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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第四章 ハートナー公爵領編
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八十八話 王様が糸を引く

今話で総文字数が百万字を超えました! ここまで続けられたのは皆さんの応援のお陰です。

ありがとうございます!

 ヴァンダルーの魔力によって作り出された液体金属『死鉄』と『冥銅』は当初どう使えばいいのか分からなかったが、とりあえず試しに熱してみたら意外なほど加工しやすい金属である事が判明した。


『こいつぁ夢の金属じゃわい!』

 死鉄や冥銅の重さは元の鉄や銅のままだが、液体だから型に注げば簡単に形を変えられる。

 そして硬さは、何と熱すれば熱する程硬くなる。死鉄と冥銅はそれぞれ鉄と銅が溶ける温度で逆に常温状態の鉄や銅の様に固体に変化するのだ。


 勿論冷えると元の液体に戻るが、硬くなっている間に鎚等で叩いて鍛造すると冷めても固体の状態を保つ。


 型に注いだ死鉄や冥銅を加工しやすい程良い硬さに成るまで熱し、それから鎚を振るって鍛造する。すると、熱が冷めても液体には戻らない。

 そうして出来た死鉄製の剣や槍は鋼よりも硬く、粘りがあり、鋭い。だがそれでも刃毀れした時は欠片さえ回収できれば、その部分が液体に戻って融合したちまち元通りに成る。


 一方冥銅は防具に向き、衝撃をよく吸収して斬撃刺突に耐え、魔力にも強い。そして損傷した場合は死鉄同様に損傷部分が液体に戻って融合し、元通りになる。


 また、死属性の魔力で変異した金属であるためかどちらの金属も死属性魔術の魔術を付与しやすい性質を持っていた。【無治】や【猛毒】を付与した剣や、【エネルギー吸収】を付与した盾等を簡単に作る事が出来た。


