九十七話 クリーム遠征決着!
『鱗王』の二つ名を獲得し、広大な沼沢地に君臨する彼はその日も自分を崇める下僕からの奉仕を受けていた。
百年以上も昔、彼はただのアースドラゴンだった。
竜種の一種であり、土属性のドラゴンとして恐れられる存在だが、竜種の中ではやはり下等な部類だ。
しかも、彼は沼沢地に出現したダンジョンで生まれた魔物だった。ボスでも中ボスでもなく、ただ階層に生息しているだけの魔物だ。
周りに生息するのは自分と同格の魔物ばかりで苦労したが、ある日発生した大暴走で彼はダンジョンから解放された。
他の魔物と共に外に出ると、そこには自分より弱い魔物が数え切れないほど生息していた。
彼はそれを食った。襲って喰い、戦い、襲われて戦って、夢中で喰った。
気が付けば、彼はランクアップしていた。
そして暫くすると、『暴邪龍神』ルヴェズフォルの声を聞いた。
『貴様には素質がある。我を奉じるならば加護を与えてやろう』
彼はルヴェズフォルの言葉に従い、加護を獲得した。そして更に暴れて喰らい、ランク7だった彼はランク10のグレートマッドドラゴンに至っていた。
手足がヒレ状になり、頭と胴体はワニに似た外見に成ったが彼は気にしなかった。魔物にとってランクアップは喜びであり、それで形態が大きく変わったとしても嘆く事ではないからだ。
そして何時しか従うようになったリザードマン達を従え目ぼしい強敵を喰い尽くした後は、『鱗王』として君臨する甘美な日々を過ごしている。
食事はリザードマン共が運んでくるし、それが少なければリザードマンを喰えば良い。
自分では手が届かない背中の鱗をリザードマンに磨かせながら、集めた宝物を眺めながら微睡む。最高だ。
自ら戦う事は無くなったが、ルヴェズフォルもリザードマン共に祈らせるようにしたら叱責するどころか、より加護を強めてくれた。
このまま何時までも時間が過ぎていくだけだと思っていたが、最近僕のリザードマン共が騒がしい。従えていた群の内幾つかが言う事を聞かなくなったらしい。
面倒だったので、『鱗王』は何もせずにそのまま眠りについた。
次に目覚めた時、彼にもたらされたのは襲撃を受けているという知らせだった。
この『鱗王』に逆らうとは身の程知らず共め! 喰ってやる!
報告してきたリザードマンを朝飯代わりに喰い殺し、『鱗王』の二つ名を持つグレートマッドドラゴンは巣穴から久しぶりに出たのだった。
広大な沼沢地で、大勢のリザードマンと、リザードマンとグールやアンデッドまで含まれた連合軍が戦っていた。
押しているのは連合軍側である。
『圧倒的ですね、我が軍は』
久しぶりに将軍らしい仕事をしているチェザーレに、「それはフラグだ」と突っ込む必要も感じない程、圧倒的である。
「圧倒的に成るようにしましたからねー」
じっとりと暑い夏の日差しの下でも、相変わらず蠟の様に白い肌のヴァンダルーは応えた。
二百年前タロスヘイムと不可侵条約を結んだリザードマンの群れを、当時交渉の時に使われていたのと同じ色の旗を持って探す事から始めたが、見つけてみると当時沼沢地に君臨していたその群は、現在では全員で三十匹も居ない中小の群れへと転落していた。
人間の言葉を理解し文字が書けるような頭の良いリザードマンも居なかったため、ヴァンダルーが探索の過程で倒した敵対的なリザードマンをゾンビにして、通訳を任せた。
すると、何でもずっと前からこの沼沢地には強いドラゴンが君臨し、そのドラゴンに加護を与えた『暴邪龍神』ルヴェズフォルを信仰するリザードマンの群れが、支配しているらしい。
