百二話 神との邂逅
『鱗王の巣』は未攻略であるため遭遇する魔物の数が、現在では毎月攻略されている『バリゲン減命山』よりも多かった。
次々に現れる強力な魔物は単純に強いだけでは無く、毒を帯びた胞子をばら撒き、血走った瞳からレーザーを撃ち出すような特殊能力や、炎や氷の弾丸を放ち幻覚を見せて油断させようとするなど、厄介な魔術を使う個体も多い。
仕掛けられた罠も殺傷力の高い物ばかりで、階層の環境も過酷なものが多かった。上層こそただ広いだけの洞窟や谷だったが、中層以降は灼熱の砂漠に常に毒性の胞子をばら撒く巨大茸の森、所々溶岩が湧き出る岩場の次は極寒の氷原、そして中には一面猛毒の沼地なんて階層もあった。
このダンジョンを攻略できるのは、ドラゴンも上回る生命力の持ち主か――
「これで三十八階層目クリアー」
若しくは、常識を超越した魔力を持つ死属性魔術師が存在するパーティーぐらいだろう。
魔物の特殊能力の内、毒や病気は事前に無効化され、攻撃魔術は【吸魔の結界】でやはり無効、幻覚は【異形精神】スキルで元から見ない。仕掛けられた罠は【迷宮建築】で大掛かりな物は階層に足を踏み入れた瞬間に分かるし、小規模な物も【危険感知:死】で近づけば発動前に感知できる。
巨大茸の森は、やはり【消毒】や【無毒化】で無毒に。灼熱の砂漠はサンドゴーレムで日差しを防ぎ、周囲の熱を奪って燃える【鬼火】の魔術で囲えば快適な気温を保てる。溶岩地帯も【鬼火】を大量に使って熱を奪えば、やや暑いだけの岩場に変わる。
極寒の氷原は【死霊魔術】スキルを使って、レビア王女達に頑張って燃えてもらい、適温を保って進んだ。
無限に毒が湧き出る猛毒の沼地は無毒に出来なかったが、それも【装植術】で出したイモータルエントに乗って進めば問題無い。
単純に強い魔物や、魔物が放つ熱線やブレスはヴィガロやリタ達に頑張ってもらったが。
「存外苦戦しませんね」
「我達も同じ程度の相手は、『バリゲン減命山』で戦っている。楽勝とは行かないが、ヴァンダルーに助太刀を頼むほどじゃない」
「まあ、戦闘以外でここまで世話に成っていては自慢できんがの」
『まあまあ、同じパーティーじゃありませんか』
『ぎしぃぃぃぃいぃぃ』
『アイゼンさんもそう言ってますし、気にする事ありませんよ』
リタがアイゼン……鉄のように硬いリンゴの実を付けるイモータルエントの声(軋み?)を適当に解釈して伝える。
因みに、鉄リンゴの実はエントシロップで煮詰めると柔らかくなることが今回の探索途中で判明した。ゴースト化して【筋力増強】スキルを失ったレビア王女も、これで実を食べる事が出来る。
「ところで、後何階層あるのだろうな。B級ダンジョンなら、大体四十階層以下のはずだが」
「次に他の魔物より強い個体が出て来たら、それがダンジョンボスかもしれませんね」
そして降りた三十九層で出現した、通常のロックドラゴンを二回り程大きくして、外殻にドリルのような棘を無数に生やしたランク10、ジェノサイドロックドラゴンが【鱗王の巣】のボスだった。
本来ランク10の魔物はA級以上のダンジョンでなければ出現しない。だが『鱗王の巣』が長い間攻略者も無く放置され続けたため、ダンジョンボスが通常よりもずっと強化されてしまったのだろう。
『GOAAAAAAAAAA!!』
常人なら晒されただけで意識を狩り取られるだろう咆哮を上げる巨大なドラゴンに、ヴァンダルーは呟いた。
「『鱗王の巣』なのに、ダンジョンボスに鱗が無い」
ジェノサイドロックドラゴンの体表は、分厚い岩のような外殻に覆われていた。
それは兎も角、やはりこのボス戦も苦戦と言う程の苦戦はしなかった。
何せ、ジェノサイドロックドラゴンはランク10とは言っても、ただのダンジョンボス。生前のリオーの様に特定の神から加護を受けている訳でも無いので。
スキルの練習台に死なない程度に痛めつけた後、皆で止めを刺すような余裕すらあった。
