九話 死後に始まる第二の人生
私はサムと申します。以前は、ある貴族様の下で馬番と御者をしておりました。
貴族の使用人とは平民の方々(まあ、私も平民ですが)が思う程、裕福な暮らしをしている訳ではございません。ですが、使用人として恥ずかしくない格好をさせなければ主人の格が問われますので、きちんとした制服を支給して頂け、日々の食事も保障されております。
そういった点では、確かに恵まれておりました。
特に私は屋敷でメイドをしていた妻と出会い、当時の主人の勧めもあって結ばれ、娘を二人授かりました。
上の娘のサリアは淑やかで、下のリタは元気で明るい娘に育ちました。
そして娘達も同じ貴族家に使用人として仕える事に成り、あの頃は本当に幸せでした。
ですが、ある冬に妻が流行病にかかり、数日で逝ってしまいました。その悲しみから立ち直る時間も無く、今度は当時の主人が階段を踏み外してお亡くなりに成り、代替わりとなりました。
新しくその貴族家を継いだ方は先代と確執があり、我々使用人も一新すると宣言され、私と娘達は解雇されてしまったのです。
生まれてこの方馬の世話と御者しかした事の無い私は、大きな町でなら乗合馬車の御者をして生活できるのではないかと、思い切って新天地を目指す事と致しました。
娘達も、都市部なら良い縁談や就職先があるだろうと。
しかしその旅の途中で私達は山賊団に襲われ、娘達は私の前であの獣共に辱められ、そして私共々殺されてしまいました。遺体は獣や魔物を呼び寄せないようにと燃やされ、打ち捨てられました。それが余程辛かったのでしょう、サリアとリタの姿は今も焼かれた時のままです。
私達は当然山賊団を恨みました。地上に留まり、奴らの破滅をこの目で見るまではと。もし周囲に魔境があれば、その魔力で悪霊と化していたかもしれません。
しかし現実ではただただ奴らを憎むだけで、何もできない日々が続いていました。
そんなある日、今のご主人様であるヴァンダルー様とその配下の方々が奴らのアジトを襲撃し、皆殺しにしてくださったのです。
そして今では私自身もご主人様の配下に加わる事となりました。まさか死後に新しい、第二の人生が始まるとは分からないものです。
そしてただの馬番兼御者だった私が今、ダンジョンの中にいるというのも驚きです。
『ご主人様、ダンジョンの中では外よりも強力な魔物が数多く出現すると聞いております。もし危ないと思いましたら、すぐに私にお言いつけください』
私の新しい身体は、山賊団が奪った馬車の荷台です。ただ、三頭立てで広く頑丈な事だけが取り柄で、幌が付いている以外荷馬車と変わりません。
ですが私が憑りついて直接動かしているため、馬車なのに後ろに真っ直ぐ下がる事が出来ます。なのですぐ逃げる事が出来るのです。
「わかった。
ところで前から思っている事だけど……ご主人様ってどうにかなりませんか?」
主人のヴァンダルー様は荷台から空の御者台に話しかけますが、どうにかとはどういう事でしょうか?