リザードマン達の話を聞いても、霊の話を聞いても、そのドラゴンが何処から来たどんな個体なのか要領を得なかったが、沼沢地に適応した個体で、複数のアースドラゴンやロックドラゴンを従えているらしい事は分かった。
そして『鱗王』傘下のリザードマンの数は、何と三千匹を超えるらしい。
敵側の群れはドラゴンの威を借りて幾つもの群れを傘下に収め、他の魔物や魚を獲って生計を立て、沼沢地に発生した二つのダンジョンの内一つで戦士を鍛えてその数を維持しているようだ。
リザードマンは素の状態のランクは3だが、亜人型の魔物の中では、ノーブルオーク等の上位種を除けば最も知能が高い。リザードマンの戦士達は下手な山賊よりも忍耐強く、冷静で、高い判断力を持つ。
二百年前のタロスヘイムと不可侵条約を結んだ事も、彼らの知能の高さを表している。
『鱗王』の群れにはランクの高いリザードマンも数多く居るそうなので、戦場になるのが足場の悪い沼沢地である事を考えると、そのまま力尽くで征服するのは得策ではないだろう。
特に、雑兵代わりの岩や木のゴーレムはすぐに沼地に沈んでしまう。
では、頭が良く【死属性魅了】が効かないリザードマンを従える『鱗王』の群れをどうやって切り崩し、逆に自軍の戦力にする事が出来たのか。
それは、圧倒的な力を見せつけた結果である。
『トカゲ共! 俺達に従うかこのまま死ぬか、どっちか選びやがれ!』
『オオオォォォォォン!!』
「早く選べっ! 我達は気が短いぞ!」
ランク10のゾンビヒーローのボークスやランク8のユニオンボーンのクノッヘン、ランク7のグールタイラントのヴィガロが殺気と怒気をばら撒きながら恫喝する横で、通訳のリザードマンゾンビが説得したり。
「ふふふ、手足を切断されるのは随分と苦しそうですね。殺して欲しい? いえいえそんな、私共が欲しいのは皆様の命ではなく絶対的な服従のみ。
どうか御一考を。頷いていただければ、あなた方の手足を元通り繋ぎ直して差し上げますので」
ランク10のベルモンドが営業スマイルを崩さず、リザードマンゾンビの通訳と一緒に説得したり。
「俺達に、従え!」
「分からない連中ね! ヴァンダルー様に降れと言っているのよ!」
「【魅了の魔眼】は使わないのか?」
「あれは視線を外した瞬間解けるから意味が無いのよ!」
ブラガやエレオノーラやバスディアが、群全員を半殺しにして実力の差を分からせたりした。
魔物は基本的に自分達より強い存在にしか従わないので、引き抜き工作に使えるのは暴力的な肉体言語のみだ。
「――――♪」
中には平和的に、群全体に麻痺毒をばら撒いたヴァンダルーが延々歌を歌っただけの時もあったが。勿論【叫喚】と【精神侵食】を付けて。
麻痺毒が解けた時、その集落のリザードマン達は自分達がずっと以前から『鱗王』ではなくヴァンダルーの傘下にあると信じて疑わなかった。
以上の工作を沼沢地の外側に在った中小の群れに、二ヶ月程行った結果、千匹のリザードマンが味方に成った。……その過程で何故か、最初から味方に着いてくれたタロスヘイムに友好的だった群の忠誠度まで急上昇したが。
『これほどまでに一方的ですと、最初から力尽くで征服しても良かったような気もしますな』
「チェザーレ、それは流石に調子に乗り過ぎです。それにシャシュージャが哀しそうな顔をするから、止めて」
冗談交じりに怖い事を言うチェザーレに、ヴァンダルーは現在リザードマン達の纏め役をしているリザードマンジェロニモのシャシュージャを目で指す。
タロスヘイムと条約を結んでいた群の子孫である彼は、捨てられた子犬のようにヴァンダルーを見つめている。爬虫類の冷たい瞳で、よくそこまで感情を表現できるものだ。