ごくごくとポーションを飲み下す度に、傷が癒えていく。
『くぅ~っ、仕事終わりの一杯は格別ですね』
『この坊ちゃん特製のポーション、私達アンデッドにも効くから驚きですよね』
陶器製の瓶に入った紅いポーション……数量限定のポーションは効果も高くて味も甘くてフルーティ、更にアンデッドにも有効と、至れり尽くせりである。
「原料は五十パーセント俺ですし」
特性ポーションの原材料は、【魔王の血】を発動させた状態で採血したヴァンダルーの血液と、各種薬草や果汁、【魔王の角】の粉末であった。通称、ブラッドポーション。半分は優しさでは無くヴァンダルーで出来ています。
効果は怪我だけでは無く疲労や魔力の欠乏、毒や病気にも特殊な物でない限り効くのである意味万能薬である。
そしてザディリス達に渡している事から解る様に、【魔王の欠片】を使っているのに副作用は無い。【蝕王の果樹園】の魂の無い魔物や、タロスヘイムの周辺で生け捕りにしたゴブリン、外で生け捕りにした山賊などで試しながら一月ほど経過観察したが、肉体及び精神に悪影響が出る事は無かった。
【魔王の角】を素材にして作った物品同様、ヴァンダルーから離れて暫く経った欠片は独自の意思を持たないようだ。
恐らく、ヴァンダルーから生える欠片は派生物に過ぎず、欠片の本体、若しくは核のような物はヴァンダルーの内部から動かないのだろう。
そうでなければ今まで生やした【魔王の角】の数だけ欠片に寄生された生物が増える事に成る。
もう瓶から一滴も滴らない事を確認したバスディアは、ぺろりと舌で唇を舐めた。
「道理でエレオノーラやベルモンドがヴァンの血に夢中に成る訳だな。このポーションを一度使うと、普通のポーションは使う気に成れない」
「うむ。怪我の治り自体は三級……いや、二級ポーションと同じくらいじゃが、魔力まで回復するからの。何より、味が良い」
普通の青いポーションは効果が高ければ高い程、味が不味くなる。五級ポーションでさえ、口にすれば思わず「うえ」っと呻き、三級ポーションに成れば暫く味覚が麻痺する。そして二級ポーションでは、それが必要に成る程の傷を負った事やその際の恐怖では無く、口にしたポーションの味がトラウマに成るらしい。
その点、ブラッドポーションなら飲みやすいので需要がありそうだ。薄めて一度に作れる量を増やす代わりに効果を四級ポーション以下に落しても、買い求める者は幾らでも居るだろう。
「外に売り出す予定はありませんけどね。タロスヘイム限定商品です」
だが外で迂闊にブラッドポーションを売り出すと、ヴァンダルーの血を求めて錬金術師が殺到しかねない。半吸血鬼が血を奪われるなんて、皮肉が過ぎる。
原材料に魔王の欠片が含まれる事を知られれば、風評被害で人気も沈静化するだろうが。いや、逆に裏社会で流行するかもしれない。
それを推測した訳ではないが、ダルシアも限定商品化の方針に賛成の様だ。
『確かに、このポーションは無責任に売れないわね』
彼女が見る先には、今やヒグマも飲み込めそうな程大きくなったキュールがぷるぷると揺れている。『鱗王の巣』に入る時は紫色だったキュールの体色は、静脈の血液と同じ赤黒い色に変わっていた。
瓶に残っていたブラッドポーションを舐めたらしいキュールは、ランク5のブラッドスライムにランクアップしたのだ。
特に血を好む性質を持ったスライムで、鮫よりも血の臭いに敏感で獲物を見つけると吸血鬼より貪欲に血を搾り取る事で恐れられている。
『……』
ただキュールの場合、貪欲に求めるのは血ではなく、ブラッドポーションの方が好物のようだが。伸ばして作った触手で空の瓶をヴァンダルーに差し出す。その姿は、「ひっくっ、もう一杯」とお代わりを要求する酔っぱらいを連想させる。
「今日の分は終わりです。後はドラゴンの血で我慢してください」
