九十九話 変る兆しと国民皆兵
サムとクノッヘンのランクアップを祝って、クノッヘンが操るスケルトン達と輪に成って盆踊りを踊っていたヴァンダルーは、飛んできたセメタリービーの群れに掴まれて運ばれていた。
「そろそろ朝ごはん食べたいのですけどー」
ヴヴヴヴヴヴヴヴ。
何やら急ぐ事情があるらしく、セメタリービーは空腹を訴えてみても止まらない。
テイムした蟲の意思をある程度理解できるヴァンダルーだが、流石に完全な意思疎通が出来る訳ではない。霊体を使って同化すればそれも可能だが――。
『女王、呼んでいる』
『呼んでいる、女王』
女王蜂に呼ばれている事しか分からない。
蜂の魔物だけに、働き蜂一匹一匹の思考は単純すぎて会話に向かないのである。
因みに、サムとクノッヘンは「行ってらっしゃい~」と手を振って見送ってくれた。
お腹が空いたので【装植術】スキルで腕から生やした葉物野菜を食べていると、また一回り大きくなったらしいセメタリービーの巣に着いた。
ヴヴヴヴヴヴヴ。
途端、働き蜂の三倍近い大きさのセメタリービーソルジャー……兵隊蜂が飛んでくる。
セメタリービーは通常の蜂や蟻のような生態をしているのだが、経験値やレベルは群れ全体で共有できるものではない。だから敵を狩っても、経験値が上がるのはその蜂一匹だけ。
そしてランクアップして働き蜂から兵隊蜂に成ったセメタリービーは、折を見てヴァンダルーから離れて巣の防衛に就くのだ。本能的な欲求なので、仕方ないらしい。
蜂にとって巣と女王の防衛が最上位優先事項なのは理解できるので、ヴァンダルーも【装蟲術】で体内に装備するのは働き蜂のみにしている。
問題は――。
「だから、流石に生は勘弁してください」
兵隊蜂達が芋虫の団子を、前足に抱えている事だ。
虫食も躊躇わないヴァンダルーだが、やはり生は嫌なようだ。
巣の中で火を使うのは躊躇われるので、結局芋虫団子は食べずに受け取るだけにした。
「髪をドレッドヘアーにするのはどうでしょうか?」
ふと思いついた事をそのまま口にすると、ダルシアは目を瞬かせた。
『ヴァンダルー、どれっどへあーって物を母さん達は知らないから、どんな顔をすれば良いのか分からないわ』
「こういう髪型です」
拷問の末火炙りの刑で殺され、僅かな骨片に宿る霊と化した今生の母ダルシアに、ヴァンダルーは【操糸術】で自分の髪型をドレッドヘアーにして見せる。元々髪の量が多いので、ドレッドヘアーにすると似合っていた。
髪も纏まって項や尖った耳の周りが心地良い。秋が近くなるまでこの髪型にしようかなと、ヴァンダルーは思った。
『わぁ、本当に白い芋虫がくっ付いているみたいだわ。ドレッドって、地球の言葉で芋虫って意味なの?』
「……多分違う意味です」
洒落に成らない誤解が広まりそうな予感がしたので、ヴァンダルーはすぐに髪を戻した。
そうこうしていると、兵隊蜂よりも更に大きいセメタリービーの女王蜂が周囲に蜂を引き連れてやって来た。
その様子は急いでヴァンダルーを呼ぶ必要がある程、切羽詰っているようには見えない。
ヴヴヴヴーヴヴヴーヴヴヴ。
「キリギチヂギヂ」
羽を振るわせ、顎や外骨格を鳴らしながらクルクル踊るように回る女王蜂。
「なるほど。それで?」
頷き、続きを促すヴァンダルー。
そんなやり取りが何回か繰り返されるのを見ていたダルシアは、戦慄を滲ませて呟いた。
『わ、訳が分からない。ええっと、こんな時母親の私はどうすれば!?』
息子とその友達が何を話しているのか分かりません。どうすれば良いでしょうか?
