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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第一章 ミルグ盾国編
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十話 両手に鎧で夢を語る

 ヴァンダルーが去って一週間後、冒険者ギルドテロウ支部で初探索の権利を勝ち取った『風追い』のリーダーカッシュとその仲間達は、張り切ってダンジョンに入って行った。


 彼らが初探索の権利に拘ったのは、何も名誉や昇級だけが理由では無い。ダンジョンで手に入る宝物も大きな理由だった。

 ダンジョンで出現する魔物のランクや、手に入るアイテムの質や価値はある程度決まっている。しかし、それは定期的に冒険者が入る、発見済みのダンジョンの場合だ。


 誰も入らず魔物を討伐しない期間が長くなると、ダンジョン内の魔物は数を増やし魔物同士の殺し合いを行って、勝ち残った者がレベルを上げ、場合によってはランクアップしてしまう。そのため攻略の難易度が跳ね上がるのだが、ダンジョン内で手に入るアイテムの価値もそれに合わせて跳ね上がる。


 それが今まで誰にも探索された事の無い未発見のダンジョンだったら、尚更だ。初探索とは、ハイリスクであると同時に、ハイリターンなのだ。


 そのためカッシュ達も装備を整えて危険に備えながらも、大量の収穫を期待していた。

 しかし、入ってみると拍子抜けだった。地下一階で出て来るのはただのゴブリンが殆どで、その中に時折ゴブリンソルジャーやアーチャーが混じる程度。地下二階は持って来ていたランタンに火をつけて、警戒して進めば手こずる程では無く、地下三階も、足元のぬかるみに注意すれば楽勝だった。


「出て来る魔物は殆どランク1だな。偶にランク2が居るけど、数は少ないし」

「これはもしかして、ダンジョンの中でも攻略難易度が低いF級ダンジョンなんじゃないか?」


 ダンジョンには難易度に応じて冒険者ギルドが等級を付ける。それはその等級と同じ冒険者が、何名かのパーティーを組んで攻略するのが望ましいという基準で付けられる。

 F級ダンジョンというのは、ダンジョンの中でも最も攻略難易度が低い、新米冒険者の修行場として使われる迷宮だった。


 勿論、ダンジョン内で得られる収穫はD級冒険者のカッシュ達から見れば、小遣い程度でしかない。


「しかし、何でこのダンジョンの階段は坂になっているんだ? あそこの昇り降りが一番きついぞ」

「さぁ? 足腰を鍛えろって事じゃないか?」


 そんな風に雑談に興じる余裕があったのも地下三階まで。地下四階に降りたら、彼らは懸命に戦わなければならなかった。

「オォォォォォォ」

「死ネェェェェェェッ!」

「なんでいきなりランク3のゾンビソルジャーやレイスが出て来るんだよっ!」

「カッシュっ! 奥からスケルトンアーチャーが狙ってるぞ!」

「ひぃっ! ストーンゴーレムまで来たぞ!」


 地下三階まではヴァンダルーが魔物を一度討伐していたため、ランク2の魔物は大分数を減らしていた。しかし、地下四階からは一体も倒していないのでそのままだった。

 しかも罠を回避するためにヴァンダルーが作って放置していたストーンゴーレムまで、ダンジョンのモンスターに混じって襲ってくる。


 そして【死属性魅了】のスキルを持っていないカッシュ達に、アンデッド達は猛然と襲い掛かったのだった。

 カッシュ達『風追い』はC級への昇級を狙うだけあって、ランク3だけでは無くランク4の魔物とも戦った事があるし、パーティー全員の力を合わせてランク5の魔物を倒した事もある。ランク3の魔物なら、パーティーメンバーの倍の数と戦っても勝てるだろうベテランだ。


 しかし、際限無くランク3の魔物と戦い続けられる程じゃない。

「クソっ! 一旦引くぞっ!」

 被害が大きくなる前に戦略的撤退を選んだカッシュ達はテロウに戻り、功績の独り占めを諦めて『鋼の翼』と『白い星』と協力して再びダンジョンに挑む事になる。


 ベテランのD級冒険者が十五人も居たので地下四階を難なく突破し、地下五階も何とか攻略したが、ボスモンスターのランク6、ブラックスカル・ジェネラルと、その配下ランク4のカースアーマー十体に大苦戦する事になる。


