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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第五章 怪物の遠征編
128/515

百十話 蝕王で触王

 ふと気が付くとよく分からない場所に居た。

「これは……ああ、夢か」

 前にも、【魔導士】にジョブチェンジしたその夜にも似たような経験をしていたヴァンダルーは、自分が夢を見ているのだと気が付いた。


 ただ以前の夢と比べると違和感がある。何時の間にか他人の家に入り込んでしまったような、居心地の悪さがあった。

「でも夢だし……また誰か来るのかな?」

 何故か首を動かさなくても周りを見る事が出来る視界で、何か無いかと探していると不意に声を掛けられた。


『もし……もし……』

 斜め下から聞こえてきた声の主に合せて視界を下げると、そこには一人のスキュラが居た。

 いや、よく見るとスキュラの形をした異形の何かだった。


 緑色の髪に二本の腕、女性の上半身、タコに似た下半身。どれも一見するとスキュラその物だ。

 だが目を凝らすとそれらは全て太さの異なる無数の触手や触腕が絡まり合い、束に成って形作られている物だと解る。


 肉の紐で作られた精巧な藁人形。大きさはヴァンダルーの半分程なので迫力はそうでもないが、近くで見るとやや不気味である。

「これはすみません」

 その不気味な相手にヴァンダルーはとりあえず謝罪した。


「まだ背があまり伸びない年頃なので、つい上を探してしまいました」

 ヴァンダルーの周りにはジャダルやヴァービ等の子供達を除けば、ヴァンダルーより背の高い者ばかりだ。なので誰か居ないかと探す時、つい上の方を見回す癖がついている。


『いえ、お気になさらぬよう。……御身を招いたのは我の勝手ゆえ。お許しください』

 見た目の異形さからは想像できない、中性的な声で流暢に喋って見せるスキュラモドキ。口も無いのにどうやって発声しているのかと思ったら、声に合わせて口に当たる部分の触手が震えている。どうやら、そこを擦り合わせて音を発しているらしい。


 夢なのに設定が細かい。


「すみませんが、どちら様でしょうか? それに私を招いた用件とは?」

 形状からしてスキュラの関係者だろうと予想は出来るが、正体不明なので若干丁寧な口調で尋ねる。するとスキュラモドキは触手を小刻みに震わせながら答えた。


『我はメレベベイルと申します。我を信仰する者達の中に常軌を逸した……尋常ではない気配を感じ、御身が何者なのか尋ねたく思い、お招きいたしました』

 メレベベイル、聞き覚えのある名前だ。


「それはスキュラ族の自治区で信仰されている、スキュラの英雄神の名前では?」

 英雄神は英雄が神に至った存在だ。そのため、後の信仰の変化や歴史の移り変わりによって多少は変化するが、神像や宗教画の多くは、生前の姿形に近い姿の事が多いと言われている。

 少なくとも、触手をスキュラの形に束ねた形状には成らないのではないだろうか?


『それはサウロン公爵領の前身、サウロン王国が建国される以前から行われていた偽装。本来の我は元魔王軍『汚泥と触手の邪神』にして、かつて女神ヴィダと契りスキュラの片親と成りし者』

 実際には、元魔王軍で触手や触腕を司る邪神だったらしい。


 十万年前のヴィダとアルダの戦いで敗れた後、メレベベイルと当時のスキュラ達は境界山脈の向こうに逃げそびれてしまったらしい。そしてスキュラ達は各地に家族単位で散り散りに別れたが、纏まった数がこの山と沼が集まる土地に住みつく事に成功した。


 メレベベイルは『五悪龍神』フィディルグよりも元々の位が高い邪神で、受けたダメージも多少はマシだった。それにスキュラ族と言う信者も居たため、力の回復も早くスキュラ達が生き延びるために加護を授け、時には御使いを遣わし、助けて来た。


 しかし時と共にアルダに従う人間達の数が増え、国が作られるようになるとメレベベイルの存在自体がスキュラ達の重荷に成り始めた。

 邪神であるメレベベイルを信仰するスキュラ達は、アルダ信者からは勿論正しい知識と歴史を失伝した他の神々の信者、ヴィダ信者からも恐れと迫害の対象になってしまったのだ。


