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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
プロローグ
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序章 一度目と二度目の終わり

 修学旅行中の県立八坂高校の生徒達が乗る船が、テロリストが仕掛けた爆弾によって沈没した。

 この悲劇的な事故により、テロリストを除いて乗員乗客の内102名が死亡した。




「ああ、冷たくて塩辛い水が無くなったと思ったら、死んだのか、俺も」

 天宮博人は、深い喪失感と共に自分の死を悟った。

 彼がいるのはぼんやりと明るい場所で、自分以外にも沢山の人が集められていた。分りやすく三途の川が流れていて向こう岸に美しい花畑が広がっている訳ではないが、きっとここが死後の世界の入り口的な場所なのだろう。

 他に死んだ者達は、泣き喚いたりお互いを慰め合ったり、この場に友人や恋人がいない事を知って安堵したり、反応は様々だ。

 博人も死にたくなかった、まだ生きたかったと泣き喚きたかったが、そうする元気も無かった。


「はぁ……結局無駄死にか」


 それは、彼から離れた場所に座り込んでいるクラスメイトの少女を見つけてしまったからだ。

 彼女は、成瀬成美。ナルとニックネームで呼ばれる、クラスのムードメーカーだ。博人は、彼女を助けるために死んだのだ。

 船が傾いて転覆しようとしていた時、手摺につかまり損ねた成美が落ちそうになった。博人は、咄嗟に彼女の手を掴んで手摺に掴まらせて……彼女の代わりに斜めになった床を転がり落ちて壁に背中から激突し、海に落ちて溺死したのだ。

 咄嗟の事だった、頭で考えての行動では無かった。今にして思えば、無謀な事をしたと思う。それでも彼女が助かっていれば、まだ自分を慰める事が出来たのだが……。


「いや、死ぬ前に善人に成れたと思おう」


 どうせ自分が死んでも悲しむ者は無い。両親とは幼い頃に死別、血のつながった兄妹も居ない。引き取ってくれた父方の伯父家族とは折り合いが悪く、「高校を卒業したら出て行け」と言われていたし、友達も恋人も無し。特に伯父に関して言うなら、まだ残っているはずの博人の両親の遺産に加え事件の見舞金その他が入るだろうから、引き取ってもらった借りはもう返したと思って良いだろう。今までの仕打ち……実子とのあからさまな差別と、これまでの待遇を考えれば、返し過ぎているぐらいだ。

 将来の夢も、「幸せになる」という漠然としたものしかない。その夢は、このまま天国で叶えればいいだろう。少なくとも、伯父とその家族はいないし。

 だが、現実は非常識であっても甘くは無かった。


「既に一度人生を終えた魂達よ、君達は選ばれた。これから君達には私から特別な力と、新しい運命、新しい幸運が与えられる。それを使って、君達がいた『地球』とは異なる異世界で新たな人生を歩んでほしい」


 多分、神様とかそういう存在だろう。後光を背負った謎の人物が現れるなりそう博人達に宣言した。

 どうやら天国の代わりに待っていたのは輪廻転生らしい。しかも、異世界とは驚いた。


「勿論、君達は私の依頼を断る事が出来る。その場合は、通常通り前世の記憶を失い『地球』の何処かに生まれ変わる事が出来る。

 希望する者は、今名乗り出てほしい」


 博人はその条件で断る奴がいるのかと思ったが、一人断った男がいた。博人はその男から離れていたので、何を言っていたのかは分からないが、「では、通常の輪廻に戻りなさい」と神様が言うと消えたので、断ったのだろう。

 勿論博人は他の大勢と同じで、神の誘いに乗るつもりだった。特別な力とやらを貰って、新しい世界で新しい家族の下に生まれて幸せになる。これ程希望に満ちた展開はそう無いからだ。


「では、名を呼ばれた者は私の前に立ちなさい。円藤硬弥」


「獅方院真理」


「成瀬成美」


「海藤カナタ」


「三波浅黄」


 そして次々に名前が呼ばれ、神様から特別な力や運命、幸運を受け取って、部屋の外に行く。成美の名前も呼ばれた。

 だけれど、博人の名前は集まっていた人達が半分程になってもなかなか呼ばれなかった。


「天宮……? 雨宮寛人」


 一瞬呼ばれたかと思ったが、違ったようだ。博人とよく似た名前の人が神様の前に立った。


「雨宮……?」


 聞き覚えの無い名前だった。同じ学校ならクラスが違っても、ここまで名前が似ていたら知って良さそうなものだが。

 偶然乗り合わせた乗客か、乗員だろうか? 歳は十代後半で……背格好まで似てるな。これで顔まで似ていたらドッペルゲンガーか生き別れの兄弟だろう。

 博人がそう観察していると、雨宮寛人は他の人が受け取った特別な力は一つか二つ、多くても三つなのになんと七つも神様から特別な力を貰っていた。それも、どれもかなり大きかった。更に運命や幸運も二つずつあったのを、神様が一つに纏めて渡していた。