 結局また撤退する羽目になった上に、ダンジョン初攻略を冒険者ギルドが依頼したC級冒険者パーティーに譲る事になるのだが、結局そのC級冒険者も落胆する事になる。


「未攻略と聞いていたから期待していたが、これっぽっちか」

 無事ブラックスカル・ジェネラルを倒した彼らだったが、宝物庫にC級冒険者達が期待するような財宝は無く、彼らの感覚からすれば小遣いのような価値しか無いものばかりだったからだ。


 ブラックスカル・ジェネラルが持っていた武器と盾も、戦っている最中は魔力を吸収する等厄介な力を持っていたが、倒した途端ボロボロに崩れてしまって手に入れる事が出来なかった。

 アンデッド系の魔物は他の魔物よりも魔石が出現しやすいとはいえ、元々ランク4以上の魔物からは大体魔石が手に入る。


 彼らは落胆と共にこのダンジョンを外れだと判断して後にするが、自分達より先に冒険者でもなんでもない幼児が攻略していたとは夢にも思わなかった。


 後に、このダンジョンはE級ダンジョンであり、未攻略時地下四階以下に強力な魔物が出現したのは冒険者に間引かれなかった期間が長かったためだと判断される事になる。

 そして後世新米冒険者の修行場として利用されるのだった。




 魔物の皮の上に金属で装甲を追加し、裏地にはやはり柔らかい魔物の毛を使用して柔肌を傷つけないようにした丁寧な作り。更に込められた魔力によって各種耐性が付与されるため一見薄く脆い観賞用の物だが、実際には下手な板金鎧よりも優れた防具となっている。


 青いハイレグ型の鎧は切れ込みが鋭い股間の上でVの形に分かれ、臍と重要な内臓が収まっている腹が無防備に晒される事になる。更にその上の胸の膨らみの三分の二ほどしか隠さないだろうし、背中は尻のすぐ上まで剥き出しになるだろう。


 赤いビキニ型の鎧も面積の少なさでは負けていない。やはり胸の膨らみは三分の二程しか隠さないだろうし、ボトムの方は獣人のような尻尾のある種族が着用する事も考慮しているのか、かなりのローライズとなっている。


 そんな水着のような胴体部とは違って、肩当てや手甲、脚甲はしっかりとした作りになっている。そのアンバランスさがまるで着用者があられもない格好で拘束されているように見え、見る者には刺激的な光景になるのではないだろうか。

 女の子が着ていたらだが。


「やっぱり、気にするような事は何も無かった」

 ヴァンダルーは、しみじみと自分の前に立っている二着の鎧、ハイレグアーマーとビキニアーマーを見て頷いた。

 そう、鎧だけだ。


 正確に言えば、ハイレグアーマーにはサムの娘の内長女のサリアの霊が。ビキニアーマーの方には次女のリタの霊が宿っている。

 二人とも年頃の娘で、サムが言うには母親似の可愛い娘らしい。

『………………』

 しかし、鎧に宿っている今はその鎧しか見えない。死属性に適性を持つヴァンダルーの目でもだ。


 霊の姿は黒焦げの焼死体だったので見えない方が良いのだろうが。


 サムに頼まれこの鎧に彼女達を憑りつかせリビングアーマーにする時にも言ったが、実際こんな露出度の高い鎧に宿っていても彼女達の肌は小指の先ほども晒されていないので、気にする必要が全く無いのだ。