実際、ヴィダの新種族でもない、ただの魔物であるリザードマンにヴァンダルー達が配慮する理由は無い。
だがシャシュージャの哀愁を誘う泣き落としにヴァンダルーが屈した事もあって、『鱗王』を倒した後はリザードマンを併合する形に成ったのだった。
因みに、彼のシャシュージャという名はリザードマンの言語で本来発音される彼の名前を、人が発音できる言葉に直したものだ。
『……陛下、女子供に弱いならまだしも、何故リザードマンの泣き落としに落ちるのですか?』
「俺、元々動物は好きですから。地球に居た頃はペット飼えなかったし、オリジンでは俺が実験動物だったし」
それに結局、多少時間がかかっただけで特に皆が危険だった訳でもないので構わないだろう。
それに、広大な沼沢地を管理するにはやはり沼沢地に適応しているリザードマンを使うのが便利なのは事実だ。
「それより敵が切り札を出してきましたよ」
『おお、あれはリザードマンロイヤルガード! 本来リザードマンキングが存在しなければ発生しない魔物ですぞ、陛下』
他のリザードマンよりも体格と装備の良い、勇ましいリザードマンが洞穴からバラバラと出てくる。チェザーレが言うには相当珍しい種族らしい。
そして前線に加わるが、傾いた戦況をひっくり返すには至らない。
何せ『鱗王』側はまだ約二千匹のリザードマンが居るが、ヴァンダルー率いる『蝕王』側には約千匹のリザードマンに加えて、千人以上のグールとアンデッドと魔物の混成軍が居る。
しかも、リザードマンはまだヴァンダルーの【眷属強化】の範囲外だが【従属強化】は効いている。
精鋭が数十匹前線に出て来ただけでどうにかなるはずがない。
それで焦ったのか、恐らく『鱗王』にとって四天王的な立場の側近だろうドラゴンも出てきた。アースドラゴンとロックドラゴンが六頭。自軍の筈のリザードマンを蹴散らしながら前線に突っ込んでくるので、逆に戦線を混乱させている。
だが『鱗王』側のリザードマンはシャーシャーと歓声を上げ、士気を上げる。
そして『蝕王』軍も歓声を上げて士気を上げる。
「旨そうな肉だ!」
『殺せっ! 殺せ!』
最近タロスヘイム周辺ではドラゴンが出なくなったので、皆大張り切りである。B級ダンジョンの『バリゲン減命山』でもワイバーンなら兎も角、アースドラゴン以上の竜種の出現率は低いので、久々に竜の肉を食べるチャンスなのだ。
実際、ランク7やランク8程度では精鋭が含まれている『蝕王』軍の敵ではない。
「【大割斧】!」
『おおおおおおぉんっ!』
ヴィガロの【魔王の角】製斧がアースドラゴンの首を叩き斬り、隣では巨大な骨の山にしか見えないクノッヘンがアースドラゴンを飲み込んで、生きたまま骨を抉り取る。
『新生黒牛騎士団の勇姿を見せる時だ!』
『走れ、我が愛馬よ!』
逞しくも何処か禍々しい馬に騎乗した、元ミルグ盾国軍の黒牛騎士団のゾンビナイト達がロックドラゴンを集団で攻めたてる。
岩がそのまま動き出したような巨体と怪力、そして何よりも頑丈さを誇るランク8の竜種を翻弄し、黒い死鉄製ハルバードやクレイモアで外殻を叩き割る。
因みに彼らが乗っている馬は、ハートナー公爵領でカールカンや赤狼騎士団から奪った軍馬が魔物化した物だ。
ランク3の魔馬で、戦場で無数の血と死者の断末魔の叫びを浴びた軍馬が稀に変化すると恐れられる存在らしい。
見た目は怖いがゾンビが近付いても怯えない、雑食性で弱い魔物なら踏み潰して喰らう便利な騎乗動物である。
他のドラゴンもベルモンドの移植した魔眼によって石化され、動きを封じられたところを金属糸で輪切りにされたり、バスディアとエレオノーラに惨殺されたり、悲惨な一頭はブレスを吐けない様ブラガ達に喉を潰された後、未熟なブラックゴブリンやアヌビス達の生きたサンドバックにされていた。
