九十話 逝くぞ、野郎共!
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これからも頑張ります。
まだ雪は降っていないが吐く息が白くなる寒さの中、騎士であるカールカンが率いる一隊が間道を南に進んでいた。
人数は五十人程で、騎士団の所属ではあるがカールカン以外には副隊長を含めた三人しか正式に騎士叙勲を受けている者は居なかった。
隊を構成するのは準騎士と言う立場にある者達で、将来の騎士候補や騎士の子弟である者達だ。練度としては騎士に劣るが平均的な兵士と同じかやや上とされる。
そんな彼らがハートナー公爵領の紋章が刻まれた鎧兜ではなく、古びて修繕の跡が幾つもある皮鎧を身に着けている。その姿は一見すると身綺麗な傭兵団のようだった。
「確かに気持ちの良い任務ではないがこれもルーカス公子の為、ハートナー公爵領の未来の為、そして我々の民草の為だ。そんな顔をするな、まるで敗残兵の様だぞ」
「ですが、本当に必要な事なのですか? 既にルーカス公子が家督を継ぐ事は決まったのも同然なのでしょう?」
参謀格で参加しているルーカス派の工作員、ヴァンダルーが善良なアルダの神官だと信じ込んでいるフロトが、カールカンに意見を述べる。彼が言う通り、当初家督を継ぐのは難しいだろうと予想されていた長男だが母親が妾であるルーカス公子の家督相続が、ほぼ内定していた。
魔術師ギルドの元ギルドマスター、キナープ達の行動によって明らかに成った、邪神派の吸血鬼に複数の貴族が通じていた大スキャンダル。それによって生じた大波に、当初家督相続が確実視されていた公爵家次男で本妻の息子であるベルトン公子は飲み込まれた。
自身の身は守れたものの、彼を支持する者達が吸血鬼に与していた事が明らかになったため、家督争いから身を引く結果になった。オルバウム選王国で公爵位に就く事は、選王に立候補する権利を手に入れるという事だ。身内に人類の裏切り者が居たのでは任せられないと、他の公爵領や現選王からの意見が続出したためだ。
対してルーカス公子は自分の支持者や部下の中に吸血鬼と通じている者が居ないか厳しく調べ、自ら狩り出し処断して見せるというパフォーマンスを行った。
ベルトン公子も【五色の刃】に依頼する等して自身の潔白をアピールしたが、一度疑われると狩り出された者も「蜥蜴の尻尾ではないのか」と効果が弱くなる。
そして信用と有力な支持者を失い、アルダを含めた全ての神殿関係者から距離を置かれた事で人心も離れベルトン公子は失脚したのだった。
尤も、最悪彼自身も急病で何処かへ静養のため連れていかれたり、人里離れた神殿で信仰に生きる事に成ったりする可能性もあったので、それを考えれば失脚でも御の字だろう。
彼は今後ルーカス公子が公爵を継いだら、公爵家の分家として生きていく事に成る。
そして現ハートナー公爵は春まで持ちそうにないらしい。ここまで状況が整えば、余程の事が起こらなければルーカス公子が公爵に成るのは決まったと考えて良いだろう。
今更ベルトン公子が行っていた開拓事業を潰して意味があるのか疑問に思っても仕方ない。
しかしカールカンはフロトの耳元で囁いた。
「フロト殿、そうは言うがこのまま何もしなければお前は元の閑職に戻るだけだぞ」
フロトの顔が強張る。魔術師ギルドの閑職に甘んじていた彼が、巡教の神官に身を扮して開拓村を巡って情報を集め、それをカールカン達に流していたのは、全てハートナー公爵家のお抱え魔術師に成るためだった。
栄達を手に入れるために苦労してきたのだ。それがこのままでは水泡に帰す。
「もう一仕事して望みの報酬を手に入れるか、それとも『ご協力感謝する』と言う言葉と小金を受け取って今まで居た場所に戻るか。どちらか一つだ」
「……分かりました」
そう迫られれば、断る事は出来なかった。
実際にはルーカス公子にとってカールカン達の行動は利益にならない。それどころか、僅かだが不利益に成る。
ただカールカンの上役も立て続けに起こっている事件への対処に追われており、明確に開拓事業潰しの任務を中止するとの命令を彼に伝えていなかった。
『現状待機』
これがカールカンの受けた命令である。ルーカス公子自身や彼を支持する騎士団上層部の、今は迂闊に動くべき時ではないという意思が端的に込められている。
しかしカールカンはそれを深読みし、「お前達にはもう期待しないから動くな」と言われたのではないかと思い込んだ。そしてこのままでは自分は、後継者争いに何の力にもならなかったと切り捨てられるのではないかと恐れた。
そして当初計画していた「演習と偽って町を離れて間道に入り、山賊に扮して開拓村を襲って壊滅させる」と言う作戦を実行しようとしているのだ。