 胸を覗きこんでも、見えるのは胸の谷間では無くて鎧の裏地だけだし。


「まあ、ランク3の仲間が増えたと思えば十分か。

 じゃあ早速実験の方をやってみよう」

 そう言いながらヴァンダルーはサリアとリタに魔力を過剰に注ぎ始めた。死属性を帯びた黒い魔力が、何十万何百万とサリアとリタの二人に吸い込まれていく。


『……………っ!』

 身悶えするように二人が震え出すが、暫く続けてみてもそれ以上の変化は無さそうだ。

 ステータスを確認しても、ランクもレベルも変化は無い。ただのリビングハイレグアーマーと、リビングビキニアーマーのままだ。


 何故か気持ちよさそうだが。


「やっぱりダメか」

 骨人達にも同じ事をしたが、やはり何も変化は無かった。……心なしか骨が艶々していたり、ヒビが消えていたりした気がするが。

 ダンジョンで遭遇したスケルトンジェネラルやリビングアーマーは、目に見えて強そうになったのだが。


『もしかしたら、ランクアップ条件を満たしていないのかも』

「条件?」

『ええ、魔物のランクアップについて私は詳しく知らないけど、人間のジョブと同じような物ならレベルアップ以外にも条件があると思うのよ』


 ダルシアが言うには、ジョブチェンジにはレベルが上限に達する以外にもいくつかの条件が付く場合がある。例えば、見習い魔術師のジョブに就いている冒険者がレベル100に到達しても、魔術師にランクアップするには何かの魔術スキルを一定の水準で、正確には2Lv以上のスキルを一つ以上獲得していなければならない。


 スキル以外にも騎士にジョブチェンジするには騎士叙勲を受けていなければならないし、魔剣使いにジョブチェンジするには魔剣を所持していなければならない等、一定の儀式や名誉、所持品が条件に関わる場合もある。

 他にも獣闘士にジョブチェンジする事が出来るのは、獣人種のみという生まれが条件になる場合もある。


 ダルシアは魔物のランクアップにも同じような条件があるのではないかと言っているのだ。

「じゃあ、あのスケルトンジェネラルやリビングアーマーは既にレベルは上限に達していたけど、条件が満たされていなかったからランクアップできなかった。

 そこに俺が魔力を注いだから条件が満たされて、ランクアップした?」

『そうなるかもしれないわ』


「なるほど」

 確かに言われてみれば尤もだ。ゴブリンもランクアップしてゴブリンメイジに成ったから魔術を使えるようになる訳では無く、魔術の才能を持つゴブリンがそれを磨いた結果、ゴブリンメイジにランクアップできたと考えるのが自然だ。

 つまり魔力を込めるだけでランクアップするような楽な話は無いという事だ。


「じゃあ、今度レベル100に達してもランクアップしないアンデッドが居たら試してみよう。

 サリア、リタ、実験に付き合ってくれてありがとう。後は皆と一緒に武器の練習をしていて」

 彼女達はメイドだったので、当然武術の心得は無い。なので、一からスキルを身に着けるべく訓練を続ける必要があるのだ。


 そのため二人にはそれぞれ武器を選んでもらう事にした。多分初心者らしく剣か、槍を選ぶだろうと思ったら……。

『…………』

 サリアはハルバードを、リタはグレイブを手に取った。いずれもダンジョンの宝物庫で発見した、具体的な効果は不明だがそこそこ強力なマジックアイテムなのだが……素人向けとは言い難い気がする。


「……それで良いの?」

 尋ねるヴァンダルーに、ブンブンと武器を振って「大丈夫!」とアピールするサリアとリタ。流石リビングアーマーというべきか、生前だったらとても持ち上げられない重量級の業物を危なげ無く上下させている。


「なら良いけど、難しかったら剣や槍に替えるんだよ。重い武器が良いなら棍棒とかもあるから」

 ヴァンダルーがそう言うと、二人は嬉しそう(多分)に骨人達と一緒にスキルを磨くための訓練を始めた。

 経験則からスキルは使えば使う程レベルアップしていくと分かったので、睡眠も休憩も必要としないというアンデッドの特性をフル活用して訓練を実施しているのだ。


 とは言っても、ヴァンダルーを含めてハルバードやグレイブの使い方を知っている者は誰も居ないので、上段から振り降ろしてみたり、槍のように突いてみたり、横薙ぎに振ってみたりといった素振りを延々行うぐらいだが。


 実戦よりずっと効率は悪いが、常に経験値源のゴブリンや山賊を探し回る修羅のようなレベリング作業をしながら旅をするのは、骨人達が大丈夫でもヴァンダルーが付き合いきれない。それに、何故自分がミルグ盾国内の治安維持に貢献しなければならないのかという気持ちもある。


