百四話 手の施しようがありませんが、米が欲しい
アミッド帝国に占領されている旧サウロン公爵領のある山に、数人の男達がいた。
彼等のすぐ前で、ぐねぐねと触腕が蠢き水面を叩き泥水が跳ねる。
「こいつっ、まだ生きてる!?」
「う、撃てっ、撃てぇっ!」
それに狼狽した弓兵が慌てて緑色の液体が付いた矢を短弓につがえ、弦を引き絞る。
「狼狽えるなっ、もう死んでいるっ!」
そう癖のある前髪を伸ばした整った顔立ちの青年が制止するが、弓兵達の放った矢がかくんかくんと不気味に揺れるそれの上半身に幾本か突き刺さった。
だが、触腕は蠢くのを止めない。青年は舌打ちをして、弓兵達を叱責した。
「事前に説明しておいたはずだぞ、こいつ等の下半身は死んでもすぐに動きを止めないと。首を落されても、それこそ上半身を切断しても暫く蠢き続けると。
タコと……」
タコと同じだと説明しようとして、青年は止めた。海沿いの町で育った自分とは違い、弓兵達の多くが内陸出身でタコという生き物が居る事は知っていても、干物や酢に漬けた状態でしか見た事が無いのを思い出したのだ。
「蜥蜴の尻尾と同じだ。あれも暫く跳ね回るだろう」
実際には違う理由なのだが、今青年が弓兵達に与えるべきは正しい教養ではなく落ち着きだ。
「な、なるほど」
「確かに……流石リック副団長は博識だなぁ」
狙い通り、弓兵達は落ち着きを取り戻すと弓を下げた。彼等が使う矢と鏃に塗った毒は特別な物なので、無駄撃ちさせる余裕は無いのだ。
「あまり気を緩めるなよ、動かなくなったらそれを晒さなければならないのだからな」
「魔石や素材はどうします?」
「当然手を付けるな。資金難だが、万が一にも我々がこいつ等を殺した犯人だと露見するのは拙い」
「それもそうですね」
部下が解体用のナイフを鞘に納めるのを見届けてから、リックは触腕の動きが鈍くなってきたそれに視線を戻す。そしてバランスを崩して沼に倒れ込んだそれ……スキュラの女性に歩み寄った。
信じられないといった様子で目を開いたままの彼女の、だらりと垂れさがった泥まみれの手を取る。
「悪いが、これは返してもらう。次も使うのでね」
そして細い指から、つい先ほど渡した指輪を抜き取った。
「処理しろ」
リックの指示に従って、短弓から手斧に持ち替えた弓兵達がスキュラを醜悪なオブジェに加工していく。
全ての触腕を切断し、首から下の上半身、特に乳房を中心に傷を付ける。
「毎回思うのですがリック副団長、何でここまで胸を切り刻むんで? それに触腕一本一本を切断するより、腰から一気に【斧術】で切断してやれば早いじゃないですかい?」
「こいつ等にはこの方が屈辱的なのだ。私には理解できないが、下半身の触腕はスキュラにとって人の女の髪に匹敵する、誇るべき部位らしい。
そして胸はヴィダ様を信仰する女にとって母性を象徴し、聖印のモチーフであるハートを納める場所だ。それはこいつ等にとっても同じことが言える。
こいつ等の死体を辱めるなら、面倒でもこの方が効果的だ」
そして顔を傷つけないのは、死体を発見した他のスキュラ達が身元を特定しやすいように。
「なるほど……」
つまり無駄なく文化的にも信仰的にも重要な部位を狙い撃ちにしているのだ。相手が人ではないと言え、ここまで合理的に死体を壊せるものなのかと、質問した男は顔色を悪くした。
「そんな顔をしてくれるな」
そんな部下にリックは小さく苦笑いを浮かべて見せた。
「私が楽しんでやっているように見えるか?」
「え? でも、副団長はスキュラを嫌っているんじゃないんですかい?」
「確かに私はスキュラを軽蔑している。だが、それだけで自分に好意を持っている、仮にも女性を毒殺して死体を弄ぶ猟奇趣味は持ち合わせていないつもりだ」
苦笑いを深くしたリックはそう言い、言葉を一度切ると表情を引き締めて真剣な顔で言った。
「この作戦は確かに誰にも誇れない、恥ずべきものだ。とても正義とは言えない、下衆な行いだ。
