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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第五章 怪物の遠征編
126/515

百八話 スキュラ族の歴史

 夜目が効くスキュラの衛兵達に案内された彼女達が墓地として使っている沼で、ヴァンダルーはオルビアの死体を掘り起こしていた。

「彷徨える霊よー」

 それっぽい適当な呪文モドキを唱えているが、実際に死体を掘り起こしたのは【ゴーレム錬成】スキルで沼の泥から作られたマッドゴーレムである。


「沼の泥がまるで生きているかのように……!」

「【霊媒師】ってこんな事も出来るのね」

 衛兵スキュラが沼の泥が蠢き、泥だらけの死体が出てくる様子に息を飲む。聞けば、やはりここでも【霊媒師】は珍しく、昔は居たらしいがここ千年程スキュラから【霊媒師】は出ていないらしい。そのため「いや、それ【霊媒師】違う」と言うツッコミは無い。


 それを良い事に、未知のスキルを使っている事を誤魔化したヴァンダルーは、現れたオルビアの死体の検死を始めた。とは言っても、スキュラ族の葬儀である泥沼に沈められて数日経った死体だ、葬られたため残留思念も薄れていて、分かる事は少ない。……DNAや指紋が残っていても、検出や照合する技術が無いので元からそれらの証拠に期待はしていない。


 しかし掘り起こしたオルビアの死体の状態自体は良好だった。腐敗が抑えられており、沈められた時と同じ状態が保たれているようだ。地球で泥の中で保存された死体がミイラ状に成って発見される事例が在ったと思うが、それと似たような物かもしれない。


「これは酷くやられていますね」

 ただ巻かれていた布を取ると、死体の様子は惨いと言うしかない状態だった。体中切り傷だらけで、特に胸と下半身が酷い。乳房は左右共にズタズタにされていて原形を止めておらず、下半身の触腕は全て切断されていた。

 それに、身体に押されたアルダの聖印の焼印。


「この状態で沼の近くに生えている木の幹に縛り付けられ、晒されていたそうだ。切り落とされた部分は、殆どが獣に持って行かれてしまったのか、発見できなかった。それ以外は、幸い多少齧られたぐらいだったが……」

 何でも乳房はヴィダを信仰する女性にとっては生命の象徴として重要な部位で、下半身の触腕は神話の時代神に成ったスキュラのメレベベイルの象徴らしい。


 つまり犯人達は意図的にスキュラの尊厳を傷付ける壊し方をしている。

 焼き付けられたアルダの聖印、そして死体に刺さったままだった矢はアミッド帝国の討伐軍で使われていた物らしい。


(地球の刑事物なら、証拠が揃い過ぎていて怪しいと思うところだけど……)

 これは明らかに見せしめや挑発の為の殺人だ。犯人が正体を隠すつもりが無いのなら、証拠が揃い過ぎている事を気にする必要はない。


「どうだ、何か分かりそうか?」

「まあ、やってみます」

 死体に触れて、その部分から【霊体化】で伸ばした霊体で内部をスキャンする。


(頭蓋骨に致命傷無し。矢傷も重要な臓器は傷付けていないし……切り傷のどれかが死因か?)

 意外な事に死因がはっきりしない。生活反応……傷を付けられたのが生前と死後のどちらなのかが解れば良かったのだが。


「どうだ? 何かわかったか?」

「君が会わせてくれたオルビアの様子を見て私達、正直ほっとしたのよ。私達、彼女が生きたままこんな酷い目に遭わされたんじゃないかって思っていたから。

 でも、生きていた時と同じ元気なオルビアの姿を見て、安心した……」


 黙ったままのヴァンダルーに色々衛兵スキュラ達が話しかけてくる。やや気が散るが、そのお蔭でふと気が付いた。

「そう言えば、オルビアは自分が殺された時の事を覚えていなかった……」

 最初は単にショックで記憶が飛んだのかと思ったが、それにしても覚えてなさすぎる。精神的なショックで忘れていても霊体に歪みが出るか、何かに怯える等挙動に不自然さが現れるものだが、それが彼女には全く無い。