そう言われると諦めたのか、仕方ないと地面に出来ているジェノサイドロックドラゴンの血溜まりを啜りに行く。
「俺の血から作るポーションって、ランク10の魔物の血より旨いのでしょうか?」
『きっと甘党なんですよ。もしかしたら女の子かもしれませんね』
「ギシャアゥ」
そう言うレビア王女と同意するように鳴くピートもランクアップしていた。
レビア王女はランク6の、ブラッドフレイムゴーストに。ランクアップのタイミングもキュールと同じで、ポーションを飲んだ直後だ。
ピートもランク6の黒雷光大百足に。ますます外見の凶悪さに磨きがかかっている。
『飲んだらランクアップしちゃうポーションなんて、危なくて売れないもの』
「ゴブリン等で試した時はランクアップしなかったはずじゃがのぅ」
相性でもあるのか、これも【導き:魔道】の効果か。
後者だったとしても、意識して対象を選別できるスキルでは無いのでブラッドポーションの販売はやめた方が良いだろう。
そしてキュールとレビア王女以外の皆もランクアップしている。
ヴィガロはランク8のグールグレートタイラントに、ザディリスも同じランク8のグールウィザードに。二人とも外見はあまり変わっていないが、能力値は大きく上昇したらしい。
二人ともジョブのレベルは上がっても魔物としてのレベルは壁にぶつかっていたので、やっとランクアップできたと喜んでいる。
バスディアはランク7のグールアマゾネスリーダーに。彼女も外見は文様の色が濃くなったぐらいであまり変わっていないが、能力値は魔力と知力が大幅に上がったようだ。姿も何処か威厳の様な物を漂わせており、リーダーと名のつく種族に成っただけはあると納得できる。
「リーダーか……出来たらアマゾネスクイーンとか、そんな種族名が良かったのだが。『グールキング』のヴァンの隣にいるのだからな」
その威厳もヴァンダルーをひょいと持ち上げて横に抱えながら笑っていると、すぐ薄れるのだが。
「ところでヴァン、ジャダルが弟か妹を欲しがっているのだが」
「じゃあ、帰ったら後八……いえ、七年程待ってくれるよう頼んでおきますね」
「むぅ、つれないぞ、ヴァン」
「つれてどうします」
まだ身体的に無理なので無茶を言わないでほしい。そう思うヴァンダルーである。
『キングの横にはクイーンなら――』
『周りにはメイドが侍るものですよね、坊ちゃん』
サリアとリタは、それぞれランク7のリビングメイドアーマーにランクアップした。ヴァンダルーが冥銅や吐いた糸で作った装飾やレース、フリルを追加装甲として二人の本体に取りつけた状態で戦っていたら、そう成っていたのだ。
『【家事】スキルも上がりました! もうなんちゃってメイドなんて誰にも呼ばせません!』
『なんちゃってメイド……どちらかと言うと殺人メイドって呼ばれた事の方が多かったような気が?』
レースやフリル型の追加装甲は本体の鎧と一体に成っており、一見すると露出度が下がり可愛らしさが増したように見える。
だが実際には豊かな胸の谷間や形の分かる腰つき等はほぼそのままなので、そう見えるだけでしかない。
もしかしたら、その手の趣味がある貴族が作った改造メイド服を着ている様に見えるかもしれない。
「ふむ、ならば知恵袋の魔術師も近くに居た方が良いじゃろうな」
『あ、えーっと、私は何処に居れば良いのでしょう? 王女では娘に成ってしまいますし』
そしてザディリスまで自然体で擦り寄って来る。更に上ではレビア王女がおろおろと右往左往している。
タロスヘイムに帰ればここにエレオノーラとタレアとカチアとビルデが加わるのだと思うと、自分の将来は好色王一択だなと、遠くを見つめるしかないヴァンダルーである。因みに、ベルモンドはきっと柱の影からじっと見ているだけで声をかけないと近付いて来てくれないだろう。
「まあ、最近は若干嬉しくもあります」