 二物どころか七物も貰うとは、これが神様に愛された人間って奴だろうかと博人が思っている間にも、神様は次々に名前を呼んでいった。そして、残ったのは彼だけになった。

 神様は自分の手に特別な力が残っていないのを確認してから、一仕事終えたと言わんばかりに大きく息を吐いた。


「ん? 君は?」


 そして、やっと博人に気が付いた。


「天宮博人です」


 訝しげな声の神様に、博人は名前を自分から名乗った。しかし、彼の名前は神様を驚かしたらしい。


「アマミヤ・ヒロト? 雨宮、アメミヤでは無く? 姓は天の宮と書いて天宮、名前は博識の人と書いて博人?」


 細かく名前を確認してくる神様に、博人は嫌な予感を覚えつつも「そうです」と答えた。すると神様の呻き声が聞こえた。


「しまった……似た名前だから間違えた。君を雨宮寛人と同一人物だと思って、君に与えるべき特別な力を、全て雨宮寛人に与えてしまった。それに課すべき運命も、身を守る幸運まで彼に渡してしまった」


 まさかのうっかりミスだった。一度博人の名前を呼びかけていたように聞こえたのは、それだったらしい。


「だが雨宮寛人はもうここにはいないから君の分を返してもらう事は出来ないし、君に与えられるはずだった力を再び用意する事も出来ない。幸運も、運命もだ」


「それはつまり、俺だけ何も無しで、ゼロからスタートするしかないと?」


「いや、マイナスからのスタートになる。偶然や運命の悪戯によって助けられる事は無く、幸運にも恵まれる事は出来ないのだから」


 ゼロスタートどころかマイナススタート。これはあんまりではないだろうか?


「じゃあ、やめます。さっきの人みたいに普通の輪廻に戻してください」


 異世界転生しても苦労しか待って無さそうなので、すっぱりと異世界転生を諦めようと思った博人に神様は首を横に振った。


「既に意思確認の時は過ぎている」


「……マジですか」


 だが、既に拒否権は無かった。こんなお役所仕事的な事が許されるのかと博人は抗議しようとしたが、徐々に自分の身体が光に包まれていくのと同時に、意識が遠のき始めた。


「転生の時が来たようだ」


 そんなっ! 俺だけ何も無しなんて、あんまりじゃないですかっ!


「その代わり、君の魂には他の転生者と違い大きな『空枠』がある。その『空枠』に特別な力の代わりに、巨大な魔力が身に着く事だろう。魔術に対する適性が無いため、これから転生する異世界『オリジン』に存在する属性魔法は習得できない。よって、宝の持ち腐れではあるが」


 もしかしてそれは慰めのつもりか!? 魔力があっても魔術が身に着けられないって、本当に宝の持ち腐れじゃないか!


「君には本当にすまないと思っている。力と運命、幸運に恵まれないせいで君はとても苦労するだろうし、恵まれた環境で育つ事も出来ない。魔術が使えないせいで将来も限られる。前世以上の孤独に苛まれ、閉塞感に喘ぎ、苦しむ事になるだろう。だが諦めず、誰かを恨まず、前向きに生きて欲しい」


 無茶言うな!

 そう罵る事も出来ず、天宮博人の二度目の人生が始まった。




 神様……ロドコルテが博人達を送り込んだ異世界の名は『オリジン』。地球とよく似た、しかし科学と魔術が融合した世界だった。

 『オリジン』に生まれ変わった100人の転生者達は、地球との違いに戸惑いつつも新しい両親の下で、様々な幸運に助けられ、与えられた特別な力を活かし、運命によって再会を果たし、認められていった。

 転生については転生者同士だけの秘密にしていたが、何時しか彼らは100の勇者と呼ばれた。

 101人目を除いて。




 ロドコルテは、地球やオリジンといった複数の世界において、魂の輪廻を司る神だった。彼は人々に直接信仰される事は無く、聖職者に神託を授ける事も無く、世界に降臨して奇跡を起こすなどの手段で介入する事も出来ない。