『お坊ちゃんの方が宜しいですか?』
確かに、ご主人様はまだ一歳と三か月なのでこの方が似合うかもしれません。
「いや、そうじゃなくて……」
『ヴァンダルーは照れているのよ。サムさんみたいに話しかけてくれる霊は少ないから』
『なるほど、そうでしたか』
ヴァンダルー様のお母上、ダルシア様の言う通りヴァンダルー様の配下は私以外言葉を発しません。これは愛想や礼儀の問題では無く、単純に話せないのです。
骨人や骨猿達は人では無く小動物の霊なので、大まかな感情を伝える事はあっても言葉は話せません。
「ギャァァァァ!」
他にもヴァンダルー様以外には見えませんが、私の娘達のように無数の霊を引きつれています。ですが、ヴァンダルー様から話しかければ答える事もありますが、自分から話しかけるような事は出来ません。
霊になると一つの感情に支配されやすく、何かなければ延々同じ行動を繰り返しているものだからです。私の娘達も、例外ではありません。
「ゲヒィィィィ!」
『ですが、私は坊ちゃんの従魔でございますから、敬うのは当然かと。それに……私が骨人達のように振る舞っても、嬉しくないでしょう?』
骨人の見かけは動く人骨です。ですが、その中身は実は小動物の霊ですから暇なときは坊ちゃんに撫でてと甘える時もあります。
「ギギャガガガガ!」
坊ちゃんは霊が見えるので違和感を全く覚えていないようですが、私の場合それが問題に成ります。
『髪の薄い四十代の中年男の私が、坊ちゃん撫でて♪ 等とせがむのは大変躊躇いを覚える次第でして』
「あー……確かに。じゃあ、坊ちゃんで良いです」
微妙に不満そうではありますが、納得していただけました。
「グゲェェェェ!」
因みに、先程から上がっている聞き苦しい断末魔の悲鳴は、私が轢き潰しているゴブリンソルジャーのものです。
ゴブリンソルジャーはランク2の魔物で、ゴブリンが知能をやや発達させ武器の扱いを覚えた魔物です。
ランク1のゴブリンも棍棒ぐらいは持っている者もいますが、あれは適当な木の枝を振り回しているだけで棍術とはとても言えないものです。
もしゴブリンが幸運にも剣や槍を手に入れたとしても、木の枝と同じように振り回す事しか出来ないでしょう。
ゴブリンソルジャーは剣なら剣の、槍なら槍の、棍棒なら棍棒の使い方が出来るゴブリンです。ただしその技量は素人に毛が生えた程度で、一対一なら経験を積んでスキルを習得した冒険者や兵士ならまず勝てる程度だそうですが。
ただし見た目が普通のゴブリンとほぼ変わらないので、油断して追い払おうとした農夫や猟師が痛い目を見る事が時折あるそうです。
そんなゴブリンソルジャーですが、既にランク3のスケルトンソルジャーやボーンビースト、ファントムバードに達している骨人や骨狼、骨鳥の敵ではありません。
現れる度に剣で頭を叩き割られ、牙に切り裂かれ、射出された霊体の羽に撃たれて、次々に倒れて行きます。
そしてその中でまだ微かに息がある者を、骨人達が私の車輪の前に放るのです。お蔭で私でも経験値を得る事が出来るという訳です。
「げぎっ、ギギギギギゲェ!」
ミシミシと内臓を押し潰し、ボギバギと骨を車輪で踏み砕くこの感触。なんと――素晴らしい。
『恥ずかしながら、癖に成りそうです』
「癖にはならないで欲しいな、人身事故が多発するのは困るし。あ、でも山賊は轢いていいよ」
『ありがとうございます』
山賊共を私の車輪で轢き潰す。その光景を思い浮かべるだけで、胸が躍りますな。
因みに、馬車の後方は骨猿と骨熊が守っており、私が轢き潰したゴブリンの死体に魔石が発生していないか抜け目なく調べております。ランク2だと五匹に一匹は魔石を出すそうですので。
『しかし、まだ一階だというのにゴブリンソルジャーやゴブリンアーチャーが出て来るとは、中々危険なダンジョンですな』
因みに、ゴブリンアーチャーはソルジャーが近接武器の代わりに弓矢の扱いを覚えた魔物で、ランクは同じく2です。
「……危険には思えないけど」
『そりゃあ、骨人達が出て来た端から倒しているからそう見えるけど、ダンジョンに入ったばっかりなのに十匹以上の魔物と遭遇するのは、そう無いのよ。
まあ、私もダンジョンに潜るのはこれが初めてなんだけど』