 生きている人間観察経験はまだ数年だが、死者の観察経験は二度目の人生を含めれば約三十年のヴァンダルーだ。間違いない。


 ならオルビアは精神的なショックで忘れているのではなく、本当に自分が殺される時の事を覚えていない事になる。

 ならまず考えられるのは頭部に攻撃を受けて意識を一瞬で刈り取られた場合だが、既に頭蓋骨や脳に深い傷が無いのは解っている。


(他に心臓、無傷。頸椎、無傷。それ以外の各種内臓はそこそこ傷ついているけど、即死には至らない臓器だ。下半身の方は神経や筋肉は在っても、触腕の根本に在るサブの脳らしい物以外は内臓無し。

 うーん、俺がスキュラの生態を知らないから見つけられないだけかな?)


「すみません、ちょっと俺の頭に触れて暫くじっとしていてください」

「頭に? こうか?」

「このままじっとしていればいいの?」

 やや困惑した様子の衛兵スキュラの二人が、言われた通りヴァンダルーの頭に手を乗せる。


「はい、そのままで。気持ち悪かったりするかもしれませんが、我慢してください」

「えっ? はっ、ぐぅぅぅっ?」

「な、何かがっ、入ってくるぅっ!?」

 そして触れているところから霊体を衛兵スキュラの二人の体内に侵入させる。


 彼女達に、グールや獣人種以上に地球やラムダの人間と姿形が異なるスキュラの生理学を知るために協力して貰うのだ。

(上半身はやっぱり基本ホモサピエンスに近くて、内臓の働きも……肺の作りが変わっている事以外は同じかな? えーと右のお姉さんの胃が荒れ気味っぽい。治しておこう)


 悶えるスキュラ達に少しサービスしつつ、生の生理学をざっと学ぶがオルビアの死因の手掛かりは見つからない。

 もう一度オルビアの死体を調べると、不自然な傷が一つある事に気が付いた。

「指?」

 オルビアの左の薬指に、針が刺さったような小さな傷があった。


 小さくて浅い傷だが……オルビアは死ぬ前に、秘密の恋人から指輪を受け取っていた。

「念のために……」

 死体に残っていた残留思念を読み取ってみる。そこには余程嬉しかったのだろう、呪いの氷や魔術で保存されていた訳でもないのに、鮮明な映像が残っていた。


 左の薬指に指輪を嵌めている自分自身の手の映像が。


 秘密の恋人の姿は不鮮明で姿は確認できなかったが、前髪が特徴的だという事は分かった。


「証拠の指輪を見ないと何とも言えませんけど……反吐が出そうな真実が待っている気がします」

 指輪を渡したオルビアの恋人が怪しい。指輪に毒を仕込んで彼女を毒殺した疑いが濃厚だ。

 しかし、毒は時間が経ち過ぎたのかオルビアの死体からは見つけられない。証拠の指輪も、残留思念の映像だけでは細工がされているか分からない。


 もしかしたらオルビアの恋人は無実で、指の傷はその日偶然棘か何かが刺さっただけ。彼女の死因は隠れていた殺人犯が、即効性の毒を縫った矢を放ったからという事もあり得ない話じゃない。

 今の時点でオルビアに伝えるか悩むところである。


「どーしたもんでしょう」


「うぅ、何を、したんだ? なんだか、お腹が温かいような……」

「も、もう終わり? 終わり、よね?」

 悩むヴァンダルーは、溜め息をついた直後に自分のせいで腰を抜かしてへたり込む、衛兵スキュラの二人に気が付いたのだった。




 スキュラ族の自治区の境界と接している砦の司令官を任されているミルグ盾国出身のクルト・レッグストンは憂鬱な顔で、暫く前から滞在しているマードック・ゼット隊長の報告を聞いていた。

