page2.夢
久しぶり、だった。
あんなにも普通に、女子と話したのは。
1.2年前は優利香と気軽に話していたけれど、最近は少なくなった。
意識し始めたんだろうか、自然と。
俺にもわからなかった。
「どした、涼介。なにかあったか?」
「いや、なんでもねぇよ」
翌日、やけに元気な大村とともに、屋上で昼食をとっていた。
まさか昨日の一件を話すわけにもいかないし、と一人で考え込んでいた。
「それにしても、今日は寝ないんだな」
「あったりまえだ。久しぶりに休みが取れたんだ。元気よくいくぜぇっ」
今日の大村は、どうやらバイトで休みが取れた故の元気、だそうだ。
十分に家で寝てきたのか?
それでもやっぱり授業中は寝てたんだけどな。
「さて、と。俺はちょっと用事があるから行くぜ」
「何の用だよ」
「菅原にちょっと呼び出し食らっててなー。怖ぇんだけど」
そゆことでな、と大村は言って屋上を出て行った。
仕方ないか・・・。
俺は日の当たらない場所を探すと、そこに寝転がって眠りについた。
ちょっとだけ、冷たかった。
ここはどこだ。
暗いくらい闇の中。
小さな光が消えかかっている。
しかし、その光は消えそうなくらい輝いているが、消えなかった。
あの光は何なんだ。
暗闇の中の自分は、その光を掴もうとした。
しかし、その光には手は届かない。
あの光は、俺への光なのか。
その光はいっこうに消えてはくれなかった。
分からないよ。
暗いだけの世界。
ここはどこだ。
もう日が落ちていて、瞼を閉じた中からじゃ暗闇しか映らない。
「寒くない・・・ですか?」
「いや・・・あんまし」
言葉を言いかけて、ハッと目が覚めた。
彼女の顔が、眼前にあったのだ。
「うおぉぉう!?」
俺が驚いて声を上げると、彼女はビクッとなって後ずさりした。
うわ、一瞬引かれたか?
「ど、どうもです・・・」
「―――香坂」
「いつでもいいって・・・言ってたので・・・。次の日も・・・来るかと思って・・・そしたら・・・」
「俺が寝てたワケか」
彼女はコクリと頷いた。
確かに、いつでもいいって言ってた。
けれど、次の日とはなぁ。
「同じ・・・クラスだけど、やっぱり聞き出せなくて、その・・・」
そっか。
香坂と同じクラスなんだっけ、俺。
やっちまったなぁ。
「スマンな。俺はいつでもこの場所にいるから。・・・たぶん」
「えっ、あの、その、謝ってもらわなくても・・・。あたしも・・・悪いですから」
二人して謝ってしまったので、緊迫した空気が少し消えてしまった。
俺はうはは、と笑った。
彼女も笑った。
「さて、何を話そうか」
「そう・・・ですね」
日が落ちた空には、点々と星が煌めいている。
月は、三日月だった。
「・・・どうして、俺と話そうなんて思ったんだよ」
静かな空気の中、彼女に向ける問いかけ。
問いかけの答えは、すぐには返ってこなかった。
また、この空気の中に沈黙が交わる。
「えっと・・・」
彼女は口を開きかけたが、また空気を沈黙に戻した。
数回しか話したことのない、二人の間の気まずい空気。
「話せないなら、別にいいんだけどな」
「えっと、その、そういうことじゃなくて・・・」
「ん?」
「あたし、あんまり人と話すことが得意じゃないんです。だから、椿君に・・・」
なるほどな。
確かにこんなにオドオドとしてたら、人とはマトモに話せたモンじゃねぇ。
ってこれじゃまだ理由聞けてねぇじゃん。
「何で、俺なんだ?」
「それは・・・。生徒会の中で一番話しやすそうだったからで、えと、その・・・」
彼女の顔が赤くなっていく。
・・・何でだ。
何で顔が赤く?
彼女の顔は、もう湯気が出るぐらい。耳まで赤くなっている。
なんだ、なんだよ。
「何なんだよ!」
「えと、だから、そうですね・・・」
叫んだ拍子に、何かが切れた。
彼女の言葉が耳に入らない。
「あたしは・・・」
あ、崩れる。身体が落ちる。
身体が落ちていく。
「椿君!? 椿君、どうしたの! 椿君!!」
身体が崩れていく。
誰かが押さえている。
分かんねぇ。
分かんねぇよ。
ここはどこだ。
真っ暗闇の、世界の中。
彼女と手を繋ぐ姿、唇を重ねる姿。
白いダッフルコートを着た女の子。
一つ一つが、暗闇に在る光へと映る。
一つ一つが、輝いている。
けれど、なんだろう。
身体が何度も揺れ動いている。
ここはどこだ。
「おーい、涼介―。椿涼介ー」
誰かの声と揺さぶりで、俺は目が覚めた。
身体がだるく、頭がクラッとする。
すごく眠い。
「―――大村」
かろうじて目に映ったのは、大村の姿だった。
「お前いつから寝てたんだ?寒くねェのか」
「いつって―――」
いつ。
いつからだろうか。
いつから俺は、寝ていたのか。
「夢―――?」
「はぁ?」
昼休みごろから寝ていたのは覚えている。
けれど、その後に起きた時には香坂がいた。
彼女が俺のトコにやってきた。
理由を聞けば、顔を赤くした。
こんなうまく行ってるシチュエーションがあるもんか。
さしずめ俺の妄想か、夢か何かだろう。
「マジかよ・・・」
「だから、どうしたんだっつの」
「いや、何でもねぇ・・・」
俺はがっくりと肩を落とし、トボトボと屋上の扉へと向かった。
大村の声が聞こえたが、あんまり耳には入らなかった。
入れるつもりも、今のところなかった。
「―――椿君」
屋上にひとつ、小さな声が響いた。