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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第五章 怪物の遠征編
120/515

閑話10 ロドコルテと二人の選択

 どうやら、ヴァンダルーが【導士】にジョブチェンジしたようだ。

 あのベルウッドやザッカートが至った、勇者の条件であるジョブに。

 信じがたい事だが、事実である。


 だが、その結果彼が起こした事態の方が信じがたい。

『まさか、人を人のままヴィダの輪廻転生システムに導くとはっ!』

 一斉に起こったエラーに対応しながら、ロドコルテは戦慄を禁じ得なかった。

 これまで吸血鬼やグール等のヴィダの新種族は、儀式で人間を自分の種族に変えて来た。それは自らの血を与える事だったり、自分の血を混ぜた泥に数日漬ける事だったり、種族ごと内容に違いはあるがそれなりに手間や時間のかかる物だった。


 それに種族が変わるというのは、人間にとって魅力以上に大きな忌避感を抱かせる。抱かせるように、アルダ達も教えている。


 吸血鬼なら永遠に近い寿命を得られるが、代わりに二度と日光の下を歩けなくなる。それに、他者の血を啜って生きなければならないのも抵抗があるだろう。

 それにグールや他のスキュラやラミア、アラクネ等の種族は人間だった時と比べて姿が目に見えて変わるので、忌避感や嫌悪感を抱かせやすい。


 そしてそれらを促すために聖人の逸話や英雄の叙事詩、自らの神話で、ヴィダの新種族に変化する事を忌避するよう工夫を凝らしてきた。


 地球等に在るその手の話以上に、吸血鬼は花嫁にしようとした乙女に拒まれ滅びるのだ。「君も太陽を選ぶのか」と嘆きながら。

 それでも自らの意思でヴィダの新種族へ変わる者が出続けるのが頭の痛い問題だったが、今起きている事と比べれば微痛と言える程度だった。


 何故ならヴァンダルーは【魔導士】にジョブチェンジした事で無自覚に人を導くようになった。ヴィダの輪廻転生システムへ!

 既にタロスヘイムの国民だった人種やドワーフは、人種やドワーフのままヴィダの輪廻転生システムに組み込まれてしまっている。


 何故ヴァンダルーが国民をヴィダの輪廻転生システムに導くのかは、彼自身がヴィダのシステムに組み込まれているからだろう。

 これはロドコルテにとって疑似転生と同等に恐ろしい事態だった。


『種族も何も変わらない以上、人間達には何が起きたのか全く自覚が出来ない。輪廻転生の秘密を知るのは我々神のみ、無論それを明かす事も出来ない』

 タロスヘイムの国民達は、自分が属していた輪廻転生システムが変わった事を自覚できない。導いたヴァンダルー自身でさえ気が付いていないだろう。


 人にとって何か目に見える儀式を行う訳ではなく、システムが変わっても肉体や精神に変化も無いので、何が起きたか分からない。これではアルダ側の神々が事態を知ったとしても、何を禁じれば良いのか分からないだろう。

 名指しでヴァンダルーを神敵と定めて、討伐を促す等極端な手段しかないはずだ。


 それでは今までと何も変わらない。


『やはりヴァンダルーを抹殺するしかない』

 一度導士に至った以上、ヴァンダルーはこれからも無自覚に他人を導く。全ての人間が応える訳ではない、だがあのタロスヘイムの生活水準の高さは大きな魅力になる。

 結局ロドコルテに出来るのも、今まで通りヴァンダルーを抹殺する事だけか。


「いや、和解への道を模索するとか色々あるでしょう?」

「それ以前に、訳が分からないのだが。何で俺達は死んだんだ?」

 それを半眼で見つめるのは、二人の転生者だった。


 生真面目そうな女、島田泉。何処かぼんやりとした顔つきの男、町田亜乱。二人は何時の間にか、特に亜乱は死んだ自覚すら無いまま、この場に居た。

 そしてよく分からない理由で唸っているロドコルテを暫く眺めていた訳である。


 二人も輪廻転生システム等の詳しい事情は知らないが、目の前の神が酷く極端な思考プロセスを経て結論を出した事は分かった。


「島田さん、何があったか分かる?」

「貴方ね、唯一の取り柄の【演算】はどうしたの? 【ラプラスの魔】でも良いけど」

 亜乱のチート能力は【演算】、オリジンでは【ラプラスの魔】のコードネームで呼ばれていた。それはスーパーコンピューター並みか、それ以上の演算能力だった。十分な情報さえあれば、ある程度の未来予知すら可能とする程だ。


