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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第五章 怪物の遠征編
129/514

百十一話 目を見て話そう

「この度は突然の訪問にもかかわらず会談の席を設けて頂き、感謝します。ペリベール殿」

 そう礼儀正しく頭を下げるのはレジスタンスの使者ではなく、使者を伴ってやって来た『新生サウロン公爵軍』の指導者、レイモンド・パリスだった。


 戦死したサウロン公爵の隠し子という経歴が不自然に感じない整った顔立ちと、何より気品を漂わせている。

 以前は思わずレイモンドに見とれ、若いスキュラには頬を染める者が少なくなかった。


「何、今は米の収穫も終わった農閑期だし猟もやらない時期だ。ヴィダとメレベベイルの祭りまでまだ少し日もあるからね。意外とみんな暇なのさ。

 しかし、リーダーが直接来るとはただ事じゃないね」

 ペリベールも、この人種の青年が凡人ではない事を感じ取っている。


 ペリベール達にとってヴァンダルー程ではないが、レイモンドは人を惹きつけるカリスマ性と思わずその言葉に頷きたくなる、上に立つ者特有の威厳を既に放っている。

 レイモンドなら何かをやり遂げるかもしれない。そう思わせる何かが、彼にはある。


「ええ、脅かす訳ではありませんが、早速本題に……入る前に彼女達は、一体?」

 そのレイモンドが困惑の混じった顔で視るのは、プリベルに隣り合って座るパウヴィナと、その前に座るヴァンダルーだった。


 この場に居るのはペリベールを初めとした集落の主だったスキュラやその夫。そしてレイモンドと二人の新生サウロン公爵軍のメンバー。

 そしてプリベルとパウヴィナ、ヴァンダルーである。当然だが、三人はかなり浮いて……と言うか、やはりパウヴィナが抜きんでて目立っていた。


 だがそれでいてスキュラ達が注目しているのはパウヴィナではなく、レイモンドから見ると精巧な人形のように見える少年とも少女ともつかないヴァンダルーだった。

 奇妙な空気と妙な違和感を覚えながら尋ねたレイモンドに、ペリベールは何でもない事のように三人を手で指した。


「そう言えば紹介するのは初めてだったね。この子はプリベル。あたしの末娘さ」

「プリベルです、よろしくお願いします」

 視線をヴァンダルーから上げ、挨拶するプリベルに「こちらこそ」と返すレイモンド。


「それで、彼女と一緒に居るこちらの――」

 自分より巨大なパウヴィナをどう呼ぶか迷うレイモンド。大きさを考えると巨人種でも大人に成って居るはずなのだが、顔や頭と体のバランスを見るとまだ十歳前後の少女のように見える。


「初めまして、パウヴィナです。ヴァンの妹です」

「ヴァンダルーと申します。パウヴィナの兄です」

「そ、そうですか。初めまして」

 大きさと不似合いな幼い声で挨拶するパウヴィナと、例によって見過ごされていたヴァンダルーが声を出した事に思わず動揺してしまう。


 しかし、挨拶されても何故子供がこの場に居るのかの謎が解けていない。


「このヴァンダルー君はまだ小さいのに【霊媒師】でね、殺人事件の捜査を手伝ってくれているのさ」

 だがペリベールの説明で全ての謎が氷解した。

「それは……凄い。事件については私も気にかけていたが、【霊媒師】の協力が得られるなら心強い。それにしても君の様な年齢で希少な【霊媒師】ジョブに就くとは、才能があるようだね。羨ましいよ」


 就くためには生まれ持った才能が必要と言われる【霊媒師】ジョブは、殺人事件の調査では大きな力を発揮する。その所有者なら、子供でもこの場に居る事は不自然ではない。

 しかしレイモンドはこう続けた。


「だが、【霊媒師】ジョブに就ける者は本当に非常に少ない。君が嘘をついているとは思わないが、すぐには信じられない」

「それは尤もだと思います」


 ヴァンダルーはまだ本物の【霊媒師】にしか会った事が無い。しかし実際には「自分は【霊媒師】だ。霊が見える」と嘘を言い、詐欺を働く不届きな偽物が居るだろうなと思っていた。