しかし、忘れないでほしい。我々は圧倒的に弱い立場だ。手段を選んでいては勝利などできない、そして我々が勝利できなければ、この国は救えない。今まで死んでいった仲間達も、我々が殺したスキュラ達すらも無駄死にになる。
決して失望はさせない。私と兄を信じ、着いて来て欲しい」
「「「はいっ! リック・パリス副団長! 何処までも着いて行きます!」」」
リックの演説に感極まった部下達が口々に賛同する。自分の手を汚す事も厭わない指揮官と自分達を孤高のヒーローか何かと同一視しているのか、崇高な目標の為に戦っているという優越感に酔っているのか。
そしてリック達はスキュラの死体を沼の縁に生えている木の幹に縛り付け、最後に仕上げを施してから去って行った。
血と泥にまみれた凄惨な死体と、沼の泥に混じった触腕や肉片が放置された。
赤毛の美女が、手術台に四肢を頑丈な鎖で幾重にも拘束されていた。
「…………」
身に着けているのは薄い妙な布一枚で、真っ白な背中や腿の付け根が晒されている。そしてそこには、縮れ引き攣った傷跡が残っている。
美しいが妖しげな歌声が響くなか、音も無くその傷跡に蠟を縫ったような白い手が迫る。
「メス……では無く鉤爪」
「切開」
『ポーション投与』
『三番パーツ』
そして手際良く何かが進んで行く。
迷いの無い手つきで美女の肌を、その下の肉をメスよりも鋭い鉤爪が切開する。その手際は正確で、驚くほど出血が少ない。
しかし麻酔もせずに外科手術をしているため、その度に美女の背筋や肩がビクリと震え、小さく呻くような喘ぎ声が洩れる。
「最後にポーションをかけて、手術終了。ご苦労様でした」
「うむ、良い仕事だったよ、師匠」
『『『~♪』』』
「ええっ!? もう終わってしまったの!?」
うつ伏せに成っていたエレオノーラが顔を上げると、「終わってしまったのですよ」と答えるヴァンダルーが居た。
鉤爪を納めた彼はエレオノーラを拘束していた鎖を解くと、手術助手のヤマタと整形手術の後片付けを始める。
「エレオノーラの手術は、そんなにかからないって前もって説明したじゃないですか」
ライフデッド化したテーネシアのパーツを移植して行う整形手術は、エレオノーラの傷跡が数カ所しか無かったとしても、地球なら大手術だろう。
皮膚だけではなく、その下の肉や血管まで移植しているのだから。
しかし、執刀医がヴァンダルーで患者がエレオノーラだと、簡単な施術だ。
【霊体化】した一部を患者の身体と同化させて体内から出血を抑え、巧みな鉤爪捌きと、そこから分泌する薬剤で再生を促す。
エレオノーラも、部位欠損を再生させる事が出来る貴種吸血鬼だ。【状態異常耐性】スキルのせいで麻酔は殆ど効かないが、そもそも痛みに強いのでこれくらいなら問題無く耐えられる。
……それなのに何故四肢を拘束されていたのかというと、「万が一、身体が動いてしまったら大変だし、ね?」とエレオノーラ本人が希望したからである。
「でもっ……もうちょっとっ……」
「現在の医学では手の施しようがありません」
健康体に医学は無力である。
エレオノーラは味方を求めて思わずヤマタに視線を向けるが、返って来るのは歌っている三つの首以外の六つの首の輝きの無いどろりとした瞳だけだ。
テーネシア謹製の、竜種のヒュドラの中でもランクアップした個体をベースに九人のそれぞれ種族の異なる美女の上半身を首にくっつけた合成ゾンビで、ヴァンダルーも「この人凄い便利」と気に入って色々【手術】スキルで手を加えているが、知能自体は普通のゾンビのままだ。
命令された事以外は殆ど何もしないし、思考力も幼児並だ。
「私はもう少し見せてもらっても構わないのだがね」
代わりに味方になったのがルチリアーノだ。
平気な顔でこの場にいる彼だが、エレオノーラは彼を異性として認識していない。彼自身の「あ、私はアンデッド以外に興味無いから」という手術前に放たれた言葉の説得力が大き過ぎるのである。
