九十一話 何も起らなければ良かったのに
山賊に扮したカールカン達騎士の一隊から第七開拓村を守る防衛戦は、村を守る事に関してだけなら順調に進んでいた。
村を包囲していた三十人程の弓兵と歩兵は、ヴァンダルーがカールカンを殺した頃には既に半減していた。
『おおおおおおおん!』
「うおわっ! ゴーレムだと!?」
「のわあああ! 何だこのスライムは!?」
村を包囲して待機していた準騎士達は、命からがら逃げ出してくる村人を矢で射るだけで良かったはずだったが、実際に向かって来たのは石や、一見スライムにも見える液体金属『死鉄』で出来たゴーレムだった。
ヴァンダルーがせっせと地中に設置したゴーレムは、ランク3のストーンゴーレムが十体、ランク7の液体状態の『死鉄』ゴーレムが三体。それぞれ【眷属強化】と【従属強化】のスキル効果で、ランクが1から2上の魔物に相当する力だ。
準騎士達が纏まっていれば、敵わないまでも足の遅いゴーレムから半数は逃げ出す事が出来ただろう。だが、彼らは村を包囲していたのでバラバラになっていた。
「な、何故、ゴブリン程度しか出ないはずの場所で、大量のゴーレムに黒いスライムが!? ごぶべばっ!」
波のように覆いかぶさってきた死鉄ゴーレムに飲み込まれて、最後の騎士の姿も消えた。死鉄は液体だが、重さは元に成った鉄と変わらない。しかもゴーレムの怪力で抑え込まれるので、一度飲み込まれれば余程の筋力の持ち主でなければ脱出は不可能だ。
『お゛お゛ぉぉ』
そしてゴーレム達は準騎士達の死体を持ったまま、ヴァンダルーが作った小規模ダンジョンに向かうのだった。死体を隠蔽するために。
十人の騎兵に対して、カシム達は善戦していた。
「うおおおおっ! 【石盾】! シールドバッシュっ!」
カシムが防御力を増した盾で思いっきり殴り、それを受け切れなかった準騎士が堪らず落馬する。
ゼノがその準騎士を狙うが、そうはさせるかと仲間が射線を遮る。
「ぐうっ! 虚仮脅しのつもりか!」
普段と違い軽装の皮鎧であったことが幸いしてすぐに立ち上がる準騎士に、相変わらずスキルレベルが足りず【シールドバッシュ】を発動できないカシムは言った。
「気合の表れだ!」
十対三で戦わなければならないのだから、気合を入れないとやっていられない。
そのカシムの横でも、フェスターが雄々しく剣を振るっていた。
「うおおおっ! リナは、俺が守る! 【三段突き】!」
連続で素早く突きを放つ【剣術】の武技を発動し、馬上の敵を狙う。
準騎士はフェスターの突きを、一回目は身を捻って避け、二回目は自身の剣で逸らし、三回目は食らったが脇腹の肉を少々削られるだけに抑えた。
「隙あっ……り?」
【三段突き】は凄まじい速度で三度突きを繰り出す武技だが、逆を言うと突きを三度凌げば隙が出来る武技でもある。
それを知っていた準騎士は、多少の手傷を負っても三度凌いで反撃に出ようとしたのだが、軽傷の筈の脇腹からごっそり生命力を持って行かれ、力が抜ける。
フェスターの剣に付与された【殺傷力強化】の効果だ。
「ぜやぁっ!」
その準騎士の隙を逆に突いたフェスターの通常の突きが鎧の隙間に入り、準騎士が白目を剥いて落馬する。
「アントンっ!」
「次は誰だっ! かかってこいっ、リナには指一本触れさせねぇぇっ!」
「誰だ、それは!?」
仲間が倒されて動揺する準騎士達と、初めて人を殺した心理的衝撃をヴァンダルーから受けた助言を活かして耐えるフェスター。
「アントンの仇だっ!」
彼の言葉通りに、二人の準騎士が切りかかって来る。
「馬鹿っ、お前が挑発してどうする!」
「【挑発】!」
すかさずゼノが弓で準騎士達を牽制し、カシムが敵の敵意を強制的に誘導する武技【挑発】で準騎士達の狙いを自分に向けさせる。
「こいつ等、聞いていたより強いっ」
副隊長が思わずそう呟いてしまう程度に、カシム達は強くなっていた。三人とも冒険者の等級こそE級のままだが、既にD級並の実力を備えている。
だから準騎士達と実力的には五分以上。そこにヴァンダルーの付与魔術が加わって、十対三でも油断できない強敵と化していた。
村人を狙うために分散したら各個撃破されるのではないかと恐れる程に。
(カールカン隊長は何を手間取っているのだ!?)
