6. ラブリッチ①
気付けば、眉間にしわが寄っていた。
二棟の校舎に囲まれた中庭、その片隅のベンチに腰掛け、モニカは足元に視線を落としていた。
ガーデン風のテラスである。
フランス式庭園が意識されていて、それはもう見事な具合に、大失敗していた。ベンチを基点に、とりあえず左右対称に植え込みと花壇を置いてみました、というだけ。
テラス奥の段差には、うさぎの形に刈り込まれた人工樹木に挟まれて、中央に植木鉢。針金につる草をからませたハート型のトピアリーが飾られている。枝葉で作った可愛らしいオブジェだ。
「ねえ、まだなの?」
待ちくたびれた様子の恵。
「んー」モニカは恵の髪留めを眺める。髪留め中軸に沿った点灯色は、赤。「まだみたいです」
「遅いよー……」
既にして期待外れらしい。
丸まった背中から惰気がほとばしっている。啖呵を切ってから四十分が経過していた。呆れられるのも当然か。
現在はたとえるなら、オンラインゲームにおける初期設定の段階だった。
操作キャラクターのステータスを、『ラブリッチ』では使用者の萌え度に合わせて自動的に振り分ける。
多少時間がかかろうが、ゲームの根幹部分をおざなりにはできない。
恵はふくれっ面で足をぶらぶらさせている。
サイドポニーを留めているのは、モニカが貸した『ラブリッチ』用の機器で、名をライブドライバー。
美少女が醸すある種のオーラを検知し、萌え度の測定と、他のライブドライバー、またはラブリッチ専用のネットワークサーバーや、具象固定器との通信機能がある。
「終わりそうにないし部室行こうよー」
「ど、どうかそう言わずに」
と、髪留め型ライブドライバーの点灯が緑色に変わった。
「ちょうど設定が終わったみたいです! あんた、ライブリンクは?」
恵はさも胡乱気に、手首にはまった機器を眺めた。
極太の腕時計に見えても、時計盤のあるべき位置にはドーム状の半球があるだけ。ライブドライバーの姉妹機で、こちらはライブリンク。
モンスターを実体化させる具象固定器だった。
「うん。多分、ついてるよ」
「じゃあ聞こえやすい声で『ライブドライバー、オン』と言った後に、あんたの好きな怪獣の名前を叫んでください」
「なんで……」
「声紋認識なんですよ。恥ずかしがらずに、さあ。どうぞ!」
彼女は大きな瞳で辺りを窺うばかり。
いかなる時も行動は監視されていて、仮に恥ずかしいことをしでかせば、たちまち責め立てられるとでも思っているように。
「怪獣マニアで良かったって思えますよ」
促すと、彼女はようやく覚悟を決めた。
身を縮めてもじもじしながら、「ライブドライバー、オン」
「――ミギオン!」
そこだけ高らかに、叫ぶ。
声は瑞々しさをたたえ、空の彼方へ吸い込まれていった。
サイドポニーの付け根で、髪留め型ライブドライバーが声を新規登録、認識。
カシャン。
手首のライブリンクのドームが開き、卵型の物体が露出する。
『玉』と安易な呼び名がつけられたそれが緑色のリングを灯し、次いで七色に輝き出した。
ぱきっと亀裂が走り、割れる。
「きゃ!」
腰を引かせた恵の前で、飛び散った卵の欠片は一点で再集合。目に沁みるほどの輝きを発して、一緒くたに溶け合った。
虹色の塊が肥大化する。
とっさに上げた腕をちょっとずらせば、恵の目の前には、
怪獣がいる。