「無茶言わないでよ。情報も無いのに何を計算しろって言うのさ」

 だが十分な情報が無ければ未来予知の様な超高度な演算は不可能だ。後、あくまでも出来るのは演算なので想定外や未知の事態にも弱い。


「分かるのは、島田さんは俺を殺してない事くらい?」

「正解。貴方は爆殺されたのよ。壁から数珠繋ぎになった手榴弾が突然飛び出してきて、そのまま。私は距離が在ったから即死では無かったけど、魔術を使う間もなく意識を失って、そのまますぐ死んだみたいね」

「ああ、俗に言う『ほぼ即死』って奴?」

「そう、『ほぼ即死』よ」


「じゃあ、犯人は……村上達かな? 壁から手榴弾って手段だとカナタが思い浮かぶけど、あいつ死んだし」

「各国の諜報機関って線は? 私達の能力は便利だけど嫌われていたからあり得ると思うけど。今考えると、寛人の理想も考え物ね」

「特定の組織や国家に属さない国際NGOとして活動する。所謂正義の味方をしてきたから、確かに色々な人達に好かれたけど、同じくらい嫌う人も出来たからね~。

 特に俺の【演算】と島田さんの【監察官】は」


 島田泉のチート能力は、あらゆる偽りを見抜く【監察官】だ。単純に嘘を見破るだけではなく、変装や偽造、映像のCG合成やあらゆる幻術を見破る事が出来る。

 お蔭で地球では好きだったマジックショーが、酷く退屈になったと彼女自身は愚痴を零していたが。


 【メタモル】の獅方院真理を捕まえる事が出来たのも、実は亜乱の【演算】と泉の【監察官】の活躍があったからこそだ。


 だが二人は強力な能力を持つが、戦闘能力に乏しかった。魔術の才能はそれぞれ高かったし、それなりに訓練も受けた。しかし、カナタや真理のように戦闘要員として第一線で戦える程ではない。

 そのため二人は危険な場所には出ず、ブレイバーズでは後方での情報処理を担当していたのだが……それを狙われたらしい。


「でも、手口とタイミングを考えると……村上達の中にカナタみたいなことが出来る奴って居ないよね?」

「多分。でも複数の能力を組み合わせれば、似たような事が出来るのかも」

「まあ、死んじゃった以上解ってもどうにもならないけど。あー、こんな事ならフライドチキンとピザとテラバーガーをもっと食べておけばよかった」

「そうね、私も一度くらい結婚……無理ね。男の嘘が嫌でも解るから」


 二人とも死んだ直後だというのに落ち着いているが、これが二度目の死であるし、地球とオリジンで合計約四十六年生きている。それに突然だったので、怒りや悔しさを覚える時間も無かった。

 更に目の前に居るのは加害者ではなく一緒に死んだ仲間なので、取り乱す気にもなれない。


『それで、君達の来世についてだが――』

 あ、再起動した。そんな顔付きで自分に視線を向ける亜乱と泉に、ロドコルテはラムダに転生して貰う事と、ヴァンダルーの抹殺を依頼したい事を、カナタの時のように説明した。

 二人はカナタとは違い、落ち着いて話を聞いた。オリジンでブレイバーズが対峙したアンデッドが、天宮博人であり今のヴァンダルーである事を知っても、取り乱す事はなかった。


「絶対にNO」

「寧ろ、そんな無謀な事するぐらいなら死んだ方がマシだよね」

『やはりか』

 そしてロドコルテもカナタの時と違って、二人が断る事は想定していた。カナタやその後死んだ田中達と違って、この二人は全く戦闘に向いていなかったからだ。


 素質が無い訳ではないのだが、二人はオリジンでそれらの力や技術を身に付ける以外の道を選択したのだ。

 

