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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第四章 ハートナー公爵領編
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八十九話 乳を我が手に

 窓から美しい月明かりが差し込む一室に、【悦命の邪神】ヒヒリュシュカカを奉じる原種吸血鬼達が集まっていた。

 ただ、三脚ある椅子の内一つは空席となっている。


「やれやれ、ここ最近騒がし過ぎる。そうは思わないか、グーバモン?」

「儂はお主に呼び出された事が最も気に喰わんがの、ビルカインよ」

 本来なら三人が着くはずのテーブルで向かい合う、青年貴族然としたビルカインと悪の老魔術師然としたグーバモン。


「そう気を悪くしないでくれ。君が大好きなコレクションは、少しばかり君が離れても気にしないさ。それよりも例の件について対処した方が良い。うかうかしていると、私達の足元も危うくなる」

 ビルカインの言う例の件とは、ナインランドの魔術師ギルドのギルドマスター、キナープ達による情報漏洩だ。

 彼らが持っていた情報によって、キナープと取引していたテーネシア派は勿論だが、ビルカインやグーバモンの配下や、その協力者にも無視できない被害が出ている。


 アミッド帝国にも深く根を張っている彼らだが、同程度にオルバウム選王国にもその毒牙を突き立てている。

 ビルカイン達は十万年前から存在し続けている。一つの国だけに勢力を纏めていると、その国が滅亡した時に受ける煽りで大火傷しかねない事を経験している。二つの大国が存在する時代にはどちらの大国の裏にも手を伸ばす。


 だからこそ、オルバウム選王国に潜り込ませた者達が狩り出されるのは痛い。


「儂らの足元が? クキキッ、気弱に成ったか、ビルカイン? 手下共や、更にその下の協力者が幾らか狩られたところで、儂らの身が危うくなる事等あり得ん事じゃ。

 狩り出されるに任せておけば、何れ人間共も満足するわい。儂等まで辿りつく者などおらぬし、居たとしても殺せばよいだけの事じゃ」


 皺だらけの顔で嗤うグーバモンの言う事も一理ある。幾ら手下を始末されても、彼らが纏う闇は深い。余程の幸運にでも恵まれなければ人間達は尻尾と戯れるのが精々で、頭である彼らには到底辿りつけない。

 そしてもし辿りついた者達の中に英雄の中の英雄が居たとしても、返り討ちにしてしまえば良いだけの事だ。


 一人だけならA級冒険者のパーティーか、S級冒険者が挑めば、若しくはS級冒険者とそれを援護する複数のA級冒険者のパーティーが来れば、原種吸血鬼でも負ける可能性はそれなりに高い。

 だが、彼らは一人ではない。


 普段は徒に競い合うビルカイン達だが、外部の共通した脅威には協力して立ち向かう事を盟約で結んでいた。

 そのお蔭で九万年前に英雄神と成ったベルウッドやナインロードの加護を受けた英雄達に攻め込まれた時も逃げ切れたし、その五千年後の他の邪神に従う原種吸血鬼との抗争も勝ち残ったし、それ以後の危機も乗り越えて来られた。


 そして【悦命の邪神】派がバラバラに成らず、今も三人の原種吸血鬼の合議制で運営されているのも、その経験のお蔭だ。

 ……ここ五万年は、その共通した脅威は出現していないが。


 だからグーバモンの言い分も正しい。彼等三人が協力すれば、オルバウム選王国の全軍を相手取っても負ける事は無いだろう。そこに【五色の刃】が加わっていても、多少手強くなる程度で結果はそう変わるまい。

 手下達は減るだろうが、それはまた幾らでも増やせば良いだけの事だ。貴種吸血鬼でも、ビルカイン達には替えの効く駒でしかない。


 生き残って新しい闇の中で、また勢力を築けばいい。三人の原種吸血鬼が生き残っている限り、組織はまた作り直せる。


「確かにそうだ。どんなに悪くても、私達の身に危険は及ばない。でも、あまり配下や協力者が減ると困るだろう? 長く生きる私達には、日々の潤いが不可欠。そうだろう、グーバモン」

「ふむ……」

 そう言われてはグーバモンも動く事を考えなければならない。確かに彼は強大な存在だが、彼の趣味である『英雄の死体を使ったアンデッドコレクション』を充実させるためには、彼個人だけでは足りない。