八歳。初恋等を経験してもおかしくない年齢なので、その手の事に興味を覚えなくもないヴァンダルーである。
『皆、まだダンジョンの中なんだからその辺でね。ヴィガロさんもアイゼンさんの果物を食べながら傍観してないで止めてください。
それとヴァンダルー、その調子よ』
「はーい」
カシム達が聞いていたら「えっ、止めないの?」と聞き返しそうだが、ダルシアも従属種吸血鬼のヴァレンと道ならぬ恋に走った情熱の人である。
双方に同意があるなら、難しい事は言わない。それにヴァンダルーは成人するまで待つよう皆に言っているので、止める事が無いのだ。
「ギシャー」
ピートやペイン達蟲の魔物や、植物の魔物もそれぞれランクアップしてる。特にセメタリービーは全てセメタリービーソルジャーにランクアップしてしまったが、彼女等はタロスヘイムに戻っても巣に戻るつもりは無いそうだ。
女王の生まれ変わりである卵を体内に持つヴァンダルーに付いて、卵から孵った幼虫の世話を手伝ってくれるらしい。
「では、解体を終えて一休みしたら宝物庫を見て帰りましょうか」
《【高速治癒】、【死属性魔術】、【魔術耐性】、【詠唱破棄】、【毒分泌(爪牙舌)】、【敏捷強化】、【身体伸縮(舌)】、【身体強化(髪爪舌牙)】、【糸精製】、【限界突破】、【ゴーレム錬成】、【錬金術】、【格闘術】、【高速思考】、【装植術】、【操糸術】、【投擲術】、【叫喚】、【死霊魔術】、【装蟲術】、【砲術】、【迷宮建築】、【魔力増大】スキルのレベルが上がりました!》
ヴァンダルー達が向かった宝物庫では、初攻略に相応しい様々な宝物やマジックアイテムが並んでいた。
ただ周囲に存在した主だった種族が長い間リザードマンだったためか、リザードマンの体格や好みに合った物がやや多い。
尻尾、それもしなやかさと逞しさを併せ持つ尻尾に着ける防具等は、人種や獣人種でも不必要だろう。
「ラピエサージュやヤマタが喜びそうですね」
ただヴァンダルーには贈る相手がいる。尻尾専用の防具は、タレアやダタラも作るのに苦戦するだろうから、手に入ったのは幸いだった。
金貨や銀貨は無いが、その代わりに金塊や銀塊はゴロゴロしているし、指輪にしたら指が疲れそうな大粒の宝石が幾つもある。
そうしたマジックアイテムではないただの財宝だけでも、集めて持って行けば爵位ぐらい軽く購入できる価値がある。
実際、B級ダンジョンの初攻略成功は名誉貴族位が得られる程の功績なのだ。認められればだが。
幸いな事に、ヴァンダルーはその事に気が付かなかった。
「あの大きな水晶、いや、オーブか? どうする?」
ヴィガロが指差した、一抱えほどのオーブに意識を取られたからだ。
「とりあえず運び出して……いや、ストップ。それは危険物です」
【危険感知:死】に、反応がある。それはつまり、あのオーブが自分達に死をもたらす可能性を秘めている危険物であるという事だ。
そして音を立ててオーブに罅が入った。
「何ぃっ!?」
「離れろ、ヴィガロっ!」
『皆、坊ちゃんの周りに!』
結界を張るヴァンダルーの周りに集まり、身構える一同。
そしてオーブが砕け散った。
『『『GURUOOOOOOOOOOO!!!』』』
その瞬間、オーブから巨大な異形の龍が出現した。
まるで巨大な鱗に覆われた人の手の指を、単眼の蛇の頭に置き換えたような姿の龍が響かせる咆哮は、ランクアップしたヴィガロやザディリス達の精神を揺さぶり、身体を竦ませた。
ヴァンダルーの結界の中にいるというのに。その龍の異様に、彼も大きく目を見張った。
『きゃあああぁっ!?』
そして弱い霊であるダルシアの姿が、ぐにゃりと揺らめく。
殺そう。
『『『GAOOOOO――待て待て待て待てマテェ!』』』
『落ち着いてくれぇっ!』
『話せばっ、話せばわかる!』
『悪気は無かったっ、本当にっ、信じてくれ!』
両腕から凝固した【魔王の血】製の銃身を幾つも生やしたヴァンダルーに対して、異形の龍は慌てて咆哮を止めて速やかに命乞いを始めた。