ダルシア様は生前冒険者だったそうですが、基本的にソロで活動されていたそうでダンジョン攻略の経験は無いそうです。
『魔物の数に関しては、このダンジョンの攻略を冒険者があまりやってないからかもしれないけど』
『そんな事があるのですか?』
『偶にね。冒険者が戦争に傭兵として大量に雇われたり、大規模な緊急依頼で人手が足りなくなったり、後はダンジョンに旨味が無くて攻略に消極的な冒険者ばかりの時とか』
「まあ、出て来る魔物がゴブリンだけなら、苦労する甲斐も無いだろうし。人は利益が無いと動かない生き物だから」
『坊ちゃんは賢いですね、とても一歳児には見えませんので他人の前ではご注意ください』
『その通りだけど、相変わらず大人びた言葉ばっかり。前世もその前も大人に成れなかったって言っていたのに、誰が教えたのかしら。
あ、そろそろ今日は限界のようだから後はサムさんよろしくね。お休み、ヴァンダルー』
『畏まりました』
「お休み、母さん」
ダルシア様が宿っている遺骨の中で眠りについた後も、ダンジョンの探索は続きました。
ですが、特に激闘が繰り広げられるといった波乱の無い、順調すぎる探索でした。
地下一階は壁や床が石で作られた遺跡風の内装で、出て来たのはゴブリンソルジャーやアーチャーだけでした。数は合計で数十匹と多かったですが、被害は骨人の剣が刃毀れしたぐらいです。
収穫はランク2の魔石が六つ程。
地下二階は自然の洞窟風になっていて、地下一階は仄かに天井が光っていたのですが、真っ暗になっていました。
普通の冒険者パーティーなら松明やランタン、【灯】の魔術を使ったでしょうが我々は坊ちゃんを含めて【闇視】スキル持ちばかりです。中途半端な照明よりも、闇の方が鮮明に見えるぐらいなので逆に快適に進めます。
出現する魔物はジャイアントバットやジャイアントモール、ジャイアントワーム、ジャイアントスパイダー等、体長一メートル以上に巨大化した動物や虫系の魔物が増え、代わりにゴブリンは出なくなりました。巨大蜘蛛以外はランク1で、ランク2の巨大蜘蛛も巣にかからなければ楽に倒せる魔物であるため、やはり苦戦しませんでした。
その代わり採れる素材も無く、食用には特に適さない魔物ばかりでしたが。
収穫は巨大蜘蛛の魔石が一個手に入った程度でした。
そして降りた地下三階は、何と湿地帯になっていました。坊ちゃんと驚いて呆然としていても、風景も水と泥の臭いも消えません。空を見上げると、太陽の様な光まである始末。
ここは本当に地下なのかと驚いていると、目を覚ましたダルシア様に「ダンジョンっていうのはそういう物らしいわよ」と教えて頂きました。
そういう事ならそうなのでしょうと私は思いましたが、坊ちゃんは暫く首を傾げていました。
それは兎も角、三階で出て来た魔物はジャイアントスラッグ、ビッグフロッグ、ジャイアントリーチ、ジャイアントリザード等のランク1の湿地帯に出る虫や動物系の物ばかりで、これも二階に続いて快勝かと思いました。
しかし奥に進むとランク2の魔物が出てきました。酸性の粘液を出す大ナメクジ、アシッドスラッグ。舌から神経毒を分泌するポイズンフロッグ。素早い動きと人体に容易に突き刺さる鋭い嘴をもつ小鳥、ダガーフィンチ。
どの魔物もランク1や同じランク2でもゴブリンソルジャー等と比べれば、ずっと危険な魔物です。ですが、やはりランク3に達している骨人達の敵ではありませんでした。
被害はアシッドスラッグをただのジャイアントスラッグと間違えて剣を振った骨人の剣が、ボロボロに成った事ぐらいでしょうか。
斬りつける度に武器が摩耗するのでは勿体ないので、アシッドスラッグは坊ちゃんが泥から作ったマッドゴーレムで生き埋めにして出て来られない間に進みましたが、他は完勝でした。元々骨しかないアンデッドに毒は効きませんし、ダガーフィンチに刺されて骨に何か所か穴が空いても、替えのパーツと交換すればなんともありません。
勿論、身体が馬車の私も同様です。ちょっと幌に穴が空いただけで、何の影響もありません。
「後で縫うのは俺ですけどね」
『申し訳ありません、坊ちゃん』
収穫はランク2の魔石が七個と、ジャイアントフロッグとポイズンフロッグの後ろ足と内臓。そしてダガーフィンチの嘴です。嘴はそのまま柄を付ければナイフや槍の穂先に成ります。
