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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第四章 ハートナー公爵領編
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九十三話 諦めない怪物

 第六から第二開拓村の人々にとって、冬のこの日は忘れられない一日に成った。

「皆さんに重要なお話があります」

 村の恩人がそう言いながら、第七開拓村と廃村に成ったはずの第一開拓村の村人達と共に、鎧姿のまま縛られた数人の騎士達を引っ立てながら訪ねて来たからだ。


「皆、聞いてくれ。私達はハートナー公爵家に騙されていたんだっ! 私達第一開拓村の村人は、村が維持できないとなったら別の開拓地に送ると言われ、ついて行ったら奴隷鉱山に放り込まれた!

 罪も犯さず借金もしていないのに奴隷にされた! 鉱山の過酷な労働で、村長だった父は……っ!」

「あたしの小さな妹や弟も……っ! ハートナー公爵家はアミッド帝国の連中と何も変わらないっ!」

「俺の姉さんは、慰み者にされて……奴らは悪魔だ!」


 口々に奴隷鉱山で味わった悲哀を訴えるのは、第一開拓村の村長の息子セバスを含めた、村は違っても同じ開拓地の仲間だった者達。各開拓村には彼らの顔を知っている者が少なくない。少し瞳の色が変わっている気がするが、それぐらいなら誤差の範囲だ。

 そんな彼らが訴える内容なので、どんなに信じ難くても頭から否定する事は出来ない。


「それにハートナー公爵領をこれから継ぐルーカス公子は……いやっ、ルーカスはこの開拓事業を潰そうとしていたんだっ! さぁっ、吐け!」

 第七開拓村の村長に言われ、生け捕りにされたパブロは「うぅっ」と呻いた後、カールカンが送り込んだ偽神官のフロトの事以外、知り得る全てを話した。


(身体がっ、口まで勝手に動くっ。い、一体何故っ!?)


 パブロ達赤狼騎士団の生き残りの身体には、ヴァンダルーの【霊体化】で糸程にまで細分化された爪の一部が食い込み、体内で【実体化】している。

 そこからリアルタイムで様々な薬剤が分泌され、黙秘できない状態にされていた。


 ただこのラムダでは様々な耐性スキルによる効果によって、科学的には不可能な抵抗を可能にする場合がある。

「諦めた方が良いですよ。貴方達も、キナープの様には成りたくないでしょう?」

 そのため、ヴァンダルーはパブロ達が気力や体力を取り戻さない様にそう囁き、【精神侵食】スキルで精神的ダメージを与えたり、じわじわと効いてくる毒を少量ずつ注入したりし続けていた。


「わ、私は……赤狼騎士団団長のパブロ・マートン。私は、ルーカス様に公爵家を継いでいただくために、ベルトン公子の開拓事業を、頓挫させるために、部下に命じて、裏工作を……」

 パブロの自供と彼らが身に着けている鎧にある騎士団の紋章等を見て、開拓村の面々のハートナー公爵家に対する信頼は地に堕ちた。


 このラムダでは人権という意識が未発達で、王侯貴族と庶民は上位種族と下位種族の様に違う生き物だと、何処かで認識している。

 だが、だからと言って理不尽に踏み躙られれば怒りもするし、不満も覚える。


 しかし、怒りや不満を覚えてもどうにもならない力の差がある。貧しい開拓民と、実質一国の支配者であるハートナー公爵家では反抗する事すら無意味に思える。

 だが、このまま黙っていても暮らしていける保証は無い。次期公爵が騎士団を派遣して到底支払えない重税を要求し、納められなければ奴隷にするから縄に付けと要求してきたのだ。


 騎士団を撃退された公爵家が黙っているとは思えないし、考えを改めてくれると期待も出来ない。このまま奴隷にされるくらいならいっそ、逃げ出して山賊にでもなるしかないのか?