「つまり、レジスタンスをわざと逃がして泳がせ、アジトを割り出す作戦を続行中という事ですか」

「その通りであります」

 レッグストン伯爵家の三男(現在は長男が当主なので、当主の弟という分家の立場だが)で砦の司令官であるクルトに、マードックは言葉だけは慇懃に、表情は見るからに嫌味っぽく答えた。


 器用な男だ。実際、仕事もそつなくこなすのだろう。

「ターゲットのレジスタンスは練度も低く、アジトを割り出せば恐らく数日中に壊滅させられるでしょう」

 マードックは占領軍司令部が任命した対レジスタンス討伐部隊の部隊長だ。占領軍が手を焼いているサウロン領のレジスタンス組織を討伐するため、この砦に滞在している。


 実家の地位も軍の序列もクルトの方が上なのだが、マードックは在る理由から彼を見下していた。そしてクルトも不愉快に思いながらも、それも無理は無いと諦めている。

 何故ならマードックは軍上層部から活躍が期待され、既に幾つかのレジスタンス組織を壊滅させている花形部隊の隊長。

 対してクルトは、ミルグ盾国の前軍務卿であるレッグストン家の三男だが左遷された指揮官だ。


 大失敗に終わった境界山脈への遠征。一つ上の兄のチェザーレが帰らぬ人に――遠征軍の半分以上がアンデッド化して帰ってきてしまった事を考えると、せめてもの幸いだが――なったが、クルト本人は遠征軍には関わっていなかった。

 だから表向きは何の処分も無かった。しかし、やはり連帯責任や他の将兵への引き締めという理由もあって、クルトは本国を離れ、この重要度の低い小さな砦に赴任する事になった。


 何せオルバウム選王国が建国する以前、当時まだ公爵領ではなくサウロン王国だった当時の為政者が、「スキュラ族に自治権を認めたけど、念のために関所を兼ねて砦でも建てておこう」という理由で建てられたのがこの砦だ。

 スキュラ族が無謀な反乱でも企てない限り軍事的価値は、無きに等しい。


 その反乱もアミッド帝国の外務族の貴族が行っている交渉が進んでいるので、まず起きそうにない。

 つまりクルトは念のために配置された警備員の警備隊長程度の存在なのだ。

 ただ本国のパルパペック軍務卿からも「今はほとぼりが冷めるまで、休暇だと思って耐えて欲しい」との手紙を受け取っているので、何時か返り咲けるだろうと腐らず日々務めているのだが……。


(軍務卿殿、自分はこんな不愉快な男と過ごす休暇なら要りません)

 気分的には今すぐ、前線の一兵卒でも良いから仕事を交代して欲しいクルトだったが、それを態度に出す訳にはいかないのでグッと耐える。


「しかしそんな連中を幾ら捕らえても、新生サウロン軍やサウロン解放戦線を捕らえなければ意味が薄いのでは?」

 だが、つい余計な一言が口から出てしまった。しかしマードックは厭味ったらしい笑みを強張らせるどころか深くする。


「確かに、新生サウロン軍の団長、サウロン公爵の隠し子パリス。そしてその弟の副団長、リック。サウロン解放戦線の『姫騎士』を捕らえれば大金星でしょう。

 しかし、重要なのはレジスタンスが我々占領軍によって次々に捕らえられているという実績を、このサウロン領の民草に教えてやることです」


 それによって一般市民のレジスタンスへの期待感は薄まり、反乱の気運も収まる。

 無駄に終わる反抗よりも、大人しく恭順した方が得だと教え込むのだ。


「それに最近は主だったレジスタンス組織がこの近くに集まっているという情報もあるのでね。恐らく、スキュラ共に我々帝国との交渉案を飲ませたくないのでしょうな。

 我が部隊が公爵の隠し子と姫騎士を捕らえ、処刑する栄誉を賜るのは時間の問題でしょう」

 自己陶酔を滲ませてそう断言するマードックに、クルトは彼がギャフンと言う姿を見たいと思ってしまった。


「それは結構な事ですな。ですが、今は交渉がまとまるかどうかの大事な時期。幾らレジスタンスを討伐するためであっても、スキュラ族の自治区には十分な配慮をお願いします」