 しかもヴァンダルーの外見では、レイモンドがペリベールから紹介されたとしても、すぐには信じられなくても仕方がない。


「では、俺が【霊媒師】である証明をお見せします」

「ギルドカードでも見せてくれるのかな? この自治区では発行するギルドの支部が無い筈だが――」

「いえ、もっと確実な証拠です。【可視化】」

 そしてヴァンダルーの前……ではなく、横にオルビアの霊が姿を現した。


「ゴースト!?」

「団長っ、下がってください!」

 見える様になったオルビアの霊に思わずレイモンドの部下が立ち上がるが、本人は「落ち着け」と部下を制止した。


「君は、被害者の娘の霊か」

『こうして話すのは、初めてだよね。団長さん。今日で十一日目だったかな、殺されたオルビアだよ』

「よろしく……と言うのも、変な話なのかな。まさか【霊媒師】ジョブに他人に霊を見せるスキルが……いや、魔術か? 兎も角、方法があるとは驚いた」


『アタシも驚いたよ。それで……最近変わった事は無かった? レジスタンスの誰か襲われたとか、連絡がつかないとか……』

「っ! ……いや、私には特別何も報告は来てはいない。事件に関係のある事なのか?」

『うん、でも何も無いなら良いんだ』

 ほっとした様子のオルビアだが、レイモンドは逆に顔色が悪くなったようだ。表面は平静を保っているが、彼女に質問された時、明らかに動揺していた。


「オルビアさんは死んだ時の事を、恋人からのプレゼントが無い事以外覚えていないらしくて、犯人の顔も分からないんだ。だからヴァン君には、ボク達と一緒に他の犠牲者の霊を探しに、他の集落に向かう事になってるの」

「だからこの事件もあと少しで解決しそうなんだ。外から来てくれたあんた達にまで心配をかけて、すまなかったね」

 プリベルがそう説明し、ペリベールがそう結ぶ。


「それは、何よりです。同じヴィダを信仰する者として、一刻も早く事件が解決する事を願っています。

 それで我々の用件は――」

 その後、レイモンドは『新生サウロン公爵軍』のリーダーとして、占領軍の和平案を飲まない様にとペリベール達を説得し始めた。


 アルダを国教とするアミッド帝国がスキュラ族をそのままにするはずが無く、必ず裏切るはずだ。今の内に自分達レジスタンスと同盟を結び、オルバウム選王国とも連携して占領軍と戦おう。自分ならそれが出来る。