 情報を集める多くの目と耳、そして動く手足が必要だ。


「しかし、具体的にはどうするつもりじゃ? 既に情報は渡っておるし、知った者を消すには手遅れ。手下共を雲隠れさせるにしても……そうじゃ、テーネシアの所のチプラスの奴が討ち獲られたの。あれを今回の件の黒幕にでも仕立てるか。

 ビルカインよ、それでテーネシアは何時来る?」


「ああ、テーネシアは来ないよ」

「何じゃとっ!? あの小娘がっ、儂が出て来たというのにすっぽかしおったのか!」

「いいや、グーバモン。テーネシアは、元々呼んでいない。私が呼んだのはね、最初から君一人だよ」

「何? 何のつもりじゃ、ビルカイン。まさか……」


 ビルカインはグーバモンに、優しげな表情を浮かべたまま言った。

「今回の件はテーネシアの不始末だ」

 ビルカインは、テーネシアを人間達にくれてやろうとグーバモンに持ちかけたのか? 十万年来の盟友を?

 グーバモンは目玉が零れ落ちそうな程驚き……だがビルカインの真意をすぐに悟り、口の端を歪めて笑った。


「なるほどのぉ、テーネシアに人間共をぶつけて弱らせ『降す』つもりじゃな?」

 純粋な戦闘能力では、テーネシアが最も高い。しかし、ビルカインにはとっておきの切り札があった。他者を強制的に支配下に置ける切り札が。


 それは強力だが、人間相手ならともかく再生力の高い上位の貴種や原種吸血鬼相手に使うには破られる危険性がある。そして使う際にはビルカインもその作業に集中する必要があるため、隙だらけになってしまう。

 もし同格以上の存在に仕掛けて失敗すれば、逆に自分が窮地に立たされる。そんな切り札だ。


 だが、もし自分と同格の存在が抵抗できない程弱っていたら……それは多大なリスクを支払っても、使用して巨大なリターンを得るべきタイミングではないだろうか。


「今回の件はテーネシアに責任がある。彼女が責任を取って然るべきじゃないか」

「そう言う考え方もあるか。情報を漏らしたのはテーネシアの手下が使っていた人間じゃからな」

「ああ、それにタロスヘイムとハートナー公爵領を繋ぐトンネルに何か細工をした」

「なんじゃと? それは初耳じゃが、どういう事じゃ?」


 彼等邪神派の原種吸血鬼達は、新たなアミッド帝国との国境に接するハートナー公爵領に食い込むため、複数の手下を送り込んでいた。特に力を入れていたのはテーネシアだったが、ビルカインやグーバモンも幾人かの配下を派遣していた。


「実は、主にテーネシアの配下を狩り出している『五色の刃』という冒険者達が面白い事をしていてね。なんと、彼らはエレオノーラを探しているんだ」

 その配下を通じて、ハインツ達の動向がビルカインに伝わっていた。


「エレオノーラ、じゃと? 馬鹿な、何故境界山脈の向こうにいるはずの裏切り者を選王国で探しているのじゃ?

 まさか……居たのか? 城が傾き、魔王の封印が解かれた時に! では、まさか魔王の欠片はその小娘の手に在るのか!?」


 興奮するグーバモンにビルカインは「いや、それは無い」ときっぱり否定した。

「一応元飼い主だからね。彼女の力量は解っているつもりだ。この一年でどう成長しても、彼女では魔王の欠片にすぐ取り込まれてしまうよ。もしエレオノーラが封印を解いたのだったら、ナインランドで獣の如く暴れ回っただろう。

 封印を解いたのは……エレオノーラの今の主人だ」


「今の主人と言うの……あのダンピールか。既に出てきておったとは……っと、するとキナープの件も?」

「だろうね。エレオノーラの【魅了の魔眼】は視線を合わせている時しか効果が無いから、他の手段を使ったのだろうが」

 他にもニアーキの町でダンジョンが発生し、奴隷鉱山がスケルトンの巣窟と化し鉱山自体も更地にされている大事件が存在したが、ビルカイン達はそれ等もヴァンダルーが関与しているのではないかと疑っていた。


 ただ、それらがどんな意図で行われたのかについては推測できずにいたが。


 人は己の物差しで他人を測る。その意味ではビルカイン達はとても人らしい。

 まさかヴァンダルーが冒険者登録する事を望んでいて、自分達にとって駒やコレクションする物品でしかないアンデッドの生前の親族の様子を調べに行き、結果として一連の事件を引き起こしたのだなんて想像もできない。