『五悪龍神』フィディルグは、『暴邪龍神』ルヴェズフォルと同じ寝返った存在であった。違うのは、元々所属していた陣営だ。
『暴邪龍神』ルヴェズフォルは元々ヴィダやアルダと同じ最初の十一神の一柱、『龍皇神』マルドゥークの配下であった。しかしマルドゥークが魔王グドゥラニスに敗れると、命惜しさに魔王に忠誠を誓ってしまった。
逆に、『五悪龍神』フィディルグは元から魔王配下の邪悪な神の一柱だった。ただ特別忠誠を誓っている訳ではなかった。生き延びるための選択肢が他に無かったから、魔王に仕えていたに過ぎない。
そして生き延びるために、魔王の命に従いこのラムダ世界を崩壊した自分達の世界の代わりにしようと、侵略戦争を仕掛けた。
だが勇者ザッカートによって新たな選択肢が提示された。
「異界の神々よ、もし魔王と決別し私達の仲間と成ってくれるのなら、この世界の新たな神として迎えよう」
嘘偽りの無いこの申し出は、フィディルグにとって驚愕であると同時に、心躍る物だった。
魔王は自分に逆らう者、期待に応えられない者には容赦の無い暴君であった。見せしめに無用な配下の魂を砕く事もあったほどだ。それでも反旗を翻す者が居なかったのは、魔王が圧倒的に強かったからだ。
だが、この世界の神々が受け入れてくれるというのなら話は別だ。
それにこの申し出は、ただの人間の戯言ではない。自分達神々と対等に戦える勇者の言葉だ。それを軽く考える者はいなかった。
そしてフィディルグはこの申し出に乗った。
だがその後魔王には勝ったものの、ザッカートは他の勇者三人と共に魔王に魂を砕かれてしまった。恩人の消滅を嘆くフィディルグがヴィダに協力するのは、当然の成り行きだった。
だが続いて起きたアルダとの戦いで、フィディルグは五つある頭の内四つまでを叩き潰され、大幅に力を失った。
何とか封印を免れ、命からがらヴィダと共にこのバーンガイア大陸南部に落ち延びた彼は、そのまま数万年の眠りを余儀なくされた。
そして何とか活動出来るまで回復すると、彼は魔力を振り搾ってリザードマンが発生するダンジョン、『リザードマンの巣』を作った。完全回復の為には大勢の信者が必要だったが、彼はそれを人間ではなくリザードマンで賄う事にしたのだ。
幸いな事にフィディルグの周りにはヴィダや他の神の眷属も居ない。リザードマンを増やしても、同士討ちは避けられるだろう。
その思惑は上手く行き、叩き潰された頭も三つまで回復した。まだ地上に降臨する事もおぼつかないが、後一万年もあれば完全回復も可能だったかもしれない。
しかし、そこに『暴邪龍神』ルヴェズフォルが現れた。ルヴェズフォルはこのB級ダンジョン『鱗王の巣』を出現させ、フィディルグをオーブに封印し、司祭役に一頭のドラゴンを選出して加護を与え、リザードマンの信仰を彼から奪い取ってしまったのだ。
そして百年以上の時が流れ――
「封印が解けたので、解放感からテンションが上がってしまい、つい喜びの咆哮を上げてしまったと」
『はい、その通りです』
『悪気は無かったんです。ただちょっと、テンションマックスになってしまって』
『許してください、本当に悪気は無かったんです』
五つの頭の内、回復済みの三つ全てを床に擦りつけるようにしてフィディルグは土下座していた。
彼も『五悪龍神』の名で知られる存在で、まだダンジョン内等の限られた場所以外では実体を持てない程度にしか回復していないが。それでも普通なら人間や魔物相手にここまで低姿勢にはならない。
相手は解放してくれた恩人であり、本意ではなかったにしても過失から害を与えてしまったのは確かだ。しかしそれでもフィディルグは神である。心から詫びるにしても、土下座まではしない。
しかし、目の前に居るのは彼の目から見ると人間ではない。
(対応を誤れば、こっ、殺される!)