「じゃあ、俺は昨日とった胡桃でも処理していよう」

 まだ日が高いし、まだ眠くないから昼寝も後で良い。一人怠けているのも落ち着かないので、ヴァンダルーは昨日拾った胡桃の処理を始めた。


 食料は十分すぎるほど足りているのだが、味付けが塩のみでは飽きるので胡桃でソースを作るのだ。


 まず、昨日の昼に採取した壺一杯の胡桃。まだ青く、果肉が付いているのでこのままでは食べる事が出来ない。これを地面の上に広げる。

「一月分くらいか。【腐敗】」

 そして死属性魔術で腐敗を一月分ほど急速進行させる。すると、青かった果肉は黒くドロドロになる。


 ゴーレムに汲ませておいた湧水で腐った果肉を洗い流すと、種子が出て来る。後はこの殻を剥けば中の胡桃が出て来るが、慌てて握り潰したりしてはいけない。そうすると殻の欠片と胡桃が混じってしまい、食べられる量が減るからだ。


 そこでウッドゴーレムにした薪に自力で擦り合わさせて起こした焚火で、胡桃をアースゴーレムに軽く炒めてもらう。すると殻が割れやすくなるのだ。

『後は、冷めた後ナイフで殻を割れば大丈夫よ』

 以上、ダルシアの豆知識。流石森の民だけあって、彼女は森の幸に付いて詳しかった。


 ヴァンダルーは【奪熱】で熱を奪って冷ました胡桃の殻を爪で割った。ナイフでと言われたが、最近爪がある程度なら自由に伸ばせるようになったので、早速活用している。

「将来的には、これで戦えるようになったりして」

 亡き父親は格闘術の達人で、鉤爪で戦うのが得意だったらしい。これも遺伝だろうか? そう思うヴァンダルーにダルシアは何か思ったのか、口を開いた。


『将来かぁ……ヴァンダルーは将来成りたいものってあるの?』

「将来? 上級冒険者に成って手柄を立てて貴族に成りたい。そして社会的名声を手に入れたい」

『……前半は子供らしいけど、後半はちょっとどうかと思うの、母さんは』

「でも、俺には一番必要なものだよ、社会的名声」


 パキパキと胡桃の殻を爪で割りながら、ヴァンダルーは答えた。

「将来雨宮寛人達が転生して来た時に、ロドコルテに何を吹き込まれても俺に社会的な名声があれば滅多な事は出来ないだろうから」

 最近気が付いた事だが、ヴァンダルーと雨宮寛人達には共通点がある。地球に帰れず、死ぬまでラムダで生きて行かなくてはならないという点だ。


 雨宮達がどんなチート能力を持っていても、社会を敵に回す事は簡単には出来ないだろう。何故ならこの世界に転生して来ている段階で、彼らにはこの世界の親兄弟が、肉親がいる。そうして育つうちに友人だってできるだろうし、もしかしたら恋人も出来ているかもしれない。


 ヴァンダルーがもし社会的な名声を手に入れていたら、そんな彼らは迂闊に手出し出来なくなっているはずだ。それは自分の肉親や関係者に、迷惑をかける事になるから。ヴァンダルーが貴族になっていたら尚更だろう。


「母さん、権力と名声があれば社会は俺の盾になるんだ」

『う~ん、ちょっと私が聞きたかった事と違うような気がする。ヴァンダルーは、そのアメミヤって人達をどうにかできたら、どんな夢があるの?』

「あいつ等をどうにかしたら……」


 ここまで言われれば、ダルシアが聞きたい事が何なのかヴァンダルーにも察する事が出来た。つまり、将来の夢、成りたい職業や叶えたい願望を彼女は知りたいのだ。地球の子供が、メジャーリーガーやサッカー選手、アクションスターに成りたいというような、あどけない夢を。

 しかし、困った事にヴァンダルーは夢見る子供では無い。


 昔は飛行機のパイロットに憧れていた気がする。しかし伯父の家族と暮らすようになってからは、マッチョに憧れた。丸太のような二の腕、割れた腹筋になる事を夢見た。それぐらい強くなれれば、この伯父の支配から抜け出せると。


