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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪殺しの「話」

悪殺し -悪に出会う話-

作者: 皆口 光成

ようやく完成した「話」。皆さんに楽しんでもらえたら、これ幸いです。



暗い裏路地。真っ暗な空にはやたらとはっきり見える月。

「はあ、はあ」

そこに息を荒くさせながら走る男が一人。灰色のニット帽をかぶり、白いパーカーに迷彩柄のカーゴパンツの組み合わせはいかにも不良を思わせる。

「!」

途端、男は立ち止まる。裏路地の行き止まりに差し掛かったのだ。男は振りかえって元来た道に戻ろうとすると、

ザッ

と音がしたと思うとそこには黒い服を着た人物がいた。

黒いハットに黒いスーツ。しかしその人物の髪と肌は黒と対をなす白だった。

ジリッと男は後ずさり、逃げようとするも、後ろは壁で行き止まり。登ることも不可能である。

ドスッ

ふと、気がつくと、男は刺されていた。だがそれはナイフなどではなく、黒い杭のようなものだった。

途端男は恐怖する。男は知っていた。この黒い杭を打たれた人間がどうなるのかを。

「や…止め」

と男の口から声が漏れ出すのと同時に、黒服の人物は右手を挙げ、鳴らす形を作る。

その形を見た男は、

「こ……この…」

震える口で言う。

「この人殺しがあぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」

パチン

ブシャアッ

なにかが飛び散る音。

「人殺しじゃない」

黒服の人物はハットのつば部分を押し上げ、暗闇の空を見上げる。

「僕はー」


ユニアド学園。

この町では有名なところで、生徒一人ひとりが何かしら優れていて、その能力を向上させようという施設だ。

そのうちの一人であるわたくし、サヤは現在ー、死にかけていた。

具体的には机に突っ伏している状態である。本当に死にかけているわけではない。どうしてわたしがこうなったのかと言うとー。

「おっはよー!サヤッ!!今日も元気に…てサヤアァァァァァァァァァァ!!!??」

おや、この朝から元気な声はもしや…。

「カ…カナデぇ…」

私は力のない声でなんとか返事します。

「ど、どうしたのよっ!?どこか調子でも悪いの!?保健室行く!?」

あぁ、カナデは本当にいい親友だなぁ…。私のことを本気で心配してくれるんだから…。

「う、うん。ごめん、なんでもないから。大丈夫だよ…」

「なんだ良かったー!!」

「……………」

いや、良くないよ。全然大丈夫に見えないでしょ。というツッコミをしたいのはやまやまですが、しません。というのも、カナデは人の言うことをすぐに信じてしまうという弱点があるのです。右といえば右を、左といえば本当に左を向いてしまう子なのです。

……いい子なんですけどね…。

「そういえばさー」

と、カナデは本当に私が大丈夫だと信じ、話を変えてしまう(本人に悪気はない)。

「また、出たんだってさ」

「え」

私は固まります。話が見えないからでなく、話が分かっている理由で。

「で、出たって何が…?」

私はおそるおそる聞きます。額からは冷や汗がしたたり落ちます。

「何って、そんなのー」

「『黒いシニガミ』に決まってるじゃない カナデは笑顔で言います。

「知ってるでしょ?サヤも?」

「…………うん」


《 黒いシニガミ》。

今この町では有名な話題である。

夜の路地裏に現れ、人を襲ったと思うとすぐに消えてしまう謎多き存在である。黒い服を着ているとの噂から“黒いシニガミ”と呼ばれている。

ただ、そこが重要ではない。

実は黒いシニガミの特徴はそんなところではない。

黒いシニガミの真の特徴はその被害者たちにある。

黒いシニガミによって襲撃された被害者たちは誰もが例外なく悪さをしなくなったのだ。

よほど怖い体験をしたのか、はたまた別の理由からなのか、全員なにもしなくなった。

まるで彼らから《悪意》のみが消えたかのようにー。

「どうしたの?サヤ?」

カナデは私の顔を覗き込んでいました。

「あ、ご、ごめん!なに?」

カナデは少し訝しむような顔をしますが、すぐに普通の顔になり、「いや、だからさー」と言い出す。

キーンコーンカーンコーン。

「ほら、座れよ〜」

学校のチャイムに間延びする声。

「あ!もう来ちゃった!じゃあね!」

カナデはすぐさま自分の席に戻ります。

その間に担任の先生は壇上に立ち、教卓の上に持っていた書類などを置きます。

「今日は突然だけど」

そして教卓に手を置きます。

「転校生を紹介します」

え?

突然の先生の一言に教室全体はざわめきます。

「はーい静かに〜」

と、先生はまるで遠くに呼びかけるように、手を口元に寄せ、間延びする声を出します。が、さほど声量は変わりません。

「んじゃ、入っていいよ〜」

間延びする声は次にドアに向けられました。

ガラッ

その音に全員が注目していました。

男の人でした。髪も肌も白く、身長は割と高めで、目が悪いのか眼鏡を掛けています。

「自己紹介どーぞ」

男の人は壇上に上がり、先生の言葉に反応するように喋りだします。

「サツキと申します」

「親の仕事の都合で転校してきました」

「皆さんとは仲良くなりたいと思っています。よろしくお願いします」

その声、その名前は私にとって初めて聞くものでした。

しかし。

その顔は。

昨日、見た!!

あの黒いシニガミと瓜二つ…いや、同じ!

な、なんでこの学校に…?

もしかして私を………殺しに……。

「はい拍手ー」

間延びする声の後、教室中に手を叩く音が響いていました。

そんななか、私は見ました。

黒いシニガミが不適に、こちらを見てほほえむのを。


その日一日の私の行動は一つでした。

すなわち、尾行。

…………ストーカーじゃないですよ?

どうして私が尾行なんてしているのか?その理由はー〈彼〉が黒いシニガミかを確認するためです。

確かに〈彼〉は黒いシニガミと同じ顔をしています。しかし、他人の空似という言葉がある通り、〈彼〉が黒いシニガミであるという確たる証拠はなく、〈彼〉はたまたま偶然黒いシニガミと同じ顔立ちをしているという可能性があるわけです。

もしも万が一〈彼〉が黒いシニガミであった場合は私自らがー、警察に通報しよう。

そんなこんなで私は尾行をしています。

授業中はなにか変なことをしていないのか見張り、休み時間の時はバレないように後ろからついて行き、昼休みのときは念のためお弁当の中身を見るなど徹底しました(ちなみになかはハンバーグとスパゲッティに、少し野菜でした)。

そして、今ー。

放課後。

私は建物の陰などに潜みながら<〈彼〉を尾行していました。

幸い〈彼〉が通る道は建物が多く建つエリアであり、身を隠しながらの追跡にはうってつけでした。

さらに幸いなことに、〈彼〉は人通りの少ない道ばかりを歩くので、最初は私の怪しい行動に訝しむ一般の方の目線が痛かったのですが、現在は私と〈彼〉の二人だけで、周囲の目を気にする必要がなくなりました。

まるでストーカーの神が私に味方してくれているようです。

………いやな神だ……。

そんなことを考えていると、〈彼〉は路地裏の方へ回り込むように入って行きます。

私は慌てて見失ないよう、その路地裏の方へ駆け寄ります。

しかし、そこには〈彼〉の姿はありませんでした。

どこにも。

「……え………?」

あまりの出来事に私はうろたえてしまい、一歩後ずさってしまいました。

一人残された路地裏の向こうはまるで異次元かと思うように、暗い闇がありました。

ココカラサキ、タチヨルナ。

そんな忠告をされているように感じた私は体全身が震えだしました。

誰もいない路地裏では、やたらと自分の心臓の音が聞こえます。

「い……行かなきゃ…」

私は震える口で言い、また同じく震える足で路地裏の方へ向かおうとします。

「この先に……あの人殺しがいるかもしれないんだから…」

「人殺しじゃない。悪殺しだ」

その声が聞こえたときは私は気絶させられていました。


昨日の夜のことです。

いつも夜遅くに終わる塾からの帰り、私はちょっとしたものをと、コンビニに寄り、ついでに本屋にも寄って欲しい本を買ってさらに遅くなってしまったときでした。

私は少し小走りに歩いているとき、ふと、なにか話し声のようなものが聞こえてきたのです。

私はその声の方へ顔を向けようとしたとき。

「この人殺しがあぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」

と、突然の怒声が聞こえてきたのです。

私は慌てて駆け寄りました。

そして路地裏の最初の角を曲がると、信じられない光景が現れました。

人の身体のあらゆるところから黒いトゲのようなものが生えていたのです。

顔からも口からも首からも肩からも腕からも手からも胸からも腹からも腰からも足からもー。

特に胸にあるトゲはトゲというより杭のように太く、生えたというより刺さった、ようなものでー。

フッ

一瞬でした。

あれだけ身体のあちこちに生えていた黒いトゲのようなものは、突然霧のように細かく舞い、消えたのです。

さらに私は信じられない光景を見ます。

なんとあれだけトゲがあったにも関わらず、その人の身体にも服にも、どこにもトゲがあった跡がありませんでした。

私はあまりの出来事に思考が停止していました。

だから気づくのが遅かったのです。

もう一人いたことに。

黒いハットに黒いスーツを身に包んだ人物はこっちを見ていました。

私はその人と目が合ってしまい、ハッキリと顔を見てしまったのです。

私は恐怖ですぐにその場から逃げました。

そこから記憶はありません。

おそらく無我夢中で走ったのだと思いますが…。気がつくと私は家に着いていました。

しかし、あの黒服の人物の目が頭に焼き付いてしまい、眠ることは出来ませんでした。


現在ー。

「ハッ」

目が覚めた私はすぐに起き上がりました。

しかしそこで見た光景は私の予想をはるかに超えていました。

シックな感じの長テーブルにモノクロの椅子が四つ。タンスや本棚、さらには壁紙までもモノクロといったかなりの仕様となっている感じで、白と黒しかこの部屋にはないのかと思われると、観葉植物もあれば、ピンクの可愛いぬいぐるみまである。

「あれ………?」

私は一瞬戸惑います。どうしてこうなったのか?