「君とテーネシアのパーツが融合する過程は、非常に興味深い。最初は互いに反発し合うのに、師匠の血から作ったブラッドポーションをかけた途端、見る見るうちに一つに成って縫合の必要すら無い。まさしく、変化だ」
ルチリアーノが言う様に、エレオノーラの身体には縫合等の手術痕が全く見られない。流石にパーツを移植したので、肌の色がやや異なる部分があるのは仕方ないが、この分ならすぐに融合して馴染みそうだ。
「そういう訳で師匠、もう少し移植手術をしてくれないかね?」
「だからもう健康体です。エレオノーラ、念のためにブラッドポーションをもう一本飲んで、後は安静にしていてください」
「仕方ないわね……あぁっ……!」
諦めて白い喉を小さく鳴らしてポーションを飲むと、エレオノーラの瞳が妖しく光る。やはり材料に血を使うからか、ブラッドポーションは吸血鬼に通常とは異なる効果を及ぼすらしい。
「良いのかね、師匠よ?」
「んー、害がある訳ではなさそうなので、良いでしょう」
「旦那様、私は若干不安なのですが」
手術を部屋の端で見学していたベルモンドは、妖しげな様子のエレオノーラに若干冷や汗をかいていた。
(私があんな顔を? とんでもない。私のような醜い者があんな表情をして見せたら、旦那様に疎まれて……その前に自己嫌悪のあまり自害するのを抑える自信が無い)
そう怯えるベルモンドだが、既に手術の準備は整っており、今から止めて欲しいと言える空気ではない。
「せ、せめて完全に意識を落として手術をするのは……?」
「意識が無いと逆に【高速再生】スキルの効果が落ちますし、ポーションを飲んでもらう時に困るので起きていてくれると助かります。
大丈夫です。ヤマタの歌もありますし、痛いのは最初だけではなく最後までですが、出来るだけ抑えるので」
でも天井の染みを数えている間に終わる事は無い。ベルモンドの場合はエレオノーラと違って移植する部分が多いので。
「では、私を旦那様の魔術で【幽体離脱】させるのは如何です?」
「出来なくは有りませんが、それで【並列思考】の枠が一つ埋まってしまうので。万が一の事態を考えると、余裕は確保しておきたいのです」
患者が生命力の強い貴種吸血鬼のベルモンドなのでまず重篤な医療事故は起きないだろうが、それでも万が一を想定するべきだろう。
「くっ、流石旦那様。隙が無い」
「それは無いだろう、私情も私欲も挟んでいないのだから」
呻きながら賞賛するベルモンドに、ルチリアーノが自分で淹れたシダ茶を啜りながら言う。
「ふふふっ、安心なさい。すぐに何もかも快感に成るわ」
「エレオノーラ、そろそろ部屋を出て服を着て休んでいてくださいね。ベルモンドが不安がりますから」
『こっちですよー』
『安静にしましょうねー』
「ああ、ヴァンダルー様がいっぱいっ♪」
【霊体化】で増えたヴァンダルーの分身が、やはり若干トリップした様子のエレオノーラを手術台ごと運び出していく。どうせこうなるだろうと、もう一つ作って置いた手術台を設置し直して、準備万端。
「それにしてもこのブラッドポーション、そんな効果が本当にあるんですかね?」
自分が飲んでも回復等のポーションとしての機能以外は、ただ甘くて飲みやすいだけなのだが。
「それはそうでしょう。ご自分の血なのですから」
どうやら、流石の吸血鬼も自分の血には食欲を覚えないらしい。
「……じゅるり」
しかし、それまで常に虚ろな顔をしていたヤマタがブラッドポーションを見る時だけは、瞳に原始的な食欲の輝きを宿らせる。ヴァンダルー以外の吸血鬼やゾンビにとって、ブラッドポーションは美味であるらしい。
ベルモンドの手術はヴァンダルーの技術でも、十時間を超えた。
エレオノーラのように皮膚とその下の肉だけではなく、場所によっては骨や、そして幾つかの臓器まで移植したので、たった十時間しかかからなかったと誇るべきかもしれない。
「【霊体化】で調べたところ、幾つかの臓器が傷付いたままなので、この機会にリニューアルしましょう」