そして二種類のフロッグの後ろ足は大変美味で、内臓は薬の材料に成ります。
尚、魔物の解体は骨猿と骨人が行いました。幾つか内臓を潰したり嘴を砕いたりしてしまいましたが、おおむね上手くいったようです。
『坊ちゃん、薬を作るのですか?』
「作り方知らないから、無理です。とりあえず【鮮度維持】の魔術をかけて袋に仕舞っておく」
死属性魔術を使えば痛みやすい内臓も、数年は鮮度を保つ事が出来るそうです。何とも便利な事です。
「今日のご飯はカエルの後ろ足の塩焼きにしよう。まず火を起こしましょう」
『坊ちゃん、【鬼火】の術は使わないので?』
「残念だけど、【鬼火】の炎は熱くならない。寧ろ、熱を奪うから逆に冷える」
死属性魔術も万能では無いようですな。夏は涼しそうですが。
因みに、骨猿に焼いてもらった後ろ足の塩焼きは、焼きすぎて一本ダメにしましたがとても美味しかったと、坊ちゃんの舌を楽しませました。
「野兎の血より美味しい」
坊ちゃん、その感想ではいまいち美味しさが解りません。
地下四階は再び洞窟のようになっていて、そこで出て来たのは何とアンデッドばかりでした。それもランク1のリビングデッドやリビングボーンではなく、骨人達と同じランク3のスケルトンソルジャーやゾンビウォーリアー、ボーンビースト、それに物理攻撃が効かないレイス等、強敵ばかりでした。
『おお、なんと恐ろしい不死の怪物でしょう』
「サム、君もアンデッドなんだけど」
『そういえばそうでした』
今回ばかりは苦戦必至、一度上の階に戻って作戦を考えましょうと私が提案しようとしたその時、驚くべきことが起こりました。
何と、スケルトンやゾンビ達が我々に道を開けたのです。
「……通っていいの?」
眼窩に青い炎を宿すスケルトンや、どろりと濁った瞳のゾンビは「う゛あ゛ぁぁ……」と呻き声を上げながら、坊ちゃんの問いに同意するように、武器をその場に落としました。
ガシャンと錆びた武器が床に落ちる音を響かせ、それ以上アンデッド達の反応は何もありません。
「サム、皆、前進」
『宜しいのですか? 何かの罠では?』
「殺気が無いから大丈夫だと思う」
坊ちゃんの【危険感知:死】の魔術を信じてアンデッド達が開けた道を進みますと、本当に彼らは我々に手出しをしませんでした。
我々が通り過ぎて暫くしてから、ゆっくりと落した武器を拾う以上の動きは何も見せませんでした。
『きっとあの人達もヴァンダルーの事が好きになったのよ』
『流石坊ちゃんです』
「いや、普通に【死属性魅了】のスキル効果じゃないかな? まさか、既に発生しているアンデッドにまで効くとは思わなかったけど」
この四階にはアンデッド系の魔物しか出現しないようで、そのアンデッドは坊ちゃんに対して戦意を全く見せないので、私達の探索は何の障害も無く進みました。勿論魔石等の収穫もありませんが、ランク3の魔物と戦闘になるリスクを考えれば歓迎すべき展開です。
『ヴァンダルー、宝箱よ。でも本当にダンジョンに宝箱が出るのねー』
『そうですな。一体誰が置いたのでしょう?』
『それが分からないのよね。人間を危険なダンジョンに誘うために仕掛けた魔王の罠とか、魔神リクレントが人間のやる気を鼓舞し、修練の褒賞として与えるために出現するようにしたとか、色々言われているけど』
ダンジョンには階層によって宝箱が出現する事があるそうです。何故出現するのかは不明ですが、宝箱の中には価値のある物品が入っており、冒険者の懐を温める燃料となっています。
勿論宝箱には鍵がかかっており、場合によっては罠も仕掛けてあります。それを解くのは盗賊の役目なのですが、我々の中に盗賊はおりません。
「じゃあ、とりあえず開けようか。……起きろ」
されど流石坊ちゃん。盗賊が居なくても、宝箱そのものに霊を憑りつかせてアンデッド化させ、宝箱自身に鍵や罠を解除させる事が出来るのです。
宝箱を一つ開ける度に魔力を一万も使うそうなので、莫大な魔力を持つ坊ちゃんだからこそ出来る方法でしょう。
「中身は……何だこれ? 一見毒っぽいけど」
宝箱の中身は、高価なガラス瓶に入った青色の液体でした。おお、これはポーション、それもかなりの高級品ではありませんか!