気絶する前はあのやたらと暗い路地裏にいたはずなのに今はこの趣味の悪い……じゃなくて…、個性的な部屋にふかふかなソファの上にいるという始末。

一体私が気絶している間になにがあったのでしょう?

と、私はソファの上に座り直していると。

「!!!??」

私は声も出せずに驚いていました。

なぜかって?そんなの決まってるじゃないですか。

人がいたんですから。

しかも突然。

私の隣に。

これに驚かない人がいるんでしょうか?

そこに立っている人は背丈は百五十センチくらいの女の子でとてもかわいらしい子でした。

桜色の髪をしており、ジャージのような服を上下に着ており、なぜか袖の長さが異様に長く、両手が見えませんでした。

ただ、目が異様に鋭く、赤い目をしていました。

……それを差し引いても可愛いんですけどね…。

その子は私の隣に座りました。

もし効果音が鳴るなら、『ちょこん』という音が聞こえたことでしょう。

そんな可愛らしい子が隣に座った途端、思わず抱きしめたい衝動に駆られましたが、なんとか抑えることが出来た私は冷静に考えました。

この子がこの家の人なのだろうか?とするとこの子が私を助けてくれたのでしょうか?

その場合は私はこの子にお礼を言わないといけないですね。どのようなお礼がいいでしょうか?

やはり三分間抱きしめるというのはどうでしょう?いや、三分と言わず五分でも十分でも抱きしめましょう。うん、その方がいいですね。

私がうんうんと頷いていると。

ガチャリッ

と、突然ドアノブのひねる音がしました。

「あ、気がついたようですね」

その声、その顔、全ては一度見たことのあるものでした。

黒いシニガミ。

私は思わず身構えてしまいました。

しかし黒いシニガミは妙に平坦としていており、ドアを閉めるとすぐさま私とは向かいのソファに腰掛けます。

「まぁ、そう身構えずにお座りください」

〈彼〉は笑顔でそう言いました。


「申し訳ありませんでしたっ!!」

謝られました。

土下座されました。

器用にもソファの上で丸まるようにされました。

一体どうしてこんなことに…。

-5分前。-

「まぁ、そう身構えずにお座り下さい」

〈彼〉は笑顔でそう言いました。

私は多少の警戒心を残したままソファに座ります。

「それではまず、改めて自己紹介をしておきましょう」

〈彼〉は自分の胸に手を置くと、笑顔で言います。

「僕はサツキ。そして…」

次に左手を私の隣の女の子に向けます。

「なぜかそちらに座っている女の子はコノエと申します」

〈彼〉……いえ、サツキさんはやや苦笑気味に言います。

「そしてここは僕の家です。なかなかいいセンスしてるでしょう?」

「そ、そうですね…」

ここで私はツッコムのを必死に耐えました。

「大体のことは理解できましたか?」

サツキさんは笑顔で言います。

「は、はい」

「そうですか…、それでは…」

サツキさんの顔から笑顔が消えました。

ガタッ

「えっ!?」

突然サツキさんは立ち上がり-。

「申し訳ありませんでしたっ!!」


そして現在となるわけです。

わけがわからない?私もわかりません。

一体サツキさんは私に“何”を謝っているのでいるんでしょう?

「あ、あの…一ついいですか…?」

私はおそるおそる聞いてみます。

「私はどうして謝られているんですか?」

「え?」

え?

どうしてあなたが疑問なんですか?

サツキさんは顔を上げ、こちらを見ていました。

黒い瞳に私の姿が映っていました。

「あぁ、あなたをここへ連れてくるとき…」

「…つい癖であなたを気絶させちゃって…」

なにその危ない癖っ!!?

やはりこの人危険です…。

しばらく静寂がこの部屋を包んでいました。

静寂を破るため、私はなにか話そうと思いました。

「ま、まぁいかにも“人殺し”の癖っぽいですよねぇ」

このとき、私はデリカシーのかけらもないことを言ったことに気づいていませんでした。

「人殺しじゃない。悪殺しだ」

サツキさんは再び顔をこちらに向けます。

その目は、先ほど見せた黒い目ではなく、血のように赤く、この世の憎悪を込めたようなものを、その目から感じました。

私は一瞬、殺されるかと思いました。

しかし。

「やはり少し勘違いをされているようですね」

サツキさんはフーッとため息をつき、座り直すだけで特に何もしませんでした。

「勘違い…?」

私は声潜めるように言いました。

「はい。勘違いです。僕は人殺しではなく、悪殺しです」

「悪殺し…」

一体なにが違うのでしょう?


「詳しいことは言えないのですが。

「僕が殺すことができるのは人間の《悪意》だけです。

「僕自身から人間を殺すことはできません。

「というかしたくありません。

「まぁ、確かに僕のせいで被害者は出ているわけですが…。

「それも一時的なものでしょう。

「僕が彼らにしたことは《悪意》のみを殺しただけですから。

「突然自分の中から《悪意》だけがきれいさっぱりと消えたわけですからね。

「しばらくその喪失感による無気力になるでしょう。

「え?《悪意》を殺された人のその後ですか?

「廃人になりますね。

「なんせ今までの行動理念が《悪意》によるものでしたからね。

「《悪意》が消えれば何もする気にならなくなると思いますよ。

「本当かって?本当ですよ。今までも全員そうなりましたし。

「え?《悪意》が消えれば残るのは善意だけになるんじゃないのかって?

「ないですよ。絶対に。

「《悪意》の裏に善意があるなんてことはないですよ。

「それじゃあ善意の裏に《悪意》があると言っているようなものですからね。

「善意も《悪意》も両方兼ねているのが人間?そんなことないですよ。

「それはエゴであり、理想でもあるのですから。

「少なくとも僕が生きてきた人生で。

「両方持っているひとは“一人”もいませんでした」


話が終わったあと、私はポカンッと口を開けていました。

あっけに取られた、というより、信じられない事実をつきつけられたような感じでした。

「あ、そういえばお茶をだすのをわすれていましたね」

と、サツキさんは席を立ち、部屋から出て行ってしまいました。

部屋には私とコノエちゃんの二人だけになりました。

しかし、今の私にはその状況を楽しむ余裕はありませんでした。

悪殺し。

人ではなく、人の《悪意》を殺す者。

その存在は確かにあり、事実目の前に現れました。

この夢のような現実は私には受け入れがたいものでした。

でも、それとは逆に私の胸の中には高揚感が渦巻いていました。

人類を超越した存在。

それは恐怖の対象と同時に誰もが求めていたものでした。

サツキさんはどのようにしてその力を得たのでしょう?

他にもいるのでしょうか?

〈彼〉の仲間とかー。

私は隣の女の子-コノエちゃんの方を見ます。

そうですよ…。考えてみればあの悪殺しと共にいるくらいなんですから。

この子にも、何か人類を超越した力を-。

「そこまでにしておきなさい」

声が聞こえました。

その声の主は-。

「この力は興味本位で関わっていいものではない」

「あなたにも…人類にとっても“この力”は不必要なものなのだから…」

コノエちゃんは無表情に無感情のような声を出し終えると目を閉じ、そのまま眠ってしまいました。

ガチャッ「お茶が入り-…ってアレ?なにかありました?」

サツキさんは見透かしたかのような目でこちらを見ていました。


しばしのティータイム。

サツキさんが淹れてくれたお茶はなかなかのもので、体の奥まであたたかいものが届き、私はリラックスしていました。

一緒に持ってきてくれたお菓子もこれまた美味しく、お茶との相性もバッチリで、私はティータイムをしっかりと楽しんでいました。

カチャッとカップを小皿の上に乗せ、シックなテーブルに置くと、ふと、ある疑問が浮かびました。

「そういえば私はどうして連れて来られたんですか?」

そう、どう考えてもわからないのです。

確かに私は昨夜、サツキさんの悪殺しをする場を目撃してしまい、さらに今日はまさかの尾行までしていたのです。

もし私がサツキさんなら、すぐにでも私のことを消すでしょう。……ゾッとしますが。

しかしサツキさんは私をどうとすることもなく、こうしておもてなしまでしてくれています。

……最後の晩餐という可能性もありますが…。

ならばどうして私を連れてきたのでしょう?

サツキさんたちからすれば、私とは関わりたくないはずなのに…。

私のそんな思考を見てとったのか、サツキさんはカップを置いて話してくれました。

「あぁ、それはですね…」

「一つだけ、約束して欲しいことがあるんですよ」

「約束…ですか?」

「はい」

サツキさんはピシッと立てた人差し指を顔の中央まで持っていき、静かにするときのジェスチャーのようにしました。

「僕たちのことを誰にも話さないと約束してほしいんです」

「親にも」

「友達にも」

「他の誰にも」

「決して、話さない、と」

サツキさんは血のように赤い目を私に向けました。

私は言葉責めでもされたかのように、黙ってしまいました。

しかし、それでも疑問は新たに生まれ、口に留めることはできませんでした。

「え…?それならなおさらどうして私を連れてきたんですか?あなた達のことを話されたくないなら、私と接触するのは極力避けるべきなんじゃあ」

「前にもあったんですよ」

サツキさんは私の言葉を途中で遮り、疑問に答えてくれました。

「前にも…あなたのように目撃され、尾行してくる人がいたんですよ」

「当時は関わらないよう、極力避けていたんですけど、それが返って怪しまれちゃって…

「最初は友達とかの小規模な捜索だったんですけど、だんだん事が大きくなったんですよ。

「最終的には、町全体が僕たちを捜索してましたね」

ま、町全体…?