絶対的な上位者だったドラゴンが次々に倒されていく光景に、リザードマン達は敵も味方も思わず呆然とする。ヴァンダルーと本陣に居るシャシュージャもだ。
「ランク7や8ぐらいならうちに在るダンジョンで出ますから。今更苦戦なんてしないのですよ」
ドラゴンその物が出てくる事は少ないがドラゴン相当の魔物は出て来るので、これぐらいは普通なのである。
『陛下、そろそろ』
「はい。じゃあ、後はよろしく」
促されたヴァンダルーが【霊体化】で伸ばした翼を使って飛び立ってから数秒後、洞穴から一際巨大なドラゴンが咆哮を響かせながら現れた。
『GYAOOOOON!!』
四肢がヒレ状になった巨大なワニのような外見の『鱗王』の異様には、リザードマンだけではなく『蝕王』軍の者も少なからず動揺した。
ランク10となれば、一国を滅ぼしかねない強大な魔物だ。普通の魔物や並の冒険者ならパニックを起こし、逃げ出してもおかしくない。
『ようやく戦い甲斐のある奴が出て来たぜ!』
だからボークスが嬉々として巨大な剣を振り上げながら飛びかかって来たのは、『鱗王』にとって意外な展開だったのだろう。
魔剣の剣先で鼻面を切り裂かれるまで、『鱗王』は動きらしい物を何も見せなかった。血が飛沫を上げてから、ようやく怒りの叫びを上げる。
『ぼさっとしやがって! 寝ぼけてんじゃネェ! さっさと目を覚ませ!』
寝ぼけさせたままで良いのにとヴァンダルーは思うが、どうやらランク10に上昇した事でB級ダンジョンのボスでも物足りなくなってしまったボークスは、本気の『鱗王』と戦いたいようだ。
その望みは叶ったようで、闘争本能を目覚めさせた『鱗王』が呪文の代わりらしい吠え声を上げ、土属性や水属性の魔術を放ち、鞭のように撓る尻尾を振るい、ヒレを振り回す。
その様は暴力を越えて災害と言うしかなく、巻き込まれればどんな生物も翻弄され、磨り潰されるしかないだろう。
『ガハハハ! その調子だぜっ!』
しかしそれをボークスは物ともしない。同じランク10で、しかし竜種とアンデッドなら大体竜種の方が強いのが普通だが、ボークスは生前のA級冒険者だった頃の力を完全に取り戻したゾンビだ。その上、装備もA級冒険者並かそれ以上に充実している。
しかも、【眷属強化】や【従属強化】で能力値が強化されている。流石にランクが高くなると、【眷属強化】10レベルでもそれだけで上のランクの存在を圧倒する事は難しいが。
ランク1のゴブリンの腕力が五百キロ上がったら劇的な強化だが、岩を軽々と持ち上げるドラゴンの腕力が五百キロ上がっても、凄いは凄いが劇的な強化ではないのと同じだ。
だがボークスと『鱗王』は同ランク。片方だけが強化されているのだから、その差は大きい。
『ハァハッー! 坊主で出来た剣は切れ味が違うぜぇぇ!』
その上、ボークスが今振るっている刃渡り三メートルの巨大剣は、ヴァンダルーが生やした【魔王の角】を【魔王の血】で磨き、死鉄を合わせて鍛えた一品だ。
『鱗王』の鱗は一流の剣士でも歯が立たない程強固なのだろうが、アダマンタイトも切り裂く素材で作られた魔剣を振るう、超一流の剣士ゾンビの前に切り裂かれていく。
「そろそろか」
追い詰められる『鱗王』を上空から見下ろし、頃合いだと判断したヴァンダルーは鉤爪で自分の手首を切り、【魔王の血】を発動した。
赤黒い血が傷口から噴き出し、見る見るうちに筒状の形に凝血。そのまま【魔王の角】を発動し、指先ほど小さな流線型の角を生やす。
『GUOOOOOOON!! GOGYAAAAAA!』
