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週末のモニカ  作者: 青井けい
第1章 桜機モニカ
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5.  アイドルオタク の 反撃 !

「わたしが創設するのは、アイラブ天使部です」


 真顔で言われれば、恵はこう思うしかない。


(ダサい!)


 顔が歪んだだけで済んだのは幸運だ。「アイラブはアイドル、ラブにかけていて……」とダジャレの説明をしている前で悪いが、彼女の部活は名前からして、ひど過ぎる。


 鴨内恵が思うに。

 それは究極的に意味不明で。その言葉で脳髄が麻痺してしまうくらい、恐ろしくダサい。


 たとえるなら、包丁怪獣ギルンがまな板に刺さっているくらいに残念な感じ。

 メジャーどころでたとえるなら、怪獣三つ首サンドラに腕が生えているくらいに残念。


 不愉快ではなかった。恵も同じ穴のムジナなのだから。

 家族や友達から〝残念な女〟の評価を頂戴するはざらで、小柄な身体にきてれつな精神を宿した転校生には、むしろ親近感すら湧いてくる。


「天使部って何する部活? 天竺とか目指しちゃう感じ?」

「それを言うならエデンの園ですよ」

「悪いけど、あたしは西遊記派だよ」

「色々と違ってますけどね、うん。この際全部ひっくるめて言います――違います。天使部で目指すのはもっと具体的で、ずばり、萌えによる全国の武力制覇です」

「益々きてれつになったね」


 彼女はのっけから全開だ。眩暈がする。

 聞き手の恵も、ふんどしを締め直さなくてはいけない。

 言うまでもなく、下着はふんどしではないのだが。


「実は、わたしは十年前の夜に天使を見ました」


 しみじみと語り出すモニカ。

 長丁場になりそうな予感がした。


「かの天使はステージ上で軽やかに踊り、歌い、観客たちを沸かせていました。たったそれだけ。振り付けに連動してミサイルが飛ぶこともなく、歌だって、聞き手が爆散する音律兵器じゃありませんでした。

 目に見えて、耳に聞こえる以上のことはしていない。当たり前の行動をする存在が、怪獣のわたしやお姉ちゃんの心に、見聞きする以上の新風を吹き込んだ」


 種族も性別も越え、それでも新たに芽吹くもの、という。


「わたしが抱いたのは羨望の念であり、同時に大いなる敗北感でした。怪獣と性別あやふやなロボットが、己のうちに捉えた決定的な敗北の瞬間。


 奇妙な感覚でしたよ。何より、とても清々しかった……。暴力では負け知らずのわたしたちが、その時点では何を尽くしても『天使』に、アイドルの黒澄燦冷くろずみさんれいに勝てるとは思えなかった。単純な暴力では覆せない。


 当時のわたしたちにとっては〝知らないこと〟です。あんたが言った通り、魅力的に思えましたよ。そう、もうおわかりですね? それこそが――萌えです」


「桜機さん……」

(正直きついよ。主に耳がきっつい)


 いいや、と恵。

 まだいける。怪研を正式な部活にするために、どうにかして五人目の部員を入れなければならない。


「なるほどねー。どうぞどうぞ、続けちゃって!」

「では、お構いなく。わたしが思うに、萌えとは、性的なエロスに限りません。八割ほどが二次元世界、すなわち紙媒体やパソコンのディスプレイの向こう側で展開されることから、実際には存在しない、ないし極めて存在し難い存在――あえて異性とは言いません――の具現体であり、だからこそ、いかようにも姿を変じることが可能なのです。


 例を上げれば、生物として不適切なレベルで眼球が大きい、などの過剰表現を筆頭に、アニメ絵などではキャラクターに最適な『萌え』を探求し、変異・進化させています。


 これはある意味で、現実の生き物と同じく、実に横広がりな生物的進化と言えましょう。多様なジャンルやユーザーの嗜好に合わせて、『萌え』は人間としての形状さえも変化させるのです。まるで雄の動物が雌の気を引こうと、より鮮やかな特徴を持つみたいに。


 さて、このように、萌えキャラとは異質であるがゆえに、本来なら誰にも触れられない存在であり、触れられないからこそ異質を持っている、ということがわかりましたね? 身体的な欲求の面では、あくまで到達不能の距離があります。


 ところが天使、すなわちアイドルたちは現実として……(中略)……というわけで天使はすごい、とわたしは思いました。平たくいえば、わたしは世界一の萌えキャラになりたいんです!」