その人もなかなかすごい人ですね…。

「おかげで随分と行動に制限をかけられるハメになりましたよ」

「あのときは大変だったなぁ…」と、サツキさんは遠くを見つめ、物思いに耽っていると思ったらすぐさまこちらへ向き直りました。

「そんな過去の失敗談もあるわけでして、なんならもう全部話して口封じしておこうってなったわけなんですよ」

サツキさんはひとしきり話し終えると、一息つくためか、カップを手に取りました。

「というわけなんで、ぜひとも僕たちのことは秘密にしておいてください」

そう、微笑みかけます。

「わ、わかりました。あなたたちの都合もあることはわかったので、私も他言することはしません」

私がそう言うと、サツキさんはパアァッと明るい表情を見せました。

嬉しそうです。

よほど嬉しかったのか、「おかわり淹れますね!」と席を立ったかと思うと、すぐに戻ってきました。

案外、怖い人ではないのかな、と私は思いました。

しかし、サツキさんがお茶を注ぐとき。

それは覆られました。

「くれぐれも注意してくださいね」

サツキさんは私とコノエちゃんのカップにお茶を注ぐと、次に自分のを注ぎます。

「?なにをですか?」

私はカップを手に取り、それを胸の下あたりに固定します。

「先ほど僕は『僕自身から人間を殺すことは出来ない』と言いました」

口元をニヤリとさせ、髪で目は隠れました。

「でもそれは、“直接的”なことであって、“間接的”ならできるんですよ」

赤い目がキラリとこちらに向けられました。

…やっぱりこの人怖い…。


翌朝。

いつも通りの朝。

暖かな朝の陽光は身体に染み渡り、鳥のさえずりは心に響く。

顔を洗う際、水をかけると頭は目覚め、思考を始める。

制服に着替え、一階に降りると親が作ってくれた朝食がある。

できたてのベーコンエッグトーストにハーブティー。少しサラダとなかなかの献立だ。

一つ一つを食べ終え、ハーブティーで胃を落ち着ける。

今日はなんだか良いことが起きる気がする。

心躍る足が私を学校まで導いてくれるー。

ー…なんて無理矢理明るくしても無駄でした。

いつも通りの朝に変わりありませんが。

朝の光は一日の始まりを報せるものとして鬱屈されましたし。

鳥は鳥でもカラスの鳴き声が聞こえましたし。

水をかけたとき、今から拷問されると錯覚しましたし。

朝食なんて味を楽しむ余裕すらありませんし。

足取り、重いし。

こんな嫌な朝は生まれて始めてです…。

別に朝が嫌いってわけじゃないんですよ?

理由があるんですよ。理由が。

明らかな、理由が。

理由というより、原因。

黒いシニガミ。

昨日、まさかの急接近で黒いシニガミであるサツキさんと話すことになり、自分たちのことを話さないようにするようにと釘を刺されました。

絶対に、言うなと。

言われました。

……………………無理でしょ。

無理でしょ。無理でしょ。無理でしょ。無理でしょ。無理でしょ。無理でしょ。無理でしょ。無理でしょ。無理でしょ。無理でしょ。無理でしょ。無理でしょ。無理でしょ。無理でしょ。無理でしょ。無理でしょ。無理でしょ。無理でしょ。

無理でしょーーーーーーっっっっ!!!!!

いやこんな重大な秘密をどうして私に言っちゃうんですか、あの人は!!?

こ、こんなの一人で抱え切れるわけないでしょう!!

昨日無事に家に帰してもらった私は、ずっとそう考えていました。

言えば殺されるという恐怖と、誰かに言いたいという気持ちの葛藤が心の中で渦巻き、私は苦しんていました。

おかげでロクに眠ることが出来ず、睡眠不足となってしまいました。

校門に着きました。

足が立ちすくみます。

果たしてこのまま学校に入っていいのでしょうか?

昨日のこともありますし、今日は休んだ方が-。

「あれ?サヤ?」

よく通る声が、私の後ろから聞こえてきました。

「こんなところで立ち止まってどうしたの?」

カナデは私の顔を覗き込むように見てきます。

「い、いや。なんでもないよっ!」

カナデは少し不思議そうにしますが、すぐに「そっか!」と言いました。

「じゃ、行こ!」

そう言ってカナデは私の手を引っ張ります。

……あぁ…。

カナデは本当に良い友達だなぁ…。


教室に入るとサツキさんはいました。

普通に座って読書をしていました。

こちらには見向きもしません。

……少し複雑な気持ちです。

いえ、お互い関わらないようにするためにしているのでしょうか?下手に関われば目立つ恐れがあるから…。

「サヤってば!!」

「へぁっ!?」

突然のカナデの声に私は思わず変な声を出してしまいました。

「どうしたの?サヤ。何度も話しかけているのに返事しないし…。どこか悪いの?」

少し心配そうな顔でカナデは見てきます。

どうやらボーッとしていたようです。これはいけません。サツキさんたちのこともありますし、私がこの調子ではいずれバレてしまう可能性があります。

ここは、普段通りにしないと。

「んーん。ごめん、少し考え事をしていたの」

私がそう言うと、すぐに人の言うことを信じてしまうカナデは「そっかー」と言ってくれました。

安心です。

「そういえばさー」

カナデは私の前の席の椅子に座ると(ちなみにカナデのクラスは隣である)喋り出しました。

いつもの朝の雑談です。

と、思っていました。

「昨日すぐ帰ったけど何かあったのー?」

え"っ!!?

ま、まさかいきなり核心をつかれるとは…。

カナデは昔からこういうことに関しては鋭過ぎるほどの勘を持っているのです。

これは早めに切り上げなくては…。

「いや、昨日は」

と言おうとしたところ。

カナデは言います。

「もしかしてあの転校生君と関係あるの?」

……………………。

勘、鋭過ぎるでしょー………。


人生って何やってもうまくいかないとき、ありますよね?

上手にやろうとしていてもしていないときも、下手にやろうとしていてもしていなくても、わざとやろうとしていてもしていなくても、成功しようと失敗しようと。

自分の思い通りにならないとき、ありますよね?

まるでそれが予め決められているんじゃないかと思ってしまうほどにそういうのはあります。

何か見えない力が働いているとも思ってしまいます。

それなんですかね?

その見えない力が、この僕、悪殺しである僕に働いてるんでしょうか?

目撃者に関わろうと関わらなかろうと、予め僕という存在は知られるんですかね?

今、この場で起きていることはそういうわけなんですかね?

僕の席の後ろからー、そんな声が聞こえるんですよ。

昨夜、僕は不覚にも一般市民であるサヤさんに目撃され、こともあろうに逃がしてしまいました。

そこで僕は過去の失敗を教訓に、サヤさんに接近しました。

わざと尾行しやすい道を歩き、二人となったところで接触を図りました。

……まぁつい癖で気絶させちゃったんですけど………。

そして彼女には僕達のことを話さないように釘を刺しておきました。

少し脅すようにしてしまったのはしかたありません。そこまでする必要があったのですから。

しかし、それも無駄だったのかもしれません。

なんせサヤさんの友達にあっさりと見破られそうなんですからー。

「あの転校生君と関係あるの?」

その言葉を聞いた僕は冷や汗ものでした。

ゾッとしましたね。

サヤさんのお友達ーカナデさんの勘の鋭さには。

昨日友達がすぐに帰ったというだけで、いきなり核心をつくとは。いやはや、探偵になることをオススメしますね。

さて、そんなことより。

どうしたらいいのでしょう。

僕は自分の正体がバレないようにするため、下手に動くことができません。

よってここはサヤさんに任せるしかないのですが……、大丈夫ですかね?


しばしの沈黙。

これが何を意味するかと言うと、すなわち、「うん!あったよー!てへっ=☆」ということだ。

つまり私は一番やってはいけない反応をしてしまったということになるのです。

妙に勘が鋭い友達であるカナデに見つめられること数秒、私はどうにかしてごまかそうとしました。

「い、いや!な、な、な、なにもないよ!うん!何も起きなかった!!」

しかし返って逆効果となってしまったようです。

「うーん…。怪しいなー、その反応もしかして…」

バ、バレた!?ど、ど、どうしましょう〜っ!!

私は心の中で泣きながらサツキさんの方へ土下座しました。

「ふーん。なるほどー、そうなんだー、そういうことなんだー」

カナデはニヤけながら私の困り顔を楽しむように見てきます。

うぅ…、ひどいよぉ…。

しかしカナデからの次の一声は私の予想外のものでした。

「へー、サヤってあーゆうのがタイプなんだー。知らなかったなー」

タイプ…?一体なんのことでしょう…?

「意外と積極的なんだねー、フフッ。でもダメだよー。そういうのは焦らずゆっくりするもんなんだからー」

まぁ応援するけどねー、とカナデは微笑みます。

?????

カナデはなにを言っているのでしょう?