 でもそれもダルシアが聞きたい事とは違う気がする。

 ではなんだろうか? オリジンで夢見たのは自由の二文字だけだったし。


「……幸せに成りたいなぁ」

 しばし黙考した結果、出たのはシンプルすぎる結論だった。


 ゴリゴリゴリ。殻を割って穿りだした胡桃を石の皿の上ですり潰しながら、ヴァンダルーは遠くを見つめた。

「幸せに成って、暖かい家庭や人間関係を築いて、そして贅沢に暮らしてみたい」

 何とも曖昧でよくある夢だが、これがヴァンダルーの本音だった。地球で死ぬ前に考えていた、理想だった。


 とは言っても、別に助手席に美人を座らせたキャデラックやフェラーリのような高級車に乗りたいだとか、服を高級ブランドで固めて腕には高級時計を嵌めたいとか、都心に豪邸を建てたいとか、そういった贅沢では無い。


 ヴァンダルー自身が自覚していない事も含めて言えば、彼は根深い贅沢コンプレックスにかかっている。


 ヴァンダルーが天宮博人だった地球での人生で彼を育てた伯父は、両親が居ない彼が大人になってから一人でも強くしっかりと生きられるように、厳格に育てようとした。

 そのため彼に甘える事を過剰に禁止し、更に甘やかさないようにと一切の贅沢を禁止した。クリスマスや誕生日を彼にだけ祝わないのは、まだ序の口だ。


 地球時代のヴァンダルーは、伯父が「贅沢」だと思う事は全て禁止だった。

 ゲーム、玩具は贅沢だから友達から貸してもらっても遊んではいけない。流行り物も贅沢だから禁止。ヨーヨーが流行っている? ベーゴマが人気? 変わった形の消しゴムを集めるのがブーム? 全て禁止だ。持っていたら今すぐ捨てろ。


 ステーキ、ケーキも贅沢。ハンバーグステーキはステーキだから贅沢なので禁止。だから学校の給食でも食べるな。食べたら全て吐け。お徳用パック? 得をしようとするのは甘えだから禁止だ。ステーキ味のスナック菓子も禁止だ。ああ面倒だ、甘い物は全て禁止だ。


 外食は贅沢だからファーストフードだろうとなんだろうと禁止、旅行は贅沢だから学校の遠足も禁止、レジャーは贅沢だから一人だけ留守番、新品の衣服は贅沢……。


 贅沢アレルギーなのではないかと思う程、伯父はヴァンダルーの贅沢を禁止した。カップラーメンやコンビニの菓子パンでさえ、商品名や宣伝文句に「贅沢」とか「極上」とかそう言った言葉が付いているだけで、「親もいないのに贅沢しやがって、甘ったれるな」と罵声を叩きつけ平手で打つ。


 海外の貧しい子供達のドキュメンタリーがテレビで放送された後は、最悪だった。何もしていないのに、突然この子達はこんなに苦労しているのに、親もいない身分でこんなに甘ったれて恥ずかしくないのかと怒鳴られて平手打ちを何度受けた事か。


 そのため私服は同い年の伯父夫婦の実子のお下がり、食事は何時の頃からか自分の分だけ自炊。普段から挙動がおかしかったので、友達も出来ず教師からも警戒されと良い事無し。


 しかも伯父は握り拳で殴るのは虐待だが平手で打つのは躾だという信念の持ち主なので、伯父が自主的に反省する事も無かった。

 勿論、伯母と従兄弟も伯父を止めない、ヴァンダルーを助けるために伯父を止めるよりも、止めずに放置した方が自分達は安全だからだ。


 もしこれらの仕打ちは金が無くて仕方なくというのなら、まだ納得の余地もある。だが金はあったのだ。ヴァンダルーの地球での両親が残した遺産に、生命保険金。そして事故の加害者から支払われた賠償金。