 そう悲嘆する村人達にヴァンダルーは、こう囁くのだ。


「もうハートナー公爵領では暮らせないでしょう。良ければ、セバス達の様に皆で俺の所に来ませんか?」

 そしてセバスが続ける。

「私達第一開拓村の生き残りは、今は全員彼の下で暮らしている。ハートナー公爵家も手出しできない場所で、豊かに生活しているんだ。毎日腹いっぱい食えるし、仕事もある!」


 その言葉に、村人達がざわめき希望に瞳を輝かせる。


「村長っ、俺と家族はこの子に着いて行くぞ!」

 そして第五開拓村の狩人、カインの様にヴァンダルーに直接助けられた者達がここで声を上げ、思案していた村の代表格の者達も決断する。


「分かった。皆、支度をするのじゃ。ここは儂等の第二の故郷ではなかった。また一からやり直すのはしんどいじゃろうが、儂等には【開拓地の守護者】がついておる! どこででもまた始められる! そうじゃろう!?」


 ヴァンダルー達はこれを第六から第二開拓村で繰り返したのだ。


 こうして千人以上の村人がタロスヘイムに移住する事に成ったのだった。




 【眷属強化】スキルの恩恵を受ける様になった村人達がせっせと移住の準備をしている。

 赤狼騎士団にはルーカス公子と連絡を取るために伝書鳩等が居たが、それも確保している。

「じゃあ、『順調』と書いてください。あ、こっそり暗号等を仕込んで非常事態を知らせるというのはお勧めしませんよ。どうせ間に合わないでしょうし……万が一間に合った時、皆を守るために俺が手段を選ばなくなったら、困るでしょう?」


 そう要求するヴァンダルーに、パブロは抵抗する素振りを見せなかった。ハートナー公爵領の事を考えるなら、彼らにこのまま何処かへ行ってもらった方がまだ被害が少なくて済むと、彼も解っていたからだ。

 【五色の刃】が来てくれれば別かもしれないが、彼らはあくまでも冒険者だ。ルーカス公子の都合に合わせて動いてはくれないだろう。


 それに、目の前の首謀者はダンピール。その上明らかに理不尽な事をしているのは自分達の方だ。事態を知ったとしても、冒険者ギルドに不正までさせた自分達の味方に成るとは思えない。

 流石に公爵領と直接事を構える事は無いだろうが。……目の前の怪物とは違って。


「お前は、何を考えているのだ? 何故、こんな事を?」

 パブロはヴァンダルーに、子供の姿をした恐ろしい怪物に問うた。

 今回ヴァンダルーがしでかした事は、山賊に扮していたカールカンを撃退したのとは次元が異なる。

 パブロ達はカールカンとは違い、誰から見てもはっきり赤狼騎士団だと解る姿で来て、自分達はハートナー公爵代理のルーカス公子の正規の命令で来ていると告げた。それを分かった上で村人達を扇動し、武力を持って反抗し、僅かな生き残り以外は皆殺しにしたのだから。


 事が露見すれば民衆はヴァンダルーを称えるかもしれないが、反逆罪を犯した賞金首として国中に手配され、捕まれば犯罪奴隷どころか処刑を免れない。

 それほどの大罪だ。


 そんなリスクを犯してまで、何故開拓村の人々を助けようとするのか。あまりにも収支が合わない。義憤に駆られたようにも、手段の汚さを考えると思えない。

 一体何故?


 そうパブロが問うのは、交渉や駆け引きの一端でも、情報収集の為でも何でもない。彼は眼の前の怪物が理解不能過ぎて、問わずにはいられなかったのだ。

「俺自身の幸福の為です」

 だが、得られた答えもパブロの理解力を超えていた。


「貴様の幸福の為? 何故彼等を助ける事が、お前の幸福に繋がる?」

 とてもヴァンダルーが得をしている様にはパブロには思えない。後ろ盾も無い貧しい開拓民を集めて一体何が出来る? 全員を吸血鬼にするにしても、選王国と敵対するリスクに釣り合うとは思えない。

「皆を助ける事が俺の幸福に繋がる事を、何故疑問視するのですか?」

 しかしヴァンダルーもパブロが何故疑問に思うのか、理解できないようだ。


「ただ通りすがりに困っている人達が居たので、『ちょっと』助けました。するとその人達はとても喜んでくれて、俺も嬉しくなりました。そして『ちょっと』助けている内に仲良くなって、友達も出来ました。