子育てをしている親なら珍しくない悩みなのだろうが、友達が巨大昆虫の場合はどんな答えがあるのだろうか。
「彼女はより進化するために今から産む新しい卵に生まれ変わりたいと言っています」
答え、息子に通訳を頼む。
『そうだったの。でも、ランクアップじゃダメなの? まだ寿命は在るのよね?』
ラムダに存在する全ての魔物は、経験値を得てレベルが百に到達し、条件を満たせばランクアップする事が可能だ。
だから当然セメタリービークイーンも、ランクアップする事が可能なはずだ。それなのに、残りの寿命を放棄してまでヴァンダルーに疑似転生を依頼する理由があるのだろうか?
「それは俺も聞いたのですが、【導き】を得たのだそうです」
『それって、もしかして【導士】の?』
驚くダルシアに、ヴァンダルーは「そんな覚えないんですけどね」と言いつつも、頷いた。
サムとクノッヘンが早速影響を受けたのだから、セメタリービーが影響を受けていても不思議はない。
ただ、彼らを導いたはずの張本人であるヴァンダルーに、全く自覚が無いのが不思議だが。
伝説や英雄譚では、【導士】ジョブに就いた勇者が技を伝授したり、人の道を説いたり、友情や絆を確かめ合ったり、共に死線を乗り越えたり、そんなイベントを経験した者達が急成長を遂げるのが【導き】スキルの効果だとされているのだが。
ヴァンダルーの場合、初日に皆で宴会をしただけである。
「こんな事で皆がランクアップするなら、暫く毎日宴会を催しても良いのですけどね」
ヴヴヴヴヴ
「え、夢? そう言えば珍しく見ましたね」
『あら、何時も夢は見ないって言っていたのに。どんな夢を見たの?』
「暗い場所で一人歩いていて、寂しいので誰か来ないかなーと思っていたら皆が集まって来てくれて、遊ぶ夢ですね」
ヴァンダルーを乗せて星の無い夜空を一緒に走り回り、頼もしい城塞に案内してくれて、他にも色々と。
改めて思い出すと、あれがサムやクノッヘンだったのかもしれない。
『ふふ、良い夢を見られて良かったわね』
息子に微笑むダルシアだが、その結果がナイトメアキャリッジやボーンフォートの誕生である。アンデッドを敵視するアルダ神殿や討伐依頼で駆り出される事に成る冒険者ギルドからすると、微笑ましいどころか悪夢だろう。
「とりあえず俺が導いたのなら、応えた者を止める訳にもいかないでしょう。希望通りにします」
「ギヂィ!」
女王蜂は嬉しそうに大きく顎を鳴らすと、ヴァンダルーが差し出す両掌に卵を一個産み落とした。
「では、また会いましょう」
そして女王蜂の魂を抜く。生きている身体から魂を抜くのは難しいかと思ったが、女王蜂が同意していたからか、それともこれも【導き:魔道】の効果か、するりと抜く事が出来た。
白い半透明な米粒に似た形をした、既に大きさが人の赤ん坊ほどもある卵に女王蜂の魂が宿り、それまで生きていた女王蜂の身体が地面に落ちる。
『ところでヴァンダルー、その卵の世話は誰がするの?』
「それはセメタリービーが……あれ?」
ふと気がつくと、他のセメタリービーは日常業務に戻っていた。
【鮮度維持】で女王蜂の身体の腐敗を止めた後、ヴァンダルーは卵を抱えて育てる事に成ったのだった。
「まさか二度目の子育てをこんなに早くする事に成るとは」
因みに一度目はパウヴィナである。
しかしそのパウヴィナや、ジャダルやヴァービ、ラピエサージュは不満があるようだ。
「あたし、そんな風にしてもらって無いもんっ」
「あたしもーっ」
「して欲しいのにっ」
『う゛っう゛ぅっ』
今年五歳に成るパウヴィナは、既に身長が人の大人並に大きくなっている。大きさを無視しても、人の八歳児程度に見える。女の子は成長が早い……という事ではなく、人種に比べて成長が早く成体になると三メートルに達するノーブルオークの血の影響だろう。
ビルデの娘であるヴァービとバスディアの娘であるジャダルは、それぞれ五歳と四歳らしい可愛さで、ラピエサージュは……変わらない。パッチワークゾンビだから当然だが。