『人々に魔王軍残党の邪神悪神と、ヴィダ派の邪神悪神との見分けはつかない。アルダは見分けるつもりが元から無く、ヴィダや他の生き残った大神は眠ったままだったので』

「でも、ヴィダの信者くらいは分かってくれてもいいような気もしますが」

『分かってくれる者もいたが、ヴィダの信者と言っても差があります。当時や今存在するヴィダの信者が、全員十万年前の戦いに参加した生き残りの子孫ではないので』


「……それもそうですか」

 ヴィダ信者が全員歴史の真実を知っている訳ではない。ヴァンダルーもそれは知識として知っていたが、メレベベイルからスキュラ族の悲劇と共に語られると、その厄介さが理解できた。


『一時は我が討伐されたように偽り、眠りにつく事も考えたのですが、当時のスキュラの長が妙案を出してくれたのです』


 スキュラの長は我が身を犠牲にして自分達を迫害から守ろうとするメレベベイルに、「じゃあ、邪神じゃないって偽りましょう」と提案されたそうだ。

 結果、『汚泥と触手の邪神』メレベベイルは『スキュラの英雄神』メレベベイルと偽って信仰されるようになったのだ。


 結果、元々は大量の触手がのたうっている姿から、今のスキュラモドキの姿に何時の間にか変わっていたらしい。


 因みに、信仰を改竄するのは人から見ると簡単な事に思えるが、メレベベイルの様な神からすればかなりの危険を伴う行為だ。

 多少の改竄なら耳に小さなピアスの穴を空ける程度だが、邪神から英雄神に改竄するのは全身麻酔を受けて全身整形手術と内臓の外科手術を同時に受ける覚悟が必要だ。


 人間に「生きたまま触手の集合生命体に変化する手術を受けろ」と言うのと何も変わらない。

 成功しても神格が変化する以上人格や生態が変化する。それだけで済めば良い方で、砕け散って消滅しその欠片が新しい神として再構成され転生したような状態に成るか、二柱の神に分裂弱体化してしまう事もある。


 当時のスキュラの長もそこまで危険な試みだとは知らずに提案したが、メレベベイルは熟慮の末「勝算あり」と判断して提案を受け入れた。


 そして勝算通り、形がやや変わり、両性からやや女性寄りに変化するだけで英雄神と偽装する事に成功した。

 やはり偽装するのが自らの子であるスキュラ族の英雄神である事が幸いしたようだ。

「なるほど。それで外部からの迫害を緩める事が出来たと言う訳ですね」


『はい。それで御身は一体?』

「一体とは言っても、俺が来る事をペリベールさんに神託で伝えたのは貴方では?」

『あれは、ヴィダ様から我に下された神託を伝えただけだったので……それにこうして直に会ってみれば、やはり尋常ではない』


「尋常……まあ、神様相手に隠す事ではないのでお話しますが」

 何時の間に神が態々尋ねに来るような大物に成ったのだろうか? やっぱりもうすぐ十億に届く魔力と魔王の欠片のせいかな?