 そう訴えるレイモンドには説得力があった。それは自前のカリスマ性だけではなく、実際に選王国に協力者が居て連絡を取り合っている自信からだろう。


 多少演説に穴もあったが、それはスキュラ連続殺人事件を根拠に占領軍を糾弾する予定だったのを、演説から差し引いたからだろう。


「あんた達が言いたい事は分かった。でも、事は自治区の皆に関係する事だ。悪いが、あたし達だけじゃ決められないよ」

「勿論です。ですが、冬の誕生祭では全ての集落の長が集まると聞いています。その時に話し合っていただければ十分です」

 この場での返答を避けるペリベールに、レイモンドはそう言って引いた。


 恐らく彼は冬の誕生祭までの間、ここ以外の集落にも足を運んで同じように説得を重ねる予定だったのだろう。

 選挙活動に少し似ていると、ヴァンダルーは思った。


「それでは失礼します。今日は時間を作って頂き、感謝します」

 そして「食事でも」とペリベール達の誘いを辞退して、礼儀正しく退室した。外に配置されたゴースト達が、そのまま集落から出て行くレイモンドたちの後ろ姿を確認する。


 一方、その頃ヴァンダルー達はざっと部屋の中心に集まって、相談していた。


「やっぱり、レイモンド達は違うんじゃないかい?」

「うん、ボクがプレゼントが指輪だって事を伏せてカマをかけても引っかからなかったし、本当に知らないんじゃないかな」

『でも明らかにレイモンドさんは動揺していましたよ!』

「動揺していたのですか? レビア王女は洞察力が鋭いですね」

「ヴァン、ちゃんと人の顔を見ないとダメだよ」


『確かに動揺していたけどそれはアタシのせいだよ、きっと。ほら、幽霊だしさ、きっと怖かったんだよ、うん』

「「「それはない」」」

『声を揃えなくても良いんじゃない!?』


 もしかしたら犯人はレジスタンスの関係者かもしれない。既にプリベルやオルビア達はヴァンダルーから伝えられていた。

 レイモンド達『新生サウロン公爵軍』との付き合いは一年以上に及ぶ。普通ならそう言われても、すぐには信じられないが……。


「昨日夢でメレベベイルから神託を受けてね。驚いたけど、なんかとりあえずヴァンダルー君を信じれば良いっポイ?」

「ボクもっ! 何か母さんみたいに加護も貰えて、代わりにヴァン君にくっついてれば良いっポイよ!」

『アタシもアタシも! 加護がついて、輪廻に還るなって言われたっポイ。幽霊でも神託って来るんだね』


「ありがとう、メレベベイル」

 メレベベイルが早速頑張ってくれたらしい。魔王の欠片を抑え込まなくて良くなった分、力を振るってくれたようだ。


 他のスキュラ達も『触王』の二つ名を獲得した結果、ヴァンダルーから並々ならぬ存在感やカリスマ性を(元々『ヴィダの御子』や【蟲使い】ジョブである程度、覚える者も居たが)覚える様になったため、彼の言葉を完全に否定する事は出来なくなっていた。


 しかし洗脳した訳ではないし、これまでの記憶が無くなった訳でもない。レイモンドの立ち振る舞いを直に見て言葉を聞くと、あの凶悪な殺人事件と関係している様には思えなくなるようだ。

 実際、プリベルが仕掛けた言葉の罠にもレイモンドは口を滑らせなかった。


 よくあるミステリーのお約束なら、犯人はうっかり口を滑らせるものだが。


「でも、奴は事件について知っていますよ」

『何か気がついたんですか、陛下!?』

「ヴァンっ、大丈夫!?」


「……そんな信じられないみたいに言わなくても。まず、レイモンドはあの演説で事件について一言も触れませんでした。大事件なのですから、犯人が自分達以外だと思っているなら、解決の目途が経っていたとしても触れて良い筈です。

 後、彼は俺に殺意を覚えていました」


 死の危険を感知する、【危険感知:死】は常時発動している。例え、空々しく響く演説を聞いている時にも。




 人生とは分からないものだと、『サウロン解放戦線』のリーダー、『解放の姫騎士』イリス・ベアハルトは思った。

「下がれ、貴様等っ! でなければこの身体は手に入らんぞ!」

 しがない騎士爵家の長女でしかない自分が『姫騎士』なんて大それた二つ名で呼ばれる事もそうだが、まさかこんな脅し文句を使う事に成るなんて。


「おのれっ、つまらん虚仮脅しを!」

「迂闊に刺激するな、馬鹿が! 万が一この女の身に何かあったらどうする!?」

「落ち着きなさい、姫騎士さん。話し合いましょう、このままじゃ貴女の部下も全員助からないわよ」


 自分の喉にティースプーン程の大きさの小さな短剣を当てるイリス、そしてその周囲には狼狽えながら下がる十数人の黒ずくめ、彼らの足元には血塗れで倒れるイリスの仲間達と、白い煙を立てている動かない黒ずくめが二人。