そんな彼女達が言う「そんな風」とは何かと言うと……舌を伸ばしてペロペロと女王蜂の卵を舐める事だった。
「……これは卵にカビが生えないようにしているだけなんですよ」
蟲が卵の世話をする時にしている事を、とりあえず真似ているヴァンダルーはパウヴィナ達の訴えにとても困惑していた。
「じゃあ、カビが生えないようにあたしも舐めてっ!」
「いや、お風呂入ってるでしょ。舐めなくても生えません」
「えー、舐めてよー」
「ペロペロ面白そうっ」
【身体伸縮】スキルで約四メートルまで伸びるヴァンダルーの舌がうねうね動く様子は、彼女達にとって見ていて面白いらしい。猫が猫じゃらしを好むのと同じかもしれない。
子供らしいと微笑ましく思うべきか、悩むところである。
『あ゛う゛ぅ?』
「いや、ラピエサージュは本当に必要無いでしょう」
それにやったら周りから誤解されそうだしと、ラピエサージュを見上げるヴァンダルー。
背中には翼竜の翼、腰には先端にセメタリービーの毒針が生えた蛇の尻尾を生やし、それぞれ肘と膝から先がオーガの物に置き換わっているラピエサージュだが、胴体は肉感的な女性の物で顔は幼さを残した美女の物だ。
その彼女を舐め回すのを躊躇うのは、当然だろう。
アンデッドだとか、体中に縫い目があるとか、そんな事は言い訳にはならないのがこのタロスヘイムである。
「お話の最中に申し訳ありませんが、宜しいでしょうか旦那様」
王城地下のヴァンダルーの個人工房に来るようにと言われていたベルモンドは、何故か年少組に囲まれて巨大な蟲の卵の世話をしている主人を見ても、動揺せずに話しかけた。
ベルモンドにとってこれくらいなら許容範囲内らしい。いや、もっと気になる物がすぐ近くにあるからかもしれないが。
「あ、ベルモンド、ご苦労様です。今日はあなたの手術プランを見てもらおうと思いまして」
「ベルモンドだー」
「こんにちわっ!」
「こんにちわ、お嬢様方。
それで旦那様、その手術プランと言うのは……まさかあれでしょうか?」
ベルモンドが視線で指す「あれ」とは、ライフデッド化したかつての主人テーネシアが謎の液体に浸かっているカプセルの横に置かれている物だ。
それは白い石製の女性型マネキンに似ていた。精巧な作りで、顔は無いが今にも手足が動きそうに見える。
ベルモンドと同じ背丈で、同じ手足の長さをしていて、胸の膨らみや腰回りはテーネシアのライフデッドと同じくらいに見える。
「はい」
特に後ろめたい所など何も無いと頷くヴァンダルーに、ベルモンドは胸を抑えた。
「……旦那様、私をあのような色気過剰な身体にしてどうなさるおつもりですか?」
「いえ、胸なんかは単に細かい成形作業は難しいので、そのままくっつけようとしているだけですが」
「私は旦那様の僕。面白半分に身体を弄られ、弄ばれようとそれが運命と受け入れる覚悟でございますが――」
「人聞きが悪い。福利厚生の充実度では自信があるのですが」
「分りました。どうか旦那様の意のままに」
最終的に納得してくれたらしいが、これは尻尾を付ける時にも色々言われそうだなとヴァンダルーは思った。
尤も、本気で嫌がっている様子は無いようだが。寧ろ、嬉しそうである。
「ヴァン、吸血鬼ってエレオノーラみたいな人しかいないの?」
「……ノーコメント」
かなり真剣な目でパウヴィナに問われたが、答えを拒否した。違うとは思うが、もしかしたら……そんな風に考えてしまう自分を否定しきれなかったのである。
『ヴァンダルー、嫁入り前の女の子の身体に傷をつけるのだから、責任を取らないとダメよ』
『あの、ダルシア様、その理屈だと陛下は女の人を手術できなくなってしまうのでは?』
「いえ、流石に責任までは……」
少し悪ノリが過ぎたかと、レビア王女とダルシアを諌めるベルモンド。実際、彼女はヴァンダルーから手術を受けるのが楽しみだった。