 その友達を殺そうとする奴等や、汚い真似をして全てを奪おうとする奴らが来たので、また『ちょっと』助けようとするのはそんなに不思議な事ですか?」


 開拓村にヴァンダルーが味方をする理由は、単純に言えばこれだけだ。結果的に【開拓地の守護者】の二つ名等が獲得できたが、それは全て後からついて来た結果に過ぎない。

 袖振り合うも多生の縁、情けは他人の為ならず。確かに多少の打算はあるが、「喜んでもらいたい」と思う事を下心だと嫌悪するぐらいなら、元から他人と関わろうなんて思わない。


 ヴァンダルーの場合は、その『ちょっと』の割合が大きいだけだ。軽い気持ちでゴブリンバーバリアンやオーク、山賊を始末できる戦闘力を持ち、軽い気持ちで怪我人や病人を癒し、村を汚染する毒を消し、井戸を掘る事が出来る魔術とそれを行使できる魔力がある。


 「力持つ者の義務」と言う考え方をヴァンダルーは嫌悪するが、だからと言って親切心で『ちょっと』手助けする事を厭うつもりも無い。


 つまりは普通なのだ。


「そ、そんな馬鹿な言い分があるかっ、そんな、些細な理由で、我々を、ハートナー公爵領を敵に回すのか!? 下手をすれば、選王国全体を敵に回しかねないのだぞ!?」

「そんな些細な理由で、貴方達は全滅しましたが」

「っ!?」

 納得できない様子のパブロだったが、ヴァンダルーに言い返されると更に目を見開いて押し黙った。


 その内この人の眼球が飛び出すのではないだろうか? そんな益体も無い事を考えながらヴァンダルーは更に言った。

「勘違いしないでほしいのは、俺は別に最初からハートナー公爵家を敵に回すつもりではなかったと言う事です。あなた方が色々やるから、やり返しただけで」


「色々、だと?」

 カールカンの暴走かとパブロは思ったが、違った。


「あなた方の先祖がタロスヘイムのレビア王女達を謀殺して、他の避難民を奴隷にして鉱山送りにした。そしてあなた方は二百年経っても、それを止めなかった。だから俺はレビア王女達の霊を解放して、奴隷鉱山に避難民を助けに行った。

 あなた方が原種吸血鬼と通じているから、俺はそれを明らかにした。

 あなた方が開拓村を潰そうとするから、俺はそれを防いだ。

 全て、あなた方が原因で、俺はそれに対応しただけです」


「何だとっ!? では、今までの事件は全て……っ!」

「はい、俺が主犯です」

 とても簡単には信じられる事ではなかったが、パブロの目の前に居る怪物は信じられない事を山ほど行っている。

 パブロは二百年前の陰謀について知らなかったが、当時のハートナー公爵が何かしたのだろう事は察する事が出来た。

 実際、自分達も同じような事を開拓民にしようとしていたのだから、昔の公爵家がしていないと考える方がおかしい。


「あ、悪魔め……」

「悪魔、ですか?」

 何故そう言われるのか分からないと首を傾げるヴァンダルーに、パブロは「そうだ、貴様は悪魔だ」と言った。


「そうでなければおかしい。お前は守ると言った連中に何をした、とても正気とは思えんぞ。解放した奴隷を吸血鬼にして、身体の中から次々に蟲や植物の魔物を出して見せ、我々ハートナー公爵領への怒りと不満を煽り、そして耳触りの良い言葉を並べて扇動した。

 特にっ! 開拓村の連中が、貴様が従える無数の魔物や吸血鬼と化した者共を見た奴らが、何故それを易々と受け入れた!?」


「皆が寛容だからでは?」

「そんな訳があるかっ、貴様が操っているのだ! そうだろうっ!?」

「いえ、心当たりがありません。俺も皆寛容だなーって、思わなくもないのですが」


 セバス達エレオノーラの従属種吸血鬼と化した知人や、ヴァンダルーが蟲や植物の魔物を使う事に、開拓村の面々は拒否感を示さなかった。第七開拓村の面々は、特に。

 【死属性魅了】が効いている訳でもないのに妙だなとはヴァンダルーも思っていたのだが、ゴーファ達をタロスヘイムに迎えた時の様に、ヴィダの信者だからだろうと深くは考えなかった。


 実際には、【眷属強化】のスキル効果である。


 開拓村の人々はヴァンダルーに着いて行く事を選んだ瞬間、ヴァンダルーの眷属と成った。そして同じ眷属であるセバス達吸血鬼や、ピート達魔物に親近感や連帯感を覚える様になったのだ。

 これは【眷属強化】スキルが本来他種族には効果が無いはずのスキルであるため、誰も、ヴァンダルー自身も知らない事だ。


 しかし、気が付いたとしてもヴァンダルーはそれを悪い事だとは思わないだろう。


「まあ、煽って扇動した事は認めますけど、それは悪い事ですか?