 そう思いながらヴァンダルーはメレベベイルに自分が何者なのか、そしてこれまで何をして何のためにここに来たのかを語った。


『なんと……そのような事になっていたとは』

 約百年前からヴィダは目覚める度にヴァンダルーについての、味方の神々や自身の信者に神託を下して知らせていたのだが、メレベベイルには詳細な情報は届いていなかった。

 邪神から英雄神に変わりつつあるメレベベイルは、ヴィダが知る当時の存在とは半ば異なっていたからだ。


 色々と台無しな例えだが、勝手に連絡先を変更してしまったような状態である。


『委細承知しました。これより、我メレベベイルは御身の力と成りましょう』

 ぐにゃりと下半身を潰すようにして頭部に当たる部分を下げるメレベベイルに、ヴァンダルーは「まあまあ、頭を上げてください」という。


「ご助力は嬉しいですが、俺はただ魔力が多いダンピールです。神様に『御身』なんて呼ばれるような身分ではありません」

 『鱗王の巣』に封印されていたフィディルグの時は不幸な出会い方をしたので仕方ないが、メレベベイルには畏まる理由は無いはずだ。


 それなのにこんな対応をされるのは居心地が悪い。そう言うが、メレベベイルは受け入れようとはしなかった。

 フィディルグといい、元魔王軍のヴィダ派の神々はロドコルテと違って謙虚な神が多いようだ。

 今も神なのに自分より小さい姿のままで、丁寧に応対してくれている。そう考え、ヴァンダルーはメレベベイルに対して好感を深めた。


『それより、御身に是非受けとっていただきたいものが。これを抱えていた故、今まで必要以上に力を制限せねばなりませんでしたが、御身なら使いこなせるはず』

 ざわりとメレベベイルの身体が分れると、触手の束に包まれていた黒い塊が二つ現れた。


「それは、魔王の欠片ですか?」

『はい。我と近い性質の欠片だったので二つ同時に封印する事が出来ました。本来は三つでしたが、残り一つは十万年前の戦いの折、どさくさに紛れて何者かに奪われました。

 この二つの欠片をお預かりいただきたい』


 魔王の欠片は使えば強力な武器になる場合が多いが、メレベベイルにとってはただただ負担でしかなかった。

 下手に使って暴走させれば、魔王復活の呼び水に成りかねない。そのため使わずに只管封印し続けていたのだ。


『せめてもの代価に我が授けられる加護と二つ名を……む、やはり加護は不可能か』

「あー、フィディルグも無理って言ってましたね。完全回復したら、その時改めてよろしくお願いします」

『では二つ名の方だけでも……御身はあらゆる触腕触手を持つ者の王、『触王』成り』

「……意味が違うけど同じ読みの二つ名がありますよ?」


《新たな二つ名【触王】を獲得しました!》

《【深淵】スキルのレベルが上がりました!》


 夢の中でも聞こえた脳内アナウンスに驚きながら、ヴァンダルーは「タロスヘイムの皆に触手が生えたらなんて言おうか?」と少し悩んだ。

 でも何故【深淵】スキルのレベルまで上がったのだろうか?


『しかし二つ名だけでは……我が子等を幾つか仕えさせますか?』

「いや、そこまでしなくても」

『ですが、このままではあまりにも御身が背負う物と釣りあいませぬ』


 メレベベイルにとって魔王の欠片は危険な武器ですらなく、とても危険な化学汚染物質同然であり、それをヴァンダルーに受け取ってもらう以上当人が負担に思わなくても、少しでも釣りあうよう報酬を支払うのが筋だ。そう考えているらしい。