すると、『鱗王』が一際大きく長い咆哮を上げた。すると、空から濃い紫色の光の柱が『鱗王』に降りてくる。
以前ゴルダン高司祭が使った、神々に仕える御使いを自らの肉体に降ろして能力値を強化する【御使い降臨】スキルだ。
『鱗王』は魔物だが、『暴邪龍神』ルヴェズフォルの信者でもあるため御使いをその身に降ろす事が出来るのである。
ただでさえ強力なドラゴンが、【御使い降臨】で更に強化されたらボークスでも危ないかもしれない。
「ファイエル」
その【御使い降臨】で発生した邪悪な光の柱を、ヴァンダルーの【魂砕き】が乗った【念動】砲の銃弾が貫いた。
何かの名状しがたい絶叫が響き渡り、光の柱が砕ける様に消える。
唖然とした様子のまま硬直している『鱗王』の上空で羽ばたきながら、一仕事終えたとヴァンダルーは息を吐いた後、首を傾げた。
「凝固した【魔王の血】で作った銃身で撃ち出す、【魔王の角】弾で【御使い降臨】を妨害するのは成功したようだけど、あの絶叫は何かな? まさか御使いその者に当たったとか?」
『鱗王』が『暴邪龍神』ルヴェズフォルの【御使い降臨】を使えるのではないかという推測は、早い段階でエレオノーラやベルモンドがしていた。
邪悪な神々もそれぞれ御使いを従えており、それを信者は【御使い降臨】スキルで降ろす事が出来る。それは信者が魔物でも同じだ。
なら当然対策を考えようという話になるのだが、ヴァンダルーの弟子であるアンデッド研究者の元冒険者ルチリアーノが「師匠があの銃とやらで打ち抜けば良いだけの話だろう」と、言い出した。
神様の御使いが銃なんかで降臨を妨害されるのだろうかと、最初ヴァンダルーは懐疑的だったのだが、皆「それだ!」とルチリアーノに同調。
『大丈夫っ、ヴァンダルーなら出来るわ! 悪い神様の御使いなんてイチコロよ』
「そうじゃ、自信を持て坊や」
「ヴァンダルー様はもう実質ヒヒリュシュカカの従属神だったテーネシアを滅ぼしているのよ。御使いなんてザコよ、ザコ」
ダルシア達にそう盛り上げられたヴァンダルーも「じゃあ、やってみようかな」とその気に成った。
凝固するとオリハルコン程ではないがアダマンタイトより硬くなる【魔王の血】で銃身を作り、小さく生やした【魔王の角】をそのまま銃弾にして打ち出した。
結果、本当に【御使い降臨】を防ぐ事が出来た。もしかしたら、念のために乗せた【魂砕き】スキルの効果で、御使い本体もダメージを受けたのかもしれない。
「じゃあ、後はよろしく」
『おうよ! さて……じゃあ続きをしようぜ』
改めて魔剣を構えるボークス。切り札を妨害された『鱗王』の縦長の瞳が、初めて恐怖の色を宿した。
《【無属性魔術】、【魔術制御】、【砲術】、【神殺し】、【指揮】、【従属強化】スキルのレベルが上がりました!》
特に奇跡などが起こる事も無く、ボークスは『ちょっと物足りネェな』と言いながらそれなりの激戦を繰り広げ、『鱗王』の額を貫いた。
久しぶりの同格の相手を倒した事で、やっと纏まった経験値が入ったと喜んでいる。
そしてボークス達が得た経験値の約一割を得るヴァンダルーも、レベルアップを喜んでいた。
「これでやっと【樹術士】のレベルが百になりました」
『今度はどんなジョブが増えるのか楽しみですね、坊ちゃん』
『次のジョブはやっぱり【魔導士】ですか?』
「その予定です」
マジックハイレグアーマーとマジックビキニアーマーのサリアとリタに、そう答える。
一度は普通そうなのが逆に怪しいと避けた【魔導士】だが、春頃に魂を砕いて滅ぼした原種吸血鬼テーネシアから絞った情報によると、勇者の条件に【導士】ジョブに就くというのがあるらしい。