 アミッド帝国の属国であるミルグ盾国の貴族家出身のクルトは、当然アルダ信者だ。しかしアルダ信者である前に彼は軍人である。上層部の命令は絶対だ。


 その上層部がスキュラ族に対して決戦ではなく交渉で臨むと判断した以上、それに従う事に異論は無い。邪魔をするなど論外だ。

 そのため、マードックの隊がスキュラ族の自治区の近辺で派手な動きをして、彼女達に占領軍からの脅迫だと解釈されて交渉の席で揉める事を憂慮したのだ。


 勿論同じ占領軍所属のマードックが、スキュラ族との交渉について知らないはずはないのでただの確認のつもりだったのだが。

「おやおや、精強で知られるミルグ盾国軍人がタコ女共相手に及び腰ですかな?」

 だが帰って来たのはこの言葉だ。タコ女とはスキュラ族にとって、酷い侮辱に当たる。


 交渉中の今軍人が、それも勤務中に口にして良い言葉ではない。

「マードック殿、くれぐれも注意をお願いします」

 マードックがどんな価値観の持ち主で、スキュラに対して何を考えているのかは知らないが、彼が何かやらかしたらクルトと部下がとばっちりを受けるのだ。重ねて確認するが、マードックから聞けたのは「ご心配には及びませんよ」と言う、全く安心できない返事だけだった。


「交渉が決裂し、スキュラ達が自治区から出て攻め込んで来れば占領軍は勝てる。だが、中途半端に怒らせて籠城でもされたらどうするつもりだ。占領軍の上層部は、自分が手柄を上げる事しか考えていない狂犬に手綱も付けないのか」

 マードックより若いはずのクルトは苦りきった老け顔で、マードックが退室した後そう毒づいた。




 スキュラ族はサウロン公爵領の前身であるサウロン王国が建国されるずっと昔から、この山間の沼で生活していた。彼女達にとっても不便な傾斜のきつい斜面を棚田にし、農業と採集で生計を立て、外の快適な平地に領域を広げようとはしなかった。

 それがスキュラ族の生存戦略だったからだ。


 アルダ神殿主導の聖戦を唱える国々、領土を欲した侵略戦争、中には美女揃いのスキュラを奴隷にしようと戦争を仕掛けてきた国もあった。

 その度にスキュラ達は人間達の軍が不得意な沼で戦い、それでも持ち堪えられない時は家族単位でバラバラに山に逃げた。


 そして何年も何十年も待ち、敵がスキュラ達の土地を扱いかねている頃に襲い掛かって土地を取り戻してきた。


 初代サウロン王が初めてスキュラの自治権を認め、当時の族長の娘を自身の側室に迎え、末の息子を婿に出した。

「その婿に来た国王の末息子の曾孫が――」

「ペリベールさんなの!?」

「うんにゃ。あたしの一番新しい夫と、そこのオルビア」

「そっちっ!?」


 ヴァンダルーがオルビアの死体の検死をしている間、パウヴィナ達は、集落の長ペリベールからスキュラ族の歴史を物語にしたものを聞かされていた。


「つまりボクはお姫様の玄孫で、オルビアさんはボクの伯母って事になるね」

『ちょっと、あんたの親父とアタシは姉弟じゃないからっ! 従兄弟同士だから! オバじゃないのっ!』

 スキュラは四百年程生きる長命種族なので、彼女達にとっては何百年も前の話でも少し前の先祖の話程度だ。


 そして女性だけの単性種族のため他種族の男と婚姻するスキュラだが、子供は半々の割合で夫の種族として生まれてくるそうだ。女児ならスキュラ、男児なら夫の種族と分かり易い。それ以外の場合もあるが、それが起こるのは数千年に一度程度の奇跡的な割合である。