「じゃあ、オルビアやプリベル、ペリベールさん達にその分加護を。あと、スキュラの皆さんに俺の味方に成ってくれるよう口添えをお願いします」

『ペリベールには既に与えていますが、御意に』

「ありがとうございます」

 そう言い終えると、ヴァンダルーの意識は暗転した。




 力尽きたタコやイカのように、メレベベイルはぐにゃりと身体を横たえた。

『……帰られたか。大恩ある方に頼まれたとは言え……彼とは二度と神域では会いたくはないな』

 メレベベイルは実はヴァンダルーに嘘をついていた。


 彼女はヴァンダルーに「招いた」と言ったが、実際は違う。ヴァンダルーの意識に干渉しようとした瞬間、自らの神域に『出現された』のだ。

 そもそもメレベベイルは意識してヴァンダルーの精神体よりも小さい姿を取ったのではない、単純に彼女の素の姿がヴァンダルーの精神体よりも小さかったのだ。


 突然現れた異形にして巨大な存在に戦き、声を掛けるタイミングが遅れたに過ぎない。


『精神体の異形や巨大さは兎も角、神域に侵入されたのは【深淵】スキルの力。視るつもりが、逆に視られてしまった』

 メレベベイルは魔王軍に加わる前、元居た世界で【深淵】スキルに似た力を持つ存在を幾つか知っていた。魔王グドゥラニスが真っ先に滅ぼした者達だ。


 あの世界で魔王が唯一手に入れられなかった力を持つ者達だったから。


 その魔王すら持てなかったはずの力を持つヴァンダルーだが、通常なら幾らメレベベイルが彼を『視て』も神域に踏み込む事は出来ないはずだ。

 今回はメレベベイルがヴァンダルーの精神に接触しようとしたから、それを逆に辿られた結果に過ぎない。


『考えてみれば、彼が最初に上を見上げていたのも道理か。深みに座す存在が浅瀬の存在を見るためには、見上げるしかない。

 大恩あるヴィダよ。貴女は常に我等に幸運をもたらす。願わくば、我と我が子等に繁栄を』


 背信者達の悪しき企みも、彼なら打ち砕き踏み躙ってくれる事だろう。

 そう期待し、ヴァンダルーと友誼を結ぶことが出来た幸運にメレベベイルは感謝した。




 パウヴィナが寝返りを打ったために地味に窒息の危機に瀕して目覚めたヴァンダルーは、全身を【霊体化】して彼女の下から脱出する事に成功した。


 そして素早く糸を吐いて着替えを仕立ててそれを着ると、メレベベイルから貰った魔王の欠片を早速検証する事にした。

 欠片の名称からして室内で試しても危険性は無いと思ったからだ。


「……【魔王の吸盤】、発動」

 指先にカエルの吸盤っぽい物が現れた。

 ぺたりとその指先で小屋の壁に触れると、ぎゅっと壁にくっついた。


「おぉー」

 そのまま壁を吸盤で張り付きながら、登ってみる。吸盤は吸着も離すのも自由自在で、ヴァンダルーは壁でも天井でも自由に這い回る事が出来た。


 この魔王の欠片を使えば、ダンジョンの天井を這い回るのも楽に成るだろう。


 続いて二つ目の欠片。

「【魔王の墨袋】、発動」

 指先から墨が出た。表面を舌から出した粘液でコーティングした即席の土の容器にそれを溜めながら検証する。

 ねっとりとしたイカ墨も、サラサラしたタコ墨も、性質は自由自在。更に色まで自由自在に変える事が出来るようだ。


 特に磯臭くも無いので、インクや塗料としても使えそうだ。もしかしたら布を染める染料にも良いかもしれない。


「でもこれを戦闘に役立てるには一手間が必要かな」

 何せ吸盤と墨袋である。【魔王の角】や【魔王の血】の様に、発動させただけで即武器に使える性質の物ではない。

 カエルやタコ、イカが使うのを真似れば良いだろうか?


「動物の能力を技術に活かす……これがバイオミメティクスか」

 違う。


『ああっ、陛下がまた人から遠ざかって……でも今までとあまり変わっていないような気がしますね』

 レビア王女の言う通り、今までも壁や天井を這い回り舌や爪牙からビタミン剤を含めた様々な薬剤を分泌してきたヴァンダルーだ。吸盤や墨袋が加わっても、小さな事なのかもしれない。


『あまり変わらないって……』

「どうしたの~?」

 そのレビア王女の反応に呆れているオルビアに、起き出してきたパウヴィナが目をしょぼしょぼさせながら尋ねた。


『ヴァンダルー君が指から吸盤出して這い回ったり、指から墨を出してるんだよ』

「それだけ?」

『そ、それだけだけど……』

「じゃあ、あたしもう少し寝る~」


 ぱたっと倒れると、そのまま再び眠るパウヴィナ。

 穏やかな寝息を暫く聞いた後、オルビアはヴァンダルーに半笑いで言った。

『ヴァンダルー君、もういっそスキュラに成る?』

「いや、俺は男ですから無理です」


 因みに、スキュラも墨が吐けるらしい。




《【魔王融合】スキルのレベルが上がりました!》




 夜明けと共に動き出したマードック率いる討伐隊は、あっけなく目的の物を見つけた。

 アンデッド使いの女魔人が居るだろう城塞を発見したのだ。

「これは……城壁? こんな山に高い城壁を築けるはずが……」

「現実を見ろっ、現に城壁が建っているではないかっ!」


 一体何時の間に山の樹木と同じ高さの城壁を、この山地に築いたのか。材料や、そもそもこの城壁を支える広い平地に何故今まで誰も気が付かなかったのか。

 疑問は尽きないがまず現実として、マードックは敵対戦力がスキュラの自治区内に城塞を築いている事を理解した。


「撤退だ、速やかに撤退するっ」

 そして動揺する部下を叱責し、撤退を開始しようとする。

 女魔人の隠れ家が小規模ならそのまま討伐してしまう事を考えていたマードックだったが、幾ら彼が率いる討伐隊が精鋭でも、単独でこの規模の城壁で守られた砦や屋敷を攻めるのは得策ではない。