【導士】ジョブとは自分だけではなく仲間を強くする事が出来るジョブらしい。具体的な事はテーネシアも知らなかったが、人に有効な【眷属強化】スキルの様なものを獲得できるのかもしれない。
そう考えると既に二つ名の『蝕王』の効果でタロスヘイムの民なら種族問わず【眷属強化】スキルの効果範囲内に成るヴァンダルーが就く利点は無いように思える。
しかし、一般的にはそれ程知られていないらしいが勇者の条件に上げられる様なジョブだ。就けばそれだけで上流階級や冒険者ギルドのギルドマスター等からの信用が得られるに違いない。
名称に魔の字がつくのがやや不吉な気がするが、【導士】ジョブには幾つかの種類があるらしい。勇者ベルウッドはそのまま【導士】だったが、ザッカートは【共導士】だったとか。
それを考えると、魔がついてもそうおかしくないだろうとヴァンダルーは考え直した。
【魔術師】や【魔戦士】、【魔剣使い】や【魔物使い】等にも魔はつくが、どれも普通のジョブだ。【魔導士】の魔もどうせ魔物が仲間に多いとか、その程度の意味だろうと。
『【導士】ジョブに成ったら、父さんも飛べるようにして上げてくださいね!』
二人の父親、馬車に憑りついたアンデッドのサムはまだ空を飛ぶことを目指していた。助走をつけて高い所から飛び降りては、【衝撃耐性】スキルのレベルを上げていた。
どうも生前長く馬車の御者をしていた経験が、固定概念と成って空を飛ぶ馬車型アンデッドに進化する事を妨げているらしい。
【精神侵食】スキルを使って固定概念を取り除くような事をすると、サムの精神にどんな影響を与えるか分からないので、ヴァンダルーも手助けできないでいた。
「うーん、頑張ってみます。
ではそろそろ俺も戦後処理を手伝いましょうか」
『鱗王』討伐後、既に敵方のリザードマンで生き残っている者はシャシュージャ達に降伏と恭順を迫られ、武器を手放し、両手を上に上げて腹を突きだしている。
……別にふんぞり返っている訳ではなく、これが柔らかい腹を晒す事で降伏を表すポーズなのだ。獣が腹を見せるのと同じである。
地面に横に成らないのは、主な生息地が沼沢地なのでそれをすると呼吸できなくなる場合があるからだ。
半分ぐらいは抵抗や逃亡を試みるかと思ったが、そんな事は無かったようだ。
「随分切り替えの早い。この『鱗王』、実は人望が無かったのかな?」
『そうじゃなくて、多分逆らったら命が無いと思ったからですよ。きっと』
リタの言葉にそれも尤もかとヴァンダルーは頷く。
「ボークス達の活躍のお蔭ですね」
それまで頂点に君臨してきた『鱗王』相手に始終優位に立って倒したボークスに、四天王の様な立場のドラゴンをザコ同然に倒したベルモンドやエレオノーラ、ヴィガロ達。
リザードマンが降伏するのも無理はない。
『いや、俺より坊主だろ』
しかし、全身を『鱗王』の血で赤く染めたボークスはヴァンダルーの方が活躍したと言う。
「えー?」
『えーって、心底意外そうに首を傾げやがって』
「だって俺が今回したのって、ただ【魔王の血】と【魔王の角】を組み合わせて作った【念動】砲を、大きな的に撃っただけですよ。
確かに『鱗王』の【御使い降臨】を防いだのは大きいと思いますが、魔力もさほど使ってないし危険もほぼ無い、楽なお仕事です」
戦功としては小さくないが、それでも敵の大将を討ち取ったボークスよりも注目される程ではない。そうヴァンダルーは自分のした事を認識していた。
しかし、現実はちょっと違うらしい。
『あのな、あの『鱗王』って呼ばれていた奴はリザードマンが信仰してた『暴邪龍神』ルヴェズフォルって奴の、司祭でもあったんだぜ?