 だって貴方達は開拓村を皆殺しにしようとした次は、無理難題を吹っかけて皆奴隷にしようとして、逆らったら殺す、でしょう?」

「そ、それは、カールカンがっ……貴様等がっ……」


「カールカンは貴方方の管理責任で、俺達はやり返しただけです」

 そう言い返すヴァンダルーの姿が、パブロには滲んで見えた。汗が、冷や汗が目に入ったのだ。

 やはり怪物だとパブロは眼の前のダンピールを断じた。


 言っている事は理路整然としていて口調も丁寧、寧ろ理は相手の方に在るとすら感じる。

 だが、目を見ているパブロには解る。目の前に居るのは、怪物だと。自分達が絶対視する既存の権威に逆らう事に微塵の躊躇いも見せない。正義の味方でもなければ、難民の英雄でもなんでもない。

 人々を誘う悪魔だ。


 お伽噺の悪魔は、さも優しそうに人々を誘う。そして魔性に人々を導くのだ!


「ところで、そろそろ終わりですか?」

 そう言われて、パブロはハッとした。この悪魔にとって、さっきまでのやり取りは一体何だったのかと。

 交渉でもなければ、情報収集でもない。ただの雑談? そんなはずが無い、そんな和やかなものではない。自分が口を開く度、目の前の怪物は興味深そうに見つめていたじゃないか!


 腰かけていた丸太から立ち上がった怪物の鉤爪が、パブロに迫って来る。

「何故か狂っていると言われるので、一度俺とは正反対の立場の正常とされる人の話を聞いてみたかったのですよ。

 理解しかねる点が多々あったし、結局俺の方が話していた気がしますが、とても有意義な時間でした」


「な、何をするつもりだっ、私はっ、私はこれからどうなるっ?」

「これからは俺の弟子に有意義な時間を提供してあげてください。……モルモットとして。大丈夫、俺がそうだった時間よりも、ずっと短くて済みますから」

 どろりとした液体が顔に滴るのを感じたと思った瞬間、パブロの意識は暗転した。




《【異形精神】スキルのレベルが上がりました!》




 伝書鳩で「異常無し、順調」と言う連絡を寄越したきり、赤狼騎士団は連絡を絶った。

 調査に送り込まれた密偵達が見つける事が出来たのは無人となった開拓村と、大勢の人間が南に去った痕跡だけだった。

 ルーカス公子は詳細を調べようと更に密偵を送り込んだが、確かな事は何一つ分からなかった。ニアーキの町に居るという腕利きの霊媒師を雇おうともしたが、彼女は既に店を畳んで他の公爵領か故郷のエルフの集落に向かったようだった。


 分かったのは、開拓村からやや離れた場所に在る二百年前放棄された……放棄させた町に、一階層だけの小規模なダンジョンが発生していた事と、崩落して通る事が出来ないはずのタロスヘイムがある大陸南部に続く境界山脈のトンネルの入り口の岩が、動いた形跡があるという事だけだった。


「まさか、一連の事件は全て大陸南部から、タロスヘイムから這い出てきた何者かが起こしたのか!?」

 春、その報告を見たルーカスは戦慄した。ハートナー公爵家を正式に継ぎ、公爵と成った彼は当然二百年前先祖が行った不条理な裏切りについて知っていた。


 王侯貴族は様々な事で様々な敵や味方を作る。だが、代替わりすると「親の代は兎も角、我々は仲良くやろう」と関係を修復する事が多い。「あの一族は末代まで許すな」と先祖からの遺言がある場合もあるが、それでも曾孫の代に成れば「そろそろ和解しませんか」と成る事も少なくない。