 原種吸血鬼達の中ではヴァンダルーの狙いは魔王の欠片で、そのために一連の事件を引き起こしたのだと推測されていた。

 きっと、大陸南部で他の魔王の欠片を解放するなり、ヒヒリュシュカカ以外の他の邪悪な神を仰ぐ成りなんなりして情報を手に入れたのだろう。もしかしたら、奴隷鉱山の近くにも自分達が知らない封印が在ったのかもしれない。


 そして、実はテーネシアは全てを知っていたのではないか? 特にビルカインは、既にヴァンダルーと通じているのではないかと疑ってさえいる。被害は彼女の配下に最も多いのだが、それも偽装に思えて仕方ない。

 完全に自分がヴァンダルーと取引し味方に引き入れる事を企んでいるからこその邪推だが、血を分けた家族同然の絆で結ばれた十万年前なら兎も角、現在の利害関係だけで結ばれた関係の原種吸血鬼達の信頼関係は脆い。一度罅が入れば、後は広がるだけで止まらない。


「なるほど……トンネルを潰したのはテーネシアじゃからな。奴らが暗躍しているなら、テーネシアに責を負わせるのが理に適っておる」

「そう言う事さ……じゃあ、本題に入ろうか、グーバモン」




 ハートナー公爵領では、サウロン公爵領がアミッド帝国に占領された事で起きた不景気に苦しめられていたが、最近『事故』で城が物理的に傾いた事で、莫大な修繕費か城の建て替え費用が税金に上乗せされるのではないかと人々は心配していた。


 勿論城の修繕及び建て替えは公共事業なので、商売のチャンスでもある。しかし、農業や酪農を本業としている人々にはその恩恵には中々与れない。

 小さな田畑で何とか生計を立てていた夫婦が一人息子の眠った深夜、悲壮な顔付きで話し合っていた。


「これ以上税金が上がったら、トムを売るしか……」

「あんた、待っておくれよ。あの子はまだ五つだ、売ったら鉱山送りにされちまうよ」

 肉体労働に向かない年齢なら、男の子でも鉱山のような使い潰す事前提の場所に送られる事が圧倒的に多い。


 腹を痛めて産んだ息子がそんな事に成るのはと夫を止める妻だが、夫も進んで我が子を売りたい訳ではない。顔を皺くちゃにして言った。

「だが、このままじゃ種籾を食っても山羊を残らず絞めても冬を越えられねぇ……家族そろって餓死するよりは、少しでも希望がある方に賭けなけりゃ……何、トムはあれで頭が良い。きっと、何処かの旦那が買って働かせてくれるはずだ」

「ううっ、稲が病気にさえならなけりゃぁねぇ……」


 満足できる量の米を収穫できなかった貧農の夫婦は、仕方なく息子を売る事にしたようだ。しかし、そこに奇跡が起きる。

『待つんだ……アザン……あの子を売っちゃならねぇ……』

 突然聞き覚えのある声が夫婦の耳に届いた。だが、その声は二度と聞けないと思っていた声だった。


「そんな、母ちゃん!?」

 アザンと呼ばれた夫が目を見開いて驚く。そこには今年の夏、山菜を取りに行った翌日遺体で発見された彼の母の姿があった。

 向こうの壁が透けて見える、不確かな姿で。


「お、お義母さん!?」

「ひぃぃぃっ、成仏してくれぇっ!」

 死んだ母がゴーストと化し出て来たかと抱き合って震え上がる息子夫婦に、母親の霊は告げた。


『トムを売っちゃならないよ……それよりも、家の山羊を納屋の扉の外に繋ぐんだ。そして朝日が顔を出すまで窓を閉めて、家から一歩も出ちゃいけないよ』

「山羊を?」

『アザン、母ちゃんの言う事を聞いておくれ。いいかい、それと種籾も納屋の扉の外に置くんだ。そして朝日が顔を出すまで家から出ないで待つんだ。そうしたら、良い事が……女神ヴィダの御恵みがあるからね』


「ヴィ、ヴィダって……母ちゃん、アルダ様に改宗したんじゃなかったっけ?」

 そう尋ねる息子に答えず、アザンの母親の霊はすぅっと何も残さず消えてしまった。暫し呆然と霊が現れた場所を見つめていた夫婦だったが、顔を見合わせて頷き合った。

「お義母さん、トムの事を可愛がっていたものね」

「そうだな……どうせ歳でもうすぐ乳も搾れなくなる山羊だ、母ちゃんを信じてみよう」


 そしてアザン夫婦は言われた通り種籾の袋を置き、山羊を納屋の扉の前に繋いで朝を待った。

 すると、驚くべき事が起きていた。

「これは……っ!」

 何と、種籾の袋が在った場所に、粘土で出来た等身大の人形が立っていたのだ。もし日本の歴史を知っていたら、「土偶?」と首を傾げただろうが、アザンにはそれよりも気に成る事があった。