冷静に考えれば思い留まれそうなものだが、裏の仕事を割り当てられていたカールカンの猜疑心は普段より強く、視野は狭くなっていた。
動かなければ、フロトに言った事が自分にも降りかかるのではないか。そんな疑心暗鬼に駆られているのだ。
だが表面上はそんな追い詰められた精神状態にあるとは微塵も見せず、カールカンは自分が率いる隊の者達を見回す。フロトは納得したし、元から密偵だった偽商人は黙々と進んでいる。だが、他の者の士気は高いようには見えなかった。
『このままでは拙いか』
開拓村の戦力は、大した事は無い。一番大きな第七開拓村でも人口は約二百五十人で、専業の兵士は居ない。冒険者は難民出身の者が三人居るが、情報ではまだE級で最近やっとD級への昇級が見えて来たところらしい。実力的には、隊の準騎士達と変わりないだろう。
五十人も居れば皆殺しにする事は難しくない。冒険者達は注意する必要があるが、注意すれば問題無い程度だ。
唯一の気がかりはダンピールの少年だ。何故か町から逃走したので所在の確認が出来なかったが、万が一今も開拓村に居たとしても、治癒魔術以外ではD級冒険者と同じ程度の戦力だ(と彼等は推測している)。フロトの付与魔術を受けたカールカンを含めた正騎士達で囲んでかかれば一方的に始末できるだろう。
だが、士気の低さは良くない。気が緩むと思いもよらない失敗をするものだ。開拓村から生き残りを、それも自分達の顔を見た生き残りを出したり、油断して返り討ちに遭ったり。
それは避けたい。
仕方ないかとカールカンは割り切ると、彼が率いる若者達をその気にさせる言葉を発した。
「諸君、この任務は汚れ仕事だ。成し遂げても、表向きには我々は演習を行ったに過ぎないので賞賛される事は無い。
だが、任務の性格上我々は山賊に扮する必要がある訳だ。山賊が無力な村でする事と言ったら、何だ?」
カールカンの言葉を、最初は訳が分からないという顔つきで聞いていた準騎士達の顔がはっとする。
山賊が村でする事と言えば、略奪に暴行、強姦、拉致というのがセオリーだ。
「隊長っ!? 良いんですかっ」
普段準騎士達は厳しい規律の下生活している。彼らは近く正騎士の親から騎士位を継ぐ身であるため、普段から武芸や学術に励み、兵士の模範と成らなければならない。
将来は兵士を指揮し、剣を持って国を守る立場にある。そのため大っぴらに美食や酒を愉しむ事も、色街で女を抱く事も簡単には出来ない。
特にサウロン領がアミッド帝国に占領されてからは、常在戦場と言わんばかりの空気が漂っていて少しのハメも外す事が出来ない。
そんな準騎士達にカールカンは言った。
「勿論だ。ただ、誘拐は無しだ。ちゃんと山賊らしく愉しんだら、山賊らしく始末しろ。
子供が出来る心配はしなくて良いからとハメを外し過ぎるなよ! 腰を抜かして馬に乗れなくなった奴は引きずって行くからな」
途端沸き立つ準騎士達。中には女よりも臨時収入が手に入る事を期待している者もいるが、やはり大多数は女を好きに犯して良いという異常なシチュエーションに、興奮を隠せない様子だ。
そんな中、フロトはこれから自分達が開拓村で起こすであろう未来を想像して流石に青くなった。
元々彼の役目は情報収集だったので、村人達が嬲り殺しにされるところを直に見る事に成るとまでは考えていなかったのだ。
死体を目にするのと、目の前で嬲り殺しにされるのを見るのでは、やはり受ける衝撃が異なる。
だが、今更止めようとは言えないし逃げ出す事も出来ない。
(恨むならお前達の故郷を奪ったアミッド帝国を恨んでくれ、私は何も悪くない、ただ私自身に見合った地位が欲しかっただけなんだ)
偽神官はそう責任転嫁するだけだった。
冬支度を順調に済ませた村々を見て回ったヴァンダルーは、各村で何時もの治療を行い、こっそりゴーレムを配置したら第七開拓村に戻っていた。
そして『何でも屋』で移動の途中で獲った鼠の魔物、ランク2の吸血ラットを調理してもらい、見た目よりコクがあって美味い肉を皆に振舞った。
そしてカシム達と同じ部屋に泊まった。
(とりあえず、順調)
奴隷鉱山が無くなった事で開拓村には行商人が来なくなってしまったが、春までは問題無いらしい。温かくなったら村の若い衆をカシム達が護衛しながら町まで買い出しに行かなければならないそうだが。その際、商業ギルドに寄って、誰か行商に来てくれないか相談してみるそうだ。
彼等はタロスヘイムの国民ではないと言っても、自分を慕ってくれている人達だ。ゴーファ達を助けるためだったが、彼等に不利益を及ぼした事にヴァンダルーは若干の罪悪感を覚えていた。
(闇夜の牙が健在なら手を回せたのですけど……この人達俺の国に来ないかな?)