そんな相手である。
「…………」
何かを考える様に、若しくは何も考えていないような虚ろな瞳でヴァンダルーはフィディルグを見つめていた。
両腕の【魔王の血】の銃身と装填された【魔王の角】製弾丸は、何時でも撃てるよう彼に向けられたままだ。
その銃口を見て、あれはザッカートが作ろうとしていた『銃』ではないだろうかと、フィディルグは気が付いていた。
戦争当時、実際には幾つか試作品が完成していたが結局上位の魔物に対して攻撃力が弱すぎたのと、増産体制が整わず下級の魔物の相手をする自軍兵士に配備するのに至らなかった物だ。
下級の魔物には効果的でも、当時勇者達が倒さなければならなかったランク13以上の魔物には弾丸をミスリルやアダマンタイト、そしてオリハルコンにしても通用しなかったからだ。
多分、原因は火薬だろう。弾丸が特別製でも、弾丸を撃ち出す火薬の爆発力が足らなかったのだ。
だからヴァンダルーが構える銃がザッカートの作った物と同じなら、フィディルグも恐れない。しかし、かつて魔王の配下だった彼には分かる。あれは魔王グドゥラニスの欠片で出来ている。
マルドゥークやシザリオンを含めた幾柱もの神々を滅ぼし、倒した魔王の欠片である。流石に単体ではオリハルコン程ではないが、それに準じた性能を持っている。
そして当然、それはフィディルグの命にも届く。
だが彼が恐れたのはヴァンダルーの欠片だけではない。その膨大な魔力だ。
(完全体の俺の倍以上はあるっ、こいつは本当に人間か!?)
怒りを振りまいている状態のヴァンダルーから滲み出ている魔力から、全体の総量を推測したフィディルグは、自分の感覚を疑った。
しかし三つの頭で何度計算し直しても、神である自分よりも魔力の総量が多いのだ。
その魔力量で、何故かまるで手足同然に扱っている魔王の欠片を攻撃に使ったらどうなるか。これは計算するまでもない。
『『『どうかっ、どうかご慈悲を!』』』
もう神としてのプライドも捨てて命乞いをするしかないのだった。
「坊や、とりあえず落ち着いてはどうじゃろう、な?」
「怒るな、ヴァン。角が大きくなってるぞ」
『そうよ、お母さんちょっと驚いただけで、ほら、もう元気いっぱいだからっ』
フィディルグにとって幸いな事に、ダルシアが受けたダメージは軽微ですぐにヴァンダルーから魔力を供給されて回復した。
更に、彼女達はフィディルグに同情的で、ヴァンダルーを宥めようとした。彼が今は味方であるリザードマンの元々の信仰対象であったことも無関係ではないだろう。
『陛下、女神様のお味方ですし、どうか穏便に』
「……そうですね」
音も無く【魔王の血】の銃身が崩れ落ちる。それを見たフィディルグは「たすかったぁ」と脱力して地面に崩れ落ちた。
「思い返せば、俺にも同じように失敗した覚えがありますし」
ヴァンダルーが思い浮かべるのは、オリジンでアンデッド化した直後に大暴れした時の事だ。
今から考えると、あれは失敗だった。どうかしていた。
二度目の人生初めての自由と全身に漲る神の如き万能感に酔いしれ、ハイに成ってしまった。そして復讐に勤しんだ訳だが……結果仲間の筈の転生者に始末されてしまった。
あの時の自分は理性の無い化け物にしか見えなかっただろうから仕方ないと、今なら思える。