 昨日違法奴隷商人が違法奴隷を輸出しようとするのを防ぎ、奴隷にされた人々を保護したイリス達は、彼女達を一先ずアジトで休ませていた。

 そこをこの黒ずくめ達に襲撃された。見張りを強引に突破して、何人かは空まで飛んで攻め寄せて来たのだ。


 昨日殺した奴隷商人の仲間か、取引していた犯罪組織が寄越した刺客かと最初は誰もが考えた。

 しかしイリスが咄嗟に逃がした元奴隷達を無視し、奴隷商人を直接殺したデビスを倒しても止めを刺そうとしない。

 更に仲間達を次々に倒す手練ればかりなのに、イリスと相対すると妙に動きが悪くなる奇妙さ。


 そしてデビスが隙を突いて斬りつけた黒ずくめが、自分達が攻め込んで来た時に破った木戸から差し込む日光に、焼かれて悲鳴を上げてのた打ち回ったのを見て、直感的に気が付いた。

 奴らは吸血鬼で、狙いは自分の身体だと。


「そうだな、このままではお前達は主人に炭の欠片を幾つか持って帰る事になり、怒りを買い、粛清でもされるのではないかな? この『純潔の守護者』の効果は知っているだろう?」

 イリスが自分の喉に先端を触れさせている短剣と言うにも小さな刃は、『純潔の守護者』と言う銘のマジックアイテムだった。


 高貴な身分の女性の為に作られた自害専用のマジックアイテムで、所有者が自らの意思で喉や胸元に突き刺すと発動し、所有者は生きた松明と化し、数秒で黒い炭と化す。

 元々は敵に生死を問わず辱められないようにと、作られた完全に自害専用のマジックアイテムだ。


 今では殆ど出回っていない骨董品だが、曾祖母の代からイリスの家に伝わって来た品だ。


「調子に乗るなよ。何なら貴様の首を一撃で刎ね、噴き出した血を壺に溜めて届けるという方法もあるのだぞ」

「ほぅ、貴様等の主はコレクションが血だけでも構わないのか?」

「貴様っ……何故グーバモン様の事を」


「レジスタンスなんて言っても、体制側から見れば犯罪者と変わらない。お蔭で私も悪い仲間から話を聞く機会が増えてしまったよ」

 吸血鬼達は裏社会の更に奥深い闇の中に巣食ってきたが、完全に自分達の存在を隠し続ける事は不可能だ。

 特に有名所である『悦命の邪神』ヒヒリュシュカカを奉じる原種吸血鬼達の噂は、裏社会の事情通にはそれなりに知られていた。


「どうする、汚らわしい吸血鬼共? 私は本気だぞ、アンデッドにされるよりは自ら命を絶った方がマシだ。自害を戒めるアルダも、愚かな元信者を見逃してくださるだろう」

 イリスが本気である事を理解した吸血鬼達は、日光から身を守るために被った覆面の下で悔しげに唇を歪めた。


 猜疑心に狂ったグーバモンは、手下の吸血鬼達を出来るだけ逃がさずにアンデッド化するため、彼等に難題を命じた。

 現在所在の分かっている名の知れた冒険者や騎士、聖職者に王侯貴族を拉致して連れてくるようにと。

 空間属性魔術の使い手であるグーバモンは、手下達を集めるとターゲットを指名してテレポートで強制的に送り出す。そして、期限までに送り出した場所に拉致したターゲットと迎えを待てと命じる。


 グーバモンへの恐怖が植えつけられている吸血鬼達は、そのまま逃げ出すという選択肢を取れない。彼が狂乱したままならそうしたかもしれないが、難題を命じる彼の上辺は以前の比較的正気だった頃に戻ったように吸血鬼達には見えた。


 逃げ出しても空間属性魔術で追っ手が放たれる、生き残るには命令を達成するしかない。そう多くの者は思い込んでしまった。実際にはグーバモンの手下は急速に彼自身の手で数を減らしており、更に命令を達成しても結局殺されるのだが。


 十数人の貴種従属種入り交ざった即席チームを慣れない土地に送り出す事で、逃げる相談もし難く命令を達成すれば生き残れるという望みについ賭けてしまう。そして上手く行けば、コレクションも増える。