 出来るのは魂の輪廻転生を管理し、極稀に干渉する事だけだ。しかし、ロドコルテはその干渉を殆どした事が無かった。

 輪廻転生のシステムは良くできており、ロドコルテの調整が必要な事態は殆ど起きなかったためだ。

 しかし、最近ある問題が起きつつある。


 彼が輪廻転生を管理する世界の内一つだけが、他の世界と比べて大きく遅れていたのだ。


 他の世界が順調に発展する中、問題の世界だけが長い間足踏みを続けていた。

 魔術、武術、文学、化学、工学、芸術、食文化。様々な分野で発展と失伝を繰り返していた。

 国も同じで戦争を繰り返し、千年以上続いた試しが無い。時たま英雄の出現等で小国同士の戦争に勝った国が大国に成り、いずれ疲弊して国内を纏める事が出来ず小国に分裂してまた争う事を繰り返していた。

 たとえ国々が平和を維持していたとしても、強力な魔物の出現等によって戦争より大きな被害が出てしまう。

 その世界を直接管理し人々を導く神々も存在する。しかし、以前異世界から現れた狂った魔王から世界を守るために、魔王とは別の異世界から召喚し助力を願った勇者達と共に戦って以来、力を殆ど取り戻せていなかった。中には消滅してしまったり、そこまでではないが神としての位を落としてしまった神までいる始末だ。


 この世界を何とか前に進めなければならない。今は停滞で済んでいるが、何かのきっかけで一気に衰退と崩壊に陥りかねない。

 そして管理する世界の減少は輪廻転生する魂の数を減らしてしまうため、ロドコルテにとっても危機であった。



 どうすれば良いかと思案するロドコルテは、他の異世界を管理する神からある噂を聞いた。

 他の世界から魂を前世の記憶とチート能力を持たせて転生させたら、世界が驚くほど発展し、良い方向に進みだしたという噂だった。

 信じがたい噂だった。たった一人が、前世の記憶とチート能力を持っていたとしても、世界にそこまで大きな影響を与えられるとは。

 だが、この前例は試す価値があった。問題の世界では魔王と戦うため、神々が異世界から何人かの勇者を召喚している。その召喚は生きている異世界人を直接召喚するタイプで、チートという程の加護は与えられなかったがそれでも彼らは魔王との戦いに勝利した。

 更に魔王との戦いで殆どの勇者が命を落としたものの、その短い間でもいくつかの成果を残している。


 そしてこの試みを実行に移すとすれば、魔王や邪神等が存在しない今こそが好機だ。神と刺し違えるような超常の存在と戦うような事が無ければ、更にチート能力を与えれば、勇者達は更なる成果と発展を世界に残せるはずだ。

 幸いにして彼の権能を活かせば死者の魂を問題の世界に送り込み、転生させる事は幾らでもできる。前世の記憶を持たせたままというのも、そう難しい事では無い。

 チート能力に関しても、今まで貯める一方だった神の力を使えば用意できる。

 だが、転生させるのが一人だけでは心もとない。念のために、百人ほど送り込もう。

 そしてロドコルテの準備が終わった頃に、タイミング良く百名ほどの日本人が死んだ。彼が聞いた噂では、転生した魂の前世は科学技術と経済が発展した、独特な文化を残す島国出身だったらしい。日本と条件は同じだ。