躊躇いを覚えない訳ではなかったが、それ以上にヴァンダルーから受け取る何もかもが喜びであったからだ。
あの夢のように。
「ただあまり下品にならない程度にして下さると、幸いです」
かつてのベルモンドの主人、テーネシアは彼女の目から見ても美しい女だった。だが、その美しさは上品な性質のものではなかった。
当人の言動と普段の格好が殆どの原因だろうが、どうしても娼婦のように見えてしまう。……他人に媚びるどころか顧みる事すら無いので、その印象も長続きしなかったが。
「善処しますけど、多分大丈夫だと思いますよ」
実際にテーネシアと顔を合わせて数分程度のヴァンダルーには上記の印象すら薄いが、ベルモンドの首から下がそっくりそのまま彼女と入れ替わったとしても、下品にはならないだろうと思った。
「ベルモンド、ムチムチになるの?」
「キングが好きなキンニクはー?」
「ムチムチにはなると思いますけど、筋肉は移植しない予定です。既に十分ありますし」
「あまり身体が重くなるのは……両手足の指と舌が自由に動けば、私の場合問題はありませんが」
『どう、る゛い゛ぃ?』
「まあ、継接ぎのご同類にはなるでしょうけれど……」
無邪気に自分と手術後の模型を見比べるヴァービ達や、「仲間?」と首を傾げるラピエサージュに苦笑いを浮かべたベルモンドは、ふと先程からずっと黙ったまま血走った眼で蠢く何かを観察している人物に気がついた。
「ところで、彼は一体何をしているのですか?」
「ルチリアーノですか? 彼は肉塊ちゃんの研究中です」
不完全ながら動くようになった蘇生装置でダルシアを蘇生させようとした結果出来た、骨も内臓も無いビクビクと痙攣する謎の肉塊。
同じように出来た肉塊同士をくっつけると、融合して一回り大きな肉塊に成る等変化はしたが、何時まで経っても何をしても肉塊のままだった。
ヴァンダルーが試しに【魔王の血】を与えてみても、特に変化は無かった。
しかし、今朝からその動きが大きくなり、変化し始めているらしい。
「もしかしたら、新たな生命の誕生かもしれないと言っていまして」
「新たな生命、ですか」
ヴァンダルーとベルモンドの視線の先では、ルチリアーノの前に設置された巨大な鍋に似た装置の中で激しく蠢く肉塊が在った。
ドロドロの肉色のスープのように変化した肉塊は、まるで煮えたぎるようにボコボコと膨らみ泡立ち、その表面から人の手や蛇の頭に似た肉の突起が生え、そしてある程度伸びると崩れて肉塊に戻る。
これを繰り返していた。
「私には地獄の窯に煮られて苦しむ亡者に見えますが」
「奇遇ですね、俺もです」
『時々人の頭っぽい物が出てくるのだけど……なんだか輪郭が私に似ている気がするのよね。私の頭がいっぱい生えてきたらどうしましょう』
どう見ても『新しい生命の誕生』ではなく、地獄から這い出ようとする亡者の図である事に異論は無いようだった。
今はまだヴァンダルーもステータスを見られないし、【鑑定】の魔術を使ってみても「謎の蠢く肉塊」としか出ないので、まだ生物かどうか微妙だが。
『そもそも陛下、あれは何故生き続けられるのでしょうか? 骨はまだしも、内臓が一つも無いのに』
「あたし達時々ご飯上げてたよー」
「お肉上げると喜んで食べてくれるの♪」
パウヴィナやジャダルが餌付けしていたらしい。
「食べるんだ」
ヴァンダルーが血を与えるまで肉しかない、口も胃も無いのに、肉塊ちゃんはご飯を食べるらしい。恐らく、仕組みとしては単細胞生物が食事をするのと同じだろう。
触れた物を見境なく取り込む習性でもあるのなら、極めて危険だ。間違って子供達が落ちないように、周りに囲いを作るべきだろう。
「でもね、野菜は食べてくれないの」
「カエルも生きたままだと、ぺっするの。好き嫌いすると大きくなれないよって叱っても、聞いてくれないんだよ」
「なるほど、生き物は食べないみたいですね」
