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週末のモニカ  作者: 青井けい
第1章 桜機モニカ
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4.  怪獣マニア が 現れた !

 おかしい。明らかにおかしい。

 チェスのナイトという駒、この、馬だ。

 なぜ周囲一マス飛んで二マス目の左右、最大八方向にしか動けない?


「使いにくい、駄馬なんだな」


 チェスをやる上では重要な駒なのだが、モニカの動かすナイトはあたかも馬面のカエルに跨っているように、ぴょんと跳ねて孤立するしか能がない。

 うんうん悩んでいるところで、六限目の終了の鐘が鳴った。


「チェックメイト」


 宣言できる局面ではなかったが、言いたかったので言った。対戦していた黒側の自分が頭を抱える。

 帰りのホームルームも終え、モニカはゆっくりと帰り支度をした。

 滞りなく終了。帰宅を滞らせる不届き者は存在しない。


(…………………)


 一分ほどその場で粘った挙句、とぼとぼと教室を出る。完璧な独りぼっちだった。

 これじゃ『夢』も叶えられない気がするなぁ、とモニカ。


 廊下は生徒たちで溢れていて、彼らは放課後のテンションで談笑中。教室で感じた疎外感がふっと消え、それでも宙ぶらりんの立場は変わらず。

 自分を顧みる人間がいなくなっただけだ。


 小柄な身をもっと縮めて、生徒の間を縫って歩く。

 現在のモルドロス・NX【カッティア】は、あま色の髪の少女に変態していて、最強の怪獣の、はたまた姉にへばっていたクラゲの面影は見当たらない。


 同じ廊下をよもや大怪獣が歩いているとは、誰も思うまい。

 大怪獣が人間と同じように「寂しい」と思えることも、彼らは知らないのだから。


「待って。桜機さん」


 声をかけられたのは、下駄箱で靴を取り出している最中だった。


「んむ」


 振り向くや否や、鋭い眼光に射すくめられる。今朝の自己紹介で睨みつけてきた女子生徒だ。

 サイドポニーに結われた黒髪がゆらりと揺れる。あわせのアクセントとして横に三つ編みが編まれ、ふんわりとした盛り上がりが連なっていた。


「あ、あのね」


 自分で呼び止めた癖にまごつく少女。唇をもごもご動かし、人目をはばかって視線を散らせ、


「今日はすっごく良い天気!」

「……、はい」


 異論はない。可もなく不可もない程度には晴れている。

 それに「で?」と辛辣に返すことも、頷いてみせることもできなかった。


 雨。玄関の先で途端に降り始め、バケツをひっくり返したような土砂降りに。


「良い天気でしたね」と、モニカ。


 空気のじめったさが増したのは、雨のせいだけではないだろう。

 途方に暮れた少女がもう一度口を開くまでに、さらに二十秒ほど。その間に靴をはいた。


「変なこと聞くけどさ。桜機さんって……あの、怪獣」

「はいな」

「……好き?」

「むふん?」


 指を突っ込んで耳をほじくる……のは、はしたない。やめる。

 が、そうして鼓膜までの通り道をすっきりさせたくなるほど、自分の耳が信じられなかった。

 言葉はいびつであり、摩訶不思議まかふしぎな響きを持っていたのだ。


「好きというか、わたしが怪獣ですよ。わかるでしょ?」

「……うおー」ごくりと喉を鳴らした、次の瞬間。「やあっっぱりね!! うんうん、わっかるよー!」


 顔面に張り付いていた陰湿さが吹き飛んだ。いや、まだ足りない、ここは爆裂したと表現すべきだろう。朱色に染まる頬、輝くような瞳、溢れては引っ込む息遣い。


 一体何が嬉しかったのか、モニカには分からない。


「あ! あたし、鴨内恵かもないめぐみっていうんだ」

「はあ」

「同じ1‐Aのクラスだよ! ね、ね、よろしくね! どうぞよろしく!」

 両手を取られ、ぶんぶん振られる。

「わかりましたから、腕を振りたくるのはやめて。ちょっと、ふとしたことで、もげちゃうかもしれませんよ」

「ご、ごめんね。でも怪獣好きの女の子って少なくてさ、つい興奮しちゃって……。桜機さん、ねっ、怪獣っていいよね!」

「あのねえ……ふ、ふふ。否定しにくいことを言うの、やめてください」


 褒められれば満更でもないモニカだった。


「桜機さんはどの怪獣が好き!? やっぱりカッティア? ねえねえ、じゃあさ! 実際のカッティアと映画版のカッティアの造形の、どっちが好き!?」

「現実の方でしょ。色気があります」


「上空から撮ったやつだね! 本物だけあって迫力が違うよねっ! けど、あたしは映画版の方が好きなんだな。顎の横の呼吸口とかもう最高! 格好良いって意味でね? 

 あ、でも決め手はね、ほら、最後に空間を液状化させて――〝液化空間〟を泳ぐシーンがあるじゃない? 