そうすれば色々我慢する事は無い。既にいる第一開拓村の面々の様に家や家具、食べ物を与え、仕事を斡旋する事が出来る。
ゴブゴブなんて保存食ではなく美味い恐竜の肉を、たっぷりの調味料で味付けした物を食べてもらえる。
各村にレムルースの見張りや、ストーンゴーレムや死鉄ゴーレムを数十単位で配置する必要はない。ハートナー公爵家が何をしようと、今や第六城壁建造中のタロスヘイムで安全に暮らしてもらえる。
いっそ全てを話してしまうかと、思わなくもない。
だが、それは開拓村の人々に人間社会から決別する事を迫るのと同じだ。
それが彼等の幸せに繋がるかどうか、ヴァンダルーは自信が無い。
ハートナー公爵領がもう少し信用出来たら、政府やギルドの奥深くまで原種吸血鬼達と繋がっていなければ、もっと採れる選択肢も多かったのだが。
(やはり、原種吸血鬼とハインツ達が邪魔だ。何とかして消す……せめて数を減らさないと)
真っ当な手段で何かしようとすれば原種吸血鬼達が邪魔になる。真っ当でない手段を取ろうとすると、ハインツ達が邪魔になる。
原種吸血鬼とハインツ達は敵同士の筈なのに、まるで手を組んでいるかの様にヴァンダルーの道を阻んでくる。
(一人は、状況が揃えば始末できる。そこから上手く行けば……ああ、でも『上手く行く』可能性を前提とするのは危険か。キナープに持たせた情報で何処まで追い詰められるか分からないし、タイミングが合わないと……チプラス達は霊の損傷が酷くて何を聞いても要領を得ないし、アイラの情報だけじゃ……)
ハインツ達のやり方は、派手だ。そのお蔭でレムルースに町の上空から見張らせるだけで戦闘がある事が解るし、死者の霊を見つけて【降霊】する事も出来るのだが……霊の損傷も大きいのはどうにかならないだろうか。
テーネシアの腹心、【五犬衆】の内【猟犬】のアイラはすぐアンデッドにしたから記憶の損傷はほぼ無い。しかしハインツに真っ二つにされた【名犬】のチプラスの霊は損傷だらけだ。
霊が手に入りそうなのは残りの【狂犬】と【闘犬】の二人。五人目の【愚犬】は秘密の隠れ家から動かないらしい。【狂犬】か【闘犬】が良い情報を提供してくれると良いのだが。
そう思いながら、【闇視】スキルのお蔭で昼間同然に見える部屋の天井を見上げる。
眠れない。
何故か今夜は【装蟲術】スキルの効果でヴァンダルーの体内に居るピート達が夜遅くまでワシャワシャと動き回り、皮膚の下を這う感触がしてヴァンダルーの安眠を妨げていた。
くすぐったくて、思わず「フ、フ、フ、フ」と笑ってしまう。
【状態異常耐性】が睡魔も抑えてしまうので、こうなると完全に目が覚めてしまう。仕方ないと、ヴァンダルーは起きる事にした。
そろそろ夜明けも近い。朝のトレーニングでもして時間を潰そう。
音も無く二段ベッドの上から這い降りたヴァンダルーは、床にハンカチ程の大きさの鞣した皮を敷くと、まだ眠っているカシム達を起こさない様に舌立て伏せを始めた。
腕ではなく【身体伸縮:舌】スキルの効果で伸ばした舌で全体重を支える、過酷なトレーニングだ。舌は筋肉で出来ているのできっと効果も高いだろう。
カシム達に見られたらかなりの問題だが、三人は人種で夜目が利かないので起きて来てもすぐ止めれば問題無い。
だが、ヴァンダルーはほんの数回でそれを中止した。村の周囲に配置してあるレムルースが山賊らしい複数の影を見つけたからだ。
(……何だ、こいつ等?)