 しかしオリジンで結果的に見殺しにしてしまった罪の意識や、彼が元々同じ学校の生徒だった事を考えると、ただ断るだけというのも気が引ける。

 このまま黙って居ると、自分達以外の転生者とヴァンダルーが殺し合う事に成るのが目に見えているし。


「この人のやってる事を考えると、雨宮さんもどうするか分からないわ。私達が彼を助けられなかった負い目を差し引いても、地球とオリジンの常識や倫理で考えると彼のやっている事は……」

「犯罪やテロだね。勿論、地球とオリジンの常識や倫理で考えればだけど。特にアンデッドを作るのは死体損壊罪以前に、死者の尊厳を踏みにじる行為だし」


 ヴァンダルーがラムダでしている事は、泉達から見るとそうなってしまう。だが、国どころか世界が異なるのだし、死属性以外適性の無い彼が何かしようとすればそうなってしまうだろう事を考えると、一概に責められない。

 寧ろ、ヴァンダルーがオリジンで受けていた仕打ちを考えると、その精神に敬意すら覚える。少なくとも、自分達ならあの後『情けは他人の為ならず』なんて実践できない。

 実際、ハートナー公爵領では百人以上殺したが、千人以上を助けている。


 しかし、二人以外の転生者がそう考えるかは分からない。雨宮達ならいきなり抹殺は無いだろうが……。


「事情を分かった上でもう一度聞くけれど、和解や懐柔は出来ないの? 元々は同じ日本人なんだし、貰った情報から判断すると交渉は可能だと思うけど」

 少なくとも、ヴァンダルーは話を聞いてくれそうだ。聞くだけで、話が終わったら何も言わず立ち去る可能性も高い気がするが。


 泉達はヴァンダルーが二度目の人生を終えた時あの場には居なかったが、彼から見たら限りなく同罪に近いだろうし。


「島田さん、懐柔って、どうするの?」

「そりゃあ、説得……聞きそうにないわね。他に、有利な条件を提示するとか」

「俺達やこの神さんが提示できる、彼にとって有利な条件って、すぐに思いつく?」

「……無いわね」


 オリジンで生きていた時なら考えるまでもない事だった。

 軽微な犯罪を見逃す、該当する司法機関へ司法取引を納得させる、身の安全を保障する、刑期を軽減する、仮釈放。それらがブレイバーズとして活動する中で行った犯罪者に対する代表的な懐柔策だが……どれもこれもラムダに転生しているヴァンダルーには意味が無い。


 自分達との和解を提示して、ヴァンダルーが転生者と殺し合いをする事を止める事は可能かもしれない。しかし、彼がアンデッドを作る事を止める事は出来ないだろう。彼にとって、天秤があまりにも釣り合わないからだ。

 それに、泉と亜乱にはもう組織もコネクションも何も無い。ラムダに転生したら、特殊能力を持っているだけの個人だ。


 生まれる先が大国の王侯貴族や、巨万の富を持つ大商人の元だったとしても、権力を手にするまでは早くても十数年以上かかる。

 そんな二人が保証できる程度の事が、ヴァンダルーにとって意味があるとは考えにくい。


「考えられるのは他の転生者の情報だけど……それで手に入るのは和解じゃなくて、俺達の身の安全だしね」

「でしょうね。じゃあ、他に……」

「普通なら金、地位、名誉、女だけど、何かある?」


 既に人口は少ないが自分の国を治め、国民から絶対的な支持を得ていて、何人もの異性を侍らしているヴァンダルーを、懐柔しロドコルテと和解させる事が出来るほどの物があるかどうか。

「無理ね」

「だよねー。俺達の能力を使って御仕えしますって言っても、『面倒だから要らない』って言われそうだし」

「そうね……あの様子じゃね」


 懐柔や和解を考えるうえで、一番厄介なのはヴァンダルーが持っている自分達への感情である。

 憎しみや殺意など衝動的な感情なら、まだ二人には希望がある。ロドコルテの情報によると彼は理性的か、理性的であろうとしている。だから直接彼に何もしてない二人なら、方法によっては交渉が可能かもしれない。