 手足を引きちぎられた後に、重力塊を口から吐き出してさ! 空を含めた空間が、中心に向かってどろどろになってくやつ。

 あれなんだ!! 見方によってはコミカルだけど、格好いいと思うなー」


「リアリティに欠けますよ。あん時はそんな芸当できませんでした。今ならまだしも」

「でもぉ!」


 恵は両腕を上げて身もだえした。楽しそうに、くねくねと踊る。


「リアリティと言えば海外産じゃない? で、海外産の怪獣は格好良いんだけど、何かが違うんだな。特色も制作予算も違うんだから、当然のことなんだけど。


 なんだけどぅッ! あえて何が違うのか論じるなら、それは足りていないわけじゃなくて、むしろ足り過ぎてるのが原因だと思うな。

 つまりは、リアリティがだよ。怪獣に滑稽味を与えるかどうか、とも言えるのかも。映像が上質になり過ぎて、あの独特なB級感がないの。


 設定の面でもね、いずれにせよ現実的じゃないにしても、海外産怪獣が物理法則に重きを置いて造形されているのは明らかで、たとえば空を飛ぶ時には至極当然に翼を使うよね。対して、日本のゴメラとかだと、飛ぶ時には……」


 恵は弁舌さわやか(さわやか、だろうか?)に怪獣を語る。

 熱意を浴びせるのにかけては、全く容赦がない。


「……の点、最近の海外ガジラは本当に良くできてた。うん、演出に至っては非の付け所がないよ! 

 多少怪獣を生物として描きすぎてる節もあったけど、そんなの些細なことで。もうね、あたしは大満足って感じ! 首の太いガジラも……」

「ストップゥ! 止まってくださいね!」  


 モニカは手を上げて――ギブアップ!と叫びたかった――話をさえぎった。


「あんたがクラスメートの顰蹙ひんしゅくを買うか、明日から距離を取られる可能性があります」

「どして?」

「理由は、下駄箱で女子がするにしては話がギトギトに濃すぎる。下駄箱で突っ立ってて邪魔。くねくねしてると気味が悪い、の三つ」

「むむむ」


 怪獣語りで恵の舌が振りたくられているうちに、雨は上がっていた。


 モニカはひどく饒舌じょうぜつな怪獣マニアを仲間にする気にはなれなかった。

 大怪獣モニカの目指す理想の怪獣とは、恵の好みとは似ても似つかない。天使の如き存在だ。


 ひさしから垂れる水滴を避けて外に出る。

 水たまりを覗き込むと、モニカの顔で大半を覆われた空の中、雲間から差し込んだ光の筋がふいに瞬き、鏡面に輝きを与えた。


「入る部活はもう決めた?」と、恵。

 しつこいやつだ。

「まだです」というよりも。「どこにも入らないかも」

「あ、駄目。それ駄目なんだー。うちはどこかに入部するのが原則なの」

「馬鹿げてます。世の帰宅部員の人口を知らないんですかね」

「世の幽霊部員の数もね。……でさ、もし、どこにも入る当てがないんだったら、なんだけど。〝かいけん〟に入らない?」

「……かいけんって?」

 訊くと、恵は声を弾ませて、


「怪獣対策研究本部・同好会! で、略して怪研ね」

「け、研究本部の、同好会……?」

 恥ずかしい名前だ。

「だいじょぶ! お堅くないよぉ。皆でお喋りしたり、出かけたりするだけのレクレーション部みたいなものだから。怪獣が好きかは二の次だし……」

「へえ」

 意外といいかもしれない。

「それに、怪獣が大好きになるように矯正してあげるし」


 気のせいだったらしい。

 知らないことがあるって、とっても素敵なことだよね、と恵。


「女の子は怪獣を敬遠しがちだもん。男子で怪獣にロマンを感じないってやつには、そうだな、軽く延髄蹴りしたくなっちゃうけど。女の子はまあ、ねえ」

「仕方ないとは思ってなさそうですよ」

「そかな? とにかく、怪研に入れば毎日楽しい映画が見られるよ。なんとVHSでね! VHSをご存知? 百年以上前に発明されたビデオホームシステムだよ!」

「えっ!? 今やロストテクノロジーに近い、あれですか……!」

「カセットはうちのお爺ちゃんが録画したやつで、時代を感じる当時のCM付き。あなたも見たいでしょう?」


 現在では、VHSカセットはもちろん、再生可能な現役デッキはマニア垂涎の的である。持っているだけで尊敬と羨望の眼差しで見られる、のだが。


「どうかな桜機さん。そんな勢いで怪研に入っちゃわない!?」

「お断りします」


 にべもなく言った。

 言葉はモニカと恵との間の空気に乗り、しんしんと冷やし、二人の足を止めてから、そうしてやっと彼女の期待を打ち砕いた。


「馬鹿な」と、悪役じみた台詞を吐く恵。「桜機さんは怪獣が好きって言ったのに、そんな。同志だと思ったのに……」

「入る予定の部活はなくとも、作る予定がありますからね」


 やりたいことがある。

 姉と見た夢は、怪研とやらでは到底叶えられない。


「それにわたしは、別に怪獣が好きなんじゃなくて、怪獣なんですよ」


 モルドロス・NX【カッティア】、また桜機モニカとは、ヒト状に成長した現役女子高生(大怪獣)の名である。


「うう、意味がわからない……。でも、それじゃあ一人で怪獣語りしてたあたしが、すごい馬鹿みたいに思えてきちゃうんだけど」

「実を言うと……」

 モニカは可憐な少女をおもんぱかり、微笑んでみた。

「その通りです」


 恵は悲壮な顔で後ずさり。「こっちにはVHSが」と続ける声は苦々しい。

 汚い。物で釣ろうとするとは、浅ましいことこの上ない。


「……なら、桜機さんはそこまでして、なんの部活を立ち上げるの?」


 立ち去ろうかと思ったが、そうはしなかった。せっかくだ。怪獣が考えた怪獣による怪獣のための部活を、恵にも聞いてもらおう。


「わたしが創設するのは、ずばり」


 名前というのはわかりやすく、奇をてらいすぎず、けれど心持ち大胆に。


「アイラブ天使部です」

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