『じゃあ、オルビアさんとプリベルさんは、世が世ならお姫様だったかもしれませんね』

 レビア王女がそう言うと、ペリベールの笑顔に皮肉が混じった。

「まあ、初代国王の様な人の治世が続いていたらね」


 自治権を保証され王族の血縁に成ったスキュラ達だったが、初代国王が崩御して数年後妾だった族長の娘と彼女が産んだ娘達は、新王の決定によってスキュラ族の自治区に戻されてしまった。王位継承権も放棄させられて。

 それ以降も、サウロン王国がサウロン公爵領に変わってもスキュラ族の自治権は認められたが、自治区を出る事も禁じられてしまった。


 存在を認めるが、それ以上は認めない。そんな態度だったそうだ。


「お蔭で自治区に外から来るのは許可証を持ってる商人の隊商と、依頼を受けた冒険者、あと視察に来る文官ぐらいでね。時々そのまま残ってくれる人も居るけど、そこそこ不自由してるよ」

『そんなっ、サウロン領ではヴィダ信仰が盛んなのではないのですか!?』

「また偉い人がアルダ信仰に被れたの?」


 ショックを受けた様子のレビア王女と、首を傾げるパウヴィナにペリベールは「まあ、ヴィダ信仰にも色々あるからね」と答えた。

「中にはアルダ程じゃないが、スキュラやラミアなんかの魔物の血が混じっている種族を差別する宗派もあるのさ。まあ、急に態度が変わったのは宗教絡みじゃなくて政治的な理由らしいって、あたしが子供の頃当時の長が話してくれた気がするね」


 二代目の国王が即位した当時、彼の有力な支持者が前王の寿命が長いスキュラの姫が王宮で長く影響力を持つ事を嫌ったからだとか、そんな事情だった気がする。

 二代目の国王は腹違いの妹とその一族を冷遇するのは本意ではないと、その証拠として当時は色々自治区を援助していたが、三代目以降はそのまま距離が開いていったらしい。


 クーデターや政変が起これば初代国王の血を引くスキュラを担ぎ出そう、逆にそれを危惧するあまり暗殺しよう、等の動きもあったかもしれないが、サウロン王国の治世は安定していた。アミッド帝国という巨大な敵国が誕生し、王国からオルバウム選王国の公爵領に変わっても、為政者の代替わり自体は円滑に行われてきた。


 今は帝国に占領されてしまったが、何百年も前の国王の血筋に誰も価値を見出していないため、扱いは変わっていない。


「それに、ボク達にとってもお婿さん探し以外では悪くない待遇だったから」

「閉じ込められたのに、悪くないの?」

 聞き返すパウヴィナにプリベルは大きく頷いた。

「うん、閉じ込められているお蔭で不自由だけど、何百年も平和だったからね」


 自治区から出る事を厳しく制限されたスキュラ族だが、代わりに彼女達は徴兵の対象にされなかった。サウロン公爵領軍がアミッド帝国の侵略軍と戦っている間も、のんびりと稲作に励みワニや魚を獲って暮らしてきたのだ。

 戦時ではやや税が重くなるが、逆にいうと負担といえばそれぐらい。働き手を取られないので、何時もよりやや多めに狩や漁で獲物を取ればそれで済む。


 スキュラ達から見ると忙しない人間社会と関わらずに済むし、税さえ払っていれば昔と違って集落に攻め込まれる事も無いので丁度良かったのだ。

『ええっと、外の社会に出てみたいとか、そんな事を考えたりは?』


「いや、あんまり。話には聞いてるけど、人種サイズの町って不便そうじゃん?」

「興味はあるけど、苦労してまで行く程じゃないかなって」

『あの人も将来はこの自治領に骨を埋めるつもりだって……て、これ秘密だったっ!』

 このように、あまり外に関心を持たなかったらしい。どうやら、スキュラ族は全体的にスローライフを好む傾向がある種族の様だ。


 サウロン公爵領とスキュラ族自治区は都会の大家と店子の様な、ドライな関係が続いていたため、アミッド帝国に占領されても「隣人の為に戦おう!」なんて気運は全く無いらしい。