ベルモンドは吸血鬼化しているため、別にそのままでも日常生活は勿論戦闘にも問題は無い。しかし、物はついでと言わんばかりに生体臓器移植までやってしまったのである。
将来治したくなった時、テーネシアライフデッドが何かの事情で使えなくなっていたら面倒だからと。
(旦那様は楽観主義なのか悲観主義なのか、良く分からない方だ)
そう溜め息をつくベルモンドは、ベッドから立ち上がると「手術後に見たいだろうから」と用意された姿見の前に向かった。
レビア王女が砂を熱し、それをヴァンダルーの【ゴーレム錬成】で不純物を取り除いて形を整えたガラスを使った姿見である。
「つくづく、とんでもない方だ。この姿見を見たら、王侯貴族も放っておかないだろうに」
ガラス製の滑らかな鏡がどれ程の価値があるのか、旦那様は知らないのだろうか? そう思いながら曇り一つ無い鏡面に映る自分を見つめる。
そして覚悟と共に、羽織っていたローブを落とす。
「……っ!」
鏡には、ベルモンドであってベルモンドでない存在が映っていた。思わず息を呑み、驚きのあまり魔眼を発動させかけてしまう程に。
傷痕だらけだった肌は移植する時に変色したのか妙な形の痣に成っているが、とても滑らかだ。
無きに等しかった……場所によっては肋骨に皮膚が張り付いているだけだった胸は、大きく柔らかに膨らんでいる。その重さには手術直後から驚いていたが、改めて見ると恐ろしい迫力だ。少し動く度に揺れるし、重い。
腹から下腹部にかけては、やはり皮膚だけではなくその下の肉や臓器の一部を移植したので、やや太くなってしまった。
しかし太ったようには見えない。元々ベルモンドが細すぎたのだ。今の方が女性的な曲線がついたと、好む者は多いだろう。
だがヴァンダルーがベルモンドの手術で最も時間をかけたのは、それ等ではない。時間をかけたのは、魅惑的な曲線を描く尻――の上に移植された長い尻尾である。
艶やかな毛並みのベルモンドの背程も長いその尻尾は、『鱗王の巣』で討伐した猿……っぽい魔物の尻尾だ。
キマイラの変種らしいが、誰も名称を知らなかった。ヴァンダルーは「ヌエっぽいかな?」と首を傾げていたが、ダンジョンを発生させた『暴邪龍神』ルヴェズフォルが逃げたので、誰も正確な名前を知らなかった。
ただ銀色の光沢が艶やかな毛並みの長い尻尾は美しく、不満は無い。
その尻尾を付けるだけなら簡単だったが、尻尾を自由自在に動かせるようにと腰だけではなく筋肉や神経を繋ぎ、何故か頭の中まで少し弄られた。
何でも、元は密林猿系獣人種であるベルモンドの脳には尻尾を動かすための場所があるそうだが、それは尻尾を無くした後時間が経つと無くなってしまうらしい。
そこで死属性魔術でそれを再生させたそうだ。
「……ルチリアーノ氏に退出を願ったのは幸いでした」
この世界に無い医療技術の話は、ベルモンドの理解も追いつかない。彼女に分かるのは、手術中……特に脳を施術されている間、自分がどれ程見苦しい状態だったかという事だけだ。
だが、それに耐えた甲斐あってベルモンドの尻尾は彼女の意思で自在に動いた。あまり覚えていないが、先天的に生えていた尻尾よりも器用に動く気さえする。
尻尾以外の身体もそうだ。移植されて一日と経っていないというのに痺れるような感覚は無く、抓れば痛みを感じる。指先でくすぐるように撫でても、それを感じる事が出来る。
この皮膚や肉が他人の物だったとは、とても思えない。
流石に体つきが大きく変わったので、やや違和感は覚える。手足の指は手術前と同じように動かせるが、普段の生活などで気を付けなければならないだろう。
少なくとも、服は全て新調しなくてはならないだろう。以前の服では胸も腰も臀部も収まりそうにない。替えなくて良いのは、靴くらいか。
「それは旦那様に骨を折っていただきますか。私をこんな体にした責任を取っていただかないと……これは?」
念のためにベルモンドが自分のステータスを確認した、その時だった。