レムルースを通して見ると、数十人程の皮鎧を着て布を口元に巻いた武装集団で、それだけならただの山賊なのだが、何故か馬に乗っている奴らが多い。
一人二人なら兎も角、二十人程が乗っている。それも逞しい馬ばかりで、先頭のカイトシールドを持った男が跨っている馬なんて思わず触れたくなるほどムキムキだ。
普通の山賊は略奪品を運ぶ馬車は兎も角、騎兵は揃えない。馬は何でも食べる訳ではないので餌代がかかるし、本来は臆病な生き物だ。そして山賊自身、元々は食い詰めた農民やスラム街の住人が堕ちるものなので、騎乗して戦う技術は無い。だから、軍馬なんて持っていても餌代の無駄だ。
そもそも、小さい村一つ襲うよりもその軍馬を売った方が大きい儲けになるのだから。
実際、ヴァンダルーがこれまで襲って略奪を繰り返してきた山賊団でも、騎兵は一人も居なかった。
(じゃあ、この山賊団は食い詰めた傭兵団かもしれない)
普段は傭兵として働き、仕事が無い時は山賊行為で食いつなぐ。そんな連中がラムダには存在する。
そしてそんな連中は戦場では傭兵として自身の武力を売りに金を稼いでいるため、普通の山賊と比べると圧倒的に強い。
少なくとも並の兵士よりも強いし、スキルだって持っているし武技だって使用してくる。
そして遅ればせながら、【危険感知:死】が反応する。このままだと村が壊滅するかも……いや、確実に壊滅する。
「拙い……」
純粋な敵としては脅威なのではない。山賊団がヴァンダルー一人を狙って襲ってくるだけなら、彼は何時か駆逐したゴブリンキングと千匹の群れの時同様に圧倒する事が出来る。
難しいのは村人に犠牲を出さずに勝つ事だ。今までの様に自重していたら、確実に手が足りない。
……仕方ない、少し本気を出そう。
ヴァンダルーは素早く部屋に置いてあるカシム達の装備に【エネルギー奪取】や【殺傷力強化】をかける。
「山賊の襲撃だー!」
そして【叫喚】スキルを使って出した大声で、カシム達を叩き起こす。
「しゅ、襲撃!?」
「この村をかぁ!?」
流石にまだ新米でも冒険者。驚きながらも素早く起き出してくるカシム達に、ヴァンダルーは手早く状況を説明する。
「数十人程の屈強な山賊が村に迫っています」
「何だって!? 本当か!?」
「はい、蟲の知らせで」
ピート達がざわめいて眠れなかったから早めに気が付けたので、嘘ではない。
それを聞いたカシム達は大慌てで武器や鎧を身に着け始める。
「フェスターだったら疑うところだがっ」
「ヴァンダルーだからな!」
「俺と違って寝ぼけるとかないし!」
どうやらフェスターは寝ぼけた事が過去に在るらしい。
「でも屈強な山賊って、俺達で大丈夫か?」
「四の五の言うなっ、数十人だぞ、大丈夫じゃなくてもやるしかないだろっ!」
「多分一対一なら何とかなると思いますよ」
緊張が声に滲んでいるゼノやカシムに、(付与魔術もかけてあるし)と保証するヴァンダルー。
実際、昨日カシム達は「もうすぐD級への昇級試験を受けられそうだ」と言っていたので、既に並の兵士以上の実力がある。後は人を殺す事が出来れば、殺しても心を乱さずにいられれば、一対一なら簡単には負けないはずだ。
しかし意外な事にカシムでもゼノでもなく、フェスターが真面目な顔をしてヴァンダルーに話しかけた。
「なあ、ヴァンダルー。コツとか、知ってるか? 人をこ……戦う時の」
どうやら彼等は、ヴァンダルーと稽古や模擬戦を繰り返すうちに彼が対人戦の経験もある事を何となく感じ取っていたらしい。それでこれまで人型の生物はゴブリンやコボルトしか殺した事が無い自分達に、助言を求めているのだ。
「コツですか」
しかし、改めて尋ねられると返答に困るヴァンダルーだった。今まで何人も直接殺し生き血を飲み、死体をアンデッドにして利用して来た彼だが、その際特別何かを思った事や覚えた事は無い。彼の主観では人を殺すのも、釣った魚を捌くのも何も変わらないのだ。
こうしている間も山賊は襲撃の準備を整えている。三つのグループに別れ、弓兵と歩兵は回り込んで村を囲み、その包囲が終わるのを待って、騎兵の半分は村に二つある門の内街道に面した表門から、残り半分は狭い裏門から襲撃するつもりらしい。
まず騎兵で攪乱し、逃げ出した村人達を弓兵と歩兵で仕留めるつもりらしい。
(ゴーレム起動、敵が近づき次第排除抹殺)
(レビア王女達は透明なまま上空で待機)
(うーん、フェスターになんてアドバイスしよう?)