 失敗しておめおめと戻って来たらそのままアンデッドに。死ぬなりして戻って来なくても、その程度の愚物失っても惜しくはない。


 何とも乱暴で欠陥だらけの、狂人だから実行できる策だった。


 その策に踊らされている吸血鬼達は、対人戦の心得自体はある。誰かを攫うのも、不得意ではない。しかし、それなりの実力がある組織のリーダーを、大きな怪我をさせずに生け捕りにして攫う事が出来る程器用ではなかった。

 上手く手加減が出来ずに戸惑っている内にイリスに目的を見抜かれてしまった。


 人種如きの脅しに屈するのは気に入らないがと苦い思いを押し込めて、吸血鬼達の暫定リーダーは口を開いた。

「……良いだろう、お前の仲間の命は助けてやる」

 そう言いながら倒れたままのイリスの仲間に治癒魔術を唱えて見せた。


「おい、正気かマッシュ!?」

「つべこべ言わずにポーションをかけるなりなんなりして手当してやれ。死なない程度に回復させればいい。アンバー、お前も足の下の女の血を止めろ」

「……分かったわよ」


 渋々といった様子で、イリスを拉致する際彼女の傷を癒すために持ってきたポーションを彼女の仲間に振りかけ、魔術で治療を施す。


「うぅ、お嬢っ……ダメだ、逃げて下せぇ……」

 辛うじて意識があるデビスがそう声を出すが、イリスは彼を見ないまま「それは出来ない」と答えた。

「皆には私が死んだ時と同様に行動しろと伝えてくれ」

 イリスが自分の死体を残さないために『純潔の守護者』を持ち歩いていたのは、自分が死んだ後仲間から代わりの『姫騎士』を立てる為だった。


 サウロン公爵領が健在だった時は数ある騎士爵家の娘でしかなく、レジスタンスの任務中も覆面を被っていた彼女の顔はあまり知られていない。

 レジスタンスの象徴の一つ、『解放の姫騎士』の中身が変わっても、誰も気が付くまい。


「これでお前の仲間は死なない、今はな。後は貴様次第だ」

「良いだろう。だが、まずはこのまま私と一緒にアジトを歩いて出て貰おうか。そうしたらこの『純潔の守護者』と私自身を預けよう」

「チッ、手間をかけさせるな。我々の気が変わらないとでも思っているのか?」


「お互い様だ。行きがけの駄賃とばかりに仲間に止めを刺されたら堪らないのでな」

「……良いだろう。だが貴様こそ気を変えるなよ。その時は取って返して貴様の仲間もそうでない者も皆殺しにしてやる」


 アジトからイリスを中心に吸血鬼達が歩いて出て行く。その後をデビスは必死に這いずって追ったが、彼が見たのはアジトの外で途切れた幾つもの足跡と、落ちている『純潔の守護者』の破片だけだった。




 レイモンドに宣言した通り軽い昼食を取った後、ヴァンダルー達はプリベルと護衛役の(検死の時案内してくれた)衛兵スキュラを二人加えて集落を出発した。

 そして集落に剣戟の音や悲鳴が届かないだろう距離まで離れた頃に、彼らは現れた。


「ヴァンダルー君、だったね。少し、私の話に付き合ってくれないか」

 レイモンド自身は武器を手に持っていないが、彼の周りには既に剣の柄に手を置いた部下達が道を塞ぐように展開している。背後でも同様に五人程が退路を塞いでいる。

 恐らく、離れた場所に弓兵や魔術師も配置しているのだろう。そんな生命反応がある。


「驚いてはいないようだね」

 尋常ではない雰囲気だが、ヴァンダルー達は動揺していなかった。彼が無表情なのは何時もの事だが、プリベルや衛兵スキュラ達は、突然現れたはずのレイモンド達に対して動揺はしていなかった。悔しそうな、失望したような視線を向ける。