本来なら表と裏の両方の門から突入し、攪乱しながら抵抗する冒険者や村人を各個撃破するはずだったのだが、このままでは負ける事は無いにしても受ける被害が大きすぎる。
「剣士は私が相手をするっ! 二人はそのまま盾役を抑えていろ、残りは弓使いを片付けろっ!」
これ以上味方に死人が出ては拙いと、浮足立つ準騎士達に副隊長は指示を出すとフェスターに向かって馬を走らせた。
カールカンと同じくジョブも地位も【正騎士】である彼は、フェスターよりも高い技量を持つ。馬上の有利を活かせば、付与魔術がかけられていてもそう簡単に負けはしない。
「クソっ! ゼノっ、何とか逃げ回ってくれっ!」
そう仲間に叫びつつ副隊長を迎え撃とうとしたフェスターは、頭上を何かが猛スピードで通り過ぎるのを感じた。
すると、迎え撃とうとした敵の首から上が果物の爆ぜる様な音と共に消えた。
「「「「「「えっ?」」」」」」
思わずフェスター、そして準騎士達も間の抜けた声を漏らす。主人の頭部が爆砕した事にも気が付かず、走り出した馬がそのままフェスターの横を走り抜けて行った。
ぐらぐらと揺れる副隊長の手から、ぽろりと長剣が落ちる。
「もう少しで馬に当たる所だった。【念動】砲は狙いが難しいですね。液体金属の死鉄なら弾丸を潰さないよう注意しなくてもいいから、使えるかなと思ったのに。やはり銃身が無いとダメか」
そんな声を聞いて上を見上げてみれば、そこには握り拳大の黒い球体を幾つも周囲に浮かべたヴァンダルーが居た。
「じゃあ、残りは普通に行きますね」
驚愕から立ち直っていない準騎士達の見ている前で、ヴァンダルーの周囲に黒炎の槍が幾つも出現する。
「ま、待って――」
「【黒炎槍】」
咄嗟に降伏しようとしたらしい準騎士から順に、全ての準騎士に魔術を放つ。
「ちょっ!? おいっ! 今降伏しようとしてなかったか!?」
「すみません、タイミング的に間に合いませんでした」
何度目かの嘘に気分が悪くなるが、仕方がない。
「そうか……まあ、俺の気のせいだろ。武器を持ったままだったし」
カシムはそう言うと、死体になった準騎士達から関心を失ったようだ。彼から見れば準騎士達はただの山賊なので、容赦なく殺したヴァンダルーを非難するつもりは元から無く、驚いて思わず質問しただけだったらしい。
「助かったよ、戻って来てくれるのが遅れていたらヤバかった。命を救われたのは二度目だな」
「これで全部か? じゃあ死体の片付け、いや、まず馬が逃げない内に集めないと」
「う゛ぶっ!」
「……フェスター、お前は村長さんの所に説明に行って来い」
「ま、まかぜどげ」
「俺は、逃げた山賊が一人居たので追いかけてきます」
「一人で――うん、大丈夫だとは思うけど、何か手伝うか?」
「大丈夫です、俺よりもここをお願いします」
「分かった」
飛んで行くヴァンダルーを見送ったカシムは、彼に粉々に砕かれた敵の頭の破片を集めなければならない事に気がついて、顔を顰めた。
「いっそ、全部焼いて貰えば良かったな」
「かっ……かけっ……」
フロトは石に置き換わったように動かない自分の身体に愕然とし、こちらを見つめる数え切れない複眼を絶望的な気持ちで眺めていた。
麻痺毒が含まれた鱗粉をばら撒く、ランク3のパラライズモス。
弱った生物を酸性の唾液で溶かしながら喰う、ランク2の死肉蠅。
短時間なら透明に成れる、ランク3のクリアドラゴンバタフライ。
密林の殺し屋、ランク4のカメレオンマンティス。
そして金属鎧も飴細工のように破壊する強靭な顎と毒針を持つランク5のセメタリービー、鉄より強靭な角と外骨格を持つランク4のランスセンチピード。
顎や羽の音が、フロトには自分の死へのカウントダウンのように聞こえた。
彼は優秀な魔術師だが、基本的に研究者であるため実戦経験に乏しい。カールカンがフロトを連れて来たのも、戦力としてよりも開拓村の人々の顔を全て知っているからという理由だった。
それでもセメタリービーとランスセンチピード以外の、魔物数匹なら何とか撃退できたかもしれない。一種類の毒なら、魔術で解毒する事が出来た。
しかし蟲型という共通点はあっても一度に十数匹、複数の種族の襲撃に対応できる力はフロトには無く、複数の毒をすぐ解毒する技術も無かった。
(こ、こんなはずでは! 誰かっ、助けてくれ! 私はこんな所で死んでいい人間ではないんだっ! 私が死ねば、この国にとって損失は計り知れないんだぞ!?)
