしたら、命を助ける代わりに種を要求する事は何度かあったらしい。人種等の他種族の種の方が、グールの種よりも子供が出来る可能性が高いそうだ。

 人間の男の方も、協力的で上手く行く事が多いらしい」


「そりゃあ、命がかかっているなら必死になって協力するでしょうね」

 男なら、死ぬか子作りかだったら誰だって後者を選ぶのではないだろうか。特にグールの女性は肌や瞳の色を気にしなければ、人間の女性と変わらない姿をしているし。その上――。

「グールの女の人は、皆魅力的ですからね」


 昨日からヴァンダルーが見るグールの女達は、誰もが美女か美少女ばかりだ。命が助かる上にセックスできるなら、余程貞操観念が強固か熱狂的なアルダ神信仰者の男でもない限り「YES!」を連呼するのではないだろうか?

 少なくとも、自分だったらそうする。


「人間の目から見てもそうか。それは嬉しいが、私では無理だろうな」

「何故ですか?」

「私は二十五になってしまった。冒険者の中で最も多い人種では二十五歳を超えると、年増と呼ばれて馬鹿にされるそうだ」


 このラムダでは医療技術が地球やオリジンよりも遅れているため、平均寿命が短い。代わりに魔術があるのだが、魔術の恩恵に預かる事が出来るのはある程度財産がある者だけだ。そして産婦人科関係の魔術を使える魔術師の割合は少ない。


 そしてこの世界では子孫を作る事は重要な課題である。機械技術が未発達であるため、産業の主体が全て人であるためだ。畑を耕すのも人、服を作るのも人、家を作るための石材を切り出すのも人、国を守るために戦うのも人、全て人の手を必要とする。魔術だって人が唱えるし、マジックアイテムを作るのも全て人だ。


 そのため人種では二十五歳までには結婚するのが一般的だ。女冒険者の場合はそれを過ぎる場合が珍しくないが、それはその女冒険者が財産を持ちコネを持っている事が多いから。もしくは、書類上は結婚していなくても事実上の配偶者がいる場合等だ。


 勿論、この世界の女性の妊娠率が地球に比べて低いという事はなく、四十代でも妊娠する可能性は残っているのだが、二十代半ばを過ぎた女性を急かす意味でも年増呼ばわりする事が多いのだった。


 勿論、そんな人間社会の事情をバスディアが知っている訳がないので、冒険者達の雑談を盗み聞きしたグールの、又聞きの又聞きというあやふやな知識に基づいての認識だったが。


「あまり気にする事は無いと思いますよ。バスディアさんはとても若いと思います」

 ヴァンダルーにしても人間社会の事情や風潮に詳しくないので、「この世界の人間って、年齢にこだわり過ぎじゃないか?」とやや反感を覚えた。地球で高校生、オリジンでも二十歳までしか生きた事が無い彼に、子孫を残す重要性に理解を示すのはやや難しい。


「そう言ってもらえると、嬉しいな」

 そう言って微笑むバスディアは、本当に綺麗で魅力的だった。抱き上げられた事で近づいた彼女の肌は綺麗で、深い胸の谷間はもし彼が思春期なら、思わずじっと見つめてしまいそうな程深い。

 肉食中心の食生活でこんなに綺麗なのは、きっと人間とグールの体質の違いによるものだろう。


「そういえば、母上から聞いたがヴァンダルーは珍しい術が使えるそうだが、どうにかして私に種を付けられるようになる術は無いか? 生命属性の術には、身体の一部を急成長させる物があるらしいが」

「……ちょっと無理っぽいです」


 だが、バスディアのコンプレックスはヴァンダルーが思うより深いらしい。今度山賊や冒険者を襲撃する機会があったら、生け捕りにして彼女に提供しようかとも思うが、それはそれで複雑な気分になるのだった。




「そうか、娘が無理を言ってすまんの」

 自分の家で話を聞いたザディリスは、軽くヴァンダルーに頭を下げた。彼女としても、当然娘の子作りは重大関心事である。

「ヴァンダルーが普通に種を付けられる歳になるまで、大体十年。それまであの子の年齢では待てんじゃろうからな。儂も初孫が見たいと、せかしすぎたかもしれん。

 ……それよりも儂は、種云々の意味を坊やが知っている事の方に驚いたが」


「まあ、そういう事もありますよ」

 そういえば、普通の一歳児は種だのなんだの言われても意味が分からないのが普通だった。それに気が付いたヴァンダルーは、とりあえず曖昧に誤魔化す。ザディリスやヴィガロ、バスディアには好感を持っているが、流石に前世云々について打ち明ける事は躊躇われたからだ。