 パウヴィナに至っては、「いっぱい出て来たね」と呑気な様子で周囲を見回している。


「はい、予想はついていたので」

 それにどれ程殺気を隠していても【危険感知:死】を常時発動しているヴァンダルーに、尾行なら兎も角待ち伏せは通用しない。

 それが無くても、レイモンド達がスキュラの集落から出る時にレムルースやゴーストに尾行して貰ったので動きは筒抜けだった。


「なるほど。やはり、彼女が覚えていないと言っていたのは嘘か」

 レイモンドはヴァンダルー達が驚かなかったのも、そう解釈したようだ。その言葉とこの待ち伏せで、スキュラ連続殺人事件は自分達の犯行だと自白したも同然である。


「しかし随分と早く、しかも大胆な手段に出ましたね」

「必要に駆られてね。それに、大胆な事が出来なければレジスタンスなんてやっていられないさ」

 レイモンドの言う通り、彼らにとってこの待ち伏せは必要な事だった。スキュラ連続殺人事件をアルダ過激派の犯行だと訴え続けていた自分達が、事件の真犯人だった事が明らかに成る事は絶対に避けなければならないからだ。


 オルビアが本当に事件当時の記憶を失っているのか、レイモンドは確証が持てなかった。失っていたとしても、これから思い出さないとも限らない。

 犠牲者を即死させる毒を使ったはずだが、見開かれた犠牲者の目が最後に何も見ていないとは断言できない。


 それに、他の犠牲者の霊も都合良く事件の記憶を失っているとは考えられない。実際には、まだ事件現場に霊が残っているのかも怪しいのだが、【霊媒師】のメンバーが居ないレイモンド達はそれを知らない。


 だからレイモンドはヴァンダルーが他の集落に辿り着く前に止める必要があったのだ。


「それで、話とは俺達の口封じですか?」

「そう急がないでくれ。君は歳の割に思慮深く賢いようだから提案するが、私達の仲間に成ってくれないか?」

 レイモンドの提案には、ヴァンダルーも驚いた。


「ふ、ふざけないでよっ! なんでヴァン君が君達の仲間に成るのさっ、それよりもオルビアさん達を何で殺したのか答えてよ!」

 プリベルが激高し、食ってかかろうとして衛兵スキュラ達に「落ち着いてっ、私達は囲まれているのよ!」と制止される。


 その様子を見てレイモンドは「やはりな」と呟く。

「ヴァンダルー君、私が君を評価しているのは【霊媒師】である以上に、短い時間でスキュラ達の心を君が私以上に掴んだ事だ」

 レイモンドがスキュラ達の前で覚えた違和感、それは彼女達が向ける好意だ。


 レイモンドは単純な実力だけではなく、人を魅せるカリスマ性を持っている。だからこそ、サウロン公爵の遺児とは言え、継承権を持つ他領に脱出した他の子供達や親類とは違い、既に放棄させられたため継承権の無い庶子である彼が『新生サウロン公爵軍』のリーダーシップをとっている。


 だが今日のペリベール達との会談では、彼女達の意識は殆ど口を開かなかったヴァンダルーに向かっていた事にレイモンドは気が付いていた。

 彼や彼の部下達にはそれが何なのか分からなかったが、ヴァンダルーにはスキュラ達を惹き付ける何かがあると。


「私達も、スキュラ達に好きで酷い事をしている訳ではない。全てはサウロン公爵領を取り戻す為、サウロン公爵領の全ての人々を解放するためだ。

君が説得してくれれば、スキュラ族もサウロン公爵領の一員なのだという自覚を取り戻し、一緒に戦ってくれるだろう」


 レイモンド達がアルダ過激派の犯行に見せかけたスキュラ連続殺人事件を引き起こしたのは、スキュラ達が占領軍の交渉案に同意するのを防ぎ、それだけではなく戦力としてレジスタンスに加える事を狙ったからだった。

 『新生サウロン公爵軍』と名乗っていても、実際には軍隊程の軍事力は無い。だが五千人のスキュラ族の戦力が手に入れば、占領軍相手に軍として戦う事も不可能ではない。


 オルバウム選王国の協力者を通じて選王国軍を動かせれば、占領軍を倒す事も夢ではないだろう。


「それに、何より君はダンピールだ。私達の象徴として申し分ない。オルバウム選王国で最近原種吸血鬼殺しの英雄のお蔭で盛り上がっているアルダ融和派の信者達も、君の存在には心を動かされるだろう」