『何故か御子と儂らアンデッドかグールにしか鍛えられないのが欠点じゃが、そこが可愛げがあるわい!』

 ただ死鉄も冥銅も【死属性魅了】が有効な存在か、創りだしたヴァンダルー本人にしか加工できなかった。出来た製品は誰でも使えるのだが。

 今はダタラや彼を手伝う巨人種アンデッドや、ナインランドの地下墓地に囚われていたゴースト達が居るので問題無い。


 因みに完成した製品を再び元の金属に戻して加工したいなら、一度高温で熱した後【奪熱】をかけて熱エネルギーを零にすると、冷めた時には元の液体に戻っている。


 そしてダタラは程よく熱した死鉄と冥銅をそれぞれ型に入れて成形し、数回鎚で叩いて軽く鍛えてから固めると言う手法で硬貨を作る事に成功した。

 こうして千ルナ冥銅貨や、百ルナ死鉄貨が出来たのだった。


「こんなに小さくて良いんでしょうか?」

 出来上がったルナ硬貨を指で抓むヴァンダルーは、その大きさが日本円で一円玉ぐらいに成った事に不安を覚えたようだ。

『十分でしょう』

 しかしチェザーレは自信満々だった。


「でも、元は銅や鉄ですよ?」

「そうですわね……将来交易を始めた時に百アミッド金貨と交換して貰えるか不安ですわね。だって元は銅ですもの」

『そうですな、銅ですし』


「しかし、金や銀より硬いし綺麗じゃ。儂はこっちの方が好きじゃよ」

「金や銀と違って、いざと成ったらこのコインを張り合わせて防具にも出来る。私もこっちの方が良いと思うぞ」

「我も硬い金属の方が好きだ」


 元が鉄や銅なので将来金貨や銀貨と両替できるか不安なヴァンダルーやタレア、サム達。

 貨幣経済に疎く、金属の価値は希少性ではなく武器や防具として使った時の優位性で価値を決めるザディリスやバスディア、ヴィガロ達グール。


 そしてどっちのグループもずれていると苦笑いを浮かべる第三グループ。

『この大きさのコインでアミッド金貨やバウム金貨と同じ価値があるかは分かりませんけど――』

『普通に両替してくれると思いますよ』

『陛下、この死鉄や冥銅で出来たコインを手に入れる為なら、商人は勿論王侯貴族も金貨で山を……いえ、白金貨で山を作るかもしれませんよ』

 リタ、サリア、レビア王女は何故か死鉄貨や冥銅貨の通貨としての価値を高く見ていた。


「ヴァンダルー様、私も同感よ。だって、これは世界でヴァンダルー様だけが作れる魔導金属なのよ。魔術師ギルドは勿論、何処の国だって欲しがるわ」

 そう、エレオノーラの言う通り死鉄と冥銅の正確な価値は高い方の意味で不明だ。ヴァンダルーが、恐らくラムダで初めて作り上げた金属なのだから!


 元が金や銀よりもずっと価値が低い銅や鉄だったとしても、創りだせるのはヴァンダルーだけ。だからその希少価値は計り知れない。誰も金や銀に対してどれくらいの価値を持つのか決められないのだ。

「なるほど。じゃあ、とりあえずこのくらいの大きさで良いですね。……でも、将来交易する前に貨幣の両替については考えないと」

 将来、他国と交易する時凄い勢いで死鉄貨と冥銅貨が無くなるかもしれない。逆に見向きもされない可能性もあるが。


 こうして始まったルナ通貨の流通だが、今のところはスムーズである。

「これが十ルナで、こっちが五十ルナか……おお、死鉄貨は太陽に翳すと虹色に光るぞ」

「冥銅貨の紫色も綺麗ね。もっと集めようかしら」

「ブフゥ~、俺、死鉄貨で首飾り造る」

 貨幣経済に慣れていないグールやオーカス達は硬貨の価値や利便性よりも、その見た目の綺麗さに関心があるようだ。


「お金まで頂けるとは本当にありがたい事で、その上仕事まで斡旋して頂いて……ありがたや、ありがたや」

「鉱山で死ななくて本当に良かったなぁ」

「これからは働けば稼ぎに成って返って来るのか……でも鉱夫はもうやりたくないな。農場にでも行くか」

「農場だと、何故か歌と踊りまで仕込まれるらしいぞ。おら、音痴だからなぁ」

「あたしは豆腐工場にでも行こうかね」

「私は裁縫が出来るから、針子でもやろうかね」

「儂は商売でも始めようかのぅ。サウロン領で魚を売っていた頃を思い出すわい」


 奴隷鉱山で働かされていたゴーファ達元避難民や元第一開拓村の面々は、ある程度貨幣経済の中で生活した経験があるのでルナをそのまま受け入れている。

 彼らの様な非戦闘民族、生産系の人達はタロスヘイムでは貴重である。今まで一部のグールや元職人アンデッド以外あまり農業や漁業、工業に関わってくれなかったからだ。


 ゴーファ達の多くは元鉱山奴隷で【採掘】スキルを持つが、流石に二百年も搾取され続けた仕事を自由の身に成った後もやろうとする者は少数派で……しかもタロスヘイムではダンジョンで採掘を行うため、鉱夫には戦闘能力が求められる。そのため、タロスヘイムに新しく作られたゴーレム工場に勤めるか農場で働く事に成りそうだ。

 元第一開拓村の面々も同じだが、故郷のサウロン領では皮革職人だったり針子だったり、商売人だったりしたそうで、それぞれ前職を活かして生活していきたいそうだ。


 ゴーレムが作業ロボットの代わりに動くゴーレム工場や、モンスタープラントの農場で彼らがする仕事があるのかと疑問かもしれないが、仕事は幾らでもある。

 ゴーレムはヴァンダルーの莫大な魔力を少々供給するだけで、延々黙々と動き続ける。しかし、やはりゴーレムでしかない。


 指示された動作や手順を正確に繰り返してくれるが、応用が利かない。何よりもゴーレムでは彼らの鉱物で出来た身体がダメージを受けない程度の温度差や、製品の状態を判断する力が弱すぎる。後、細かい作業も苦手だ。