 神が縁起を担いでどうするとツッコミを入れる者もいなかったので、ロドコルテはフェリーで死んだ魂から悪人を除いた日本人達の魂を転生させる事にした。


 ただし、問題の世界とは別の異世界、『オリジン』に。


 ロドコルテは万全を期すために、魂達に経験と知識を蓄えさせるための練習台として、オリジンを選んだのだ。

 そしてオリジンで第二の人生を終えた者達を、新たな力や運命を与える等の調整を施したうえで問題の世界に再び転生させる。

 ここまで慎重を期すれば、きっと上手く行くだろう。

 しかしこうした事に慣れていないロドコルテは、小さなミスを犯してしまう。そのミスが、後々まで彼の思惑に響く事になるとは、神であっても予見できない事であった。




 その前触れのように、ロドコルテの前に第二の人生を終えた転生者の魂が現れた。

 転生した順によって若干の違いはあるが、それでも天寿を全うしたにしては早すぎる再会だ。だが、その魂が最初に現れるだろう事は、ロドコルテも予想していた。


「やはり天寿を全うできなかったか、天宮博人よ」

 現れたのは、101番目の転生者、力も運命も幸運も無い、天宮博人の魂だった。




 ロドコルテの前に再び現れた天宮博人の魂は痛ましい程に傷つき、そして禍々しい魔力を纏っていた。


「殺すっ、あいつらを殺してやるっ、生まれ変わっても絶対に許さないっ! あんたもだ!」


 博人はロドコルテが神である事も構わず、殴り掛かっていた。




 オリジンにおいて天宮博人は、ある軍事国家に生まれた。

 恵まれた人生は歩めないと言うロドコルテの言葉通り、彼は産まれた時から不遇だった。

 母親は娼婦で、実の父親は彼が生まれる前に母親を捨てた。そして母親は新しい男を見つけ、その男がまだ赤ん坊の博人を、酒代のために売る事に反対しなかった。

 博人を買ったのは、政府の非合法な研究を行う研究所だった。そこでの検査で、博人がオリジンで使われる魔術にどんな凡人よりも適性が低い事が明らかになった。

 オリジンでは土水火風に加えて光、生命、空間の力を使う七属性魔術が使われている。その七属性の内、最低一つは相性が良い属性があるのが常識だ。

 しかし、博人には相性が良い属性どころか、適性がある属性が一つも無かった。つまり常識を超えた凡人以下の劣人という事になる。


 だが研究所の人間達は、博人が常人を遥かに凌駕する強大な魔力の持ち主である事に気が付いた。

 属性に適性が無いのに魔力が高い。これは研究者たちにとって大きな矛盾だった。そしてその中の一人がふと思いついてしまった。


「この被験体は相性の良い属性が無いのではなく、この被験体に相性の良い未知の属性をまだ我々が発見していないのではないか?」


 そこから彼らの研究が始まり、博人が前世の記憶を取り戻したのもこの頃だった。

 数年に及ぶ人体実験の結果、彼らは死という八番目の属性を発見した。研究者たちは博人に発見した死属性の魔術を習得させ、脳を含めた人体改造を施し、研究と実験を繰り返した。




「死ねぇぇぇぇっ!」


 だが、博人の置かれた環境は悲惨の一言に尽きた。

 前世の記憶を取り戻した時には体内に爆薬を仕込まれ、命を握られていた。そして周囲にいるのは、博人を人間では無く実験動物としか見ない研究者たち。

 言葉や文字の読み書きといった、博人から見れば今更習う必要のない基本的な教育は受けられたが、自由は全くなかった。

 それどころか反抗的な態度を取れば、電気ショックを受けて床に倒れて痙攣するしかない。

 栄養はあるが囚人よりも質素な食事と、研究者たちの言う通りにする事を要求される実験だけの日々。


 博人が死属性の魔術に目覚めてからも、彼は研究所から出る事は出来なかった。

 博人は死属性の魔術を身に着け、死に物狂いで力を手に入れた。それを可能としたのは博人の努力と、他の属性に適性が無い者しか身に着けられないという、死属性の特性だった。

 幾つもの魔術を開発し、博人は研究所と研究者達、そして彼らを擁する国に貢献してきた。しかし、彼らは最後まで博人の働きに報いようとはしなかった。

 彼らは博人の有用性を認めると同時に、彼の反抗を恐れていたからだ。それは博人が役に立てば立つ程、大きくなって行った。


 体内の爆薬は心臓だけではなく脳にも埋め込まれ、胴体には逃亡防止のGPSが、右の眼球は特殊なカメラが埋め込まれた義眼と入れ替えられ、耳と口の中にはどんな小さな呟きも聞き逃さないように特殊な盗聴器が仕込まれた。

 必要以上に体力を付けないように、食事はより制限された。部屋は狭く、実験以外では出る事を許されなかった。

 死属性の魔術をより使えるようにするため、魔力をより高めるため、様々な名目で体に改造を施した。

 仲間を作って脱走や反抗を企てないように、彼の周囲に特定の人間が長く居ないように見張りや直接指示を告げるオペレーターも、交代させていた。

 そして最終的には脳に非人道的な処置を行い、身体と魔力のコントロールを切り離して自分達の人形にしてしまった。


 その時博人は十歳にも満たなかった。その頃から彼は自分の意思では指一本動かせない地獄を、十年以上過ごす事に成った。

 そんな状態が約十年続き、それでも博人の精神が崩壊せずにいられたのは彼の死属性に魅かれて集まって来た死者の魂達の慰めと、【彼女】達ならこの地獄から助け出してくれるという希望があったからだ。