お説教を聞く耳と頭は無いが、意外と安全な存在なのかもしれない。単純にカエルを嫌がっただけかもしれないので、後で生きている鼠や魚、アンデッドを食べないかどうか確認してみよう。
『私って、子供達に餌付けされてるのね。しかも、カエル……』
自分の失敗作である肉塊ちゃんが餌付けされていた事実に、ダルシアはちょっとよろめいていたが。
「まあまあ母さん、カエルは美味しいですよ」
しかし夢中で研究するルチリアーノの期待をよそに、肉塊ちゃんが新しい生物に成る事はまだなかった。
「どうやら、魔物であれ人であれ、生物に成るのに必要な物がまだ足りないようだ」
ルチリアーノはそう結論付けると、肉塊ちゃんの研究を元の経過観察に戻した。
そろそろ涼しくなる九月の終わり、南の大沼沢地とタロスヘイムを結ぶ道が完成した。将来乳製品や魚、レンコン等を運搬する際に必要であるため、人海戦術で間にある巨大シダ植物の森を切り開き、地面を押し固め、【ゴーレム錬成】で作った石畳を敷いて道を作った。
有事の際には石畳が立ち上がって危険に対処し、その際多少壊れても破片を吸収して自己再生するメンテナンスフリーの街道である。
山賊の心配は無いが、山賊よりも危険な魔物が出現する魔境を突っ切る街道なのでそれぐらいの設備が必要なのだ。
尤も、早くも南の森の魔物は大幅に数を減らしているので十数年後には普通の街道でも十分になるかもしれない。
そんなクリーム遠征の後処理と将来の発展のために必要な仕事を終えたヴァンダルーが取り組んだ事。それは……。
「ではこれから国民皆兵キャンペーンを始めます」
タロスヘイムの非戦闘民を集めての訓練だった。
「前もって説明した通り、このキャンペーンの意味は『国民皆に並の兵士一人ぐらいなら殺せるだけの戦闘力を持ってもらいたい』というものです」
「あたしの知ってる国民皆兵と意味が違う」
元冒険者ギルド出張所の非正規職員にして現交換所の受付嬢、そしてフェスターの恋人のリナの呟きが聞こえるが、ヴァンダルーは気にせず続ける。
「ご存知の通りタロスヘイムは魔境に囲まれていますし、またミルグ盾国やアミッド帝国が攻めてくるかもしれません。その時に備えて少し訓練して欲しいのです」
「それは聞いたが……俺達はレベルを上げてもあまり強くならないぞ」
家族が一人増えて、再び元気に石工として働いているイワンの言うように、生産系のジョブに就いている一般人はレベルを上げても能力値はあまり上がらない。生産系ジョブは、生産系スキルの補正に大部分が割かれているためだ。
それに生産系ジョブに就いている者は、戦闘訓練や魔物退治で手に入る経験値自体も【戦士】や【魔術師】のような戦闘系ジョブに就いている者よりも少なくなる。戦士が石工としての修行でレベルアップするのがおかしいように、石工だって魔物退治ではあまりレベルアップしないのだ。
「はい、分っています。なので、皆さんにはスキルを獲得して貰います」
だからヴァンダルーが注目したのは能力値では無くスキルだ。このラムダには地球と違って便利な事に、スキルシステムが実装されている。
そしてスキルは一度獲得すると、失う事は基本的には無い。あまりに長期間使わなければ勘が鈍り、身体が鈍る事はあるが、定期的にこうして訓練すればある程度使える状態を保てるだろう。
「なるほど、とりあえず1レベルはスキルを取らせようって事か」
元第五開拓村の村人、ヴァンダルーの背に乗って空を飛んだ事がある猟師のカインは【弓術】スキルを3レベルで持っているため、訓練を受ける側ではなく監督する側である。
彼が言ったように、一般人に粗末な槍や弓矢を持たせて、とりあえず1レベルだけスキルを持たせる程度の訓練を施す為政者は、ヴァンダルー以外にも数多くいる。
一般人でも戦闘系スキルを1レベル持っていれば、山賊に襲われた時にもある程度は自衛できる。それに村に魔物が入って来た時も、総出で当たればランク3の魔物一体ぐらいなら追い返す事も出来る。