 それらの穴を人が埋めて、やっと地球の工場で出来る製品に近付くのだ。


 全部機械で作った豆腐よりも、職人の手が入った豆腐の方が美味いのと同じである。


「やっぱり人は必要ですよね」

 ヴァンダルーはハートナー公爵領に行って良かったなとしみじみ思った。


 因みに税制も整えつつある。所得税の導入だ。

『陛下、とても正気の沙汰ではありません!』

 ラムダの国家では冒険者や傭兵等以外の一般国民にかける税は、一人当たり幾らと決める人頭税が採用されている。そこに田畑での収穫や商売の利益の大体五割から四割程の税がのせられる。


 それを新タロスヘイムでは人頭税を廃止し、全ての収入の合計から所得税を徴収する。これなら人頭税と違って収入が低い者でも理論上は税金を払える。

 勿論、収入が低すぎる場合は税金を免除する制度に加え、一年の総収入が高い者には低い者より高い割合で税を徴収する仕組みも整えた。


 税率は低い者には五%、稼ぐ者でも最大二十%程。


『陛下、考え直してください! この税制は本来商業ギルドの商人や冒険者ギルドに課されるものです。個人に実施するためには国民の収入を把握しなければなりません! それに他の国と比べて税が低すぎます!』

 そうチェザーレがヴァンダルーに訴えるのも無理は無い。こんな激安税制では、遠くない将来国が貧しくなり体制を維持できなくなってしまう。


 しかしヴァンダルーは平気な顔で言った。

「現在のタロスヘイムで行われているほとんどの事業の主は、俺ですよ?」

『……そうでした』

 味噌や醤油の製造はヴァンダルーの【発酵】の魔術を付与したマジックアイテムを動かすために、各種ゴーレム工場でも動力として、ヴァンダルーの魔力が必要不可欠。


 他の産業でも大体ヴァンダルーが居ないと事業が成り立たない。ゴーレムやモンスタープラント、イモータルエント、セメタリービーもヴァンダルーが居るからタロスヘイムに恵みをもたらしている。

 冒険者ギルド跡の交換所の運営も、商品をヴァンダルーが供給するから成り立つ。


 他にも神殿、石工、大工、そして鍛冶。全てヴァンダルーが上に居る。

 だから国民の収入を把握するのは難しくない。将来は難しくなるかも知れないが、それまでに仕組みを整えれば良いだけだ。


 そして税金不足で困窮する事にもならないだろう。国民は結局国王であるヴァンダルーから様々な物を買って生活する事に成るのだから。

 実際に百パーセント問題無いとは成らないだろうが、後は実施して問題点が出る度に改善するトライ&エラーを繰り返すしかないだろう。


『畏まりました。では、委細はお任せください』

「……チェザーレ、もう将軍を辞めて宰相でもやりませんか?」

『いえ、私はただの軍人です、陛下』

 ただの軍人がここまで文官の仕事をして良いのだろうか?


 そんな会話の後時間が流れ、そろそろ残暑の終わりも見えて来た頃の事。ヴァンダルーはタロスヘイム王城の地下広間、ドラゴンゴーレムを倒しラピエサージュの材料を手に入れた場所で作業の合間に夜食を食べていた。

『あのー、陛下、それは?』

「これはラーメンです、レビア王女」


 丼の中身、白いスープに様々な具材と麺が浸かっているラーメンを指差してヴァンダルーは説明する。

「うどんとは似て非なる料理です。因みに、これはブラガの希望を元に作った豆腐ラーメンです。

 味噌ダレに豆乳ベースのスープ、麺は小麦粉と黄粉を一定の配合で混ぜ、チャーシューの代わりに油揚げや高野豆腐を入れた物です。薬味は玉ネギ」

 何処までも豆腐……大豆なラーメンである。イソフラボン待ったなし(意味不明)。


 欲を言えば、早く長ネギを手に入れたい。後スープにゴマを加えたらより美味しくなるのではないだろうか?