唯一動く眼球で必死に助けを探すが、その当ては全く無い。彼の上役だったカールカンは最初に、あっさりと殺されたし、その部下達も次々と後を追った。確か、密偵の男もその中に混じっていたような気がする。
あの様子では、他の準騎士達もヴァンダルーに皆殺しにされてしまっただろう。
もし生き残りが居たとしても助けに来る程の関係ではなかったし、来たとしてもこの魔物の群れを彼らが倒せるとは思えない。
もうダメだと諦めた時、蟲共の後ろから紅と紫紺の瞳が現れた。
「お久しぶりです」
感情の無い顔と声で、カールカン達を瞬く間に殺したヴァンダルーがフロトを見下ろしていた。
(ひぃっ!)
喋れないフロトは胸中で悲鳴を上げる。そんな彼に向かって手を差し伸べながら、ヴァンダルーは続けた。
「カールカンって言う人の霊から、事情は大体聞いています。本当は神官じゃなくて、開拓村を潰すために潜入していた、雇われ魔術師。目的は出世だそうですね」
(全てバレている!? 【霊媒師】でもあったのか!)
驚愕に恐怖、そして死んで霊になったとはいえすぐに自分を売ったカールカンを胸中で罵る。
(待ってくれっ、私は止めたんだ! こんな襲撃に意味は無いとっ、でもカールカンが強行したんだ!)
本来なら第七開拓村以外は、今回の襲撃の前にフロト自身が関与した作戦によって幾つか壊滅しているはずだった事を都合よく忘れて彼はそう訴えるが、毒で麻痺した舌が言葉を紡ぐ事は無い。
「言いたい事があるらしいですが、俺は貴方から聞きたい事は無いので。
しかし、困った事をしてくれました」
村を守るために山賊を撃退した。それは問題無い。だが、実は山賊が騎士だった問題だ。
普通ならカールカン達が騎士の恥さらしとして処分されて終わりだ。しかし、そこに難民問題や開拓事業が本来は棄民政策であった事、最後はほぼ独断だったにせよカールカンがルーカス派の意思で動いていた事を考えると、そう簡単には終わりそうにない。
演習という名目で出て来たらしいが……騎士団の人間がカールカンの行方不明と、開拓村で退治された山賊がイコールで繋がる事に気が付くのは確実だ。
その時、彼らがどう動くか。ヴァンダルーと開拓村にとって都合が良いのは、彼らが動かない事だ。
騎士団や貴族達が事無かれ主義に走り、カールカン達は山賊と関係無く演習中に行方不明に成ったと処理してくれれば、何も起きない。
しかし、ヴァンダルーはこれまでの経緯からもうハートナー公爵家やそれに近しい貴族家を、全く信用できなかった。
きっと、何か仕掛けてくる。
「殺す前に騎士だって分かっていたら、生け捕りにできたら色々やって誤魔化す事も可能だったけれど……扮装に凝り過ぎなんですよ。本物の山賊みたいにすぐ死ぬなんて卑きょ……幾らなんでもそこまで言うのは理不尽か」
ヴァンダルーの手が、徐々にフロトに近づいて行く。フロトは何時その手から黒い炎が放たれるのかと、指から鉤爪が伸びるのか、気が気ではなかった。
だが、そうはならなかった。ヴァンダルーの手は、フロトの顔に添えるような形のままだ。もしかして助けてくれるのかと、フロトは思った。
(ありがとうっ、本当にありがとう! 知っている事は何でも話すし、君のためなら何でもするっ! だから助け――!?)