 合計すれば、当時の価値で子供を三人程赤ん坊から育てて私立大学を卒業させても尚残る程の金額だ。


 なのにあの仕打ちなので、もう言う事は何も無い。


 高校の修学旅行だけはアルバイトして自分で貯めた金で行けたが、その結果テロリストによって船が沈没したので踏んだり蹴ったりだ。

 家を出る時に両親の遺産の内まだ残っている金額全てを渡すという話だったのに、結局全て伯父夫婦の物に成ってしまった事も考えると、特に。


 そして始まった二回目の人生は、オリジンでの実験動物生活。贅沢どころか自由すらない人生では堪ったものではない。


 だから三度目の今生でこそ、幸せに成って贅沢に暮らしたいとヴァンダルーは望んでいた。

 とりあえず、お金が使える社会で暮らしたい。


「具体的に何が贅沢なのかは、オルバウム選王国に行ってから考えるけど」

『そう? でも上級冒険者に成ったらその時点でとてもお金持ちになっていると思うけど』

「ああ、大丈夫だよ。ちゃんとゴルダン高司祭とハインツは殺すから」

『う、うん、ありがとう。でも無理しないでいいのよ?』


「分かった。あいつらを余裕で殺せるくらい強くなるね、母さん」

『それなら、安心して良いのかしら? でも無理はしないでね』

 微妙に言いたい事がずれて伝わっている気がするダルシアだが、軌道修正出来る可能性が低い事を悟って諦めた。実際、オルバウム選王国で貴族になるならアミッド帝国とその属国で活動するゴルダンとハインツは、敵になる可能性が高い人物であったし。


 ヴァンダルーが殺す必要があると思うのなら、必要なのだろう。


 すり潰した胡桃に森で手に入れた香草を加えて、出来上がり。本当はここに香りの良い油を加えたいところだが、無いので我慢だ。これで今日の夕食も美味しくなるとヴァンダルーは満足げに息を吐いた。

「でも、焼き固めたパンじゃなくてご飯が食べたいなぁ」

 伯父の贅沢アレルギーも、流石に米には滅多に発動しなかった。しかし地球で生きていた時は何とも思わなかったが、最後に米飯を食べてから二十年以上経っている今ではとても懐かしく思う。


『ご飯って、お米の事? 確かオルバウム選王国で作っているって聞いた事あるわ。パンのアミッド、米のオルバウムって言うし』

「マジで!?」

 ヴァンダルーの中で、オルバウム選王国の株が上がった!




 ヴァンダルーが一歳四か月に成った十月。秋が深まり冬の近づく時期に、ようやくミルグ盾国の東端まで辿りついた。

 これ以上東は自然と魔境しかない土地だ。ヴァンダルー達はそれを更に越えて山脈越えをしなくてはならない。


 だが流石に冬に山脈越えを試みるのは無謀だろうと思うので、春まで周辺の山賊を襲撃しながら森の中に潜伏しようか。今、日が沈むのを魔境に近い林の中で潜伏しているように。

 ヴァンダルーはそんな事を考えていた。


「そういえばスキーってした事ないな。今の身体能力ならすぐ滑れるようになるかな?」

 ステータス上の数字なら、ヴァンダルーの身体能力は唯一低かった敏捷でも既に平均的な成人男性を上回っている。だが、流石に未経験者が自然の斜面を滑るのは無謀だろう。


『スキー? それも地球の物ですか?』

 御者台に座る白いぼんやりとした人影。サムが話しかけてくる。ゴーストキャリッジに成ったサムの霊体だ。彼は同じく霊体の馬の手綱をそこで取っている。


 その姿は心霊写真に写った幽霊のように不確かだが、姿がまったく見えない時よりも話がしやすいとヴァンダルーは思っていた。

「地球のスポーツだよ。板を足に付けて雪の斜面を滑るんだ。こっちの世界には無い?」

『聞いた事はありません。ソリなら聞いた事がありますが』


 サムやダルシアと話していてヴァンダルーが知ったのは、このラムダには地球のようなスポーツが殆ど無いという事だ。正確には、純粋に競技やレジャーとして楽しむ類のスポーツが無いのだ。剣や弓矢の技術で競い合う事はあるが、それは魔物の討伐や人間同士の戦争で使われる事が前提になっている。陸上競技や馬術もそうだ。

 例外なのは俗にいう王侯貴族の嗜みとして習う物ぐらいらしい。


 ラムダには野球やサッカーといった球技や、サーフィンやスキーといったレジャースポーツが存在しないのだ。

 それは魔物という強力で多数の外敵が存在する事で、地球よりも余裕が無い事が理由として挙げられるだろう。そんなスポーツ競技に優れた身体能力を費やすくらいなら、戦えという事だ。