 土偶の足元に見覚えの無い木の棍棒が置かれていた。これで叩いて割れと言う事かと、アザンは棍棒で土偶を叩き割った。

 すると、パカンとあっさり割れた土偶の中から、食料や財宝が入った袋や箱が次々に出て来たのだ。

「塩だっ、塩がこんなに……! 一年分はあるぞ! それにこっちは麦だ! この瓶は……油に酢まであるぞ!」

「あんたっ、これは銀貨じゃないかい!? 金貨も混じってるよっ! こっちのキラキラしてるのは、もしかして宝石……!」


 土偶に入っていた食料や財宝の価値は、アザン夫婦が一人息子を売って手に入る金の何十倍程もあった。トムを売らずに済むどころか、冬を楽に越して新しい若い山羊を買っても余る。

「ああ、母さんありがとう! ヴィダの女神様、ありがとうございますっ!」




 村から少し離れた丈の長い草が繁茂している草原で、人間大の土偶型ゴーレムに囲まれたヴァンダルーは成果にほくほくとしていた。

「山羊に兎に南部米の種籾に、タロスヘイムには無い品種の豆が数種類、痛みやすくて町には出回らない果物の種と苗木……上々ですね」

 アザン夫婦を含めた複数の農家が喜んでいる様子を見ると、もう少し代金を抑えた方が良かったかなと思わなくもないが、大した問題ではないし別に良いだろう。


 ヴァンダルーはカナタに殺されたハンナ達フレイムゴーストから、ハートナー公爵領の貧しい農村の場所を幾つか聞き、そして飛んで行って周辺の霊を集めて交渉要員を確保。そして貧しい夫婦に【可視化】で常人にも見える様になった霊を通して取引を持ちかけたのだった。


 取引を無視した一家も幾つかあるが、信心深い農村の人々の多くは霊の言葉を信じて取引に乗ってくれた。

 お蔭でこの成果である。

 流石に農作業を手伝わせられる農耕馬や牛等は居なかったが、山羊や兎等、雑草を食べさせておけば育ち糞が肥料に成る家畜は何頭か居た。取引で手に入ったのはその中でも年老いた部類だったが、それくらい【若化】すれば問題無い。


 取引に支払った代金も、ダンジョンで手に入れた物や通りがかりに始末した山賊の宝ばかりなのでヴァンダルーの主観では損ではない。

「俺、普通に家畜や作物の種籾を買える身分じゃないですからねー」

 農場や牧場の持ち主でもないのに、生きた家畜や種籾を買おうとすると、とても目立つ。だからヴァンダルーはこんな手段を取っていた。


「キチキチキチキチィ」

「ピート、今はまだ食べちゃいけません」

 頭から身体を半分出して兎を狙うピートを止めて、ヴァンダルーは言った。

「ちゃんと増やしてからです……兎肉のトマト煮込み……山羊のチーズを添えて……」

 ピートではなく食欲を隠そうともしないヴァンダルーの方に恐怖して動けない兎を、土偶ゴーレム達が体内の空洞に収納する。


「さて、じゃあ昨日作ったダンジョンに移動しましょう。後何頭か山羊が欲しいですね」

 荷物運びに便利な土偶ゴーレムを引き連れて、ヴァンダルーは草原を後にしたのだった。

 そして幾つかの村で同じ事を繰り返した。これによってタロスヘイムに様々な家畜が導入されたのだった。


 尚、ハートナー公爵領の農村を中心に女神ヴィダの信仰が盛んに成り、収穫祭では信者達は土の人形にその年取れた作物を供え、翌日に皆で人形を壊し破片をお守りとして家に持ち帰る風習が広がったという。