 しかし、博人は死んでしまった。


 前任者を上回る成果を出そうとした新任の研究者の無謀な実験に、耐える事が出来なかったのだ。

 だが、皮肉な事に博人は死によって自由を取り戻した。彼が持つ魔力の主導権が肉体の死によって、博人の魂に戻ったのだ。

 博人は憎しみに突き動かされるままに自らの肉体をアンデッド化し、暴れまわった。

 自分の人生を弄んだ連中を引き裂き、命乞いをする研究者を雑巾のように搾り、軍関係者を嬲り殺してやった。

 そして研究所の関係者全員を殺して復讐を遂げんと荒ぶる博人の前に現れたのが、懐かしい面々だった。




『おお……っ!』


 現れた数十人の姿に、博人は喜びの声を上げた。彼らの顔に、見覚えがあったからだ。

 顔立ちは若干変わっていたが、彼らの多くが前世でのクラスメイトや同学年の学生、そして引率の教師等である事は博人には分かった。

 その中には、あの成瀬成美も居た。

 博人と同じくオリジンに転生した仲間達。彼女達こそが、博人の希望だった。

 きっといつか自分を仲間達が見つけてくれる、きっといつか助けに来てくれるはずだ。博人はこの二十年ずっとそう信じていたのだ。


 ずいぶん遅かったが、文句は言うまい。再会を喜び、これから第二の人生をやり直そう、きっとできるはずだ、こんなにも大勢の仲間が助けに来てくれたのだから。

 博人は喜びと希望に打ち震えながら、彼女達に向かって一歩踏み出した。


「総員、攻撃開始!」


 だが、その博人に向かって仲間達のリーダーらしい青年の号令と、同時に放たれた攻撃魔術が叩きつけられた。


『待てっ!? 何で俺を攻撃するっ!? 俺は仲間だっ、俺は仲間なんだぞ!?』


 博人の叫びは降り注ぐ業火に、風の刃に、突き刺さる冷気に、打ち据える雷にかき消された。仲間達に無警戒に近づいた博人は、彼らの攻撃魔術の前になすすべも無く傷つき、倒れた。


「随分とあっけないな。凶悪なアンデッドが発生したと聞いていたのに」


「なあに、俺達百の勇者の内三十人も揃ってんだ、苦戦するはずないさ」


 倒れた博人の頭上で、聞き覚えのある声が言葉を交わす。

 百人? 百人だって? 違うっ! 百一人だっ、俺も入れて百一人だ!

 そう声を出したかったが、もう喉を切り裂かれていたため呻き声を発する事も出来ない。

 右腕は黒く焼け焦げて炭化している、左腕も何処かに行った。足は何時の間にか捥げていて、左脚は視界の隅で肉片になっている。

 頭も胴体も、酷い有様だ。


「苦戦しなかったのは、このアンデッドが気を緩めたからよ。死属性の魔術……恐ろしい魔術だわ」


 唯一動かせる眼球で声のした方を見ると、そこに成瀬成美が立っていた。前世の姿よりも成長して少女から大人の女性に成って。


「ああ、彼もこの研究所の犠牲者だ」


 その隣に、号令を下したリーダー格の青年が立っていた。二人の距離感から、博人には青年と成美の関係が親密な物であると、直感的に分ってしまった。


「きっと、俺達に殺して欲しかったんだろう」


「そうね、寛人」


 ヒロト……? 寛人? 雨宮寛人!? 奴が、雨宮寛人!?


「せめて、これ以上苦しまないよう消滅させましょう」


「それが彼に出来る、唯一の事だ。成美、僕に合わせて」


 ふざけるなっ! 何でお前がそこにいるっ!? 俺の分まで力と運命と幸運を持って行ったくせにっ! なんでそんな英雄面で俺に止めを刺そうとしている!?

 なんでお前なんだっ、何でよりによってお前なんだ!

 俺の第二の人生が悲惨だったのは、全てお前のせいなのに! 百の勇者だと? 俺だけをのけ者にして、俺を殺すのか!?

