page8 pulse(前編)
空気が清々しい。
なんだろう。
今日はなんだか、気分がいい。
せっかくの休みだったので、俺は優利香とどこかへ出かけようと思った。
彼女の思いを聞いてから、俺の心は躍っていた。
自分を好きになってくれる人間がいた。
その気持ちが、俺の心を躍らせている。
そんな気持ちに駆られて、彼女を誘う事にしたのだ。
そう。
彼女を誘った、のだが。
「何でお前らがいるんだよ」
「いいじゃねーか。多いほうが楽しいだろ?」
「気が合うな、沢口。俺もそう思った」
「・・・私が呼んだの。多いほうがいいかなって」
優利香は笑顔でそう言った。
「で、香坂と・・・」
「あ、はい。今日はよろしく・・・です」
「何で私がアンタらの子守りみたいな事しなきゃいけないわけ?」
舌っ足らずな香坂をどけるように、七海が割り込む。
彼女は丈の長い黒いコートを羽織り、腕組みをして構えていた。
まるで引率者。そんな感じを醸し出している。
大人びてると言うか、堂々としていると言うか。
流石だなぁ。と感心しておく。
「まぁまぁ、菅原さん。そんなこと言わないで、楽しもうよ。ね?」
「・・・」
今日俺たちが来たのは、遊園地。
まぁ、デートスポットとしては意外といい場所。
みんなで遊ぶにしたってそこそこいい場所だ。
そうなのだが。
メンバーがね。うん、メンバーが。
女のコ組(勝手に付けた)はいいとして、沢口と大村って・・・。
せめてここは俺一人で両手に花が良かったんだけどー・・・。
「いいじゃねーか。今日は楽しもーぜ」
「そうだよな、沢口。ほら、涼介も」
肩を叩かれて、俺はひとつため息をついた。
「まぁ、こんな正門で話すのもなんだから入ろうよ。ね?」
優利香の一声で、俺はしぶしぶ足を動かした。
「ひゃっほう!」
「あ、あ、アンタ達、よく笑ってられるわね・・・」
ジェットコースターに乗ってきた沢口と大村、七海、優利香が戻ってきた。
七海は優利香に引っ張られて乗らされたんだけど。
俺は乗らない。うん、乗らない。
絶叫系は苦手だからね。
「こっから、二人一組行動にしねぇ?みんな纏ってるのも何じゃねェか」
沢口の謎の提案により、二人一組なるものが決定した。
方法は・・・グーチョキパーのアレ。
大村は香坂と。
沢口は優利香。
つまり、俺は。
「何で私がアンタなのよ。っていうかもう誰でも嫌だったんだけど」
「酷いな、七海」
「ま、一番マシかもしれないわね」
そう言うと、彼女はすぐに歩いて行ってしまった。
ちょっと待て!と叫んでも、聞いてくれない。
何だよ、全く。
女ってなんで素直じゃねぇんだ。
「待てっての!」
「何よ」
「何で急ぐんだよ。どっか行きたい所でもあんのか?」
彼女は少し悩んだあと、ポンと手を叩いた。
「ないわ。強いてあげれば、座りたい・・・かな」
「だったらそこに座るか。な?」
・・・ん?
なんだか今喋り方が変わったような。
まぁいいや。
俺は近くにあったベンチを指差したあと、彼女の背を押す。
彼女は背を押されるのを嫌がりながら、そのベンチに座った。
俺もその隣に座る。
沈黙の空気が静かに流れる。
風が冷たい。12月だからか。
マフラー買うかな・・・。
「ねぇ、椿」
「ん?」
「やっぱり、こんな性格じゃダメなのかな」
・・・はぁ?
急にさっきのように、彼女の口調が変わった。
いつもの彼女にはない、柔らかい声。
雰囲気まで、変わっ―――。
「ど、どうしたんだよ。急に」
「最近ね、思うの。この性格をずっと通してきて来たけど、なんだかやっぱりよく思われてないんだな、って」
いつもの強気な彼女が、下に俯いて囁くように喋っている。
何で―――?
彼女は更に続けた。
高校に入ってすぐ。私は学校の空気に馴れられなかったの。
中学校はまだ良かったんだ。前の友達がいたから。
けど、高校って色んなトコから人が来るでしょ?
見ず知らずの人と一緒に授業を受ける。
一緒に生活を共にする。
塾なんかとは違うその雰囲気に、私はすっかり飲まれてた。
いつも学校に行くのが緊張の連続で、ほとんど周りの人と喋れなくって。
そんな毎日が続いて、私は思ったの。
こんな自分じゃダメだ!変えなきゃ!って。
今の自分と反するような性格なら、誰とでも話せるかもしれない。
積極的に、なろう。
そうすれば、友達もできるって。
でもね、それが裏目に出ちゃったの。
どんどんその性格が見られるようになって、後ろに引けなくなって。
できた友達にも、本当の自分は見せられなかった。
それですぐに友達とは別れちゃった。
家に帰ったらさ、疲れと自分の馬鹿らしさに泣いてた。
枕抱えて、部屋の隅っこで。
ほんと、私ってバカ・・・。
また、その場に沈黙の空気が流れた。
「・・・なんで、そんな事俺に話すんだ」
「―――え?」
話しながら、彼女の目には涙がうっすらと溜まっていた。
俺はそれが見えたので、顔を向けられずに空に言葉を吐き出していた。
「椿・・・だから。椿だから、話したの」
「訳わかんねぇ」
俺がそう言って顔を背けると、彼女はひとつため息をついた。
「男は本当に鈍感なのね」
目の涙を拭いながら、立ち上がった。
鈍感、か。
確かにそうかもしれないな。
俺もひとつ、ため息を吐いた。
「何か飲みにいくか?」
「・・・いいわね」
彼女はいつもの調子で頷いた。
歩いていると、なんだか懐かしい風が身体を包む。
枯葉が舞い、乾いた空気が傍を流れる。
あの頃が、懐かしかった。
「父ちゃん、キャッチボールしようぜ!」
「んー・・・」
タバコの煙を吹かしながら、父は唸った。
「父ちゃん!」
「・・・バドミントンならいいぞー」
「ヤだ。父ちゃんすごい曲がるよーなのしか打ってこないんだもん」
「うはは」
父はバドミントンが上手かった。
高校時代からやっていたとか、そんな事を聞いた事がある。
すごく球が曲がっていくんだ。
タバコをプカプカと吹かせながら、
「うはは」と笑って。
なんだか得意げにしているのが懐かしい。
懐かしい風が吹いた。
なんだか、父さんと一緒に歩いた風景が帰ってきた気がした。