私が頭の上に大量の“?”を浮かばせていると、学校のチャイムが鳴り、それと同時に先生が入ってきました。

「はーい、おはよー。早く席つけよー」

先生の間延びする声に反応したカナデは席を立ちます。

「んじゃ、またねー。後で詳しいことは聞かせてよね♪」

カナデはステップをするように教室を出ました。

……………………。

なんでしょう……。

ものすごい勘違いをされた気がします……。


ここユニアドという都市は商業都市であり、昼型に人口が集中する。

しかし、近年建設されたユニアド学園を初め、学園都市と化している。

また教育機関の申請より、多くの企業などから優秀な人材を集め、より発展などを目指した。

ゆえにユニアドは、ユニアド学園を中心に徐々に学園都市化を進めている。

だがその裏では人材を取られた企業の会社が次々と潰れ、後を絶たない。

さらに潰れた会社の建物があまりに多く、建て壊しをするにも費用が足らず、現在放置となっている。

その廃墟を巣窟に、不良が集ってしまうという問題が起きているのだ。

ユニアドの外れ。

ここは特に酷かったのか、廃墟がところどころにできている。

ゆえに不良の数も多かった。

それぞれからは笑い声や悲鳴、怒鳴り声などが聞こえる。

景観は悪く、地元の人もここには近づかない。

一つは不良が多いという理由からだが、最大の理由はここにその不良のボスがいるからだった。

そのボスがいる廃墟。看板はとっくの前に破壊されているようで、元の企業がなんだったのかはわからない。

入り口のトビラは破壊され、その破片などは中の方に散らばっていた。

中に入ると受付のロビーのようなものが見られ、そのカウンターの上で寝ている者が一人。

電気は通っていないのでエレベーターの使用は当然できない。よって階段による移動でしか二階には上がれない。

二階に上がるとそこには数人の不良がいた。

カードで遊ぶ者。携帯をいじる者。床で寝ている者。

皆、それぞれの時間を過ごしている。

三階に続く階段の前には見張りの不良が二人いた。

その二人の後ろにある階段を上がると、そこにボスはいた。

部屋にはボス一人。

ボロボロのソファに腰掛け、煙草を吸っていた。

髪はツンツンと逆立っており、耳にはピアス、口にチェーン、服ははだけてそこから多くの傷が見える。

その目は鋭く、あらゆるものを切り裂くような視線を見せる。

煙を吐くため、右手の指で煙草を持ち、フーッと吐く。

そこに。

いた。

いや、あった。

ここで言葉を迷うには理由がある。まずその理由はそれが本当に実在しているのかと思うものであったからだ。

しかし、事実それは見えている。

見えてーしまっている。

「なんだ…これは?」

ボスは動揺していた。

それもそのはず、それは突然現れたのだ。

何の予兆もなく、何もないところから。

黒いものは、現れた。

いや、そもそも色などないのかもしれない。そう思う程に“ソレ”はどす黒く、禍々しいものであった。

“ソレ”は最初球体のような形をとっていたが、すぐに別の歪な形に変わる。という動きを何度も繰り返していた。

そして突如、“ソレ”はボスである男に向かってー。


「あれ?ボス、どうかしたんですか?」

突然階段から降りてきたボスに少しの驚きを混ぜた声で、仲間である見張りの不良が言った。

しかし、ボスはそれに応えることはなく、ゆっくりと、フラフラとしながら、歩き出す。

「だ、大丈夫ですか!?どこか調子でもー」

仲間の不良が一人、心配そうに近づく。

直後。

ギロンッ

ボスが仲間に向けた目は、もはや人間の目ではなく、丸く切り抜かれたように見開いていた。

ガシッと仲間の首を掴むと、黒い、炎のようなものを出し、仲間を黒く染めた。

文字通りに。

ボスの体全身から、黒い炎のようなものが出たかと思うとー。

阿鼻叫喚の声が、その廃墟から響いた。


放課後。

ようやく長い一日を終えた私は、一人、帰路についていました。

度々カナデにサツキさんのことを聞かされましたが、なんとかことなきを終え、内心ホッとしています。

まったく、カナデのあの異様な程の勘の鋭さはなんなのでしょう?

それにやたらとサツキさんのことを知ろうとしてましたけど…。

なんでしょう?カナデには探偵の血でも流れてるんでしょうか?

まさかね。

私はそんなことを内心で思い、一人でくすりと笑っていました。

ちなみにカナデは今日用があると言って、先に帰ってしまいました。

そんなわけで私は現在一人で帰っているところです。

今日は特に寄りたい所もなかったので、まっすぐ家に向かっていました。

一時はどうなることかと思いましたが、一日が終わればあっという間でした。

そう、思っていたのです。

まだ今日は終わっていないというのにー。

しばらく歩いていくと、人だかりができていました。

なんだろうと覗き込むと、そこは宝石店でした。

しかし、入り口や窓といったところは全て割られていました。

「強盗があったんだって」

「怖いわねぇ」

「犯人捕まってないんだって」

「まだこの辺りにいるかもよ」

そんななか「黒いシニガミが出るんじゃない?」という言葉を聞き、私はその場を逃げるように歩き出しました。

冗談じゃありません。

昨日今日とまた黒いシニガミであるサツキさんと会うことになるなんてとんでもありません(昨日は自分で近づいたんだけど)。

私はやや早足気味で家に向かいました。

「窃盗があったんだって」

「次は万引きだってさ」

「そっちも!?こっちもだって!」

「空き巣があったらしいわよ」

「通り魔が出たんですって!!」

「さっきあっちにマフィアっぽいの見かけたわ!」

「そういや今日は不良っぽいの多いなー」

「車上荒らしだー!!」

「食い逃げだー!!」

「引ったくりよー!!」

「待てーっ!!」

「キャー!!」

「おい!そっちに行ったぞ!!」

「まだ一人も捕まえていないってどういうことだ!!?」

「ーーー!!」

「ーーーーーー!!?」

「ーー………」

い、一体何が起きてるの…?

行けども行けども事件が起きています。

まるで推理小説のような展開です。

いや、これはそれ以上です。

こんなにも同時に事件が起きたことは過去に一度もありません。

まるで…全ての悪が集まろうとしているかのようー。

「むぐっ!?」

私は突如背後から口を塞がれ、強引に裏路地に連れて行かれました。

「んーーーっ!!ん"ーーー!!?」

私は必死に抵抗しようとしましたが、ナイフを見せつけられ、私は言葉を失いました。

「騒ぐな」

その一言で私は完全に停止しました。

見ると、男性の格好は黒い帽子にスーツと、一瞬サツキさんかと思いましたが、指に宝石などがついた指輪や胸にネクタイを見つけ、私はこの人がサツキさんではないと分かり、良かったと思う反面そうであって欲しかったと思いました。

マフィアでした。

「ふむ、なかなかの上物だな。これは高く売れそうだ」

もう一人の男性が私の顔を自分の方へ向かせます。

「さて、商品も手に入ったことだし、さっさとこんなところトンズラするとしよう」

私の口を抑えている方の男性が頷くと、私の口や手、足などをガムテープで自由の効かないようにし、人間一人が入るほどの大きさの麻袋に入れました。

私は、何が起きているのか分かりませんでした。

ただ、助けてと心の中で叫んでいました。

音の無い叫び。

「よし、運ぶぞ」

しかしその叫びも虚しく、当然誰も助けにはー。

「あ?なんだてめーは?」

突然男性の歩みは止まりました。

直後。

ドスッ

「ぐわっ!!?」

「な、何だこれ!?」

「て、てめぇっ!!なにを」

ドスッ

パチンッ

ブシャアッ

一瞬の喧騒はたびたび静寂と変わりました。

すると誰かが私の入った麻袋の紐をほどきます。

わけがわからず私は顔を出すとー。

「大丈夫ですか!?サヤさん!!」

サツキさんが、そこにはいました。

「何か異変を感じて来てみれば…。来て正解でしたよ。今縄をほどきますね」

そう言ってサツキさんは縄をほどきにかかりました。

その後ろでは、先程私を誘拐したマフィアの二人が倒れていました。

「はい、ほどけましたよ」

縄をほどいてくれたサツキさんはそう言って微笑んでくれました。

私は口を塞いでいたガムテープを取ると。

「ふっ……う、ううううううう…………うぁ、あ、ああああああああ、ああああああああああああん!!!」

泣いてしまいました。

「サ、サヤさん!?どうしました!!??ど、どこか痛めましたか!?」

慌てたサツキさんはオロオロとします。

「こ、怖かったよ〜。ぐす。ごわがったよ〜」

私はそう言ってサツキさんの胸に頭を預けました。

「………とりあえず、一旦僕の家へ行きましょう…。ここは危険ですから…」

サツキさんは耳元で、優しくそう言ってくれました。


サツキさんの家に二日連続で来てしまいました。

おそらく、昨日私を気絶させた時と同じように、サツキさんは私をお姫様抱っこで運んでくれました。

…………恥ずかしかったです。

家に入る時、コノエちゃんにその姿を見られた時に一瞬ですが殺意のようなものを感じました。

……気のせいだと思うのですが…。

「落ち着くまでここにいてていいですから」とサツキさんはそう言って、どこかに行ってしまったので、現在部屋には私とコノエちゃんの二人だけです。

私は昨日と同じように、ソファの上に座っていました。

コノエちゃんは、私の腕の中にいました。

…………なにか文句でも?

本人は特に怒りもしないので大丈夫……だと思います。

それにこの方が安らぎますし。

にしても、コノエちゃんいい香りするなぁ。

シャンプーとかコンディショナーはは何を使っているのでしょう。

それに、持ち帰りたくなるほどカワイイし…。

「泣き止んだなら放してもらえないかしら?」

突然コノエちゃんから話しかけてきました。

「えぇー、もうちょっと…」

私はそう言ってコノエちゃんをさらにギュッと抱きしめました。

「私はお人形ではないのだけれど?」

「でもお人形みたいにカワイイよ?」

「…………」

黙ってしまいました。せっかく話せるようになったのに、残念です。

その数分後、玄関のドアが開く音が聞こえてきました。

「ただいまー」

その声はサツキさんのものだと分かりました。

ガチャッ

部屋のトビラを開け入ってきたサツキさんは少し疲れているように見えました。

「大分落ち着いたみたいですね」

そんな状態でも私を気にかけてくれる姿勢には感心します。

「じゃ、今お茶淹れますねー」とさらに気遣いまでしてくれる始末。

「い、いえ!お構いなく!大丈夫ですから少し休んでください!!」

私の必死の制止に応えてくれたのか、サツキさんは「そうですか…」とつぶやくとソファの上に座ってくれました。

「あの…外で何を?」

「悪を殺してきました」

普通に即答するので少し呆気にとられました。

「と言っても半分くらいですけどね。今回は数が多すぎる……」

サツキさんは膝の上で肘を置き、手を組むと考え込むような態勢をとります。

「一体…今、何が起こってるんですか?」

私は聞きます。

「それは…」

サツキさんが口を開いた、そのとき。

「その前に」

と、突然私の腕の中にいるコノエちゃんが喋り出しました。

「そろそろ放してもらえないかしら?」

と、私に言ってきました。

「えー……もう少しぃ…」

私は駄々をこねるように言いました。

「……サツキ」

と、次はサツキさんに言いました。

「サヤさん、僕からもお願いします。コノエさん、……その、苦しそうですし」

と、サツキさんからも言われてしまいました。

仕方なく、私はコノエちゃんを放します。

するとコノエちゃんはどこかへー行くことなく、私の隣に座ってくれました。

… 距離はありますが。

「…こういうのは今回だけにして欲しいわ……」

と、聞こえた気がしますが聞こえないフリをしました。

「それでは、そろそろ本題に入りましょうか」

サツキさんは微笑み混じりに言いました。


「いま、ここでは“悪”が集められているんです」

サツキさんは言います。

「集められている…?誰にですか?」

私は聞きます。

「わかりません…。でも、正体はわかっています」

「…?」

そのハッキリしない返しに、私は首をひねります。

「その…正体って?」

「アクヨセ」

サツキさんはそう、言いました。

その言葉を。

「“悪”を寄せる者、“悪”にする者、…正しい定義はありませんね」

サツキさんは答え探すように目を瞑ります。

「アクヨセ、は僕がそう呼んでいるだけで正しい名前ではありませんし、名前があるのかどうかもわかりません。ただ、分かっていることはアクヨセは人を“悪”そのものにし、それを自分の元へ集める特徴があるってことです」

