page9 pulse(後編)
すれ違い様の空気。
触れると暖かく、感じると寒い。
そんな空気が流れている。
冷たい。陽が当たっているのに。
「寒い・・・ですね」
「そうだな・・・。大丈夫か?」
大村はマフラーを取ると、香坂の首に巻きつけた。
「えと・・・あの」
「気にすんな。俺は寒くないからよ」
「なぁ谷口。お前―――涼介と付き合ってんの?」
「―――え!?」
突然沢口が質問を投げかけた。
「あ、アイツとは何にもないよ。ただの幼馴染」
「ふぅん」
ベンチに座り、さっきそこで買ってきたコーヒーを飲む。
青いベンチが、少し光っていた。
「お、やっほ。お二人さん」
「よ」
風向きのほうから、沢口と優利香がやってきた。
二人は俺らを見つけると、挨拶をしてからベンチに座った。
俺の隣に優利香。
後ろに七海。
右側向こうのベンチに沢口。
「マフラーとか手袋とか、持ってくれば良かったなぁ」
「・・・飲むか?」
手を擦り合わせながら寒そうにしているので、俺は飲んでいたコーヒーを差し出した。
まだ湯気の出ているコーヒー。
「ありがと」
彼からコーヒーを受け取ると、暖かさが手のひら全体に伝わる。
缶に口を付け、コーヒーを一口飲んだ。
「あったかい」
「そっか。よかった」
「でも苦い・・・」
ん、優利香はコーヒーが苦手か。
俺はうははと笑った。
「笑い事じゃないでしょ・・・」
彼女も笑った。
「お、大村たちが戻ってきた」
最後の二人、大村たちが戻ってきて俺ら4人は吃驚した。
まず、香坂の顔が真っ赤で、耳まで赤いと言う事。
もうひとつは、大村。
「大村・・・?」
「やっぱり寒かったんでな。マフラー巻いたんだ」
大村の首にはマフラーが巻いてあって、その片方の先端が香坂の首へと巻かれている。
その上、彼の左手は彼女の右手と繋がっていた。
「まさにラブラブカップルの格好だよな・・・?」
「そうだね・・・。大村君ってまさか・・・」
「そうかも知れねぇ」
これじゃあ香坂が真っ赤になるのも頷ける。
「大村・・・。香坂がすっごく恥ずかしがってるんだけども」
「ん?うお、真っ赤じゃねぇか」
大村はその事にやっと気づき、繋いでいた手を離したあと自分のマフラーを解いて彼女にかけた。
自分のせいだろ、真っ赤なのは。と俺は心の中で呟いた。
「―――っ」
香坂は言葉を出す事もできず、その場で立ち尽くしてしまった。
「ったく、俺でもあんな事できねぇよ」
優利香を見てそう呟き、立ち上がった。
また、冷たい風が吹き付ける。
「みんな、楽しめたか?」
「んー、それなりに」
「別に私も沢口君も何もしてないじゃん」
「そだっけ」
沢口は笑って言った。
「・・・まぁ、それなりに楽しんだんじゃないの?」
キツい口調で、七海が言う。
彼女はため息をついてこっちを見ていた。
やはりさっきの純粋な目とは違う、鋭い瞳。
彼女は何か、役に入りきっているようだった。
「・・・七海。コイツらは大丈夫だよ。そんなにキツくしなくたって―――」
彼女の傍でそう呟くと、突然彼女に口を押さえられた。
「その事は話さないで。話す時は、私が話すから」
「それじゃあずっとキツい性格のままじゃ・・・」
「別にいいのよ。これで」
もごもご、と唸る俺の口が開放されると、彼女はまたいつもの瞳に戻っていた。
これでいいのか。これで。
疾速したカラスが空を、大空を舞う。
それを横目に見るかのように、スズメが電線から見下ろしていた。
日が落ちて、綺麗な夕焼けが目に映る。
キャッチボールをせがんだあの日も、こんな夕焼けだった。
土手に転がったボールを、必死に拾って投げる。