 ヴァンダルーが疑問に思った、何処か他人事のような態度もそれが理由だ。ペリベール達からすると、自分達に火の粉がかからないなら誰がサウロン領を支配しようが構わないのだ。


 因みに、以上の事情をサウロン公爵領出身のカシム達元開拓村の面々は知らなかった。彼らは小さな村の出身で、領内にスキュラ族の自治区がある事は知っていても、サウロン公爵領とスキュラ族の歴史的経緯までは知らなかったのだ。


 町の図書館で歴史書を研究すれば別だったろうが、カシム達が冒険者に成って都市に一時滞在していたのは、難民と成ってハートナー公爵領に逃げ込んだ後の話だ。


「最近はレジスタンスの人達が良く来るけどね。一緒に戦ってくれとか、食料や物資を援助して欲しいって」

 ただ、スキュラ族としてはやはり自治権を保証してくれた長い実績のあるサウロン公爵家の方が為政者としては望ましいので、レジスタンスとも交渉は持っているようだが。


「こっそり食料や物資を援助したり、自治区の中を移動したり隠れ家を作るのを黙認するぐらいは良いんだけど、参戦は嫌っていうのが、あたしや他の集落の長の意見なのよ。

 一応義理が無い訳じゃないし、同じヴィダ信者の頼みだけど、一族の者を危険に晒して勝ったとしても、あたし達の利益は少なそうだし。

 まあ、今ヴァンダルー君が調べてくれてる事件のせいで占領軍の言う事は信用できないって言いだす長も居るし、あたしも迷ってるけど」


「あの、母さん? そこまで話しちゃっていいの? ボクも初めて聞く話だし――」

『私とパウヴィナちゃんも居ますし、部外者に聞かせるのは拙い話ですよね?』

 ペラペラと重要情報を話すペリベールに、最初は興味深そうに聞いていたプリベルとレビア王女が、思わずそう質問する。


 しかしペリベールは涼しい顔で、とんでもない事を言った。

「良いじゃないか、あのヴァンダルー君はプリベルの婿に成るんだし、そうしたらみんな身内さ」

「な、なんでそうなるの!?」

『陛下がプリベルさんの婿ですか!?』

 驚くプリベルとレビア王女にペリベールは「いや、だって求婚の儀式したんだろ?」と聞き返した。


「それはそうだけどっ、あの子まだ子供だしっ!」

「もしかして巫女役の誓いを忘れたのかい? 求婚の儀式を必ず果たすってメレベベイルに誓っただろう」

「そうだったっ!」

 どうやら、宗教的な理由でプリベルはあの求婚の儀式で決まった相手を必ず婿にしなければならないらしい。


「ヴァン、ここに住まないよ。時々来る事は出来るけど。後ヴァンの事好きな人多いよ?」

「時々来てくれるなら問題無いよ。人種や獣人種と違って、あたし達スキュラの結婚は子供が生まれて十年くらいで区切りをつけるからね。後、妻や夫の数も決まってないからこっちは問題無いよ」


 スキュラは女性だけの種族なので、夫とは必ず種族が異なる。すると当然寿命も異なる。なのでスキュラ族の結婚は子供が生まれてある程度大きくなるまでで区切る事に成っている。

 更に常にスキュラと同じ人数の夫候補が居る訳ではないので、妻や夫の数は特に決められていない。当人達次第とされている。


 ただ基本的に夫の数が妻より多かった事は無いので、実質的に一夫多妻制である。

 更に区切りをつけると言っても情が通じた相手なので、結果的にどちらかが死ぬまで添い遂げる事の方が多い。逆に、自治区に迷い込んだ旅人が数日だけスキュラと通じて再び旅だったという事も何度かあったそうだ。