【並列思考】でレムルースとゴーレムに指示を出し、レビア達を配置に着かせ、ヴァンダルーの頭は忙しく回転する。
結果出た答えは、陳腐なものだった。
「戦わなかった場合、負けた場合起きる事を想像する事です」
「想像?」
「はい。俺達が負けたら山賊団はこの村で何をするか、奴らがリナさんをどうするか」
『何でも屋』の看板娘で、冒険者ギルド出張所のただ一人の職員であるリナ。山賊団が若い彼女を見つけたらどうするつもりか、説明するまでも無いだろう。
そして彼女の事が好きなフェスターは剣を握りしめた。
「……分かった。まだ人が殺せる自信は無いが、怖気づくのも吐くのも終わってからにする」
地球の漫画で見た、戦うのを嫌がる主人公を奮い立たせたヒロインの台詞を使ったが、思ったよりも効果的だったらしい。
(『相手をカボチャか何かだと思え』と言うのとどちらが良いか迷ったけど、こっちで正解だったか)
「安心しろ、ちゃんと盾職の俺が守ってやるからさ」
「俺は背中を守ってやるけど、摩ってはやらないからな。それは後でリナに頼め」
「いや、本当に吐くって訳じゃ……クソっ、それでヴァンダルー、何処に行けば良い? やっぱり表門か?」
「三人は裏門をお願いします。十人程騎兵が来るので、俺が行くまで持ちこたえてください。村の人達には、家から出ないよう声をかけて。
表門は、俺が処理します」
「分かった!」
普通自分達の半分程の年齢の少年が一人でやると言い出したら止めるべきだが、カシム達はヴァンダルーが自分達三人で一度にかかっても勝てない力量の持ち主だと知っているので、木戸を外して飛び出していく彼を引き止めず、裏門に向かった。
「襲撃!! 襲撃!! 山賊の襲撃!! 戸締りをして家で待機!!」
【叫喚】スキルでそろそろ起き出して来るだろう村人達に警告する大声を聞きながら。
「騒がしいな、まさか、気が付かれたんじゃ?」
「気が付かれても作戦は変わらん! 所詮新米冒険者とただの村人だ!」
怖気づく部下を大声で叱咤して、カールカンは剣を抜いた。
開拓村の方から聞こえる甲高い声に嫌な予感を覚えたが、それを無視してカールカンは作戦の開始を告げた。
「遠慮する事は無い、奪って殺せ! これは正義の為だっ!