『坊ちゃん、これは毒などではありません。ポーションです!』
「ポーションって、怪我が治るアイテムの事?」
『そうよ、飲んだり傷にかけたりすると直ぐに傷が治る冒険者の必需品のポーションよ。でも、このポーションかなりの高級品ね』
『はい、ダルシア様。以前私が仕えていた貴族家でも、これほどの品は見た事がありません!』
ポーションには幾つか等級がありまして、生命力が三十回復する五級品が一般的に流通している物です。この程度なら少々裕福な行商人や兵士なら一本ぐらい持っていますし、冒険者や傭兵なら必ずと言って良い程荷物に入っています。
しかし四級品以上ポーションは一気に高くなり、生半可な貴族では常備しているのは三級品程度です。勿論値段に相応しい効果があるのですが。
『ポーションの品質は色で見分ける事が出来るのよ。明るい青色になる程高くて、暗くなるほど低くなるの。この色なら、二級品ぐらいかな』
『二級品ともなれば、手に入れるにはアミッド帝国の帝都等の大都会の店か、腕の良い錬金術師に直接依頼しなければなりません。値段もこれ一本で十万アミッドは下りますまい』
「十万……効果は?」
『流石に切り落とされた手足を新しく生やすなんて事は出来ないけど、傷口にかければ大抵の傷は治ると思うわ』
『飲めば傷だけでなく疲労や、魔力も若干回復するそうです。多少の毒や病気なら完治させてしまうとか』
「それで味は?」
『……品質が高くなればなるほど、不味いわ』
『ええ、その昔特級ポーションを飲んだ伝説の冒険者はあまりの不味さに意識を失い、目覚めた後素直に死んだ方がマシだったと語ったそうです』
そういう意味では、最初に坊ちゃんが毒と間違えたのも無理はありません。
「良薬は口に苦しって言うけど、苦すぎじゃないだろうか?」
私は生前ポーションを飲んだ経験は有りませんし、今は飲む事が出来ないのである意味幸いですが。
坊ちゃんもポーションは飲み物ではないと認識したようです。
その後、いくつかの宝箱を発見して中身の宝物を手に入れました。その全てが結構な高級品だったと思います。ただの馬番兼御者だった私には価値の分からない物も多かったので、確かではありませんが。
「これは……多分マジックアイテム。これも、多分マジックアイテム。あ、これはただの宝石……じゃなくてマジックアイテムかな?」
『坊ちゃん、多分が多いような気が致しますが』
「一歳少々の俺に鑑定眼を期待しないでほしい」
『しかし、前世とその前を含めると四十歳近いのでは?』
因みに、数日前に坊ちゃんから坊ちゃんの抱える事情はダルシア様や娘達と一緒に聞かせて頂きました。驚くべき事でしたが、ダンピールとはいえ一歳少々の坊ちゃんが莫大な魔力をその身に宿し、しかも誰に教わった訳でも無いのに未知の魔術を使いこなしている事も十分以上に驚くべき事です。
なので、話を聞いた時は逆になるほどと思ってしまいました。
勿論、坊ちゃんが抱える将来のリスクも説明されましたが、ダルシア様も私も坊ちゃんから離れる気は欠片も湧きませんでした。
私にとって坊ちゃんは命の恩人であり、主人です。坊ちゃんが私の馬車を必要としているのに、使用人がお暇を頂いてどうします。
そもそも坊ちゃんから離れた私は、ただの野良アンデッドモンスターでしかないという事情もありますが。
「確かにそうだけど地球には魔術が無いし、オリジンでは魔術はあってもマジックアイテムに触れた事が無い。正確には、実験器具以外のだけど」
だから、鑑定眼や魔力の感知能力は磨く機会が無かったと坊ちゃんは言いました。
ナイフ、ダガー、ブロードソード、銀製のアクセサリー、宝石の嵌った指輪等を次々と発見しましたが、魔力が込められているという以上の鑑定が出来なかったため、結局価値は分りませんでした。
後でダルシア様に聞いたところ、「外れだとただのナイフとか石で出来たネックレスとかが入っている事があるから、マジックアイテムってだけで十分当たりらしいのよ」と教えて頂きました。
そして地下五階に降りますと、そこもアンデッドの巣窟となっておりました。