 そうスキュラの結婚観を説明し終えたペリベールだったが、それが終わるとパウヴィナとレビアに手を合わせて拝むようにして言った。

「そう言う訳だから何とかならない?」

「良いよ」

『問題ありませんよ』

 そしてあっさり頷くパウヴィナとレビア王女。これには逆にペリベール達が驚いた。


「えっ? 良いのかい? マジで?」

「ねぇっ、別にどうしてもあの子を婿にしないとダメって訳じゃなくて、ダメならメレベベイルに何日か……多分一月以上だけど、祈祷して許してもらえばそれで大丈夫なんだけど……」

『安請け合いして良いの? あの子、アタシのあの人と同じくらいモテそうに見えるんだけど。何か変なオーラ出てる感じで』


 聞き返す三人に、パウヴィナとレビア王女は「問題無し」と再び答えた。

 現時点でヴァンダルーは一夫多妻制が決まったも同然なので、そこにプリベル一人が加わっても大して変わらないのだ。スキュラの結婚観もグール同様かなり緩いので、諍いに成る事も無いだろうし。


 エレオノーラとベルモンドは意見があるかもしれないが、結局反対はしないだろう。アンデッドのリタとサリアも反対はしないはずだ。彼女達の目には常日頃ヴァンダルーの周囲に擦り寄る無数の霊の姿が見えているのだし。

(それに、この集落の長のペリベールさんと血縁に成る事は陛下にとってプラスの筈!)

 そしてレビア王女はそう打算も働かせていた。政治に疎い彼女だが、偶にはこれぐらい考えるのだ。


「じゃあ、問題無いねっ!」

「えええっ!? と、とりあえず本人にも確認しようよ!」

『何々? あの子に何か不満でもあるの、プリベル? 将来はあの人と同じくらい良い男に成るよ、きっと』

「オルビアさん、『あの人』について教えてくれないと何の保証にもならないって。まあ、後何年かしたら……」


 プリベル達生きているスキュラも霊のオルビア程ではないが、【魔道誘引】の影響を受けている。だからプリベルも満更でもない様子だった。どの道、誰かを婿にする予定ではあったのだし。

『でも、陛下はダンピールですが大丈夫ですか? 今、アミッド帝国と交渉中なんですよね。後、何年かくらいではまだプリベルさんより幼い外見のままかもしれませんよ』


 自治区が今交渉している占領軍が属する帝国では、ダンピールはアンデッドの一種として扱われているので討伐対象である。



「ダンピールか。知られたら占領軍が煩くなるだろうけど……知られなければ良いから、秘密にすればいいか。それに今すぐじゃなくて、何年か後の話だし」

 しかし別に構わないらしい。


「寿命にしても、人種の数倍ぐらいなら寧ろ丁度良いじゃないか。あたしら、四百年生きるし」

『いえ、陛下はダークエルフとのハーフですが』

「あー、問題無い問題無いダークエルフとの……ダークエルフ!?」

 レビア王女がそれを気にして確認を取ると、ペリベール達はギョッとして驚いた。


「ヴァン君の片親ってダークエルフだったの!? ボク、獣人種か巨人種の血が混じってる人種とのダンピールだと思ってた、体も小さいし獣の耳と尻尾も無いし」

『アタシもダークエルフとのダンピールだとは思わなかったよ。初めて見た』


 どうやら、プリベルとペリベールは、ヴァンダルーがダークエルフのダンピールだとは思わなかったらしい。

 あの病的な肌の白さで、気が付けというのが無理ではあるが。


 人種とのダンピールだと寿命は三百歳から五百歳でスキュラと近い。しかし、千年を生きるダークエルフとのダンピールだと、三千年から五千年。差は圧倒的である。


「ダークエルフか~。まあ、良いんじゃない?」

「そうだね」

 だが、結局あまり気にならないらしい。


「種籾やカモやヒュージカピバラの番だけで、オルビアの仇を見つけてくれるって坊やをそれだけの理由で嫌ったら、それこそヴィダとメレベベイルから罰を当てられちまうからね。