 しかしヴァンダルーが転生者達に持っている感情は、食傷と嫌悪だ。

 ただひたすら面倒で、関わるだけでうんざりする。邪魔で目障りだから見たくないし、関わりたくない。カナタに向けた態度から推測すると、そんな感情だ。

 二人に関わられるだけで、ヴァンダルーにとっては不愉快なのだ。


「他に何か……そうだ、彼のラムダでの母親を生き返す事は出来ない? あんた神様でしょ?」

『無理だ』

「いや、ほら、規則を曲げるべきではない的な事はこの際いいじゃない?」

『規則の問題ではなく、無理なのだ』

 亜乱は死者の蘇生を拒否する理由が規則や摂理に在ると思ったようだが、単純にロドコルテにはヴァンダルーの母親、ダルシアを生き返す事が出来ない。


 ダルシアはダークエルフであり、ヴィダ式輪廻転生システムによって輪廻転生する存在だ。ロドコルテが直接どうこう出来るものではない。

 そうした事情は転生者と言えど人間には話せないので、泉と亜乱は納得しかねていた。しかしロドコルテがそれ以上話す意思が無いと見てとると、別の案を検討し始めた。


 だが妙案は思い浮かばなかったらしい。結局、説得としてはとても単純な作戦に落ち着いた。

 情に訴えるのだ。人質を持って立て籠もる犯罪者の身内を連れてきて、説得してもらうあれである。

「島田さん、どうなの? 元クラスメイトでしょ?」

「……私自身も含めて、友達は居なかったと思うわ。二十年以上前だから確かじゃないけど、人と話しているところを見た覚えが無いのよ」


 地球ではイメージ通りクラス委員だった島田泉だが、その頃のヴァンダルー、天宮博人の記憶は殆ど無かった。

 一切問題は起こさず、逆に特に優れた事もしない。他の生徒に関わる事も無い。常に背景の様な少年だった。

 言われて記憶を探っても、思い出せるのは「何も覚えていない」事だけだ。


 強いて挙げれば、彼が地球で死ぬ前に命がけで助けようとした成瀬成美ぐらいだろうが……流石にそれを提案するのははばかられた。彼がオリジンで死ぬ時止めを刺した一人でもあるし、今もヴァンダルーが彼女に関心を持っているか分からない。


「ならオリジンではヴァンダルーを説得できそうな人物は……居ないよね?」

『私に聞いているのかね?』

「ごめん、気の迷いだった。忘れて」

『念のために答えておくが、家族親類縁者友人恋人、誰一人存在しない』


「だろうね」

 オリジンでの両親、自分を売った父親と母親が説得役に適していないのは当たり前だ。

 他には研究所の関係者だが、それは彼自身がアンデッド化した後殺せるだけ殺している。

「後は彼が助けた『第八の導き』のメンバーだけど……彼女達は俺達を敵視してるからねー」

「まず、私達に協力してくれないでしょうね」


 『第八の導き』の指導者であり、アンデッド化した天宮博人に助けられた実験体の少女、死の司祭を自称する「プルートー」は、ブレイバーズと死属性の研究を行う機関を激しく憎悪している事がこれまでの犯行声明で解っている。

 それでありながら何故村上達元ブレイバーズを仲間として受け入れたのかは不明だが、泉や亜乱が死んだ事と彼女は無関係ではないはず。


 彼女や他の組織の中心メンバーはテロ組織と言うよりもカルト集団めいた狂信で知られている。一度死んだ後ここに連れて来てもらっても、転生者達に協力する事は無いだろう。


『ヴァンダルーに対して人質としては使える可能性があるので、死亡したらここに招く予定だが』

 そうロドコルテが告げると、泉と亜乱は思わず顔を見合わせた。

(こいつ、神様なのに卑劣すぎない?)