「……コォォォォォ」
「ブモォォォォォ……」
ただ地下四階で現れたランク3のアンデッドより更に強力な、ランク4のアンデッドでした。
全身を返り血で赤く染めた骸骨戦士、レッドスカル。生前以上の突進力を誇るオークゾンビ。アンデッド化しても魔術の行使が可能な魔術師のゾンビ、レッサーリッチ。
そして死者の怨念が宿り、誰が纏っている訳でも無いのに動き出したリビングアーマー。
「コォォォォォ」
「あ、どうも。失礼します」
地下四階と同じように、ランク4のアンデッド達も立ちはだかるのを止めて壁際に寄り、坊ちゃんに道を譲るのですが。
「あ、止まれ骨人、骨狼。床に罠が仕掛けてある気がする」
唯一の障害はダンジョンに仕掛けられた罠でした。しかしそれも坊ちゃんの【危険感知:死】によって、存在を感知出来るので対処可能でした。
「床の広い部分から死を感じるから、多分落とし穴かな? とりあえずゴーレムを作って床を覆えば大丈夫だろう」
壁の一部をゴーレムにして、床を覆って罠を無効にしました。こんな解除方法は坊ちゃんしか出来ないでしょう。
「じゃあ、進もうか」
この地下五階では地下四階以上の宝箱を発見し、幾つもの宝物を手に入れました。
そして一際大きな扉を開けますと、中は巨大な部屋になっており強力な魔物が我々を待ち構えていたのです。
二メートルを超える身体を金属鎧で固め、牛も両断できるだろう巨大な斧と堅牢な城壁を思わせる盾を構えたスケルトンジェネラル。
骨だけになっているとは思えない迫力に、私も無いはずの背筋に寒気が走ります。
そしてスケルトンジェネラルの周囲には、将軍に従う騎士のようにリビングアーマーが十体も居ました。
『きっと彼らがダンジョンボスね』
目を覚ましたダルシア様によりますと、ダンジョンには必ずボスが出現するのだそうです。
特に最下層に出現するボスは、ダンジョンの他の場所で出現するボスとは討伐の難易度が桁違いなのだとか。
「オ゛オ゛オ゛オ゛……」
「ご丁寧にどうも。
え? くれるの? それは助かるけど、良いの?」
しかし、そのボスモンスターも今までのアンデッド同様に坊ちゃんに道を譲るばかりか、その手に持っていた一目で業物と分かる斧と盾を坊ちゃんに差し出す献身ぶりです。
「ただで武器と盾を貰うのは悪いから、代わりにこれを」
坊ちゃんは馬車の中からバトルアックスとラージシールドを出すと、スケルトンジェネラルに渡しました。渡したのは山賊団が使っていた物やその略奪品の中でも質の良い物ですが、マジックアイテムという訳ではありません。ただの金属製の武具です。
「これだけだとお釣りにもならないから……」
そう言うと坊ちゃんの身体から膨大な魔力が湧き出しました。その圧力に意識が持って行かれないよう耐えるので、精一杯です。骨鳥など羽ばたくのを止めてしまい、地面に落下しました。
その私の見ている前で、バトルアックスとラージシールド、更にはスケルトンジェネラルとリビングアーマーに坊ちゃんの魔力が注がれていきます。
「オ゛オ゛オ゛オ゛!!」
見る見るうちに快感に震えるスケルトンジェネラルの白い髑髏が黒く染まり、リビングアーマーも先程までは無かった禍々しい気配を漂わせるようになりました。
『坊ちゃん、ランクアップしているようですが……一体何を?』
「ただ【殺傷力強化】や【エネルギー奪取】を、通常の一万倍ぐらいの魔力を使ってかけただけなんだけど……なんでだろ? 余程死属性の魔力と相性が良かったのか、アンデッドだけに。
今度骨人達で試してみよう」
魔力を十万程度使うだけで魔物をランクアップさせられるなら、魔力を一億以上持つ坊ちゃんにとっては手軽に従魔を強化できるという事ですから、喜ばしい事です。
「リビングアーマーも、良さそうな鎧を手に入れたら作ってみよう。骨人は金属鎧が装備できないから」
骨人は体が骨なので、素材に伸縮性のある皮鎧は装備できても金属鎧は身に着ける事が出来ないのです。肉が無いのでサイズが余ってしまい、動く度に鎧が動くので邪魔になるためですね。