 プリベル共々オルビアをよろしく頼むよ」


「うん、任せて!」

『ちょ、ちょっとっ! 族長、パウヴィナちゃんっ、アタシはあの人の無事を確認したら輪廻の環に還るってばっ!』


「オルビアさん、あの子にレビアさんと同じようにテイムされたんじゃないの? だったら一緒に居ようよ~」

「普通だったらあたしも輪廻の環に還る事を勧めるけど、レビアさんと同じようなアンデッドに成れるなら大丈夫さ。残っちゃえ残っちゃえ」

『そんな気軽に~っ、だからアタシには心に決めた人が居るんだってっ』

『あの、オルビアさん、別に陛下にテイムされた人は皆陛下の恋人や愛人に成らなければならない訳じゃありませんからね』


 そんなガールズトークで盛り上がっていると、外から「長、良いですか?」と声をかける者が居た。

「今来客中だから、そこから用件を言いな」

 瞬間的に長の顔に成ったペリベールに、外から声をかけて来た者は幾分躊躇った後「明日、客が来るそうです」と答えた。


「お客さん? 占領軍の人だったら、あたし達それまでに出てくけど――」

「いんや、ただ『客』って言った時は、レジスタンスの事さ」

 ヴァンダルーが腰を抜かした衛兵スキュラの二人を【念動】で運びながら帰って来たのは、それからすぐだった。




・魔物解説:スキュラ


 『生命と愛の女神』ヴィダと魔物(具体的な記録は残されていない)の間に生まれた、美女の上半身とタコの下半身を持つ種族。

 他の外見的特徴として、緑色の髪や瞳を持つ個体が多い。


 外見通り水中に適応した種族で人魚ほどではないが水辺を好み、池や湖、沼地、川辺で暮らす事を好む。ただ好むというだけで、見た目以上に乾燥に強い。

 その生態からリザードマンとは人種以上に領土を争う事が多い。


 素のランクは3で、集落単位で暮らしている群れにはほぼ必ずランク5以上の長が存在する。

 主な武器は下半身の触腕で、【格闘術】と【鞭術】のスキルを習得している事が多い。また生まれつき【怪力】スキルを獲得しているので、上半身の細腕も見た目にそぐわぬ腕力を秘めている。


 触腕の先端や上半身の指からタコの様に墨を出す事が出来、それを目潰しに使用してくる事がある。


 またその出自の為か、生命属性や水属性、土属性の魔術を習得している者が多い。

 スキュラと戦う時は水辺が戦場に成りやすい為、ランク以上の強敵に成る場合が多い。


 太古の時代は水辺で溺れている演技をして、助けようと水に飛び込んだ男を攫う魔物として恐れられていたが、それはスキュラ族に伝わる求愛の儀式で、彼女達から見れば歌と踊りで夫に成る男を誘っていただけだった事が研究者の間では知られている。


 生息地として最大なのは、バーンガイア大陸のサウロン公爵領(現在はアミッド帝国占領下)の南端に位置する自治区だが、他にも小規模な集落が点在している。


 因みに神話の時代、スキュラの始祖やその娘達は触腕の先端が狼や竜、蛇等の頭になっていたと当時の文献の写本には記されている。しかし現代ではこの記述を、アルダ神殿がヴィダの新種族の一種であるスキュラに邪悪なイメージを付けるための虚偽であるという説を支持する研究者が大多数である。


 討伐証明は特殊な形をした尾骨。素材としては胆や上半身の骨が錬金術の素材に、下半身の触腕が食用に成る。又、墨袋の墨がインクや染料の材料に成る。


 ただし既にスキュラの大多数が陽気で人と交流できる理解力のある存在である事が知られているため、アミッド帝国等、融和派以外のアルダ神殿の力が強い場所でなければ討伐依頼はまず出されない。

ネット小説大賞最終選考を通過しました! これも皆さんの応援のお陰です。ありがとうございます!


5月25日に109話、26日に110話、29日に111話を投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
どっかで人間とスキュラのラブラブしっぽりじゅるんじゅるんのエ◯漫画読んだの思い出した 人間の息子とスキュラの娘量産してめでたしめでたしって奴
[一言] また一人未来の嫁が増えましたね。
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