「人を“悪”そのものに…!?」

私は声を荒らげます。

「そんな…一体、何のために!?」

「少し落ち着いてください」

立ち上がった私を、サツキさんは冷静になだめました。

「アクヨセは能力、というより体質に近いものなんですよ。だから本人は自分がアクヨセだということは知りませんですし、自分が人を“悪”にしているという自覚もありません」

「え…?」

私は言葉を失いました。

え?…ということは、この事件の発端である人は自覚もなくこの自体を起こしているってことなの?…それって。

「どうやって…探せば」

私は気づけばそう言っていました。

「そこなんですよ」

サツキさんはソファに全体重をかけ、天井を仰ぎ見ます。

「アクヨセの人は普通の人ですからね…。見つけるだけでも一苦労なんですよねぇ」

「ど…どうすれば」

いいんですか?と言う前にサツキさんはこちらを見、人差し指をピンっと立てました。

「その探し方なんですが、その一つは“悪”の集まっているところに行く、ですね」

「“悪”が…?」

「はい」

サツキさんはどこかから紙とペンを持ってくると、私に分かりやすいよう絵で説明してくれました。

「アクヨセは“悪”を寄せる特性を持っているので、“悪”の多いところに行けば、そこにアクヨセがいるって寸法なんですが…」

そこでサツキさんは口をつぐみます。

「今回起きてる“悪”の数が、異常なほど多いんですよ…。いつもなら十人や二十人ぐらいなのに、ここでは軽く百人ぐらいはいますね…」

「ひゃっ…!」

私は再度言葉を失います。

「だから数が多すぎてアクヨセの特定ができないんですよ。なんで一つ目は無理ですね」

そこで、とサツキさんは二本目の指を立てます。

「二つ目の方法なんですけど…その、少し乱暴な方法なんですが…」

サツキさんは言葉に迷うように目を動かします。

「…この辺り一帯の人間を片っ端から襲う、という」

「却下です」

「ですよね」

サツキさんは苦笑します。

「…他に方法はないんですか?」

私はサツキさんに次なる手段を聞こうとしました。

しかし。

「ないですね」

と、即答されました。

「ど、どうするんですか!?じゃあ!?」

私はサツキさんに詰め寄るように言います。

「うーん…。せめて僕にもコノエさんと同じような能力があればなぁ…」

「え?」

コノエちゃん?の能力!?