 上手くいかない調査に、ハインツ達【五色の刃】は溜め息をついていた。

「やはり、中々上手くいかないな」

「全くだ。一体どこに消えたのやら……吸血鬼は霧に成れるってのは迷信だよな?」

「ほぼ迷信ですね。過去には、そんなユニークスキルを持つ吸血鬼が存在したらしいですが」


 エレオノーラを追いながら、彼女の情報を知っているだろう吸血鬼を倒して尋問するハインツ達だったが、結果は全く伴っていなかった。

 ナインランドで目撃されて以降、エレオノーラの痕跡は何処にも無かった。ハインツ達がキナープの流した情報を頼りに狩り出した吸血鬼達も、エレオノーラが裏切り者である事は知っていても、現在何処で何をしているかは知らなかったのだ。


 寧ろ、何故ハインツ達がエレオノーラを探しているのかと驚かれたぐらいだ。

 しかも、チプラスのような上位の吸血鬼を生け捕りにするのは、彼等をもってしても至難の業であるため、結果尋問できるのは下っ端だけ。【霊媒師】ジョブの持ち主を探して、霊から話を聞こうともしたが何故か大物吸血鬼の霊はどの霊媒師も降霊する事が出来なかった。

 限られた情報から分かったのは、吸血鬼達はエレオノーラを探しているというより、見かけたら報告しろと言う命令を受けていた事と、彼女本人よりも彼女の主人が重要視されている事だった。


 テーネシア達が下っ端に情報を制限したからだが、その結果ハインツ達はエレオノーラの情報を吸血鬼から得るどころか、逆にビルカインにハートナー公爵領にエレオノーラが現れた事を教える事に成ってしまっていた。

 それに気がつかないまま探し続けたが、手掛かりは全く手に入らない。


「全く、おかしい話だ。幾ら貴種吸血鬼が空を飛べても、一日中飛んでいられる訳じゃない。なのに、何で手掛かりが無いんだ?」

 ジェニファーがそう言うが、エレオノーラもヴァンダルーも王都とニアーキの町以外に彼女達の捜索範囲に降りなかったので、手掛かりが見つからなくても当然だ。


 ハインツ達が南の開拓村に訪れていればヴァンダルーの事を知り、エレオノーラと結びつける事が出来たかもしれないが、奴隷鉱山の事件が知られた時には彼らはナインランド周辺にいたので訪れる機会に恵まれなかった。


「まあ、肝心な勇者の封印を解いて魔王の欠片を自由にした犯人の手掛かりは掴めませんでしたけど、無駄ではありません。冒険者としても、セレンを守る意味でも」

 『五色の刃』によって討伐された吸血鬼の数は、従属種も含めれば百を優に超える。お蔭でアルダ神殿から聖人認定されたくらいだ。


 冒険者ギルドから手に入れた討伐報酬や、吸血鬼から手に入れた戦利品で懐はかなり温かい。特にハインツはS級昇格が現実味を帯びてきている。

 それに吸血鬼が減れば減るだけハインツ達が保護しているダンピールの少女、セレンの安全が確保される。


 だから完全な無駄と言う訳でも無いのだが……。

「捜査方法を変えるべきだな。ここまで手がかりが無いと言う事は、私達は何か大きな見落としをしていると思う」

 そして冒険者ギルドで今後の捜査について話し合う中で、既に鎮圧され現地を調査した報告書にも目を通したが、奴隷鉱山の跡地を自分の目で調べに行く案、既に確認されている他の勇者の封印を調べに行く案等が出された。


 しかし、彼らの後ろでこんな会話がされている事は気が付かなかった。気が付いて興味を覚えても、自分達が調べている事とはあまり関係無いだろうと考えただろうが。


「聞いたか? ヨウダの村でもあったらしいぞ、女神の土人形様」

「土人形様って、あれか? 死んだ親や兄弟の霊が出てきて、夜の内に外に歳を取った家畜や種籾を供えると、朝には代わりに土の人形が立っていて、中に食料や金が入っているっていう?」