「それより初孫ってどういう事か……は、説明しなくても分かりますけど」

 ヴァンダルーは、木とその葉で編まれた天井と壁で出来た竪穴式住居の隙間から聞こえる男女の嬌声に、やれやれと小さい肩を竦めた。


 嬌声の主は、集落のグール達だ。どうやらグールには結婚という制度や価値観が無く、複数の異性と夜を過ごすのが一般的であるらしい。

 これはグールが危険な魔境で生活している事、女は早く妊娠しないと老化が止まらない事、そして寿命が長い分人種よりずっと子供が出来にくい事が理由として挙げられる。


 たった一人の相手だけに拘っていたら、集落を維持できないのだろう。


 バスディアの将来産む子をザディリスが初孫と言うのも、そのせいだろうとヴァンダルーは推測していた。

 彼女はバスディアの前に二人息子を生んでいるそうだが、その息子達の子供が存在するのかDNA検査がこの世界に無いため、知る事が出来ないからだ。

 それに実際、昨日の宴会でも誰も「夫」や「妻」、「孫」や「祖父母」を紹介していない。


「うむ、そういう事じゃ」

 ザディリスも否定しない。やはり、これがグールの社会形態なのだろう。

「まあ、バスディアの場合は父親が誰かは解っておるが」

「誰なんですか?」


「ヴィガロじゃよ」

 バスディアは二十五歳。ザディリスが彼女を産んだのは、二百六十五歳という事になる。その年齢ならグールでも十分老齢で、体力的な事を考えて子供を作るような事はしないのが普通だ。

 しかし、その時はコボルトとの抗争で奴らが人間から略奪した酒を手に入れ、それを飲んでいたらしい。


「その酒が集落で作っている酒よりもずっと強くてのぉ。それで酔っ払って気が付いたら同じ寝床で朝を迎えた訳じゃ」

「……そうでしたか」

 ロマンスの欠片も無い出生秘話だった。


「坊やも、酒には気を付けるのじゃぞ。酒は飲んでも、飲まれるなじゃ。

 さて、ではそろそろ魔術の手解きをしてやろうかの」


 ザディリスは老齢で弱っているが、グールメイジだ。勿論死属性魔術は使えないが、彼女の手解きはヴァンダルーにとって有益だろう。

 そして骨人やサリア、リタはヴァンダルーが手解きを受けている間、グールの戦士達から武術を教えてもらう事になっている。


 サムや骨鳥達はそれぞれ集落の手伝いをする事になっていた。魔境の魔物を狩る手伝いは、やはり彼らの経験値と成り、成長を促す事だろう。


 こうしてヴァンダルーの、初めて行う独学以外の修行が始まったのだった。




・名前:ヴィガロ

・ランク:5

・種族:グールバーバリアン

・レベル:78

・ジョブ:無し

・ジョブレベル:100

・ジョブ履歴:無し

・年齢:167歳


・パッシブスキル

暗視

怪力:4Lv

痛覚耐性:4Lv

麻痺毒分泌(爪):1Lv


・アクティブスキル

斧術:4Lv

格闘術:2Lv

指揮:3Lv

連携:2Lv




・名前:バスディア

・ランク:4

・種族:グールウォーリアー

・レベル:17

・ジョブ:無し

・ジョブレベル:100

・ジョブ履歴:無し

・年齢:25歳


・パッシブスキル

暗視

怪力:2Lv

痛覚耐性:2Lv

麻痺毒分泌(爪):3Lv


・アクティブスキル

斧術:2Lv

盾術:1Lv

弓術:2Lv

投擲術:1Lv

忍び足:1Lv

連携:1Lv


・状態異常

不妊




・グールウォーリアー


 通常のグールが更に戦闘能力を高めた存在。グールの群れでは小隊長や、他に上位のグールが存在しない場合は族長を務める。

 毒のある鉤爪だけではなく格闘術や武器の扱いに長け、武技を使用する。ただ見かけは通常のグールとあまり差が無いため、勘違いした冒険者が油断して返り討ちに遭う場合があるので注意が必要。


 討伐証明は右耳。素材は牙と手足の爪、薬の材料になる肝臓。


 通常のグールがグールウォーリアーになるには複数の武術系スキルを2レベル以上で習得している事が必要。ただ、多くのグールがレベル100に到達するまでにその条件をクリアする。


 バスディアは魔術よりも肉体的な才能に恵まれたため、そちらを伸ばす事に集中した結果このステータスになっている。状態異常の不妊を受けているが、能力値やスキルに悪影響は出ていない。




・グールバーバリアン


 ランクアップしたグールが更に武術の腕を磨き、その怪力を高めた存在。通常のグールよりも二回りは大きい体躯を誇り、その腕で振り回す武器で敵を薙ぎ倒すような戦闘方法を好む。その分知能は低い個体が多く、頭の中では戦う事だけを考えている。

 そのため群れでの地位は低く、グールメイジに利用されている場合が殆ど。また、素質的にバーバリアンは雄だけであり、雌のバーバリアンは今まで確認された例は無い。


 討伐証明は右耳。素材は牙と手足の爪、弓の弦の材料になる腱、魔力を帯びた鬣等。


 グールがバーバリアンになるには【怪力】スキルを3レベル以上、両手持ちの武器を扱うスキルが4レベル以上必要。


 ヴィガロの場合は他のバーバリアンと違い頭も良く、次期族長の立場にいる。更に指揮能力に優れているため、通常のバーバリアンは単独で戦う事を好むが、ヴィガロは常に仲間を率いて戦う。

 そのため通常よりも討伐しにくい。

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― 新着の感想 ―
[一言] 女神ヴィダと戦うことになった経緯を考えると、魔物と交わるのは禁忌とする教義があっても不思議じゃないけどなぁ
[気になる点] この作品を読むのは三度目ほどですが、なんとなく気になったので書きます。 『ただ雌でも優秀な戦士や、雄の魔術師が存在しない訳ではない。』の文ですが、『ただ雌でも優秀な戦士はいるし、雄の魔…
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