そこで私はハッとします。

そういえばサツキさんと一緒にいるコノエちゃんも何かしらの能力を持っているのかもしれません。

もしかしたら……と、高まる気持ちをコノエちゃんに向けます。

「無理ね」

しかし返ってきたのは無慈悲な声と冷たい目線でした。

「私とサツキとは、まず性質が異なるから」

「性質…?」

私の疑問に答えてくれたのはサツキさんでした。

「コノエさんは《恋殺し》なんですよ」

「恋殺し…」

なにかはすぐに分かりました。

恋を殺す者。

その意味は、とても、恐ろしいものだということに。

「コノエさんは僕と違って人の《恋心》だけしか殺せないんですよ。だから僕の対象である“悪”を殺すことはもちろん、感知することもできないんですよ」

「そ、そんな…」

私は崩れるようにソファに座りました。

このまま、アクヨセの人を見つけることも出来ずに、みんなが“悪”に染まっていくの?そんなの…。そんなの…。

「大丈夫ですよ」

私が顔を上げると、サツキさんは私の方をまっすぐ見ていました。

「こういうような事態は前にもありましたし、最後にはアクヨセは見つけられましたしね。だからそんな顔しないでください」

サツキさんはそう言って微笑みます。

慰めのようなその言葉も、なぜか安心できます。

この人なら…きっと。

「よくそんな根拠もないことを言えたものね」

「ぐふっ!?」

コノエちゃんのその言葉に、サツキさんはなにかで刺されたかのように吹き出しました。

「あなた、前も似たようなこと言って結局失敗したでしょ」

「ぐはっ!!」

「全く…口先だけの男ほど情けないものはないわね」

「……っ!!…!」

サツキさんは真っ白に燃え尽きたようにソファの上で崩れました。

………不安だ。


ここ、ユニアドの市街では現在出入り禁止となっている。

突然の犯罪増加により、一般市民を家に避難させるという処置をとった。

しかし、全ての人の避難が完了しているわけではない。

今、この街の外にいるのは警察と、犯罪者と、ー逃げ遅れた市民である。

「はぁっ、はぁっ」

裏路地の暗がりのなかで声が一つ。

子どもの声。

「ど、どうしよう…」

子どもは座り、うずくまった。

「おい!いたか!」

突如、男性の声が聞こえ、子どもはビクリとする。

「いや、こっちにはいねぇっ!」

「…ちっ。んじゃあ、次行くぞ!」

男性たちの格好はマフィアでよく見るスーツの格好をしており、片手には銃を持っている。

男たちが走り去る音を聞き、子どもは安堵の声を漏らす。

しかし、突然後ろから伸びた手は子どもの口を塞いだ。

子どもは必死に抵抗したが、銃を突きつけられ、固まるように動かなくなった。

「おい!いたぞ!こっちだ!」

子どもの口を塞ぐ男がそう叫ぶと、先ほどの二人が戻ってきた。

「こんなところにいたのか!」

「よし、今日のノルマはこれで達成だ、行くぞ!」

男たちは子どもを連れて行こうと走るとー。

ドスッ

ドスッ

ドスッ

突然なにかが刺さったような音。

「ぼく」

そして誰かの声。

「怖いから目を瞑っておきな」

その声を聞き、子どもは目を瞑る。

ブシャアッ

それとほぼ同時になにかが破裂するような音。

子どもは恐る恐る目を開けると、そこには白い髪と肌、そして赤い目をした人がいた。

「大丈夫?」

そう笑顔で言われ、子どもは無言で頷く。

「そう、それは良かった。コノエさん、この子を家まで送ってくれませんか?」

その男性の後ろから桜髮に赤い目をした少女ーコノエーと、栗色のロングヘアーに眼鏡をした女性が現れた。

「わかったわ」

コノエはそう言うと子どもをおんぶする。

「このお姉さんが君を家まで送ってくれるから、ちゃんと言うこと聞くんですよ?」

男性のその声に子どもは「うん」と言うと、少女はダッと駆け出した。

二人はそれを見送ると、バッと振り返る。

「……で、どうするんですか?サツキさん」

男性ーサツキは言う。

「………どうしましょうか?サヤさん」

と、サツキは女性ーサヤの方へ向く。

「どうするじゃないでしょ!!じゃあ、どうして外なんかに出たんですか!?」

サヤはサツキの服につかみかかり、ユサユサと揺らす。

「あわわわわっ!!そ、それはまずあなたを無事に家まで送り届けるのと、逃げ遅れた人たちを手助けするためですよよよよよっ!!」

サツキが早口で言い終えると、サヤはサツキの服を離す。

「…はぁー。では私の家に向かいましょう」

そう言ってサヤは歩き出す。

その後ろに続いてサツキも歩く。

「…サヤさん。良ければ僕がまた家まで抱えてあげますよ?」

「お断りします!!」

サヤは顔を真っ赤にして言った。

「……恥ずかしいのでお断りします…」

「あぁ…なるほど、わかりました」

サツキは苦笑気味に言うと、サヤと肩を合わせるように歩く。

「というか、アクヨセを見つけるよりも“悪”を先に全部殺した方が早いんじゃないですか?」

「…サヤさん、それ意味分かって言ってるんですか?」

サヤからの提案に難しい顔で返すサツキ。

「え?駄目なんですか?」

「いや、駄目ってわけじゃあないんですけど…」

なおも難しい顔をするサツキに、サヤはいぶかしの顔をする。

「僕が殺せるのは“悪”だけってのはもうわかっていますよね?」

「え、えぇ…」

「つまり逆を言うと“悪”以外は殺すことはできないってことなんです」

「………?」

いまだ答えの分からないような顔をするサヤ。

「えっとですね…。“悪”の心、《悪意》の無い人間に対しては僕は悪殺しとして何もできない、てことです」

「……ん?でもそれ今関係ないんじゃあ…」

「いえ、関係大アリです」

そう言ってサツキは人差し指をピンっと立てる。

「いいですか?今僕たちが探しているのはなんですか?」

「……………アクヨセ?」

「そうです」

サツキは次に中指をたて、人差し指と合わせる。

「では次に、そのアクヨセである人はこの事態を《悪意》をもって行っていますか?」

「!」

そこでサヤはサツキの言わんとしていることが分かった。

つまり、サヤの言う通りに“悪”を殺しても何の解決にもならないということだ。

アクヨセを探す手段でもある“悪”を殺してしまえば、本末転倒となり、アクヨセは永遠に見つけることが出来ない。

さらには、アクヨセは今、この瞬間にも“悪”を人に染めているのだ。

たとえ“悪”を殺してもそれを上回るスピードでアクヨセは人を“悪”に染めていく。

つまりイタチごっことなるわけだ。

さらには、サヤは昨日聞いているのだ。“悪”を殺された者の末路を。

サヤの提案がもたらす結果は自分が思っていたものよりも恐ろしいことであること確認したサヤは、ふとした疑問をサツキに投げかける。

「え…それじゃあ、アクヨセを見つけたときはどうするんですか?」

するとサツキは立ち止まり、言った。

「もちろん、殺します」

サヤは絶句した。

それもそのはず、それはれっきとした人殺ー。

「あ!ち、違いますよ!本当に殺すんじゃなくて、その人のアクヨセの部分だけを殺すってことですよ!?」

サツキは慌てて自分の言葉の足りなかった部分を早口で言った。

「アクヨセ、の部分だけですか?」

サヤは安堵の息を漏らす。

「えぇ、まぁ…。だからその人の命は奪いませんよ。……命、は」

「?」

サヤはサツキの妙に引っかかるような言い方に対して何か言おうとしたが、サツキの顔にかかった影から何かを感じ、聞くのをやめた。

「それにそんなことしたらこの街は廃人で一杯になっちゃいますからねー」

あはは、と笑顔を見せ、先ほどの陰りが嘘のような明るい顔で言う。

「いや、笑い事じゃないんですけど…」

気のせいだったのかな、とサヤは特に気にしなかった。

そしてここで、一番聞きたかったことを聞く。

「……この街はこのままいくとどうなるのですか?」

このことを聞くのを後回しにしたのには理由があった。それはサヤの今までの経験則から考えると、こういうことに関しては裏切られるような返事が返ってくるからだ。

それを恐れ、サヤはこれを最後に聞こうとした。

そしてサヤの思った通りに裏切られる。

しかし良い方向に。

「そうですねぇ…。このままいけばアクヨセと悪人と廃人の街になりますが、廃人の方は……まぁ、手遅れなんですが……アクヨセによって“悪”に染まった人たちはまだ助かる可能性はありますよ」

「ほ、本当ですか!?」

サヤは詰め寄るように聞いた。

「えぇ、アクヨセを殺せば皆元に戻ります」

その言葉を聞き、サヤは小さく「良かった…」とつぶやく。

「しゃあ、この街の人たちは最低でも廃人になるところで留まるんですね」

実際自分がすごいことを言っていることに気づかないサヤは喜び混じりに言った。

が。

次の裏切りは、悪い方だった。

「いえ、廃人の方がまだマシですね」

「え?」

サヤは自分の耳を疑った。

「な、何を言ってるんですか。サツキさん。廃人の方がまだマシだなんて」

冗談ですよね、と言おうとしたところでサヤは言葉を止めた。

サツキの顔は真剣だった。

血のように真っ赤な目をサヤに向けて。

「廃人で……留まるならまだいいんです。でも……でも……“悪”に染まるだけじゃなく、そのものとなってしまったら………」

サツキはギュウッと強く両拳を握り、キツくはを食いしばっていた。

まるで耐えられない苦痛を感じたかのように。

やがてフーッと息を吐き、全身に入れていた力を抜くと先ほどの表情が嘘のような穏やかな顔に戻っていた。

「……すいません、取り乱したようで」

「い……いえ」

「では、行きましょうか」

そう言ってサツキは歩を進める。

サヤはサツキの背中から感じるナニかを見た気がした。

およそ、自分の考えのつかないような苦痛や試練を乗り越えたかのような背中。

あの表情ができるのが奇跡と思えるくらいの人生が彼にはあったのだろう、と。

サヤはふと、思った。

もっと知りたい。

彼が歩んだ道、経験、出会った人たちのことなど、色んなことを知りたい。

駄目とは言われてしまったが、知りたい。彼らのことを。

私には、知らねばならない。

サヤは心の内で密かに誓った。

これが全部終わったら、聞いてみよう、と。

「わぷっ!?」

突如、立ち止まっていたサツキにぶつかってしまう。

「ど、どうしたんですか?」

サヤは鼻をおさえながら言った。

しかし返事はなかった。

「?……どうしま」

再び聞こうとサヤはサツキの前に出ようとすると、そこにはある光景が広がっていた。

広い場所だった。

偶然なのか意図的なのかは定かではないが、こうも密集したじゅうたくの裏路地にまさかこんな広い場所があるとは誰も夢にも思わないだろう。

そこは普段、不良のたまり場として使われているのか、あちらこちらにゴミは散漫していた。

それ以外は特に何もなく、後は他の裏路地に続く道がいくつかあるだけであった。

「こんなところがあったなんて…」

この辺りに住んでいたサヤも少し驚いたが、それ以上の驚きはなかった。

うわぁ広い、で終わりだった。

だからわからなかった。今のサツキの表情が。

目は見開き、汗は頭からアゴまでしたたり落ち、よく見ると震えている。

まるでありえないようなものを見たかのような顔だった。

そしてサヤは見る。

ありえないものを。

その広場の、サヤたちとは向かいである道から[ソレ]は現れた。

黒い、絶望がー。


ココハ…ドコダロウ…。

クライ…。ナニモ…ミエナイ…。

タシカ…タシカ…。

?………ナニモ…………オモイダセナイ…。

ナニヲ…シテイタ……?ナニヲ…サレタ…?

オモイ…ダセナイ……。ナニモ…。

……………………。

モウ………イイ。ドウデモ………イイ。

コノママ…マカセヨウ…。スベテ…マカセヨウ…。

アノ…クロイモノニ……。

クロク…ソメロ…。クロク…シロ…。

スベテ…クロニ……。クロニ…スル……。

マブシイ……マブシイ……モノヲ…。

ミエル…ミエル…。マブシイ…ミエル…。

マブシイ…マブシイ…。

アレハ…ナンダ?

アレヲ…クロクスルノカ?

イマイマシイ………ダガウツクシイ…。

クロク…クロク… クロク…クロク…クロク…クロク… クロク…クロク… クロク…クロク… クロク…クロク…クロク…クロク… クロク…クロク…クロク…クロク… クロク…クロク…クロク…クロク… クロク…………………………。

クロクッ!!!!!!