『とっても美味しそうでしょう? ヴァンダルーは料理も上手なのよ。王女様も一杯どうかしら?』

 ヴァンダルーの【精神侵食】スキルで、息子と味覚を共有しているダルシアが幸せそうな顔で勧める。

 しかし、レビア王女が聞きたいのはラーメンではないらしい。


『ありがとうございます。でも、ラーメンではなくて――』

『ではこれですか? これはウェディングドレスです』

 ラーメンを食べているのとは、別のヴァンダルー……【幽体離脱】した後更に分裂して作業中の一人が、作成途中のウェディングドレスを指差して言った。


 無数の縫い針と糸を駆使して、ヴァンダルーは糸から直接ウェディングドレスを繕っていた。

『型紙とか面倒だったのでどうにかできないかと悩んでいたのですが、だったら型紙を使わず糸から直接服を作れば良いと言う事に最近気が付きまして』

『実行中です。因みに、これはブラガのお嫁さんのマリーとリンダのドレスです』

『採寸は済ませました。尚、材質はセメタリービーから貰える蜜絹です』


 ジャカジャカシャカシャカと四人のヴァンダルーの、糸の様に細く枝分かれした腕が無数の縫い針を操作している。

 いつかはこれもゴーレムやカースツールにさせたいが、細かい作業なので暫くはヴァンダルー自身がするしかないだろう。


『これで縫い目の無い服が作れますよー』

『フリルフリル……レースレース……ふれりるすふれりるす』

『でも俺だけだと今は一日二着から三着が限界なので、いい加減にミシン作らないと。今もちょっと限界ギリギリです。やっぱりペダル式ですかね?』


 ナインランドやニアーキの町で見た限りだが、ラムダの服飾は地球に比べるとやはり劣っていた。染色は地球よりも染料の種類が豊富なのか鮮やかだが、デザインが限られている。

 ナインランドでエレオノーラに憑けた蟲アンデッドの目を通して、市場で売られている古着を見ると現代日本を生きたヴァンダルーの感覚からするとかなりダサかった。


 当時高校生だったヴァンダルーだが、非行に走っていなかっただけで品行方正だった訳ではない。拾得物などからそれなりに見ていた。

 だから色々作る予定である。特にブラジャーとか、ガーターベルトとか、ストッキングとか。水着は濡れても透けにくい繊維を見つけてから着手予定である。


 後、将来ハリウッドのアクションスター並の肉体美を目指す身としては、やはり男性用ボクサーパンツも折を見て作っておくべきか。

『凄く綺麗でしょう? きっとみんな喜ぶし、将来交易する時に商品にしたら皆買ってくれると思うのよ』

『はい、凄く素敵だと思います。でも、そっちではなくて……あれは何なのかなと……』


 レビア王女が視線を向けたのは、蘇生装置から運び出されていく肉塊だった。

 手も足も頭も無い、一抱えほどの肉塊。その赤い表面にはビクンビクンと蠢く血管が走っていて、信じ難い事に生きているらしい事が解る。


『あ、あれの事はあまり考えないで――』

「あれは母さんの失敗作七号です」

『いやぁぁぁぁっ! 言っちゃダメぇぇぇっ!』

「いや、別にあれが母さんの真の姿とか、そんな事無いので落ち着いて」


 ヴァンダルーは液体状態の死鉄や冥銅を【ゴーレム錬成】で操り、蘇生装置の欠損部分を埋める事を思いついた。そして実行した結果、蘇生装置は動いたのだが……ダルシアの肉体を創りだそうとしても、装置では肉塊しか出来ない。