頬に触れたヴァンダルーの冷たい手から、音も無く蟲が生えた。
カラフルだが毒々しい色のワームの目の無い頭部が、幾つもヴァンダルーの手から生えたと思うと、その長い身体をくねらせながらフロトの顔の上を這い回る。
「綺麗でしょう? これは生物の身体に寄生するタイプの蟲です。脳とか、内臓とか、色々な所に寄生します。先に言っておきますが、意識を乗っ取られる事はありません。痛みも何もかも全て鮮明なままです」
ぬらぬらした寄生虫達が、フロトの口や鼻、耳から体内に入って行く。
「はえ゛、え゛、ぉ、お、おっ!」
ガクガクと不気味に痙攣するフロトを見ながら、ヴァンダルーは告白した。
「もしかしたら気が付いていないかもしれないから言っておきますね。俺は、とても怒っています」
ヴァンダルーはフロトの裏切りに怒りと失望を覚えていた。彼はフロトに感心していたし、アルダの信者なのに良い人だと思っていた。
だというのにこの裏切りだ。彼の安否を心配していた過去を消したいくらい。
「まあ、元々工作員だった貴方にしてみれば、気が付かなかった俺が間抜けなだけなんでしょうけど。騙される方がバカなんだって、そう言いたげな目をしてますし」
(そんな事思ってないぃぃぃぃぃぃっ!)
生きているフロトの声はヴァンダルーに聞こえない。
そのまま蟲がフロトに寄生し終わるのを待つと、ヴァンダルーは彼の身体を掴んだ。
すると、音も無くフロトの身体がヴァンダルーの手の中に入って行く。
(わ、私はどうなるんだぁぁぁ!? 誰か助けてくれぇぇぇ!)
誰の耳にもその叫びを届ける事が出来ないまま、フロトはヴァンダルーの中に消えていった。
「裏技ですが、寄生虫を寄生させた生物も【装蟲術】で装備できるのです」
ハートナー公爵領内の魔境に居たグールや、農村から取引で手に入れた家畜をダンジョンで運ぶために、ヴァンダルーは彼等に蟲を寄生させ、体内に装備して転移したのだ。
尤も、その時は害のない蟲を一匹、それもダンジョンで転移する直前に寄生させ、タロスヘイムに着いたらすぐに解放したが。
このままフロトを生きたままタロスヘイムに運び、その後始末すれば死体を開拓村の人々に発見されたり、億が一にもゴースト化したフロトが村の周辺に出るような事も無い。
【死属性魅了】も完全無欠ではないので、念を入れられる余裕がある時は入れるに限る。
ただフロトを装備した分容量が減ったのか、一匹だけ収納できなくなってしまった。
「容量ギリギリまで装備すると、こんな不測の事態が起きて困る事になるのか」
「キチキチキチ?」
どうするのと言いたげなピート。ランスセンチピードにランクアップした今の彼は、アナコンダよりも大きい。
「……まあ、門番係の人達にはもう知られましたし、大丈夫でしょう」
ちょっと叱られるかもしれないが、多分連れて行っても大丈夫だろう。
「とりあえず、山賊の処理が終わったらレムルースをニアーキの町やナインランドの周辺に配置しておかないと。虫アンデッドも放って……はあー」
第七開拓村の人々は山賊の襲撃に驚き、それを防いだヴァンダルーやカシム達を称えた。朝だったのでそのまま宴には成らなかったが、山賊の装備を剥ぎ取ったり、死体がアンデッド化しないようヴァンダルーに焼いてもらい灰を埋めたり、馬を集めたりしている内に昼に成り、そこで祝う事に成った。
「いちいち人の名前を叫ばないでよっ!」
「だ、だって、お前を守りたくて必死だったんだ!」
「だから、そう言う事を皆の前で叫ばないで! ……二人きりの時に言いなさいよ」
フェスターは人を初めて殺した精神的衝撃から立ち直ると共に、リナとの関係も進みそうである。
冒険者ギルドの職員と現役冒険者の男女はどちらかが引退しないと結婚できないらしいので、ゴールはまだ先だろうが。
「……なんか解せない。あいつがリナ好きなのは前から知ってるけど」
「解せないって言うか、単純に寂しいな。一人身って」
「知ってるか? モーリスの奴あの歳で婚約したらしいぞ」
「あー、幼馴染の……彼女ってどうすれば出来るかな?」
カシムとゼノが遠くを見つめていたが。