父から投げられたボールを必死にキャッチしてまた投げる。
楽しかったあの日。
もう戻ってこない、あの日。
「涼ちゃん?」
「うん?」
優利香に揺らされて、気がついた。
「どうしたの?空眺めて止まっちゃって」
「あー、いや。昔のコト思い出してただけだ」
頭を少し振って意識を戻す。
よし、戻ってきた。
「帰るん・・・ですか?」
「おう」
「みんなでまた、集まれればいいね」
たった一日の、楽しい時間。
みんなで集まって遊んだのは、この日が最後になった。
・・・にしても。
どうにかしてほしいもんだ。
帰りに寄った店で、食事と一緒に大村がビールを頼んだ。
まぁ普通はそんなことしちゃイケナイのだが。
「アンタ、学校にバレたらマズいんじゃない?」
と七海が呟いた。けれども
「別に大丈夫だって」
と軽く受け流して飲んだ。
それを見ていた優利香が、ゴクリと喉を鳴らした。
「私、あーゆーの飲んでみたかったんだ。チューハイ?とか」
「優利香、お前そーいうヤツだったんか」
俺はため息をついて、白米を口に運ぶ。
だが、彼女は俺の言葉など耳に入っていなかったらしく、
「大村君、ちょっと飲ましてもらっていい?」
「ちょっ、優利香!」
「・・・谷口さん!」
みんな(七海と沢口を除く。沢口は寝てるから)で止めたが、彼女は聞く耳を持たない。
つぅか目が既にギラギラとしている。
「別にいいけど、ほら」
大村は傍にあったコップの水を飲み干し、そのコップの中に注いだ。
それ受け取ると、彼女は少しだけ舐めるように中の液体を飲んだ。
「んく・・・。ぷはっ」
舐めるように、だったのは最初だけだった。
意外と液体を飲んだ彼女の顔は、紅潮していた。
「優利香・・・?」
「ビールって、意外とおいしいねぇー!」
突然元気になった彼女は、声を上げながら手をあげた。
「そうかー。そうだろー」
「煽るな大村!また飲んじまうだろ!!」
煽られても、優利香は飲まなかった。
"優利香"は。
「んく・・・はにゃっ」
優利香の隣から、不思議な声がする。
「香坂!?」
「・・・はにゃら?何でしょう、椿君」
彼女の目の前には、空のグラスがあった。
全部飲み干した―――。
「ほら大村! お前が煽るからまた犠牲者が・・・」
「犠牲者って何だよ」
大村は呟いてビールを口に含んだ。
つか、二人とも酒に弱いのか・・・。
「どうすんだよ、二人」
「そうね、寝ちゃってるし」
飯も食い終わって帰る頃。優利香と香坂が寝に入ってしまった。
「どうしたもこうしたも・・・。連れて行くしかないんじゃないのか?」
つまみに焼き鳥を食べながら、大村が言う。
・・・お前のせいだろ。と心の中で呟きながら、麦茶を口にする。
「俺はこのあと用事があるし」
「私は全く方向が違うわ」
―――え。
それってよ、もしかして。
「椿に任せるしかないわね」
「涼介に任せるわ」
二人がハモった。
「マジかよ・・・」
無駄にハモりやがって。
そこで俺は一度、二人を恨んだ。
―――で、今。
俺は二人を連れて歩いている。
「香坂、次どっち?」
「もぅこのまま涼ちゃんち行こーよー」
香坂に聞いたはずが、何故か優利香の声が上がった。
あんなちょっとでこんなまで酔うか・・・。
つか俺の家だって!?
「いいですねぇー。行きましょー。ね?椿君」
「お、おい・・・」
優利香に釣られて、香坂が返事をした。
そして二人は、俺の意見を無視して両腕を引っ張っていった。
なんだか流されるまま、引っ張られる。
このままでいいのか良く分からなかったが、仕方なく引っ張られる事にした。
月が、俺たちを少し明るく照らした。