「そう、それ。まったく、あやかりたいもんだよな。俺達の所にも来ないもんかね?」


「……お前、親兄弟は?」

「あ、皆生きてた。爺ちゃんも婆ちゃんもピンピンしてる」

「なら来る訳ないだろ。そもそもお前の所、靴職人じゃないか。何を供えるんだよ」

「それもそうか」


「は~、また空振りだ。山賊退治に行ったら、山賊が皆魔物に殺されていて、しかもお宝まで無くなってるし」

「この前は仲間割れでもしたのか、誰かに復讐されたのか、全員喉を掻っ切られていたな。あれは凄腕のプロの仕業だぜ」


「そっちもか? 俺達も空振りだったよ。まあ、獲物は山賊じゃなくてグールだけど」

「爪の毒が薬に成るし、雄の鬣が最近良い素材に成るって買い取り価格が上がってるのに……何故か最近見つからないのよね」

「奴隷商人に雇われた奴等でも居るのかな? 雌は調教すれば高く売れるらしいけど」

「どうかな? そういう奴等なら雄は殺して魔石を取るぐらいだろ。だけど、あの集落跡には雄の死体も残ってなかったぞ」


「……なぁ、何か臭わないか? 陰謀の臭いがさ。きっと、最近起きてる数々の事件は裏で繋がっている。俺には分かるんだ」

「ロジャー、お前もう酒が入ってるのか? 陰謀上戸も程々にしてくれよ」


 実はロジャーという冒険者の言う通り、全てヴァンダルー達の仕業である。

 女神様の土人形事件は当然だが、数々の山賊壊滅事件はヴァンダルーが土人形事件のついでに、そして取引材料のバウム硬貨を手に入れるために、自分で【格闘術】スキルの練習台にするか、ピート達の経験値稼ぎの獲物にしている。

 霊から話を聞けば殺人を多く犯した凶悪な山賊程頻繁に見つかるので、冒険者ギルドが討伐に乗り出すような山賊団は次々に消滅している。


 そしてハートナー公爵領の魔境からグールが次々に姿を消しているのは、カナタに焼き殺されたギルドの受付嬢だったアリアや、冒険者として活動していたルチリアーノからグールが生息している魔境の場所を聞いたヴァンダルーが、「うちの国に来ませんかー?」と勧誘して回っているのである。


 ハートナー公爵領の冒険者達にグールが狩られるのが癪だったので始めた事だが、グール達はヴァンダルーの姿を見ただけで膝を突き、平伏した。

 どうやらグール達はヴァンダルーを見ると、神が降臨したかの如く感じるらしい。


 レベルアップしている【死属性魅了】に、【グールキング】と【ヴィダの御子】の二つ名が効いているらしい。


 後は魔境内に作った極小ダンジョンから裏技を使ってタロスヘイムに連れて行くだけだ。その群の長とヴィガロが殴り合いをするか、ザディリスと魔術比べをして、どちらが上位者か決めた後はヴァンダルーだけではなく彼らにも従うようになるので、移住後も順調だ。

 グール達の中には自らの種族がヴィダの新種族だと知らない者も少なくなく、真実を知った後は始終驚いていたが。


 やはり魔境毎に分断されている状態で、外部から孤立しているのが問題のようだ。

 因みに、ハートナー公爵領に他のヴィダの新種族の集落は無いそうだ。旧サウロン領にはあるそうだが、現在は国境の警備が厳しいらしいので、それが緩んだ頃に米の種籾を手に入れる為にも旧サウロン領に潜入しようとヴァンダルーは企んでいた。


 こうしてヴァンダルーはカシム達に語ったように、「生活必需品」である家畜や農作物を手に入れ、「母の遠縁」であるヴィダの新種族のグール達を訪ね歩いたのだった。


 因みに、ハインツ達は相談の途中でハートナー公爵領に最近妙にダンジョンが、それも小規模なE級とも言い難い小物ばかり発見が相次いでいる事を知り、それを追う事にしたらしい。

 外れではないが、それらのダンジョンは全てヴァンダルーが移動手段として【迷宮建築】スキルで作った物で、発見された物は全て使用された後放置されているので、ほぼ空振りが決まっている。


 ヴァンダルーしかダンジョンから他のダンジョンに転移する事は出来ないのだから。


 そして冬に成った頃、ヴァンダルーはちゃんと冬を越せそうか様子を見るために開拓村に向かったのだった。




「装備は積んであるな?」

「問題ありません!」

「よし、行くぞっ!」


 馬に騎乗したカールカンは、彼が指揮する一隊とフロト、そして馬車を二台引きつれてニアーキの町を出た。

 まず北に向かい、そして街道から間道を使って南に回り込む。

 そうして行先を偽装して南の開拓村に向かい、山賊に扮して襲うために。

ネット小説大賞に参加しました。宜しければ応援お願いします。


3月18日に90話を、22日に91話を、23日に92話を投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
解除しますね、ありがとうございます。
[良い点] すれ違いや勘違い系の話は大好物なので、ハートナー公爵領の貧しい農村での出来事、大好きです。 物資調達だけでなく、アルダからヴィダ信仰へすんなりと改宗させる点、その後の農村に根付いた慣習など…
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