 スポーツ競技として発展しているかは兎も角、十万年もあればソリからスキーくらい発明されていても良いだろうとは思うのだが。その辺りがロドコルテに劣等世界扱いされる由縁かもしれない。まあ、サムが知らないだけで実は雪国に似たような物があるかもしれないが。


「サム、スキーって言うのは――」

 スキーについてヴァンダルーが話そうとしたその時、微かに声が聞こえた。

「女の悲鳴?」

『そのように聞こえましたな』


 そして、風に乗って微かに香る食欲の湧く良い匂い。血だ。

 この風が吹いて来た向こうで、女が悲鳴を上げて血を流している。つまり、何者かに襲われている。

『どうなさいますか?』

 何故サムがこんな事を聞くかというと、自分達が「助けに行く」とか「関わり合いになるのを避ける」といった普通の対応を取るとは限らない集団だからだ。


 なんといっても全員がこのミルグ盾国では討伐対象の魔物だ。可哀想な女の人を助けたら、女の人がお礼に討伐依頼を受けた冒険者の集団を連れて来てくれましたなんて展開が、容易に想像できる。

 なので、合理的にリスクを考えるなら無視して旅を続ける事を選ぶはずだ。


 だからと言って顔も知らない赤の他人の女の人を助けないという選択肢も、ヴァンダルーの性格と目標を聞いた今では選ぶとは思えない。

 

「サム、風上に向かって。骨鳥は先行偵察、骨人とサリア、リタは馬車に乗って」

 ヴァンダルーの選択は、『とりあえず危なそうだったら助けてからその後の事を考える』というものだった。


 日和見的ではあるが、女の人が殺されてしまった後で「やっぱり助けよう」と女の人を生き返らせるなんて事は出来ない。だがそれに対して、この選択肢を実行すれば「やっぱり助けるのを止めよう」と殺して口封じする事が出来る。

 なので、合理的に考えてこの選択が正しい。そうヴァンダルーは思った。


「ゲェェェ」

 骨鳥が鳴きながら霊体の翼を羽ばたかせて飛び上がり、それまで訓練にいそしんでいた骨人やサリア達が馬車に飛び乗る。

『了解しました、坊ちゃん』

 霊体の馬が緩やかに走り出す。一行の中で数少ない会話可能なアンデッドであるサムだが、彼はヴァンダルーに意見を言う事はあっても、反対はしない。


 そしてヴァンダルーは骨鳥と視界を魔術で同調させる。これで骨鳥の視界を自分のもののように見る事が出来るのだ。

 高く、高く飛び上がると林に近い森の魔境の外れ、森と草原の境目で数人の人間が何かをしている。


 骨鳥の視力は眼球が無いためか、それともヴァンダルーの魔術が未熟だからか、生きている鳥程には良くない。

 しかし、人間達の様子を大雑把に知る事は出来た。数は全部で五人……いや、六人。

 その内、立っているのが四人。倒れているのが、一人。その倒れている一人に跨るようにして中腰になっているのが一人。


 倒れている一人以外は、全員男。金属鎧を身に着けているのが三人。皮鎧が一人、ローブ姿が一人。跨っているのは、金属鎧の一人。

 装備がばらばらである事から、恐らく冒険者だと思われる。一応周囲を警戒しているようだが、彼らの警戒は魔境から魔物が出てこないかであって、林の方から襲撃される事は想定していないようだ。


 骨と淡く光る霊体だけで身体が構成されている骨鳥を昼間に、それも離れた空を見上げて見つけるのは難しいので、偵察に気がつかれる可能性は無い。


 そして倒れているのは、髪の長い変わった肌の色の……灰褐色の肌の女。半裸の格好で、血を流している。

 今、中腰になっている男が女の胸に手を伸ばした。


「サム、忍び足で全速力。皆、奴らを皆殺しにしよう」

 それを見た瞬間、ヴァンダルーの頭に血が上る。そして冷静に、彼は男達を皆殺しにする事を決めた。彼らは冒険者のようだが、程度の低い、山賊紛いの連中なのだろう。

 こんな所にも蒼炎剣のハインツのような奴らが居るとは、この国の冒険者にはモラルは無いのかと嘆かわしい気分になる。


『畏まりました、坊ちゃん』

 サムが手綱を上下に揺らし、馬車の速度を一気に上げる。だが、それでいて馬車の中は揺れないし、しかも音が信じられない程小さい。


 【悪路走行】スキルで舗装されていない草原を、【高速走行】スキルを起動して走る事を可能とする。発生するはずの音は、馬が霊体でありサムの一部であるため蹄の音も【忍び足】スキルで消す事が出来る。しかも、激しいはずの揺れも【衝撃耐性】スキルによって、軽減している。