 立派なのは壁だけで中には碌な兵が居ない、そんな都合の良い妄想を見て突撃する程彼は馬鹿ではない。

 砦に戻り、討伐軍上層部にこの事を報告し、入念な情報収集を行う。攻め込むのはその後だ。


 しかし、マードック達は気が付いていなかった。自分達が既に城壁とその周りに立つ樹木に発見されている事に。

『おおおおおおぉおおぉん!』

『ぎしぃぃぃぃぃっ!』

 撤退を開始したマードック達を逃がすものかと、クノッヘンとアイゼン達が襲い掛かった。


 それまでただの樹木に見えたイモータルエント達が動きだし、城壁が弾けるようにバラバラに成り、飛び散った骨が無数のスケルトンに姿を変える。

「城壁がスケルトンに!? しかも周りの樹は魔物だと!? ここは何時から魔境に成ったのだ!?」


「スケルトン如き幾ら数が多くてもごはっ!?」

『おぉぉぉぉん!』

 咆哮と共に吐き出される毒のブレスをまともに受けて、精鋭の筈の討伐隊の面々が胸を抑えて咳き込む。そこに四足獣のスケルトン、ボーンアニマルが殺到して抑え込みにかかる。


「ぐえぇっ!?」

 死んでいなければそれで良いと言わんばかりの粗っぽさで。


「撤退っ、撤退だっ! 隊長を逃がせ!」

「馬鹿者! 私に構うなっ、殿以外は散開してばらばらに逃げろ! 情報だけは届けろ! これは命令だ!」

 反射的にマードックを逃がそうとする隊員たちだったが、マードックはそう厳命して自ら剣を抜くと殿を務める部下達に加わった。


 既にマードック達討伐隊は、動きが早く毒のブレスを吐く大量のスケルトンによって飲み込まれつつある。犠牲も構わず部下を逃がさなければ、情報を持ち帰る事も出来ずに部隊は全滅だ。

 その厳命を受け、後方で生き残っていた部下が走り出す。しかし、部下達は五秒と経たずに次々に戻ってきた。


 手足や胴体を曲がってはいけない方向に曲げながら、弾き飛ばされてきたのだ。

「既に回り込まれていたのか!」

「左様でございます」

 思わず振り返り地面に転がり痙攣する部下の姿を見て、悔しげに唸るマードックに答えたのはベルモンドだ。


 空を飛ぶことが出来る彼女は、悠々と討伐隊の背後に上空から回り込んでいた。しかし、彼女の表情に得意げな様子は無かった。

「やれやれ。金属糸では手足を切断してしまうので、頂いた尻尾で生け捕りにしようとしたのですが。旦那様の技術が高すぎるのか、皆様が脆すぎるのか、上手く行きませんね。【石化の魔眼】は激しく動いている対象には使い辛いですし」


「な、何だとっ!? 汚らわしい獣人種風情が!」

「止せ!」

 ベルモンドの物言いに激高した隊員がマードックの制止も間に合わずベルモンドに切りかかるが、彼女の尻尾が掻き消えたと思った次の瞬間、隊員は人体が立ててはいけない音を立てて飛んで行った。


 一瞬見えたその姿から想像するに、内臓破裂と粉砕骨折でほぼ即死だろう。


「申し訳ありません。皆様を生け捕りにし損なったのは、全て私が至らぬせい。御不快にさせた事を謝罪いたします」

 そしてマードックに深々と一礼する。


「化け物が!」

 だがマードックはベルモンドの謝罪を無視すると、掴みかかってくるスケルトンを斬り倒し、何とかこの包囲網を脱出する術は無いかと周囲を見回した。


「気を付けろっ、スケルトンの中に一匹抜きんでて強いのが混じっているぞ!」

「鎧と盾を持ったスケルトンに注意しろっ!」

『ヂュォ、クノッヘンと連携すると私の存在が埋もれてしまいますな』

 スケルトンを抑えているマードックの部下達は良くやっているが、その中に混じっている骨人が【武技】を使用して一人一人斬り崩していく。


『イケドリ~♪』

 報告にあったヒュドラのアンデッド、ヤマタが歌いながら部下達をその長い首で絞め殺している。

『て、がげん……パン、チっ!』

 そして女魔人が巨大な拳で部下の頭部を叩き潰している。


『皆、生け捕りとか手加減の意味を知っているのかしら?』

『仕方ありませんよ、姉さん。皆、対人戦は久し振りなんですから』

 そう言いながら、敵の中では比較的常識的な外見をしている二人、リタとサリアが巨大なハルバードやグレイブで【鉄壁】を使用している部下の盾ごと断ち割っていく。


「ぐあああっ!? 俺の腕ガアアアアア!」

「ひぃぃぃぃっ、脚っ、脚ぃぃぃぃぃっ!?」

 部下達は生きてはいるが、腕や脚を二本以上切断されて地面に悲鳴を上げながら倒れている。ある意味、即死より残酷だ。


「こいつ等……まさか我々を生け捕りにするつもりだとでも言うのか!?」

 結果がついて来ていないが、流石に何度も生け捕りと口にしていればマードックも気が付く。しかし、降伏する気にはなれなかった。この惨状を見て、真面な扱いが期待できるとは思えない。寧ろ、捕えられた後「気が変わった」と殺される可能性の方が高いようにすら思える。