 色々と試行錯誤を繰り返しているが、何をどうしても出来上がるのはダルシアとは似ても似つかない肉塊だけである。


「見ての通り肉と血管しか無くて……内臓があれば作成済みのオリハルコンの骨格と一緒に組み立てるのですが。

 やはり元から不完全な蘇生装置を、不自然な応急修理で動かしても無理みたいです」

 今まで七回ほど動かしたが、出来上がるのが謎の肉塊ではどうしようもない。伝説では、魂が無い以外は完全な人間の身体を作る事が出来たらしいのだが、程遠い結果ばかりだ。


『だって、なんだか……ヴァンダルーはそう言ってくれるけど、本当はこんな姿なんだって言われているようで辛いのよ』

『ごめんなさい、私ったら……』

『いいの、私がそう思い込んでいるだけなのよ。きっと、装置が不完全なせいだわ』

「一応動く事は動くので、これから完成形に近づけようと思います。もう少し待っていてください、母さん」


(やっぱり破損個所を同じ材料で埋めたり繋いだりしないとダメか。他は兎も角、オリハルコンを微細な形に整えるのはまだ無理だから……やっぱりホムンクルスか?)

 【ゴーレム錬成】スキルのレベルも上がったが、オリハルコンで精密部品を作れるまでではない。流石に半導体を手作りする程ではないが、米粒に文字を書くような細かい作業だ。簡単には出来ない。


 やはり邪神か悪神を探して契約し、ホムンクルスの作成法を利用してダルシアの身体を作るべきかもしれない。

 そのために必要な知識は、ナインランドの魔術師ギルドで手に入れて来た。処女の生贄等、ヴァンダルーの目から見ても高いハードルだが、そこは邪神や悪神と話し合えば何とかなるかもしれない。

(神様って、交渉できるのかな? 脅迫なんて出来ないでしょうし)

 実は既に悪神を一柱喰っているのだが、それに気がついていないヴァンダルーは神を無条件に自分より上の存在だと考えていた。


「丁度良い邪神や悪神を探しますから」

『レビアさん、息子が良くない宗教に走りそうなのだけど、こういう時私はどうすれば良いの?』

『え、え~っと、た、多分大丈夫です!』

 安心させようと力強く宣言したら、逆に不安にさせてしまったらしい。何故だろう、別に信仰するとは言っていないのに。



《【鍛冶】、【操糸術】、【身体強化:髪】スキルを獲得しました!》

《【服飾】が【操糸術】に、【身体強化:髪】が【身体強化:爪舌牙】に統合されました!》

《【料理】、【身体強化:髪爪舌牙】、【操糸術】スキルのレベルが上昇しました!》




 そして時は流れて十月。

 ゴーファ達の【若化】措置等を終え、通貨作り等もとりあえず終えたヴァンダルーは、開拓村の収穫祭に顔を出していた。

 具合の悪い村人を治療して、以前食べた米と雑穀の粥ではなく、野菜や肉と一緒に炒めた南部米のチャーハンっぽい物や具がしっかり入ったスープをご馳走に成る。


「よく入るなぁ、それで何杯目だ?」

「三杯目です」

 お土産にホーンラビットを三羽と胡桃を一袋渡したので遠慮しないヴァンダルーだった。


「いやー、お前が帰った後大変だったよ。奴隷鉱山で何か起きてさ、城壁が破壊されて鉱山が更地に成って、兵士や奴隷が全員スケルトンになっていてさ」

「何だって、本当ですか、信じられない」

 実は犯人、それも主犯であるヴァンダルーは何時もの無表情と棒読み口調でそう言った。表情も口調も何時も通りなので、フェスター達は気が付かなかったようだ。


 ……意識しないと表情を変えられず感情が表に出ないのも、こんな時は役に立つ。


「ああ、城壁が外から壊されていたらしいから、多分魔物が出たんだろうな。足跡とか、痕跡は見つからなかったけど」

「それで、魔物に殺された兵士や奴隷がアンデッド化したんだろうってさ」

 どうやら、調査した騎士団はそう推測したらしい。奴隷が居なくなっている事に気が付かれないよう、魔物の骨を【ゴーレム錬成】で加工して巨人種スケルトンに見える様にした甲斐があったようだ。


「幸いな事に、城壁を破った魔物はそのまま鉱山が在った場所の南に移動したらしいけどな」

 軍隊が動いた形跡が無ければ犯人は魔物しかなく、魔物の痕跡が無い場合は空を飛ぶなりなんなりして何処かへ行ったと調べた者達は考えたらしい。


(実際には、魔王の封印が解けたことと関連付けて考えようとしている人もいるでしょうけど……分からないだろうなぁ)