アンデッド化した後も冷静さを保って、憎い研究者達も邪魔な警備員も誰一人殺さず傷つけもせず、施設も出来るだけ破壊しないで逃げだして潜伏。外の世界の情報を収集して、独自に他の転生者達とコンタクトを取るべきだった。その際、同じ境遇の被害者を助けて人道的救済を行う理性と自我があるとアピールできれば、ベストだ。
……これは全て今だからこそ考えられる事だし、可能かどうかは考慮していない。それに自分自身だからこんな冷静に反省も出来るが、同じ事を他人に……特に転生者達に指摘されたら殺意しか抱けないだろうが。
しかし、とりあえず目の前のフィディルグに対して寛容に成る事は出来る。
「母さんもこう言っていますから許しますけど、次は止めてくださいね。
それで、それとは別に助けたお礼とか期待して良いですか?」
『はい、もちろんです』
『まだ力が回復しきっていないので、実体はこのダンジョンの中でしか保てませんが……』
『とりあえず、加護や称号などを。ええと、まずは次代の鱗王として二つ名を贈ります』
「……俺、鱗無いのですけど、良いんですか?」
《『鱗王』の二つ名を獲得しました!》
・二つ名解説:鱗王
境界山脈に隔てられたバーンガイア大陸南部に存在する大沼沢地に君臨するリザードマンの長が、神から授けられる二つ名。
その名の通り鱗を持つ者の王である事をあらわし、リザードマンは勿論爬虫類型や竜種を含めた、鱗を持つ魔物に対して有効なカリスマ性を得られる。(魚型の魔物は含まれない)
本来なら自身の鱗をより強固で美しくする効果もあるが、鱗の無い者が所有する場合適応されない。
・名前:キュール
・ランク:5
・種族:ブラッドスライム
・レベル:92
・パッシブスキル
打撃耐性:6Lv
飢餓耐性:2Lv
捕食回復:5Lv
身体形状操作:3Lv
毒分泌:5Lv
・アクティブスキル
忍び足:4Lv
業血:1Lv
限界突破:2Lv
巨大化:1Lv
・名前:ピート
・ランク:6
・種族:黒雷光大百足
・レベル:14
・パッシブスキル
飢餓耐性:2Lv
自己強化:従属:4Lv(UP!)
毒分泌(神経毒):顎角:5Lv(UP!)
風属性耐性:2Lv(NEW!)
肉体強化:外骨格 角:4Lv(NEW!)
怪力:2Lv(NEW!)
・アクティブスキル
忍び足:1Lv
突撃:5Lv(UP!)
限界突破:5Lv(UP!)
鎧術:1Lv(NEW!)
雷光:6Lv(NEW!)
・ユニークスキル
竜喰い:1Lv(NEW!)
・黒雷光大百足
並の家屋なら一回りできる程巨大な百足の魔物。黒い外骨格は生半可な攻撃ではビクともせず、逆に角を武器にした突撃の威力は、盾職も油断できない。
また、距離を開けて戦っても角から雷を放って遠距離攻撃をしてくるため、討伐には注意が必要。
また見かけに反して知能が高く、言語を操ったり魔術を行使する事は無いが、【鎧術】を初めとしたスキルを習得している事がある。
ピートの場合何故かユニークスキルまで獲得しており、竜種に対する攻撃力や防御力の増加、更に竜種を喰らう事で能力値を強化する事が出来る。
ネット小説大賞に参加しました。宜しければ応援お願いします。
5月5に閑話10 9日に103話、10日に104話を投稿予定です。




