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page3 優利香

帰りに大村の家に寄らせてもらった。

何となく、時間を潰したかったんだ。

「うまいな」

「だろ?」

今口にしているのは、イカの足。

何でイカの足かって?

そりゃ、なんと言うか。

「焼きイカはな、マヨネーズ付けて食うとうまいんだ。そんでもって、ビールに合うんだよなぁ」

「ビールってお前・・・酒のつまみかよ」

「おう、そうだ」

イカ足にビール。まさにオヤジの定番・・・?

満面の笑みを浮かべて言う大村に、俺は心の中で一言呟く。

お前一応ハタから"イケメン"といわれる部類に入るんだぞ?

こんなんでだいじょーぶなのか?


30分ぐらいして、俺は帰る支度をした。

いつまでもいる訳には、まぁ行かないだろうし。

「もう行くのか」

「おう。大村んトコに悪いだろ?」

俺はそう言うと、暗がりの道へと歩いていった。



ここはどこだ。

その言葉が、最近夢の中で繰り返される。

暗闇の中で、何も見えない中で。

何かが見える、世界の中で。

声だけが響く。自分の声なのか、はたまた他の人間の声なのか。

時折見える光も、自分へ向けられたものなのか。

最近よく、わからない。



帰り道を少し外れた、細い道。

その道の先に、小さな山への入り口がある。

その山へ、俺はちょっと登ってみることにした。

小さいといっても、意外とこの街が見渡せる場所だ。

昔、父とよく来ていた場所。

小さなその山から見える街が見たくて、俺は足を進めた。

ただ、それだけ。

まぁ、人間は小さなキッカケから、小さなことをしてみたくなるものだ。

あと少しで、小さな山頂だ。

と、思ったその時。山頂付近に人影があった。

人気のない場所に、人影。

「―――あ」

電灯が逆光になってこっちからは確認できないけれど、あっちのほうは俺を知っているらしい。

もう少し近づいてみると、知っている顔が光に照らされた。

「優利香か」

少し暗がりで、光に照らされて。

谷山優利香。幼稚園からの幼馴染。

それ以上の関係でも、それ以下の関係でもない。

「久しぶり、涼ちゃん」

「ちゃん付けは止めろって、二年前にも言ったろ?」

小さな展望台にいた、彼女の隣に俺は立った。

彼女は少し暖かそうなセーターに、長いスカート、首にマフラーをしている。

あまり遠出しそうな格好じゃないな。たぶん近場にでも出かけてたんだろ。

「こうやって話すのも、珍しいな」

「珍しいとか言わないでよ。話す機会がないだけでしょ?」

そうだな。と俺は笑っておいた。

ただ沈黙だけが、静かに流れる。

彼女は何も、口にしなかった。

街の一面を目に映しこむ。

光が輝いたり消えたり、まるで俺らに信号を送るかの如く。

「ここには―――たくさん思い出があるよね」

「ここ?こんな小さな丘にはあんまし・・・」

「丘じゃないよ。この街」

この街に、思い出―――?

そんなモン、俺が生意気な口を叩いてたことぐらいしか覚えてねぇな。

「沢山あったよね。二人で買い物に行ったり、一緒に海に行ったり。小学校で一緒に写真撮る時、逃げ出したこともあったね。涼ちゃん」

「なんだよ、いきなり」

優利香の眼が、いつになく真剣になって空を眺めている。

この暗い暗い空、何も見えない空を。

こんな優利香見たことねぇ。

「私ね、涼ちゃん」

「ん」

「卒業前に、この街を出ることにしたんだ」

彼女の口から出たのは、俺の考えの範囲外の言葉だった。

「出るって言っても、お父さんと一緒に上京するだけ。私に合った仕事があるんだって」

長く一緒に過ごして来た優利香が、いなくなる。

何で、こんな、突然。

「ほら、私の夢。風景画を描いてみたいって。向こうにいい画家さんがいるんだって」

彼女は何事もないかのように淡々と話を進めていく。

その間、俺の頭の中は混乱でいっぱいだった。

「涼ちゃんには、最初に聞いておいて欲しかったんだ。それと―――」

口を止めて、彼女はポケットから何かを取り出した。

小さな紙切れだった。

「涼ちゃんいじっ張りのクセに、寂しがりでしょ。だから、私の携帯番号」

「おう」

「寂しくなったら、いつでもどーぞ」

「おう」

虫の集まる電灯が、俺たち二人を照らす。

その光が、なんだか悲しく思えた。

「今日言えて良かったー。言わなきゃ言わなきゃって思ってたから」

「いつ、行くんだ?」

ぐーっと背伸びをした彼女は、ん。と言った。

「冬休み」

「・・・そっか」

あともう二ヶ月もないじゃねーか。

急に静けさを増したように思えるこの場所が、妙に息苦しかった。

こういう時って、なんか言葉とかかけてやるモンだよな。

そう思えても、何も言葉が出てこない。

喉のあとちょっとのところで、言葉が詰まる。

「涼ちゃん・・・?」

気がつくと、俺は彼女を後ろから包み込んでいた。

彼女の服越しに伝わる暖かさが、心を休ませる。

自分の、やけに静かな呼吸がなんだか嫌だった。

彼女は俺の身勝手な行動に、すっと身体を預けてくる。

「まったく、寂しがり屋なんだから」

突然の出来事にも、全く身体がこわばってない。

慣れてるのだろうか。

そこまで、俺の行動を予想していたのか。

「ごめんね」

彼女は無理矢理俺のほうを向くと、背伸びした。

届かない、背の高さ。

唇と唇が触れる。

一瞬時が止まったように思えた。

ふんわりとした感触。

柔らかさ、滑らかさ。

そのいろんなものあれやこれが、感覚として残った。

「・・・ぷはっ」

彼女は唇を離すと同時に、吐息を漏らした。

息、止めてたのかよ。

彼女は俺のほうを向くと、上目遣いをした後呟いた。

ごめんね、と。

その表情・仕草が、俺を駆り立てた。

駆り立てられた気持ちは、彼女を柔らかく抱きしめる。

「ごめん」

「いいんだよ、涼ちゃん。私でよければ」

優しい声が、耳に届く。

その声が、やけに悲しい声に聞こえた。

華奢な彼女の身体は、やっぱり暖かかった。



暗闇の空に、ネコの声が響き渡る。


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