(そう言えばブラガも春頃までは一人身仲間とこんな事を言っていたっけ)
「ヴァンダルー、お前の歳だと分からないだろうけど……女の子とは仲良くしとけよ」
「……そうします」
これ、色々ばれたら後でグチグチ言われるだろうなと思いつつ、そうカシム達に答えるしかないヴァンダルーだった。
後、まだ体内で痙攣しているフロトの事に関しては沈黙を貫いた。
その後、開拓村では冒険者ギルド出張所のリナが「二十人の山賊を全員撃退した」と報告し、カシム達に報酬を支払った。……ゴーレム達に倒された三十人の事は、村人は存在した事すら知らない。
カールカン達が乗っていた馬は、全てヴァンダルーの物に成った。元々山賊の殆どを彼が倒したので、報酬はカシム達、馬はヴァンダルーという割り振りになったからだ。
ただ、ヴァンダルーには使い道が無いので馬達は各開拓村に割り振られ農耕馬として第二の人生を歩む事になる。
「今、俺は一般人のままなので馬のお金を受け取ると商業と言う事で税金を納めないといけなくなるので、冒険者に成ったら適当に払ってください」
「うーん、良いのかい? 担保に差し出す物も碌に無いし……」
「良いですよ、馬の世話を丸投げするんですから」
それにもし生きたまま馬を連れ帰ると、サムが傷つく。
『坊ちゃんっ! 私という者が居ながら、生きている馬に走るんですか!?』
「サム、そんな浮気した亭主を詰める様に言わなくても……」
前、地方の村から家畜や苗を集めていた時、うっかり農耕馬を一頭貰ってしまったので連れ帰ったら、こんなやり取りがあった。
どうやらヴァンダルーが空を長時間飛べるようになり、更にダンジョン間をテレポート出来るように成った事にサムは危機感を覚えているらしい。
(いっそ馬の賃貸業で商業ギルドに登録してこようかな)
ふとそんな事を考えるが、馬の由来に問題があるのでしばらく様子を見た方が良いだろう。
その後、実際に山賊を討伐した事で心構えが出来たカシム達はニアーキの町で受けたD級昇級試験に無事突破したようだ。
その時点では、まだ何事も無かった。
《【装蟲術】、【連携】、【従属強化】、【眷属強化】、【死属性魅了】、【投擲術】スキルのレベルが上がりました!》
《【糸精製】スキルを獲得しました!》
年が新しくなって暫く、ルーカス公子は杯に注がれたホットワインに口を付ける気に成れないまま、胡乱気な視線で体中を強張らせている部下を眺めた。
ここは彼の執務室で暖かさが保たれているのだが、あの部下の胆は冷えっぱなしの様だ。その証拠に、顔も肩も見るからに固そうだ。
このホットワインが必要なのは自分よりも彼かもしれないが、ルーカス公子が彼に与えられるのは温もりではなく事務的な質問だった。
「それで、カールカン・ラッセンとその隊の行方は?」
部下の顔が一層強張った。
問題に成っているのは、二週間の予定で演習に出ていたカールカン・ラッセンと言う騎士と彼が指揮する一隊が行方不明になっている事だった。
ルーカス公子自身は、カールカンは名前と顔は記憶の片隅に在るといった認識だった。弟のベルトンとの跡継ぎ争いで行った、数ある裏工作の内一つを担当している人物。
代々ハートナー公爵家に仕える騎士を務めるラッセン家の出で……つまり代々一介の騎士で終った家系出身の、ごく平均的な騎士だった。
勿論一介の騎士が悪い訳ではない。領内を魔物や犯罪者、敵国から守り、兵士と領民の規範となる立派な務めだ。
しかしカールカンは自分の能力よりも上の地位を欲した。そこに今ルーカス公子の前で強張っている部下……赤狼騎士団団長パブロ・マートンが注目し、工作の一つを任せられた。
「それが……予定を過ぎても何の連絡も無く、人をやって調べると演習予定地には居ないようでした。
それと、開拓村が二十人程の馬に乗った山賊に襲撃されたが、無事撃退したという報告が冒険者ギルドに在ったそうです」
その答えに、ルーカス公子はワインを飲んでいないのに眩暈を覚えた。
「なるほど。あの開拓村を、二十人程の馬に乗った、裕福な山賊が襲撃したという訳か。あの小さな村を? ……パブロ、もしや山賊は二十人では無く五十人以上いたのではないか?」