 いっそ自害した方が良いのでは? そんな考えすら浮かぶ。だがマードックは奇跡的に包囲網が薄い場所を見つけた。

「【超即応】! 退けぇっ!」

 【限界突破】と【鎧術】の武技を使用して、スケルトンの合間を駆け抜け、立ち塞がる植物系魔物に切りかかる。


『ぎぃぃぃぃっ』

「【破断】!」

 そして【剣術】の武技を使用、処理が間に合わず痛み出す頭を無視して振るう斬撃が、植物系魔物、アイゼンの幹を大きく穿つ。


 赤い樹液を撒き散らすアイゼンに、一矢報いたぞと口元を歪めるマードック。後はこのまま走り抜けるだけだと、足を止めずに逃げ去ろうとする。


『ぎぃぃぃぃ――』

「――ぃ!」

 その時大きく斬撃が刻まれた幹が内側から弾けるように割れると、そこから伸びて来た樹液塗れの腕がマードックの脇腹に食い込んだ。


「ごはっ!?」

 肋骨を何本か圧し折られ、堪らず地面に転がるマードックが見たのは割れた幹から這い出る女の姿だった。

 緑色の肌をして、背中から枝を伸ばし、何故か牛に似た尻尾を生やした女。


「な、何なんだぁ!? 貴様等は何なんだ!?」

 精神の限界に達したらしく、倒れたまま喚き散らすマードックにアイゼンの中から出てきた女は、背中の枝に実った果実を捥ぎ取った。


「お……たべぇ」

 そして、鉄のように硬い果実をそのままマードックに振り下ろした。




『静かに成りましたな。そろそろ皆戻って来るでしょう』

「は、はあ」

『なに、心配は要りませんぞ。如何に精鋭と言えど、一隊程度なら我々が負ける事はあり得ませんからな。それよりもお茶のお代わりは如何ですかな』


「頂きますぅ! 頂かせていただきます!」

『いや、ですから心配は要りませんと言っているではないですか。はっはっは、心配性な方々ですな』


 その頃、クノッヘンの骨屋敷の中では外から聞こえてくる戦闘音と断末魔の絶叫、そして自分達に和やかにお茶を勧める、本来は白目の部分も真紅の目をした中年の男、サムに怯えるハッジ達が居た。


 ハッジ達が中々落ち着いてくれず、困っているサムが無駄な努力をしていたと気が付くのは後日の事だった。




二つ名解説:触王


 『汚泥と触手の邪神』メレベベイル等、触手系の邪神悪神が与えるか、触手や触腕を持つ者で王(女王)に相応しいと認められた者、触手触腕を持つ魔物や種族を多く従えた者が獲得する二つ名。


 歴史上、殆どの場合自身も触手触腕を生やしている存在が獲得してきた。例外としてはクラーケンをテイムした伝説のテイマーや、初代サウロン王国国王が知られる。


 具体的な効果は触手触腕を持つ魔物や種族にカリスマ性を発揮できるようになる。それらを眷属に加える事が可能に成る(【眷属強化】スキル必須)。自身の触手触腕の強化や、扱う際にスキル補正や効果を大きくする事が出来る。


 因みに、魔王グドゥラニスが元々存在した世界では、触手を生やした知的生命体が繁栄していたらしい。そのため、幾柱もの触手神が存在したそうだ。

ネット小説大賞最終選考に残りました! 6月から始まる応援期間もよろしくお願いします。


5月29日に111話、6月2日に112話、6月3日に閑話、6月4日に113話を投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
なるほど…魔王様はナ○トの八尾みたいなビジュアルとみた
[気になる点] 角があり血がある…解る。 ……[魔王の吸盤]?[魔王の墨袋]?? キマイラ的な? ………魔王サマの御姿の想像がつかない???
[良い点] 幹から出てくるのツボった
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