 だが他種族の、特に寿命の長い種族からの恨みは別だ。こちらの代が変わっても、異種族側からするとまだ当事者が健在である事が多いからだ。


 巨人種の寿命は三百年。そしてハートナー公爵家がアミッド帝国側に送り込んだ密偵は、やや遅かったが帝国とミルグ盾国が大陸南部に送り込んだ六千人の遠征軍が、数千匹のアンデッドと化して戻ってきた事件についての情報をルーカスに届けていた。


 タロスヘイムには、何かが居る。そして、その何かはハートナー公爵家に深い悪意を持っている。それは疑いようがない。

 その何かが開拓村とどうして結びついたのか、単に場所が近かったからなのかまではルーカスには知りようがないが。


「極小規模のダンジョンも、農村で広がるヴィダの信仰もその何者かの仕業か……恨むぞ、先祖よ。お蔭でハートナー公爵家は、怪物の恨みを買ったぞ!」

 ルーカス公子は、赤狼騎士団は奴隷鉱山跡に住みついた災害指定種の魔物を討伐に向かい、団長のパブロ以下全員が相打ちとなった。開拓村の村人達は力及ばず助けられなかったと発表した。


 そしてニアーキの町に砦を作る事を決定した。大陸南部に潜む、怪物に備えるために。


 因みに、その頃ハインツ達【五色の刃】は極小規模のダンジョンを調査している時に、同じく何かを調べに来たらしい吸血鬼達と鉢合わせして倒し、そして手に入れた情報を元に原種吸血鬼テーネシアの足跡を追ってハートナー公爵領を出ていた。




《ヴァンダルーは【怪物】の二つ名を獲得しました!》




 焼き餃子に水餃子、焼売、蒸しパン、焼きソバ、たこ焼、お好み焼き、たい焼き、焼き鳥、ホットドッグ、フランクフルト、ケバブ、キューバサンドイッチ、生春巻き、肉や魚や野菜を挟んだチャパティ、ワッフル、クレープ、シャーベット、フルーツジュース、芋虫の串焼き……地球やオリジンの屋台で食べられる様々な料理が並んでいる。


 それを前にした者達は、高級料理の数々を見たかのように瞳を輝かせ、歓声を上げた。


「素晴らしい……っ! ほとんど見た事の無い料理ばかりだっ!」

「我慢できないっ! 頂きます!」

 そして猛烈な勢いで食べていく。この場に居るのは、タロスヘイムの何時ものメンバーにルチリアーノやカシムやリナを加えた者達だ。


 開拓村から移住した職人が焼いた皿に料理を次々にとって、急かされている訳でもないのに猛烈な勢いで食べ始める。

「このギョーザっ、中に肉と野菜を包んでいるのか! 何とジューシーなパンなんだ! そうか、具材をこの薄いパンで包んでいるからこんなに美味いのか!」

『ラムダだと餃子もパンなんですねー』


「髭のオッサンっ、こっちのソバってパンと野菜と海産物の炒め物も美味いぞっ! パンを具材と一緒に炒めるなんて、チキューって国の連中は良く思い付いたな!」

「カシム君、私はまだ二十代だ! そしてそれはパンではなく、麺と言うのだ!」


「メン? これ綿で出来てるのかっ!? 綿って食べられたんだなー」

「フェスター、良いから食べなさいよ。じゃないと聞かれた時答えられないでしょっ」

「こっちの丸いのには……はふっ!? 熱っ、でもウマっ……えーっと、何かコリッとした物が入ってるな。こっちの魚のパンは……熱っ! 甘っ!? 何で魚のパンが甘いんだ!?」

「ゼノ、何時もの落ち着きは何処にいったのっ!」


 ルチリアーノ達新規組には好評らしい。既にこれらの料理を食べた事があるブラガやエレオノーラ、ザディリスも、美味しそうに食べている。

「何時もと違う味だけど美味しいわ」

「うむ、鯛焼きの中身はジャムじゃし、焼きソバのソースも醤油やマヨネーズではなく果物と香辛料のタレを使っている様じゃな」


 作り方と材料を集められれば再現する事はそれ程難しくない料理が多い。そして必要な調理器具も、金属や木材の形を【ゴーレム錬成】スキルで自由に変えられるヴァンダルーなら、幾らでも作る事が出来る。