足音は一つではなかった。

別のところからも、誰かが歩く音が聞こえ、ここ、裏の広場に向かっていた。

依然サツキの顔には驚愕に満ちた表情をしている。

サヤはその原因を見ようとするも、辺りは暗く、明かりは月明かりしかないので音しか聞こえなかった。

やがて、足音は大きくなり、サヤは[ソレ]を目撃する。

黒い人だった。

全身が。

黒い服を着ているわけではない。黒いものを羽織っているわけではない。黒い肌というわけでもない。

その人は。

[ソレ]は。

黒かった。

いや、まず色があるのかどうかもわからなかった。

それは黒というより闇と表現する方がまだしっくりくる。

闇は、人の形をしていた。

ところどころはためき、炎のようにゆらめいている。

目と口は視認することはできるが、目は人間のものとは思えないほどに丸く切り開かれており、口はギザギザとキバのような形をしている。

足取りは重く、足は引きずるように歩き、上半身はまるで飾りかのように左右に揺れる。

「な、なんですか!?あれ!!?」

サヤはサツキの服の裾をつかみ、震えながら言った。

サツキはしばしの沈黙の後、ようやく口を動かした。

「あれは…『アクビト』…。“悪”に染まった人たちが最終的になる、“悪”そのものとなった人です」

「アクビト…?」サヤは横目でサツキを見る。サツキの表情はまだ驚きを隠せていなかった。

「バカな…。早すぎる…。まだ一日も経っていないのに…!」

そう言うとサツキはサヤの二、三歩前へ歩み出す。

シュンッ

次の瞬間、サツキの着ていた服は黒く染まり、一瞬で制服から黒のスーツに変わった。

頭には黒い帽子がかぶられており、その姿は噂の黒いシニガミであった。

「サヤさん、危険ですので下がっていてください」

サツキの声は、いつもの調子に戻っていた。

表情に微笑みは、ない。

サツキはそのまま広場の中央まで歩き出した。その間にも、別の裏路地からも次々と全身闇を覆った人、『アクビト』が現れた。

その異様な光景にサヤは言葉を詰まらせた。

やがてアクビト達はサツキを囲むような位置で止まった。

その数、五人。

ダッ

突如、サツキに対して正面に立っていたアクビト がサツキに向かって飛びかかってきた。

それを合図に、アクビト達は襲いかかってきた。

サツキの左斜め後ろに立っていたアクビトは同様に飛びかかり、左斜め前と右斜め前と後ろにいたものは両手を前に出し、キバのように変形した口を大きく開けて襲いかかる。

この先の展開を予期して、サヤは口を抑えていた。

一瞬の、出来事だった。

まずサツキは何もないところから黒い杭のようなものを出した。長さはおよそ一メートル。直径は二十センチで両端は針のようにとんがっている。

それを右手でつかむと、正面に飛びかかっていたアクビトの中央、つまり腹目掛けて投げ槍のように飛ばし、刺した。

次に、その動作を利用して体をくねらせ、左後ろにいたアクビトにも同様、どこからか出した黒い杭を刺した。

最初に向いていた方向の百五十度の方に体を向けると、そのまま腕を交差させ、姿勢を低くさせると両腕を激しく左右に振る。

すると、左前と右後ろにいたアクビトに黒い杭が刺さり、くの字となっている。

背後にいる右前にいたアクビトはサツキの背中から噛みつこうと、口を大きく開き、両手で逃がさないようにつかもうとした。

しかし、アクビトの両手はサツキの体を捕らえることはなく、虚しく宙をかいた。

突如消えたサツキはアクビトの頭上三メートル上にいた。

サツキは右手に黒い杭を出現させると、空中で翻し、その勢いでアクビトを背中から刺した。

そのままサツキは指を鳴らす形にするとー。

「アクバリ・散ッ!!」

パチンッと音がしたと同時。

ブシャアッ

破裂音のようなものが広がり、アクビト達の体中には無数の黒いトゲが現れ出た。

サツキがタンッと地面に足をつけるのと同時に、空中にいたアクビトがガシャッと音を立てて落ちた。

「…………」

あまりの出来事に呆然としていたサヤはハッとすると、サツキの元へ駆け寄った。

「サ、サツキさん。大丈夫ですか?」

サヤは地面に倒れたままのアクビト達をなるべく見ないようにしながらサツキの顔を見た。

しかし。

「大丈夫じゃ、ないですよ…」

その声は、苦しみに耐えるような声だった。

「この感覚…慣れないんですよねぇ…」

サツキは自分の胸のあたりを強く握りしめ、歯を食いしばった。

「どうしたんですか…?どこか…痛めたんですか?」

サヤがそう言ったとき、フッと風が吹くような音がした。

するとアクビトに生え出ていた黒いトゲも、黒い杭も。

黒い体も、消えた。

跡形もなく。

「え………?」

サヤはあまりの現象に動揺し、言葉を失った。

人が消える、現象に。

「こ、これは一体…!?」

サヤは再びサツキの顔を見ると、サツキはより一層苦しそうな顔をしていた。

「これが…アクビトの最期です…。一度、アクビトになってしまった人を悪殺しすると…」

そこで目をつむる。

「消える」

サヤは、放心したような目でサツキを見た。そしてさっきまで倒れていたアクビトの方を見る。

そこには、何もない。

「ど、どうしてです…?あなたが殺せるのは“悪”だけで人は」

そこでサヤは気づく。

「“悪”に染まった人たちが最終的になる、“悪”そのものとなった人ですー」

“悪”そのもの。

それはまさにサツキが殺す対象である。

人の“悪”ではなく、人が“悪”なのである。

それを殺せば、当然ー。

「そんな…」

サヤは崩れるようにその場に座り込んだ。

「…くそっ、こんなに早いとは思わなかった…」

サツキがそう言ったのとほぼ同時に、何かがおりてくる音がサツキとサヤの後方から聞こえた。

「!…コノエさん」

「コノエちゃん…」

コノエは着地した場から動かず、ジッとサツキとサヤの方を見た。

コノエさん…急いでアクヨセを見つけましょう。今回は異例なことが起きすぎています。このままじゃ…あのときの繰り返しになってしまう…!」

「その必要はないわ」

無慈悲に、無感情な声がその場を貫く。

予想外の言葉にサツキは言葉を詰まらせた。

「な、何を言ってるんですか!!?このままじゃ、みんなを殺さないといけないかもしれないんですよ!!?あのときみたいに!!」

サツキは声を荒らげ、コノエの方へつかみかからん勢いで歩み寄った。

しかしそれでも冷静に、コノエは言った。

「必要ないわ」

「……!?一体!何を!!」

と言いかけたところをコノエは右手を前に出し、制した。

「探す必要がないのよ」

「え?」

そのまま、コノエはあるところを注視する。

「アクヨセは」

そして言う。

「そこにいるから」

サヤの方へ。

「…………え?」


コノエの言葉を受けたサヤは衝撃を受けた。

突然の、ありえないことを言われたからではない。

予感が、していたのだ。

根拠のない、予感が。

あの日、サツキと出会ったときから。

私は、この人に殺されるーと。

「な、何を言っているの…?コノエちゃん…」

サヤは、震える声で言った。足はまだ動かない。

「私が…アクヨセだなんて…そんな」

頭のろれつが回らなくなってくる。

「そう言える根拠ならいくつもあるわ」

震えるサヤをコノエは真っ直ぐと、冷たい視線を向ける。

「まず、あなたの行動があまりにも不自然なのよ」

「!?」

サヤのなかの“ナニカ”が姿を現し出す。

「私は話からしか聞いてないから詳しくは知らないのだけど…。サツキ」

そのままコノエは立ち尽くしたままのサツキの方へ向く。

「あなたがサヤに目撃されたときのことを言って」

詳しくね、と付け加えられ、そこでハッとしたサツキはサヤの方へ向くと何かを呟くが、小さすぎてなんと言っているのかはわからなかった。

「その日、僕は五人の“悪”を見つけました。彼らにワザとからまれるようにして、僕はその五人を人目のない裏路地まで誘導したところで悪殺しをしました。そのとき三人の“悪”を殺しましたが二人に逃げられてしまい、一人はすぐ殺しましたが、あと一人は迷路のように入り組んだところに入り、見失ってしまいました。仕方なく、僕は壁を蹴り上がって建物の屋上から屋上へと上から探すことにしました。するとすぐに見つけたのでその人のところに降りました。最初、驚いて動きを止めていたので、すかさずアクバリを刺しました。その人はまだ話す力はあったようで、少し呻くとすぐ怒声を発したところで悪殺しをしました。するとそのとき後ろから、気配を感じたので振り向くと……サヤさんがいました」

サツキは一通り話し終えると、黒い帽子を目深にかぶった。

「それで合ってるのね?」

突き刺すような視線をサツキに向ける。

「……はい」

「そう」

コノエは再びサヤの方へ向く。

「………?今のところに何もおかしいことってないよ…?」

「あるわ」

コツッコツッとこのえはサヤの方へ歩み寄る。

「あなたがそのときしたことは何?」

「え…?ただ、その場に行っただけだけど」

「そこよ」

コノエはサヤの少し前に立ち、見下ろすような形をとる。

「どうしてあなたは駆け寄ったの?」

「え?」

サヤの中の、黒いモノが現れる。

「だ、だって声がしたから」

「あの日、あの時、あの場でサツキの…黒いシニガミだったかしら…噂がこの街で知れ渡っているという状態で、どうしてあなたはその夜一人であったにも関わらず、声が聞こえた方へ駆け寄れたのかしら?普通は逃げ出す状況なのに」