(神様だから卑劣なのかもね)

 そんな二人の無言のやり取りは、神であるロドコルテには筒抜けなのだが、勿論彼はカナタの時のように気にも留めない。


「じゃあ、地球に誰か彼を説得できそうな人はいないの? ああ、答えなくていいわ。私達に記録を見せて、それで判断するから」

「後、能力も使える様に出来ない? 多少は役に立つと思うし」

『良いだろう』


 泉と亜乱はロドコルテから渡される映像や音声を伴った地球での情報を見て、説得役に適した人物が居ないか検討した。

 あの修学旅行で助かった、自分達以外の高校の生徒や関係者には……居ない。修学旅行に参加していない上級生や下級生にも、無い。天宮博人はアルバイトの為に部活動や委員会活動をしていなかったので、クラスメイト以外の顔見知りが存在しなかった。


 ではそのアルバイト先はどうかと言うと……郵便局で延々手紙を仕分け、早朝の新聞配達、チラシ配りなど碌に人間関係が存在しない仕事ばかりだ。頼りになる先輩とか、親しい同僚や後輩とか、そんな人も居なかったようだ。


 では時間を遡って中学生活で誰か居ないかと探して見たら……マイナスの人間関係で埋め尽くされていて思わず眩暈がした。

 小学校ならまだ何とかと思って記録を探ってみたら、やはりマイナスの人間関係で埋め尽くされていて頭痛がした。


「……中々悲惨な少年時代を過ごしていた訳ね」

「壮絶な訳でも劇的に残酷な訳でもなく、延々と『何処にでもある暗い学校生活』が続くって、ある意味凄い物があるね。これに比べたら高校はまだ居心地が良かったのか。

 しかし、小学生の彼って高校の頃からは想像できない程挙動と言動がおかしい」


 普通、一人ぐらい親しい存在が居そうなものだが、天宮博人の人生にはそれが一人も存在しない。勿論全員が彼を苛めた訳ではないが、それは単に苛めていないだけの人で、仲が良い訳でもない。背景の様な存在だ。高校で彼自身がそうだったように。


 ここまで来ると、これまで嫌な予感がしたから見ていなかった天宮博人の家族の記録を見るしかない。

「子供の頃の挙動不審な様子を見ると、結果は分りきってる気がするけど……」

 そう言いながら亜乱が記録を見ると、予想は的中してしまっていた。


 だがそこで諦めず、天宮博人を引き取った伯父夫婦と年下の従兄弟は地球でまだ存命だったので、その記録も二人は見た。もし改心していたら、地球での仕打ちを謝罪するという形で説得の足掛かりに出来るのではないかと考えたからだ。


 結果は惨憺たるものだった。


 伯父家族は天宮博人が事故で死んだ後、彼に掛けていた生命保険と実の親である兄夫婦が残していた遺産の全て、そして見舞金も受け取って、今までより数段贅沢に暮らした。

 しかし、その金で始めた事業が失敗。その損失を取り戻すために手を出した事業も、また失敗。それを繰り返して徐々に財産を失っていった。


 更に伯父夫婦は、金回りが苦しくなると実の息子を虐待する様になった。夫婦の精神はサンドバックである天宮博人の存在なくして保てない様になっていたのだ。

 それでも経済的に豊かな内は何とかなったが、行き詰まって来るとストレスをぶつける対象が必要になったが天宮博人はもう故人だ。だから、実の息子がサンドバックとして選ばれた。


 当然息子は大人しくサンドバックになる筈がない。子供の頃からそう扱われて諦めていた天宮博人とは違い、息子はその頃には大学生になっていた。家を出て両親とは距離を置いた。

 そしてそのまま一家は離散。ストレスの捌け口を失った伯父が会社の部下相手に酷いパワハラを働き訴えられた事が止めになり、遂に全ての事業は壊滅。全ての財産を失った伯父夫婦は離婚した。


 その後、伯父はホームレスに。伯父の妻だった女は一時生活保護を受けて暮らしていたが、窃盗罪で逮捕。その後は窃盗や寸借詐欺を繰り返して刑務所と外を行ったり来たりしている。