 具材を挟んだバンズを挟んで上下から焼くキューバサンドイッチや、棒に肉を巻きつけて焼くケバブを作るための器具は、ちょっと苦労したが。


『それで、どう思います? これを屋台で三か月くらい売り続けたとして、商業ギルドに認められるでしょうか?』

 ヴァンダルーは、冒険者に成る事をまだ諦めていなかった。

 ただ、そのためにはやや迂遠な手段を取る必要があるとは思っていた。それが商業ギルドへの登録だ。


 冒険者ギルドでは登録時にステータスを確認されるが、されない方法がある事を何とカシム達が知っていた。それは、他のギルドの登録証を呈示する事だ。

 商業ギルドでも魔術師ギルドでも、職能ギルドでも、ギルドなら何処でも良い。既に他のギルドの登録証を持っていれば、その身分は保証されている事に成る。


 それでギルド職員にステータスを見られる事無くギルドカードを作ってもらえるのだ。

 因みに、この方法をダルシアやカチア、ボークス達は知らなかった。何故なら、冒険者ギルドが最も簡単に登録できるギルドなので、そんな迂遠な方法が必要に成る場合がほぼ無いからだ。


 カシム達が知っていたのも、冒険者養成学校で知り合った一人が行商人の一人息子で、彼が「商業ギルドの登録証を見せたから、血を取られずに済んだ」と話していたのを覚えていたからだ。

 因みに、その行商人の一人息子も真面目に冒険者に成ろうとした訳ではなく、最も安く護身のための技術を身に付けられるのが冒険者予備校だったから登録したらしい。


 そしてヴァンダルーは冒険者ギルドに登録するために、先に登録するギルドとして商業ギルドを選んだ。

 この試食会は、商業ギルドに登録するために必要な「商売をしている」と言う実態を示す為に使えるかどうかの意見をルチリアーノ達から聞くための催しだった。


『そりゃあ売れるだろ、こんなに美味くて売れないはずはねぇっ!』

「親父、反対側からボロボロ食べかすが落ちてるよ」

『私達も同感です!』

『絶対売れますよ、坊ちゃん!』

「目立たない様に味噌や醤油を使っていないが、我は問題無いと思うぞ。こっちの方が好きと言う奴も居るかもしれん」


 味噌や醤油、マヨネーズ等を使わず作ったのは、もしアルダ神殿にそれらがどんな調味料なのか伝わっていたら面倒だからだ。

 オルバウム選王国ならそう深刻な事態にはならないだろうが、何処にでも極端な考え方をする者が居る。

 社会的地位が手に入る前に、そんな連中に絡まれるのは面倒なのだ。


『あ゛ま゛ぁ……ぃ……』

「美味しいよ、絶対皆買ってくれるよっ!」

 それでも中々好評のようで一安心だが。


 しかし、複数の貴族や大商人から特殊な指名依頼を受けた経験を持つルチリアーノは、「確かに、感動的なほど美味い」と認めつつも、微妙な顔をした。

「しかし屋台で売るのは問題があるぞ、師匠」

「何でだ? こんなに美味いんだ。俺だったら絶対買うぜ!」

 ヴァンダルーより先にルチリアーノに喰ってかかるフェスターに、彼は「幾らで買うつもりかね?」と聞き返した。


「幾らでって、そりゃあ――」

「そう、問題は値段だ。例えばこのギョーザ、スパイスを利かせた具材の値段は当然高い。焼売や肉まんも、同様だ。焼きソバも贅沢にたっぷりの具材とソースを使っているし、ケバブやホットドッグも……キューバサンドイッチにはバターまで塗られている。たこ焼にはたっぷり油が使われているし、お好み焼きには新鮮な海産物、たい焼きにはジャムや蜂蜜……高価な甘味がふんだんに使われている訳だ」


「いや、別に値段は安くしても構わないんじゃないか? ヴァンダルーの目的はギルド登録で、儲ける事じゃないんだし。それで生活に困るって事も無いし」

 値段を問題視するルチリアーノに、カシムはそう指摘した。確かにヴァンダルーは屋台の売り上げで生活する訳ではないので、別に儲けなくても良い。それどころか、欲しいのは商売をしていると言う実態なので赤字でも一向に構わない。