それに魔境ではない通常の野山に入って自然の恵みを採集し獣を狩って食料にし、毛皮を鞣して現金収入を得たり出来る。
それによって為政者は常駐させる兵士の数を減らせるなど、様々な利益を得るのだ。
勿論、反乱を起こされたり、村人が貧しさから山賊にでもなったりしたら問題だが、それを起こさせない自信が無いなら元から訓練を実施しない。
ヴァンダルーの場合は、どうやら純粋に国民の防衛力向上が目的だが。
「いえ、1レベルだと心許ないので2レベルぐらい。当然武技も使えるようになってもらえると助かります」
「ちょっと求める水準が高くないか!?」
因みに戦闘系スキル2レベルとは、ヴァンダルーと初めて会った当時のフェスターの【剣術】スキルレベルである。
見習いとは言え、その道で食って行こうと決めた少年が、一年程冒険者学校で学び、日々ゴブリン等を相手に経験を積んだ状態でのレベルだ。
「でもスキルレベルが2で武技を使えるぐらいじゃないと、この辺りの魔境の魔物相手には時間稼ぎも出来ませんよ」
しかし、ヴァンダルーの言う事も尤もである。カインには過剰なまでに並び立つタロスヘイムの城壁を抜けて魔物が入って来るとは思えなかったが、「何事にも予想外の事態はあり得ます」と言われると反論できない。
「でも2レベルって、これからあたし達、地獄のスパルタ訓練をしなくちゃいけないの?」
「大丈夫です、腕利きの教官を用意しましたから」
数日でスキル補正も無いのに2レベルは無理だと顔を強張らせるリナ達の前に、ヴァンダルーは用意した教官を整列させる。
ガシャリガシャリと音を立てて現れた教官達は、リナやイワンも見覚えのある鎧だった。
そう、鎧だけ。
「元赤狼騎士団の連中を使ったリビングアーマーです。皆さんにはこのリビングアーマーを着てもらい、戦闘系スキルを体感しながら学んでもらいます」
鎧に霊が宿ったアンデッドを着て訓練する。
今までにない訓練法を実施しようとするヴァンダルーに、リナ達は硬直した。
「さあ、早く訓練を始めますわよっ! 私、早くスキルを2レベルまで獲得して、ヴァン様の角を加工する仕事に戻らなければなりませんの」
リナ達と一緒に訓練を受ける事になったタレアは、硬直する皆を尻目にさっさと自分が着る教官を選びにかかった。
・スキル解説、【導き:魔道】
人が望んで歩まぬ道、道無き道、そうした道を歩む者が同じ道を歩む者を導くスキル。
このスキルの恩恵を受ける者は変異やランクアップ、成長を促される代わりに正道から遠ざかって行く。
邪悪ではないが、善悪以前にただ「異なる」存在になっていくのだ。
正常な常人から見れば、このスキルの所有者と、所有者の導きを受ける存在達は恐ろしい存在に感じ、忌避感を覚え、それらの歩む姿は百鬼夜行の如くに見えるだろう。
【眷属強化】スキルが【魔導士】のジョブに就いた事で変化したスキルで、【眷属強化】の効果はそのままより強化されている。
・スキル解説、【魔道誘引】
既に魔道を歩んでいる者、足を踏み入れている者を惹き付ける。正道を歩む者であっても、魔道に誘うスキル。
所謂魔性であり、魅入られてしまった存在は中毒に陥ったようにこのスキルの持ち主に耽溺する事になる。
【死属性魅了】スキルが【魔導士】ジョブに就いた事で変化したスキルで、よりスキルの効果範囲が広がり、一度効果を受けてしまうとレジストする事が難しくなる。
・スキル解説、【深淵】
覗き込む側ではなく、覗き込まれる側である事を表す固有スキル。
このスキルの所有者は怪物と戦う時、自らも怪物になってしまう事を案じなくて良い。何故なら、それはこのスキルの所有者と戦う存在がするべき心配だから。
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4月27日に記念すべき100話を、5月1日に101話を、2日に102話を投稿予定です。