そのため、金属製の防具は盾以外我々では持て余す事に成ります。
すぐ近くにいるダンジョンボスのスケルトンジェネラルは、金属で出来たフルプレートアーマーを着ていますがそれは高ランクモンスターだけに、何か秘訣でもあるのでしょう。
ですがその秘訣よりも、私としては坊ちゃんが新しくアンデッドを増やす予定がある事の方が重要です。
『坊ちゃん、でしたら是非娘達を使ってやってください。娘達も身体を与えられれば、生きていた時のように話せるようになると思うのです』
何時までも焼死体の姿の霊のままでは不憫だと思っていた私は、これはチャンスだと坊ちゃんに娘達を使ってくださいとお願いしました。
『サリアとリタはただのメイドでしたので武器の扱いは知りませんが、家事は出来ますし料理も本職の料理人には遠く及びませんが、簡単な物でしたら問題ありません』
坊ちゃんは目を瞬かせてしばし黙り込むと、「良いよ」と返事を下さいました。
「ただ、良さそうな鎧が手に入ったらだから、暫く待ってもらう事になると思うけど。まさか町に買いに行くわけにもいかないし、山賊は皮鎧が多いし」
『分っております。ありがとうございます、坊ちゃん』
何か月後、何年後になるか分かりませんが、将来以前のように親子三人で話せる日が来るかもしれない。それだけで十分すぎる希望なのですから。
しかし、私の希望は思っていたより早く叶えられそうです。スケルトンジェネラルの背後に在った扉の奥は宝物庫になっており、今まで手に入れた宝物の総量と同じくらいの宝物がありました。
その中に坊ちゃんの言う「良さそうな鎧」が、あつらえたように二つあったのです。
『おおっ、これはまたマジックアイテムではありませんか』
魔力が込められた金属の鎧。デザインも女性向けで、本来は無骨になるべき防具に優美な曲線が描かれており、装飾も凝っています。
具体的にどんな魔術が込められ、どれほどの性能があるのかは門外漢の私には分りませんが、美しい鎧である事は分ります。
『坊ちゃんっ! 是非この鎧で娘達をリビングアーマーにお願い致しますっ』
「……念のために確認するけど、良いの? この鎧で? 本当に?」
何故か坊ちゃんは気が進まないようでした。私が『勿論です』と答えると、もう一度鎧を見て半眼になって呟きました。
「幾らファンタジーだからって、ハイレグとビキニそっくりの形の鎧があるとは思わなかった」
『ハイレグ? ビキニ? 地球ではこういう形の鎧をそう言うのですか?』
「いや水着……この世界、水着ってあるのかな。
まあ、いいか。考えてみれば躊躇うような事じゃなかった」
そして坊ちゃんはサリアをハイレグと評した方の鎧に、リタをビキニと評した方の鎧に入れると、魔力を込めて無事リビングアーマーにしてくれました。
必要な魔力がストーンゴーレムを作る時の十倍以上というアクシデントはあったものの、娘達が無事新しい身体を手に入れられた事に、心から感謝です。
ですが宝物庫の奥には地下へ続く階段等は無く行き止まりとなっており、どうやらこのダンジョンは地下五階までで終わりのようです。
私達の初ダンジョン探索は終わり、スケルトンジェネラルに見送られて来た道を帰る事に成りました。
帰り道、また襲ってきたゴブリンを踏み潰した時に当初の目的だった私のランクアップが起こりまして、ランク3のゴーストキャリッジに進化いたしましたのも、嬉しい出来事でした。
尚、このダンジョンで最も苦戦したのは、階段の昇り降りだったと言っておきましょう。坊ちゃんが階段をゴーレムにして変形させ、急なスロープにしたのを無理矢理昇り降りして来たのですが、中々難儀しました。骨熊や骨猿に支えてもらいながら降り、押してもらいながら登るのは。
【悪路走行】スキルを獲得した今なら、平気なのですが。スキルというのは、何故最も欲しいと思った時を乗り切った後で覚えるのでしょうね。
本日の収穫
・ランク2の魔石 ×14個
・ゴブリンアーチャーが持っていた矢 ×47本
・ジャイアントフロッグの後ろ足 ×16本
・ポイズンフロッグの後ろ足 ×5本
・ダガーフィンチの嘴 ×9個