 迷っているのか小刻みに瞳を動かすヴァンダルーの目を見つめ、レイモンドは畳みかけた。

「このままでは我々の故郷は、君達ダンピールを魔物と断じる帝国の新たな属国にされてしまう。私達と一緒に、戦ってほしい」


 年の割には賢く落ち着いているように見えても、やはり子供だ。必ずその気にさせられる。そう確信していたレイモンドだったが、彼にヴァンダルーが返したのは良い返事ではなかった。

「質問ですが、何故スキュラ族を巻き込もうとするのですか?」

 パウヴィナが欠伸を噛み殺し、プリベル達が息を飲んでヴァンダルーがどう答えるかを見守っている中、彼が発したのは質問だ。


「それは――」

 その質問にレイモンドは動揺せず、前もって考えていた答えを返そうとした。ヴァンダルーがスキュラ達に好かれているように、彼もスキュラ達に好意を持っているだろう事は簡単に想像できることだ。

 だが幼くして【霊媒師】に就き、更に瞳に迷いを見せているが表情や声に感情や動揺を現さない、大人以上の自制心の持ち主だ。


 間違わなければ、必ず説得できる。そう確信してレイモンドは回答を続けた。

「スキュラ達の戦力と自然の要塞であるこの自治区が、欲しかったからだ。何故なら、占領軍に我々主導の作戦で勝利する事が、庶子であり継承権を一度放棄した私がサウロン公爵領を治めるためには必要だったからだ。

 そのために弟に汚れ仕事を頼んだ。悪い事をしたとは思っていない。

 オルビアだったか、彼女を含めた犠牲者達に悪い事をしたとは本当に思っていない。戦争に勝利するためには、必要な犠牲だ」


「そんな事言ってっ、ボク達は騙され――え?」

 反射的に叫んだプリベルの動きが、途中で止った。きょとんとした顔で目を瞬かせてレイモンドを見る。

「だ、団長? 何を言っているんですか?」

「どうしたんですっ、レイモンド団長!」

 逆に落ち着いていたレイモンドの部下達が困惑し、狼狽え始める。


(何だっ? 私は今何を口走ったのだ!?)

 そして周囲の反応から、自分がとんでもない事を口走ってしまった事に気が付いたレイモンドも驚き慌てるが、彼の口は彼自身の意思を離れて言葉を紡ぎ続ける。


「選王国に逃れた公爵家の継承権を認められた嫡子が力を付け、彼を頂点としたサウロン公爵領奪還作戦が始まるのを待っていては駄目だ。それでは我々レジスタンスがどんな戦功を上げても、私は公爵には成れない。

 このサウロン公爵領をより良くするためには、私が公爵家を継ぎ、治めなければならない! そのためには戦力が、私を中心にした軍で占領軍と戦う必要があったんだ!」


 それがレイモンドの本音だった。

 スキュラ族がサウロン王国の時代から政治や軍事に関わらなかった経緯を蔑にし、自治区の外にすっかり関心を無くしたスキュラ族を強引に戦力として加えるために、陰謀を巡らせたのだ。


 だがそれを話すつもりは無かった。


「そう、そのまま俺と彼女の質問に答えてください」

 ギョロギョロと、眼球を目まぐるしく動かしてレイモンドの精神を【精神侵食】スキルで攻撃し、暗示をかけているヴァンダルーは言った。


 そしてレイモンド達が何か反応を見せる前に、「彼女」が姿を現す。


『教えて、あの人が……リックがアタシを殺したの?』


 ゾッとする程冷たい問いが、レイモンド達の耳を打った。

ネット小説大賞最終選考に残りました! 6月から始まる応援期間もよろしくお願いします。


6月2日に112話、6月3日に閑話、6月4日に113話、6月6日に114話を投稿する予定です。

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