「どうしました? あ、でもその前に目を開いても大丈夫ですか?」
ベルモンドの隣のベッドで寝ていたヴァンダルーが声を出した。当然だが、十時間の手術は彼にとって重労働だったのだ。
単純に、今が子供は寝る時間というのもあるが。
「起きていたのですか。しかし、瞼を開かずに目覚めるとは器用ですね」
「地球では寝起きに何かを見てしまうと、色々な悲喜劇が起こるものなので」
俗に、ラッキースケベと呼ばれる現象である。因みに、この手のそういう現象にヴァンダルーは地球で遭遇した事は無い。
「既に手術室で飽きるほど見ているでしょうに。それに、私は旦那様の情けで拾っていただいた身分なのですが……それは兎も角、ステータスに異常が少々ありまして」
「異常? 状態異常か何かが出ましたか。ではすぐに再手術を」
瞼を閉じたままヴァンダルーが、ベッドから起き上がった。筋肉や脂肪、臓器や骨、神経や脳まで施術を行ったので、元々何かの副作用が起こる事は予測していた。
その可能性はエレオノーラよりもずっと高い。それもあって近くで休んでいたのだ。
「いえ、恐らく旦那様が心配している異常とは、趣が異なるかと」
「ベルモンド、今すぐ命の危険が無いのは分ります。ですが、副作用を放置すると悪化する危険性が――」
「ステータス上の種族が、貴種吸血鬼から、深淵種吸血鬼に変化しました」
「うわー、それは想定外でした」
まさか副作用で種族が変化するとは、想像しなかったヴァンダルーだった。
ベルモンドによれば、ランクや能力値は変わっておらず、また新しいスキルを獲得した訳でもないそうだが……種族が変わって何の変化も無い筈が無い。
まだ変化が表に出ていないだけと考えるべきだろう。
その後、エレオノーラの種族も深淵種に変わっている事が判明した。
「ブラッドポーションの飲み過ぎでしょうか?」
とりあえず、悪い事ではなさそうなので経過観察が必要だろう。
《【手術】、【錬金術】、【導き:魔道】スキルのレベルが上がりました!》
ガラガラと夜空に車輪の回る音がする。
『ははははっ! 実に爽快な気分ですなぁ!』
ナイトメアキャリッジのサムは、紅い目を炯々と輝かせ、月夜を爆走していた。
『坊ちゃんも如何ですか!?』
「御者台に出ると風圧で顔が歪みそうなので、遠慮しておきます」
荷台で寛いでいるヴァンダルーは、そう答えた。
現在サムが【空中走行】スキルで走っているのは、雲よりも高い上空だ。気圧も地上とは異なり、冷気は真冬よりも厳しく感じる。
アンデッドであるサムとその一部である馬は問題無いが、御者台に出るとそれらが容赦無く襲ってくるので、爽快感と引き換えにするにはやや厳しい。
「でもやっぱりサムは便利ですね」
『ちゅう、空を飛んで……走っているとは思えない快適さですな、主』
『高……い゛ぃ』
「ねえヴァンっ、お外見たいっ!」
だが荷台は地上と同じ気圧に保たれている。密閉性皆無の筈なのだが、サムの【快適維持】スキルのお蔭で気温だけではなく、気圧や風圧の影響が抑えられているのだ。
「パウヴィナ、地上に降りる前に見ましょうね」
「え~」
『え゛ぇぇぇ』
『『『え~♪』』』
「ヤマタ、謳わなくて良いですよ」
『あんてんしょんぷり~ず、お飲み物は如何ですか~?』
『リタ、あんてんしょんじゃなくて、アテンションですよ』
この夜、ヴァンダルー達は現在アミッド帝国に占領されている旧サウロン公爵領に向かっていた。
目的は、勿論地球のジャポニカ米に近いらしいサウロン米の種籾を手に入れる為。そしてヴィダの新種族であるスキュラ族に会うため、そして情報収集である。
サウロン領出身のカシム達によると、彼らは実際には見た事が無いが、サウロン公爵領には昔からスキュラの自治領が存在するらしい。限られた商人や貴族以外殆ど行き来が無い為、詳しい事は知らないらしいが。
スキュラに死属性魅了……【魔道誘引】の効果があるかは不明だが、一応ヴァンダルーは『ヴィダの御子』だ。それなりに好意的に接してくれる可能性はある。……それを信じてくれればだが。