・二級ポーション ×2瓶
・三級ポーション ×7瓶
・鉄のナイフ(弱い魔力) ×3本
・鉄のダガー(弱い魔力) ×4本
・材質不明のバックラー(並の魔力) ×1個
・鋼鉄のブロードソード(弱い魔力) ×1振り
・材質不明のラウンドシールド(並の魔力)× 3個
・材質不明のタワーシールド(並の魔力) ×1個
・謎の金属で出来たロングソード(並の魔力) ×5振り
・鋼鉄の槍(弱い魔力) ×3振り
・チェインメイル(弱い魔力) ×1着
・謎の金属で出来たハーフプレートアーマー ×1着
・謎の金属で出来たクレイモア(並の魔力) ×1振り
・謎の金属で出来たグレイブ(並の魔力) ×1振り
・謎の金属で出来たハルバード(並の魔力) ×1振り
・鋼鉄のバトルアックス(弱い魔力) ×1振り
・スケルトンジェネラルの業物のバトルアックス(やや強い魔力) ×1振り
・スケルトンジェネラルの業物のカイトシールド(やや強い魔力) ×1個
・各種アクセサリー (弱い~並) ×沢山
本来ならこれに魔物の討伐証明による収入が加算されるが、冒険者ではないため収穫に含めない。
・名前:サム
・ランク:3
・種族:ゴーストキャリッジ
・レベル:3
・パッシブスキル
霊体:1Lv(NEW!)
怪力:1Lv(NEW!)
悪路走行:1Lv(NEW!)
衝撃耐性:1Lv(NEW!)
精密駆動:3Lv
・アクティブスキル
忍び足:1Lv(NEW!)
高速走行:1Lv(NEW!)
突撃:1Lv(NEW!)
魔物解説
【ゴーストキャリッジ】
この世に未練を残した霊が馬車に宿り、悪霊と化したアンデッド。白い靄で出来たような馬と御者に操られる馬車といった姿をしているが、本体は馬車に宿った悪霊であり馬や御者は悪霊の霊体が実体化しただけの存在である。
そのため、倒すには悪霊を浄化するか馬車本体を破壊するしかない。
主な戦闘方法は馬車による体当たりで、逆に言えばそれしか攻撃方法が無い。しかし元になった馬車によってはスパイク等の武装が追加されている場合がある。
滅多な事では荷台に乗る事は出来ないが、もし乗る事が出来れば悪路走行と衝撃耐性を持つため乗り心地は良いと言われている。
討伐証明部位は、魔石がくっついている馬車の部品。素材は魔力を帯びた馬車本体。そのまま使用する場合は殆ど無いが、解体して部品を流用する等様々な利用価値がある。
ただ全て持ち帰るとなると馬か、それとも馬車が必要になる。
基本的に希少な魔物であり、通常の魔境には出現しない。ただ魔境と化した廃墟の乗合馬車が、全てゴーストキャリッジに成った例等が知られている。
サムの場合は通常のゴーストキャリッジが習得していない精密駆動と忍び足を習得しており、前者はサムが生前プロの御者であったから、後者はアンデッド化してからコソコソと隠れて移動しているためだ。
そのため通常のゴーストキャリッジよりも巧みな運転で、音を出来るだけ立てないように動く事が出来る。
スキル解説
【霊体】
魂や霊等の本来物理的に存在しない物を半実体化させる事が出来るスキル。実体化した霊体は目で見る事が出来、触れる事が出来る。ただ霊体に対する物理的な攻撃は完全に無効な訳ではないが、三分の二以上無効となる。マジックアイテムや聖別された武器等による攻撃は有効。
半実体化した霊体の使い方は様々で、低位のスケルトン等は骨を繋げる筋や軟骨の代わり程度にしかならない。ただスキルを獲得すると腐り落ちた筋肉の代わりにして力を増強したり、朽ちた毛皮や鱗の代わりにして防御力を強化したりできる。
例を挙げると、骨鳥は霊体を骨翼に半実体化させ揚力を得て飛行し、また一部を射出して飛び道具にしている。また、ゴーストキャリッジにランクアップしたサムは、霊体を馬の形にして文字通り馬力を増している。
また、スケルトンジェネラルが金属鎧を着用できているのは、鎧と骨の間を霊体で満たして間を埋めているからだ。
応用として、霊体を半実体化させないまま操作して他者の肉体に潜り込ませたり、壁を透過させる事が出来る。