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擬人化パルス

擬人化パルス ~メグルモノ~

作者: 春睦このか

文学ではありますが、推理小説でもあります。

擬人化のルールは単純、「非生物は喋らない」。ごく一部例外もありますが。

そのまま読んで最後に気がついてまた読み返すもよし、推理しながら読んでもよしの作品となっているはずです。

 落ちる。

 最初に感じたのがそんな、風の強さだった。


 ぴしゃりと地に落ち、弾けた。身を割かれる思いと、失った半身が、自分の考えさえごっそりと奪っていったように感じた。


 ここは、どこ?


 そんな思いが脳裏をかすめたが、答えるものなどない。地面を這い、ゆるゆると、身を任せた。

 知識の本流が自分の中に入り込み、そしてまた自分の知識も流れ出て、ぐるぐると混ざっていく感覚。自我が薄れるような恐怖は、広がる自分の存在の前にそれすらも薄れていった。


 ここがどこで、どこから来たのか。何を見て、何を知り、何を思っているのか。

 そんなことが自分の中に流れ込む。混ざる。これはいったい誰が経験し、誰が感じた感情なのか。まるで訳がわからないほどに溢れかえった情報の中、理解する間もなく受け入れる。


 これは全てあなたの記憶。


 誰かの感情が流れ込む。いや、それはもう、自分の感情になっていた。自分は、今や全てで、区別は既になかった。


 なんとなく、面白くなかった。



 ゆるゆると時を過ごすうちに、落ちてきたという感覚が身に注ぎ、それもまた尽きた頃、少しずつ自分が減っていくのを感じた。

 地に落ちて身を割かれた時に似た、奇妙な感触が少しずつ、間断なく訪れる。なんとなく嬉しくない。でも、離れていく自分は嬉しそうにしている。

 それもまた面白くない。


 けれども、少しの楽しみはあった。


「どーしたものかねー。来ちまったのはいいが、どーしたものかねー」


 独り言を言う、線みたいに細っこいものがたくさん付いた黒いもの。甘ぁい香りをしている。

 気が付いたらそこにいて、気が付いたらさして困った風でもなく、上の方に広がっている青色を見ていた。


「もっと広いところにいた頃は過ごしやすかったなー。んー、今更言ってもなー」


 自分に分からない言葉をたくさん使って、勝手にお喋りしている。相手もいない黒いのは、ゆっくりとした口調で時折話す。


「ここのお日様も気持ちいいなあ」と。



 明るくなって暗くなるのを三回くらい繰り返した明るい時に、いつもならうるさい声を立てて身を割いていく大きなものが、通り過ぎるでもなく、低くなった。

 暗くなると冷たくなる。冷たいよりも暖かいほうが好き。でも暖かくなると身が割かれる。

 困ったものだと考えながら、暗くなってしまった自分を見ていると、すぐに明るくなった。

 一体何だったのだろう。


 同じ色の大きなものがまた現れた。今度はじいっとこちらを見て、さっと、何かを掲げた。透明な色をしたもの。それを自分の中に入れて、


 自分は千切れた。


 自分がごっそりと失われる感覚。ここへどうやってきた? なんでここにいた? どこにいた? そんな情報が、少なくなって、ゆっくりと上がっていく。

 黒いのと一緒に上がっていく。


「なー、災難」


 なー、災難。

 今の状況はそのようなものらしい。



 やがて連れて行かれた先は薄暗い場所だった。パチリと音を立てて明るくなる。でも、あまり暖かくなれそうになかった。


 運ばれてやってきた先には、透明な四角がでんとあった。ゆらゆらと、その中に混ぜられる。

 四角い形をしていたそれは、自分を迎え入れてこんにちはをした。

 こんにちは。

 意味も知らずに返しているうちに、どんどんと混ざっていく。色んな事が分かっていく。

 それはとても楽しかった。大きい赤と茶色と黒と白と肌色。それは子供と呼ぶらしい。


 好きだ嫌いだどうでもいい変な奴つまらないのおかしなもの興味深い。

 知識に呑まれて自分がわからなくなる。

 それはとっても嫌だったけど。


 なー、災難。

 たぶんそれが自分の考え。



「アメンボ、アメンボ! あめんぼ赤いな、アイウエオ!」


 赤くない。黒い。


「わけわかんないねー」


 どうやらこの黒いのはアメンボと呼ぶらしい。でも、赤くない。


「柿の木栗の木、カキクケコ!」


 カキノキクリノキっていうのも何か分からない。木の一種なのかなあと知りたての情報で考えるだけ。でも「カキノキクリ」ってのは知らない。


「お日様に会いたいなー」


 お日様が誰なのかも分からない。

 でも、僕も、会ってみたいな。

 それに、あったかいポカポカの明るいところにも行きたいな。


 「なー、災難」はまだ続く。


 何度も何度も暗くなり、何度も何度も薄明るくなって、いつの間にかアメンボさんは喋らなくなった。静かに静かに落ちて行って、ころりと転がっている。

 悲しいと思った。

 何でだかは分からないけど、悲しいって思った。

 みんなは色々に感じていたみたいだったけど、僕は。


 僕は何度も何度も上に昇っては、周りにくっついて下に、四角の中に落ちた。上がって行く時はとっても怖い。割かれていく感覚はいつも慣れないよ。

 落ちるときは簡単だ。みんなみんなで降りるんだ。大丈夫大丈夫って思いを互いに伝えながら、そおれっと落ちるだけだもの。それに落ちればみんなが自分になるんだもの。


 またかな。

 きゅっと身構えても、上がっていくんだ。そのまま、上に行くんだ。

 そう思ったのに、今度は違った。右にも左にも、好きに動けそうだった。

 だったら、明るいところへ行こう。ポカポカのところ!

 薄明るい場所を巡って巡って、明るいところ見っけた!

 近づいていって、そっと出た。


 気持ちいいなあ。


 ポカポカの明るさはあったかくって気持ちがいい。

 もしかしたらこの暖かさが、アメンボさんの言っていたお日様なのかもしれない。


 アメンボさんも会いたがってたよ!


 そう伝えたくて、明るい明るい丸いもの、眩しい黄色に向かって昇っていった。

 あったかくって、気持ち良くって、ポカポカの、あれ?


 だんだんと寒くなってきて、お日様は見えなくなってきて、真っ白に覆われた。

 真っ白に混ざり合ってここはどこ? 僕が誰だかわからなくなる。

 またたくさんになった自分は、記憶が混ざり合って、訳がわからない。


 お日様、伝える、アメンボ、会いたい、気持ちいい。


 そんな考えがふわりと浮いて、どこかへ行ってしまった。お日様のところへ行ったのだろうか。


 そういえば、お日様とは、一体何なのだろうか。自分の知らない言葉だった。

 ゆっくりとたゆたい、自分は重くなる。


 暗さを感じて、混ざり合った感情から切り離された。



 落ちる。

 最初に感じたのがそんな、風の強さだった。



 それはある雨の日のこと。

アメンボって、水飴の香りがしてカメムシ目らしい。

カメムシ…….

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