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週末のモニカ  作者: 青井けい
第1章 桜機モニカ
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7.  ラブリッチ②

 怪獣。使用者の萌え度に合わせて、現実世界に具現化されたモンスター。

 萌えの結晶。より高度な萌えキャラに近いほど、モンスターは強さを増し、個性を持つ。


 恵の場合は、それは巨大なオットセイとか、トドに似ていた。

 似ているだけで全くの別物だ。頭には牡牛のような二本角を持ち、背には太く、稲妻のように突き立つ棘がある。背中の棘は色味が薄く、内部では光の屈折が見られた。


「これが……あ、あたしの……」

 悶絶寸前の恵。太腿がぷるぷると震えている。

「あんたの萌えの集大成ともいべき怪獣。つまり」


 名前はなんだったか。

(確か、ミ、ミギ、いやレギ……?) 

 幾ばくかの逡巡を経て、モニカは言った。「ミギ夫です」


「ミギオンだよ」

「じゃあそれです。で、いつまでも無言でいて貰うのもなんですから、鳴き声も決めちゃいます? 細かい動作もつけられますよ」


 尊崇の眼差しを受けて気分が良かったからこそ、湧き出した親切心だった。拍手喝采を受けた役者ばりに、それは心の裏部屋から這い出した。



 ……一時間半後。午後六時二十分ごろ。

 コミュ症の如く沈黙を守っていたミギ夫は、なんということだ。


「ギュリィーン!」

 

 などと金属音を発し、前鰭であっかんべえを繰り返すわけのわからんやつになってしまった。

 異常行動を続けるミギ夫を見ていると、嫌でも罪の意識が感じられる。

 しかし、当の怪獣マニアはというと、


「う、うおー……! あ、あたし、信じられない……桜機さぁん!」


 感動の余り泣いていた。

 膝立ちでミギ夫の首元に抱きつき、上機嫌にお尻を振っている。ミギ夫が一回り小さくなっているのは、彼女の萌え度が低下したためだろう。


 鏡に映った自分の可愛さに襲われることがないのと同じく、ラブリッチモンスターが主人を襲うことはない。まず、ない。


「人生最高の贈り物だよう! うわーん、ありがとう、ありがとう!」

 待て待て。

「あげるとは言ってないでしょが」

「ひょええぇ!?」一言でショックを受けたらしい。「なんで!? ななんで……? あ、いや当たり前だね……。じゃしょうがない。買わせてね?」

「だから違うでしょうに!」

「何っ!? なんなの! あのね知らないと思うけどあたしの家って割かしお金持ちだからっ、いくらでも出せるんだよ!? 欲しいでしょ札束! あなただって、諭吉の真顔を!」