 声なき声で罵声を上げても、寛人と成美の手から放たれた眩い光に抵抗する事も出来ず、博人は塵に成って消えてしまった。




「それもこれも全てお前のせいだっ! 何が神だっ、何が第二の人生だっ、お前は俺を前世以上の地獄に突き落としただけじゃないかっ!」


 黒い霧のような物を纏わりつかせた博人の拳は、ロドコルテにかすりもしなかった。それが人と神の差というものだ。


「君には、本当に悪い事をしたと思っている」


 以前と同じ事を言いながら、ロドコルテは荒れ狂う博人の魂に、彼の抱えた事情を伝えた。神の力で伝達された情報は、一瞬で博人の頭の中に浸透する。


「……つまり、三度目があると?」


「そうだ。これはオリジンに君達が転生する時、既に仕込んである。今度は拒否する機会は無いし、私が中止させる事も出来ない」


 何とも理不尽な話である。しかし、博人にとってその話は渡りに船だった。


「そうか……だったら次の世界で奴らを殺してやるっ! 俺を殺した奴らを、一人残らず殺すっ! 

 俺が最初に死んだんだろう!? だったら俺が最初に二回目の転生をする訳だっ、だったら俺が一番有利だっ、今度はこっちが奴らを殺してやるっ!」


 先に大人になって、力を付け、後から転生してくる雨宮寛人達を子供の内に見つけて殺してやる! それなら特別な力を何も持たない自分でも可能なはずだ。


「さぁ、早く調整って奴を施してくださいよ、神様っ。今度こそは幸運も運命もあるよなっ? だって俺が最初に死んだんだ、誰かと間違えたなんて事はもう無いだろう!?」


「……君に与える力は無い」


 しかし、ロドコルテは博人の魂を軽く押すように、ぽんっと掌で押し出した。


「えっ?」


 それだけで博人は徐々に加速しながら、何処かに向かって落ちて行く。


「この場で出来る調整は、新たに何かを加える事のみ。だが、君に力を与える事は出来ない」


「なんで!? また俺だけ何も無しなんて、そんなの有りなのか!?」


「君に、他の転生者を殺される訳にはいかないからだ」


 ロドコルテは徐々に小さくなって行く博人に声をかけながら、すまないと詫びた。


「君が他の転生者を殺しては、世界の発展が妨げられてしまう。君のオリジンでの死は、不幸の積み重ねだった。雨宮寛人達が君の存在に最後まで気がつかなかったのも、それと同様だ。しかし、それを言っても君は納得しないだろう」


 博人が船で死んだ後オリジンに転生する前に居たのは、魂達が集まっていた場所の端だった。そのため、博人の事を誰も見ていなかった。

 更に魂達の中で一人だけ転生を拒否した人物がいた。

 とどめに、博人が転生したのは最後だった。

 そのため、雨宮寛人達は博人がいなくても「偶然生き残っていて、自分達と一緒に死ななかった」、若しくは「あの人と同じように転生を拒否した」のだと思われてしまった。

 更に、再会した時博人の姿は度重なる人体実験のせいで顔がすっかり変わっており、成美も気が付く事が出来なかった。


「全ては私の不手際が招いた不幸だ。諦めず、誰かを恨まず、前向きに生きて欲しいと君に願ったが、それが不可能な人生を歩ませてしまった。

 君はオリジンで、死属性の発見と新たな魔術の発展によって、オリジンの発展に寄与した。その君に何の報酬も渡せず、三度目の不幸な人生を歩むと知っていながら転生させる事を許して欲しい」


 許せるはずが無いという意思が、遠のきつつある博人の魂から発せられるのを感じられる。


「なので、私が出来るのは君が罪を犯す前に愚かな復讐を諦め、自害するよう促す事だけだ」


 すると、ロドコルテの手の上にヘドロのような物が出現する。そしてそれは、次の瞬間博人に命中していた。


「!!!!???」


 激痛に絶叫する博人に、ロドコルテは告げた。


「それは呪いだ。決して解けない。この呪いによって、君は新しい世界でも力を得る事は出来ないだろう。だが、四度目の生では辛い記憶を全て洗い流し、通常の輪廻に戻す事を約束しよう」


 ロドコルテの嬉しくない約束に反論する時間も無く、博人の意識は途切れた。

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― 新着の感想 ―
転生して初めて愛を知る主人公スレから来ました。 別の作品ですが、折れかけた主人公の心を何度も救い、要所で助け続けた神様を見てきたのでここの神様は格別に感じますな。 とりあえず神を名乗る時に頭に″邪…
100%さん 大きく遅れてるのは違う世界ですよ 電気ショック使えてるのはチュートリアル的に送られてる発展してる方の世界 所詮なろうとか言う前にしっかり読みな
[一言] 異世界に行ったけど、すぐ戻ってきた。
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