 だがルチリアーノはカシムに「考えが甘い」と告げた。

「相場よりも明らかに安い値段で、庶民にも手が出る価格でこの料理を売ったら……師匠以外の屋台の店主達はどう思うかね?」

「……どう考えてもトラブルの予感がする」

「そうだろう」


『……人間関係って面倒ですね。じゃあ、他の屋台が無い町や村で営業するというのは?』

「師匠、そんな辺鄙な場所には商業ギルドも無いと思うがね」

「えーっと、別に大盛況に成る必要も無いんだし、他の屋台と同じ物を作って売ったら良いんじゃない?」

『うーん、でも態々不味い物を作ってお金を取るのは良心が痛みますし』


 リナが中々無難な提案をするが、ヴァンダルーとしては抵抗があった。ラムダの屋台食は、基本的に不味い。勿論、ヴァンダルーの肥えた舌からしたらだが。

 基本的に味よりも量や安さ優先で、限られたスペースで手早く作れる物が中心に成るので、あまり美味くないのだ。


「いっそ、屋台ではなく常設の店舗でも構えたらどうかね? 師匠が用意した料理は、王侯貴族が食べてもおかしくない物ばかりなのだし」

『……俺の中の王侯貴族のイメージがまた崩れました』

 着飾った紳士淑女が立食パーティーで焼きソバやたこ焼を食べながら、優雅に「フフフ」「オホホ」と談笑する光景を思い浮かべて、ヴァンダルーは眩暈を覚えた。


『とりあえず、商売する場所の目星が付いたら、そこで売っている物と価格を見て決めましょうか。

 どの道、原種吸血鬼共を減らさないと一定期間商売する事もできませんから、先の話ですしね』

「ところでヴァン、何故肉体の方は横に成ったまま動かないんだ?」

 部屋の片隅でうつ伏せになったまま動かない、肉体のヴァンダルーに気がついたバスディアに霊体のヴァンダルーは答えた。


『……あれは落ち込み担当の思考です』

(誰だ、人を【怪物】呼ばわりした奴は。見つけたら耳の穴から鉤爪を突っ込んで、奥歯をガタガタ言わせてやる)




・名前:カシム

・種族:人種

・年齢:16

・二つ名:無し

・ジョブ:戦士

・レベル:70

・ジョブ履歴:見習い戦士



・パッシブスキル

体力増強:2Lv(NEW!)

生命力増強:2Lv(NEW!)


・アクティブスキル

農業:1Lv

棍術:2Lv(UP!)

盾術:3Lv(UP!)

鎧術:3Lv(UP!)




・名前:ゼノ

・種族:人種

・年齢:16

・二つ名:無し

・ジョブ:盗賊

・レベル:67

・ジョブ履歴:見習い盗賊


・パッシブスキル

気配感知:2Lv(UP!)

直感:1Lv(NEW!)


・アクティブスキル

短剣術:2Lv(UP!)

弓術:2Lv

罠:2Lv(UP!)

忍び足:2Lv(NEW!)

解体:1Lv(NEW!)

鍵開け:1Lv(NEW!)



・名前:フェスター

・種族:人種

・年齢:16

・二つ名:無し

・ジョブ:戦士

・レベル:72

・ジョブ履歴:見習い戦士



・パッシブスキル

筋力強化:3Lv(UP!)


・アクティブスキル

漁業:1Lv

剣術:3Lv(UP!)

解体:1Lv

鎧術:1Lv(NEW!)

限界突破:1Lv(NEW!)

ネット小説大賞の一次選考を通過しました! これも皆様の応援のお陰です、ありがとうございました。


少し予定を変更して、3月30日に94話、31日に95話、4月3日に96話を投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
落ち込み担当の自分を一人作るのくっそ可愛いんやが。 てかステータスバレずに済みそうな手段見つかって良かった〜 この作品は「主人公やその他の主観的事実」と、メタいけど「真実の設定」が食い違って物語が進…
[一言] いや、何故これで【異形精神】はレベルアップ出来るw 可哀そう
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