「いえ、冒険者ギルドの記録では二十人とありました。ですが……私もそう考えます」
つまり、カールカンは演習と偽って隊を率いて町を出て、山賊に扮して開拓村を襲撃し、そして返り討ちに遭ったという事だろう。
小さな開拓村に、正騎士三人と準騎士の五十人の隊が壊滅。山賊に扮するために幾分装備の質を落としていた事を考慮しても、信じ難い。
しかし去年のハートナー公爵領ではルーカス公子にとって信じ難い事が幾つも起きていた。
カールカンがした事も、その末路も、ルーカス公子にとって信じ難い事の一つだ。
「あの開拓事業には手を出すなと……いや、ベルトンの醜聞が明らかに成った直後に全ての工作を中止しろと俺は命じたはずだが?」
ルーカス公子は、「これは足の引っ張り合いをしている場合ではない」と裏工作の中止命令を出していた。
ベルトン自身は潔白だったようだが、複数の有力貴族が原種吸血鬼に与した事は信じられない大事件だった。対応を誤ると他の公爵家からの信頼を失うどころか、「人類の裏切り者にはとても任せられない」と公爵位の剥奪を訴える者達が大勢出かねない。
いや、その前に領内で反乱が続出するかもしれない。
あのまま足の引っ張り合いに始終していればハートナー公爵家その物が終わるかもしれない瀬戸際だったので、裏工作の数々は止めたのだが……何故カールカンは動いたのか。
「それが……どうやら、功を焦ったようでして」
「そうか。そんな人選をしたのだから、そうなるのも仕方ないか」
溜め息をついて、ルーカス公子はこの問題をどう処理するか考えた。
演習中の事故で全員行方不明では拙い。拙いが、大きな問題ではない。
カールカンが率いていた準騎士達は、騎士の子弟、中には貴族家の次男や三男も居た。当然、彼らの実家はルーカス公子の支持者だ。彼と弟の間に起きていた争いを当然知っている。
だから行方不明では納得しないだろうが、それは多少強権を振るえば不満は残るだろうが黙らせる事は可能だ。
だが、問題は開拓村の動きが不気味な事だ。
「開拓村の連中、どう思う?」
「恐らく……弱みを握ったつもりなのではないでしょうか」
「同感だ」
五十人では無く二十人の山賊として冒険者ギルドに届けている。これをルーカス公子は「この事は黙っておいてやるから、解ってるな?」と言う開拓村の意思表示だと解釈していた。
実際、今の時期にスキャンダルは拙い。普段ならどうとでも出来るが、今は選王や他の公爵達の目がこちらの粗を探している時期だ。どんな難癖を付けて来るか分かったものじゃない。
だから今回の真実を知っているという事は、充分な弱みに成る。
そのため、ルーカス公子は「何らかの手段で、村人達と村出身の冒険者が総出でカールカン達を返り討ちにした」と認識していた。
ヴァンダルーについてカールカンが詳しく報告していたら、ルーカス公子たちも違う推測をしただろう。だがカールカンはヴァンダルーについて死の瞬間まで自分達だけで対処できると思っていたので、自分の能力を疑われる事を恐れるあまり報告していなかったのだ。
「恐らく、難民の中にサウロン領の騎士か何かが紛れ込んでいるのでしょう。もしかしたら、独自の勢力を築くつもりかも知れません。
あの辺りは魔境も無く、奴隷鉱山があんな事に成ったのでこれからは人も滅多に寄り付かなくなるでしょうから」
パブロの推測にやはり放置はできないかと、ルーカス公子は息を吐いた。
彼自身が難民達を邪険に扱い、下級兵という名の消耗品として使い潰そうとしていた事や弟との跡継ぎ争いで同じような開拓村を工作の結果幾つか潰している意識があるため、無意識の内に彼らを敵だと、「機会があれば自分を害する存在だ」と認識している事も関係していた。
それに自分が継ぐハートナー公爵領に、サウロン領出身で正体不明の武力を持った勢力を放置する事は出来ない。
「パブロ、貴様の責任だ。赤狼騎士団で対処しろ」
ネット小説大賞に参加しました。宜しければ応援お願いします。
3月23日に92話、26日に93話、30日に閑話7を投稿する予定です。
振り返ってみると四章長すぎですね。まだちょっと続きますし。