坊主がその司祭が呼んだ御使いを撃ち殺したとなりゃぁ、震え上がって当然だろう』
「いや、撃ち殺したとは限らないと思いますけど」
「それはそうですが旦那様、【御使い降臨】をスキル使用者ではなく御使いの方を攻撃して妨害したと言う話は私も聞いた事が無いので……旦那様なら出来ると確信してはいましたが」
ヴァンダルーの手術を受けて火傷で失明していた目にテーネシアの【石化の魔眼】を移植したベルモンドが、苦笑いをしながらそう言う。
「つまり、ヴァンダルー様は敵の心を圧し折ったのよ」
「うむ、リザードマンにとっては信仰対象を倒されたに等しい訳じゃからな。それに奴らはゴブリンやオークと違い生息する場所が水辺に限られる。ここを奪われた以上、勝者に恭順するしかないのじゃろう」
リザードマンにとっても世の中は世知辛いようだ。
「まあ、恭順する数が多いのは良い事だし……とりあえず生き残りで主だったリザードマンを集めて、後シャシュージャを呼んできてください」
こうしてヴァンダルーは、『鱗王』が君臨していた大沼沢地を手に入れたのだった。
因みに、この大沼沢地の総面積はハートナー公爵領を優に超える。
ヴァンダルー、八歳。未だ人間社会では只の一般人だが、既に公爵の領地よりも広い国土に君臨し、その戦力は中小の国では足元にも及ばない程に成っていた。
・魔物解説 リザードマン
亜人型の魔物の一種で、その中でも最も知能が高いとされる魔物。実際にはギルマンとそう変わらないのだが、リザードマンの方がまだ人間が理解しやすい精神構造をしているので、そう認識されている。
基本的なランクは3。姿は直立した蜥蜴その物で、角などは生えていない。大型の個体でも二メートルを超えない程度で、オークよりも純粋な力は劣る。しかしオークには無い素早さと、更に戦術を考える知能と挑発や誘いに乗らない冷静さを持つ。
集団に成るとさらに強力に成り、まるで訓練された軍隊を相手にするような錯覚を覚える事だろう。
高い知能を活かして武具を自作し、最下級の者でも死んだ仲間の鱗から作った槍や鎧、小盾で武装を整えている。
同じランク3でも明らかにオークよりも強力な魔物だが、生息地が水場に限られており、そこから離れていれば人間の村や町に被害を及ぼす事は殆ど無い。
またオークと違い生殖に人間の女性を求める事が無く、その繁殖力自体も低いので総じてオークよりも脅威にはならない。
さらにリザードマンは大きな群れに成ると大抵邪神や悪神を祀って集団を纏めるので、その信仰対象の性質によっては、不可侵の約束を人間と結ぶ事もある。ただリザードマンは人間の言葉を話せないため、交渉は筆談かボディランゲージに限られる。
鱗が防具や装飾品の材料に成り、肉も食用に適する。味は油が少なく、鳥に似ている。
尚、竜人をリザードマンや蜥蜴男と呼ぶことは侮辱に当たるので避けるべきである。
ネット小説大賞に参加しました。宜しければ応援お願いします。
4月23日に98話、24日に99話、25日に100話を投稿する予定です。