 息子は、皮肉な事に天宮博人が高校を卒業したら就職していただろう、住み込みの仕事をして糊口を凌いでいる。ただ、真面目に働かなかったようで今も下働きである。


 恐らく、伯父が路上で人知れず冷たくなった数年後には、今度は彼が路上で生活するようになるだろう。

 今彼らに共通しているのは、「あの頃に戻りたい」という呟きだけだ。それも天宮博人が死んで多額の金を自由に使えた頃に戻りたいという意味だ。


 以上の記録を見た泉と亜乱は、頭を抱えた。

「死んだ後会わせたとしても、心から謝罪するとは思えないわね」

「心の無い謝罪はするかもしれないよ、今の彼は権力者だからね」

 少なくとも、説得の足掛かりにはなりそうにない。


「でもここまで悲惨だと、フェリーで死ぬまでによく人生を儚んで首をくくらなかったなと感心するよ、俺は。彼、意外とプラス思考で前向きだったんだね」

「みたいね。でもおかしいわ、三度目の人生が始まった途端に人気者になるなんて。いきなりコミュニケーション力が身についた訳でもないのに。

 それなら地球で友達の一人くらい居ても良いはずよ」


 実際、過去の記録とラムダに転生してからを比べると、周りの環境が全く異なる。それまでは周囲に敵か敵じゃない人しか居なかったのに、ラムダでは敵も多いが味方も多い環境に居る。

 単純にヴァンダルーの力目当てとも考え難いのだが。


 その泉の疑問には亜乱が答えた。

「多分、【死属性魅了】ってスキルの効果だろうね。これまでの記録を見ても、実際彼の他人に対する方針自体は地球の頃からあまり変わっていない。自分から他人との距離を縮めるのは今も苦手なようだし。

 でも、オリジンに居た時から似たような力は在ったと思うよ。それなら『第八の導き』の狂信も説明できるしね」


「なるほどね……道理でアンデッドに好かれるはずだわ」

 とりあえず、ラムダでの人間(?)関係の充実ぶりの説明はついたが、二人にとっての事態は何も進展していない。

「念のために確認するけれど、彼の地球での実の両親に説得して貰う事は出来ないの?」

 物心つく前に事故で死んだ、地球で天宮博人に愛情を注いだ唯一の人物を呼べないかとロドコルテに質問するが、やはり返事は芳しくなかった。


『既に天宮博人の地球での両親は転生している。前世の記憶を失い、新しい人生を別々の場所で生きている最中だ。それでも良いのなら、それぞれが死亡した時にここに招くが?』

「ああ、何の意味も無い」

 ロドコルテの輪廻転生システムには天国も地獄も存在しない。現世で死んで成仏したら、さっさと転生させるのが常だ。

 なので、唯一ヴァンダルーが会いたいと思いそうな親も、とっくに全ての記憶を無くして別人に生まれ変わっている。


「一応質問するけど、御両親は今何処で何してるの?」

『父親はフランスで飲食店を経営しながら二人の子供を育てるシングルマザーに生まれ変わっている。母親は飼育されている』

「し、飼育?」

『ある家庭で、ペットの陸ガメとして』

 流石輪廻転生。人種や性別どころか、種も異なっている。


「だ、ダメだ。もう色々とダメ過ぎる。島田さん、もう諦めよう」

「待って亜乱、どんな時でも可能性は在るって言うのがあなたの口癖でしょ!? 【演算】はどうしたのよ!?」

「さっきからやっているけど、説得できる可能性がほぼ無い。俺達だけの命乞いとか、不可侵の約束なら逆にほぼ百パーセントなんだけど………」


 その様子を見て、ロドコルテも二人をラムダに転生させない方が良いと考えた。刺客にはならないだろうとは解っていたが、このままではヴァンダルーと関わろうとしないどころか、他の転生者の妨害をしかねない。

 だが今更ラムダ以外に転生させる事は出来ない。ヴァンダルーに対して行ったように呪いをかけるのは、流石に考えなかった。そんな事をしても、二人がヴァンダルーに味方する動機を増やすだけだ。