 まさか奴隷鉱山から奴隷を助けるために、たまたま勇者の封印を破って魔王の一部(血)を解き放ってしまったとは、夢にも思わないだろう。


 実際、ヴァンダルーがそう考える通りに奴隷鉱山の事件を知ったハインツ達やアルダ神殿関係者は首を傾げていた。事件が起きたタイミングを考えれば無関係ではないだろうが、何故そこ? と。

 ハートナー公爵領としてはダンジョン以外で鉱物資源を手に入れられる、それなりに重要な場所ではある。しかし、魔王の封印を解いた何者か、若しくは封印されていた魔王の欠片その物が、目標とする対象としては疑問しか残らないのだ。


 他の魔王の欠片が封印されている訳でもないし、他の悪神や邪神が居る訳でもない。だから、封印を解いた者が鉱山で働かされているタロスヘイムの元避難民の関係者だと気が付かないと、何故なのか不思議で仕方がないだろう。

 そしてまだ気が付いていないようだ。


 この開拓村がノーチェックである事が、事件について捜査している者が真実に近付いていない証拠だ。

 見張りや密偵などが入り込んでいない事は、今も村の上空を漂っているヴァンダルーの使い魔、レムルースによって判明している。


「お蔭でニアーキの町から討伐の為の冒険者や騎士が街道を通ってさ、親父さんがウハウハしていたよ。これからは行商人が来てくれるか分からないって知って、今は逆にしょんぼりしてるけど」

 裏で蠢く色々を知らないカシム達は、のんびりと祭りを楽しんでいる。実に癒される。


「リナは仕事が増えて大変そうだったけどな」

「そう言えば、皆さんは討伐隊に加わらなかったんですか?」

 実際には、ヴァンダルーは既にレムルースを通してカシム達が討伐隊に加わった事を知っていたが、聞かないと不自然かなと思って質問しておいた。


「勿論参加したぞ、参加するだけで飯代とは別に報酬が出たし」

「スケルトンならランクは2だ。俺達でも倒せるし、討伐隊の数も多かったからな」

「それと、お前が教えてくれたゴブゴブを作るために村の男衆が……一部女衆もゴブリン狩りを始めてさ。五人一組で手製の槍や弓を持って狩り出すから、最近村の周りじゃゴブリンが出ないんだよな」