「すんごーい! どっこまでも続いてくぅー!」


「そんで、我が天使部では手始めに小千鳥高校をですね……」

「あれれ? ちょっと待って?」

 恵はワザとらしく小首を傾げた。

「なんですか。まだ話の途中なのに」

「そもそもだよ。うちは規則で最低二人はメンバーがいないと、部活の設立はできないよ。一旦立ち上がっても四人までは同好会で、五人そろって初めて部活になるの」

「……?」

「だからね。桜機さん一人じゃ天使部は作れないんだな」


 聞いた途端、だった。みるみる青ざめるモニカ。

 それでも彼女は強かだ。おののいて口を半開きにした後、何事もなく澄ました顔に戻って、


「……はあ?」

 気付いていないふり。現実逃避に突入。

「焦らないで。部の設立は何年生になってもできるから。人数集めならあたしも手伝ってあげるし! 何かの縁だしね」

「えっ」

「だーけーどー? 体験入部期間は三日間で終わっちゃうんだな、これが。だからそれまでの隠れ蓑として、怪研を使ってもいいんだよ?」


 適当にどこかの部に入れられるよりも良いはずだ。

 ただし退部は認めない。


「あの、手伝うってんなら、名前だけでもいいんで天使部に入ってくれません?」

「あははー」恵は親指を立ててグッドスマイル。「嫌だな」

「なんで!? お願いですってばっ、仲間になってくださいよ。泥団子あげますから!」

「桜機さん、せめて食べ物を渡そう」


 もっとも。食べ物のお団子でも、恵がキジや猿、犬畜生以下でもない限りは釣られないのだが。

 物で人を釣ろうなんて、おこがましいと思わないのか。


「あたしと一緒にゆっくり天使部の設立を目指そうよ。ビデオもあるよ」

「べ、別に! わたしは一人でも……」

「無理。それ、無理だってば。みんなは他の部活に入ってるしぃ、やめちゃってる人だって多分、天使部に入りたいとは思わないんじゃないかな。萌えキャラを目指そうとは思っていなそうだもん」

「うぅー」

「長期的な目で見れば、ね。こういう妥協案も必要だと思わない?」


 恵は鞄から入部届けのプリントを取り出し、にょろんと――オノマトペ的には「にょろん」が適切だ――うな垂れているモニカの前で揺らす。


「ほら桜機さん。今日のところは怪研の部室で東宝を観よう?」


 モニカの手がためらいがちにプリントへ。

 わなわなと震えて、行きつ戻りつする。


「夢見る天使はぁー友達0人、かっなしっいなぁー」


 周到な追い打ちにより、指先がプリントの端に触れ……チェック。

 が、結局プリントは取られず。腕が下ろされる。


「ちっ……」

「体験入部を」


 伏せていた目がぐりんと持ち上がり、生白い双眸が恵を睨み上げる。 


 若葉色の瞳に腹のうちを探られたような気がして、にわかに胃の腑が引き締まる。

 彼女は、


「違いますよ」と言う。「体験入部をするのは、あんたの方です」

「え、あたしが?」


 当惑する恵に、モニカは「気づいちゃったんですよね」とうそぶき、止まっていた足を悠然と持ち上げた。

 Uターン。踵を返し、校舎へ歩いて行く。

 着いてこい、とその背中が語っていた。


「怪獣マニアならご存知ですよね。人間は決して、怪獣を懐柔かいじゅうできない」

「ほえっ!?」

「そうです。怪獣はかいじゅう……あ。い、いや、これはその、ダジャレじゃなくてっ」

 得々と振り返ったはずが、赤面するモニカである。

「アレです。怪獣の通り道を戦車で塞いで、ちんけな大砲の筒先を向けるのが人間なら、そいつを踏み渡っていくのが怪獣でしょ?」

「撃退されちゃう子もいるけどね」

「そうなんですが……や、あんたは怪獣が、好きなんでしょ?」

「うん」


 そこは一切の間違いなく、大好き。


「だったらとりこになりますよ、我が天使部のね! いいですか、これからあんたに体験してもらうのは、わたしの師匠が実現してくれた革新的な萌えバトルです!」

「萌えバトル?」

 モニカは頷き、 

「スポーツマンが磨き上げた体技を競うように、わたしたちは萌え度を競わせ、そして、打ち砕く。プライドをかけた美少女勝負! その名も」

「あ!」恵は目を見張った。


 ――ゴスッ。

 グラウンドから飛んだ野球部の流れ弾が、モニカの後頭部を直撃。

 跳ねたボールが正門までの坂道を転がっていく。


「その名も、ラブリッチです!」


 だがしかし、自称怪獣の少女は気にも留めなかった。

 ごり押し。脈絡なくPRされ始めた『ラブリッチ』なるものは、どうでもいいものの。

 強靭な精神力は驚嘆せざるを得なかった。

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