「そ、それは」

「まだあるわ」

コノエはサヤの言葉を切るように遮った。

「サツキ。あなたはどうしてその日の夜、サヤをとり逃がしたのかしら?」

サツキはコノエの視線を避けるように帽子をより深くかぶると、俯いたまま言った。

「…サヤさんが走り出した後、突然複数の“悪”の存在を確認したんです。放置することができなかったので悪殺しをしていたら、…見失っていました」

「おそらく、そのときにあなたはアクヨセの能力を無意識に使ったと考えられるわ。そうでなければあなたが、サツキから逃げられるはずないもの」

「でも、そんなの!」

自分の潔白を証明したいサヤは必死に抗議しようとするも、コノエの言葉は容赦無くそれを断ち切る。

「その他にも」

さらに続ける。

「その次の日、あなたがとった行動は何かしら?」

「え…?」

突然の問いにしばしサヤは言葉に詰まった。

「び、尾行…?」

黒いモノは徐々に、ゆっくりとその姿を現していく。

「黒いシニガミであるサツキを目撃した次の日にあなたはそれと思しき人に会い、あまつさえ尾行までするなんて、異常というより奇妙ね」

まぁ、最も次の日に普通に学校に登校したのも常識的には異常なのだけれど…、とコノエは付け加えると、そのまましゃがみ込みサヤと同じ目線になる。

「ここまでならまだ、“正義感のある人”として通じるところはあるわ。…でも」

真っ赤な目はサヤを映す。

その目に映っているのは、人ではない“ナニカ”。

「いやあああああああああああああっっっ!!!!!」

サヤは絶叫し、絶望した。


予感はしていた。おかしいとは思った。違和感はあった。

自分の行動に。

黒いシニガミを目撃するときにその場まで駆け寄ったとき。学校に現れたサツキを尾行したとき。

おかしいとは、思っていた。

でも、こんなの…。


サヤは呻くように泣き声をもらし、身を丸め、地面を頭につける。

自分の中の“ナニカ”を抑え込むように。

「でも」

そんなサヤを見ながら、コノエは続ける。

「私が子どもを送っている時、悪人達はそれぞれ別の理由で無意識に私と反対側、あなた達の方へ向かっていたわ」

それに、とコノエはなおも続ける。

「さっきアクビトが五人も現れたのに、襲われたのはサツキ一人だけだったのもあなたがアクヨセだという証拠になったわ」

「………?」

サヤは顔を上げてコノエを見る。その目に生気は感じさせない。

「アクビトはアクヨセを襲わないのよ。絶対にね」

トドメの一言を言い終えるとコノエはサツキの方へ向く。

「後はあなたの仕事よ」

そう言うとコノエとサツキは入れ替わるようにそれぞれの場に着いた。サツキはサヤの前。コノエはその少し後ろに。

しばらく静寂が場を包む。

最初に口を開いたのはサヤだった。

「一つ…聞いていいですか……?」

かすれるような声を地面に向けて言う。

「アクヨセを……悪殺しした場合…どうなるんですか…?」

「…………」

サツキは帽子のツバを上げた。その目に、迷いはない。

「アクヨセは…能力というより体質に近く、その人の一部と言ってもいいものです。その部分を殺せば」

一息。

「最悪意識が戻らなくなります」

「……………………そう、ですか」

もう、サヤからは何の力も感じられなかった。

ブオンッ

サツキは右手上に黒い杭ーアクバリーを出し、それを持ち構える。

「やはり…私も殺すんですね…」

その言葉に、サツキは一瞬ピクッと動きを止める。目をつむり、持っていた方の手を下ろす。

やがて目を開け、サヤを見る。

アクバリを、持ち構える。

「大丈夫ですよ。運が良ければ、記憶を失う程度で済みますから…」

いつもの調子で喋ったサツキに対し、サヤはフフッと笑う。

「運が良ければ……記憶?」

フフ、フフフとしばらく笑うと顔を上げ、空を仰ぎ見る。

月が一つ。他は何もない。

「とんだ人殺し……ですね」

「人殺しじゃない」

サツキは左足を踏み込み、勢いよくアクバリをサヤに向けー。

「悪殺しだ」

直後、裏路地に破裂音が響いた。


ふむ。

なかなかの出来だ。

やはり彼女の『アクヨセ』としての機能は何よりも優っていたか。

おかげでいいデータも取れた。アクビトに成る速さを倍にするという、な。

それに今回はオマケ付きだ。

少しずつ、一人ずつ集める計画だったが。

まさか“恋”が“悪”と行動を共にするとは。

これは良い情報だ。さっそくあの頃に接続するとしよう。

……よし、では次はこの情報をそれとなく他にも伝えてみよう。

そうだな…今なら“アイツ”が一番近いようだな。

なかなか面白くなりそうだ。

さて、それでは動くとしよう。

彼女にはまだやってもらわなくてはならないことがたくさんあるからな。

それにあの“悪”……少し異質だ。

まぁ、想定内だが。


現在は朝の七時。

朝の陽光が窓から差し掛かり、私の方へ眩しく照らし出す。

この時間の鳥たちの鳴き声はどこか落ち着く。

乱れた髪を直し、顔を洗い、歯を磨き終え、再び顔を洗えば私の頭は完全に目を覚ます。

部屋に戻り、制服に着替えると私はあらかじめ作っておいた朝食を食べに一階に降りる。

朝食はいつも一人。と言っても一緒に食べる相手がいないから当然なのだが…。

もうじき出掛ける時間となるので、少し急ぐ。

戸締りが大丈夫か一通り確認すると私は外に出た。

いつも通りの日常。いつも通りの朝。

特に変わったことはない。

家から学校までは三十分掛かるか掛からないところで、基本は徒歩で通学している。

家を出て右に曲がったところを左に曲がり、途中交差点を二つ過ぎたところを右に曲がると大きな道路に出る。

信号を三つあったところを左に曲がり、そのまま真っ直ぐ歩けば学校に着く。

途中、店や家がいくつか荒らされているところを見た。

一体何があったのだろう、と足を止めるも時間がないので後にする。

そういえば今日は警官をよく見かける。これはただ事ではないな、と思った私は友達に話すことが出来たと少し不謹慎なことを考える。

学校に着く。

ユニアド学園。

ここが私の通う学校だ。

生徒の能力を向上させるために建てたと言われる学校になぜか入学できた私は少し億劫になりながらも歩を前に進めた。

「サヤァアアアアアアアアアアッッ!!!」

と、ここで突然後ろからよく通る声が私の歩を止めた。

振り向くと、私の親友であるカナデが全速力で私の元に向かっていた。

思わずそのままぶつかってくるんじゃないかと思い、私は体を一瞬後ろに引こうとするも、幸いカナデは私の少し前で停止してくれた。

「き、昨日どこにいたの!?」

ガッと突然つかまれ、少し動揺してしまう。

「き、昨日?いや、特に…」

と、昨日の記憶を思い起こすも何も思い出せない。アレ?何してたっけ、としばらく思案顔になる。

「もお…、昨日あんなことがあったから心配になって電話しても全然繋がらないし、何かあったんじゃないかって不安になったよぉ…」

え?そうなの?と私は携帯を見ると、驚くべきものを見る。

それはカナデからのメールや着信の数ではなく、今日の日付。

「アレ?壊れたのかな…」

私のそんな言葉にカナデは意外なことを言う。

「いや、その携帯の日付で合ってるよ?」

え…?

私は驚愕した。そこに表示された日付は二日も進んでいたのだ。カナデは嘘をつける人ではないので、つまりは私から二日分の記憶がないということになる。

そんなはずないと、もう一度記憶を思い起こそうとするも何も思い出せない。

「どういうこと…?一体この二日で何があったの?」

私はカナデに聞いてみた。


昨日街で一斉にいくつもの犯罪が起きた…?

しかしやはり何も思い出せない。

カナデからは「きっと昨日ショックなことがあったんだよ」と言われ、私は無理矢理納得せざるを得なかった。

いや、でもたしか昨日…。誰かと一緒に………。

というところで自分の教室に着く。

私はそのうち思い出すだろうと思い出しかけた記憶をそのままにした。

教室のドアをガラッと開け、自分の席に着く。カナデは前の席に(自分の席ではない)座った。

「そういえばさー」

と、ここでカナデは猫のような顔をして話しかけてくる。こういう時は大概面倒くさいだというのはお決まりである。

しかし、カナデの言っていることは、私の知らないことだった。

「どうなったの?」

カナデはイタズラな目で私を見る。

「な、何が?」

私の反応にカナデは少し楽しそうに笑う。

「隠さないでよ〜。何って、決まってるでしょ」

カナデは身を乗り出し、私の耳元まで近づく。

「転校生君とのことよ」

「は?」

転校生君?誰?そんな人いたっけ?

私の頭の上には大量の「?」が浮かんでいた。

「ねぇ、カナデ。『転校生君』ってー」

と言うところで、私はあるものを見た。

それは、机。

私の記憶のない、誰かの席。

なぜか、少し寂しそうに見えた。


僕は今日、学校を休むことにしました。

転校してまだ二日しか経っていないのでどう言い訳したものかと悩みましたが、「まあ、昨日あんなことがあったからな。そっちも色々あったんだろう」と勝手に先生が納得してくれたので助かりました。

現在、僕は家にいました。

別に本当に家に何かあったわけではないのですが、かといって出掛けるわけにもいかないので理由は特にないのですが。

ガチャッとドアを開け、リビングに入るとそこにはコノエさんがいました。

ソファの上で一人、シュークリームを食べていました。

口やホッペにはクリームがついており、少し可愛らしく見えました。

僕はそのまま無言で隣に座りました。いつもなら鋭い視線を投げかけてくるのですが、今日はどうやらしないようです。

「…その、すみませんでした」

僕の突然の謝罪にコノエさんはピクッとなり、シュークリームを食べるのを止めます。

「何が…?」

コノエさんは僕の方を見ず、どこかを見つめながら言いました。

「その…今回のこと…。今回はコノエさんのおかげで解決したようなものですし…」

頭を掻きながら、僕は言葉を探すように言った。

「サツキ」

コノエさんは僕の名前を言いました。少し、怒っているようです。

「あなた、本当は気づいていたんじゃないの?」

その言葉に僕は無言で返しました。

「はぁ…呆れた。最初から気づいてたのに悪殺しをしなかったのには、何か理由でもあるんでしょうね?」

そこでコノエさんは鋭い視線を僕に向けてきました。ここで、ないですー、あははっなんて言ったらえげつないほど殴られるので慎重に答える必要があります。

「……わからなかったんですよ。サヤさんが何者なのか」

「わからない?」

コノエさんは少し訝しむように聞いてきました。

「何を言っているのよ。現に彼女はアクヨセだったでしょ?」

「えぇ、そうだったんですけど…」

僕はどう言ったものかと少し考えてから話した。

「サヤさんを見たときは、僕は直感的に彼女がアクヨセだと感じ取れたんですけど…………それと同時に何か別のものを感じとったんですよ」

「別のものを?」

「はい」

そこでコノエさんは天井を見て言いました。

「でも昨日あなたは彼女を悪殺ししたじゃない。じゃあ、やっぱり彼女はアクヨセだということになるんじゃないの?」

僕はそんなコノエさんの口のまわりについたクリームがそろそろ落ちそうだと思い、ティッシュを取るために立ちあがった。

「えぇ、ですがそれにしてはサヤさんが失った代償がたったの二日分の記憶だけでは釣り合わないんですよ…」

ティッシュを一枚取り、僕はコノエさんの口まわりを拭こうとします。コノエさんは少し嫌そうな顔をしますが仕方なしとため息をつき、拭かせてくれました。

「もしかしたら…この一件はまだ終わっていないのかもしれません。まだ、“ナニカ”がある気がするんですよ…」

「“ナニカ”って?」

「いや、まだ分かりませんけど…」

口まわりをきれいにしたお返し(仕返し?)のつもりか、コノエさんははぁっとため息をつき、再びシュークリームを食べ始めました。

「それに、少し戸惑ったんですよ…。サヤさんを悪殺しするとき…」

僕は上を向いて目を瞑る。遠い、しかし決して忘れられない過去を思い出すため。

「あの人に…どこか似てるところがあったから…」

そこでコノエさんの動きが止まったのは見なくても分かった。

目を細く開けて、僕は呟くように言った。

「僕たちのやってることは…正しいんですかね?」

「正しいことなんてこの世にないわ」

コノエさんは即答してきました。

「それでも、あなたはこの道を選んだのよ。あの日から…」

残りのシュークリームを全て口に押しやり、ゴクンと飲み込むとコノエさんは僕の方へ向いてきました。

それは、鋭くもなく、冷たくもない、相手を思いやるような目でした。

「あなたは、人殺しではないのだから」

そのとき、僕はコノエさんの顔が笑っているように見えました。決して動かない表情なのに。

僕は呆気に取られ、少し笑いました。

「やっぱり、コノエにはかなわないなぁ…」

僕はそう言うと、ソファから立ち上がった。

「はい…僕は人殺しじゃない……」

自分の身につけている服を黒く染め、黒のスーツに変え、頭には黒い帽子を出現させる。

帽子のツバを持ち、上に少し上げると僕は言った。

自分は。

「悪殺しだ」

はじめまして。皆口みなぐち 光成こうせいです。

え?“みつなり”って読むんじゃないの?と思われた方、そうです“こうせい”って読むんですよ。ややこしくてごめんなさい。

今回の話「悪殺し -悪に出会う話-」は僕の初めての作品となります。始めてなので完成させるのに自分でもびっくりするほど時間掛かりました。

なお、びっくりしたことがもうひとつ。実は後から知ったことなのですが、“悪殺し”という作品がすでにあるということ。これは焦りました。いや、本当。初めてだから何か訴えられるんじゃないかとビクビクしてましたが、今更変更なんて出来ないし、まぁ、いっか、と若干投げやりな感じで投稿しました。

この話を作っている間、表現の仕方が難しく、小説って奥が深いんだなぁ、と思いました。

そんなわけで僕のデビュー作となる「悪殺し -悪に出会う話-」、いかがでしょうか?

もしかしたら失敗したところや表現がわかりづらいというところがあるかもしれません。…そういったところは全部確認したはずですが…。まぁ、言っても仕方ありません。

皆さんがこの「話」を読んで、楽しんでくれたらそれでいいし、つまらないと言うなら面白い作品をまた作ります!

それでは少し長くなりましたがありがとうございました!

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