 レムルースを通して見ていたのでヴァンダルーは知っていたが、開拓村の人々は逞しい。いや、逞しいから今までやって来られたのだろう。


「でもなんだか変だったんだよな。あのスケルトン。他の奴等には普通に襲い掛かっていたようだが、まるで俺達には、何て言うか……」

「稽古を付けられる感じだったな。いや、向こうも俺達も武器は本物だし、ちゃんと倒したけど」

「実戦の筈なんだけど、実戦さながらの稽古を付けられた感じだったな。それに、何処からか見守られていたような視線を感じた」


 長物を振り回す敵とどう戦うか、自分達より素早い敵、数が多い敵、盾職と弓使いが一度に出て来た時は? そんな課題を次々に出されたような気がカシム達はしたらしい。

 勿論、ヴァンダルーがレムルースや残してきた虫アンデッドでスケルトン達を指揮した結果だが。裏で無数の羽虫で文字を作り、スケルトンに命令していたのだ。


「アンデッドは生前の行動を繰り返すと聞いた事があります。そのスケルトン達は、昔新人の教官でもやっていたのでは?」

 ヴァンダルーの言葉に、「なるほど」と納得するカシム達。ゼノが感じた視線も、きっとスケルトンの誰かだろうと思ったらしい。


 実際には、彼らは生前そんな善良な連中ではなかったが。


「そう言えば、あの神官さんはどうしました? 姿が見えませんけど」

 ニアーキの町に向かうと言って村を出たアルダの巡教神官……に偽装したただの生命属性魔術師の工作員、フロトの姿は収穫祭で賑わう村の何処にも無かった。


「いや、俺達も知らないんだ。この第七開拓村だけじゃなくて、他の開拓村でも姿を見てないらしくて」

「討伐隊で話した奴らに聞いたんだけど、そんな神官は知らないって。ヴァンダルーはどうだ? 町に行ったとき会わなかったか?」

「フェスター、俺にとってアルダ神殿は敷居が高いです。残念ながら見かけていません」

「そうか……何事も無いと良いんだが」


 心配そうな顔をする三人に、ヴァンダルーは頷いた。

「そうですね。多分、大丈夫だと思うのですが」

 まだフロトが工作員であると知らないヴァンダルーだった。レムルースの見張りも、幾らほぼ透明とは言え近付きすぎると気が付かれるので、遠くから人の動きを見ている程度でしかない。


 ニアーキの町の『闇夜の牙』は予定より早く『五色の刃』の一人、エドガーに退治されてしまったので情報も収集できない。

 結果、ヴァンダルーはフロトをまだアルダの信者なのに珍しい善良な聖職者だと思っている。


「ところで、これからどうするんだ?」

「はい、明日から他の開拓村を巡って収穫祭三昧です。その後は、町の方に行って生活必需品を手に入れ、母の遠縁に当たる人達を訪ねようかと」

「母の遠縁って、もしかして――!?」

「いや、吸血鬼なのは父です」


「あ、そうなのか? いや、てっきり……」

 エレオノーラが居たらまた勘違いされていたかもしれない。彼女が結構気にしている事を知っているヴァンダルーは、今回は一人で来て良かったと思った。


「おーい、そろそろメインイベントだ。祠に石像を納めるから、こっちに来てくれー」

 『何でも屋』の親父がヴァンダルーを呼びに来て、その日の会話は一旦途切れた。

 因みに、元石工のイワン作のヴァンダルー像の出来は……微妙だった。全部石で出来ているので髪や肌、オッドアイの色を表現できないので、言われなかったらヴァンダルーだと気がつかれないかも知れない。




スキル解説:魔力自動回復 魔力回復速度上昇


 【魔力自動回復】は所有者が何をしていても……休憩は勿論、運動中、魔術を唱えている最中でさえ魔力を自動的に回復するスキル。

 【魔力回復速度上昇】は、休憩時等に魔力が回復するペースを上昇させるスキル。

 似ているが別々のスキルである。


 【魔力自動回復】スキルは所有者の魔力の総量に対してのパーセンテージで回復する量が決まり、【魔力回復速度上昇】は魔力量に関わらず回復に必要な時間が減る。なので、魔力量が多い者ほど【魔力自動回復】スキルの方を取得したがる。

 ただし、【魔力自動回復】スキルの取得は難しく、更に取得後は魔力を過剰消費して総魔力量を増やす修業方法が取り難くなるという欠点がある。


尚、魔力の自然回復のペースは健康状態や精神状態にもよるが、睡眠はそれを爆発的に高める方法であると知られており、大魔術師ほど自らの睡眠時間や、環境に拘る傾向がある。


著名な魔術師が旅の間もマイ枕を携帯したのは、伝記にも記されている。

ネット小説大賞に参加しました。宜しければ応援お願いします。


3月15日に89話、18日に90話、22日に91話を投稿する予定です。



感想欄で竜人を魔物よりの種族だと返信しましたが、正はダークエルフや獣人等と同じく人よりの、ステータスにジョブのみでランクを持たない種族でした。

すみませんでした。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 『因みに完成した製品を再び元の金属に戻して加工したいなら、一度高温で熱した後【奪熱】をかけて熱エネルギーを零にすると、冷めた時には元の液体に戻っている。』に関して、「熱エネルギーをゼロ…
[良い点] やっぱ内政パートも最高だな!って [気になる点] この話で出て以来、所得税0.5割~2割でこの先も固定なはずですけど 正直、今のタロスヘイムで税金取る必要あるのかちょっと疑問だったり(笑 …
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