 他にも二人の記憶や人格を全て消去してから転生させる方法もあるが、それよりもずっと良い案がロドコルテには在った。

『では、転生を止めて私の御使いに成るというのはどうだ?』

 それは、二人をこのまま自分の御使いにするという物だった。それを聞いた泉と亜乱は胡乱気な顔でロドコルテを見上げた。


 普通なら神直々に声をかけられるのは名誉な事なのだが。二人の中でロドコルテの株は既に暴落していたようだ。

「御使い? シスターにでもなれと?」

『いや、聖職者や信者ではない。君達には、天使と表現した方が分かり易いかね』

「もっと俗に表現して」


『……アシスタント、サポートスタッフ、システムエンジニア』

 亜乱の要望通りに表現するなら、そうなる。神秘も神々しさも無いが、実際そうなのだから仕方がない。

 答えを聞いた亜乱はげんなりとした様子を見せたが、逆に泉は表情を引き締めて質問を重ねた。

「その御使いに成った場合、何が変わるの? 私達の意思や行動の自由に影響は出るの?」


『肉体を持たない生命体に昇華……変化すると解釈してくれていい。君達の意思や行動の自由を縛るつもりは無いが、背信行為があれば罰する事に成る』

「なるほど……つまり、会社に就職するのと同じか。人間に戻れそうにない事以外は。それで、私達に何をやらせたいの?」

『ラムダや地球、オリジンの輪廻転生、魂の運行の補助だ』


 ロドコルテは、島田泉と町田亜乱を御使いにして輪廻転生システムのサポートをさせようとしていた。それなら直接ヴァンダルーは勿論、輪廻の環に還った魂以外のラムダ世界の存在に二人が関わる事は無い。

 心情的にはヴァンダルーの味方かもしれないが、実質的に何もできないのだ。

 逆に、敵として何か害のある行動をするわけではないので二人も頷きやすいだろうという狙いもある。


 それにヴァンダルーのせいで起こるエラーやバグに対応するサポート要員が欲しかったのも事実だ。


 泉と亜乱は顔を見合わせて相談するが、すぐに答えは出たようだ。

「分かったわ」

「天使ってガラじゃないけどね。ここに来た時の村上達の顔も見てみたいし」

 泉と亜乱はロドコルテの御使いに成る事を同意した。


 それは不老不死が存在しない以上何時かはオリジンで死んでここに来る、ブレイバーズの仲間達が無謀な事をしないよう忠告が出来るからという理由以外にも、「地球とオリジンの為」と言う理由があった。

 ロドコルテは全く危機感を覚えていないようだが、このまま彼がヴァンダルーを狙い続ければ、最終的には彼かヴァンダルーのどちらかが死ぬか、それに近い状態になるのは確実だ。


 だがロドコルテはラムダ以外にも、泉や亜乱にとって故郷である地球、そしてオリジンの輪廻転生も司っている。それを停める訳にはいかない。

 だから彼に何かあったとしても、地球とオリジンの輪廻転生を運行できるようにしておかなければならない。

 それを自分達でしようと言うのだ。


 当然その狙いもロドコルテには解っているが、自分自身の身が危うくなると思う程の危機感を抱いていない彼は、「寧ろそれぐらい出来るようになれば役立つだろう」と、二人を御使いにした。


『では、これよりお前達は私、輪廻神ロドコルテの御使いとなる。以後励むように』

 ロドコルテが翳した手から光の粒子が泉と亜乱に降り注ぎ、二人の存在が昇華した。その時二人は、こう思っていた。

(見かけだけは神々しいな。サポートスタッフなのに)

ネット小説大賞に参加しました。宜しければ応援お願いします。


5月9日に103話、10日に104話、13日に105話を投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
デフォルメされてない神話を読んだときに神に対して抱くなんともいえない気持ち悪さを現代風に表現してるのがすごいと思います。 今回出てきた2人はチートを暴露されずに隠していればいくらでも栄達の手段があっ…
この無能クソ神が苦しみのたうち回って滅びますように・・・
よし! コイツが消滅しても問題なくなったな!
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