 サムも馬車としてはチートである。是非高級リムジンを目指してもらいたいものだとヴァンダルーは思った。


 その馬車の横を骨熊、骨狼、骨猿が野生のスピードで並走する。

「骨人は俺の合図を待って弓で皮鎧を先制攻撃。多分盗賊だから、逃げられると厄介だ。サムなら追いつけるだろうけど、念のため。

 ローブ姿の魔術師らしいのは、俺が無力化する。皆は、他の金属鎧の三人を二人一組で相手して」


 骨人が弓に矢を番えるのを横目に、ヴァンダルーは言った。

「さぁ、女の子を助けよう」

 これこそが善行である。




・名前:サリア

・ランク:3

・種族:リビングハイレグアーマー

・レベル:1


・パッシブスキル

特殊五感

身体能力強化:2Lv(NEW!)

水属性耐性:2Lv(NEW!)

物理攻撃耐性:2Lv(NEW!)


・アクティブスキル

家事:2Lv




・名前:リタ

・ランク:3

・種族:リビングビキニアーマー

・レベル:1


・パッシブスキル

特殊五感

身体能力強化:2Lv(NEW!)

火属性耐性:2Lv(NEW!)

物理攻撃耐性:2Lv(NEW!)


・アクティブスキル

家事:1Lv



モンスター解説

・リビングアーマー


 鎧に悪霊化した霊が宿った存在。その多くは兵士や騎士、冒険者など生前鎧を着て戦った経験のある者の霊だが、生前の記憶や人格が残っている個体は少ない。大多数は生ある者を無差別に襲うだけの存在と化している。

 強さは宿る鎧と持っている武器に寄るが、チェインメイルやハーフプレートに宿った個体はランク3。フルプレートアーマーに宿った個体はランク4に分類される。

 極稀にマジックアイテムの鎧に宿る場合があるが、その場合のランクはそのマジックアイテムの機能による。


 討伐証明部位は、ランクに関わらずほぼ確実に手に入る魔石。素材は宿っていた鎧と、持っていた武器や盾。魔力を帯びているので、倒された後にマジックアイテム化する可能性がある。そのまま使うのは呪われる可能性があるので危険だが、浄化等をすれば安全に使用する事が可能。



 サリアとリタの場合はマジックアイテムの鎧に霊が宿っているが、生前が武器の扱いを知らないメイドであるためスキルレベルが低く、ランクも相応に低下している。

 ただ鎧の機能は損なわれていないので、防御力や耐性スキルに影響は無い。




スキル解説


・精神汚染


 精神的な錯乱、トラウマの深さ、恐怖症の深刻さ等を表すスキル。毒物や呪い、魔術などから精神を守る耐性スキルとしても機能する。

 ただしこのスキルの習得を奨励する組織は多くの場合裏社会とかかわっているか、裏社会そのものである。都市部ではこのスキルを病の一種と解釈している場合もあり、専門の治療院が存在する。

 実際このスキルの持ち主は病的なサディストや殺人鬼、悲惨な戦いを経験した兵士や冒険者、殺人への忌避感や罪悪感を奪われた暗殺者等が多い。しかし歴史に名を遺した芸術家や発明家等、功績を遺した者も少なくないため、このスキルを持っているからといって身柄を拘束される事は少ない。

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― 新着の感想 ―
お優しいこって。
[一言] きっと伯父さんに悪意は全く無くて、真面目に養育の義務を果たしてるつもりだったんだろうな。成人まで生きていれば縁を切られると同時に遺産の残りをちゃんと渡されただろうから、また違ったんだろうけど…
[気になる点] おじをころさなかったことが不思議になる体験をしたんだなぁ
感想一覧
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