 どんどん縮んでいくミギ夫。

「天使部の体験入部って言ってんでしょ。ラブリッチはモンスターの見せっこをするだけじゃないんです」

「むー。だったら何するの」

「潰し合うんですよ。ラブリッチは。バトルなんですからね」


 モニカは胸を張って言い切った。

 空を仰げば、太陽は西に沈みかけていて、後十分と持ちそうにない。

 テラスに立つ電灯は仄明るい光を滲ませ、静々と夜気にくるまれている。


「ライブドライバー、オン。バトルモード」


 口の中でそっと呟くと、反応したネクタイピン型ライブドライバーが光を帯びた。起動。


「あんたには、ミギ夫でわたしの怪獣と戦ってもらいます」

「ミギオンで?」

「いいですか。くどいようですが、モンスターは使用者の萌え度でなり立っています。その強さの根底にあるのは、萌えの力なのです」

「う、んー」

「ラブリッチでは、これを物理的に競わせる。お互いの魅力で雌雄を決しようという試みです。暴力に頼った闘争でありながら、物を言わせるのは使用者の萌え度だけ……」

「うー、うんん?」


 最強とうたわれた大怪獣が、過去に敗北感を覚えたもの。

 姉妹の夢。


「ラブリッチで。自分の萌えで相手の萌えを打倒するということは、すなわち、自分が相手よりも高度な萌えキャラであることを証明します」

「……!!」

「では、ラブリッチで頂点に立った時はどうです? その時には、わたしは世界一の萌えキャラになっているんです!」


 疑問を持たれまいと、勢いのままに言い切った。


「天使部の活動は単純明快。ラブリッチでひたすら勝ち続けることです。そして、ついでにラブリッチを普及させることも。というわけで、あんたも天使部に入ってください!」

「ええー嫌だぁ」

「返事は後で! 出てきなさい、わたしの相棒、エルマーズ!」


 呼応したライブリンクがドーム部分を開口し、卵(玉)を露出させる。

 七色に輝き、割れる。

 飛び散った卵の欠片が再集合し、作り出されたモンスターは……。


「ぎゃーっス!」


 とりわけ小さかった。

 四肢の生えかけたオタマジャクシに似たモンスター。

 エルマーズ。桜機モニカの萌え度を具現化した存在。


 名前の由来はレプリカの――複製された――モルドロスから、レプリカを表すアルファベットのL〈エル〉と、モルドロスの頭文字であるM〈エム〉をくっつけた。

 次に、なんとなくMを「マー」と呼ばせ、さらになんとなく複数系のSを尻につけて完成。つまるところ、〈L・エル〉の〈M・マー〉の〈S・ズ〉というわけ。


 おや、と思えたら賢い。

 モニカは「レプリカ」なる単語はLから始まるものと思っていたのだが、実際は【replica】であって、Rから始まっている。

 名前の由来は崩壊した。


 が、ちっとも気にしていなかった。由来がなんであれ、エルマーズは既に、エルマーズ以外の何者でもないからだ。 

 彼はまん丸な身体をあちこちに向けて、大きくあくびをした。

 ギザギザの口がかぱっと開き、長い舌がひょろひょろと揺れる。


 さっきはオタマジャクシと言ったが、どちらかといえばツチノコと呼んだ方が的確かもしれない。

 エルマーズは丸顔だ。バスケットボール大のまん丸顔から二本足と扇状の手が伸びて、それが元気いっぱいに動き回る。

 尾の縞模様が、ことさら愛くるしい。

 頭頂に映えた一本角も柔らかな印象で、丸みを帯び、相手が豆腐でもない限りは刺さらない。


「わー、可愛いー!」と、恵。


 賛辞に対するエルマーズの反応速度は並ではない。

 つぶらな瞳で瞬き。ゆらりと尻尾を揺らすと、とてとて走って恵の足にしがみついた。

 ヘコヘコと腰を……。


「……」


 その時。

 モニカは場に漂っている何かしらの流れが変わったのを、あるいは五感で知覚できない気の発散と、分子に起因しない化学反応じみた空気の変化を――冷たい?――はたと感じた。


 エルマーズを見下ろす恵の目が、愛玩動物を見るものから、生ごみを見つめるそれに変わっていた。


「こら! 帰ってきてください! 後でこんにゃく(みたいなスポンジ)あげますから!」

「ぎゃーっス」満足げに帰ってくるエルマーズ。

「……」

「色々ありましたが、勝負です。わたしのエルマーズと、あんたのミギ夫を戦わせて、どちらが優れた萌えキャラかを決めるのです!」

「なんだかやる気がなくなってきたなぁ」

「そう言わずに」


(まあ。やる気を出して勝てるわけでもないけど)


 エルマーズが拳を握り込み、左、右。素早く前に出す。

 ボクシングのジャブと、ストレート。

 モンスターの強さは使用者の萌え度に左右されるが、彼らだって無能ではない。萌え度と獣は鍛錬できる。

 磨き上げた技があればこそ、初めて勝負に勝てるというもの。


「さあ勝負です。行けぇ、エルマーズ!」


 エルマーズが地面に尾を打ち、突進する。

 それよりも早く。ミギ夫の背中にそびえる水晶棘が輝き、頭部の二本角に電流を伝わせた。

 幾筋もの紫色の流れが角に集中し――電撃、放射。

 あっ、と思う間もなかった。

 一直線に空間を走った電撃がエルマーズを捉える。

 彼は弾かれ、後方にあったハート型のトピアリーに突っ込んで行った。慌てて手足をばたつかせ、両側に控えるウサギのオブジェを掴むも、駄目。

 植木鉢は傾いていく。


 ガシャン!

 すってんころりんと転がり、エルマーズはつる草のハートの中で伸びた。


「……」


 何も考えない。

 モニカはエルマーズに駆け寄り、反り返った腹を指でなぞる。

 その指を持ち上げ、ぺろり、と舐めた。


「この味は……プラズマ粒子砲」

 実際は焦げ臭い蛇味だった。珍味にもならない味。

「これってー」恵は少しだけ嬉しそうに口角を上げ、「あたしの勝ち?」


(――ざけんなよモブ! 調子に乗りやがって!!)


 初戦でモブキャラに、負けるわけ、ま、負けた、となると、自分の萌え度はモブ以下? 無意味に付きまとってくるいらないヒロイン扱い?

 

(わたしは萌えキャラじゃなかったの?)


「桜機さん? 顔色悪いけど……大丈夫?」


 暗に「お前は気色悪いやつだよ」と言いたいのだ。

 そうなんだな、恵。

 いや。自暴自棄になるのはまだ早い、冷静に、じっくり考えてみよう。


 抜き差しならない原因があるはずだ。

 鴨内恵に負けた理由が、きっとある。


「な、なんかごめんね……。ねえ、あんまり落ち込まな」

「ビギナーズラックってこえー」

「えっ」

「ビギナーズラックって、超ヤバイです。初心者に華を持たせてあげようと思ったのもありますけどー、でも、ビギナーズラックって。初心者の幸運ってのは際限がないなぁ!」

「……あ、あははー。そうかもー」

「っていうか、最後のミギ夫の前鰭で拍手する動作。あれ、露骨すぎません? 試合後に死体蹴りされたみたいな。みょーっな胸糞悪さが残るんですけど。はあー?」


 モニカはミギ夫を真似て、緩慢な動作で手を叩く。

 ぱちぱち、ぱちぱち。


「ほんとだ胸糞悪っ!」


 わかって貰えてしまった。

 言い訳をしているうちに日が落ちた。しめやかな薄闇に兎津町とつちょうは没する。

 エルマーズは電撃を食らって失神しているし、これ以上することはない。


「今日はここまで。ライブドライバーとライブリンクの電源を切って、ミギ夫を元に戻してくださいね。はい、それです。はいお上手。……では、体験入部はお終いです、お疲れ様でしたー」

「お疲れ様ー!」

「ふう、家まで送って行きますよ。女の子が一人で夜道歩くなんて、危なっかしいですし」

「それは桜機さんだって同じでしょが」

「わたしを襲う輩が? あははぁ、そんなやつがいれば褒め称えた上で、きっちり踏みつぶしてやりますよ」

「ふうん」

「ところで」びし、と指をさす。「ライブドライバーを鞄にしまい込んでどうするつもりです? あげませんからねっ、ちゃんと返して下さい!」


 言うと、ぺろりと舌を出す恵だった。

 今日で一番残念な、うさんくさい泥棒の顔。

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