さあ、行くぞ野郎共!」
そう指揮官が駆け出すと、山賊に扮した準騎士達も荒々しく雄叫びを上げ駆け出した。
「ひぃっ! 本当に来た!?」
「馬鹿野郎、狼狽えるな!」
村の表門で夜の見張りをしていた村の男達が、近付いてくる雄叫びと蹄が立てる恐ろしい音に青い顔で震え上がる。
やはりゴブリンや獣と山賊では、受ける衝撃が違うようだ。
「先生っ! 後は頼みます!」
「どーれ」
訪れる度に医療行為をしているため、先生と呼ばれる事も多くなったヴァンダルーは、山賊を皆殺しにする手順を整えた。
普段は傭兵をしている山賊団だろうが、今のヴァンダルーからしてみれば雑魚でしかない。近付いて来たところを【魔力弾】で打ち、適当に鉤爪を振るえばそれで終わりだ。
だが、奴らは馬に乗っている。
(この村にとって中々の現金収入に成る筈)
なので、馬は生かしておきたい。風向きが逆ならまず揮発性の麻痺毒を撒くだけで良かったのだが、生憎こちらが風下だ。
「ではよろしく」
そう言うと、黒い炎の槍が八本出現する。
「うわっ、魔術か!?」
「はい、火属性魔術です」
さらりと村人に嘘を付いて、【死霊魔術】を放つ。
「門は俺の武技で破壊する、俺に続け――がっ!?」
先頭で剣を振り上げていた男の胸に、黒炎の槍が突き刺さり、そのまま二本目三本目と続き、男――カールカンの臓腑を焼き焦がす。
木の門の上に浮いた、白髪の小さな少年を見つけ、カールカンは愕然とする。
(馬鹿なっ!? 治癒魔術と格闘術だけでは無かったのか!?)
そして愕然とした顔のまま、馬上から転落した。
「た、隊長!?」
「カールカン殿っ!?」
動揺して隊列を乱し、馬を止めてしまうカールカンの部下達とフロトの様子を見ながら、チャンスと言わんばかりにヴァンダルーは続けて黒炎の槍を放ちながら、クナイを投げる。
「ひぎゃあっ!?」
「せ、【石壁】! ぐああっ!?」
「がっ……ど、毒だっ! 毒が塗ってある……かはっ」
次々に胸を貫かれ体内から焼かれるか、ダタラやタレアが作った特製クナイ(カースウェポン化済み)によって傷つき毒にやられて倒れるカールカンの部下達。
中には咄嗟に盾を構えて武技を発動する者も居るが、【盾術】のレベル1の武技である【石壁】程度では、ヴァンダルーの【死霊魔術】や【投擲術】には意味を成さない。
【怪力】スキルを4レベルで習得した彼が投げる、ドラゴンの骨や死鉄で作られカースウェポン化したクナイは、ちょっとした砲弾並の威力がある。しかも毒まで塗ってあるので、掠り傷でも負えばそれで終わりだ。
「ヒィィィッ!」
最後尾にいたフロトがいち早く逃げ出すが、その背にヴァンダルーはクナイを投げようとして……死んだ事により【死属性魅了】の効果を受け、擦り寄って来たカールカン達の霊の言葉を聞いて動きを止めた。
「ピート、皆、捕まえて置いてください」
ピートを含めた数十匹の蟲型の魔物がヴァンダルーから飛び出すと、フロトを追って行く。
そして残りの蟲で馬に麻痺毒を注入させ、まだ息があった山賊を【死霊魔術】で黒焦げにする。
「何もそこまでしなくても……」
「まだ息がありましたから、念のためです」
村人に何度目かの嘘を言うヴァンダルー。だが仕方ない、何故ならこの山賊は……カールカン達はこの国の騎士だったのだから。
カールカン達が何故開拓村を襲撃したのかまだ細かい事情は聴いていないが……。
(拙い事に成った。こうなったら、騎士達は全員身元が分からない様に殺さないと)
そう思いながら、ヴァンダルーは身を翻す。
「ところであの蟲っぽいものは!?」
「俺の愉快な仲間達です。心配しなくても大丈夫。では、俺は裏門の方を見て来るので」
背中に村人達の「分かった!」「頼んだぞ!」と言う声を聞きながら、ヴァンダルーはカシム達が戦っている裏門の方に向かった。
「先生って、テイマーだったんだな」
「おー、凄いよな。あ、でも黙って村に持ち込んだ事は後で一言言うべきか?」
「そうだな……でも昨日水虫を治してもらったばっかりだしなぁ」
「そう言えば、俺も歯痛を……軽く注意しておくぐらいにするか」
「そだな」
馬が逃げない様に繋いでいく門番の男達は、蟲型の魔物がテイマーギルドではテイムできない魔物とされている事を知らなかった。
実際にテイマーの姿を見ない人々の知識はその程度である。
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3月22日に91話を、23日に92話を、26日に93話を投稿する予定です。