それでもし困っているようなら取引を申し出て、ダンジョンを設置して行き来できるようにし、交易やもしもの時の軍事条約を結んでおきたい。
(領土も戦力も増えたけど、タロスヘイムがあるのは閉ざされた僻地。内側に籠るだけではなく、外と積極的に関わらないと、何時か詰む)
勿論、積極的にただ外交すれば良いという訳ではないが――。
(それに将来俺が魔王呼ばわりされて世界の敵扱いされても、味方に成ってくれる勢力が欲しい)
既に魔王の欠片が二つに、危険な名前のスキルや二つ名を数える気にもならない程獲得してしまった。もし将来名誉貴族に成るのに失敗したら、貴族どころか世界的な討伐対象にされてしまうかもしれない。
なので、まずサウロン領のスキュラを味方につけたい。今サウロン領を支配しているのは、どう転んでもヴァンダルー達の敵にしかならないアミッド帝国だ、多少周りを荒らしてもオルバウム選王国と揉める事にはならないだろう。
後、残り二人の原種吸血鬼とハインツの情報が手に入るなら手に入れておきたい。テーネシアから手に入れた情報でグーバモンやビルカインの隠れ家などを幾つか見つけ出したヴァンダルーだが、既にそこは引き払われた後だった。
どうやら、既に対策を打たれてしまったらしい。
また一から情報を収集しなければ。その際、二人の側近を殺させるのにハインツを利用できれば楽なのだが……。
『坊ちゃん、そろそろ山脈を越えますぞ!』
因みに、【迷宮建築】スキルで転移せずに空路を進むのは、転移だとヴァンダルー以外は植物とゴーストと蟲、蟲に寄生された者しか運べないが、サムだと一度に大勢運べるからだ。
だが、山脈の上層部や上空にはランク10のハリケーンドラゴンを始め、飛行可能な高ランクの魔物が住みつく魔の空、魔空と化している。
『しかし、そろそろお客さんです!』
縄張りを荒らす妙な侵入者に向かって、稲光を発しながら咆哮を上げるハリケーンドラゴン。【導き:魔道】の効果を受けているサムでも、まず敵わない大物だ。
「先生、出番です」
「先生? まあ、行ってまいります」
『ベルモンドさん、こういう時は『どーれ』って言うのよっ、『どーれ』って!』
「どーれどーれっ!」
「は、はあ。どーれ?」
何故かはしゃいでいるダルシアとパウヴィナのリクエストに答えたベルモンドが、荷台から御者台へ、そして空へ飛び出す。
「では、援護を頼みますよ」
『おおおおおおおぉぉぉぉんっ!』
サムの後方を飛行していたクノッヘンの骨の濁流と毒のブレスがハリケーンドラゴンに襲い掛かり、動きが鈍ったところに金属糸が翼に絡みつく。
ランク10のハリケーンドラゴンと言えど、同じくランク10のベルモンドとランク9のクノッヘンの連携の前には、一頭では敵わないのだった。
・名前:バスディア
・ランク:7
・種族:グールアマゾネスリーダー
・レベル:55
・ジョブ:魔戦士
・ジョブレベル:79
・ジョブ履歴:見習い戦士、戦士、見習い魔術師、魔術師
・年齢:外見年齢27歳(31)
・パッシブスキル
暗視
怪力:6Lv(UP!)
痛覚耐性:3Lv(UP!)
麻痺毒分泌(爪):4Lv(UP!)
魔術耐性:3Lv(UP!)
直感:3Lv(UP!)
斧装備時攻撃力強化:小(NEW!)
・アクティブスキル
斧術:8Lv(UP!)
盾術:6Lv(UP!)
弓術:5Lv(UP!)
投擲術:4Lv(UP!)
忍び足:3Lv(UP!)
連携:5Lv(UP!)
無属性魔術:3Lv(NEW!)
風属性魔術:5Lv(NEW!)
水属性魔術:5Lv(NEW!)
魔術制御:3Lv(NEW!)
料理:2Lv(NEW!)
魔斧限界突破:5Lv(NEW!)
ネット小説大賞に参加しました。宜しければ応援お願いします。
5月13日に105話を、17日に106話を、18日に107を投稿する予定です。




